
事務所の斜め向かいに高層マンションの工事現場があります。
例の耐震偽装問題が相次いだ時期に着工され、
その後、長い間放置されていました。
基礎の工事が大規模に行われ、3階分くらいの地下掘削も行われる大規模MSでした。
確か、20階を超えるマンションのようでした。
その工事現場が、最近ふたたび動きだし、
きのう、見ていたら、既存の造作部分、たぶん、4階分ほどの
立ち上がりが重機で解体されていました。
とはいっても大型の工事なので、
解体自体もけっこうな時間が掛かりそうで、
へたすると1週間では済まないかも知れません。
聞いた話では、やはり偽装を告白した建築士が構造設計に関与していたそうで、
デベロッパーとしては、解体しての建て替えを選択したようです。
この間で、近隣500mほどの距離地点に別の会社の高層マンションも建てられることが決まって
モデルルームも公開されている中での工事再開。
他人事ながら、かなり厳しい工事再開と察せられます。
しかし、相当の敷地、たぶん2000坪を超えるくらいの近隣敷地が
工事途中で放置されている、というのも考え物。
まぁ、応援するわけではありませんが、
なんとか工事再開になったのは、喜ぶべきことではあるかも知れません。
この耐震偽装問題を契機として、
建築基準法とその運用が大きく様変わりし、
昨年は拙速との批判がある新法の施行にともなう大混乱で
「建築基準法不況」というかたちで建築業界へのしわ寄せが露呈しました。
建築着工数が1〜2割程度落ち込み、
中小零細の事業者は厳しい状況にも追い込まれているのが実態。
住宅業界でも、都市部での3階建ての確認申請が大きく滞り、
大手ハウスメーカーなどでも、売上を大きく下方修正せざるを得ない状況。
最近の経済指標にも、この問題による景気への影響も顕著に出ていました。
サブプライム問題での景気後退もありますが、
実態としての経済への影響もあって、株価の低迷などに繋がっている部分。
国土交通省も、当初の危機感のなさからは脱却し、
相当手厚い施策をやらざるを得なくなっている局面になっています。
解体され、瓦礫と化す構造物を見ていて、
なんともいろいろな思いが見えてくる解体現場の様子でした。
Posted on 1月 16th, 2008 by replanmin
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みなさん、とくに寒冷地のみなさん、玄関土間は広く計画しましょうね。
わが家では、当初は広く取れていて、
「家としての使い心地」がとってもよかったものでしたが、
やむなく床面積を増築したときに、玄関がぐっと狭くなってしまいました。
かえすがえすも、残念でなりません。
いまは家族が暮らしているだけなので、なんとかできてはいますが、
それでも玄関の狭さからくる「家全体の窮屈感」は言葉にできない部分。
なんといったらいいのか、
入り口の狭いトンネルだと入ってくるのに気を使う。
とか、高速道路で、出入りに気を使うパーキングなんて、
もしあったら、誰も停まらないのじゃないかという感じ。
どうもそんな印象に近い。
出入りがゆったりしているのと、そうでないのとでは、
長い人生の時間の中で、大きな心理的違いが表れるのではないか、と思います。
で、毎日「帰ってくる」建物である家には、
そういう意味での安心感が欠かせないと思うのです。
写真は弘前の古い街並みの中の住宅。
間口が狭く、奥行きが長い敷地を表すように
長いエントランス空間が実現しています。
ちょうど、長い敷地の中間くらいに玄関を持ってきているのですね。
ですから、長い半外部的な通路空間を通って玄関にたどりつく。
そんな空間を壁・天井とも板張りで仕上げていました。
こういう木の質感って、肌触りがあって、
ひとのこころに潤いを感じさせてくれる。
床はコンクリートの土間なので、気を使わず、
大きくて、どっしりとした「家に帰ってきた安心感」を増幅してくれる。
で、写真左の引き戸を通って、2階の生活空間に至る。
そういうシチュエーションを仕掛けてあるのですね。
こういう「公私の別」を心理的にハッキリ認識させる空間の用、って見えにくい。
少なくとも平面図的には、意味のない広い空間になってしまう。
公団住宅的な○LDK思想から、まっさきに排除された空間だと思うのです。
しかし、毎日の暮らしの中で、こういう「心配り」の部分こそ、
家というものの本質を表してもいると思います。
ぜひ、可能な限り、広い玄関土間計画を。
Posted on 1月 15th, 2008 by replanmin
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写真は先日、見学した勿来の関文学館で発見した展示。
こういう歴史展示館って、歴史的な考証はあんまりいい加減にはできないので、
そのときどきの歴史認識があらわれるもの。
そうした歴史認識をベースにして、入場者に対して
