
歴史家・網野善彦さんの「日本の歴史をよみなおす」を読んでいて、
きのう書いたこととのつながりで、強く感銘を受ける部分があった。
日本の歴史教科書では、中国から、とくに律令国家として古代に成立した世界国家
唐から輸入した「律令制度」について考察されている部分がありました。
そこでは、「律令」の基本骨格思想は、儒教であり、
さらにその根本は「天命思想」と「易姓革命」思想である、とされているのです。
そして、その当時ようやく成立した新興国家である「日本」は、
この律令を導入して、唐に真似た古代中華思想国家を立国するに際して、
注意深く、その「易姓革命思想」を排除してきたというのです。
ちょっと衝撃的な記述だと思いました。
網野さんの思想的な立場の評価は別にして、しかしこの指摘はすごい。
ものすごく根源的な部分でのこの国家の有り様を規定してきた
非常に大きな問題なのではないかと気付かされた視点でした。
中国の「天命思想」と「易姓革命」思想とは、
そもそも支配者は、どうして支配者であるかについて
簡潔に、その支配者が天命を体現しているからであり、
しかし支配者が天命を失えば、新たに天命を受けたものが、
「易姓」して、社会を支配するのだという論理をあきらかにしている。
〜注/「易姓」とは、新たな徳を備えた一族が新王朝を立てる(姓が易わる)
というのが基本的な考え方〜
それに対して、日本では、そもそも天皇家は「姓」を持たないとして、
「易姓革命」思想への巧妙な予防線を張っている。
その上でこの部分を矮小化させ、
皇統内での流れの交代程度にとどめる考えが貫かれている。
というような内容の記述なのです。
不勉強で、なぜ皇室には姓がないのか、について
考えたことはありませんでした。
それに対して、簡潔明瞭な解明をあきらかにされているワケです。
「易姓革命」思想に対して、
そもそも姓がなければ、「易姓」しようがない、という論理構築。
強大な小・中華思想志向国家にして、「易姓革命」を排除した国家。
まことに巧妙な国家樹立思想と言わざるを得ませんね。
やはり、天武帝が開いた国家体制「日本」は、
その基盤的な部分で、中国文明を受けての対応が独特だったと言える。
日中韓3カ国での「歴史認識」での論議でも
たぶん、こういった日本王権の特異な仕掛けが論議されるべきなのかも知れません。
中国大陸では、儒教と律令体制がしっかりあるのに
権力移動の実体は有為変転きわまりなく、
そうした状況を日本国家中枢部の権力者たちは冷ややかに見つつ、
「かの国では高々皇統は100代程度、それに比してわが皇統は万世一系」
というように、後の「神国日本」思想に繋がるような発想法が
支配的になっていったとされている。
まことに目の覚めるような視点で、
じっくりと頭を整理しながら、考えを進めていきたいと思わされた次第です。
Posted on 7月 13th, 2013 by 三木 奎吾
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韓国の大統領が、日本の安倍首相とは首脳会談には応じたくないそうですね。
就任からかなり経っていて、アメリカではオバマさんとの首脳会談を成功させ
その後、中国とも友好関係をアピールする首脳会談を行った。
であるのに、日本の安倍さんとは会談する気分になれない、ということ。
最近のアメリカのオバマさんの対応を見ていると、
アメリカも、日本の現状の政治家たちの「国粋主義」ぶりに手を余しているように思われます。
例の大阪市長さんが、とても有力政治家とは思えない暴走発言をしていましたが、
どうも日本の、いま支持されているとされる政治家の
国際感覚の無さ、幼稚さは、一体なんなのでしょうか?
