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本格的に冬ですね

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先週金曜日には年末恒例の健康診断。
みごとにひっかりました、体重増(泣)。
まぁ、毎年ギリギリ数値には出ないで、肥満気味、ということで、
コレステロールなどの数字はまぁまぁだったのですが、
今回はさすがにわずかずつ、チェックが入りました。
泣く泣く、保健師さんの栄養指導を受けました次第。
深く心にダイエットを決心させられたのですが、
季節はこれからアンチダイエットシーズンに突入。
さてさて、どうしたものだろうか、と
カミさん共々、思案投げ首状態だったのです。が、・・・
地獄に福音、朝目覚めると一面のホワイト世界(って、ルー大柴か)
ようやくというか、ついに、というべきか、
札幌にも本格的な雪のシーズンの到来であります。
ということで、折からの灯油高騰もあり、
事務所部分にはロードヒーティングも埋設しているのですが、
ことしはギリギリがんばってみようと考えて、
かつ健康維持もかねて、雪かき作業に取り組みました。
わたしどもの自宅周辺と、歩いて3分ほどの事務所駐車場部分約50坪、
たっぷりの除雪作業であります。
しかし、ダイエットにはこたえられないくらいのグッドタイミング。
夫婦+坊主、まぁ、2,2人くらいで、合計2時間半くらい。
始めるまでが、「やれやれ」と踏ん切りがなかなか付かないわけですが、
始めるとそこは北海道育ち、「しょがない」と諦めも付いて、
少しずつ片付いていくさまがとても楽しくなります。
ぜひ、全国やアジアからの観光のみなさんにも、体験させてあげたい(笑)
雪国ならでは、の得難い体験だと思うのです。
って、別に意地悪で言っているのではありませんよ(笑)。
最近では、札幌市の除雪自動車などが観光資源になっているそうです。
確かにラッセル車などで道路の雪がどんどん片付いていく様子は
まぁ、雪の降らない地域から来たひとたちには面白いだろうと思います。
そういう目の覚めるようなものではないのですが、
やっぱり札幌市民の雪かきは、得難い冬の風物詩。
わが家の周辺はみなさん、雪かきに熱心で、
きょうもわが家が始めたら、みなさん徐々に作業を始められて
「ついにきましたね、ことしも(笑)」などと言いながら作業します。
さてさて、でも問題は筋肉痛なんです。
これが、歳とともに出てくるのが遅れてくる。
へたをすると1週間後くらいから来る。
でもまぁ、どんどん降ってくれたら体重計も下がる楽しみが増えます。
って、ほとんど自虐的な楽しみに浸っている次第です(笑)。

