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朝日新聞全国版に広告します

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本日は久しぶりにブロードバンドでない環境から
PHS端末でのネットワーク接続を行っております。
こういう環境だと、迷惑メールの山がいっそう苛立たせてくれますね。
インターネットという公共の場所にあのような輩がわが物顔をしてのさばっていることに
怒りの思いが募って参ります。
トラフィックの結構な部分を専有されていることは
やはり「犯罪」要件を構成すると思うのです。
こういうことに政治の側ももっと機敏に対処すべきではないのか?
無駄な税金の使い道があるなかで、
こういう現代の基本的なインフラに対して、無策というのは許せない。
っていうようなことなんですが、
まぁ、ようするに必要なメール以外のダウンロードに手間取って時間が掛かるんですね。
何とかならないでしょうか?
さて、写真ですが、わたしどもで発行する別冊特集として
「エコ住宅Q1.0〜キューワン」を28日から発売するのですが、
なんと、当日の朝日新聞1面記事下の「雑誌広告」枠、
スペースとしては3段1/6というものなんですが、
そのスペースを確保することができまして、
全国向けにはじめての広告を発信することにいたしました。
北海道が長い年月をかけて蓄積してきた住宅建築技術を
集大成するような、実践的な「高性能住宅」のガイドにしたい、という本です。
取材地域も中部圏・関東圏を含めた全国的なものになったこともあり、
今回は首都圏地域に販売体制を拡大して行く考え。
出版に関連するものとして、
朝日新聞の1面の広告枠には独特の思い入れがあります。
若い頃は東京で広告の仕事をしていたので、
このスペースの取得の難しさは良く理解しています。
名だたる大出版社や、有名雑誌の広告枠として
出版の世界や、書店など流通の世界にとって一番の目抜き通りなのですね。
そういう意味では、ささやかですが、
ひとつの目標でもあったワケです、ちょっと恥ずかしいですが(笑)。
でも、率直にうれしいですね。
こういう地方出版社の申し入れに、快く対応していただけた
新聞社さん、広告代理店さんに感謝したいと思います。
ぜひみなさん、見ていただいて、
願わくば有名書店で手に取っていただきたいと念願しています。
どうぞよろしくお願いいたします。

坪258,000円の実像

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特定企業のことを書くのはためらわれるのですが、
やはりあれだけ派手な宣伝をしていると、一種の社会的な影響もあるので、
触れてみたいと思います。タマホームのことです。
北海道にまだ上陸していない、ということもあって、
わたしたちにはまだ、実像が明確でない部分があり、
色々なうわさ話程度の知識しかなかったのは事実。
まぁ、一度、素知らぬ顔でモデルハウスを見に行ったことはありますけれど・・・。
これまでは宣伝だけは派手でしたが、
実際にはそのビジネスの実態はあまり表側に出ては来ていませんでした。
そんななかで今月の「日経ホームビルダー」で、リポートが掲載されていました。
記事構成は昨年11月に調査会社を使って
タマホームで実際に家を建てたユーザーにアンケートを実施して
その結果を基に、玉木社長にインタビューしているというもの。
このあたり、派手な宣伝とは裏腹に、実像が見えない企業の取材と言うことで、
「報道する」側の細心さがみえてきます。
社長さんのインタビュー自体は建前論に終始しているので
それほどの内容はありませんでしたが、
やはり目に付いたのが、実際のユーザーの声。
回答してくれた方たちの実際の坪単価は、
423,000円から、444,000円・454,000円・578,000円・
750,000円・800,000円というもの。
こういう率直な数字をぶつけてみると、
社長の方から初めて、
「ウチの場合、40坪で建築費が1,600万円、これがウチの平均です」
という答が返ってきています。
「元々の価格が安いので、それならばと、オプションに目が行く結果です」
というようなことのようです。
このあたり、やはり多くのローコストビルダーと同様で、
実際の単価とは大きな乖離があるというのが実態のようですね。
まぁ、年商が1,290億円で、建築棟数が7,600だそうですから、
単純に割れば単価は1,697万円になる。
細かく見ていくと、そのオプションというのは、
どうも、一般価格と比較してむしろ高めだったという声もある。
結果としては、言われるほどは安くなかった、というのが実態のよう。
企業のコンプライアンスが声高に叫ばれている中で、
このように大宣伝しているうえに1,290億円の売上を上げている企業として、
これでいいの?、という思いは禁じ得ません。
まぁ、世間的にはメタボリックが叫ばれている中で、
一方で「メガマック」とかの「メガ」ばやり、ということがあるので、
そういう心理に通じた側面があるのかも知れません。
しかし、地域工務店とかの経営基盤を脅かしつつある存在でもあるわけで、
冷静に実像を見る必要があると思いますね。