一種のユーモアを持って、展示物を考えていく作業というのも、
なかなかに面白そうな仕事だろうな、と思って見ることにしています。
ということなんですが、
やってくれておりますね。
ニュース的な手法で過去事実を紹介するというのは
まぁ、そこそこありますので、その点は置くとしても、
でも、当時の時代感覚は概ね伝わってきました。
京都の朝廷政権が最末期を迎えていて
そうでなくても地方からの徴税がうまくいかなくなってきていたときに、
飢饉がやってきて、完全に行き詰まっていた、という当時の
経済的な側面が大きかっただろうと思われるのです。
そうした事情を把握しなければ、生きた歴史は感覚できない。
この時代、平氏が主に貿易による利益で力を付けてきた背景には
律令体勢が完全に崩壊の縁にあって、
国家予算の執行もままならない、というような事情があったと思われるのです。
そういう背景の中から、地方の実質的な権力、
在地の開拓農場主である武家が大きく力を付け、
律令体勢を揺さぶっていたのでしょう。
関東の武士団は、独立的権力を得るために「大頭」として
律令国家とも政治的に渡り合える「政治家」として
頼朝を政治的な盟主としていただいた、というのが実質。
奥州の独立藤原政権、西国での立貿易権力としての平氏、
老醜の身ながら、かろうじて全国政権ではあった、京都の王朝国家、
さらに北国・越の国を根拠とした木曾義仲、
もっとも根底的に京都の王朝政権と対峙する存在であった
鎌倉の関東武家政権。
このような分断された政治的な状況が見えてきますね。
このようななかで「治天の君」であった後白河と、
政治的にもっとも互角に渡り合い、勝利者になったのが頼朝と関東武家政権。
確かにこういう状況を伝えるには、
ちょうど、現代の政治状況を伝えるような新聞形式が似つかわしい。
思わず、ニヤッとさせられた展示でした。
Posted on 1月 14th, 2008 by replanmin
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沖縄に行っている娘が成人式のために帰って参りました。
なので、わたしは風邪気味なのですが、朝方に点滴を打ってもらって
元気を取り戻すべく努力。
その甲斐があって、のどはがらがらですが、なんとかもたせて出迎え。
って、のどをやられたのは仙台でのホテルの暖房なんですよ。
エアコンで強制的に吹いてくるあの風で、どうしてものどをやられる。
乾燥が強烈なのと、やはり空気環境を汚染するのでしょうね。
細かいチリやホコリを舞い上げて、
夜間中も暖房を切ることのできない無断熱ぶりなので
どうやっても逃げるすべはない、という感じなんです。
日本の風邪にはこのエアコン暖房の弊害が相当にあると思います。
医学的にも、建物の性能向上は不可欠なのではないでしょうか?
という脇道脱線ですが、
なんとか無事、娘が到着いたしまして、
カミさんの母親も一緒に短い帰省を回転鮨で祝いました。
って、普段ならば「お待ち時間、1時間ですが・・・」と言われた時点で
速攻、別の店に移動のところですが、
娘といろいろな話で盛り上がっているので、待ち時間もニコニコと。
きのう出がけの沖縄・那覇の気温は27度とか。
ほえ〜、ていうところであります。
きのうの迎えに行く道すがら、確認した札幌の気温はその時点で氷点下8度。
たぶん、今朝に架けては氷点下12〜13度くらいまでは下がっている。
日本の南と、北の果てですから、
さもありなんではありますが、それにしてもすごい違い。
ふつうであれば、体が付いていかないんじゃないか、というところですが、
帰ってくるなり、友人と待ち合わせているとかで、元気に氷点下にお出かけ。
まぁ、やっぱり若いです(笑)。
15日にはまた沖縄に帰る、あわただしい帰省ですが、
ちょっとの間は、家族そろっての連休を楽しめそうです。
写真は、南国風の森、昨年関東で撮影したもの。
Posted on 1月 13th, 2008 by replanmin
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どうもこういう建物に道端などで出会うと
ついシャッターを押してしまいます。
住宅の取材が仕事の大きな部分なので、
年間で200件とか見に行くことになるのですが、
大概が立派な新築住宅か、きれいにリフォームされた家。
で、見ているとだんだん、還元してみるような心理が起きてきます。
そんな気持ちが、こころのどこかにあって、
こういう古い建物が無性にいとおしくなってくる部分がある。
この建物も、宮城県の山の中で発見した農作業のための小屋、でしょう。
人間が暮らしていた、というよりは
山仕事の拠点として活用していたような実用性を感じます。
しかし、それにしては窓がしっかり造作されていたりして、
2階が造作されてもいるのは、少し不思議。
ひょっとすると、少人数の家族が暮らしていたのかも知れない。
であると、どういう稼業で暮らしていたものか?