プロ野球の現状

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日本の野球の方がわたしは好きなんですが、
最近はメジャーリーグの話題の方が
大きくマスコミに取り上げられることが多いですね。
でも観客動員ではいまは、全国的にはプロ野球はすごい盛り上がっているのだそうです。
ただし、関東圏では視聴率も動員もイマイチ。
なにやら問題の本質を表しているような気もするのですが・・・。
一方、メジャーのほうでとんでもない事態がはじまっていると思います。
例の薬物汚染の問題と、高騰する選手の人件費の問題です。
人件費の高騰問題は、日米のプロ野球としての経営的な仕組みの問題から
「格差」が生まれてきていることを考えなければならないと思います。
この根本的な問題に対して、日本のプロ野球機構は
適切な対応ができていない、ということが大きい。
というよりも、そういうように問題を解決しようという意志が皆目見えない。
「経営」というような視点から見れば、サボタージュとしか思えません。
このままでは、際限なく日本人選手の流失が続くのではないか。
たまたま、メジャーからは声が掛かりにくい選手だけが残って、
日本のプロ野球を維持していく、というような未来しか見えない。
まずは、プロ野球球団の収益構造をもっと公開して
それこそ「公共財」として、育てていくような姿勢が求められると思います。
ちょっと前に近鉄球団の身売り騒動や、1リーグ移行の話題が盛り上がったのですが、
いわゆる構造的な問題の解決には至らなかった。
日米の球団経営の違いをもっと情報公開して、論議して欲しい。
マスコミに一部情報が出た部分では、
メジャーの場合はテレビメディアへの放送権をプロ野球機構全体が管理し、
それを全球団に分配するシステムを取っていることが大きいと聞いた。
あっちの場合は、3大ネットワークよりも地域密着や
テーマ密着型のケーブルテレビのほうが親しまれていて、
テレビへの視聴態度が違うのだということが背景になって、放送権料が
高くなっていっていると言うことのようです。
さらに日本人選手を獲得することで、そのコストに見合う
回収方法がある、ということが言われています。
そのあたり、松坂にどうしてあれだけの資金を投入しても収支が取れるのか、
本格的に論議すべきだと思います。
現状だけ観ていたら、確かに日本人選手の年俸は
中日の福留選手の件で比較したら、
日米間で出せる年俸額には3倍から4倍くらいの格差が生じている。
それを見て、他の選手が心を動かされないわけがない。
あまり情報が開示されないのは、そもそも娯楽なので、
「日米構造摩擦」というような視点が薄いのかも知れませんね。
マスコミのみなさんの奮起を期待したいところです。
このままの状態で行くとすれば、
ファンとしては、日本プロ野球自体がメジャーに2球団くらいチームを所有して
日本プロ野球と選手を交流させながら
経営的にも、あちらと同じ土俵に立って戦って欲しいと思ってしまいます。
日本のリーグを戦いながら、同時にメジャーでも戦わせる
そんな展望くらいしか、将来的存続を想定できない。
そこに持ってきて、薬物汚染の問題。
直感的には、これは相当の広がりを持って構造を揺さぶるのではないかと
思われてなりません。場合によっては、カタストロフィーに至る感じもします。
あの議会ロビー活動が盛んな国で、
あそこまで準備して、って情報を暴露する側では
民主党の有力議員を巻き込んでからスタートさせている。
たぶん超お金持ちの選手会によるロビー活動に対して、
相当本格的に戦おうという姿勢を感じてきます。
きっと、高騰し続ける選手年俸に対する経営側からの逆襲なのかも知れません。
さて、この問題がどのようなポイントになっていくのか、
選手の権利を最大限認めるようなシステムが、
こういう薬物汚染に繋がっている、というようなポイントに収斂されていくと、
相当ドラスティックな変化が生まれる可能性があります。
そんななかで、この日米摩擦問題も推移するかも知れませんね。
プロ野球ファンとしては、注目せざるを得ません。

鑁阿寺(ばんなじ)多宝塔

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ことし観てきた歴史建築の中でもいちばんきれいだったのがこれ。
鑁阿寺(ばんなじ)多宝塔、なんですが、読めない字ですよね。
足利市にある、足利家の居館跡に築かれた寺が鑁阿寺。
そのなかに、大変優美な外観を見せている建物なんですね。
取材の途中に立ち寄ったのでしたが、目の保養になりました。
で、いろいろ由来とか調べてみようと思っていてそのまんま。
足利氏は源氏であり、先祖を同じくする新田氏からの
系図を主張していた徳川氏が、類縁と言うことから
江戸期に保護を加えた結果、このような立派な建物を完成させたようなんですね。
足利学校・鑁阿寺とも、その当時、衰微していたのを再興させるべく、
ときの権力者、というか、関東入部したての徳川家康に接近して、
かれの運が回るごとにこちらの羽振りも良くなっていったそうです。
多宝塔、というのはどういう存在なのか、
括弧付きで「塔婆」とあります。
Wikkipediaで調べると、
インドの「ストゥーパ」が起源の仏教建築物である。ストゥーパはサンスクリット語で、日本では「卒塔婆(そとば)」と音写され、「塔婆(とうば)」や「塔(とう)」と略される。ストゥーパは饅頭のような形に盛り上げられたインドの墓のことで、漢の時代に中国に伝わり木造建築の影響を受けた。ストゥーパに塔の字が使われるようになったのもこの頃である。その後、日本に伝播した。日本では五重塔・三重塔・多宝塔など、木材(ヒノキなど)を使って建てられることが多い。形は大きく変わったものの、本来のストゥーパのもつ意味は変わっていない。多くは信者の寄進によって立てられる。
ということだそうで、まぁ一種のお墓なんでしょうか。
この多宝塔、外観がとてもプロポーションが美しい。
徳川家の女性が援助して建立されたと言うことですが、
そうした経緯を表すように、優美な曲面を取り入れて調和が取れている。
盛んにカメラで狙っている人がおりましたが、
(って、わたしもですが(笑)・・・)
ある意味女性的な印象を抱かせる美しさだなぁと感心した次第。
それと、関東というのは江戸に徳川氏が入る前から、
このような文化圏を形成していた歴史があったのか、という
遅ればせながらの感慨も抱かせられました。
ということですが、
本日は全くの歴史的散歩篇、というテーマでした。ではでは。

