本文へジャンプ

出江寛さんの「沈黙」のデザイン論

2435
2436

きょうはあるイベントで1時間ほどお話しする機会があり、
その準備のために、パワーポイントデータを作成しなければならないなか、
JIA北海道支部から、出江寛さん講演のご案内。
何度か、出江さんの講演を聞いて、ファンである身としては
身を切られるようでしたが(笑)、聴講して参りました。
出江さんの講演はもう7年も前にはじめて聞いて
そのデザイン論に、非常に惹かれておりました。

7年の歳月を経て、どのような展開になっているかと、
興味津々で、引き込まれるようでありました。
氏のデザイン論の中核は「沈黙」論。
デザインとして人を沈黙させるものが仕組まれている都市として
京都・奈良・倉敷を挙げられています。
「沈黙は人間の心を癒すものである」とされる。
典型としての、京都は仏の文化の世界として紹介される。
金閣のデザイン論を語られるくだりは、思わず息をのまされる展開。
金閣は、釈迦の骨とされる納骨堂が3階部分にあるそうですが、
黒漆で塗り込められた床板が、
あえて幅も不揃いな寸法のもので構成されているのだそうです。
室内も金泥が天井・壁面に塗り込められた空間で
そこに陽光の移ろいが忍び入ってきたとき、
その床板が微妙に反り返って、ちょうど海面のように「波立つ」。
黒漆で塗り込められた床が、そのとき法悦するような
光の揺らめきを見せるのだそうであります。
出江さんも、その様子は障子からそっと覗き見ただけだそうですが、
いまは名も確認できない、金閣の設計者のデザイン意図が
このような空間体験を創り出していることにリスペクトが伝わってくる。
教えとしての、釈迦入滅から56億7000万年後から衆生を救済することが、
建築デザインとしてイメージ装置として、現出しているのだと。
そういう宗教世界に正面から取り組んできた建築群が
われわれ日本人の精神文化の基底で、沈黙の美を構成していると。

そして、徐々にデザインの哲学論に入っていきます。
「真・行・草」という3つのスタイルへの論考を深めて行きながら、
最期には森侍者という盲目の側女との愛欲に生きたといわれる
一休さんを題材にして、エロスの世界にまで論を広げられていた。
まことに融通無碍、そして自由闊達なデザイン論の炸裂でありました。
そして、国宝の茶室、小堀遠州の「密庵」のデザインについて
繰り返し、詳細に語られていました。
寸法に於いて、基本空間構成に奇跡的に黄金比率が実現している。
天才だけが可能なデザインではないかと。

まさに出江さんのデザイン論が、はるかに時間オーバーで展開して
その迫力に、ひたすら圧倒されておりました。
なんでも、氏の講演としては2回分くらいの中身を
今回は、一気に話されたと言うことで、受け止め側でも、
徐々に沈殿させながら、整理整頓していきたいと思っています。
それにしても、人間は心の若さがすべてということですね。
出江さんの精神の若々しさには、本当に驚愕させられました。

和風古民家をドイツ風デザインに再生

2432
2431

新潟に、ドイツから来て和風民家をドイツ古民家デザインに変える
そういうリフォームで話題になっている例があると聞いていました。
カール・ベンクスさんという方だそうで、
でもまぁ、ツアーの趣旨とは違うので見学はできないと思っていたのですが
同行の方が熱心にプッシュしてくれたので、見学コースに入りました。
この建築デザイナーさんは、新潟市の賞も受けられている。
以下、HPからその紹介文を。

