本文へジャンプ

【パッシブは「大局観」にも通じる知恵】

ことしはムリな雪割り努力をサボってみますと宣言しましたが、
あの宣言からたったの2日間しか経っていませんが、
写真は、本日早暁の様子と2日前の対比であります。
気温が昨日など10度以上にもなっているので、
自然が自律的に季節を復元する様子がハッキリと表れてくる。
あくせくと片づけなきゃ(アクティブ)、と焦る気持ちをなだめて、
大自然のいとなみに任せる(パッシブ)というのも大切ですね。
エネルギーは有限な時代、さらに高齢化が押し寄せても来るのですから、
人間意識のチェンジが要請されているようにも思う。

最近の大きな社会病理ではないかと思われることに、
非常に社会全体が非寛容に陥っていることがあると思う。
チョット以前の社会であれば、常識的にさして問題にならないようなことが
大騒ぎの対象になっている。ほんのささいなことでも
どうも異常に意図的に拡張しているのではないかと思える。
芸能人が浮気してその「謝罪会見」を公共の面前でテレビカメラの
放列の中で行わせるというくだらないことに、なんの意味があるのか。
サイレントマジョリティの大きな意志よりも、ノイジーマイノリティの騒擾が
全体状況を引っ張っているように思われてならない。
言ってみれば、パッシブな大状況判断よりも、
枝葉末節のことがらにムダにアクティブ対応を迫っているかのようです。
北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返して
国のキワでそういった脅威がいま現に大きな問題になっている最中に
具体的事実経過の乏しい忖度うんぬんの些少な問題で国会が遅滞。
いまや北朝鮮を巡る事態は、アメリカのトランプ政権の対応も臨界点的で
きょうあすでも、米中首脳会談をみたうえで事態が動きうる状況。
トランプは習近平の首を押さえ、北朝鮮軍事制裁を発動する可能性がある。
米国防長官や国務長官がまず第1に極東アジアを訪問したことは、
大きな状況で見れば、そうしたサインと言えるのだと思う。
だからこそまた北朝鮮は狂ったように花火を上げているのだろう。
いまこの段階で、アメリカが武力行使を行った場合、
周辺国としてはどんな飛び火が飛んでくることが予想されるのか、
その備えはほんとうに大丈夫と言えるのだろうか?
ニッポンの国会はあまりにも平和ボケしていると心配です。
こういった国民の安全保障事態に対してこそ、
国会はしっかりと国際的にも意思表示する必要があると思う。
ぜひ起こりうる事態についての真摯な論議をしてほしい。
お隣、韓国では北朝鮮のあからさまな挑発行為の頻発の中で、
なお、容共的で親北的な指導者候補が大統領選挙で優勢なのだとか。
そのこともまた、日米にとってはかなり憂慮すべき国際事態。
当然アメリカ・トランプ政権もそこは睨んでいることは間違いない。
理性的な視点で大状況をしっかりと見つめて、
国民社会の安寧を計ってほしいと願うところ。
ま、ちょっとテーマが飛躍したかも知れませんが、最近思うところです。

【ニッポン「のど越し」麺文化 つけ麺論争】

きのう夕食時の家族の会話。
「つけ麺って、温かいスープにつけて食べるよね」
「うん、つけて食べているウチにスープが冷たくなったりするよね」
「そうそう、それで、食べる麺の方も温めて出すのがあるんだって」
「ふーん、そうなると温麺との違いが微妙だね」
「そう、そこでインターネット上では論争があって、
そういう食べ方をするくらいなら、温麺で食べろ、という意見も強い」
「でも、つけ麺本来の食味・醍醐味がそれでは失われる、という反論もある」
っていうような話題であります。
寡聞にして、イタリアのスパゲッティの食べ方についての
国民的論争というような情報にはうといのですが、
日本人の麺嗜好というのは、いま現在でも進化発展ぶりが目覚ましい。
その最先端で、「つけ麺」という文化が盛り上がり、
その進化論の最先端で、この部分に興味が向かっているようなのです。
カミさんはどっちかというと、温麺で食べろ派。
一方、娘とわたしはつけ麺の「のど越し」重視派ではありました。
あ、でもわたしはつけ麺が大好きというわけではなく、
つけ麺という文化の本質はそっちの食味にあるだろうという意味。