形から入る

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写真は宮城県白石市に残る武家屋敷の様子。
白石市って、明治になって新政府からいろいろいじめられて
この地に残ることができず、やむなく、北海道に活路を求めた藩。
で、北海道内で給付された土地は、
いまの札幌市白石区だったそうなんですね。
当時は、っていうか、昔は「白石村」。その後、白石町になって、
やがて札幌に編入され、町から区制施行で、区になった。
原札幌とは、豊平川を挟んで川向こうに位置していて、
当時を偲ぶよすがはあまり残ってはいませんが、
北海道の政治的な中心地との位置関係で言えば、利便性は高い。
きわめて初期に入植の決断を下したからか、
それとも、そこらへんは「政治的に交渉」したからなのか、比較的有利な土地に
入植できたものと思われます。
とはいえ、江戸期に軟弱化した士族たちが
刀を農具に変えて開拓農業に従事して未来を開いてきた。
そういう意味では、札幌と具体的に直接繋がる歴史性、
日本の母体を感じさせる存在ではあるわけです。
いまも、やはり言葉などで、かすかに文化的つながりを伝える部分もあります。
なんですが、さすがに武家屋敷、
この写真は玄関周囲を撮ったものなんですが、
左側の普通の、土間に至る玄関とは別に、
正面に低い高さの「にじり口」とでも言えるハレの玄関がありました。
左手の入り口高さと比べたらわかるとおり、
実に低く、小さな玄関なのですね。
入ってみようかな、とは思ったのですが、
どう考えてもひざまずかなければならなそうで、
ちょっと気持ち的に臆してしまい、断念いたしました。
この玄関は、藩の上級役職者がこの家を訪れるときに使用するそうです。
ここから入ると、そのまま上座に縁側から入れるのだそう。
それが、「格式」を表現していた、という次第。
このあたり、やや茶道の影響も感じられます。
色々な文化要素が、この身分性様式に動員されたのだと感じます。
江戸期の社会の基本は「身分制の維持」だったことから、
たとえば門にもいちいち格式で差別を作る、というような社会。
「形から入って」精神性を涵養する、という狙いだったのですね。
こういうことが実質的にどれほど意味があったかは論議があるところですが、
すこし窮屈とはいえ、精神性には大きな影響を与えてきたことと思われますね。
今現在でも、そのように解説が加えられなければ、
この写真の開口部がそういう意味合いを持っていた、
ということを、たとえば外国の方に伝えるのは至難の業。
まぁ、そのうち、伝達できない歴史的遺物装置になるしかないと思われます。
生活の自然的文化は伝わっていくけれど、
恣意的な権力の強制する様式って、伝わらないのではないでしょうかね。

新聞社からの取材依頼

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最近、メディアからの取材依頼が色々にきます。
住宅クレーム110番という、企業NPO活動について、
それがメディアのみなさんに興味を持っていただき、
その内容について、多くのお問い合わせをいただくのですね。
今回も日本を代表するような新聞社から丁重な問い合わせをいただきました。
これまで、メディアといってもテレビ局が多かったのですが、
活字メディア、それも毎日発行されるメディアというのは
どのようなプロセスで記事とか、取材構成を展開しているものなのか、
外形的に観ることはなかったのです。
今回初めてそうしたプロセスを見させていただけそうです。
取材テーマの選定から、その情報先探し、当たりを付けた相手とのアプローチ手法。
そして、具体的な依頼内容の吟味作成。
取材先とのやりとり、交渉。
というような部分、実際の取材に至る前段階というような部分、
こうしたところでは、やはりメディアごとにまったく違いがあるものだと思います。
このような部分では、やはり新聞メディアは構えが重厚。
企画意図に対しての煮つめの部分などはかなり検討されていると感じますね。
よく問い合わせを受けるテレビでは、そこまでの厳密性はない。
それも、影響力がある映像メディアなんだけれど、
ニュース番組などでも、実際の取材依頼とか、作業は下請け流しの体質。
よく言えば合理的とは言えるのですが、
やはり問題を生みやすそうな、危うさを感じてしまいますね。
まぁ、今現在進行中のことなので、内容はもちろん公開できないし、
そもそも、記事として掲載に至るのかどうかもまったく不明。
しかし、顧みて自分たちの雑誌づくりに、
こういう取材への姿勢とか、考え方を参考にはさせていただこうと考えています。
写真は、歳末の仙台市内の風景。
ことしももう師走も半ば近くになってきた。
いやはや、光陰矢のごとく、刺すがごとくの厳しいスピードで
月日が回って行く実感が強まってきます。
年末進行が殺人的スケジュールだったと思ったら、あっという間に
その次、さらにその先に、と待ったなしが続きます。ふ〜。

