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絵巻物の表現力

本日から営業開始です。
関東版次号の進行があって、年明け早々、いろいろ作業が山積です。
頑張らなくっちゃ、であります。

なんですが、ブログの方では
もうちょっと正月っぽく、歴史物系のおはなし世界に浸っていたい。
きのうのブログも「歴史民俗博物館」の発行物などを巡って
展開いたしましたが、
ここは本当に面白いことをやっていると思います。
日本の民俗学は柳田国男さんが先駆者であり、
歴史の中の生活の側面を生き生きとよみがえらせようという態度は
司馬遼太郎さんの歴史「取材」的態度とも繋がると思っています。
一昨年には、「日本建築は特異なのか」という企画特集をやっておりまして
日中韓3国の比較建築文化論を展開しておりました。
建築文化が、王宮建築・宗教建築・住宅
という3つに大きくカテゴリーが別れるのだ、というのも
この企画で知った次第。
江戸城はいま、皇居が置かれているけれど王宮建築とは呼べず
あれは、住宅の大なるものであるというのですね。
わたしのような建築門外漢で、住宅が大きなテーマになったような立場の人間にとって
この歴史民俗博物館のスタンスや立場は、本当に参考になる。
千葉県佐倉市という、なかなか行くのも大変な場所にあるわけですが、
ときどき見に行く機会を作っております。

で、展示では絵巻物とか
なるべく庶民の姿が見えるような展示が工夫されている。
そう、「絵巻物」なんかが多いんですね。
これが大好きなんです。うれしくなってしまう。
日本人って、筆での人物描写力がいい。
今日のマンガ文化に通底するような表現力世界を見せてくれている。
鳥獣戯画というような古典も、われわれの文化では持っているわけですが、
市井の雰囲気がいきいきと描き出されていて、
そのやさしい目線にうっとりさせられる。
なんというか、縄文の作品が持っている表現力が
筆を執って、平面的に表現されるとこんな風に展開するのではないかと
そんなアナロジーを感じざるを得ません。
非常に写術的でいながら、デフォルメがやわらかい、とも言える。
きっと筆と墨という媒体が、こういう表現力に繋がっているのではないでしょうか。
まぁなんとも味わいが深くて、
こういう絵巻物の類の表現をたくさん集めたい、見たいと思ってしまいます。
記録文書をはるかに超えて、民衆の感覚とか思いとかが
「そうだったのか」とストレートに伝わってくると思います。
日本民族のこういう絵巻物総アーカイブ、デジタル形式で
文化庁あたり、企画してくれないでしょうかね。
おおむねは、というか全部、著作権保護の存在しない作品ばかりであり、
そしてなにより日本民族の感受性を余すところなく伝えてくれるものばかりです。
ぜひほしいなぁと思っております。
現状では、バラバラに存在しているので、わかりにくくなっています。
こういう税金の使い方なら、大歓迎です(笑)。

男の空間・銀閣書院

きのうから「書き初め」というわけではありませんが、
いろいろと「書く」仕事を始めています。
年末に取材で出掛けたので、その整理を早めにしないと
後の仕事にも支障が発生してくる次第。

で、ちょうど「歴史民俗博物館」の発行誌をめくっていたら
数少ない住宅建築関連の誌面が目に入ってきた。
住宅はものすごく大きな人間領域なんだけれど、
なかなか生活分析的な研究にお目にかかれない部分があります。
また、逆にあまりにも専門化しすぎて、
枝葉末節の論議に落ち込んで、
人間生活にとっての必要性とか、社会性からの素朴な目線が少ない。
そういう意味では、「民俗学」からの視点というのが面白い。
わたしは専門外だったので建築の歴史っていうのは、
あんまり学ぶことがありませんでしたが、そういう人間にもわかりやすい。
日本の建築学って、明治初年から伝統的日本建築のことを顧みず
ひたすら鉄筋コンクリート信仰に染まってきたと思われます。
ある東大の先生から、
「住宅の研究なんて言うのは婦女子のやることだ」
という言葉まで聞いたことがあります。
学問としての「建築」領域は「国家を建設する」というのが
基本的な任務事項であって、どちらかといえば、
民衆の生活環境の向上というような視点はあまり顧みられなかった。
日本の住宅の歴史、と言ってもそれは基本的に木造であり、
国家利益にとっては、あまり役に立たないと思ってきたのでしょうか?

