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北海道の住宅の未来を考える・・・

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っていう、すごいネーミングの集会が札幌で開催。
大丈夫なんだろうかと、ちょっと不安に駆られましたが、
ここでもけっこう紹介している北総研の研究発表なのです。
年に2回、旭川と札幌で開催されているものですが、
ことしは、ちょっと趣向を凝らして、上記のようなタイトルのセミナーとなった次第。
午前中は北総研の研究発表が行われまして、
午後からは、写真のメンバーをパネラーにしたディスカッション。
建築家の五十嵐淳さん、
施工者として、武部建設・武部社長。
さらに研究者として、北総研・鈴木大隆さん。
進行役に北大工学部の瀬戸口先生。
コメンテーターとして、京都大学名誉教授の巽和夫先生です。
建築家の五十嵐さんと、研究者のみなさんって、
まぁ、異種格闘技戦に近い取り合わせ。
さて、どういう展開になるものやら、ハラハラしながら取材見学しておりました。
なかなか、論点整理も難しいテーマ。
瀬戸口先生は大変な役回りだろうなぁと。
時間も1時間程度しかないわけで、まぁ、まとめまでは無理がありましたね。
でも、積極的に五十嵐さんが問題提起して、
かなりいろいろなテーマも浮かび上がってきたと思います。
五十嵐さんは、その発表の中で、
内モンゴルでのコンペと、先般の美幌町の環境省エコ住宅コンペの
両方を題材に、2重入れ子状の建築を提案していました。
かれが制作テーマとしている「バッファーゾーン」
まぁ、内でも外でもないような中間領域、極言すれば縁側的空間のことですが、
そういう緩衝地帯的な領域を積極的に現代建築に導く方向を目指しています。
発表でも、そういう志向性が明確だったと思います。
そういう意味で、建物内部だけの環境コントロールではない、
あらたな北海道的な建築的問題意識を提起している。
北総研や北海道が目指してきた室内環境の性能的向上努力の
さらにその次の方向性を考えているということは出来る。
そういう志向性と、武部さんが取り組んできた日本的伝統の
木造工法の存続可能性の追求というものが、
さて、どのようにからんでいくのか、いかないのか、
比較的、問題点や論点の整理がかいま見えたあたりで時間切れになったのは
大変残念至極という感じがいたしました。
まぁ、でもそういう問題点というか、テーマの絞り込みができたと言うだけでも
大いに意義があったと思います。
建築の可能性という意味では、
五十嵐さんの提案にはいろいろな側面があります。
そのひとつは、2重入れ子状の建築外皮の作り方の問題。
マイナス30度くらいまで外気温が下がる美幌で
冬期間、おおらかな気温調節装置として機能するわけですが、
そういう内部ではたぶん、ほどほどの気温空間が実現する。
そしてその装置的なものはほぼ自然エネルギーで実現させる、という考え。
そうして作られる空間は、たぶん、零下にはならない。
一方で2重の内部では、より保温性を高めた建物を造ればいい。
そういうことで、農家住宅という特殊性はあるけれど、
面白い北海道的な建築の可能性を見せている。
まぁ、言ってみれば北総研に対して、
というか、多くの住宅関係者に対して、北海道の住宅が今後とも、
環境に対して、閉じ続けて行く方向で行くのか、
それとも開放させていく方向性で行くのか、
その中間的なものを目指すのか、
論点はどうもそのあたりのような気がしました。
そのときに、建築の基本としてあり続けるだろう
木造という生産形態が、どのように伝統を紡いでいくのかどうか、
まぁ、大変面白い展開でしたので、
今後、わたし自身も考え続けていきたいなぁと思った次第です。
パネラーのみなさん、大変お疲れさまでした(笑)。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