「第2回新潟市特別賞
カール・ベンクス 建築デザイナー
「古い民家を壊すことは文化を捨てることと同じ。」
ベルリン生まれのカール・ベンクスさんが、築180年の古民家を再生して
新潟県十日町市(旧東頸城郡松代町)に移り住んだのは1993年のこと。
打ち捨てられ朽ちて行く古民家の中に、カールさんは自然環境に
寄り添うような生活の知恵と、日本の職人たちの高度な技とを発見し、
「古い民家を壊すことは、宝石を捨てて砂利を拾っている」
と警鐘を鳴らしてきた。
古い民家をいつくしみ残していくことは、文化を伝えると同時に
世界に誇る職人の技術を伝えることでもある。
遥か9000kmのかなたの国、ドイツからやってきたカール・ベンクスさんの
マイスター魂が、忘れかけていた日本文化の再発見に導いてくれた。
自ら新潟に居を構え、たくさんのメッセージを発信し続ける生き方に
敬意を表し、今後の活動に期待を込めて新潟市特別賞を贈りたい。」
とされています。
その活動の趣旨は共感できるものがあると思っていた次第。
なんですが、訪問したときは事務所は定休日と言うことで
お話を伺うことはできませんでした。
上の1枚目の写真の建物は、松代市街の古い旅館をリフォームした建物。
カール・ベンクスさんの事務所はこちらの2階になるのだそうです。
ということで、直接お話しを聞くことが出来なかったのですが、
いろいろな情報では、デザイン的には確かに東西の文化を越えて
古民家としてのたたずまいに共通性があり、
ドイツ的な感受性も、日本古民家と近似性を持っていることは伝わってくる。
しかし建築的には、ただデザイン的に手を加えているだけで、
断熱などの現代的要件については、無頓着とされていました。
「え、・・・」というところ。
で、ビジネス的には、そのリフォームで生活利便性の低い
山間地の古民家を、わざわざ生活のための住宅として購入するかどうか、
そういった評価が、一般的になっているということだそうです。

2433
2434

住宅建築としてというよりも
どちらかといえば、店舗デザインとしての面で評価されているよう。
ご本人は、旧東ドイツ・ベルリンの出身で、
日本文化に深く傾倒された家庭に育って、こうしたデザインを追求している。
写真のように、柱と梁の接合部の飾りなど、
一般的には宗教施設・寺院の外部で使われる部材を
インテリア空間に持ってくる手法やよく見ると照明のシェードが
お米を炊くお釜だったり(笑)など、キッチュで、
「なんかちがう」けれど、それなりに「似合っている」という印象。
でもこういう風に改装するのであれば、
せっかくだから、ぜひ断熱改修も同時に行えばいいと思うのですが、
そのような志向が無いというのは、まことに残念です。
ちょうど、この空間で現代的な女性書家による展覧会も開かれていましたが、
まことにぴったりとハマっていました。

手塚貴晴設計・十日町産業文化発信館 いこて

2406
2430

ここのところ、情報がどんどん入力されている一方で
なかなか情報をまとめたり、発信したりすることができておりません。
いろいろな案件があって、忙しいこともあるのですが、
徐々に、整理整頓して情報発信していきたいと思います。
先般、お盆明け時期に訪問した新潟視察出張などはその最たるもので、
いろいろと面白い建築は見てきたのですが、
まったく整理整頓ができていません(泣)。
十日町のフラワーホームさんには、大変お世話になっていたのに、
その面白い建築である、表題の建物について書いておりませんでした。
申し訳ない思いを込めて、とりあえず、写真を掲載しておきたいと思います。

設計は、手塚貴晴さん。
お名前だけは存じ上げてはいましたが、
さてどんな建物を作られているのか、不勉強で予備知識はありませんでした。
この建物は、フラワーホーム創業者の藤田さんが地域への文化貢献を兼ねて
企画し、建設されたものだそうであります。以下HPから、コンセプト。

十日町産業文化発信館 いこて は、
私たちのふるさと、とおかまちで、
継承 と 革新 をコンセプトに歩み始めました。
十日町の伝統を絶やさぬよう、
変化や進化をさせ、チャレンジし続けます。
変わり続けることが伝統になると信じて。

建築としては、雪の多い越後・十日町の風土を表現するような
まるで「かまくら」を彷彿とさせる外観デザインが特徴的。
2枚目の写真のような架構になっていて、木造のドーム構造。
内部には、構造を支えるような柱はありません。
おおらかな空間が広がっていて、つつみこんでくるようなここちよさがあります。
こうした構造なので、明瞭な「外壁」というものは存在せず、
骨組みである木骨アーチ型フレームの立ち上がり部分以外は、
すべて開口できることになる。
で、実際に以下の写真のように、適時、オープンさせています。