大阪の市長さんに至っては、唖然とさせられる小児病ぶりだと思います。
しゃべればしゃべるほど、底の浅さを露呈させている。
唯我独尊そのもので、ちょっと都合が悪くなると
ひたすら悪役を仕立てて、権力と立場を利用したいじめとしか思えない反応を見せる。
原発への姿勢とその豹変ぶりなど、
とても責任ある政治担当者とはいえない危うさが丸出し。
アメリカににらまれたと知って、あわてて訪米スケジュールを発表したけれど
アメリカから徹底的に無視されて、訪米も出来なくなった。
いまや、ほとんど裸踊りに近い状況に追いやられている。
アメリカは今後とも、かれをブラックリストから外しそうもない。
かれを押し上げてきた日本のテレビ的なポピュリズムにはやはり危険がある。
このような国際感覚のない政治家が跳梁跋扈する現在の政治の状況に対して、
コントロールしてきたアメリカ自身が、手を余してきている。
場合によっては、日本に対して反省を促してきているようなサインも送ってきている。
そうでなくても、韓国からのてひどい対応を招いてしまっている状況は、
アメリカからしても、困ってしまう事態ではあると思います。
「同盟関係」に大きくヒビを入れてしまっているのだと思います。
こういったエセ「国粋」的な傾向と、古来の神社信仰とはまったく相容れないと思います。
出雲大社から北海道神宮に至るまでの神社の成り立ち、
楽しく神社を参拝させてもらっていますが、
触れる度に、神社信仰の奥行きの深さに思いが至ります。
たぶん、日本列島に王権が発生した経緯を、この神社信仰は表しているに相違ないと思います。
そして本質的に日本は連合国家的な、
「八百万の神」の連合体がその母型であって、
その後、天武帝の壬申の乱以降、日本という国号が定まり
その後の東アジア諸国家との関係の中から、「万世一系」という
はじめて「国粋」的な色彩が現れてきたのではないかといわれています。
<保立道久「東アジアと平安日本」から>
国家関係に於いて、その優位性を誇示するというのは、ある意味、自然だとも言えるけれど、
「おまえらは高々100代だろう、おらっちは万世一系の王権だぜ」
というようにニッポンは、東アジアと対峙し続けてきた。
そういった「唯我独尊」性は、
むしろ中国的な「中華思想」そのものだったのではないかと思います。
どうも、そういった危うさは、ニッポンは繰り返し
持ち続けているのではないでしょうか?
最近の日本外交の孤立ぶりに、やや危惧の念をもつものです。
Posted on 7月 12th, 2013 by 三木 奎吾
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わたし、昨年還暦を迎えて、
やはりご多分に漏れず、常日頃、健康に敏感になっております。
高校同期の友人たちと話すときも、
健康問題は、いまや枕詞。まるで病気自慢大会であります。
夏には同期会を毎年開催してきているのですが、
その同日開催の「ゴルフ会」の幹事役をしていまして、
友人たちと連絡を取り合っているワケなのですが、
実にみんなさまざまな病気を抱えながら、生きている様が伝わってくる。
アキレス腱の不調から、その治療のための薬が合わなかったとか、
昔の古傷が悪化して、不眠症・耳鳴りに半生以上悩まされてきたとか、
最近だと、敗に水が溜まったとか、
実に多種多様な健康問題を抱えながら、元気に(笑)、暮らしております。
そういうなかでは健康な部類に入るわたしですが、
やはりいろいろ出て詣りました。
健康診断の度に、コレステロール云々の指摘があったり、
肥満気味から来る問題点などから、ダイエットは必須のようで
最近はカミさんからの指南を受けて、炭水化物の抑制に取り組んでいました。
まぁその程度のことなので、それほどのことではないのですが、
ここ2週間ほど前から、左手指先にしびれとまではいかない「違和感」があり、
少し拡大してきたので、今週、脳神経外科でMRIを使った診察を受けました。
一番最悪のケースを想定して、そこから看てもらったのです。
結果は、脳には異常はまったく見られない、ごく健康ということ。
で、気になるようなら整形外科受診をと、ススメられまして、
こちらで受診したところ、案の定、「頸部椎間板ヘルニア」という
立派な病名を頂戴いたしました。
ということで、毎日病院に通って、
首から上を機械で持ち上げるような、
外から見ていると若干情けないような治療を受けています。
医者からは「3週間程度で効果は出ると思います」というご託宣。
きっと軽微な段階なのだろうと思うのですが、
病院のシステムもなかなか合理的で、運営を見ていて気持ちもいいので、
結構な患者数のようなのに、時間的にもほとんど待ち時間もない。
病院というところは、とにかく待たされるのが困るのですが、
そういった部分の進化を見せている病院もあるのですね。
まぁ、そういう経営分析というか、参考にもなるシステム構築ぶりの
見学という訪問動機もあって、元気に(笑)通っております。
いまのところ、まだ3日ですが顕著な効能は実感しませんが、
3週間ということなので、出張以外の時間にせっせと治療に努めたいと思います。