感動秘話

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以下、日刊スポーツの記事より
あんまり感動ものだったので、つい転載しちゃいます。
許してください。
感動秘話!豊島が母代わりの姉に恩返し
 一番、見せたかった2人はいなかった。10日に札幌市内のホテルで行われた日本ハムの入団発表会見。ユニホームに袖を通した豊島明好投手(17=北陸大谷)の晴れ姿は、姉岩本一美さん(31)が見守った。中学生の時に両親が相次いで急逝。母親代わりに手塩にかけ、プロ選手へと育て上げた。「感激しました」。優しいまなざしを向けながら、声を上ずらせた。
 02年12月16日。豊島が中学1年の時だった。「びっくりした。突然だったので…」。父敏明さんが急性心筋梗塞(こうそく)、49歳で他界した。その日の登校間際まで元気だったが、帰宅した時には息を引き取っていた。翌03年11月13日。母ゆみ子さんが乳がんで天国へ旅立った。57歳の若さだった。思春期の弟に一美さんは「言えなかった」。末期がんとギリギリまで知らなかった豊島は、精神的に不安定になり、食事がのどを通らないこともあった。
 2年間で、身寄りがなくなった。結婚間近の一美さんが引き取り、野球を続けさせた。豊島はしみじみと言う。「お金の面とかいろいろ、迷惑を掛けたと思う」。北陸大谷進学後は下宿生活。毎朝5時に起床し、午後9時ごろまで野球に没頭。「下宿をやめたい」と漏らしたこともある弟を、一美さんは何度も励ました。「明好だけじゃないよ。もっと恵まれない人もいるんだから」。洗濯させるなど、生活面は厳しく接した。その一方で、野球にかかる用具費などは惜しまなかった。
 高校2年でプロを目指そうと決めた。大学進学の選択肢もあったが「経済的な面もあるので」と、9月下旬の入団テストを受けて合格。無名ながら、野球界の頂点へこの日、たどり着いた。5日後の16日が、父の命日。「ちゃんと報告をします」。豊島の自室には仏壇がある。天国で見守ってくれた両親へ、そっと手を合わせる。
プロ野球の選手で、こんな泣かせる話もあるなんて、うれしくなりますね。
ドラフトの頃にも話題になったのですが、入団発表と言うことで、
あらためて、新聞各紙で取り上げられています。
プロなんだから、こういう話題でもファンを引きつけたり、
あるいは感動を与え、チームとしての求心力を高めるというのは
「戦い」の中で、ひとつの力にはなるものだと思います。
一方で、最多勝投手のみならず、最多安打選手まで、同一リーグのチームから
引き抜いたり、画策したりしていて、一方で団結心は一体どうかというチームもある。
こと、ファンという観点からすると、さてどっちに強く引きつけられるかは自明。
北海道日本ハムファイターズのファンとして誇らしくなります。
でもまぁ、プロは厳しい世界ですけれども。ぜひがんばって欲しいものだと思いますね。
がんばれ、豊島君! がんばれ北海道日本ハムファイターズ!