生活痕跡は見つけることができないだろうか、
などというように、思念が広がっていきます。
建築としては、素材の朽ち方から見て
50年以上の時間は感じられますね。
2階の塗り壁などは一部が崩壊もしているので
それくらいの時間は見ていいと思います。
たぶん、規格寸法通り、そのまんま造作していったというプロポーション。
屋根の傾斜もごく一般的なもの。
雨を避ける下屋のような屋根が1階に差し掛けられて
シンプルな切妻に変化が加わっている。
まぁ、こんなようなことがらが一瞬のうちに駆けめぐって、
なにか、メッセージを伝えようとしてくると感じるのでしょうか?
特段、どういう目的があるわけでもなく、
なんとなく導かれるように、写真に納めてしまうのですね。
ただ、なんとなく「古びてゆく」ということに
そのこと自体に、心惹かれるような部分があるのではないかと。
で、こんなふうに堂々と清く正しく(笑)、
正直にわたしは古びてきましたよ、と語っている建物に
「よくぞ、まっとうに古びてきたな(笑)」みたいな感情を持つのかも知れませんね。
ちょっと、変な偏りかなぁ、と
密かに自分自身を心配する部分もあります(笑)。
Posted on 1月 12th, 2008 by replanmin
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仙台で賃貸住宅でそこそこ断熱されている物件を探すのは難しい。
仙台のスタッフを拡充して、札幌から転勤いたしましたが、
一昨日、着任。その様子を聞きました。
借りた賃貸住宅の寒さにびっくりしたという印象を語ってくれています。
札幌から来ると、やっぱり信じられない寒さに対して無防備な建物しかないのです。
不動産屋さんにも、そういう常識理解がないから、
「あたたかい建物の賃貸住宅」とリクエストしても
「なに言っているんだこの人、冬寒いのはどうしようもないでしょが・・・」
という顔をして、ほとんど話を聞いていない。
事務所はちょっと古い建物でしたが、その分、
自由に改造しても良い、という許可を取って、
アルミサッシ1枚ガラスだけの開口部に、ペアガラスの樹脂の内窓を付加。
暖房も、きちんとFF式ストーブを設置して
2年近く経過していますが、そこそこの居住環境が得られています。
その当時のことを思い出しておりますが、
そのように断熱強化と暖房の強化を図らない段階では、
むしろ外の方が建物の中にいるよりも暖かいという実感でした。
後で考えてみると、太陽日射の輻射熱が得られる外が暖かく感じられ、
ひたすらにヒートブリッジになる無断熱RC駆体から熱が奪われていく
建物内部では、やはりその方が寒いというのは理にかなっている事実。
関東以南のように年平均気温が16度前後ならばいざ知らず、
12度程度の仙台では、無断熱、もしくは無理解な建物に冬住むのは、やはり無謀。
なんですが、そういう賃貸を探すのは大変難しい。
ちなみに札幌は年平均で8度ほど。
札幌では断熱し、暖房を基本仕様として考えるのが当然なのに、
仙台では、そのような常識が一般レベルでは理解されていない。
年平均気温で4度も違う、関東以南の「常識」に制圧されているのですね。
そのうえ、暖房設備としてはエアコンなので、
あの吹き付ける空気暖房の過酷さ、体への無配慮さもたまらない。
建物自体があたたまって、遠赤外線的に、というか輻射熱的に暖められないと、
「体の芯からあたたまる」感覚が得られないのですね。
そうは言っていても仕方ないので、
生活的に対応しなければならないので、カーペットを敷き込むとか、
厚手のカーテンをつけるとか、窓周りの気密化を図るとか、
暖房を熱源輻射的なものを考えるとか、
いろいろな「できる工夫」でしのいでいくしかありません。
北東北地域であれば、このあたり、北海道的な常識も通じるのですが、
こうした断熱常識が通用しない、最北端地域が仙台なのかも知れませんね。
最北の、厳寒の、「温暖感覚地域」ともいえるかもしれません。
こういうテーマで考えるというのも、かえって実践的でいいかもしれません。
寒い賃貸住宅をどうすべきか、重要なテーマである気もしますね。
Posted on 1月 11th, 2008 by replanmin
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最近、いろいろな家の家運の盛衰の話題を聞きます。
以前はすごい大成功者と思われていたお宅が、
進路選択上での判断のミスで商売の第一線から姿を消すケースが多い。
老舗の行き詰まりというようなことで、語られるケースが増えていると思う。