しがみつく御神木

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きのう、おとといと
建築家セミナー相談会を開催しておりました。
すっかり恒例化していまして、
まぁ、少数の参加ですが、逆に充分、建て主さんの状居を把握して
相談にたっぷり時間を割くことができるので
なかなか有意義というか、実質的な進行ができるようになってきています。
しかし、さすがに休みなしで新しい週に突入で、
句読点の打ち方が難しい。
まぁ、日帰り温泉に仕事のあと浸かってきまして
本日は爽快な目覚めではありまして、なんとか頑張ろうかなと(笑)。
さて、写真は以前取材に行った上ノ国でのもの。
北海道の中世期、戦国のころの遺跡があります。
甲州武田氏の末裔を名乗る、松前藩の始祖・蠣崎氏が
この上ノ国の台地上に構えた城郭が遺跡として残っているのです。
で、この樹木は、武田氏は源氏ということで、
ふもとに「八幡神社」が造営されていまして、
まことに古式なたたずまいの神社。
その鳥居横に立っているのであります。
一見して、異様な風体であります。
根の部分がまるで、韋駄天の足のような動きを見せていて
とても植物とは見えない、むしろ動物か、いや、生物というに近い、
っていうようなまことに面白いポージングを見せてくれています(笑)。
地元の方に樹種も聞いたのですが、
たしか、広葉樹であまり北海道には生息しない木だったような記憶があります。
きっと、武田にゆかりのある樹種なのか、
神木として植栽されたものと思います。
しかし、この地はまともに北西側に海が広がっていて、
冬には強烈な季節風が吹き付けます。
それにやられて、土壌が吹き飛んだり、
あるいは必死に地面にしがみつこうと根の部分が異様な成長を遂げたのか、
その両方でしょうが、こんなようなかたちになっていったのでしょう。
神木というより、まことに人格を感じさせるような樹木ですね。
この木の下で酒でも酌み交わしたいような思いに駆られます(笑)。
結局、北海道の開発にさしたる動きを見せず、
既得権益にしがみつき続けた松前藩そのもののようでもあり、
なんとも威厳のない表情が、ユーモアを感じさせてくれていました。
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企業再生〜2

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きのうの続きです。
写真は再稼働を開始したラインの様子。
大阪が基盤の会社、創建さんという会社は、
「外断熱」(正しくは外張り)がウリで
本州地域で戸建て住宅を年間500〜600棟程度販売しているそうです。
木の城というイメージ通り、ふんだんに地元産材を構造として使い、
断熱手法としては外側断熱を採用するのは、
確かに、相性がいいかも知れない取り合わせ。
北海道の標準的な高断熱手法には背を向けてきたのが
かつての「たいせつ」さんであり、
その意味では、デザイン云々よりもそういう断熱手法の変更の方が、
大きい部分になるかも知れないと考えます。
セレモニーでは、
かつて訪問したという北海道知事さんから
「斬新なデザインに変更してください」と言われたことを
新しいデザインパネルを寄贈して、お返ししておりました(笑)。
高橋知事さん、本音で言ってしまったのかどうか、
あんまりストレートな意見の見えにくい知事さんにしては、似合わない発言があったと
変に感心させられた次第(笑)。
いろいろな意見はあると思いますが、
あのスタイルで、しかし19000棟もの実績が上がっていたのですから、
簡単に、そう決めつけられないのではないかとも思います。
デザインだけ、中身の作り方と関係なく変更することが
それほどいいことか、どうか、
好みの問題は別にして、やや疑問とも思っています。
ユーザーは案外、総体としてのイメージで企業姿勢をとらえるものであり、
単純に外観デザインを、その中身と切り離して考えるのは、
企業イメージを希薄化させることになるのではないかと
ちょっと、疑問を感じた次第です。
まぁ、そうはいってもこれまでのデザインからチェンジしたいというのは
ごく自然な方向ではあると思います。
いずれにせよ、そうことは簡単にはいかないだろうと思います。
新築マーケットも「回復」というような状況になるかどうか、
むしろ現状程度で固定化して、
まったく別のマーケットに住宅建築自体が向かうような予感もあります。
一方で、地域の願いというのも痛いほどに感じることができました。
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企業再生〜1