素地表しの空間

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内装を仕上げるときにいちばん一般的なのは、
断熱材の充填された壁を隠すように張る耐火プラスターボードの上から、
白っぽいビニールクロスで仕上げるというもの。
なぜ、白っぽいのかというと、外部からの光が
室内に均一に満ちて、明るい空間ができるということが大きい。
多少、クロスの柄くらいを工夫する、のがせいぜい。
でもまぁ、そういう空間って見慣れてくると単調でつまらなくなってくる。
そんなことと、木造で作る場合、外張り断熱を採用すると
ごらんの写真のような「合板仕上げ」の空間ができる。
合板はそのまま見せるようなきれいな仕上げ材ではないけれど、
このうえからわざわざコストをかけてボードを張って
クロス仕上げをする必要はない、と考えれば
このまんま、ハイ仕上げです。という作戦も出てくる。
それと、構造材も正直にそのまま露出させているので、
メンテナンス的にも、明快になっているので、不具合が出たときにも対応しやすい。
メリットを上げると色々出てくるのだけれど、
やっぱり、「え、これでお終いなの?」という感じ方も根強い。
いまの社会の中での反応で言えば、2割くらいが容認派で、
8割くらいが「オイ、ちゃんと仕上げろよ」という否定派、でしょうか。
かくいうわたしも事務所ではこういう素地表しの意匠を採用しています。
事務所では、このほかに「簡単に壁面に大量の本棚を安く造作できる」という
メリットが大きくて採用したわけですが、
機能的なシンプルさと、これでいいや、と思い切っている清々しさが感じられるようです。
合板には当然ですが、木の節がそのままでています。
無節の合板って言うのはありません。
なので、仕上げ材に節のあるものを使うのは変だ、という考えもありますね。
こういう考えって、たぶん、普請・建築というものが
お金持ち階級だけの特権的なことであった時代のなごりのような考えだと思います。
戦前までの社会では、一般庶民は賃貸住宅に住むのが、都市では当然。
なので、庶民向けの建て方とは別に、お旦那様向けの本格的建て方、
というものが存在し、そこでは仕上げ材に節のある材料などは許されなかったのでしょう。
また、壁は塗り壁で仕上げるのがふつうであり、
場合によってはしっくいなどの本格的な仕上げも行われていた。
そういう意味では、「平滑さ」というのが基準的な考え方だったかも知れないですね。
そういうことに価値観を見いだしていた。
そういう生活文化の状態から、一気に住宅金融公庫借入による
一般庶民の「持ち家」という生活文化に移行した。
そのために、高嶺の花的にそうした考え方が広がっていった、と言えるのではないでしょうか。
ただし、大量生産社会なので簡便で、表面的に同等の効果のある、ように見える
ビニールクロス仕上げというのが、標準の位置を獲得した。
たぶん、後世の人たちから見ると、20世紀後半から
日本の住宅が大きく変化したというように語ることになると思われます。
こういう状況の中で、建材も変化してきている。
合板などというものも、建材の大量生産化の過程で生み出されてきたもの。
そういう意味で、この写真のようなスタイルも
ごく最近の社会経済的な変化を敏感に反映させた空間性だと言えるのですね。
まぁ、こういう変化の中で生み出された中から、
今日的なインテリアスタイル、というものが定まっていくものなのだと感じます。
さてどのように変わっていくのでしょうか?
興味は尽きない部分ですね。

