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年末気分なのかなぁ?

天気予報では強風と大雪が来ることになっていた
北海道は札幌地方ですが、
どうも、札幌だけが難を免れているのか、
さっぱりいまのところ、平穏に推移しております。
26日は早朝から飛行機移動なので、
できれば、そのときには天候が平穏になって欲しいのですが、
こればっかりは、神さま任せですね。

きのうは、家の前に放置され続けていた
子供用の自転車、もうかれこれ1年近かったのですが、
ついに意を決して、大型ゴミとして処理いたしました!
って、大袈裟ですが(笑)
困るんですよね、こういうの。
家の前に放置されていたので、住んでいるこちらとしては
なんとも気がかりになるし、お隣ご近所の手前、
家の前にあったものを、そのまま置いておくのも憚られる。
やむなく、冬の間も物置で保管し続け、
雪融け以降は、外に出しておいて、
気がついてくれるのを待っていたのですね。
ところがやはり、放置したことも忘れているのでしょうね。
で、やむなく昨日、処分しに、
札幌市西区発寒のゴミ処理センターにほかの大型ゴミと一緒に
捨てて参りました。
年末時期には、このゴミ処理センター、
だいぶ、忙しくなっているのではないかと思っていましたが、
きのうは、全然空いていまして、
ゴミもほとんど場内にない。
ということで、職員のみなさん、親切に対応していただけまして、
ちょっと恐縮いたしました。
ということで、ようやくスッキリとした気分。
で、お風呂に入ってさっぱりして、
お昼には、札幌中央市場の近くのお寿司屋さん、菊水さんで
ごらんのようなランチをいただきました。
クルクル回るのもいいですが、
やはり、こうやって綺麗に盛りつけられている手握りの寿司は、
口の中でほどける感じの寿司飯がいい。

そうこうして過ごす時間、
なんとなく年末気分にハマってきた感じなのでしょうか?

雪のスキー場で忘年会

さて、きのうで大方の年内作業は終了。
この時期に3連休があっても、どうなのか、
という休みを挟んで、一気に歳末ムードと言うところ。
スタッフとの忘年会、ことしは表題のような場所で開催。
たいへん、北海道らしくていい。
で、バスが会社事務所まで迎えに来てくれて、
しかも、終了後は繁華街までバスで送ってくれる。
なんにも心配しなくっていいのは、いいかもしれませんね。
で、まぁ、おあつらえ向きに雪が降って参りまして、
深々と降り続ける、あ、やばそう、という降り方。

この連休から、北海道の天気は下り坂なんだそうで、
まことに心配であります。
というのは、年末年始に飛行機移動のスケジュールが
たくさん入っているからなのです。
ことしの下半期の状況がそのまま、継続しているのですが、
さて、これは不安であります。
行けないわけには行かないけれど、さりとて、
スケジュールをそっちばかり優先すれば、
事務所にいての作業も出来ない。
冬の飛行機、なかなか悩ましい。

北海道の札幌周辺は、
石狩湾低気圧が気まぐれで、
ちょっとした風向きの変化で、札幌周辺や飛行場の千歳周辺、さらに
岩見沢周辺と、ドカッと来る雪の場所がクルクル変わりやすい。
ことしはいまのところ、
岩見沢周辺に雪が集中していまして、申し訳ないほどなんですが、
いつ何時一転するか、予断は許さないし、
どうもことしは雪が多くなりそうな予感もする。
不安ですが、雪を楽しみながらの忘年会。
それはそれで、なかなか趣向のあった年の瀬であります。

半外部空間への感受性

しばらくは、ひたすら現在の戸建て住宅のことに
没頭し続けていました。
ようするに仕事なので、当たり前なのですが、
一方で、自分自身の興味としては
この写真のような、現代に残っている日本的長期優良住宅
古民家として残る農家住宅のことがノスタルジーとともに
大きな領域を占めている。
こういう大型の農家住宅自体、
その成立において、江戸期の貨幣経済の農村への浸透、
すなわち、米以外の商品作物生産への対応、
具体的には養蚕施設を確保する必要性の結果なのだという
側面はあるのですが、同時に
失われつつある、日本人のある精神性にとってのかけがえのない部分を
象徴しているように思うのです。

