本文へジャンプ

オホーツク文化人の復元住居

7728.jpg
きのうは、以前からの念願であった
「オホーツク文化人」の復元住居を見学に行きました。
っていっても、場所は札幌を遠く離れた標津町です。
札幌からまっすぐ行っても437.4 kmという距離。
おまけにきのうはついうっかり道を間違えたので、都合80kmくらいはオーバー。
ですからゆうに500kmは走らねばなりません。
しかし、北海道という島に住んでいた人間の住居痕跡を
さまざまに探訪してみたいという欲求からすると、
この謎の民、「オホーツク文化人」の住居痕跡は欠かせない。
それが復元されているのは、この道東・北方領土に面している
標津にしかないのですね。
北海道の固有民族といえば、アイヌのひとたちが思い浮かびますが、
歴史的には、アイヌは日本史の側の鎌倉時代くらいから
北海道で優勢になる民族。
それ以前には、石器時代から続く流れがあります。
しかし、そのなかに特異に存在しているのが「オホーツク文化人」。
かれらは300年間くらい日本のヤマト朝廷側でも存在を認識している。
外交や交易関係も記録が残されています。
しかし、どこから来て、どこへ去っていったのか、
まだその全貌は見えてきていない民族なのです。
海獣捕獲の主要文化を持っていて、
たぶん、北東アジア地域から獲物を追って北海道のオホーツク海側に
たどりついて、そこに多くの生活痕跡を残したのでしょう。
かれらの文化の中に、後の民族であるアイヌの「熊送り」にも似た
風習が認められ、アイヌ文化のルーツのひとつとも思われるのですが、
よくわかっていません。
この復元住居はそういったかれらの姿をかいま見せてくれる数少ない痕跡。
竪穴形式ですが、深さが1m以上と深い。
また、外壁や屋根などに、木の構造の上から樹皮をかぶせたりしています。
樹皮は脂分の多い樹種が使われていて
風に対する防御性を高めていると思われますね。
外観はきれいな切妻ですが、
このあたりは、どうであったか、
やや疑問と思います。
立地的には海から湿原地帯を抜けたやや高台に位置しており、
当時の食料獲得方法が海獣や魚類の捕獲であったとすれば、
まさに好適地に、無数の竪穴痕跡が集中しています。
周辺は、こぼれるばかりの瑞々しい緑が生い茂り、
また、ポー川という豊かな水量をたたえる川もあって、
かれらの生活の場が、生き生きと目に浮かんでくるような気がしました。
遺跡周辺には、「熊出没注意」という看板や張り紙があり
すこし、おっかなびっくりの引けた腰つきでしたが(笑)、
なんとか、念願の遺跡を見ることができまして、
ライフワークのワンピースを得ることが出来た次第です。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

葦の紙の障子

7726.jpg
先日のブログでも触れた「板倉工法」の家です。
木造工法のさまざまな可能性を追求する設計者の探求心が
随所に感じられる住宅なワケですが、
この障子。ごく普通の障子と思っていたら、
さにあらず、紙は北上川の河口地帯でいまでも取れている
「葦」を漉いて和紙にした紙なんだそうです。
北上川河口の葦は、東北地方でも最大の産地であり、
伝統的に屋根材として使われてきた素材です。
現代にこの葦で、葺いた屋根を再生させようと運動している人たちもいて、
設計者の佐々木さんは、そういった運動にも関わっている。
建築材料としての葦は、まさに自然材料そのものであり、
グラスウールという、現代の断熱素材が提供されていない時代で考えたら、
もっとも断熱性能のある自然素材だったのではないかと思っています。
なんといっても植物繊維素材であり、
内部に空気を保留する素材なのですね。
断熱は静止空気層を保つことで、その効果が発揮されるので、
伝統的な草葺きの屋根って、性能的にも効果が高いと言える。
先人たちの慧眼に、まさに目からウロコの思いがする材料。
しかし、そういう素材を現代に甦らせるためには、
さまざまな市場価値を創造しなければならない。
そういった努力の一環として、
こういった葦原料の和紙、というような挑戦も行っているのでしょう。
このように使われることで現物としての風合いをユーザーに見せて、
その質感でファンを獲得していきたいと考えているのでしょう。
佐々木さんとしては、このような在来木造工法の持っていた
伝統的な素材を現代に継承させるための
やらなければならない産業復興まで志向しながら、
家づくりに取り組んでいるのだなぁと、思い至らされた次第です。
こういう活動は、奇抜な空間デザインを生んだりする方向ではないので、
評価者のしっかりした目線がなければ、
「普通っぽい」というような評価にしかならないでしょう。
しかし、永い日本人の木造との付き合いという見方からすると、
誰かがこうして取り組んでいてくれることが大切だと考えます。
とくに、東北の人々にとって、
こういった味わいの家づくりは、
地域が育ててきた空間的感受性に大きく関わっていると思います。
そういうものこそが、本物のデザインだ、と思います。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