わたしは一時期、9年間ほど東京での暮らしも経験しているけれど、
北海道札幌で長く暮らしてきた人間です。
いわゆる「さっぽろラーメン」文化の草創期から、麺文化に浸ってきた。
そばよりも先にラーメンを食べて生きてきたように思います。
はじめてラーメンを食べたときのことをまだ、鮮烈に記憶したりしている。
最近さっぽろで流行っているラーメンというものを家庭でも食べようとなって、
おふくろと姉とが研究して、作ってくれた。
「おお、これがラーメンというものか」という衝撃感があった(笑)。
ご先祖様の記録を調べてみると、
どうも播州のそうめんなどにも関わっていたようです。
多少は先祖で繋がっているかも知れないひとが、元祖なんとかという
そうめんを商っていたりする(笑)。
以来、たくさんの麺文化に触れて生きてきたわけですが、
やはり、この「のど越し」感は、この食文化のキモの様な気がします。
写真は秋田の稲庭うどんを、有名店の佐藤養助で食べたものですが、
うどん文化でも、稲庭のように「のど越し」重視は根強い。
まぁ食文化なので、どれが生き残っていくかというユーザー選択の問題。
この「つけ麺」論争、先行きが面白いかなぁと思っています。

【岩盤雪割り、ことしはサボり(笑)】

わが家の駐車場の様子であります。
ブログは自由テーマで書き続けているので、
ときどき日記風に自宅での維持管理ネタを登場させるのですが、
ことしは、雪割り作業さっぱりであります。
どうしてこんなにやる気が起こらないかというと、
ちょっと取り組んでみて,あまりの疲労感でメゲたのです(笑)。
その愚痴を聞いたカミさんが「もうやめなさい」と雪割り禁止令を出した。
わが家は駐車スペースが日の当たらない北向き位置。
この部分は毎年、ハンパない岩盤になってしまう。
雪氷が積層して固化し岩盤状になって強烈なのであります。
なぜかことしは、陽当たりの良し悪しでの融雪の差が激しいと思います。
例年であれば、温度上昇要因の方が陽当たりよりも優先するのか、
ここまで残置することはあんまり記憶にない。
その上、今年の冬はシーズントップの降雪が水分量の多い雪で
わが家の屋根形状には最悪だったようで、
普通はサラサラと徐々に落雪していたのに、そうならずに、
この時期まで屋根に残り、そこから今時期、徐々に落雪してくる。
この場所にはその落雪も集中しているのですね。
そこに持ってきてさらに、ことしは坊主が春休みに帰省してこない!
そういえば、かれの労力は貴重だったと思い起こされる。
父が出掛けている間に、せっせと雪割りしてくれていたことを思い出した。
そもそも父は体力的に相当に衰えが目立ってきて、
若い坊主にわが家は体力的には依存していたようなのであります(笑)。
事実は明白で、かれの不在がこういう事態に繋がっている。

かくなる上はしょうがないので、自然の摂理に委ねるしかない。
体力を温存し、ことしは自然な雪融けを待つ方針に決定。
いまのところまだ、厚さ50cmくらいの雪氷岩盤ですので、
今月いっぱいくらいは掛かるかも知れません(泣)。