おっと、脱線してしまう。
写真は、法然さんの「出文机」という読書コーナーと、
そういう機能を発展させたと言われている「書院」の初見である
銀閣の「東求堂」四畳半書院・同仁斎ということです。
書院造り、というのはこのような
男の書斎空間を建築意匠的に発展させた「スタイル」なのだそうです。
座った高さ位置で書物を読みふけるのに
障子越しの外光が一杯にあふれる機能的な空間ですね。
こういった空間は、社会の知識層にとっての知的欲求を満たすものとして
きわめて文化的要因で発生したことが読み取れる。
書院造りという住宅形式文化はそのようなものだったのですね。
お隣の韓国ではもっとハッキリしていて
高級住宅では、アンチェという生命維持装置的な女性主導空間に対して
女性が入ってはいけない神聖空間として
7才を超えた男子が自分を磨くために
サランチェという別空間が家の中に様式化されていたそうです。
朱子学が社会の隅々まで入り込んで、
そういった学問的雰囲気が社会に満ちあふれ、
住宅の様式にまでなったということなのだそうです。
まぁもっとも、こういう様式は上流階級だけのものだったでしょうが、
文化として残滓を残し、精神文化的には大きな影響を及ぼしているのでしょう。

住宅って、建築工学的な分析だけでなく、
やはり社会文化的な領域での知恵こそが本来的なのではないか、
そんな印象を抱くものであります。

日本人と金閣

年末年始、北海道・札幌は比較的温暖でのどかな気候ですが
山陰や東北北部など、日本海側地域で雪や嵐の被害が続いているようですね。
とくに山陰での大雪で国道9号線、というから
地域で一番の幹線道路が通行できなくなっている!
ちょっとにわかには信じがたい状況のようです。
雪への対策が、あまりなされていなくて、
スタッドレスタイヤを履いていない大型車両が道路をふさいでしまったのでしょう。
北海道から行ってみて、本当に信じられないようなことが本州では起こります。
わたしも先年、郡山市周辺で年末時期にこういう事態に遭遇したことがあります。
ほんの少し雪が降って、寒波が急に来たとき、
道路のわずかな起伏坂道箇所で、動けなくなるクルマが続出する。
雪のある地方とない地方を移動する運送業などの場合も含めて
見なし装備で、「まぁ大丈夫だろう」という判断をするのですね。
本当にこの災難に巻き込まれたみなさんには、深く同情します。
難しいですよね、ほとんど雪が降らない地域での、雪道対策って。

なんですが、
一方で、「金閣寺に思わぬ降雪」というニュースも。
やはり好きなんですね日本人、金閣って。
みなさん、雪をかぶった金閣に率直に感激している。
単純に、日本的感受性に完全に刷り込まれてしまっている。
金箔で被覆するって、
たぶん、東大寺の大仏さんが日本での初めてのことだったのでしょうが、
その「民族体験」がはるかなモチーフになって金閣も
アジア世界との貿易のための象徴的な展示装置として作られたように思います。
大仏の金による被覆には奥州で発見された金が使用され、
日本の経済的潜在力を誇示する、格好の展示であると同時に、
当時のアジア世界での最先端思想であった
仏教による救世思想が、まことにわかりやすい形で具現化した。
この大仏開眼会には、アジア世界全域からの視察団が来ていたそうですから、
「黄金の国・ジパング」の大宣伝になった。
そういう民族体験が強烈だったのではないかと思います。
そういったアナロジーで、遙かな後代に建てられた金閣も
足利政権の信用力を高める効果があったに相違ない。
中国を中心にした世界貿易体制の中で
金による被覆建築というものは、日本を主張する大きな物理的印象になった。
金閣は義満の私邸ですが、住むためにこのような装飾をしたとは思えない。
たぶん経済効果、アジアから来たビジネスマンたちに
「あ、この貿易相手は信用できる」
と思わせるのが一番の目標だったのではないか、と思うワケです。
きっとそういうエコノミックアニマル(あ〜古い!懐かしい!)体質が
わたしたちにはきっとあるのでしょうね。

でもやっぱり金閣、美しい。
緑にも、水にも、陽光にも、雪にも、実に映える。
三島由紀夫が書いた日本的感受性そのものです。
建築的なプロポーションも、1階と2階での微妙な高さの違いとか、
金箔を施した階と、そうでない階のバランスとか
非常におもしろい意図を感じるのだそうであります。
日本人の黄金への感受性、もう少し、深く探ってみたいと思います。