茶室

7716.jpg
写真は仙台の青葉城近くの緑地に建てられている茶室。
伊達家の由緒があるような建築なのだろうと思います。
日本全国を歩くことが多いのですが、
まぁ、おしなべて本州以南地域では
こういう地域を代表するような茶室建築が遺されている。
たぶん、高級接待場所として
権力者周辺の交際の場所として活用されてきたのだろうと思います。
千利休ばかりでなく、
茶の世界は時の権力者を虜にして
その庇護を得て、その世界観を世に普及させてきた。
茶って、そのそもそもはアジア世界からの輸入。
宗教的な体験を補強するような
というか、宗教概念と一体となった体験をさせることで、
ひとびとの心の中に味わいとともに文化性を注入してきたものでしょう。
そういった背景の中で、
大航海時代の陶器の世界交流みたいなことが相まって
日本独特な「茶道」というような世界が成立したと思います。
一方で、利休さん他、
建築的な美的世界への感受性を発揮する作家たち、
小堀遠州みたいなひとが
一種の建築家として、多くの仕事を後世に残している。
このあたり、歴史的には江戸初期の大名庭園造成ブームというものも
こういう世界の成立に大きくあずかっていたと思われる。
表現行為である以上、
世界観の表現が追求され、
「わびさび」というような世界観を語ったのでしょうね。
芸術性と建築表現が、渾然となった世界だったのでしょう。
戦国期からの武士階級の死生観ともあいまって
こういった精神性が美的感受性とからみあって
この写真のように、独特な茶室表現が全国に広がってきた。
そういう背景の中にあるのでしょうが、
茶室というと、そういった精神性を重視するので
定められた作法通りに作っていくと、
たとえば北海道では、耐えられないほどに寒々しい空間になってしまう。
文化をありがたがるのはいいけれど、
ひたすらに文化のために、堪え忍ぶような空間性になってしまう。
簡素な世界観を語り合うのはいいけれど、
凍え死ぬような場所ではなかなか難しい(笑)。
茶室の世界で、北海道や東北の風土にふさわしい建築デザインについて
論議があったということは聞いたことがない。
どうなんでしょうか。
なんとか半年だけ使える施設として考えよ、
というように考えるべきなんでしょうか。
・・・っていうようなことをいつも考えています。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

北海道R住宅、注目度高まっています。

7715.jpg
さて、住宅関係では国交省の長期優良住宅先導的モデル事業が
大きな話題になっていますが、
そのなかでも、今年度第1回の応募で採択された
「北海道R住宅」の評価がいろいろな場所で高くなっています。
先般も、事業運営主体に対して、
補助金審査をする会合での模様が報告されていました。
中古住宅の性能向上でのシステム提案という、全国的にもきわめて異色な
それも、もっとも気候条件のきびしい北海道からのものとあって、
一向に進まない「住宅ストックの性能向上」という
国の掲げる基本施策をまさに「先導的に」実現しようというこの試みは
多くの審査員の先生たちからトップ評価をいただいていたそうです。
こうした補助金交付の決定に当たっては、
学会有識者が審査員になるのが通例ですが、
そういうみなさんにとっても、そもそも住宅検査人という概念まで産み出そうという
この提案はまさに革新性を持ったものと評価されているのです。
中央レベルでのシステムへの高い評価を
どうやって活かして、北海道の大きな社会資産にしていけるのか
制度を作ってきた立場として、
大いに正念場を迎えてきたように思います。
考えてみると、わたしどもの雑誌、リプランも
当初は住宅リフォームの雑誌としてスタートしたのです。
そういう意味で、北海道の進んだ住宅技術が
明確な数字で評価できる住宅リフォームマーケットを創造しようとしているとも言えるわけで、
雑誌発行者としても、制度の創造の局面に立ち会えていることに感慨の念を持ちます。
しかしながら、国の補助金はいただけたのですが、
なんといっても「単年度事業」という厳しい制約があります。
過去4年間の論議の積み重ね、社会実験の積み重ねがあるとはいえ、
社会制度まで創出しながら、
今年度中に、ユーザーも巻き込んだ実績を作っていくというのは
並大抵の作業ではありません。
現在も、なんとかオール北海道の底力で、
この制度を立ち上げられるように、まさにボランティアで
いろいろな活動に取り組んでいる次第です。
ことし、家の改修をお考えのユーザーさん、
住宅建築の未来を切り開きたいとお考えの事業者のみなさん、
ぜひ、この北海道R住宅への積極的な参加、取り組みをお待ちしています。
<写真は仙台城址の堀>
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