【かまどと囲炉裏は人類の生存維持装置】


きのうアップした【凍結深度以下で地熱利用だった竪穴住居】に対して
北大の住宅温熱環境の専門である森太郎准教授と
秋田の西方設計・西方里見さんの連続コメント投稿をいただき、
たいへん盛り上がっておりました。
縄文期以来の竪穴住居を人類住居の始原に近いものとして
見直してみるというのが、わたしの投稿意図でした。
現世人類史およそ70,000年のなかで、わたしたちサピエンスは
アフリカを出自として、世界中に拡散していったのですが、
その途中、日本列島付近を通っていったのが、
おおよそ20,000年前ころというように推定されています。
そして、その後この弧状列島地域に残ったひとびとが、
石器時代の狩猟採集生活から、縄文的エコシステムに移行して
海岸線の海生魚類捕獲と照葉樹林帯からのナッツ類採集を基本にした
「定住生活」を営なむ、いわゆる縄文時代が始まったのが13,000年前。
いま読み進めている「サピエンス全史」からでも、
人類定住の最初期に相当するような「定住」と推量可能と思われます。
住宅の過去未来を考えていくときに、
こういった認識を持ち、その先人たちの建築意図を探っていくのは、
「歴史取材」としてわたしのライフテーマみたいに考えています。

そのような探求意図のなかから、
竪穴住居に人類が求めたものを追体験してみたいというのが趣旨。
洞窟住居と同時進行で「竪穴」は人類的普遍性のある住宅建築様式。
地面を深く掘り下げる「竪穴」について、
その「建築環境的意味合い」を「地熱利用」という側面から考えてみた次第。
森先生からは、この地熱利用についてはやや懐疑的なご意見。
ご自分でも竪穴を建てて、実体験もされている森先生からは、
このテーマでよく意見を伺ってもいます。
で、そこに西方さんが大量の古住居写真や図表データなどの投稿。
そこからは古住居を巡っての情報交換が盛り上がった(笑)。
土器の発明は、人類史の中でも相当な「食の革命」だったとされます。
いろんな素材を合わせて食すという
合理的で合健康的な食生活機能進化があった。
日本人の好きな「鍋文化」はこの縄文以来の食文化の残照でしょう。
その土器を定住生活で安定的に使用して行くには
「かまど」がより合理的だと思われ、煙道付きのカッフェルオーフェンとして
ある時期まで北海道島のひとびとの古住居には普遍的に
竪穴住居において装置されていた。
釧路郊外の「北斗遺跡」復元住居では粘土を造作しての「煙道」が
戸外に向けて装置されて竪穴の最大の問題、煙対策も考えられていた。
「かまどと囲炉裏」は不可欠な人類生存維持装置だったと思います。

ところが、北海道中世のアイヌ期、ほぼ800年代くらいから以降では
かれらの住居、竪穴を掘り下げない平地住居・アイヌチセから
食文化装置としての「かまど」が消滅していく。
一方日本社会では米を炊く食文化が強く、かまど文化が継続していく。
同時に北海道島では土器を基本とした「続縄文」時代が終わるのですが、
そのきっかけは、隣接する文明社会であるヤマト国家社会との
交易の活発化で「鉄鍋」が大量輸入されてキッチン革命が起こったこと、
ではないのかと、わたしは考えています。
上の写真は二風谷アイヌチセでの自在鉤囲炉裏の様子です。
このキッチン革命はわたしには長くむしろ「退化」にも思われたのですが、
きのうの森先生とのやり取りでは、竪穴からアイヌチセへの変化には同時に、
家族数の増加、面積の拡大ということもあるという気付きが得られました。
そういった合理的な変化要因があれば、
かまどが過去の遺物として葬られたことにも、想像力が湧いてくる。

というようなありがたい意見交換、情報交流ができて、
まことにインターネット時代の知の進化を思わされた次第です。
森先生、西方さん、お付き合いいただき深く感謝します(笑)。