紙による境界分けの文化

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写真は先日訪れた「いわき」市での古民家の様子。
日本では通風を旨とする家づくりが行われてきて、
そうすると基本的には柱と梁と屋根の概念だけがあって、
「壁」というような概念があいまいだったのではないかと思います。
壁を造作するというのは、たぶんいちばん手間とお金がかかった。
なので、重たい板戸で寒い時期は閉めきるというふうにやり過ごし、
基本的にはこの写真のように紙の建具で採光から
一定の閉鎖性まで演出してきた。
こういう住宅では、確かに「プライバシー」という観念は育ちにくい。
室内での音の問題などはまったく考慮されていませんね。
紙の建具だけで仕切っていくのでは、外部に対しても内部に対しても
プライバシーを保持するのは不可能に近い。
こういう環境でDNA的に過ごしてきた日本人が、
戦後数十年の中で、マンションというような空間に住み始めて、
音の問題に対して、「常識を持て」と突然言われても
すぐに対応できるかどうかは、やはりわかりません。
京都の町家などでは隣家と壁を共有して家が建っているわけで、
そういう壁では竹で下地を作って土を何層も塗り固めるような重
厚な壁を作ったわけですが、
そうとはいっても、壁1枚で仕切られているだけ。
視覚的な境界感覚は、非常に微妙な部分まで感受性が育ったけれど、
こと、音の問題で考えると、
むしろ、気配とかに対しての敏感な感受性を発達させて
「他者への思いやりと配慮」のような精神性を育みはしたけれど、
音的に遮断する、他者との関係性を切る、という方向には行かなかったのではないか。
そんな思いが強くしてきています。
マンションの騒音問題などを考え合わせるとき、
こういう部分からの日本人の精神分析的アプローチも必要なのではないでしょうか?

続・3丁目の夕日、観ました

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去年でしたか、この作品の1作目、
観に行って、感激してこのブログにも書きました。
なかなか、余韻が良い映画だったので、
続編、夫婦で観に行って参りました。
まぁまぁ、っていうところでしょうか(笑)。
心地よいカタルシスがあって、予定調和的すぎて
驚きの部分が薄らいでいますけれど、
けれど、作品を支える基本部分であるCGの魅力は存分で、
おまけのように付けられている冒頭の「ゴジラ」シーンなど、
CG技術はたいへん良い仕上がりだと思いました。
こういう2作目というのは、観る側に了解事項が多すぎて、
作る側としてはすごく難しい部分が多いと思います。
当たった部分はツボを外せないし、一方で今後の展開で、
場合によってはシリーズ化させていきたい部分では、新展開も考えたい。
そう考えると、冒険ができるところと、できない部分の仕分けが難しい。
まぁ、本作の場合はマンガの原作がしっかりあるわけで、
それを下敷きにしていけばいいので、ダメならしょがない、という諦めも
比較的に容易に付くかも知れませんが。
そういう、作る側と同心して観ている部分では
心配しながら観ていましたね(笑)。
できれば日本映画に寅さんシリーズ以来の
完全予定調和型の安心定番シリーズが生まれて欲しい、という希望なんですが、
考えてみると、この映画のテーマに「こどもらしいこども」という部分があり、
主演の子役2人、だんだん大きくなるので、
長期シリーズは難しいというか、そのあたりの回し方が難しい。
寅さんシリーズでは、マドンナ役を変えるという定番手法を
編み出したわけですが、思い切ってそこいらへんから、
韻を踏んで、チャレンジしてみても良かったかも知れない。
ドラマ性という部分では、このような庶民的な話を続けるしかないけれど、
そうだとすれば、どのような新展開を作っていくのか、
原作者と相当詰めた話し合いを持っていかなければならないと思えますね。
けっこう、知らずに目頭が温かくなる映画なので、
制作陣のみなさん、がんばっていって欲しいと念願しています。
やっぱ、こういう予定調和の旋律って、
観ていてうれしいものなんですよね。

