
あすからまた仙台に移動する予定ですが、
これまでANA、JAL、ADOの3社だった乗り入れ会社が、
この20日からSkyMarkも就航して、競合が激化してきています。
ユーザー側からすると、歓迎すべき動きと言えましょうか。
航空運賃というのはやはり高すぎると思います。
海外旅行で長時間のフライトであれば、畿内サービス云々という要素も
大きな選択条件にはなるでしょうが、
通常のビジネス利用の時には、なんといっても価格が一番大事。
それも、わたしどものように北海道と東北をエリアとする事業体制の会社にしてみると、
札幌ー仙台線はいちばんの基本路線。
こういう価格競争は大いにやってほしい。
ただ、市場原理というか、基幹路線は下がっても
なかなかローカル線は下がる気配がない。
全国各路線をくまなくネットワークしている会社にしてみると
基幹路線にだけ算入してくる会社との競合関係では、
どうしてもその競争激化のしわ寄せが、ローカル線の高止まりを呼ぶ。
経営している立場から考えればやむを得ないだろうと思いますが、
困った問題だと思います。
規制改革というのは、どうしても経済効率だけで
決められていく流れを作りだしてしまいますね。
市場原理というのは、マルクスの資本論ではありませんが、
現代社会を揺り動かしている大きな幻影とも思えます。
税金のがれをしたいがために本社所在地すら海外に移転させるような
「多国籍企業」にとっては、
四半期決算だけが経営判断の物差しになって行く危険性が高まる。
しかし企業というのは、本来、人間の幸せを作り出すための装置に過ぎない。
そうであるのに、それ自身がその自己目的だけで、
本来企業が果たしている大きな役割としての、雇用の創出とか、
税金の負担など、共同体としての国家にも役立つ存在であるべきだと思います。
このふたつの分裂せざるを得ない2元論のなかで、
今の時代の経営者は、ゆれ動かなければならない。
ただ、グローバルスタンダードと言われるような流れは
わかりやすいかも知れないけれど、
長い目で見たときに、さてどうなのかという根源的な問題があると思っています。
このままで行くわけがなさそうだ、というような思いは、
経営層のなかにも広範に存在していると思えます。
これからも日本という国や、そのなかの地方という中で
多くの人々が存在し続けて、根付きながら生きていくのは間違いがない。
いまのグローバルスタンダードのうねりの先に
まったく違う価値観の社会も動き出していくのではないか。
そのときに、きちんと顔向けが出来るような企業でありたいとも思います。
なにやら、きわめて自己分裂的なブログだと
自分でも思うのですが(笑)、そういったことが
頭のなかでゆれ動き続けております。みなさんいかがでしょうか?
<写真は仙台空港内部の様子>
Posted on 4月 24th, 2013 by 三木 奎吾
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すでに4月20日には店頭に並んでおりますが、
Replan東北の最新号が、発売されております。
今号は年4回ずつ発行してきて、ちょうど10周年の記念号であります。
最近、おかげさまで書店での販売がたいへん好調に推移しています。
北海道で「高断熱高気密」の住宅が必須要件になって建設されるようになり、
その性能技術も熟成してきたことから
そのような住宅の需要がもっとも高い東北地域でも
いわば、「北からの住宅情報」として、
性能の向上が、どんな家づくりを可能にしていくのか、
そこでのデザインの方向性も同時に誌面でお見せしたい、という
出版の趣旨から、Replan東北を発刊してきました。
それは、そうした高性能住宅への思いを共有する作り手との出会いも
同時に図っていくという道だったように思います。
その後、東日本大震災が発生し、
未曾有の「住宅の毀損」という事態にも遭遇しました。
その被災がまだ雪も吹きすさぶ3月だったことで
寒冷地での家づくりは、寒さから人間の暮らしを守る、ということが
根源的なテーマなのだということに改めて気付かされもしました。
まだまだ、長い道のりの「復興」になると思いますが、
地域に根ざして、その気候風土に似合った住まいの情報を
丹念に作っていきたいと思っています。
どうぞよろしく。以下は内容のご案内です。
【特集】ない家。
快適な家とは、住む人にとって不快な要素がない、ちょうどいいバランスが
保たれた状態の住まいを言うのではないでしょうか。
暑くない/寒くない/窓がない/間仕切りがない/ピークのない/
不快な素材がない/普通じゃない
何がマイナス要素となるかは、実際に住む人それぞれに違うもの。
この特集では、快適な住まいをたくさんの要素が「ある」ことでつくるのではなく、
「ない」ことで実現した6つの住宅実例を紹介します。
これから住まいを考える皆さんにとって、何が「ない」ことが快適なことなのか。
考えてみませんか?