住宅の評価ってなんだろう?

7725.jpg
写真は先週、仙台で取材した住宅。
ある建築家の設計した住宅ですが、
この建物は、その構造においてきわめて革新的な工法を採用しています。
日本人は、基本的に森の民族であり
木造住宅への志向性がきわめて高い民族です。
そういう民族の住まいを作るとき、
木造の可能性を追求するというのは、ある意味、
きわめて意義が高いということが出来る。
デザインという意味合いからも、その可能性を高めるには
なんといっても、建築工法の進化が大きな革新をもたらす。
この住宅では、板倉工法という工法を実践しています。
いわゆるログハウスは、同じく木の民族である欧米人の作ったモノですが、
わたしたち日本人も、たっぷりの木の質感に包まれた空間を愛してきた。
この板倉工法は、在来木造に比較して
圧倒的な構造的な強さを実現しています。
構造研究家としての筑波大学・安藤教授の研究成果の賜物なのです。
写真正面左側の壁は、一見、羽目板のようですが、
そうではなく、厚さ3cmほどの板を軸間に「落とし込んで」、
さらにその背面側から木で補強して、強固な「壁面」を実現しているのです。
ツーバイフォー以上の構造強度を実現する日本のオリジナル工法なのですね。
で、この家の設計者の佐々木さんは、
こういう木材量では、在来工法の3倍近い高密度の木造を
さまざまな工夫を積み重ねることで、
一般的に入手可能なレベルの価格で実現させてきています。
自然素材だけを使って、いかに高性能な住宅を実現するか、
こだわりを持って、住宅建築に取り組んできているのですね。
しかし、ことデザインという意味合いでは、
最近の「シンプルモダン」全盛のデザイン感覚の人たちからすると
やたら木質が重厚で、やや鈍重にも見えてくる、
ということから、評価が高いとは言えない。
意味不明なシンプルモダン系の住宅の薄っぺらさが気になるなかでは
まさに正調な、こういう木造構造にも踏み込んだ試みは
一服の清涼剤ではないかと思うのですが、
まぁ、なかなか、理解されにくいのですね。
でも、ディテールの真剣で詳細な検討ぶりなど、
きわめて密度の高い空間だと思えてなりません。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

仙台名物「柳町・大日如来」

7720.jpg
仙台の街中で、面白いなぁと
いつも感心しているのが、このスポット。
仙台って、伊達家の新開地であり、
江戸の下町といえるような街は少ないと思うのですが、
そのなかで、下町風情を感じさせるのがここなんですね。
由来をインターネットで調べると・・・
柳町・大日如来 [Yanagimachi・Dainichi-nyorai]
やなぎまち・だいにちにょらい
仙台市青葉区の柳町のシンボル、大日如来。仙台朝市から柳町通りに抜けると見えてくるのが、130個の赤提灯で囲まれた大日如来です。伊達政宗公が仙台城下の町割りをした際、使った縄の一部を焼いたところだといわれています。未年と申年の守り本尊で、境内には狛犬の代わりに羊と猿。西側のビルの壁には、まるで参道が続いているかのような開府四百年記念「大日の杜」の壁画もあり、夜間もライトアップされています。
っていうようなことなんですが、
後段にあるのが、この写真の「大日の杜壁画」であります。
でも四百年続いてきた記念としての事業にしては、
となりの「ビルの壁面画」というのは、さてどうなんでしょうか(笑)。
わたし自身は、こういうキッチュな発想は大好きなんですけれど、
このとなりのビルオーナーさんは、もし建て替えるとなったら、
この壁面画、どうするつもりなんでしょうか?
鉄筋コンクリートの建物の法定耐用年数は60年。
江戸初期からのスポットの歴史性から考えると
どうも、計算が成り立たない気がします。
まぁ、わたしが心配するようなことは先刻承知で考えられてはいるのでしょうが
そういう心配を見るものにさせながら、
後先は考えず(笑)、思いっきり派手派手に、
ビルの窓まで含めて写真画面とおぼしき壁紙フィルムで覆われている様は圧倒的。
いや、しかし、こういう素材では、長期的耐候性に問題もあるハズ。
色あせとか、合わせ部分の「剥がれ」とか、いろいろ
他人事ながら、ハラハラドキドキものだと考えられます。
そういう心配は、それこそ大日如来のご加護で
「心配無用」と一喝されるのでありましょうか(笑)。
なにはともあれ、行く末を見守り続けていきたい
霊験あらたかそうな、都市の中の神域であります。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