友人たちとはまるでレベルの違う病気ですが、
あんまり張り合うことなく(笑)、
なるべく目立たぬように、粛々と治療に励みたいものです。
Posted on 7月 11th, 2013 by 三木 奎吾
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先日のアメリカ人コレクター展覧会で見た浮世絵です。
遊郭でもスター的存在の女性を描いた、
江戸期の一種の「ブロマイド」的に流通していたものでしょう。
和服というのは、わたし、あんまり歴史を知らないのですが、
こんなようにはだけて、露出度の高い挑発的な着方を編み出したのは
たぶん、人間の本能的な部分からのものでしょう。
胸元や首筋、うなじを大きく露出させて、男性の興味を惹き付ける工夫ですが、
こういった嗜好性が、江戸のファッションのある部分も表したのだと思います。
江戸という消費都市が人口100万を超えるような規模で発展し、
そのなかで一種の大衆社会化状況が発生して
「宵越しの銭は持たない」というような消費礼賛の気風が生まれた。
もともと地生的な都市ではなく、計画都市として建設された江戸では
各地からの流入がその人口構成の基本にあって、
それまでのムラ社会を基本とした社会システム常識とは違う文化が勃興した。
定住性の薄い大都市なので、風俗産業も盛況を究めた。
こういった新興大都市社会の治安を維持していくという経験は、
それまでの日本の権力システムの中に知的経験値はなかったでしょうね。
とくに消費礼賛の気風については、
それをどう扱っていけばいいのか、結論がなかったに違いない。
歌舞伎が女性の出雲の阿国さんによって創始されたのに
江戸期には権力側から、女性を舞台に上げてはいけないというように
おふれが出されて、やむなく男性が女性を演ずるような倒錯文化も生み出した。
そのような文化の点ではそういう強硬路線も可能だったけれど、
やはり「消費礼賛」的な経済構造は扱いきれなかった。
というか、そもそも江戸幕府権力は国内的武力戦争の勝利者ではあっても、
本質的に、経済運営という難題を解決しうる権力ではなかった。
結果、農本主義的な教条主義路線・財政の破綻の修正策が
倹約令というようなかたちで繰り返されていた。
やはり経済の問題というのは、
それをコントロールするということはきわめて難しいのだと思いますね。
しかし今日では、そのことが一番大きな問題だと思います。
権力の交代が民意によって決まる民主主義になっているのですから、
こういう経済運営からの逃避は許されない。
けれど政治権力の争奪戦において、経済運営くらい論議の難しいものもない。
自民党は経済のことを一番訴求してきているけれど、
対する野党のなかに対案をもって対抗できそうな政党は見いだしにくい。
とくに民主党には、自民党との違いがまったく見えない。
そもそも自分たちの無力さを権力にいる間中、満天下にさらけ出し続けていた。
まだしも自民党の方が、意識的に経済問題と向き合おうという意志は感じる。
民主党の失敗を徹底的にあぶり出す上で、
経済問題での閉塞状況をクローズアップさせたのは,正解でしょうね。
しかし、成熟した現代世界での民主主義国家なのだから、
経済運営の方法論議を、国民にわかりやすく選択させるような政治側からの努力は
絶対に必要なのではないかと思っています。
宗教や教条主義はやめてもらって、現実的な経済問題についての
論議の基盤を構築していく必要がある。
あ、どうも写真と文章が乖離していますね、申し訳ありませんでした(笑)。
Posted on 7月 10th, 2013 by 三木 奎吾
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ここのところ暑い日が続いていますね。
昨日は札幌も31℃ということで、本州地域並みの暑さになっています。
北海道の暑さは、陽射しの強さが肌に突き刺さってくるような暑さだと思います。
本州地区では日射の強さももちろんですが、
湿度が高いので、温度と湿度の両方から汗の乾く暇のない暑さが襲ってくる感じ。
一方、北海道、とくに札幌がそうだと思うのですが、
カラッとした空気に、日射が直接肌を攻撃させる効果があるように感じます。
たぶん、日射遮蔽が本州地区以上に効果的なのではないかと思います。
なんですが、まぁかなり暑い。
ところが、わが家、建ててから22年が経過していますが、
建物本体がブロック造で気密性と蓄熱性が高い上に
外断熱という建物であります。で、日射をほぼ遮っている1階では
ご覧のような温湿度環境で、ずっと安定しております。
温度で23℃、湿度は55%くらいでしょうか。
夏でも冬でも、ほぼ同じくらいの環境を保っています。
熱と日射があふれかえっている屋外から一歩、わが家に入ると
カラダが一気にクールダウンする。
あ、もちろん、エアコンなどは使っておりません。
夜寝るときも、年中同じ羽毛布団を使っています。
というか、これくらいの温度環境だと、
布団をしっかりかぶらないと、やや寒さを感じる。
寝苦しさとか、汗がじっとりとわき出すような感じは