Contents
●特集/ない家。
●特別鼎談・家と庭 ここにしかない風景を創出する
演出家・倉本聰氏 × 建築家・五十嵐淳氏 × 園芸家・上野砂由紀氏
●省エネ住宅特集 福島編
●住まいのカタチ〈住宅実例集〉
●リフォーム特集
●モデルハウス探訪
●ヒートポンプ特集
●NPO 住宅 110番
●TOHOKU ARCHITECT
宮城県「川上の離家」田中 直樹
4月20日から東北の書店・コンビニ(首都圏は特約店)で発売しています。
ReplanWEBからもご購入いただけます。
Posted on 4月 23rd, 2013 by 三木 奎吾
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なにげなく、「東アジアと平安日本」というサブタイトルに惹かれて
保立道久さんという方の本を読み続けております。
もうかれこれ、1カ月以上はかかっているのですが、
全328Pに対して、ようやく277Pまで読み進めた次第。
まぁ、頭が混乱してくるくらい、天皇の名前が変わっていく。
そして、天皇の即位の経緯が、それ自体大きな政治領域であることと、
同時に社会が抱えたいろいろな問題が概観されていく。
まぁ、今日の政治の流れを書き続けていく作業にも似ていて
その連鎖の永遠なることに言葉にならない辛さも感じるわけですが、
不思議と面白く読み進めている。
ただし、まったく記憶には残りにくい(笑)。
中世史研究者の学問的興味に基づいて、同様の研究者の概説と批判などが
歴史進行と合わせて語られていくので、
まぁたぶん、一般読者というのはあまり考慮されていないように感じる。
おかげさまで、夜の寝付きのための睡眠薬としては
超絶の効果を発揮してくれていまして(笑)、
3分間とは持たず、爆睡モードになる。
まぁ、こういう書き方は筆者に対して失礼ですね。反省。
しかし、退屈を通り過ぎてくるとそこに書かれていることに
驚きと共に、新鮮な歴史像が浮かんできて、まことに耽溺させられる。
日本国家の政治プロセスと、
東アジア世界との関わり関係がメインの本なのですが、
「平安時代には唐からの文化影響が沈静化して、国風化が進んだ」
という常識的な理解が、いかに表層的なモノであるかが、
克明に語られていきます。
大陸・半島からの「フロンティア」的な位置づけから
この列島社会は構成されてきている様子が
時間軸と共に語られていきます。
ダイナミックな東アジア世界の激動と、連動するように日本の歴史過程も
相互作用を得ながら展開してきている。
これまで、単体的な動きと見られてきた平将門の反乱も
広く東アジア世界の胎動との関連で捉えられていて
想像力が非常に自由を得る思いが致しております。
やはり、奥州に産出した金は、その後のこの列島社会のありようを
大きく変えていったのは間違いがないようですね。
鉱物資源採掘による繁栄とその収束は
直近でも北海道各地の産炭地のことを考えてみれば、
おおよその想像力はつきますが、
それは巨大なシステムの起動力にはなるけれど、
資源が枯渇してしまうと、実にあやふやな記憶しか残さない。
そんな思いが強くなってきております。
歴史は本当に奥深いですね・・・。
<写真はまったく無関係の「青森イヌ」彫像>
Posted on 4月 22nd, 2013 by 三木 奎吾
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先日の旭川探訪のときに、
今年86歳になる義理の母がよく買い物に行ったというアーケード商店街も見ました。
まだ現存しているのですね、これが。
ほとんど「北海道開拓の村」にでも移築保存されるべきと思えるような建築が
いまも、半分は現役で使われていることに、
むしろそっちの方に驚かされる気がしました。
たぶん、これも築後でいえば、100年近いことは想像に難くない。
建築自体は、町家スタイルの商店が左右に狭い間口で並んで、