石油大高騰

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きのうの除雪作業で、やはり疲れがどっと来たようで、
本日はなかなか、本調子ではありません(笑)。
情けないですが、やはり大雪には勝てませんね。
で、きのう駐車場の除雪中に灯油販売のトラックと遭遇。
契約しているので灯油タンクで配送中なのですね。
まぁ、買う側も今シーズンは一生懸命石油の節約を進めていて、
販売している彼には申し訳ない部分もあるのですが、
「いやぁ、あんまり使わない方が良いですよ。メチャクチャですからね」
というふうに語ってくれていました。
誰が悪いという問題ではないのですが、
かれのような立場の人間は、なんとも心苦しい部分があるのだろうな、
と察せられます。
さて、この石油大高騰。大状況から言って、
諸悪の大根源はアメリカ・ブッシュ政権だろうと思います。
世界中がへきえきしているイラク戦争を始めた大失敗と
終わらせる戦略のなさ、という両方の意味で。
イラク戦争の開始以来、石油はずっと一本調子で高騰を続けてきている。
アメリカがイラクから撤退しなければ、石油問題の進展もなさそうです。
ここまで世界を混乱させて、ブッシュにはなんのメリットがあるのか、
どうにも理解できない、まぁ、かれなりにはあるのでしょうね。
どうも、資質として、世界の指導者たる人物としては、大きな疑問。
アメリカ一強体制の結果がもっともひどい惨禍をまきちらした、
と、そろそろ結論づけるべきではないかと思います。
いまでは、石油は株に代わって、投機商品になってきてしまっている。
エネルギー源が血みどろの世界戦略になるのは趨勢ではあるけれど、
経済の根幹を成す石油が、投機の対象になってしまえば、
ちょっと後退できない破局への道筋のような気もしてきます。
ブッシュが交代せざるを得ないこの秋の大統領選挙がどうなるのか、
結局、そこまで、石油問題は大きくこそなれ、小さくはならない。
そういうなかにわたしたちの今日の生活状況はあります。
そして、これが日本の政治も揺さぶりそうですね。
民主党は石油価格の中の税金部分にメスを入れてきた。
考えてみれば、石油消費立国としてやってきた日本の骨格に関わる議論。
日本は相対的な低石油価格の恩恵にもっとも依存した国家運営をやってきた。
たしかに官房長官が説明するように、
石油の税金を下げるというのは、たいへんなことだろうと思う。
しかし、これが契機となって国家自体の基本まで論議していくのに、
この石油問題が格好であることは明白。
石油高騰という、国難レベルの事態を災い転じて福と成す、
良い機会であるのかも知れません。
ぜひ、根源的に論議していっていただきたいものだと思います。
次世代のエネルギー戦略に発展もするだろうし、
国家としての基本的なスタンスの論議にもなっていく。
もちろん、直接は税金の構造、そしてそれの使い道ということにも繋がる。
政治がもっとも期待される領域の事柄なのだ、と思います。
<写真は寒波で、随所に結氷が見られる付近の発寒川。>

忘れず来ます、大雪です。

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さて、石狩湾低気圧、どうやら札幌西部を直撃している配置。
昨晩から、連続的に降雪が続いていまして、
けさ、起きたらごらんのような雪雲状況(右写真)。
で、わが家前の状況は左側のような状況。
未明には、除雪車が出動してわが家前の道路を除雪していったのですが、
この雰囲気では積雪20センチ超、という感じでしょうか?
まだ、外に出ていません(笑)。こういうことには年に3〜4回は遭遇します。
雪国の宿命ですが、地球の気候変動・温暖化がいわれているなかでは
やはり安心感ももたらしてはくれる。
でも、灯油の異常な高騰のなかでは厳しい、
なんともないまぜなところではありますが、
北国の人間としては、雪かきに立ち向かう戦闘的な心理が沸き起こりますね。
幸いにして、本日は土曜日なので仕事は休み。
心おきなく時間が掛かっても雪かきできると言うところ。
でもまぁ、スタッフは取材もあるので、そっちはどうなるか、の心配もあります。
雪かきって、堆積できる場所があれば、そこそこ楽しい作業なんですよね。
とくに北海道の雪は寒さのせいで雪質が軽く、
手元感覚の「すべり」もいいので、早めに作業すればけっこうスイスイ。
ただし、日中気温が上がるような状況の場合、
雪が若干融けて、そうなると雪質が重くなるので、やっかいになる。
気持ちを切り替えて、積極的に状況に立ち向かった方が
前向きに処理できる、というような雪質なんです。
そんなことが、北海道人の特質に繋がる部分があるのかも知れませんね。
さぁ、こういうことなので、本日はわが家前と、
会社経費の節約のために会社駐車場の2カ所、運動がてら、
盛大に雪かきに取り組みたいと思います。
がんばるぞ!っと、って、やれやれ・・・。