初詣

あけましておめでとうございます。

ことしの年末年始は、休みと言うよりは
残った仕事を片付けるのが、とりあえずかなぁ、と思っておりましたが、
やはり大みそか・元日となると
あれこれやっているうちにお正月モードになります。
中学高校と同級生だった友人に
札幌市内で「旅館」をやっている女性経営者がおりまして
おせち料理をお願いしています。
で、その料理を受取りに行ったら
すっかり同窓会モードで話が盛り上がって四方山談義に。
札幌って、ここんところ、
市中心部の活気がさっぱりだなぁという話題で盛り上がり(笑)ました。
そうなんですよね、ちょうど首都圏各地を歩き回ってきたわたしとしては
大いに共感しきりという話題。
彼女は北海道内の旅館ホテル経営の「女将会」に参加しているそうですが、
みなさん、異口同音に100年来の逼塞状況ということ。
そのなかでは比較的に状況が恵まれている札幌でも、
ホテル旅館の超激戦価格戦争状態ということだそうで、
客単価の実勢を聞いて、あっけに取られました。
中国からの入り込みで活気があると思われる観光産業でも
厳しいコスト競争を反映して、
市内のバスの違法駐車として結果しているのが実態とか。困るんだそうです。
しかし、そういうこと以上にビルなど大型設備投資需要が本当に逼塞している。
つい先年、札幌市では建築物の高さ制限の規制条例が実施されているので
一気にそういう需要が消えてしまったと言うこと。
不況の中、もともと少ないその分の投資は、ほかの地域に振り向けられ
札幌は投資先として魅力もなく、見向きもされていないのが現状。
個別企業の経営努力の枠を超えて厳しい局面になっています。
「あんた、知事選挙か、市長選に出なよ」
っていう荒唐無稽な話題にまでなりまして、ふと、
いや彼女なら、案外大衆受けするかも、と不埒な想念もよぎりました(笑)。
なかなか元気一杯なんで、暗い話題を話していても
だんだん気分が明るくなるキャラクターなんですよね。

っていう放談会をやっていたら、
いつの間にか時間は夕方、やがて深夜に至ってしまいまして、
家族で北海道神宮に初詣であります。
ことしはクルマで行ってみたのですが、ラッキーなことに
駐車場が確保できて、往復参拝距離が大幅短縮。
まぁそれでも、往復2kmくらいは歩いているのでしょうね。
帰り際、中学生の息子が
「最近の若いヤツはダメだなぁ」とつぶやいておりました。
「なに言ってんのよ?」って聞いたら、
初詣の最中で聞くともなく聞いてしまう、かれのちょっと年上の若者たちの
話の内容とか振る舞いに、まるで中年オヤジ的な思いを持つのだそうです。
おいおい、であります(笑)。

展望はあまり明確ではないけれど
こういう面白いキャラと楽しく乗り切っていきたいなぁと
思いを新たにする新年念頭であります。

樽柿

わが家に戻って、
出張中の宿題のToDoを書き出しまして、あれこれどっさり。
よしやるぞ、頑張ってひとつひとつ作業に掛かるぞ、という次第。
お休みの間にどこまでメドが立つか、ふむふむであります。
そういうなか、
銀行巡りやら片付けながら、カミさんと買い出し。
年末のお店は混雑していて楽しい。
で、発見したのが写真の「樽柿」っていうヤツ。
カミさんの実家への手土産によさそう、たぶん一緒に食べることにもなるし、
ということで購入。見たこともなかったのですが、以下、口上書き。

珍しい樽柿! 宮城県産こだわりの美味しい樽柿
口の中でとろける極上の甘さ!
普通に美味しい柿はあります。
あま柿は食べてみると果肉が硬く、渋柿は口の中に入れるととろりとした食感があります。しかし、せっかく旬を楽しみながら食べるのですから、
もっと珍しい美味しい柿を食べたいですよね。
それが「宮城県特産の樽に入った珍しい柿 樽柿」です。
先人の知恵 この樽柿は、昔、酒蔵で使用済みになった空樽に柿を詰め
渋柿を甘く美味しい柿にしたことが由来です。
柿は、蜂屋柿(渋柿)を低温熟成貯蔵させ
渋を抜いた柿を樽に詰めています。
貴重な樽柿 樽柿は、11月になると収穫が始まりますが、
収穫前は、やはり台風が心配です。
台風が来ると1年間かけて育てた苦労が無駄になります。
気候に恵まれても収穫した柿がすべて商品になるのか
というとそうではありません。
収穫した中から良い柿を選びます。
大体選ばれる柿は1本の木から3割程度です。
そして、選ばれた柿を低温冷蔵庫でじっくり熟成貯蔵します。
そうすることで柿の本来持つ旨みを
十分引き出すことが出来ます。