もちろんしばらく経験していません。
こういった環境に慣れると、そうではなかったことを
忘れて行ってしまうのですが、
やはり快適であることは、改めて実感させられる次第。
人間の「ここちよさ」は、科学することが大切。
科学を抜きにして、精神論を振り回すような愚は避けたいものです。
夏は灼熱地獄、冬は体温をひたすら奪っていく
コンクリート打ち放しの「生きていくことが戦いの場」のような住宅を
みてくれが素晴らしいと礼賛するような愚かしさから
ニッポンは、もうそろそろ脱却したいものだと思いますね。
Posted on 7月 9th, 2013 by 三木 奎吾
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写真は、沖縄の民家でふと目に焼き付いた光景。
ちゃぶ台が、なにげなく置かれている空間ですが、
記憶として立ち上ってくるのは、幼い頃の家族関係のぬくもりです。
現代では、よほど物好きな建て主でない限り、
このような「ダイニング」を思い描く人は少ないでしょうね。
ただ、人間は記憶の中から「豊かな空間」という思いを脳裏に描いて、
それを「注文住宅」として表出させるべく設計するけれど、
そこで描かれているのは、どうも後の本来的な意味での
「その人が持っている豊かさのイメージ」とは限らないのかも知れない。
いやむしろ、既成のイメージ写真などの表現力に同調してしまって
本来の「自分自身の豊かさ」という見方が出来なくなっているかも知れない。
わたしは、自分自身の家を頼んだときに
やはりこういった丸テーブルを囲む家族イメージが強くて
座りはしなかったけれど、そういうイメージにして貰いました。
そんな「豊かな家族の記憶」のようなもの、
それを自分自身で再度作り上げるのが、家づくりであり、
そういう場を主体的に作って、人生も創造していくのが
本来的な意味での「注文住宅」というものの醍醐味なのではないか。
注文住宅というのは、そういった主体的な決断の
人生に、そうたくさんはないかもしれない機会なのだと思います。
もちろん、そうしたからと言って、
それがそのひとの「幸せ」に繋がるのかどうかはわからない。
けれど、そのときにじっくりと考えて選び取った結論は、
それを大事にして生きていくしかない。
家づくりの時に、いろいろ決めたことって、
そのあとの人生にかなり大きなウェートを占めてくる。
ぜひそういった決断の機会を
楽しみながら、家づくりを進めていって欲しいものだと思います。
Posted on 7月 8th, 2013 by 三木 奎吾
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東京に行くと、どうしても心惹かれるのが
有楽町や新橋界隈のサラリーマン文化を象徴するような「焼き鳥屋」街。
串焼きの肉料理というのは、世界中、どこでも普遍的に存在はするでしょうが
その「付け合わせ」に、「会社の愚痴」が入っていることで、
日本の「文化」に昇華しているのではないかと思っています。
大体、こんな写真のような雰囲気でして、
店舗脇に積み上げられたビールケースの
主な使用途は、ビール収納ではなく即席椅子なんですね。
客が混み合ってくると、遠慮なく道路にビールケース客席が進出し、
店舗面積が拡張していく。
日本人らしい「融通無碍」さが全面展開している様は、
毎日お祭り騒ぎが行われているようで、エネルギーが充満している。
この界隈には会社事務所が集中し、
すぐ電車に乗って家に帰られる安堵感と、
会社のきつい仕事の疲れをいっとき癒したいという気分が
焼き鳥のうまそうな煙がたちのぼって充満する。
で、会社帰りなので、
日本的生産手段直結の会社=家意識の中で
上司への悪口罵詈雑言が徐々に飛び出すようになると、
独特の「日本的会社社会・愚痴のはけ口」文化が全面展開するのですね。
日本人(男性)はずっと歴史的に、生産手段共同体内部での生き方が
DNAに刷り込まれてきていると思います。
で、そういったなかでの「愚痴のはけ口」というものは、
きわめて有効に働いてきた。
ムラ社会では、共有空間としての神社や寺社境内空間が
そういった役割を果たしたに違いなく、
その「祭り」は、愚痴を昇華させる最大機会だったに違いない。
こうした焼き鳥屋空間を見ていると、
そのような「百姓一揆」的な,アジール的な雰囲気を醸し出している。
どうしてこんな光景に強く惹かれる自分がいるのか、
不思議になるほど、こういう空間が大好きであります。
ことし、富士山が世界遺産に登録されましたが、
であれば、月見草は、こういう猥雑性がたっぷりとこもった場所こそが、
次の日本文化の「世界遺産候補」にふさわしいのではないか。
そんな妄想に駆られ続けております(笑)。
Posted on 7月 7th, 2013 by 三木 奎吾
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今回の東京出張では、池袋に宿泊。
池袋って、周辺緑地というのがあんまり想定できない。
散歩のコースを考えるとき、みなさんはどうなんでしょうか?