採光を上部から取っているという
日本の「市場」建築には普遍的なスタイル。
現在でも、札幌では狸小路とか、小さな商店街で見られるスタイル。
歴史的にも、「市」というのは、このような通りを挟んだ左右に
「境界」的な場所に作られていったという経緯そのままです。
おおむねが徒歩での生活圏の暮らしが一般的だった時代には、
このような商業スタイルが一般的に展開されていて
住民側にもまことに「コンビニエンス」だったと思われます。
こうした建築では、1階は商店として利用され、
その商店の家族従業者が、その2階から上に居住していた。
建築基準法も規制が行き渡らない、いわば自然発生的な木造3階建てです。
たぶん、「現状不適格」建築であることは明らかでしょう。
しかし、こちらでは今でも、この長屋的建築が3分割されて、住宅として
使われているようでした。
優良ではないけれど、「長期住宅」であることは確実。
よく建物が長期に使われない理由は、主に社会的な要因による、と言われますが、
こういった建築が現在もなお、
この寒冷都市・旭川で使われ続けているというのは、
ちょっと驚きであると共に、
むしろ社会的要因によって、使われ続けているのではないかと
逆の感慨を持ちます。
自然的な「もったいないし、住みやすさがあるし・・・」
というようなことから使われ続けているモノか、
かえって、そういう意味での「取材」をしたくなってしまいましたが、
これもまた、日本の住宅の現実ではあるのだと思う次第。
ふむふむふむ・・・。
Posted on 4月 21st, 2013 by 三木 奎吾
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旭川市の中心市街地を貫く4条通りに面して
昔から古物商があって、そのたたずまいに目を引かれ続けている。
時間の経過を拒否するかのような、
そうしたモノたちの集積が、なにかを訴求するのだと思う。
で、先日の旭川訪問の折、
ちょっとだけ、覗いてみることにした。
カミさんは拒否反応が強烈で、同行しないというので、
やむなく、わたしひとりで敢然と(笑)、店内に入ってみた。
古物というのは、そのものズバリ、実用性で考えればまったく無用に近い。
ほかのどんなものにも反応しなかったけれど、
唯一、「これは能面ですか?」と思わず聞いたモノには、
どうもこころが動かされた。
ずっと直立していた店主とおぼしき方が
「いや、それは能面に似せた飾りで陶器製です」と教えていただいた。
こういった店では、たぶん、訪問客が反応しない限り
働きかけてもムダと知り尽くしているかのような
聞かれて初めて語る、という反応方法を取っているに違いない。
「能面に似せて、陶器を作っているの?」
という疑問が湧いてくる。
ということは、能面にはそのようなモノとしての力があったということか。
確かに言われてみれば、そのようなシチュエーションの
室内飾りを想起させられる。
能面というのは、ひとつの造形でいろいろな感情表現をするモノで
中間的でいて、しかし、劇的には高まった場面では
象徴的な「表情」である必要性がある。
そのなんとも言われない「寸前」とでも言えるような表現力が
作者の力量として伝わってくる部分があって、
室内の飾りとして考えたとき、
能の好きなひとには、需要があったに違いない。
ある種の劇的な要素がそこに凝縮されている力なのだろう。
ただ、そこに展示されているモノたちには、
そこまでの力は、わたしには感じられませんでした。・・・が、
案の定、わたしの性向を察知しているカミさんからの
「早く帰ってこい」ケータイコールが来て(笑)
それ以上には進展せず、古物商店舗を後にせざるを得ませんでした。
まぁこのあたりのタイミングも、見事でしょうか(笑)。
「こんな分けわかんないモノを家に置かれたら困る」という
カミさんの危機感もよくわかる次第であります(笑)。
ということで、ややこころに残るモノはあったのですが、