2429
2428

まぁ、一種の「滑り出し窓」と言った方がいいのでしょう。
1枚の開閉できる「建具」というか、壁というかは、
かなりの重量、たしか200kgくらいと言われたと記憶していますが、
金物で開閉可能にはなっている。
実際にひとりの力でも開閉はできると言われていましたが、
お料理も食べ、お酒も入ったので(笑)、実験はしてみませんでした。
で、興味を持ったのは、その「屋根」なのか「壁」なのかの防水。
これを板金で処理しようとしたら、開閉の度にいろいろ問題も出る。
ということで、シート防水で処理されていて、それがまた
面白いデザイン要素として、表現構成されていました。
ちょうどわが家のお隣さんでも、既存板金屋根にかぶせるように
シート防水処理の工事をされていたのを見ていたので、
そうか、これで仕上げ、いいんだ、と眺めていただけで、
きちんとそのあたりを調査・確認しておりませんでした。
そんなときにこういった建物を見学できて、興味を深めた次第です。

内部空間は木造の架構が美しく、
かまぼこ形の断面が大きな開口部になっていて、
まことに開放的で魅力的な建物になっています。
なんですが、いっぺんにたくさんの建築を見たので、
個別の建物について、総合的な情報になっておりません(笑)。
昼間も、夜間も両方の時間を体験させてもらいましたが、
それぞれに魅力的な空間体験をさせていただけました。
フラワーホームさんにも、手塚貴晴さんにも深く興味を持った次第です。

一部「人権派」のヒステリー化を憂う

2427

こうした発言について、この人は、謝らないのだろうか?

8月30日、国会議事堂前での安保法案抗議集会。
山口二郎法政大教授は安倍晋三首相に対し
「お前は人間じゃない」
「たたき切ってやる」
との暴言を吐いたとされる。
権力者とはいえ明らかに、一個人に対する言葉の暴力でなくてなんだろう。
普通に考えれば、こういう発言は言葉のテロと言われても仕方ない。
その場の雰囲気に高揚して、言いたい放題口走っている。
まことに言葉が先鋭化して、ヒステリーが昂進している。
あぶない状況が進展していると思う。

疑問が次々と湧いてくる。
安保法制反対派であれば、なにを言っても許されるのだろうか?
普段から人権を言いつのっている朝日新聞は、たしなめるべきではないのか?
こういうふうに考えるような人間は、「人間じゃない」のだろうか?
人間じゃない⇒殺されても仕方ない⇒たたき切ってやる。
こういう言葉の先鋭化の果てに、
本当にヒステリーと化した人物が現れてこないとも限らない。
それを、「人権派」といつも自認しているひとが公言して憚らない。
そして、こうした公然たる発言事実に対して
「報道しない自由」を発揮しているメディアが多い。
安保法制反対派メディアとして、こういった「騒然たる雰囲気」づくりが大切で
目的のために手段にはすべて目をつぶっているのか?
なにが「人権」か、と思わざるを得ない。
本来、科学的な態度で、冷静な論理で語るべき学者こそが
ヒステリーを煽っている状況。
これが、いまの時代の真実なのだ。
賛成とか反対とか関係なく、こういうヒステリーにだけは毒されてはいけない。

人類史創成段階から、縄文の世まで

2426

さて、家族と言葉が、人類社会の安全保障に関わって発生して以降、
同時に「分配」の概念も、初源的に現れたとされています。
人類がその生命維持の基本である「食」の問題について
いろいろな慣習を生み出していって、その安定的な分配を実現してきたとされる。
アフリカなどの熱帯地帯にだけ暮らしていた時代には
狩猟は基本的には小集団で行われ、その獲物はその小集団だけでは
食べきれないほどの量であった。
それを持参して帰り着く小社会内で、
社会規範・ルールとして、過剰なまでに相互に互酬しあう文化配慮が、
現代でも狩猟生活を営んでいる部族などには共通してみられるという。
同じ類人猿社会を構成しているチンパンジーなどでも、食料分配には、
その社会での個体間の優劣関係を超えた互酬の関係が普遍的だそうです。
その後の人類社会が、なぜ「交易」に向かうのか、を含めて
こうした類的社会ルールというものが、ほかの霊長類との進化的差別化で
大きく働いてきた実態が垣間見えてくる。
だからわたしたちは、類的に数を増やしてくることができたのだと。