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なぜかこういうのにめったに呼ばれることはないのですが、
きのうは、北海道地元の大手住宅企業だった、
「木の城たいせつ」の破綻から、その企業再生をめざす、
「きのしろ」「たいせつ」両社の再稼働式典に呼ばれて行って参りました。
「木の城たいせつ」は、北海道の住宅の歴史の中で、
きわめて大きな存在であったことは事実だろうと思います。
残された住宅の数でも、なんと19000棟に上るという。
いわゆる「無落雪屋根」の登場時期に「耐雪〜たいせつ〜ハウス」という
企業名そのものがキャッチフレーズであるというわかりやすさで
北海道の住宅と雪の問題に明確な解決法をアピールしていった存在です。
まぁ、無落雪屋根のひとつの工法、M形屋根について「特許」云々ということもありました。
その後、M形屋根から、フラットルーフに無落雪屋根の主流は移っていくわけですが
それでも、大きな足跡であったことは間違いがないと思います。
このふたつの違いは屋根に乗せた雪を
建物内部に「樋」を設けて水にして落とすというM形に対して、
小屋裏の断熱を強化して、屋根の上に雪を載せたままにするフラットルーフ
というような違いなわけです。
M形が屋根面からの熱漏れを半ば前提にした工法であるのに対して
フラットルーフの方が、合理的な解決法であるとは言えるでしょう。
しかし、こういう提案が敷地サイズを大きく取らねばならなかった北海道の住宅から
都市圏の狭小敷地利用を可能にしたという意味では、
経済的な側面で、大きなメリットがあったと考えられるでしょう。
いろいろに論議はあったとしても、なにより、
19000棟の建築実績を残したという意味では
多くの北海道民に支持されたことは間違いがない。
もうひとつ、この企業が大きなインパクトを持っていたのは、
北海道の木を大量に原木から仕入れて、
乾燥工程から、集成技術まで行う大きな「工場」を、いわば
「地産地消」の先駆けのような存在として取り組んできたことがある。
最盛期には、雇用者数が1300人を超えていたというように、
この工場生産を地元経済振興として取り組んできた側面は大きい。
きのう、わたしも初めてこの工場を見たのですが、
まぁ大変な広大さで、ちょっとびっくりしてしまいました。
企業経営で考えると、
こういう基本的生産コストが大きい、という形態は
なかなか変化の大きい時代には対応が難しいと思います。
そういうことから、建築基準法の運用厳格化による
「混構造建築」の建築確認ベタ遅れに直撃を受け、
高コスト生産システムが、資金ショートを招いた側面が大きい。
まぁ、そのほかにもいろいろな経営的硬直化はあったものと思います。
後継企業は、大阪を地盤とする「創建」という会社がバックアップします。
写真真ん中は、新会社の社長、吉村氏です。
左右には、地元栗山の町長さんや、北海道の空知支庁さんなど、
地元経済の大きな担い手としての期待が掛けられています。
〜長くなりそうなので、続きは明日以降に。
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気晴らし靴磨き

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先日、そこそこ気に入っていた靴にガタが来まして
それを機会に靴箱を整理したら、
同じように「これはちょっとなぁ・・・」という状態のがもう一足。
でも、なんとなくゴミに出すのが忍びなくて・・・、
というヤツを再発見。
まぁ、しょがない、とゴミに両方出す決心をつけました(大袈裟)。
でも、気に入っていたヤツは途中で一回修理したりもしていたので、
やはり愛着はあったのです。
ちょっと堅めの履き心地で、それはそれで好きだったのですね。
でも、2回目の破綻と言うことで、しょうがない。
っていう次第なので、整理して夏冬とも
履ける現役の靴は3足。
長く使っていくためには、ということで、
「きちんと手入れをしなければ」と思い至りました。
どうしても手抜き靴磨きで、簡単にすませていた。
ちゃんとクリームを付けて手入れってしていなかったのですね、しばらく。
仕事の途中で靴屋さんに寄って、靴クリームを購入して
帰ってみてみたら、案の定、靴クリームはちゃんとありまして、
使っていなかっただけ。
日頃のずぼらさを再確認させられますね(笑)。
何となく似ているので、見てみたらeccoというヤツなんですね。
気に入っていた記憶はあるけれど、
こればっかり残ったというのにはちょっと驚き。
まぁ、履きやすいので、いいのかなぁ。
面倒くさがりなので、手抜き一気磨きということですが、
とりあえず、クリームを付けて磨いてみた次第です。
やってみると、そこそこ作業は楽しい。
これは嵌りそうかなぁ、と日課にしたらそこそこ楽しいかも。
そういえば、靴磨き屋さんって、最近あんまり見かけません。
そういうビジネス街に足を運ばないということが大きいけれど、
どうなんでしょうか、
東京のビジネス街でも、靴磨き屋さんあんまりいない。
知っているのは羽田空港のコーナーくらい。
やはり、景気後退とか、影響しているのでしょうか。
自分で靴磨き、当たり前ですが、
久しぶりにきちんとした手入れをしたら、
気持ちの方もスッキリしてきます。
ストレス発散には悪くないかも知れません。
なにより、無心に作業できるのがいい。
先日の長期優良住宅先導的モデル事業の審査委員長、巽和夫京大名誉教授のお話を
聞いたときの「いいものを作って、きちんと手入れして、長く使っていく」
という精神、思い起こされました。
ずぼらな性格ながら、小さなことからはじめていかなければなりませんね。
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家と税金