【凍結深度以下で地熱利用だった竪穴住居】

マンガで住宅のことを表現したときに、
竪穴住居のことについて友人の設計者と研究してみた。
やはり「深く掘る」ということが決定的なんだと思われた。
現代の知見で「凍結深度」というものが建築にはある。
その地域での最寒気に表土がどれくらいまで「凍結」するかの深さ。
札幌では60cmで、道東などでは1mに達する地域まである。
その深さまでは「表土が凍結する可能性がある」わけで、
地面の凍結・爆裂による不陸を避けて、
基礎の安定性を確保するために、その深さまでは基礎を打設する。
逆に言うと、その深さ以下だと、今度は「地熱」が利用できる。
地熱は経験的になのか、学術的になのかよく知らないけれど、
その地域の年平均気温程度の温度が確保されているといわれる。
札幌ではちょっと前までは8度程度と言われたけれど、
いまは温暖化の影響からもうちょっと高いのではと思う。
その年平均気温に対してバイオマス燃料で暖房・調理することで
土壌蓄熱や空気に加温させて居住環境を作っていたのだと思う。
衣類との合わせ技で、適合温度環境を作っていたのでしょう。
縄文時代の人たちは凍結深度以下に床面を確保すれば
「住居があたたかくなる」という経験知を持っていたのでしょう。
そのように暮らした先人たちにさしてDNA障害痕跡も見られないのだから、
人間が生きていく住居としては環境的に適応していた。
で、竪穴住居では深く穴を掘って、それに木組みで構造をつくり、
茅葺きなどで屋根を造り、それに土をサンドイッチさせたりして
断熱をさらに強化したりしている。
水分コントロールがいちばんの問題だっただろうと思われ、
よく縄文の集落などでは竪穴を冬の住居にして、
一方で高床式の「通風重視」の「夏の家」も併設されたりしている。

このような竪穴住居を考えていて
やはりいちばんの関心は、どうやって「穴を掘るのか」という点。
人類というのは、口型ではなく手型の発展をした動物で、
その生物的進化の過程で「道具」利用という稀有な生存手段を開発した。
とりあえず、木の棒という基本的な道具があり、
その機能拡張で「穴を掘る」道具を開発してきたのか。
今日で言えば「スコップ」のような機能形状の道具を開発していたのか。
炭化物なのでなかなか現物としては残らないとされる。
北海道で言えば、アイヌの住居・チセは「平地住居」で竪穴ではない。
なので、そういう道具は現物ではあまり目にしたことがない。

最近、いろいろ人類史的な知見が発展してきて、
こういった起源に関するようなこともわかりやすくなってきている。
そういう探求からすると、人間が物理的な「住居」を建てたのは、
案外近い過去にしかすぎないというように考えるのが自然。
だいたい、1万数千年程度のことのようだと思うのです。
もうちょっとすると、住宅というのは非常に簡明に文化・機能分析が
できるようになる領域であるのかも知れないなと。
過去を知っていけば、未来への洞察も可能になるのかも知れませんね。

【4.11東大名誉教授・難波和彦氏 札幌で講演】

最近、Replan誌と東京の設計者との関わりがあります。
とくに昨年の新建築住宅特集誌での「環境住宅特集」について、
寒冷地住宅雑誌として意見を申し述べたことが話題になったようで、
その後、その巻頭論文を執筆された川嶋範久・東京工業大学助教と
北海道内住宅見学アテンド、対論会の開催など論議が続いています。
この「対論」については、いまのところ発表しておりませんが、
北海道と東京の住宅建築界の「環境建築」認識を巡っての
きわめて興味深いやりとりがありました。
また、川島氏が中心になっている日本建築学会 地球環境委員会
「地球の声」デザイン小委員会<塚本由晴氏主査川島氏幹事>にて
わたしどものブログ上での発言に対して参加者、とくに
川島氏の東大での先生にあたる難波和彦氏から留意の発言がありました。
その後、難波和彦氏の「箱の家」シリーズが北海道にて計画が持ち上がり、
いろいろにその情報に関わってきております。
さらに難波和彦氏からは、北海道の地域住宅技術認証である「BIS」の
北海道外・仙台での講習会に参加され、その後の試験も受験されて
みごと「BIS」資格も取得されています。
氏の建築の4層構造の2層目、エネルギーを考える上で
北海道が地域として取得してきた技術的地平は、大いに役立つと思量します。
難波氏の紹介については、以下にWikipediaを抜粋します。

