
きのうは久しぶりに街、それもススキノを探訪。
っていうか、スタッフと食事の後、クルマで迎えに来てくれたカミさんと落ち合うまで
足の向くままに散歩してみた次第。
ごく若いとき、学生時代から30代くらいまではよく飲み歩いた街ですが、
やはり、ここ20年以上は月に一度か二度くらいしか訪れることはなく
最近は、年に数回程度しか来なくなっている。
でもまぁあちこちに、それなりの愛着はある街で
ややタイムスリップしたような感覚で歩いておりました。
これでカミさんに迎えに来てもらっていないと、
ついあれこれのお店を「新規開拓」からハシゴしてしまうところですね(笑)。
「あれ、ここにあったあの店は?」
「あ~~~、この店まだあるんだ~~」
とかと、感慨が胸に迫ってくる。
世を捨てた仙人が下界に下りてきて、人の匂いを懐かしがるような心境です。
しかし、どの界隈にもそれなりの想い出がある。
この街で落としたお金のことを考えたら、無常観に襲われたりもします(笑)。
昔はずいぶん人並みも多かったように記憶していますし、
すっかり主のように泳ぎ回っているひとも多かったようですが、
やたら目につくのはタクシーの行列くらい。
それでも栄枯盛衰を重ねながら、しぶとく生き延びている店も散見される。
ススキノをテーマにした歌謡曲や歌は多いと思いますが、
最近のそういった歌の世界にも歓楽街を謳うようなものは少なくなっている。
たぶん、若者たちの生態のなかに、この街が入ってこなくなったのか。
しかし、反比例して客引きの数は異常に増えているように思います。
それもちょっと危険な雰囲気もプンプンと感じる。
まぁこの街で一人で歩いていたら、客引きには格好のターゲットですか(笑)。
「お客さん、きょうはどちらへ?」
すっかり酔いも覚めて、ひたすら観察眼の固まりになって
「街の取材」をしている自分がおりました。
なんとか無事に帰還できて安堵感と、一抹の後ろ髪引かれる思い(笑)を
味わわさせていただきました。
Posted on 4月 4th, 2013 by 三木 奎吾
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図は、65歳以上人口の「健康度」を表したデータ。
統計がまとまっている2008年段階で、
全くの健常状態の人口がおおむね2000万人。
入院している人はごく少なく百万人以下のようです。
外来や「要介護・要支援」を合わせて、7〜800万人という状況。
ざっと見て、七割以上は健康状態を維持している。
要介護・要支援よりも「外来総数」の方が
より「入院総数」に近い、というように読み取れるのですが、
厚労省的には、どういった認識であるのか、
ちょっと不明ですね。
この数字を見て、どう考えるかは見方によるでしょうが、
案外、健康な人の割合が高いという印象。
昨年、還暦を迎えた高校同期の仲間たちを見ていても、
ポツリポツリと病気のことを聞くけれど、
おおむねは元気いっぱいという人が多い。
少なくとも人生の「上がり」というような実感には乏しく
なんと同期同士で再婚したというカップルまでいて、ほほえましい。
総じて人生の半ばでやや小休止が来た、くらいの感覚。
ただ、仕事についてはリタイヤする人が徐々には増えてきた。
しかし、やはり社会への参加感覚は持っていたいようで、
継続的に働き続けている人が多い。
たぶん、仕事を継続していた方が
精神的にも健康を維持できるのではないか、という気がします。
社会的には、こういった健康な高齢者をどのように活用するか、
社会活性化に活かせるかどうかが、
国レベルでは重要な指標になるのではないかと思います。
社会保障という概念が導入された頃には、
60歳以上人口というのは、ごく少なかった。
だからそのごく少ない高齢者に対して、社会全体で支えようという
そういった哲学に基づいて制度が作られていった。
そういう意味では前提条件は大きく変わってきている。
住宅についても、これまでは高齢化対策というと
バリアフリーというような概念が中心だったけれど、
より能動的な
「ユニバーサルデザイン」という潮流が大きくなって来ている。
どんな世代にも使いやすい、当然高齢者にも使いやすい。