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日本の都市住宅である「町家」は
為政者が庶民に税金を掛けるのに、その富裕の状況を把握する方法として
建物の間口の広さを単純に計量していたことへの
庶民側の対応として生み出されたのだそうです。
間口が問題にされるのなら、奥行きを長くしますよ、という知恵ですね。
現代のように「会社」社会になり、個人の所得が
すべてに近く、国家に把握されているような社会というのは、
ごく最近になって出現した社会形態のようです。
町家という形態は、そういう規格的な背景があって、
目立たないように配慮しようという
庶民の生活防衛の結果の建築的表現と言うこと。
こういう知識はあったのですが、
さらにもっと変わったというか、乱暴な税金の決め方として
「窓税」という概念が、ヨーロッパにも、日本にもあったのだそうです。
ヨーロッパでは個人のプライバシー空間として
建物内部に権力とはいえ、簡単には入り込めず、
税の徴収の基準として、外側から判断できるように、
至極単純な方法として、窓の多さを基準にしたのだそうです。
で、そういう知恵は古今共通らしく、
日本でも戦国期から江戸期に掛けて、実行されていたのだそうです。
まことに権力という存在は無理矢理、考えるものですね。
戦国大名など、領地争いの戦争ばかりして税金を使い続けて
こういうところで税を巻き上げていたのですから、まぁすごい。
で、写真のような江戸期の農家住宅、
一般的に「古民家」と呼ばれるような建物は
どこでも、極端に「採光」が犠牲にされている構造になっている。
今日まで残ってきていて、改修するという場合、
第1にリクエストされるのが、採光条件の改善なのですね。
単純に窓を開けることが極端に少ないのです。
窓を開けるというのが、それほどに大変なことなのかなぁと
技術的な問題なのかと思っていましたが、
実は、そういう技術発展を阻害する要因は別にあったということなのですね。
今日では、所得把握、資産把握が
どんどん進化してきていて、
固定資産税というような概念まであり、
国家が土地の資産価値を値踏みして、本来、換金しなければ支払えないものにまで
税金を掛けている。
事業資産として、それで商売をしているのならまだしも、
ただ暮らしている生活の場に税金を掛けています。
自然状態で人間が家に住んでいると、それだけで税金がかかる。
世界的な宇宙物理学者ホーキンスさんが、税金の仕組みだけは
あまりにも不合理で理解できないという話を聞いたことがありますが(笑)・・・。
近年では、とくに地方都市などで
地価というような概念自体がどうなのか、と疑問が出るような状況です。
売買が成立したときの価格に一定の掛け率を掛けて
固定資産税を評価するわけですが
いまや住宅用の土地で売買が成立するかどうかは不明。
また、どんどんと地価が下落してきているのに、
そういう意味では、「取りすぎていた税金」を還付する
という考え方は、絶対に権力機構の側からは発信されてこない。
現状の経済状態に、権力構造が合わなくなってきているのではないでしょうか。
先日、政治家たちの討論を聴いていて
なんのために税を取って、権力を運営するのか、
そのあたりのことすらも、どうも再検討すべきなのではないかと
いろいろ思い至る部分を感じた次第です。
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塗り壁つくり