っていうようなことであります。
中身というよりは、入れものの樽の方がステキ。
使い終わったあと、再利用が楽しそうであります。
・・・そういうことで、ことしも暮れますが、
相変わらず、出版や雑誌業界、厳しい状況が来年も続くことは間違いありません。
ことしも一年、ブログをご覧いただき感謝申し上げます。
来年も、って言っても明日元日からも、ということですが、
継続だけが取り柄なので、休みなく書き続けます。
せめて、柿の甘みを味わって
いい年を願いたいものですね、みなさん良いお年を。

疲れは、とにかく温泉で

きのう、年末の取材ツアーから帰宅いたしました。
札幌ー仙台往復で、仙台の社用車を使用して東北を巡った後
関東に入って、主に東京から各地を回り、
その後、東北道を北上して仙台に戻って
車を置いて、飛行機で帰ってくるという旅程。
クルマでの総移動距離は1500kmくらいにはなっておりました。
1週間いたので、1日平均すると200kmは超えている計算。
そのほかに飛行機での往復があるので、これも1500km。合計3000km。
東北と関東の移動距離が、
それだけで往復で700〜800kmになります。
しかし、北海道内では平気でそれくらいの距離の移動をしている。
釧路の往復というような取材が日帰り、というのもよくあるパターン。
住宅に関連した情報業というのは、住宅が移動できない分、
必ずその現場に行く必要があるので、当然ですね。

さすがにクルマでの長距離移動では
蓄積してくる疲労感というのがあります。
わたしの場合、ときどき「目眩」のような気分になって
高速運転が厳しくなってくる場合がある。
この気分が襲ってくると、
高速道路でも50kmくらいまで速度を落として慎重運転にせざるを得ない。
まぁ、そういう時にいちばんいいのは休養です。
おととい、町田での取材が終わってから、
なるべく仙台に近づきたいと思ったのですが
郡山まで来るのが精一杯、若干目眩症状も出てきていた。
で、宿泊したのですが、まだ疲れが抜けなかったようで
きのうもあんまり体調が良くないので、休み休み運転しておりました。
高速の「白石」インターで下りると遠刈田温泉までクルマで10分ほど。
そこの「神の湯」という温泉がありまして、
これがいいんですね。
地元のみなさんが多く来られるようで、早朝5時過ぎくらいから
「朝風呂」も開いているのだそうです。
その後いったん閉じて、9時から再開している。
源泉温度が68度という表示があるように高温温泉。
湯船は高温で45度、低温でも41度となっていますが、
低温の方でも、入浴時間は5分くらいが限度です。
すこしカラダを冷まして、2〜3度入れば本当に体の芯から温まる。
浴槽は2つだけで、洗い場も10くらいなので、
こぢんまりとしていますが、建物はヒノキ造りらしく、
木の香りがたっぷりと香っていて、
湯の香と相まって、まことに癒される。
わたしは、温泉グルメ専門家ではないので、特段こだわりはありませんけど
まさに源泉掛け流し、っていうように思われる湯。
っていう温泉で一休み。写真はそこの足湯です。
これは無料で入れる、けれど、お風呂の方も300円。
低料金で、いい湯、であります。

さすがに帰りの飛行機は年末の大混雑。
そのうえ、北海道千歳が雪で滑走路1本閉鎖。
上空待機約1時間にて、ようやく札幌帰還であります。
とにかくは温泉で、ゆとりを取り戻したい年末であります。