〜グッドデザイン賞インテリア、吉岡賞(現新建築賞)・住宅建築賞などの
受賞歴をもつなど意匠設計者として評価されると同時に、
サステナビリティ (持続可能性) を考慮した建築作品群により、
工業的側面からも評価を得ている。
代表作として「箱の家」シリーズがある。「箱の家」は、
標準化・多様化・サステナビリティをコンセプトに掲げた
都市型住宅のプロトタイプとしてデザイン・開発され、
多様な敷地・意匠・構造のもとに百数十棟が建設されている。〜

ということですが、今回4月11日には北海道札幌で開催される
北海道の地域工務店グループ・アース21での講演を快諾いただきました。
わたしどもは日本における一地方である寒冷地・北海道に出自を持つ
「地域住宅雑誌」の立場ではありますが、
最近、関東以南地域でも「環境性能」についての気付きが進んでおり、
北海道が地域として切り開いてきた「性能とデザイン」について
より大きな「対話」が可能なのではないかと思っています。
難波和彦氏の講演が、ひとつのきっかけになればと希望します。
わたし自身はアース21の一賛助会員に過ぎませんが、
多くのみなさんにこの講演について情報開示することにいたします。

<写真は当誌「関東版」にて取材の氏設計の「箱の家」正面外観>

【Mac移行作業中・不審メール受信】

Macの環境移行、おおむね順調に進んでいまして、
2TBの広大なSSHD、16GBのメモリはまずまず軽快な動作で働いている。
CPUチップが2.5 GHz Intel Core i5とロートルで、
やや非力なんでしょうが、しかしわたしの作業はMaxで画像編集程度。
映像の編集加工みたいなCPU負荷のかかる作業はほぼない。
主としてテキスト入力が作業の中心なので
なにより、「過去の情報資産」をデータ領域に「全部」入れている、
という総合性がいちばん大きな達成ポイントなのですね。
パソコンの進化も、そろそろユーザー側の視点でコントロールすべき段階。
PCメーカー主導型の進化に付き合い続ける必要はない。

ところが、移行作業中に、いくつかの不審な挙動が。
まず、LINEに「PCからアクセスが試みられました」というような案内。
わたしはMacなので、その場合は「Macから・・・」という案内なので、
どうも他者が試みたようではある。
さらに移行作業終了後には、上のような「警告」メールもきた。
Macの基本的な機種移転サービスとしてのTimemachine利用で、
このような警告アラートは来たこともないし、
一瞬であやしいメールと判断はしました。
さらによく見たら、「差出人」メールアドレスがありえないアドレス。
マイクロソフトの会社部門が、@sugano-net.co.jpという
アカウントを使用することはありえないと思います。万が一本当に
マイクロソフト社からの問い合わせならきちんと対応します。
たぶんこの場合、「今すぐ認証」というクリックを押していったら、
詐欺的なサイトに誘導されるのでしょうね。

ただ、こういった「移行作業」に対してウォッチを試みている
詐欺師集団の存在はありそうな気がしました。
わたしは、注意して非対応としていますが、
うっかりする人もいるかも知れません。
注意喚起と言うことで、お知らせすることにしました。