ほかの都心地域では、大体どこか緑地なり、
水辺の場所など、想起されるけれど、池袋はあんまり思い浮かばない。
で、ようやくにして思い起こしたのが
「護国寺」であります。
池袋からは、地下鉄有楽町線で2駅ほどある。
ちょっと散歩コースとしては遠いので
行きは地下鉄に乗って、帰りは徒歩で歩くとちょうどいいかなと思って
行ってみることに致しました。
ホテルから駅の地下鉄ホームまでもそこそこ1kmくらいは歩くので
まぁまぁ、いい運動であります。
護国寺というのは、江戸幕府5代将軍・綱吉の生母が発願して建立した寺。
宗派は真言宗でして、わが家の宗旨でもあります。
真言宗というのは現世利益的な部分が強いので
権力側の人間が比較的に選択してきた宗派であります。
天皇家も、宗教上の免許皆伝のような「灌頂」を受けた歴史があります。
宗祖・弘法大師が、権力層に強い影響力を持っていたのは、
密教を日本にもたらしたことが大きく、
その「秘めやかな荘厳性」が、権力者の「自分だけが涅槃に至りたい」という
願望を満たす側面があったのではないかと思っています。
わが家がこの宗旨であることは、たまたま江戸期の宗門改のときの選択であって、
こういった事情とはまったく無関係ではあるようですが(笑)。
同じ宗旨なので、川崎大師にも詣ったし、
そういった親近感もあった次第であります。
写真は、その参道にある水盤であります。
縁起書きを見てみると、
「水盤は唐銅蓮葉形手洗水盤一対二基で、五代将軍徳川綱吉の生母桂昌院から寄進されたものです。元禄十年(1697)頃に鋳造、江戸鋳物師椎名伊豫良寛の製作とされています。手水舎は、江戸時代後期の「江戸名所図会」にも描かれていて、江戸元禄期から明治大正期には境内の湧水を利用する珍しい自噴式の手洗水盤でした。」
ということであります。
湧水利用というのは素晴らしい自然エネルギー利用。
この美しい蓮の形状の水盤からあふれ出る水の下に手を伸ばして
その落水で手洗いしたのでしょう。
なかなか、知恵豊かな装置だと感心させられます。
江戸期の名所になっていた大きな理由なのでしょうね。
というようなことで、厳かな気分になったのですが、
さて帰り道がなかなか大変になってしまいまして、
池袋駅周辺で、道に迷ってしまいました。
iPhoneで道案内させていたのですが、
どうも鉄道を渡る地下歩道が、GoogleMapでは道として選択できないのですね。
おいおいであります。
駅を大回りする道を教えられるばかりなので、
最後には道案内を放棄して、けものの勘を頼りにして帰着しました。
早朝散歩時間、まぁ護国寺で朝の行にも飛び入り参加もしたのですが、
総トータル時間は2時間ほどかかってしまいました。
東京は,本当に良く歩かされる街であります。ふ〜〜〜。
Posted on 7月 6th, 2013 by 三木 奎吾
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東京でのオフ時間に江戸東京博物館に見学に。
ちょうど明治初年に来日して、日本絵画を収集したというアメリカ人の
コレクション展があって、興味深く鑑賞いたしました。
で、会場のいちばん初めのところに掛けられていた掛け軸絵画がこれです。
なんか面白い虎の絵だなぁと近づいてみてびっくり。
これは俵屋宗達なんですね。
わたしは、密かに俵屋宗達さんこそが日本人の感受性のマザーなのではないかとまで
心酔させられているので、
ある日偶然に、ずっと思い続けてきた初恋の人に会ったような気分。
どうして虎さんがこんなにユーモラスな描かれ方をするものか、
突然、雷に打たれたような気分になりました。
絵の雰囲気からすると、
やはり「風神雷神図」の描かれ方と共通するような
なんともあたたかい人間性を感じさせてくれます。
ユーモラスなカラダの描き方と、目には力が感じられる。
風神の表情と非常に似た感じが迫ってきます。
俵屋宗達さんという人は
まだ生没年にもはっきりとした確証がないのだそうです。
京都に暮らした「俵屋」という扇子屋さんだったのでうはないかとされますが、