一応、どんなモノが展示されているかの
情報だけは得られたので、今回はここまでとさせていただきました。
こうした体験は、その後、心の中で
ある発酵期間を経て、何かの拍子に出てくる瞬間もあると思います。
なんとなく、ややあぶない感じがしたお店訪問でした。
まる1日の休養とお薬が効いて、
おかげさまで、風邪の症状は劇的に緩和されてきています。
やれやれ、であります。ふ〜〜よかった。
Posted on 4月 20th, 2013 by 三木 奎吾
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いやぁ、やられました。
今週は月曜に札幌から仙台に移動し、用事を片付けた後、
住田と陸前高田での取材を行ってから、
仙台に戻って用件をこなしていたのですが、
どうも旅の空で風邪菌をノドにキャッチしたようで、
猛烈にノドが痛くて堪らなくなりました。
仙台滞在中、時間を縫うように病院を探していたのですが、
以前も行ったことのある医院はどこも「水曜定休」ばかり。
どうもこういう定休が多いようで、
その間も時間に追われてのスケジュールだったので、
ホテルでの休息もままならず、
きのう帰りの仙台ー札幌便搭乗時には、
待合で爆睡状態になってしまって、あやうく乗り遅れるところ。
で、カミさんが飛行場に迎えに来てくれて、
ノドが痛くてしゃべれなくて、辛い時間を過ごしておりました。
でもまぁ、仙台では面接を十数人こなしていたので、
無理してしゃべっていて、それもノドをもっと痛めたのかも。
ということで、本日もかかりつけのお医者さんで看てもらって
点滴と投薬を受けてきまして、
本日は、このまま爆睡したいと思っております。
幸いあすからは週末・土日なので、用件だけ済ませて、寝ます。
こういう体調の日には、やはりブログのネタも浮かんできません(笑)。
またあしたには、シャキッとして
書きたいと思いますので、本日はお許しください。ではでは。
Posted on 4月 19th, 2013 by 三木 奎吾
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先日の日曜日、カミさんの母親に頼まれて
旭川にある古い賃貸住宅を見に行きたい、という願いを叶えてきました。
まぁ、こういった類のことはが嫌いでないことは
このブログの読者のみなさんはご存知でしょうか(笑)。
カーナビはまことに便利で、
目的の家はすぐに発見できました。
母親の年齢を考慮すると、この建物は少なくとも畜80年は超えている。
たぶん、100年も越えているのではないかということ。
徐々に、この写真の左側に向かって沈下を見せている。
基礎は礎石なので、それが徐々に不同沈下して、
地面に落ちていって、建物に傾斜をもたらしているのだろうと思われる。
そもそも賃貸用の建築物で、
とくに立派な建物というわけではないのだろうから、
まぁ一般的な造作であったことは明瞭だと思われます。
この建物を使って、床屋さんを営んでいたそうです。
建物の一部、1階右端には別の間借り人がいたそうで、
コメの配給施設として利用されていたという記憶。
今、こうしてみてみると
よくこういった家で住んでいたものだと思われますが、
しかし、寒冷地でもこのような住まい方が一般的だった。
冬の朝になれば、布団から出ている顔だけが寒さでこわばっていて、
かなり強烈な意志力を持って布団を跳ねあげて起き上がっていた。
そしてすぐに居間のストーブに着火して
とにかくも暖を取らなければならなかった。
「断熱」という概念そのものがなかったのですね。
しかし、それにしても
こういう建物、それも賃貸用物件が今日まで存在しているというのも
社会的に見て、非常に面白い現象だと思います。
朽ちるがまま、そのまま「現状有姿」が、まだしばらくは続くのか。
人間だけではなく、建築・建物もそのまま、高齢化していくのか?