失われた90年代以降、骨の太い戦略という部分が見えなくなってきていて、
手探りでの試行錯誤が常態化しつつあるのが経済の実態といえるなか、
もはや、家系というような継承的なことでは立ち行かなくなるのかも知れませんね。
写真は山形・庄内地方の大豪商・本間家の本邸。
江戸期、北前の交易やコメの問屋など、
幅広いビジネスを展開して、
「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」
とまでうたわれていたという伝説的大成功家系といえます。
聞いた話では、地域を基盤として経済を動かす中で、
飢饉のときなどには、自らの私邸の建築工事を起こして
多くの職人に仕事を作り出し、
まぁ、現在で言えば、不況時の公共事業のようなこともやっていたそうです。
大阪市場でのコメや色々な産品の投機的な売買ビジネスから、
そうした公共事業的なことまで、
幅広い展開を行っていたのだそうですね。
本間家の家訓のようなものも残されていると聞きます。
現代では、「本間ゴルフ」という会社が名を知られている。
この家には、本家の当主のための居室が残されています。
一番奥の部屋で、4畳半ほどの床の間付きの部屋。
方角的にもっとも運気がよいとされる場所に置かれていたそうです。
歴史的には方位学などはもっとも「実学」的なもので、
現世利益の象徴のような学問だったそうですが、
そうした粋を凝らして、ひたすら家運の隆昌を請い願っていたのでしょう。
面白いデザインの床の間で、幾何学的な、むしろモダンなデザインが施されていました。
(撮影禁止)
きっと、こういう床の間デザインも
そういういわれのあるものだったのだろうと推定できました。
江戸中期から今日に至るまで、
家系を保ち続けてきているというのは、敬服に値するものと思いました。
やっぱり年の初め、経済的な話題が続きますね(笑)。ではでは。
Posted on 1月 10th, 2008 by replanmin
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きのうは早朝からの結石騒ぎで、近くの総合病院へ。
自宅から1kmほどに以前の「国立西札幌病院」がありまして
(現在は国立行政法人ということだそうです)
以前にそこで胆石の手術をしてもらっていたのを思い出し、
見ていただいてきました。
おかげさまで激痛はウソのように消えていまして、
CTスキャンの結果、もうすこしで体外に出るようなところに
石を発見。そう大きくもないので
「たぶん、自然に排出されると思いますので、水、一杯飲んでください」
というのが処方。
若干、まだ出血は見られると言うことですが、
大事にはならずに済みました。
万が一の痛み止めもいただいて参りました。
ということで一段落。
なので、病院から帰ってきて溜まっていた作業を片付け、
予定通り、夕方から中小企業家同友会の新年交礼会に出て参りました。
わたし、この会にはもう15〜6年は参加していると思います。
やはりいろいろな経営者のみなさんと、同じ目線で話せるというのは
得がたい機会。
厳しい経営環境の中で、どうやって元気を出すのか、
みなさんのアイデアや、発想法、気の持ち方など参考にさせていただいています。
きのうも、大変数多くの顔見知りや仕事上の関係者の方たちなど、
40〜50人くらいの方たちと旧交を温めて参りました。
そう考えると、こういう新年交礼会っていうのも
やっぱり便利なものです。
ふつう、それくらいのみなさんと出会おうと考えたら
1週間くらいは出ずっぱりで訪問することになるし、
そうなれば、手ぶらで気軽に話ができる、わけでもない。
年の初めに、こういう機会を作って話の糸口を作っておくというのも
日本人的な知恵だとも言えると思いますね。
参加したての頃とは違ってきて
いろいろに活用方法が見えてくるようになる、っていうことかも知れませんが。
ただ、どうしても仕事が片付かなかったので、
って、結石騒ぎで時間が取られたので、
2次会には行けず仕舞い。ちょっと残念ではありました。
Posted on 1月 9th, 2008 by replanmin
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本日早朝、いつものように食器を洗って、
さて、ブログでも書こうかなぁ、とMacを開いて向かったトタン、
左側脇腹の中側に激しい疼痛、到来いたしました。
ちょっと名状しがたい感じ。
で、とりあえず直前にコーヒーを一口すすったところでもあったので、