同時代の京都での文化人のなかでも枢要な人物ではあったようです。
「法橋」という、芸術家に与えられる朝廷からの称号を持っているので
当代一流の文化人であったことは間違いがない。
しかし、後の尾形光琳のような一派を率いるというような
流派の祖、というような人物ではなかったのかも知れません。
そうであるにもかかわらず、
京都の禅宗寺院・建仁寺に残された「風神雷神図屏風」が
尾形光琳に強い影響を与え、それを模写するという行為に走らせた。
一時期までは、光琳の代表作としてこの作品は広く知られていたほどですが、
それが,マザーは俵屋宗達さんだったことがわかって、
時代を超えた光琳の私淑ぶりが伝わるようになった。
やはり、芸術家のインスピレーションにおいて、強烈なインパクトを持ったこと。
その後の「琳派」の芸術活動が「日本人であること」の本質に迫っていったことも
考えていくと、
この俵屋宗達さんという芸術の才能の大きさに圧倒されます。
ともあれ、初めて見た作品に興奮を抑えられませんでした。
<写真は図録からの写真の一部画面です>
Posted on 7月 5th, 2013 by 三木 奎吾
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きのうは東京ビッグサイトで開催の表題イベントに参加。
ただし、その後の予定が詰まっていて、
駆け足の会場巡りになってしまいました。
基調講演で、角川書店の角川歴彦会長さんが講演されると言うことで
それを聞いてから、目星のつけたピンポイントを見てきました。
角川さんの講演では以下のようなお話しが展開していました。
日本の出版界は、13年間継続している右肩下がりの状況の中にあります。
あきらかにインターネットによる情報化社会の中で
舵取りの方向性を打ち出せないまま、
IT企業によるデジタル革命に飲み込まれつつあることを表している。
そのIT企業についても、Google、Amazon、Apple、Facebookといった
「4強」というように表現されていて、
日本の出版界の危機感を際だたせていました。
そういった「デジタル革命」への対抗意識に燃えて
角川さん・講談社さん・紀伊國屋書店さんが
一同に壇上に上がって、結束をはじめるというように宣言されていました。
いわゆる「業界的」にはニュースなのかも知れないけれど、
さて、一般消費者にはどのようにこのことが伝わるのか、
疑問も感じました。
そもそも、わたしどものような新規弱小地方出版から見ると、
日本の既存出版システムは、
守るべきものであると言うようには必ずしも受け取れない部分があるのです。
これまで戦後70年間続いてきた「既得権益構造」の側からは
「たいへんすばらしい既得権益の蜜の園」だったようです。
既成大手出版社+流通事業者+全国書店という
鉄のトライアングルからすると、
この構造は非常に魅力的な「既得権益まみれ」のマーケット構造であり、
そこに魅力に満ちたコンテンツさえ流し込めば、
経営的安定性を得られる事業環境だったと言うこと。
日本の出版社業界くらい安定した事業環境はないのは事実として明確です。
戦後一貫して、小学館・講談社・集英社などなど、
「大手出版社」というヒエラルキーが固定化されてきている。
そういった構造を維持するための装置になっていて、
たとえユーザーから、その固定化について異議申し立てがあっても、
事実としては、押しつぶしてきたのが実体なのではないかと思われます。
というよりも、そういったガラパゴス的な環境に慣れて
上手に対応するだけで、ほとんど「競争」という概念がなかった。
そういった意味では、
IT事業者による業界破壊もまた、やむを得ない部分なのかも知れない。
そんなような雑感を感じながら
壇上でお話しされているみなさんの姿を追っていた次第です。
Posted on 7月 4th, 2013 by 三木 奎吾
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