で、ある時期から人類は熱帯だけではなく、
冬の季節を持つ、温帯地帯にも領域を広げていく。
他の動物種と決定的に違いが発生してくるのは、
このような「社会ルール」という習慣的知性が発展していったことが
どうやら「進化上」の最大要因だったようなのですね。
直立歩行し、火を絶やさない技術方法を体得し、
棒や石で武装したサルは、家族と食料分配の社会システムを持ち、
言語を発展させることで、他の動物種を凌駕する進化の基本因子を獲得した。
けっして機能的な身体進化ではない部分で、進化したのだと。
このような進化は、400〜500万年に渡って繰り広げられ、
その最先端種として、現生人類が5万年前に
アフリカを出て世界各地に進出する、グレートジャーニーをはじめた。
そして、3万年前ころに東アジアの弧状の海岸地域に到達し、
気候の温暖化によって照葉樹林たるブナの森が海浜近くにまで広がる
生息環境の中で、1万3千年前頃から、この地に定住をはじめた。
そして漁撈を大きな食料調達手段として、
ブナの森が供給する多様な食材とを「鍋料理」のように食する習慣を持った
縄文文化を生成させていった。
土器の生産において、日本列島社会は最先端的な地域だったようです。
この時代には、いわゆる食料調達の作業に費やす時間は
おおむね4時間だったと推定されています。
男性は漁撈や狩猟、女性は木の実などの植物採集。
さらに他の集落との「分配」である「交易」も丸木舟などの
移動手段によって広範に維持・確保されていた。
土器の製造は、写真のように女性による家族労働の結果であったのでしょうか?
定住が人類の「高齢化」を生み、同時に「生活文化」の揺りかごになった様子が
このジオラマからは伝わってくるものがあります。
それにしても、縄文の「火炎土器」って、どうして作られたのか、
その動機と、それが果たす機能性など、
謎の非常に多いものをわたしたちの祖先の人たちは残してくれています。
あの火炎や、文様は、一種の文字に至るプロセス生成物なのか、
まことに豊穣な想像力を掻き立てられる。
しかも、手作りのその一品一品からは、
高い芸術性も訴えかけてくると思って見続けております。

家族の起源〜人類社会の相互安全保障

2425

きのうの続きであります。
「人類史のなかの定住革命」に教えられたことです。
まさか、人類史の学術的な本を読んでいて、
こういった根源的な問いかけへの回答があろうとは思いもよらず
こうしたアプローチが論旨としてはじめられたあたりでは、
まさに知的興奮が最高潮に達しました。
著者である前筑波大学教授である西田正規氏も、この章を書き出すに当たって
きちんとこれは推論であり、証明しうる科学的根拠の提示は難しいこと、
この推論よりも合理的な論証があれば、撤回するに躊躇しないことなどと
科学者としての良心をかけて述べられています。
しかし、人類史の専門研究者として、こうした推論を持たずに
断片としての事実痕跡だけを調査研究するのであれば、
それはおよそ、人類史研究とは言えないとも語られている。
まことに清々しい態度だと思いました。

で、きのうの「火を扱って武装した」上で、樹上生活から地上生活に降り立った
およそ300万年とも500万年ともいわれる以前のわたしたちの祖先は、
楽園である森を、より樹上生活に適合した種であるオナガザルの群に追われ、
手に棒や、相手に対して致命的打撃を加える石を持つことになった結果、
それらが、獲物の動物だけに向けられず、
自分たちの「社会」構成員同士でも、こうした攻撃がありえる危機に直面した。
つねに危険な武器を持っていることが、自分たち社会をも脅かした。
そのときの主要な「社会危機」の内実は、性と食の問題。
とくにほかの霊長類と違って、発情期がほぼ常態的になった人類では
性の問題こそが、いちばんの安全保障上の大問題になった。
それが解決される手段として、性を特定の男女間で制約するというタブーを
社会が共有するということだったとされています。
夫婦という概念の誕生。
近縁種であるチンパンジーなどの社会では、抜けがたく乱婚的であったのに対し
人類は、この選択を初めにしたのだという推論です。
これが、武器を持っていた人類個体間での社会的安全保障体制を構築した。
そしてこのワンペアの男女関係を基軸にして
血縁関係という、DNAレベルでの共感をベースにした
「家族」という組織が人類社会の基本構成因子として成立した。
さらに西田氏は、この安全保障体制のもう一つのモノとして
「言語」の発生を推論されています。
社会成員相互の間で頻繁に起こりうる緊張関係をやわらげる機能装置として
融和的な雰囲気を形成するのに、言葉が必要になったと。