という「デザイン」の問題としてクローズアップされてきている。
先日、石器時代から縄文時代への変化の過程で
社会的に食料調達方法がより簡易というか、容易になったことで
コロニーの中で高齢者が生存可能になった。
そしてその結果、「生きてきたことで身についた知恵」が
世代を超えて共有されるようになって、「文化」の多様性が生まれた、
というような知見を得ました。
そういうことが、住宅においても世界の先頭を切って
日本で始まる、というような見方も持っていくべきなのだと思われます。
注意深く、変化を見ていきたいと思う次第。
Posted on 4月 3rd, 2013 by replanmin
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きのう、ある人からわたしのブログについての感想を聞きました。
やはり毎日更新しながら、一定のテーマ性のあるお話しを書いていることに
率直なお言葉をいただきました。
まぁ、どうなんだろうと自分で考えてみるのですが、
やっている本人は必死でして、
当社のスタッフたちから、毎日更新のブログのリクエストがあり、
それを一度決めたことなので、絶対に書きたいと思っている次第。
で、そうなると作戦として、毎日書くのには時間の確保がまず第一の関門。
幸いにして(笑)高齢化してくるので、朝はいくら早くても対応できる。
なので、早朝、起き抜けのおおむね1時間程度を執筆時間とする。
続いては、大まかに興味分野のテーマ付けをする。
当然、住宅に基本的には関連する領域だけれど、
そのなかでも、いくつかの分類を頭のなかに描いて
そのテーマ付けを日々の「取材活動」に活かして、そのような行動様式を考える。
なので、必然的に住宅に関連する興味分野はどんどん広がっていく。
大学の先生とはまったく違うアプローチですが、
いわば、ジャーナリストとしての視点から
日々、日常的な行動に中にそういう住宅についてのテーマを仕掛けておく。
まぁ、そんなルーチンを自分に課しております。
で、やはり、書くということにだんだん、慣れてくるもの。
文章を書いたりすることが基本的に苦ではない。
やはり継続は最大の力ですね。これからも頑張ります。
前置きで、本日はおおむね文章量が多くなりましたが(笑)、
ここのところ、人類と住宅、というような分野にも興味が向かっております。
そんな取材の中で、一昨年だったと思いますが、
網走の北方民族資料館で見学した北方狩猟民の住まいであります。
動物の骨の利用という、まことに即物的で自然的。
こういう生命痕跡への態度には、人間の行動様式全体が試されるように思います。
やはり仏教的、あるいは宗教的素地をDNA的に経ているわれわれには
やや恐ろしげな光景に感じられますが、
かれらにとっては、ごく自然な素材選択であったのでしょうね。
というか、必要を満たすに、もっとも手近にあった素材だったのでしょう。
マンモスハンターという人類の生き延びる歴史的一段階では
本当に切実だったのだと思います。
こういう段階で、人類は生命というものに対する価値認識を
どのように持っていたのか、興味も湧いてきます。
そしてこのような「感受性」が、わたしたちにどのように繋がってきているのか、
そういうことにも、思考が巡っていきますね。
ふむふむふむ・・・。
Posted on 4月 2nd, 2013 by replanmin
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きょうから4月になって、ことしも四半期が終わりました。
ということで、国の年度も改まり、暦の上でも春の訪れであります。
が、やはり北海道の春はまだまだ遠い。
でもやっぱり早く春が来て欲しい。
そういうことで、この時期になると北海道・札幌では
家の前に冬の置き土産の固い雪、まぁ氷のかたまりになっているヤツを
叩き割って、細かく砕いて、という雪割り作業が行われるのです。
土曜日はちょっと多用だったので、きのう日曜日、
わが家でも着手開始いたしました。
お隣近所では、みなさんウィークデーにも作業できるようですが、
夫婦とも仕事しているわが家では、休日のお勤めであります。
2台分の駐車スペースの方は