早朝散歩の富士山

きのうは東京の一番横浜寄りの街、
町田市での取材が午前中早く、ということで、
いっときの楽しみ、宿泊先を工夫して、
富士山を早朝散歩で見て参りました。

平塚・袖ヶ浦海岸からの眺め。
手前側はきっと箱根のお山なんだと思います。
朝の日の出時間はこの時期、6時50分ほど
ということですが、その20分前くらいには
海岸に到着すると、ごらんのようなご尊顔であります。
本当はこれは、もうすこし早い時間の方がいいかも
と見ているうちに、どんどん赤みが増していく。
太平洋側から陽が上がってきて
富士の山腹を覆う白雪に赤い来光が降り注いでいくのですね。
箱根の山とは高さが明確に違うので
異次元空間のように、くっきりとコントラストになる。
頭抜けた高さで、富士だけに赤い日射しがあたって、
得も言われぬ神々しさを見せてくれる。
葛飾北斎が描いた「赤富士」は季節も違うのでしょうが、
こういう白雪がピンクともラベンダーとも言えるような
なまめかしい色合いを見せてくれる。
撮影していると、手がかじかむほどに冷気が襲ってまいります。
しかし、時間を忘れてただただ、見ほれざるを得ません。
朝の富士山の良さは、各地でそれぞれあるのだろうと思いますが、
わたしはこの風景、何度見ても、大好きです。
とくにやっぱり、白雪の載せ具合がいいのでしょうね。
雪が反照する朝焼けがとくにいい色合いを見せてくれるのだと思うのです。
そういう意味では、この時期がいちばんいいのかも知れません。

まぁ、一足早い、というか
ちょっとフライングそのものではありますが、
「初日の出」のプレビュー版とも言える(笑)、富士の朝焼けです。

江戸情緒の街並みにて

東京では下町の門前仲町に泊まることが多い。
出掛ける前に散歩するにも、
深川八幡(富岡八幡宮)とか、深川不動尊とかの
「門前町」の風情を楽しむことが好きなんです。
きのうも朝、街を歩いていたら
「深川丼」という店前で思わず足が止まってしまった。
間口が1間半くらいしかない小さな店なんですが、
何年前から商売をしているのか、といういい風情。
深川というのは、江戸の頃は、というか、いまも
「江戸前」の海に面している街なので
名物として「あさり」がたくさん獲れていた。
それを漁師たちが「まかない」として、
初めは味噌汁をめしにぶっかけて食べていたものが始まりなんだとか。
それが段々に変化していって、煮込んだあさりを具材にして
工夫を凝らした味わいのドンブリにしているのだそうです。
っていう店先なんですが、
なんともまぁ美しい鉢植えが店前に置かれている。
ほとんど気付かないくらいのさりげなさで置かれている。
千両万両、っていうような名前が頭によぎりますが、
よくわからない。
けれど、丹精ぶりが伝わってくるような姿・かたち。
それも色合いがなんとも微妙で、絶妙。
まるで宝石のような美しさをたたえております。
店前に置いておくようなものですから、
そう高価なものではないでしょうが、
わたし、みたことがない植栽だったので、目を奪われた次第。
道を歩く人もあんまり気付かないようなんですが、
こういった小さな点景が、街並みのそこかしこに点在する。
街に暮らしているさまざまな庶民の
街を彩ろうとする小さな創意工夫が、調和を見せている。
決してきらびやかで豪華ではないけれど、
それでも輝きを持って伝わってくるものがある。

日本の「街並み」ということですね。
盆栽や鉢植えというのは、江戸下町を彩る重要な要素だったと
なにかで見聞きしたことがあります。
こういう全体、街の雰囲気全体として情緒性がきわめて高い。
しかもいまでもそのまま、庶民の生活が生き続いている。
「街並みがない」と言われ続けてきた
北海道人として、こういう部分では確かに学び取りたいと思います。
それにしても、美しい・・・。