そうであるとすると、
家族の愛情とは、まさに「育てる」ものであるのは、自明ですね。
住宅も、こうした「家族」のかたちを入れるイレモノだと。
しかし、現代の知の世界というのはすばらしい。

火を扱い武装したサル〜人類進化の瞬間

2424

さて先般来、読み進めていた「人類史のなかの定住革命」読了しました。
っていうか、1週間前くらいに読了していましたので、
読書期間は断続的に、おおむね10日間程度だったようです。
人類史という概観もそのなかに包摂されているので
まことに巨視的な視点を与えられまして、
今後の自分自身の基本スタンスについて、大きな視点が得られました。
気づきは実に広範囲にわたったわけですが、
そのなかでも、脊椎動物における手型動物と口型動物の進化の違い、
そして手型動物の進化の最前線に立って、ついには道具を手にして
樹上から地上に降りたわれわれの遠い先祖のイメージが鮮明に得られました。
これからさらに、定住のベースになる住宅について
深く掘り起こしていきたいと考えていますが、
一方で、人類史そのものにも深く魅了されました。
で、いまはわたしたちの精神世界の探求として「神話」についての
著述を読み進めております。
やはりKndleなどの電子デバイスでの読書は、ある種の革命ですね。
わたしの場合はひたすら「ロングテール」型の、
歴史とか、人間のやってきたこと、考えてきたことの軌跡を探求するのが
なによりの興味分野であると言うことを、知らされます。
そこからひるがえって、現在の仕事領域にもフィードバックできるものがある。
日々の気づきにつながり、それが巨視的なことにどんどん向かいます。
まことに楽しい読書探求の世界を教えられています。
仕事をもし離れても、興味分野の深化という最大の娯楽が持てました。
まことに電子革命はすばらしい。

横道に逸れましたが、
手型、口型という生物の「生存戦略」による分化であります。
外界との対応において、視覚という外界認識機能たる脳よりも前にある
器官として、口を発展させるか、手を発展させるかという違いがある。
手を発展させるという生存戦略はいろいろな動物が選択してきたけれど
人類学的には、われわれは、手型動物進化の最先端にあるのだという。
そして樹上生活により適合したであろうオナガザル類との生存競争の果てに
樹上生活から、地上生活に移行せざるを得なくなったとき、
地上生活で、より適者として君臨していた口型の大型狩猟動物との
生存競争に臨むに際して、手型動物最先端の種として、
その手には、武器としての棒と、石が握られていたということなのです。
まずは自衛として始まったとは思えませんね。
やはり食糧確保のための「戦略」として、武装して戦う手段だったのでしょう。
まことにわかりやすいイメージであります。
なぜ、人類社会に普遍的に「原罪」的な刷り込みがあるのか、
こうしたイメージは、明確な回答を与えてくれるように思います。
口型生存戦略進化の最高峰に位置していた大型猛獣類と、
互角以上に戦い得たのは、手にした武器であった。
進化を重ねてきた「手型」生存戦略の延長線に、
比較的容易に入手できる武器・道具として、木の棒や石が握られた。
さらにそこから夜に森に帰ることなく、キャンプで野宿していくことになるとき、
火は、絶対に必要になったと推定できる。
夜行性の口型動物による襲撃から自衛するためには
火を燃やし続けるのは、理の当然ではないか。
どの時点でか、地上生活と平行して、
エネルギーを自分でコントロールすることに慣れていったに違いない。