床板の玄関扉

7724.jpg
散歩の道すがらにこんな玄関扉を発見したしました。
店舗のようなんですが、
設計者や施工者は当然、不明であります。
でも思わず、「いいなぁ、これ」であります。
玄関扉って、建物を建てたらいちばん使用頻度の高い部位。
出入りには必ず使用するわけで、
そういう部分に対して、どういうセンスを持って望むのかは、
建てるひとの感受性を表してくる部分であり、
毎日使う側にとっては、その建物への愛着に関わってくる部分。
ある設計者から、毎日使う場所だからこそ、
その素材とか材質、質感、すべてに満足感が必要だと言っていましたが、
まさにその通りで、見た感じや、さわった感じなど、
感受性のすべてで、受け止めるべきものですね。
で、この扉、一見してそのまんまなんですが(笑)
扉材に古いフローリングを再生利用している。
無垢板で、多くの人間の踏んだ痕跡感が感じられる。
塗料のはげた感じ、素材と時間、使った人間の肌の感じまで
そのまんま、そこから立ち上ってくるような感覚がある。
たまらなく懐かしい気持ちが沸き起こってくるような印象。
取っ手はシンプルなデザインの太めな金属製。
扉の枠も色調が整えられているので、統一感もある。
どうも、歳を取ってくると
こういうデザイン感覚に同意したくなってくる。
結局人間がいちばんやすらぐのは、素材の質感と時間感覚。
ざらついた表情に、こちら側の心象風景も掛け合わせて感受するようになる。
まぁ、こういうデザイン手法、
良くあるのだろうとは思いますが、
なかなか悪くはないなぁと、ひとり納得しておりました次第。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

海辺の白い家

7714.jpg
ほぼ真夏のような陽気が続いていますね。
きのうは、仙台および近郊で住宅取材でした。
写真は、七ヶ浜の海辺の住宅の様子です。
漁家の娘さん夫婦が、生家の敷地内に建てたという住宅です。
立地としては、まさに海に向かって開かれている眺望が最大のコンセプト。
七ヶ浜というのは、
多島海である松島などと同じような成り立ちのようで、
地域全体が、島のようでもあります。
入り江も入り組んでいて、この写真のように対岸側もごく近い。
敷地は海に対して東側が面している。
取材に伺った午後からは、海側から見るとやや逆光。
そういう立地背景のなかに、白い外観が海から眺望できます。
海が仕事場であるお父さんは、
娘夫婦や可愛い孫のありかがすぐにわかるようになっている。
宮城県内や、東北全体でも感じているのですが、
北海道で住宅取材をしているときに比べて
圧倒的に地域景観との対話型の設計スタイルが感じられない。
北海道では、豊かな自然景観が都市の中でも発見できるよろこびがあるけれど
東北ではそのような暮らしへの積極的な楽しみ方のスタイルがやや感じられない。
伝統的な住宅建築のスタイルの中にそういう部分が少ないのでしょうか。
逆に北海道では、たとえば二間続きの和室、というような
生活習慣的な親戚関係を前提としているライフスタイルが薄くしか存在せず、
一方で、風景とのふれあい、景観の中で楽しむという
そういう開放的な住宅づくりが行われているとも言える。
そんなことから、なんとなく「北海道スタイル」とでも言えるものがある気がします。
そんな思いをしている中で、
こういう直接的な生活表現欲求をもった建て主さんというのも出てきた。
「わたしはこんな暮らし方がしたい」という
メッセージ性が訪れるものにシンプルに伝わってくる。
この土地らしい暮らし方が明快で、
まことに素直に建てられている住宅だと思います。
暑い一日、
こんな住まいの取材で、たいへん気持ちがスッキリとして
清涼感に満たされたような印象を感じておりました。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