いちばん大きいのが、
半外部空間への感受性、というようなもの。
現代の住宅を取材したり、研究したりするときに
それはほぼひたすら、室内環境のことであると思います。
良くて、外観というような印象という部分はあるけれど、
それもいわば、オブジェとしての印象論が主体であって、
家の中と外とのあいまいで、けれど、
毎日の暮らしの中ではかなり決定的な部分について
考えを及ぼすと言うことがあまりにも少ないのではないか。
たとえば、新築に当たって
家の前に一本の木を植えるとすると、
その樹種の選択に始まって、その生育のこと、
日頃のメンテナンスのこと、そこから知る自然のうつろいのこと、
歳月の流れなどなど、
たぶん、そこで暮らす人間にとって、
もっとも象徴的で、精神性においては決定的な部分への
論議がないと思う。
子供が生まれ、その子の成長を願って木を植えるとすれば、
その木こそが、家、というもののきわめて重要な構成要素になる。
そのような住宅論というか、
ひとの暮らしの中での「癒やし」「自然対話要素」というもの、
それをもう少し、家づくりの重要要素として
捉え直していく必要があるのではないか。
そんな思いが、胸の中にずっと沈殿しております。

バホそばドン丼

どうも最近、やばいのです、食欲が・・・。
晩ご飯は、きのうなんか息子に作ってやっただけで
自分はあんまり食べておりません。
息子には鍋を作ってやって、いっしょに話を聞いたりしていましたが、
自分では、アップルパイを半分ほど食べただけ。
なんですが、昼は俄然、食べる気満々になってしまっているのです。
で、これもわが家周辺の札幌市西区琴似の「三徳」という
そば屋さん、ときどき行きます。
店舗はお世辞にもきれいとは言い難く、
息子に1回、食べに行こうと誘っているのですが、
拒否されております(泣)。
まぁ、こういった大衆食堂の奥深さは、まだ理解できないか(笑)。
この「バホそばドン丼」っていうのは、
カツ丼と、天丼、そばをミックスしている丼ぶり。
まぁ、出てきて見た目はカツ丼なんですが、
すこしハシを入れると、そばが顔を出しているし、
(写真は、そばを見えるようにハシを入れたところ)
よく見ると、天丼のエビが顔を覗かせてもいる。
で、味は基本的にはカツ丼の味で統制されている。
そばは、ご飯との間にサンドイッチされていて、
これも舌ざわりに変わった食感をもたらせてくれている。

まぁ、ボリューム感がすごいので、
最後まで食べきるというのはわたし、難しいのですが
体調がイマイチで、食欲だけが旺盛というときには
なぜか、ガツンと挑戦したくなるワケです。
一度、建築家の小室雅伸さんとばったり出くわしたこともあり、
案外、こういうのに弱い人は多いようですね。
きのうも、いいところまではいきましたが、
最後、どうしてもご飯を残してしまいました。
こういうのって、
体重増加の兆候を現しているようですね。
一回、そういう志向性に向かおうとする回路を
頭のなかで整理して、より健全な方向に
シフトチェンジしていかなければならない、と思っています。
やばいのです。

宗教の雰囲気

きのうからのシリーズ(笑)であります。
ことし巡り歩いたなかでも、かなり衝撃的だったのが
兵庫県の「英賀」神社の見学でした。
かなり古格な神社で、式内社にも名前が出ているという神社です。
たぶん、ヤマト朝廷による神社統合以前から存在していたと思われるのですが、
まぁ、あんまり調べていないので、想像ですが・・・。
っていうのは、民衆とこの神社との距離感が
非常に近接して感じられて、どうも明治神宮なんかと比べると
まったく違う系統に属すると確信させられたワケなんです。

写真のような奉納板絵が飾られているのですが、
描かれている題材はまったく渾然一体という感じでして、
演劇の中のよくあるシーン、たとえば忠臣蔵であるとか
戦前の軍崇拝調のものであるとか、
ヘタをすれば、特定の役者の似顔絵まで出てきそうな
そういう猥雑さにあふれている。
非常に「大衆」「百姓」をビビッドに感じさせられるのです。
NHK教育放送ばかりやっている神社本庁にたいして、
それこそAKB48ばっかりやっている金儲け民間放送っていうような対比を感じる。
こういうタイプの神社、そして宗教っていうのもあるんだと
深く頓悟させられたんですね。