トイレに向かって用を足したのですが、
その間にもまた、ふたたび大きな波の疼痛がやってきました。
やむなくソファに横向きに寝たのですが、
むしろ痛い方の側をしたにした方が少し楽で、
5分ほどでやや快方感。
「まぁ、ちょっとした腹痛かな」くらいに考えて、
ふたたびパソコンに向かうと、ふたたび激痛到来。
こんどは結構、大きな波だったので、カミさんに助けを求めて寝室へ。
吐き気も来て、嘔吐は出ないけれど、激痛が長い。
「盲腸かな、腹膜炎かな、それとも、それとも」
と、考えられる病名を「家庭医学百科事典」でカミさんが見てくれますが、
どれも当たっていない感じ。
七転八倒の末、四つんばいの体勢を取って過ごしていましたが、
仕方ない、ということで、救急病院に向かった次第です。
とは言っても、なかなか、身動きがおそるおそるしか動けない。
身動きするとまた、あの激痛が来るのでは、
という恐怖で、ゆっくり歩行にならざるを得ない。
ようやく、といってもわが家から夜間救急病院は車で約10分。
尿を調べてもらってりしたわけですが、
この段階になると、激痛はうそのように消えております。
お医者さんの見立ては、「たぶん、結石ですね、腎臓から尿管の・・・」
「今日の日中に、泌尿器科行ってみて、診断を受けてください。」
ということでした。
「とりあえず、痛み止めとして飲み薬と座薬両方出しておきますが、
激痛が来たら、両方いっぺんに使ってください」と、投薬もいただいた次第。
わたし、3年前くらいに胆石になって、胆嚢を除去しておりますが、
石が溜まりやすいのでしょうかね。
仕方ないので、きょう、病院に行ってみたいと思っています。
まぁ、「痛いんですよ」と話には聞いておりましたが、
もう二度とこういう痛みは勘弁して欲しいものです。
ということなので、テーマはこんなことになってしまいました。
住宅ネタに早く戻れるようになりたいと思います(笑)。ではでは。
Posted on 1月 8th, 2008 by replanmin
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さて、本日から本格的に仕事の開始です。
ことしはほぼカレンダー通りのケースが多いようで、
先週末から始動した会社も多いようですが、
仕事、本格的に始まるのはきょうからが一般的だと思います。
どこにも行かない、地味に過ごした休暇でしたが、
その分、ゆったりできた休暇でした。
ということで、会社の近くでは
知り合いの建築会社の現場がスタートしておりました。
冬もこのように現場にシートを架けて
雪を防ぎながら、場合によってはバーナーで暖を取りながら
施工するわけですね。北海道は積雪もするし、
なんといっても寒さも厳しい中での作業。職人さんたちも大変です。
寒中施工には良い面もあって、
コンクリートの打設、乾燥にはドライな北海道の冬は似合っている、
というようなこともあります。
また、こうやって冬場も仕事ができるというのは
企業経営で考えれば、大変有意義。
これまで、北海道では冬場は工事が行われず、
職人さんたちはいったん離職して、
冬の間は「雇用保険」でつないで、春から再雇用される、
そういうケースが一般的に多いのですね。
ただ、最近はそういうしのぎ方ができにくくなってきている。
まぁ、構造改革路線の結果、そういう雇用のセーフティネットに
政府資金を使うのを避けようという方向が強まっている。
もちろん、北海道の建設業でもこのように
冬場、寒中施工をできれば雇用の継続がはかれるので素晴らしいのですが、
しかし、寒中施工はやはり経費が膨らんでしまうので、
経営的に見てみれば、収支計算上は利益を圧迫するだろうと思います。
単純にこのような外皮を現場にかけるわけで、
その「損料」だけでも、夏場に比較すると経費増になります。
もちろん、最近の灯油高騰もあるわけで、燃料費も余計かかる。
しかし、こういう冬期、なにも仕事をしないで過ごす、
というのも経済的には不健康な姿。
さて、こういう問題をどう考えればいいのか、
簡単に二者択一と言うことはあり得ないと思うのですが、
解決の方向性は考えなければならない問題。
ひとつの方向性としては、北海道の冬期間に温暖地での仕事を取る、
という考え方もあり得ると思います。
その場合、どういう方法が考えられるのか、
北海道の建設産業全体で、考えていかなければなりません。
Posted on 1月 7th, 2008 by replanmin
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