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写真は伝統的な塗り壁仕上げの下地と仕上がった状態のものです。
現在では、防火構造認定を受けるために
プラスターボードといわれる不燃建材で大壁に仕上げて
その上から塗装する、というのが一般的で、
それのほうが作業肯定的にも合理的で、認定も受けられるということで、
まぁ、当然の流れですね。
それに本格的な下地を組んで塗ると言うことになれば、
当然、壁内部に断熱材を充填することは難しいので、
土の断熱性能は別にすれば、別に断熱は考えなければならない。
そんなことから、写真のような工法はごく一部でしか行われないでしょう。
なんですが、
きのう紹介した室町期の住宅でも塗り壁仕上げで
北上という冬の厳しい地域での暮らしを過ごしていたのがわたしたちの祖先。
昔のことで考えれば、やはり重厚な土による断熱は
もっとも安定的な室内環境をもたらせる工夫だったことでしょう。
ただ、ものすごく手間がかかったでしょうね。
木や竹などで格子状に下地を組み合わせ、
それをていねいに紐で結びあわせています。
伝統工法に強いこだわりを持った方たちの例では、
こういう細かい作業をこどもたちに体験させるというような
そういった取り組みを行っている場合もあります。
家中、こういう壁仕上げをするとしたら、さてどれくらいの工程になるか、
プラスターボード仕上げの10倍程度では済まないでしょう。
しかし、そのような手順というものが
愛着であったり、家を大切に思うこころを育てる部分もあるかも知れません。
それと、技術って、
一度失われると、再度獲得するのに大変時間がかかる。
実際にそういう仕事が存続して、生きた学習機会が保証されれば、
技術は延命し、また進歩も促される。
現代では、住宅内部に蓄熱装置を考えた方がいいという意見も強い。
そうならば、芯材にコンクリート壁を作った上から、
こういった土の壁を表面に造作するというのはどうでしょうか。
そしてそれを家のオーナーに作業してもらう、という仕掛け。
コンクリートだけであればその無表情さが問題だけれど、
このようなざらついた質感の土の壁であれば、
デザイン的にも心理的にも暖かい仕上げになっていくのではないでしょうか。
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室町期の民家内部

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きのうの続きです。
左側写真は室内の全景で、右側は壁の様子。
切妻の三角屋根で、正面には玄関前に前室があります。
ここは、徳川初期の伊達藩と南部藩との境界地域である相去という地域。
歴史年代を通して、そのような境界的な場所だったようで、
活発な人間活動痕跡が集積しています。
土器を生産していた様子も痕跡があって、
登り窯跡があって、復元されています。
王朝国家側がその技術を独占していた「須恵器」が生産されていたと推定されています。
人間というのは、結局、同じような場所で、
同じようなことを繰り返す存在なのかも知れません。
というか、その土地が持っている「地政的な位置」というものが決定的なのかも知れません。
で、建物であります。
そういう工業生産を基本とした集落での住宅だったものか。
竪穴で、地面を掘り込んでいます。
囲炉裏は地面に切られていて、ほぼ家屋中央にあります。
暖房であり、煮炊きの装置でもあり、
家というものには、火の場所というのは基本中の基本。
それを囲むように、むしろとおぼしき敷物を敷いた場所があり、
気をつけてみると、やや床高になっていますね。
床組みして、地面から少し上げているのでしょう。
面白いなと思ったのは、壁の仕上げです。
細い木の枝で下地を組み上げて土を塗り込んでいます。
江戸期の建物を見ても、結構、土壁は多い。
萱などで作る方が遙かに簡便だと思うけれど、
そういう簡便さよりも、断熱とか、暖かさを追求して
手の込んだ壁を造作したのでしょう。
それくらいの生活文化の庶民レベルでの向上があったものか。
格子状に下地を組んで、そこに土を塗り込むというのは、
手間暇もかかります。
腰までの壁には地面を掘り込んだ関係から土留めの必要があり、
丸太を一定の高さに揃えて連続的にびっしり立てています。
やはり掘っ立てなので、構造の柱下部には湿気上昇の痕跡がありますね。
このような木材構造の腐れ要因が、次の時代の
礎石基礎上の建物への進化を促した要因だと思います。
縄文までの狩猟採集生活では高台に住んでいたので、
このような湿気対策は考慮しなくても良かったのではないでしょうか。
いろいろな建築的時代考証を考えて復元する作業、
大変興味深いと思いました。
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室町のころの民家?