【Appleにレジスタンス Mac環境えらび】

わたしは仕事環境がデジタルに移行してから、
すでに25年近くになります。
出版の仕事をデスクトップパブリッシング(DTP)に移行させたのが、
ほぼWindows95の発売前数年といったころ。
たまたまDTPでは主流がMacintoshだった関係から、
否応なくMacを利用するところとなってきている。
最初に使い始めたのが一体型のiMacの先行モデルみたいなヤツ。
それからいま現在のMacBookProにまで、たくさんの機種を使ってきた。
もう全部は憶えてもいません。
で、いまのメインマシンはMacBookPro15タイプで、
モデル名を確認すると、2011の後期モデル。
もう6年目に突入しているヤツであります。
この間、AppleではHDからSSDに、さらに筐体を開けさせないように
企業戦略をとってきていた。ジョブズ氏の遺命でもあるのでしょうか。
HDを基本的に止めさせたいのがAppleの考えであることは自明。
そういった戦略に舵を取ってきたのが、2013年以降のモデル。
現行機種ではメモリ交換までユーザーにはさせない思想。
ただ、わたしユーザー側としてはそのようにはなりたくないと思っている。
なのでその後、会社の機器購入に当たっても、2012年までのタイプに
ほぼ進化停止というか、レジスタンスの姿勢を取ってきた。
データ容量についてAppleはクラウド型のバックアップを推奨しているようで
クライアントマシンには容量進化を展開していない。
いま発売されているMacBookProでは500GB程度を上限にしている。
しかしクラウドなんて不安定で接続環境の安定性に欠ける。
ユーザーが容量拡張させようとしても、筐体を開けての改造が不可能。
こういうのはどうも、主義に反する。
ということから、さすがにユーザー側には2012年モデルの需要が強くあって、
つい2年前くらいまでApple自社ショップでも販売を続けていた。
2015年まで2012年モデルを販売するというのは奇観でもあった。
しかしついにHDタイプからSSDタイプに完全にスイッチした。
データ容量の拡張は技術的にそれほど進化していない。

という状況で、いよいよわたし自身の機種更新が見えてきたのです。
きっかけは出張時の15インチモデルの「重さ」。
より軽量にするために13インチモデルに換えたいのが希望。
で、今回もまた2012年モデルを基本にパーツを入れ替える作戦に。
Appleもしぶといけれど、こっちも意地であります(笑)。
記憶媒体はコスト優先で2TBのSSHDを購入し、メモリは16GBにアップグレード。
それでもトータルではいまのほぼ同等Apple最新製品とは約半額。
小さなレジスタンスとしてまだ抵抗したいと思っております(笑)。

【3号車乗客を「E」に並ばせるJR新函館駅】


きのうは今回の出張の最後の案件を片付けた後、
青森から札幌までJR乗車で帰還しました。
時間的には、札幌まで接続できる最終便での連絡での移動でした。
朝8時からの長距離移動なども含めての日程消化でして、
札幌帰還は日付が変わる直前の23:40到着というもの。