活発な設備投資ではなく、
むしろゆったりと朽ちていくような方向に、
社会は向かっていくのでしょうか。
そんなような、印象を受けながらその滅びの様を見ていました。
Posted on 4月 18th, 2013 by 三木 奎吾
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ようやくリアス式海岸地域でも、高台移転のための「防災集団移転」の
メドが立ってくる地域が出てきています。
きのうはそういった動きを取材してきました。
そういう動きのひとつの起動力になっているのが、
住田町の動きです。
大船渡と陸前高田に接した山間の町として、住田は
「気仙地域」という広域圏を上記の2市と形成しています。
震災後、いち早く木造での仮設住宅に取り組み、
全国的に大きな衝撃も与えました。
なぜそういった動きが現実化したのか?
それは、長く消費地としての2市、あるいは昭和40年代までは
関東の大消費地まで、町の森林資源を供給し続けてきた歴史があったのです。
きのうは「住田住宅産業」の佐々木社長のお話しを伺わせていただきましたが、
興味深いお話しばかり。
とくに感銘を受けたのは、
「木挽き棟梁は、大工棟梁よりもえらかった」という部分。
古民家などで、根曲がりの木を梁に活用している現場を見ることが多いのですが、
それは、具体的にはそういった目利きをする「木挽き棟梁」という存在がいて、
大工棟梁に、どの木をどのように組み合わせるか、
指示を出していたというのです。
確かに、山を巡り歩いて木を選び、
そのそれぞれに適切な役割を割り振っていくというのは
木造での家づくりの核心ポイント。
木の生産地である住田には、そうした職種が存在して
社会的にも高い位置を占めていたと言うことだそうです。
いわば木造建築生産システムの中核であり、基本部分でしょう。
また大工棟梁は年間に2棟建てるだけでも十分な所得を得ていて、
しかも社会的に弟子を取るまでの高い位置を保つことが出来たそうです。
それは一方では、「建ててやる」という傲慢な意識ももたらした。
それがいつしか「伝統」にまでなってしまって、
昭和40年代以降の高度成長社会の中で
非効率の代表のように指弾され、社会的な地位を失ってしまった。
しかし、とはいえ、
生産システムのすべてが非合理なわけではない。
今日的に活かさなければならない大きな知恵もそこにはあった。
そんな強い印象を受けた次第です。
Posted on 4月 17th, 2013 by 三木 奎吾
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きのう仙台に入り、ひと仕事片付けた後、
本日の取材のために、岩手県奥州市水沢まで来ております。
で、プラザイン水沢というホテルに泊まっていますが、
このホテル、以前にも講演会をやらせていただいたりしている場所。
ということで、勝手も知っているのですが、
実はそれ以外にも、昨年末頃には気になっておりました。
大リーグ挑戦を明言していながらも、北海道日本ハムが敢然とドラフト指名した
大谷君と、球団が何回か契約交渉したホテルが、
その背景写真を見ていて、どうもこのホテルのように感じていたのです。
で、きのうホテルに入ったら、正面に誇らしげに
大谷君のレプリカユニフォームなどが置かれていまして、
「やっぱり」という次第でした。
一昨日の試合で先制の殊勲打を放ってくれたのですが、
その後、外野守備の時に芝生の切れ目で足をねんざしてしまった。
プロ野球選手というのは、ケガがつきものですが、
まだ若くて、体が十分に成長しきっていない大谷君、
ちょっと神さまがブレーキを掛けてくれたものかも知れません。
オープン戦などの投手としてのパフォーマンスを見ていると、
しっかりと育てば、オールジャパンクラスの投手になる可能性は高いという評価。
一方で打者としては、天性の柔軟性のある打撃を見せてくれていて、
どっちも夢を感じさせてくれる。
その上、受け答えを見ているとクレバーな感じが強く感じられ、
笑い顔がなんとも若者らしい清々しさがある。
なんとか順調に成長していって欲しいなぁと強く思わされる選手です。
どうも、ファン層は日ハムファンばかりではなく、
それこそ、スーパースターを待ち焦がれている