積層している床面の雪の塊を砕くとなると、大変な時間がかかるので
こっち側は自然に太陽さんに任せることとして、
玄関前の約15㎡ほどの場所の雪割りであります。
高い場所で50cmくらいで、家の周囲には煉瓦の床面が一部露出している
というような状況からスタートであります。
ちょうど春休みの高2の息子が、露出部分の拡大から着手。
夫婦でその様子を歓声を上げながら見ておりましたが、
約30分で撤退して参りました。
どうしたのかなと聞くと、「つるはし壊れてる」ということ。
見ると木部と鉄の繋ぎ部分がやや心許ない状態で、
ヘタをすると抜けてしまいそうな印象がある。
でも、これまでもそんな印象だけれど、実際は大丈夫なんですが
まぁもう20年くらい使っているものなので、不安もあって
「じゃ、新しいの、買ってくるか」と
息子とふたりでクルマで出掛けた。
ところが、やや遠くの超大型ホームセンターに行ったら、
「今年度の入荷予定はありません、まったくの品切れです」
という無情の宣告。
どうもみんな考えることは一緒で、ことし買い換えようとした人は多いようです。
最近は振り上げるタイプのツルハシではなく、
上から垂直にまっすぐに氷を叩き割る1本タイプがあって、
「あれ、使いやすそうだな」と思っていたのですが・・・。
ということで、しょがなく、気をつけながら古いツルハシで、えんやこらです。
天気も見ながら断続的に、筋肉痛にならない範囲で(笑)、
夫婦で頑張り続けまして、
おおむね10㎡ほどは完了させることが出来ました。
ことしは雪が多く、前面8m道路面にはまだ50cm以上の固い氷があるので、
それと極端な段差を生じないように、
わが家側の氷も、傾斜をつけるように雪割りしなければなりません。
道路の向こう側にはまだ2m近い雪の壁もあります。
まだまだ、1日ではとてもとても無理。
しばらくは、雪割りサンデーが続いていくものと思われます。
さて、筋肉痛、どうなっていくでしょうか、
今朝は事前のケアが実って痛みはありませんが、さて今後どうなるか、
ハラハラドキドキの雪割り月間が続きそうです(笑)。
Posted on 4月 1st, 2013 by replanmin
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現生人類が地球上に展開した足取りを表現した図を見ている。
人類は現生人類だけではなく、ほかにも人類はいたけれど、
イブの子孫たちは20万年前にアフリカを離れて、世界中に食料を求めて
旅立っていった。
その図によれば、日本にはまだ到達していないことになっている(笑)。
そのなかで中央アジアから大きく枝分かれして、
モンゴル高原を経てアラスカを超えてアメリカに向かった人たちと、
同じく中国に向かった人たちが、どうも日本列島には来たように思われる。
そのほかにも、南方島嶼伝いに列島にたどり着いた人々も多かったかも知れない。
朝鮮半島は、やはりモンゴル高原からの流れと、
中国からの流れが交錯しているように思う。
日本の列島に来た人々のうち、後に縄文文化人になった人々は、
やはり基本的にはモンゴル高原からの北方狩猟民、
マンモスハンターの流れだと思う。
モンゴル高原や中国に到達したのが30000年前だと言うから、
そのへんから、この島嶼列島に人々は流入しはじめたに相違ない。
そして、気候の温暖化が13000年前ころから始まって、
次第に食料が、縄文的システムに変わっていった。
そこで、森林からのドングリなどの採集と漁撈とを基本食料調達手段とする
縄文社会がこの列島に根付き始めたのではないか。
そこらへんから、日本という社会が創成していったように感じる。
ただ、こうした「民族移動」は常態的なものであって、
その後も弥生的な生産様式社会が、朝鮮半島地域との強い関係性の元で
この列島にも一体的な社会として現出していたようです。
古代における天智や天武期の朝鮮半島への出兵・白村江での戦いなど、
朝鮮半島と、この列島との一体性が表現されていると思う。
そしてその結果、中国の強大な古代国家・唐との国際関係に直面して
独自的な律令国家の方向に大きく舵を切ってきたのではないか。
半島と列島は自然的には、一体的な関係にあったのではないだろうか。