小さいときから、歴史というものに不思議に惹かれ続けてきて
ある邂逅に似た思いが深く迫ってくるようです。

高齢化時代の住宅デザイン

2422

きのう、なにやら見覚えのある筆跡の郵便物が届いた。
知人の建築家・藤島喬さんから、ご自分の事跡を表現した冊子だった。
あんまり詳しく年齢は憶えていなかったけれど、
あらためて見ていたら、1946年生まれということだから、
もうすぐ70歳になるのだと、驚かされた。
人間必ず歳を取っていく。当たり前だけれど、
こういうふうに「気付かされる」ことが最近、多くなってきたように思う。
建築家のひとたちは、大体、加齢してくるとこういう「仕事集」を
発刊したくなるようなのです。まぁ一種の自然現象のようなモノで、
ほほえましくもあり、一抹の感慨もあったりする。

わたしは、ユーザー志向の強い住宅雑誌を発行し続けてきています。
でも、大学は文化系であり、マスコミ志望だったので、
メディアの事業を始めた結果として、住宅建築の世界に入ってきた人間です。
本来、テーマは住宅でなくても良かったのかも知れません。
しかし、選択したその事業領域を深化させていくプロセスで
読者のみなさんといっしょに、建築への興味を深めていったように思います。
ビジネス的に、建築家のみなさんとの接点はあまりないのが実際なのに
住宅の取材をしていくなかで、建築家の家づくりに
深い興味を覚え、その仕事が果たすべき役割、
現代人の人間性の深い把握、それを通した建築デザイン、
さらにプロダクトとしての性能の進化の志向性などに共感を持った次第です。
広告や出版などのビジネスとしてだけ考えれば、
このような志向は、あんまり有用的ではないと思いましたが、
しかし、北海道というフロンティア志向の強い地域環境が
知らず知らず、自分自身にも影響を及ぼしているのかも知れません。
こういった建築家たちの仕事を、デザインの面でも性能志向の実践としても
寒冷地という条件の中で、最前線で戦っている現実の姿を
多くのユーザーに、住宅メディアとして伝えていくことを
できる可能性のある人間は、していくべきだと思った次第です。

2423

そんな意味で、ある種、同時代人としての近縁性を
共有している実感を持ち続けております。
そういったみなさんから、このような冊子が届くようになり、
思わず、立ち止まるような思いに囚われる次第であります。
しかし、冊子の中でも
「これで引退か?と思われるかも知れない」
と書かれていたけれど、それに続けて書かれていた通りだと思います。
「まだそこまでには至っていない。建築を作りたい。
創作への憧れであり、創作意欲はまだあると思っている。
・・・タイトルを建築への憧憬とした所以である」。
高齢化時代とは、今後も社会が追究すべき大きなテーマ。
歳を取っても、いや歳を取っているからこそ気づけるデザインがある。
いまのわたしの大きな興味である縄文に即して言えば、
縄文はそれまでの社会から、定住という契機からの必然の変化として
一気に高齢化が進展し、そこで高齢者の「知恵」が、社会発展に
大きく寄与したとされているのが最先端の考えなのです。
いま、わたしたちの社会でも、そうした変化が
否応なく押し寄せてきているのだと、そんな風に思えてなりません。
そんなエールを送らせていただきたいと思います。

現代人は、住む場所をどう選ぶ?

2420

住宅は、集合としての住宅地に建つ場合が多い。
道路や公共エネルギーなど、集合的住宅地には利便性が高い。
歴史的には、住宅はその場所に住む理由がハッキリしていて
建てられるケースが多かった。けれど、
現代では、その条件が大きく変わってきているのかも知れない。
これまでの条件に強い決定力が薄れてきていて、
あらたな価値感の再構築の過程が進行しているのかも。
自由な選択肢が広がってきていて
その可能性も大きく拡大してきている。
そうであるので、選択に当たっての主体性が不可欠になって来た。
写真は新潟県長岡市のある住宅地の様子。
高田建築さんという設計事務所が基盤の地域ビルダーさんが
大きな敷地を住宅地として造成し、住みやすい「街」を考えていました。
道路もゆったりとカーブさせて、必然的にクルマの速度を制御し
地下水利用の共同の融雪のための放水装置まで装置している。
いわば、「地域としてのやすらぎ」に挑戦している。
まことに興味深い「住む場所」へのイマジネーションだと思いました。
下は、その会社のオフィスの様子。なんとも未来的。