他球団ファンも含めて全国の野球ファンに支持が広がっている感じがします。
それだけに北海道日本ハムファイターズの責任は大きい。
ことしは、WBCは残念な結果になりましたが、
でもわがチームの中田クンや、わがチーム出身の糸井君など、
ジャパンの中心選手として活躍できたことは大きな財産になった。
とくに中田クンの今シーズンは、この経験が大きく成長に繋がっているようです。
やはり、日本の野球界にとっても、
スーパースターは育てていかなければならない。
そのひとつの大きな可能性を、わが大谷君は持っている。
球団の責任は重いし、また焦ることなくじっくりと育て上げて欲しいと思う次第。
天衣無縫に、投げて打って走って、というスーパースターの形を
オリジナルに作り上げてもらいたいと思います。
やっぱり野球の魅力はものすごいスターの輝きだと思います。
プロ野球球団は、そういった存在を育てながら、
同時にファンのために、勝つ野球もしなければならない。
栗山監督、今シーズンは先発投手陣戦力の整わないなか、
苦肉の戦いが続くだろうと思いますが、
中田クンの調子がいいのが、最悪の状態の投手陣の危機をなんとかしのいでいる。
で、なんとか勝てる試合をものにしていきながら、
投手陣の回復を待つしか、当面はなさそうであります。
たいへん難しい舵取りを強いられるペナントの展開ですが、
栗山監督には頑張ってもらいたいと思います。
ケガに負けるな、大谷君!
頑張れ、北海道日本ハムファイターズ!!
Posted on 4月 16th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: 北海道日本ハムファイターズ | No Comments »

っていうほど大袈裟な話ではありませんが、
スマホやケータイの携帯が常識になって、
いつでもどんなときにも、今起こっていることを人に伝えることが
いかに容易になっているか、を実感させられます。
写真は、わたしが関与したカミさんの実家壁面のモルタル剥離の現場写真。
ことしの多雪での影響がこんなかたちで出てきたものか、
その様子を写真に撮って、すぐにその写真をメールに添付して
工事を依頼した建築会社に送信しました。
写真はきわめて大量の「情報」を余すところなく伝えてくれます。
この場合は、剥離の部位・剥離の状況などが明確に特定されます。
工事のプロにしてみたら、まずは状況の把握と、
場合によっては、おおまかな対処方法も特定できるハズです。
こうした情報がすぐに伝えられることで、
建築のプロセスがたいへん合理的に進行していく。
「現場管理」ということが、
情報化の進展と共に、大きく変わっていくことは明白ですね。
これまでなら、建物の異変に気付いた住まい手が、
電話で状況を建築会社に伝達するとき、
建築的な語彙の少なさから、正確に事態を把握することが難しかったに違いない。
そうしたことが、相互の関係性の離反に繋がったりもしたと思われます。
写真を送信してしばらくして、建築会社からメールが来て
「了解しました。週半ばには行きます」という連絡。
作ったプロセスを正確に把握している建築会社にしてみると
この写真情報から、対処方法もすぐに起動できるものと思います。
実際にこうしたことを伝達してみて、
時代はほんとうにすごい進化を遂げているものだと、
あらためて、驚愕させられる次第であります。
さて、先週末、青森往復の出張が終わったばかりですが、
きょうからは仙台から、岩手県住田町、さらに陸前高田の復興住宅関連など、
4日間の日程で出張であります。
こういうふうにあちこちと飛び回れるのも
パソコンやスマホなどを持っていればどこでも仕事がフルに出来る、
ということが安心感を広げてくれている。
人間の仕事と言うことについての進化は、どこまで進展していくのか、
テクノロジーが進化していくわけですが、
さてその内容はどこまで進化していくのか、
まぁなんとか今のところは時代にそう遅れることなくついて行けていますが、
体力の涵養と、情報活用への深耕作業には
つねに細心の注意を払って取り組んでいかなければなりませんね。
Posted on 4月 15th, 2013 by 三木 奎吾
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