人と集団の交流はごく自然に海峡を跨ぎ、
日常的な強い関係性を保ってきたに相違ない。
そうした列島西部地域と、伝統的にモンゴル高原から北方経由で
この列島に根付いてきた縄文システム社会を基本にした列島東部・北部の社会に
大きくは二分されてきていたのが、日本の祖形だと推測します。
わたしたちの年代が受けた歴史教育とは隔絶したような
こんな明瞭な歴史像が最新知見でもたらされている。
グローバルな認識と、個別社会の成立要因の両方から
歴史的な把握というのは、されていく必要があると思われてなりません。
Posted on 3月 31st, 2013 by replanmin
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さて、Replan100号記念号も発売されて
なんと、いろいろなところからお祝いの花をいただいております。
わが社のエントランス部分には、さまざまな色合いの花々が咲き乱れておりまして、
まるで一足お先に春爛漫といったムードであります。
人間、なんとも単純なもので、
やはり華やかで美しい百花繚乱を見ていると、気持ちも華やぐ。

わたし自身は、誕生日とかも、どっちかというと
照れ屋で、恥ずかしく、まぁ家族からこっそりいわれて
はにかみながら少しうれしがる、というところなんです。
こういうのって、きっと兄弟が多い環境で育って
いちども家で誕生日を祝ってもらったことなど記憶にない、
そういう暗い過去(笑)に、起因しているに違いないと思われるのです。
そうなのに、今回の仕事上のアニバーサリーというのは、
まことに正直にみなさんからのお心遣いがうれしくて仕方ない。
ちょうど子どもが成人式を向かえた親の心境に似ているように思います。
これは、わたし自身と言うよりも、
多くのみなさんが支えてくれたことが、結果として花が咲いた、
そんな風に思えてならないのです。
というようなことで、
なにはともあれ、お花畑の真ん中で
ひとりニコニコとほほえんでいるという次第であります。
創刊から25年も経ってきたことに、
その実感はまだ強くはないのですが、
こういうものを見せていただいて、ようやくなにかが見えてくるようですね。
本当に、みなさんに感謝感激であります。
Posted on 3月 30th, 2013 by replanmin
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先日のReplan100号イベントで、会場に来られた方から、
ある相談を受けておりました。
最近の住宅でたいへん多いのですが、
窓周り、窓の左右両端下部の壁面に雨水が流れる筋道ができる、
という事態についての解決策は? という問いでした。
外見的に、住んでいる方からすると気になるものであり、
その方の場合、その対処として外壁材の交換を過去にもされたそうなのです。
で、ご質問の趣旨は、そういうふうにならない外壁材は?
という質問だったのですね。
聞いていて、まぁ口頭だけでの相談で、実際に状況を把握しての
ことではありませんので、断定は出来かねますが、
壁材の素材の問題ではないと思いました。
北海道から発祥した住宅の「合理化」って、ポイントは多いのですが、
その究極は、「軒がなくなった」ということではないかと思います。
日本の建築は、高温多湿の気候に合わせて、
いわば、「屋根の建築」であった部分があります。
その屋根の機能は雨から建物を守るという思想がベース。
当然、傾斜角度を付けて三角屋根で雨を落とすということが基本だった。
必然的に壁も保護することになる「軒の出」が
デザインの基本になっていった。
ところが、北海道ではその軒には大量の氷柱が発生して
住宅建築の欠陥ぶりを象徴的に表すものとされ、そのように
体験記憶に刷り込まれ、「いっそないほうがいい」という志向に向かった。
それは、同じように進行していった「土地利用の高度化」要請という
日本社会では必然的な流れと一体になって大きな流れになってしまい、
「無落雪屋根」と同時に「軒の消失」という事態に結果した。
そうなってしまうと、「まぁこれでもいいか」という慣れも生じ、
同時に、その衝撃的なスタイルがある意味、ウケて、