日本語の「乱れ」論

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よく「最近の若者の言葉は乱れている」というような説、
新聞で興味本位に取り上げられたりしますよね。
ああいうの、どうも、納得できない部分がありました。
どうも、言語学者さんってそういう存在なのかなぁ、と思っていましたら、
そんなのでもないようなのですね。
あるメールマガジンのコラムに、同じような考えの方の発言がありましたので、
その一節をご紹介したいと思います。
先日NHKの爆笑問題の番組に出演した日本最高の言語学の権威の先生は、最近の新しい日本語に完全に肯定的で、たとえば「私的」という表現はとても興味深いと言っておられた。
古代語はもとより、江戸・明治の言葉からも、現代の言葉は大きく変化しており、「正しい日本語」というのは、年寄りが子供の頃に親しんだ日本語。つまりせいぜい昭和初期の言語にすぎない。「全然〜(肯定)。」という表現も、よく誤った日本語とされているが、実は夏目漱石の小説に使われており、明治期には、「全然」は否定を伴うきまりがなく、「断然」とほぼ同じ意味であった事が判明した。つまり、「年寄りは自分の理解出来ない表現が嫌いで、自分のが正しく、そいつらは誤りと思う。」だけである。
というようなこと。我が意を得たり、でした。
そもそも、日本では固有の言語というものの上に、
漢字とか,漢語が上乗せになってきているのが基本だろうから、
いつの時点で「本来の日本語」というのを規定するのか、
はなはだ疑問となると思います。
むしろ、ここまで外来の言語文化を咀嚼して
その上で、「本来の日本語」とまで間違えていってしまうくらい、
完全に自分のものにしてしまっている方が驚異的なのではないか。
むしろそういう「異文化咀嚼能力」のようなものをこそ、
「日本人の誇るべき文化資産」と考えるべきなのではないかと思われます。
歴史で考えても、基本的な「ヤマトことば」のようなものがあり、
最高権力者の名称でも「あめのしたしろしめすおおきみ」などと呼称しているような段階。
圧倒的な超大国であった中国から「国家」制度の基本を輸入した時期。
政治体制とか、書物とか、仏教経典などの漢字文化受容期。
そうした時期に、「天皇」という呼称も定まってきたらしい。
そして、文書主義に基づく官人の基本的な学問として漢籍・漢字への勉強努力。
そうした一方で、宮中女性を中心に発達した「ひらかな・カタカナ」文化期。
そうした文化の全国的な拡散となった全国の生産力の向上を背景とした動乱期。
戦国期にはポルトガル・オランダなどからの単語も受容し、
江戸期という、平安期と似た純粋培養期を経て、
今度は明治維新以降、欧米の概念を輸入し、さらに戦後社会では
アメリカ文化を「カタカナ表記」で、どんどんと受け入れていった。
そんな段階を経て、いまの日本語があり、
これからも変化し続けていくのだと思います。
いまは、むしろ、江戸期に似たような、外来の文化輸入が一段落し、
これから、さて日本人の感性に似合ったように「純粋培養」しようか、
というような段階なのではないかと思います。
外来文化の受容と、国内的純粋培養の時期が交互に来ているようにも感じる。
そう考えれば、漢字をもとに発明したというひらかなや、カタカナって、
ものすごい大発明なのでしょうね。
カタカナというのは、そういう外来のものをとりあえず受容するもっとも手頃な表現手段。
こんな文化を持っているというのは、ほんとうにすごいですよね。
写真は太平洋岸から見る富士山。

デジタル時代の疲労感

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ある温泉街で古い写真に出会った。
セピア色に彩られた写真で、昭和の初期ころなんだろうか、
その温泉街の佇まいが写し取られている。
ふしぎに味があって、目から離れられなくなった。
って、べつにこの写真に既視体験のようなものを感ずる、
とかいうわけではありません。
デジカメとかが一般的になって、
大量の画像データが日々、飛び交って情報の総量は
昔と比べると驚異的に増えてきているのだけれど、
昔のこういう写真表現の陰影感には
言葉にできにくい奥行きを感じざるを得ません。
まだ、舗装もされていない道路の質感が
思い起こされたり、並木道は人の歩くスピードで
やすらぎをもたらせてくれていたんだ、とか、
その木陰で待ちざまにしている人影にも、
時間がゆったりと流れている感覚がある。
ようするに、時間の感覚が現代はあまりにも急ぎすぎ。
デジタル時代になって、それが極限まで加速している気がします。
わたしの仕事はDTPで雑誌を造っていく仕事なので、
仕事はすべてパソコン上のデータとして扱う。
確かに便利だし、これがなければ仕事にはならないのだけれど、
たとえば最近の「迷惑メール」の増加ぶりはすごいですね。
IT関係の人に聞いたら、いまや飛び交っているメールのうち、
9割近くは迷惑メールなんだそうです。
しかし、一方で役所関係なんかも届け出が
メールで可能になったりする流れは強まっていく。
こんなのでいいのだろうか、破綻しないのか?
たぶん、みなさん、メールについてはフィルタリングを使っているでしょうが、
それを突破する方法も、この手の手合いは一生懸命やるだろうし。
まぁ、いたちごっこ。
この写真のような牧歌的な時代に戻れるわけもないけれど、
どうも、ルネッサンスのように、人間性の復権とかが今後あるとすれば、
デジタル機器に対する人間社会のルールが決まることなのかも知れませんね。
そして、無法に対する的確な処罰が可能になる必要もある。
そのようなことが起こらなければ、
現代人の疲労感は、なかなかレベル低下することはないのではないでしょうか。