城付きの駅

7713.jpg
きのうは久しぶりに仙台出張であります。
打合せと取材なんですが、若干の時間を縫って
亘理の方へ行ってきました。
宮城県南部のこのあたりは、東北の湘南と言われていまして、
大変温暖なことで有名。
なんですが、まぁ、きのうは突き抜けるような青空で
風はさわやかなものの、夏本番を思わせる陽気。
色白中年にはちょっと厳しい暑さでございました。
亘理の古民家を訪ねてみようと思ったのですが、
目に飛び込んできたのは、なんと城郭。
一国一城の幕府の方針から、基本的に江戸期の城郭は一国にひとつですが
宮城県内には、仙台城の他に
特別に幕府に許されて建てた白石城だけだと思ったのですが・・・
なんと、亘理にもあったのかいな、であります。
つい誘われるように近づいていくと、
どうも鉄筋コンクリート造のようで、
使用途は図書館や郷土資料館のようなんですね。
表側に回ってみると、こんどは亘理のJR駅になっている。
公共事業として、こういう建築を建てたものなのですね。
ううむ、悪くはない。
単純ではあるけれど、シンボルとしての建築効果は高い。
わたしのようなエトランゼもつい釣られて見入ってしまう。
考えてみると、こういう公共建築デザインって、
近代主義の結果、全国どこにでも似たようなものや、
無理矢理個性的に考えられているような建築が多い。
まぁ、うんざりさせられることが多いのですが、
そういうなかでは、こういう単純なシンボルは清々しい。
亘理というのは平坦な土地柄なので、
こういう高さのある建築は、ランドマークとしても正解。
でありながら、三角屋根のユーモラスさが、
ちょっと笑える。
すっかり亘理の街が好きになってしまっておりました。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

開陽丸

7712.jpg
本日は、これから仙台へ移動であります。
きのうまでに片付けられることは片付けましたが、
いまは同時進行で2つの大きなプランを進行させていて、
なかなか綱渡りな作業を余儀なくされております。
さてさて、ふ〜〜〜。
なので、しばらく、歴史関係のことは
頭のなかだけでとどめざるを得ず、探訪旅行が出来ません(涙)。
来週あたり、道東標津あたりに足を伸ばしたいと考えていますが
さて、どうなりますことか、・・・。
もうひと月半前くらいに行った上ノ国探訪の折に見た
戦艦・開陽丸の様子であります。
開陽丸、と丸を付けるのは船の愛称であって、
本来、戦艦には丸を付けるべきではない、という説を聞いたことがありますが、
一般的には、この幕府最後の旗艦には「開陽丸」と、丸が付いて呼称されてきました。
戦前日本の旗艦「大和」も、最後はあっけなく来たのですが、
この開陽丸も、最後はなんのことはない、些細な操縦ミスで
あえない最期を遂げています。
江差の岩礁地帯で座礁して沈没してしまったのですね。
それをサルベージして、いまは江差の街の重要な歴史遺産として
港に係留し、観光客に開放しています。
まぁ、何回か見ておりますが、
ごらんのような蝋人形による戦闘風景などもあって、
なかなかに迫力がある。
幕末の国家予算のなかでも相当に大枚の国費を費やしただけあって、
船体も大きく、当時の軍事技術でも相当のレベルの軍艦。
榎本武揚が深く頼んだことが、さもありなんと思われる偉容を誇っています。
江戸から、この軍艦を旗艦とした榎本軍が出航したとき、
新政府軍側が、なすすべがなかったのが
この軍艦の最後の花の出来事だったのでしょう。
でも、ひとつの軍艦が、
象徴的な存在として、構成まで語り継がれるという意味では、
やはり特別な感慨を持たせるものがあります。
何回見ても、やはり明治の動乱の時代のひとびとの息づかいまで
こちらの胸に伝わってくるような思いがしてきます。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び