本州地域でもモダンなボックスデザインというように広がっていってしまった。
まことに罪多いことであるかも知れません。
マンションなどでも同様な事態が進行することになって、
窓や壁面を保護するということはいつしか、後景に追いやられた。
ということで、
解決方法は、写真のような対応策と言うことになる。
建物全体に屋根から軒が出ていれば、
ここまでの細かい対応はいらないけれど、
一度、屋根から軒をなくしてしまった住宅文化は、より「不合理」な
解決策を模索しなければならなくなっている。
住宅文化のジグザグぶりを象徴するようなことではないかと
立ち止まって考え込んだりもしている次第です。
Posted on 3月 29th, 2013 by replanmin
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3月28日本日発売のReplan北海道vol.100で、
弊誌は創刊100号・25周年を迎えることになりました。
そして、その記念号では巻頭特集として<ない家>を予定しています。
快適な家とは、
人にとって不快な要素が「ない」家のはず。
住む人にとってネガティブな要素の「ない家」をテーマに
さまざまな企画を特集しています。
●巻頭特集「ない家」
北海道・東北のさまざまな「ない家」を取材。
「実際に暮らす人にとって何が「ない」状態が快適なのか、を特集します。
快適な家とは、住む人にとって不快な要素がない、
ちょうどいいバランスが保たれた状態の住まいを言うのではないでしょうか。
暑くない/寒くない/窓がない/間仕切りがない/ピークのない/ 不快な素材がない/普通じゃない
何がマイナス要素となるかは、実際に住む人それぞれに違うもの。
この特集では、快適な住まいをたくさんの要素が「ある」ことでつくるのではなく、
「ない」ことで実現した6つの住宅実例を紹介します。
これから住まいを考える皆さんにとって、
何が「ない」ことが快適なことなのか。考えてみませんか?
●特別鼎談「家と庭ーここにしかない風景を創出するー」
倉本 聰 × 五十嵐 淳 × 上野 砂由紀
●住宅実例 あなただけのない家を建てよう
●New Building Report
●リフォーム特集
●北の建築家
●新連載 STORY OF ARCHITECTURE
その他、100号から新たにスタートする企画も。どうぞお楽しみに!
発刊に当たっては、以下の各社様からの協賛をいただきました。

アース21/AKIRA/アクト建築工房/アクト工房/芦野組/イノスグループ北海道/岩橋印刷/内池建設/ウベハウス東日本/岡本建設/キクザワ/北デザイン建築工房/クリナップ/K-ATELIER一級建築士事務所/建成ホーム/建築工房サトウ/ケント・ハウス/小西建築工房/紺野建設/サカシタペチカ/SAWAI建築工房/三五工務店/シーゲル/シーズン/シノザキ建築事務所/一級建築士事務所 STARR WEDGE/SUDOホーム/石油連盟/ソトダン21/大平洋建業/竹内建設/武部建設/チョウエイ/辻野建設工業/DNPドリームページ/凸版印刷/トラスト建築工房/日本ドアコーポレーション/パイスショップたかの/HOPハウジングオペレーションアーキテクツ/ハガ木材/hagiken/パナソニックのリファインショップ/パナソニックリビングショウルーム札幌/P.V.ソーラーハウス協会/桧山建設綜業/藤森土建/北王/北洋銀行/北海道 建設部/北海道ガス/北海道住宅サービス/北海道の家づくりを学ぶ会/北海道ハウジング/北海道林業・木材産業対策協議会/北海道リンクアップ/ミライエホーム/ユーロハンズ/勇和建設/ヨシケン1級建築士事務所/リビングワーク(五十音順)
本当にありがとうございました。
ぜひ書店コンビニなどで、お求めください。
本日はお知らせのブログでした。
Posted on 3月 28th, 2013 by replanmin
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確実に北国にも春は迫っておりますね。
きのうは札幌から仙台へ移動。
会議に出席でしたが、昼飯と夜の食事会の両方で
期せずして天ぷらになりまして、