で、日程は順調に消化して、18:45には新青森から北海道新幹線乗車。
この時間になると、真っ暗闇の中の走行なので、
ずっとトンネルみたいなものでただ、1時間の移動のみという次第です。
でもコンセントもあるので、時間的には短いけれど、
業務に使えたのでまぁ有意義に過ごすことができた。
で、20時前に新函館北斗駅に到着して、20:13発の特急最終便を待つことに。
約20分ほどは時間があったので、
3番線プラットホームにはすぐには下りずにあたたかそうな居場所で待機後、
10分前ほどに3番線プラットホームへ。
わたしの乗車券を見ると「3号車」なのですが、
ホームに下りたら、普通は見掛ける「乗車位置番号」表示が見当たらない。
代わりに「A B C・・・」というアルファベット表示が書かれているのみ。
駅員さんの姿もないし、発車時刻も迫ってくるので、
やむを得ないので、乗車位置番号付近での待機を諦め、
ガラスで仕切られた「ホーム待合室」で待機して、そこに来る
号車に乗ってから車内を移動するしかないかなと諦めた。
待合室では同様の疑問を持っていた乗客たちで情報交換が行われていた。
やはりみな、やや怒気を含んでいる。
見てみたら、乗車番号表示の代わりの「A B C・・・」には、
ご丁寧にそのアルファベットごとに動物のマークまで表示されている。
最終便に乗って遠方まで帰るひとたちには追い打ち的な「謎かけ」(笑)。
まぁ途方に暮れながら眺めているしかない。
そんな乗客たちの会話の中で、いちばん最初から待っていると思われた青年が
デジタル表示の案内ビジョンがあったという情報を教えてくれた。
乗客一同でそちらに移動して確認した。
なんと、エレベーターのホーム降車口ガラスボックスの右上上部に
その「案内ビジョン」は設置されていた。表示高さは天井付近。
「移動目線」行動的には普通は移動前面しか確認しないので、
まず確認行動を取るとは想像できない、相当「距離」のある「右上」位置。
そこに数字とアルファベットの「対照表」が掲示されている。
わたしの「3号車」は「E」の位置だと言うことがようやくわかった。
わたしも列車移動は60年近く経験があるけれど、
少なくとも日本国内でこういったサイン表示に出会った経験はない。
なぜ3がEに変わるのか、その合理性理解にアタマが混乱する。
さらに動物のマークはいったいなにを意味しているのか。
また、なぜこういう表示変更案内があのような位置に掲示されているのか、
どうして1箇所にしか表示されていないのか?
疑問・混乱はさらに膨らんで、最終便乗り継ぎで疲れきった脳みそには
過酷な試練としか思われなかった(泣)。

乗車後、車掌さんに聞いたら、
車番表示では、列車の車両数が適時変わるために不適であり、
そのための便法としてABC表示としていると説明された。
しかし、そうであるならば一般的なJR表示では「連結車両数ごとに変わる」
というアナウンスがされていると思う。
「次の列車は12両編成で参りますので・・・」みたいな。
少なくともユーザーはそのような体験知識を持っている。
そこにABC表示というチェンジ経験知は存在しない。
説明を聞いてなお、疑問が湧いて仕方のない最終列車利用でした。

【素人住宅撮影の味方 カンタン画像修正ソフト】


最近、簡単にできる写真の修正ソフトを使っています。
取材とまではいえない気軽な住宅見学などで、
ふと気付いたことは写真に収めますが、
その場合は、圧倒的にiPhoneで撮影することが多い。
カメラマンに撮影してもらうまでもないというケースですね。
きちんとした一眼レフではないので、水平垂直が取れないし、
いわゆる「引き」がとれないケースが圧倒的に多い。
また、単に撮影者のセンスが良くないというのもある(笑)。

そういう写真も、加工が簡単にできるようになると、便利。
上の例はわかりやすそうなのであげてみたものです。
引きが十分に確保できず、水平垂直も明瞭に撮影できなかった。
けれど、簡単ソフトに放り込むと、非常に直感的な操作で
下の写真のように加工することができるようになる。
まぁ、Photoshopに習熟すればそっちの方が完成度が上がるのでしょうが、
そこまでスタッフの時間を患わせてまで自分の技術を上げようとは思わない。
まぁまぁ、わかるという程度で構わないという
わたしのような場合には、結構重宝している次第です。
まぁこのソフトはこのソフトで、それなりに習熟はあるのでしょうが、
わたしはソフトの類は本格的に使い方を習ったためしがない(笑)。
さわっていたら、なんとかこんなことができるようになった、みたいな
そういうスーパーアバウト系の人間なのであります。
この加工には1分程度しかかからないので、
いまでは、写真撮影はそんなに考えることなく、
記録性にだけ留意していられるようになってきた。

さて、2日間の青森でのビルダーさん行脚。
駆け足でしたが、たいへん実りの多い行程でした。
やはり家を実際に建てているみなさんとの情報交流は、
深いところでの情報探索になっていく。
メディア側なので、情報発信することも欠かせないのですが、
即反応がある、こういう対話機会は非常に有意義です。
本日はある現場の取材撮影の立ち会いであります。
今回出張の最終日程、頑張りたいと思います。