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以前にも一度、行ったことがある北上市展勝地近くの
「みちのく民俗村」を見て参りました。
再訪すると、やはり発見できることがある。
というのは写真の建物なんですが、
室町のころのこの地域に多く見られる民家復元建物なのです。
いわゆる「竪穴住居」という形式は、
古今東西を問わず、人間生活には切っても切り離せないくらいの
「居住経験」をわたしたちは歴史時間的に持っている。
一方で、いわゆる江戸期を中心にした農家住宅が
多く残されていて、これまた民族的ノスタルジーをかき立てる。
ところが、その中間を繋ぐような形式の住居の痕跡発見が乏しいのです。
いわゆる古民家といわれる農家住宅は
礎石の上に柱が立てられ、地盤面よりも構造が上に構成されていますが、
いわゆる竪穴住居では、地面を掘って床面を地面から下げている。
この違いはかなり大きいハズなんだけれど、
あきらかに多くの民家は竪穴形式であったことは間違いがないのに、
いきなり礎石基礎と、技術的に繋ぐ形式遺跡に乏しい。
そんななかで、この写真の民家は、
竪穴基礎という床面造作にいわゆる木造的な構造が加えられている。
言ってみれば、基礎だけがない木造軸組建築。
柱は掘っ立てで立てられていますが、梁などもきちんと渡されている。
屋根も木の皮で葺かれていて、茅葺きよりも近世的。
こういう形式の民家は全国的にも発掘例が少なく、
この地域での発掘がきわめて珍しいと言うことです。
まぁ、想像してみるに、竪穴住居の時代は狩猟採集型の生活だったのに対して
田畑の農業生産に大きく依存する生活スタイルに変化して、
居住地域が変化したことが大きいのかも知れません。
ほぼ台地上に建てられたのが多かった竪穴に対して、
農耕型社会の民家は田畑、それも田んぼを基本に考えれば
より湿潤な低地に建てられるようになっていき、
礎石基礎で地面から上げて建てる必要が生じたのかも知れません。
水利を扱うのが日本農業の基本であり、
その意味で、度重なる洪水との戦いが日常的なものだったのではないか。
そうやって推定してみると、
この復元住居でも入り口の下部に、横架材が渡されていて、
水の室内侵入を防いでいるかのようです。
しかし、竪穴住居では囲炉裏で火を焚くと
その熱が地面に蓄熱されて、土壌蓄熱が利用できるのに、
より、通風重視の建築になっていったものかも知れませんね。
そのように日本の木造建築は推移していったのではないでしょうか。
このあたり、気候の変動などもあずかっていたかも。
いずれにせよ、きわめて興味深い発見ができました。
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奇妙な政治日程

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だれも奇妙に思わないのだろうか。
選挙で大きな政治変動が起こったのに、
この国の首相にはまだ、自民党が居座っている。
どうしてこうも長い政治空白を設けなければならないのか、
どうも、麻生政権というのは、
ピントがずれている。
解散から選挙までの期間も異常に長かったけれど、
敗北してからの処理も、えらい時間がかかる。
よく「政治空白を云々」という言葉が自民党サイドから
言われていたことがあったけれど、
どうもいまの状況はわかりにくい。
潔さに欠けているのではないか、
もしくは政権のスケジュール管理機能が破綻している。
政治日程では、16日に鳩山さんの首班指名があって、ようやく
民主党政権成立なのだそうだ。
自民党の復活のためにも、最後の締めくくりには
きちんとした潔よい対応が必要だと思われるのだけれど、
どうも、麻生政権というのは、
成立から破綻まで、グズグズ政権だったという評価になりそうだと思う。
麻生政権メルマガって、
先日配信されていたけれど、
総選挙の結果について、「申し訳ない」という言葉が綴られていた。
どう見ても、国民向けに配信したという文章形式ではない。
どうも、自民党支持者、それも自分への応援者にだけ配信している感覚。
これが「公費」を使って配信されているのに、
ちょっと疑問を感じる。
選挙の結果は「民意」なのであり、
国民の多くは「あなたではダメだから」交代させたのだと思う。
その意味では、ダメといわれた本人にそういう発言をされる筋合いはない。
どうも、この政治家は、言葉で多くのつまずきを負った
という意味で、最後まで、言語を駆使すべき政治家として
その本質的意味合いで、ふさわしくない、なかった、と結論するべきだろう。
奇妙な、ほとんど意味のない政治空白を
おかしいと感じている次第です。
少しでもこういう時間に意味があるとすれば、
今後ありうる、「政権交代のルール作り」に費やすべきだけれど、
そういう政治センスをまったくこの人物からは感じない。
「この国」にとって、まことに残念だと思う。
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