しかもどちらでもごらんのような「フキノトウ」の天ぷらが。
いやぁ、堪えられませんね。
夕食時には、そのうえ、タラの芽も天ぷらで味わうことが出来ました。
ひとあし早く、早春の味覚を堪能させていただきました。
仙台市の郊外では、いまフキノトウが時期なのでしょうね。
日本人の季節感の中でも、
この冬から春にかけての時期の感覚は格別。
とくに冬の間、厳しい環境に追い込まれる北国では
その思いがよりくっきりと際だつ。
思わず、「これ、どの辺で取れたんですか?」と問うてしまう。
お店の人もにっこりとほほえんで、
「ええ、この近くで・・・」とやさしく応えてくれる。
春の季節を待つ北国人らしい交歓の空気がそこに匂い立つ。
やはり、北海道と東北の人々の間には、
こうした交歓が成立するように思います。
末の娘が、その少し年上の姉に、ものを問うような
そんな雰囲気がそこに成立するのですね。
口にほおばると、
苦みと、自然の滋味がじんわりとカラダに染みこんでくる気がします。
天ぷらなので、甘みが強調されるのですが、
しかし、やはり早春の苦さは格別です。
こういう苦みは、健康にたいへん役立つのだと聞いたことがある。
厳しい冬を越えて命を再生させる自然の生命力が
その苦みに凝縮されているのだと。
ありがたく、味わいながら、
ついススメられるままに、地酒の品評会のような酒盛りに。
いっしょに酌み交わしたみなさんは、東京の方と東北の方たち。
各地で、大きな違いのある季節感の中で
ニコニコと談笑させていただきながら、つい、
さて、北海道のそんな春の訪れは、
ことしはいつまでかかるのだろうか、と心配までされる始末(笑)。
雪深く、また寒さもぶり返してきたり、
まことに一進一退を繰り返しておりますが、やがて、
北海道のとびきり苦みの利いたフキノトウ、
味わってみたいと思う次第であります。
Posted on 3月 27th, 2013 by replanmin
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わたし、小さいときから
「模様ってなんだろう?」って思い続けているヘンなヤツです(笑)。
デザインというものの起源に関わるようなことですね。
写真は、先日訪れた八戸の「是川遺跡館」床の刻印石版です。
この「模様」は、いまから4000年くらいさかのぼる時期から
この地域に住んでいたとおぼしき人々の
「心のありよう」を伝えてくれる貴重な「よすが」。
たぶん模様って、人間の心的現象の根底部分に関わっている。
ひとがなにかを造形して、それにマーキングを加えるとき、
なにかの模様を刻印したくなるのだと思います。
文字を持つ文化になってくると、それを前提にして、
自分の名前をサインしたりすることと、たぶん似たような動機だったのか。
で、文字を持たない文化段階の社会で、
縄文自体もそうだけれど、制作者の痕跡としてものに模様を刻印した。
そしてそれが、使用する人から受容され、喜ばれもしたのではないか。
古代の人間社会の言い伝えなどに
「無数のヘビ」というような記述にめぐり会うことが多い。
あれって、やはり夢や白日夢のなかに
渦を巻くとか、円環するとか、
ものが動く基本動作をシンボライズしたものではないか。
そういったものが、人間の観念に深く刷り込まれていることを
明瞭に指し示しているように思う。
いずれにせよ、模様というのは
人間の内面世界と、外界との接点に位置していて、
あるイメージを人間同士、共有すると言うことの初源的なものなのでしょう。
そういうことでいえば、言葉を遙かに超えて
人間の内面を,時空を超えてメッセージしてくるものです。
そういう感受力を、もっともっと磨き上げていきたいと
いつも強く思い続けています。
やっぱり、相当にヘンな志向性だなぁと思います(笑)。
きのうはいろいろな区切りのことが団体で来ました。
ひとつひとつ、丁寧に対応して、
慎重に相対していきたいと思います。
で、本日明日と仙台への出張。さて、頑張らねば・・・。
Posted on 3月 26th, 2013 by replanmin
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