東京練馬・城北中央公園トイレ

まことに尾籠な話題で恐縮なのですが、
きのうの取材の折、
やや時間からは早かったので、ちょうどよくあった近隣の公園で
トイレを済ませたいと考えて探してみた次第。
この公園、なかなかに整備され、しかも広大なもの。
都心皇居からクルマで30分ほどの距離で、
古くからの「住宅街」の端正さを表しているかのようです。
きちんとした「都市計画」の存在も感じさせていて、
なかなか東京は奥行きが深い。
で、肝心のトイレ、
あれ、どこかな、と探していて
とある建築的装置には目が行ったのですが、
どうも見た感じ開放的で、どっちかというと
モダンデザインの「東屋」か、それとも「水場」としか見えない。
通りすがりの方で、公園管理的な役目を果たしていそうな雰囲気の方がいて
質問してみたら、やや苦笑気味に
「いや、あれがトイレですよ」という。
その言葉遣いにやや微妙な表現が含まれていて
「そうか、やはりそうは見えませんよね」
みたいな、こちら側の疑問への共感が少し感じられる。
こちらは目的地なので、謝辞を述べて
さっそくくだんの建物に入ってみました。
大変風通しがいい建物でして
男性の方では、通路は完全に開放されております。
また、わたしは小用でしたが、
こちらも視線上部は開放されていて
見たくはなくても、外の風景を見ることができる。
まぁいいようなんですが、実はやや落ち着かない。
大きい方も、見てみたら上部は開放されていて
小用とは違って視線は遮られているようですが
どうもニオイはこれも開放されているようなのですね。
季節は12月でありまして、風には冷気がたっぷりです。
小用を足しながら、ややブルッと来るものは禁じ得ない。
たしかに見た目のデザインは考えているようで、
しかし、使う人間の「ライフデザイン」としてはどうなのか。
まことに寒々しい、という印象を持たざるを得ませんでした。
たぶん、冬場のことは考慮しないことにしているのでしょうね。
しかし、じゃぁ夏場のことを考えても
このようにニオイの「開放感」って言うのはいかがなものか?
使用する方は、開放的で気分がいいと考える人もいるかも知れないけれど、
ちょっと「羞恥心」という気持ちを持った人は
他人へのニオイ公害が気になって使用をためらわれるのではないか。

「公徳心」というものに於いて
このデザインを考え、そしてそれを採用した側は
どのように「折り合いを付けた」のか、
どうにも腑に落ちない気分を感じさせられました。
第一、寒い(笑)。
せっかく公共的使用を考えるべき建築なのに
ひとへの「優しさ」配慮が足りない。
この分では、冬場は利用が激減しているのではないかと
いらぬお節介ですが、心配になった次第です。
まぁ北海道ではきちんと囲ってあっても、
水道の凍結などで冬場はトイレが使えないのが一般的ですから
大きなお世話、とは言えるのですが・・・。

冬道とさざんか

きのうは仙台市内で用件を片付けた後、
東京都内まで移動の予定。
仙台は東北とは言っても、めったに雪が降ることのない街ですが
それでもきのうはさすがに雪。
南東北は、一度雪が降ると、障害が発生しやすい。
北海道は言うに及ばず、北東北も雪への慣れはあるのですが
宮城県や福島県は、すぐに問題が出る。
ということで、東北道が福島西から郡山まで通行止め。
降雪で事故多発、ということのようです。
慣れていないので、
夏道と同じような感覚のまま運転するドライバーがいて
スリップして事故を起こしてしまうようですね。
実際に走っていると、雪なのにけっこうな速度で飛ばしているひとが多い。
自分の運転テクニックを過信しているのでしょうか?
わたしは「札幌」ナンバーのクルマなわけですが、
わたしが一番低速運転、というようなことなんですね。
もちろんわたしは、タイヤもスタッドレスですが、
それでも横滑りしやすい湿った雪なので、
やはり、ハンドルは取られやすい。
で、カーブなどで思わず車線を飛び出して
接触事故などに繋がるのでしょう。

お昼前に、仙台を出ようとしたら、
案の上のことだったので、
やむなく、仙台東道路から国道6号で南下。
相馬を抜けて、いわきの手前の「常磐富岡」というインターから
常磐道に乗って、首都圏をめざすルートに変更であります。
こちらは、一般道区間が2時間はかかるので、
なかなか辛いのですが、
泣く子と地頭には勝てぬ、東北道の雪と通行止めには勝てません。
結局、3時過ぎくらいまでは通行止めだったようなので、
まぁルートとしては正解だったのですが、
時間はやっぱりかかります。
距離自体は同じくらいですが
ずっと高速道路と、途中一般道という違いが大きい・・・。
で、なんとか首都圏に入って、土曜日、年末と言うことで
首都高速の渋滞、多少は少ないのではと期待していましたが、
しっかりたっぷり、体験させていただけました。ふ〜〜〜。

この時期、関東以南での車窓を楽しませてくれるのが、さざんか。
気をつけていたら、常磐富岡手前の道路沿いで美しく開花していました。
どうせ、時間は掛かると観念していたので写真に。
わたし、どうしてもさざんかと「寒椿」の違いがわからない(笑)。
背の高さには違いがあって寒椿は樹木、という感じがして、
さざんかはご覧のように庭木、
というようには思うのですが、
まったく同じ時期に同じような色合いの花と葉を見せる。
まぁ、きれいなので、どうでもいいんですが(笑)。
・・・大好きであります。