冬の風物詩・つらら

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最近はすっかり目にしなくなったものですが、
わたしが子どもの頃には、どの家も、といっていいくらい下がっていたのが氷柱(つらら)。
断熱ということに無自覚に建築を建てていた時代なんですね。
家並みの軒先まで雪が堆積し、
その軒先からは、氷柱が「しばれ」とともに成長し続けている。
というのが、ごく当たり前の冬の札幌の街並み。
札幌は道路幅がゆったりとした街割りなのですが、
冬になると道路幅が、東北以南地域とそう大差がないほどに狭くなった。
きのう書いた「視覚記憶」ということでいえば、
この氷柱だけは、なかなかお目に掛かることがなくなっています(笑)。
これはやっぱり、良くなっていると言うことなのでしょう。
そんななか、時々通る道沿いにあるのがこの工場。
冬場になると、みごとな氷の芸術(笑)を見せてくれています。
氷柱は、建物内部から上昇気流に乗って暖気が屋根面を暖め、
屋根上の雪を融かし、それが屋根板金の隙間を通って軒先に滞留して
やがて、軒先から落ちるときに氷点下の空気で冷やされてできる。
ちょうどすがもりと同時に起きる現象。
断熱ができていなくて、雪と寒さが厳しい、という条件があれば、
ほぼ間違いなく発生する。
この時代の暖房は、豊富にあった石炭が主流。
より火力が強い「コークス」というのも流通していた。
そういう暖房方式も同時に氷柱生成に大いに寄与していた。
こういった氷柱が、たまにくる暖気のときに、
屋根雪崩と共に通行人を襲う、という悲惨な事件を引き起こしてもいた。
そんなことから、雪止めを設置したり、屋根の落雪方向を良く検討してください、
というようなキャンペーンがあったと思う。
現に、わたしたちの通学路でも、氷柱の近くを通らないように
というような先生たちからの生活指導があった記憶があります。
そんなことから、「無落雪屋根」という画期的な工法が開発された。
なぜか、毎年のように増改築工事をしていたわが家では
そういう情報をもたらしてくれる建築業者さんが来ていた記憶があります。
まぁ、しかし、家の中の寒さは、暖房が消えている朝方など、
想像を絶するレベルだったものです。
家風呂がある家庭では、たいてい、朝になると風呂の湯が結氷して
大きく盛り上がっている、というのが一般的だったもの。
ここのところ、1週間くらいでしょうか、
北海道全域、本格的な寒波の襲来で、
札幌でも最低気温がマイナス12度まで下がっています。
各地から、マイナス20度超という話題が飛び交ってきています(笑)。
おりからの灯油の大高騰。
住宅相談の投稿にも、灯油の節約はどうしたらいいか、
というような切実なものも増えてきています。
いろいろ、考えていかなければならない問題は続きますね。