どうもこの神社、由来は古く、
ヘタをすると違う系統の神さま、出雲の神さまの支店のような
そういう気もしてきます。
出雲の神さまって、ヤマト朝廷の神さまと
仲良くした別の神さまであって、
その神さまを奉る人間集団は、
ヤマト的集団とは少し違う文化を持っていたのではないか。
そんな想像力の沸き立ちを抑えがたい(笑)。
戦国期にはこの神社周辺は
一向宗本願寺の一大勢力地帯になって、
大阪本願寺への食料配送最前線であったようなのですね。
この地の支配者層も、積極的にそうした宗教的立場を明示していたようです。
歴史的にも、民衆性が強く残ったといえる。
民衆を押さえつけるような神さまではなく、
民衆に対して政治対話集会を恒常的に開かせるような
そういう公的空間を提供してきた、
そういった神さまとしての伝統を感じるわけであります。

この妄想、やや抑えがたくなっています。

神さまが彩色した屋根

なかなか落ち着いてブログを書いたりできない日々が続いておりますが、
きのうは、まぁ、相方側からの反応が来にくい日曜日。
こっちばかりでは仕事にならないので、比較的のんびり。
で、パソコンの中に溜まり続けていた写真から
ある目的で写真をセレクトして見ました。
ブログを書いていると、写真を撮りながらも無意識に
そういうテーマ性を探していたりします。
まぁ、それは同時に出版のために取材にも通じていて、
いつか、どういった形であるかはわからないけれど、
印象に残った事柄は、ブログに書き留めたりもしておく。
ただ、そういった一々を記憶している時間がなくなってきていて、
ふり返って、写真を眺めてみて
過去の時間と記憶が再生してくるのを信じるしかなくなっている。
でもまぁ、そういうのも一種の考えが発酵していくプロセスを
否応なく生成しているわけで、
悪くはないのかも知れないと最近、思うことにしています(笑)。

で、写真整理の結果、
この写真も思い起こされた1枚であります。
古民家ウォッチはわたしの比較的大きな趣味領域ですが、
ことし見てきたシーンのなかでも楽しかった瞬間。
茅葺きの屋根の美しさのある本質を見せられた気がしたのです。
山形県の古民家なのですが、
茅葺きの屋根北側面に、びっしりとコケが繁茂して
それが緑、いやよく見ていると実に複雑微妙な色合いを形成していた。
真物の自然素材を使っていると、
こういう神さまがつける彩色とでも言うべきシーンが
現実化してしまう。
これは、だれがやった仕業でもなく、
ただただ、その土地の自然風土がもたらした奇跡的な光景。
まぁ、こういう色合い、屋根のありようを
美しくないと感じる人もいるだろうとは思うのですが、
普通に考えると、これこそがエコロジーだと思う。
こういう屋根を見ていると、
日本人の自然との対し方の根源的な部分を知らされる思いがしてくる。
そして、たぶん、こういう部分にはインターナショナルに
通じていくような日本的感受性が切り口として示されているのではないか。

ことし、由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」が
債務危機に揺れているギリシャなどで受け入れられているそうですね。
カナダでもアメリカでも、彼女の透明な歌声が支持されているという。
わたしたちには、日本らしさの本質を見直すことのほうが、
世界に対して必要な態度であるのかも知れない。
住宅の世界でも、
こういった感受性の部分を大切にしなければならないのでは?
そんな思いを抱いた光景でした。

寒椿

先週も、札幌よりも
仙台や福島で外を歩いているほうが長かったのですが、
この時期になると、
北海道からは色彩が消えていくように感じる。
それはそれでいいのだけれど、
そういう時期に太平洋岸の地域を彩っている
寒椿の美しさを感受できないことについては
いつも悲しい思いをしています。

風も寒いし、気温は下がっているけれど、
日射はさんさんと降り注いでいて、
この寒椿が、目を和ませてくれている。
旅人としての心情に深く、癒やしを与えてくれる。
そんな大好きな花であります。

年末年始の仕事進行も最終的な局面に来ていまして
いろいろな作業がきょうはぽっかりと空洞。
日曜日だし、まぁ、焦ってみてもしょうがない。
気持ちはそんなにゆっくりは出来ないけれど、
楽しい本を読んだり、アタマを休めたいと思います。
村上龍さんの「69」って、メッチャ面白かったです。
抱腹絶倒しておりました。

樽の家

前から気になっていた家があります。
わたし、仙台にいるときには、ときどき疲れを癒しに
遠刈田温泉にいくことがあります。
「上ノ湯」という源泉掛け流しのお風呂がありまして、
この温泉が強烈なPH値で、たいへんいい湯上がり気分になるのです。
ただただお湯に浸かるしかなくて
あんまり長湯が出来ない。サウナとか
露天風呂とかあれば、繰り返したり長い時間をゆったり過ごせるのですが
そういう施設の類はいっさいないので、
いくら頑張っていても、30分以内で入浴は終了であります。
っていう温泉を目当てに高速を下り、国道を抜けて
蔵王スカイラインとかいう道を上がっていく道すがらに
この写真の家はあります。