2421

どこに住むか、ということは、
そのまま、「どんなふうに生きていくのか」と同じ意味合いがあります。
歴史的には、住宅はその場所に住む理由がハッキリしていて
建てられるケースが多かった。
日本列島で定住が始まったとされる縄文では
豊かな海産物と、ブナの森のナッツ類など、
食の条件が最大の決定因子で決まっていた。
よりビッグスパンで考えると
弥生時代以降も基本的には食の生産と密接にからんだ条件で
ひとの「住み処」は基本的に決定されてきた。
一方で、世代更新というレベルで考えても、
弥生以降1世代20歳で見て、500世代くらいとなるけれど
そうした決定因子で「どこに住むか」ということは決まってきていた。

けれど、現代では、その条件が大きく変わってきている。
利便性という尺度が、クルマなどの移動手段の高度化などで
大きく変動してきているし、
所得を得る手段である職場自体も、その環境・立地が変化もしてきている。
さらに子どもの教育という要素からも、決定因子は大きく変化しうる。
追い打ちをかけるように「地域」という絆も希薄化が進んでもいる。
自由に住む場所を選択できるというのは、結構、現代的な選択肢。
家を求め、家族のシアワセを考えて
「どこに住むか」と考え、主体的に決めていくことが必要になってくる。
Replan本誌9月末発売の次号では、家づくりと住む場所について、
さまざまな事例を発掘して、考えてみる素材を探してみました。
あなたは、どこで、どんな暮らしをしたいですか?

住まいの瑕疵事故、94%は雨漏り

2418

さてきのうも引き続き、アース21の例会参加。
2日間の日程で1日目は会員企業その他による住宅見学が中心で
翌日は、テーマを大きく決めての研修が恒例です。
で、今回のテーマはタイトル通り。
国交省の指定する住宅瑕疵担保責任法人 日本住宅保証検査機構
通称JIOさんから講師を招いて、事例について学びました。

で、講演を聞いた後、
今度は、会員同士による活発な事例紹介、意見交換会。
JIOさんの事例はどうしても全国規模での事例紹介で、
外壁がモルタルで通気層もなく、
下地もきちんと施工されていない物件であるなど、
北海道の進化した家づくりの実際とは、相当に違いもあって
やや縁遠い内容であったのに対して、
会員同士の事例紹介では、ちょっと1枚の写真が出てきた途端に
「これは・・・」と即座に多数から発言が飛び出してくる。
活発と言うよりも、百家争鳴とでもいえるようなカオス状況(笑)。
とくに開口部周辺の防水対策については
たいへん活発なやり取り、実際的な発言が相次ぎました。

2419

窓回りの通気層の確保の仕方、水処理は、
対応すべき建材の種類によっても千変万化していく実際が明瞭になって来ます。
軒の出が確保されなくなってきている状況の中で、
窓回りの防水は、施工にあたる事業者にとって、最大の問題。
とくに樹脂サッシ自体の劣化が原因と推定される事態も発表されていました。
その会社の手がけた建物ではなく、
築後20年以上の鉄骨造の住宅での雨漏り原因を調査してきて
考えられる可能性を丹念に潰してきた結果、
どう考えても、鉄骨駆体に接合されている樹脂サッシ隅角部の
劣化破断しか考えられないという状況が報告されていたもの。
さらに北海道で多い、ガルバリウム鋼板外壁と、
建て主さんのたっての希望で取り付けたサンルームとの取り合いで
事故が発生した原因調査も発表がありました。
この場合も、原因特定までに時間がかかり、
ようやく、外壁下端の排水穴とサンルーム接合部の処理という
結論に至るまで、大きな苦労があったそうです。
その論議の過程では、なぜデザイン的にも劣化せざるを得ない
サンルームを希望されるユーザーがいるのか、
その原因推定まで論議が及んで、その対策までが話し合われていました。
北国では雪かき作業が隣人同士のコミュニケーションの機会にもなっていて
その「ちょっとした会話の場所」として、
こうした空間装置が欲しくなる動機が解明共有され
それでは、もう少しデザイン的にも優れた装置化が対応として
工夫されても然るべきではという意見も出ていました。

まことに実際的、現場的な意見交換で
ふたたび三度、大いに勉強になった次第であります。
住まいと水のコントロール、永遠のテーマでありますね。