札幌の冬の雪雲

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慣れ親しんだ季節感のある雲のかたち、って、ありますか?
わたし、小さいときから雲を見続けているので
<って、誰でも当たり前か(笑)>
そんな思いをするような雲のかたちに視覚記憶があります。
近年は、生活の場が2階になっても、やはり近隣に大型の建物が多くて、
なかなか、そのような感覚が薄れては来ていますね。
札幌の場合、石狩湾低気圧、というのがいろいろな天候に預かっているもの。
それが、ちょうど石狩川をさかのぼるように
雲を形成するというのが多いケースではないかと思います。
こどものころから、不思議と札幌の北側に向かっての眺望を
見続けてきた視覚記憶が大きいので、
こういった認識を持つに至ったのかも知れません。
嵐のときには石狩川の川の流れに沿って、
おどろおどろしい黒雲が、まるで龍のように暴れている、と認識できました。
こういう記憶認識って、やっぱり貴重なものだと思います。
そして、季節ごとにいろいろな空気感をもたらしてくれる。
写真はちょうど、札幌から石狩湾の方向に向かっての眺望。
こういう群雲が、ちょうど夕陽の時間に向かって太陽光を反射して、
ときには魅惑的なピンク色になったりする。
「あ、こういうの見たことある!」と、素朴に感動したりする。
そういう色彩が、小さいときからの視覚記憶を刺激するワケですね。
「豊かな生活感」というものの実質の中に、というか、
自然とひとのつながりの実質として、こういう視覚記憶の連続性がもたらす
安心感とも、いごこちの良さ、ともつかない部分があると思います。
年を取ってきても、幼い頃の記憶を鮮明に保ち続けられる環境の中にいる。
記憶感覚の連続性のなかで日々暮らせる、ある種のよろこび。
わたしの場合、わが家を新築したときに
「学校の近くで、玄関が北向き」という方位角度という、
生まれ育った家や、その後過ごした家の両方と、ほぼ同じ条件の住宅だったのです。
別段、そこまでの認識はなかったのですが、
暮らし始めてから、日々視界に飛び込んでくる眺望が、
幼い頃の視覚記憶と同じようなものを得られる環境になっていた次第なのです。
こういうポイントって、なかなか考え付かない部分だと思うのですが、
ひとが生き続けるという上では、気付いていると得するポイント。
なのではないかと(笑)、最近思い続けているのです。
まぁ、根拠はそれほどはありません(笑)。
でも、やっぱり毎日、窓の外を見続けることが楽しみである家、
っていうのは、住まう大きなよろこびの部分なんですよ。

耐震偽装からの脱出

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事務所の斜め向かいに高層マンションの工事現場があります。
例の耐震偽装問題が相次いだ時期に着工され、
その後、長い間放置されていました。
基礎の工事が大規模に行われ、3階分くらいの地下掘削も行われる大規模MSでした。
確か、20階を超えるマンションのようでした。
その工事現場が、最近ふたたび動きだし、
きのう、見ていたら、既存の造作部分、たぶん、4階分ほどの
立ち上がりが重機で解体されていました。
とはいっても大型の工事なので、
解体自体もけっこうな時間が掛かりそうで、
へたすると1週間では済まないかも知れません。
聞いた話では、やはり偽装を告白した建築士が構造設計に関与していたそうで、
デベロッパーとしては、解体しての建て替えを選択したようです。
この間で、近隣500mほどの距離地点に別の会社の高層マンションも建てられることが決まって
モデルルームも公開されている中での工事再開。
他人事ながら、かなり厳しい工事再開と察せられます。
しかし、相当の敷地、たぶん2000坪を超えるくらいの近隣敷地が
工事途中で放置されている、というのも考え物。
まぁ、応援するわけではありませんが、
なんとか工事再開になったのは、喜ぶべきことではあるかも知れません。
この耐震偽装問題を契機として、
建築基準法とその運用が大きく様変わりし、
昨年は拙速との批判がある新法の施行にともなう大混乱で
「建築基準法不況」というかたちで建築業界へのしわ寄せが露呈しました。
建築着工数が1〜2割程度落ち込み、
中小零細の事業者は厳しい状況にも追い込まれているのが実態。
住宅業界でも、都市部での3階建ての確認申請が大きく滞り、
大手ハウスメーカーなどでも、売上を大きく下方修正せざるを得ない状況。
最近の経済指標にも、この問題による景気への影響も顕著に出ていました。
サブプライム問題での景気後退もありますが、
実態としての経済への影響もあって、株価の低迷などに繋がっている部分。
国土交通省も、当初の危機感のなさからは脱却し、
相当手厚い施策をやらざるを得なくなっている局面になっています。
解体され、瓦礫と化す構造物を見ていて、
なんともいろいろな思いが見えてくる解体現場の様子でした。

通り土間の魅力

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みなさん、とくに寒冷地のみなさん、玄関土間は広く計画しましょうね。
わが家では、当初は広く取れていて、
「家としての使い心地」がとってもよかったものでしたが、
やむなく床面積を増築したときに、玄関がぐっと狭くなってしまいました。
かえすがえすも、残念でなりません。
いまは家族が暮らしているだけなので、なんとかできてはいますが、
それでも玄関の狭さからくる「家全体の窮屈感」は言葉にできない部分。
なんといったらいいのか、
入り口の狭いトンネルだと入ってくるのに気を使う。
とか、高速道路で、出入りに気を使うパーキングなんて、
もしあったら、誰も停まらないのじゃないかという感じ。
どうもそんな印象に近い。
出入りがゆったりしているのと、そうでないのとでは、
長い人生の時間の中で、大きな心理的違いが表れるのではないか、と思います。
で、毎日「帰ってくる」建物である家には、
そういう意味での安心感が欠かせないと思うのです。
写真は弘前の古い街並みの中の住宅。
間口が狭く、奥行きが長い敷地を表すように
長いエントランス空間が実現しています。
ちょうど、長い敷地の中間くらいに玄関を持ってきているのですね。
ですから、長い半外部的な通路空間を通って玄関にたどりつく。
そんな空間を壁・天井とも板張りで仕上げていました。
こういう木の質感って、肌触りがあって、
ひとのこころに潤いを感じさせてくれる。
床はコンクリートの土間なので、気を使わず、
大きくて、どっしりとした「家に帰ってきた安心感」を増幅してくれる。
で、写真左の引き戸を通って、2階の生活空間に至る。
そういうシチュエーションを仕掛けてあるのですね。
こういう「公私の別」を心理的にハッキリ認識させる空間の用、って見えにくい。
少なくとも平面図的には、意味のない広い空間になってしまう。
公団住宅的な○LDK思想から、まっさきに排除された空間だと思うのです。
しかし、毎日の暮らしの中で、こういう「心配り」の部分こそ、
家というものの本質を表してもいると思います。
ぜひ、可能な限り、広い玄関土間計画を。

面白新聞発見

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写真は先日、見学した勿来の関文学館で発見した展示。
こういう歴史展示館って、歴史的な考証はあんまりいい加減にはできないので、
そのときどきの歴史認識があらわれるもの。
そうした歴史認識をベースにして、入場者に対して
一種のユーモアを持って、展示物を考えていく作業というのも、
なかなかに面白そうな仕事だろうな、と思って見ることにしています。
ということなんですが、
やってくれておりますね。
ニュース的な手法で過去事実を紹介するというのは
まぁ、そこそこありますので、その点は置くとしても、
でも、当時の時代感覚は概ね伝わってきました。
京都の朝廷政権が最末期を迎えていて
そうでなくても地方からの徴税がうまくいかなくなってきていたときに、
飢饉がやってきて、完全に行き詰まっていた、という当時の
経済的な側面が大きかっただろうと思われるのです。
そうした事情を把握しなければ、生きた歴史は感覚できない。
この時代、平氏が主に貿易による利益で力を付けてきた背景には
律令体勢が完全に崩壊の縁にあって、
国家予算の執行もままならない、というような事情があったと思われるのです。
そういう背景の中から、地方の実質的な権力、
在地の開拓農場主である武家が大きく力を付け、
律令体勢を揺さぶっていたのでしょう。
関東の武士団は、独立的権力を得るために「大頭」として
律令国家とも政治的に渡り合える「政治家」として
頼朝を政治的な盟主としていただいた、というのが実質。
奥州の独立藤原政権、西国での立貿易権力としての平氏、
老醜の身ながら、かろうじて全国政権ではあった、京都の王朝国家、
さらに北国・越の国を根拠とした木曾義仲、
もっとも根底的に京都の王朝政権と対峙する存在であった
鎌倉の関東武家政権。
このような分断された政治的な状況が見えてきますね。
このようななかで「治天の君」であった後白河と、
政治的にもっとも互角に渡り合い、勝利者になったのが頼朝と関東武家政権。
確かにこういう状況を伝えるには、
ちょうど、現代の政治状況を伝えるような新聞形式が似つかわしい。
思わず、ニヤッとさせられた展示でした。