玄関前に、樽を横にして
ちょうど風除室のように機能させている家があるのです。
まことに異様な使い方ではあるのですが、
年月を経た樽の質感が成せる技か、
そう違和感は感じず、気をつけてみていないと通り過ぎてしまう。
そんなことが1〜2回ありましたが、
やはり気になるということで、スナップであります。
どうも様子を見ると、味噌かしょうゆの醸造元関係の建物らしく
その廃品利用か、それともランドマーク的に
いわば看板代わりに造作しているものと思われます。
それも、ちょっと年代物っていう雰囲気。
アイディアは、素晴らしいなぁといつも感心してみております。

さて、きのうは忘年会のハシゴ。
ややお疲れモードにつき、早々に1次会で帰還してきました。
なにせ、寝不足が続いていて
ほぼ、熟睡寸前に目が上下、くっつきはじめる。
あんまり無理は出来ませんね。
ご参集のみなさん、きのうは早く帰って、申し訳ありませんでした。
っていうことで、本日も仕事の山が続いております(泣)。
ではでは。

札幌琴似「ふくべ」みそラーメン

寒いです、札幌・・・。
おととい仙台から帰ってきたら、寒さが身に染みました。
まだ12月だというのに、まるで北海道全体が冷凍庫状態。
雪が多くないので地面からの熱の奪われ方がすごい。
道はツルツルだし、泣けてくるくらいであります。
とは言っても、家の中は暖かいのですが、ギャップがすごいし、
ちょっと外に出ていると、芯から冷えてきます。

というときは、やっぱりみそラーメンです。
こういう時期になってくると無性に食べたくなってくる。
条件反射的な行動パターンです。
で、わたし、昔から家の近くでよく行く店がこちら、「ふくべ」。
札幌西区がわたしのホームグラウンドですが、
その繁華街に琴似、というところがあって、
そこでやっているラーメン店です。
学生の頃、実家のもやし製造業の配送の仕事をアルバイトしていましたが、
そのころ、よく配送していた店です。
って、もう40年くらい前になりますから、
ヘタすると半世紀くらい時間が経過しているのですね。

で、もやし屋さんにとってはここはいい店ですね(笑)。
そうなんです、山盛りどっさりのもやし炒めが乗っかっている。
人を連れて行くと、みんな目を丸くして唖然とする。
「なにこれ〜〜〜〜」であります。
きのうも食べたわけですが、麺にハシが到達するまでに
もやしをこれでもかと、5分くらい食べ続けなければならない。
これが、いい。
野菜はほかにも白菜とかタマネギとか使っていまして
たっぷりと甘味が出ていて、野菜本来の旨みが感じられる。
なので味噌とは言っても、やわらかい味わいなんですね。
で、その底の方からラーメンが出てくる。
感動する(笑)。やっと出てきたか!
もやしを思いっきり食べるので、麺の量はやや軽めに感じられる。
スープにたどりつく頃には
大方の人が、まぁ、ハシを置いてしまう。
でも本当は、この野菜の煮出しのスープがいいんですね。
甘味があって、さわやかな味噌味スープであります。
一度、探検してみてはいかがでしょうか?
札幌琴似イトーヨーカドー西側口の斜め北側向かいです。

また会えた小型ジェット機

きのうは仙台から福島を往復して
その後、事務所に寄って、空港から札幌に帰還。
なんですが、ふたたびこの飛行機に搭乗できました。
すっかりファンになってしまいました。
札幌仙台便は、便数の割りに乗客数が少ないのでしょうね。
JALもメンツは捨てて、まっとうな判断から
こういう小型機を導入しているのだと思います。
まぁ、経営的な切り取り方は別にして、
やはり、人間サイズで楽しい旅であります。
ちょうど、タラップを上っている人もいるので
サイズがよくわかるのではないでしょうか。

住宅の世界でも
最近の傾向は、やはりコンパクトということ。
無駄に広くて扱いにくい空間よりも
手頃なサイズで、機能をしっかり満たしている、というもの。
きのうは、少し観察の余裕があったので、
座席数も確認しましたが、左右が各2席の合計4席で
座席の列は12列ほど。なので、乗客数は48名定員前後か。
客席乗務員さんは1名。
過不足感がなく、ちょうどいい感じがステキ。

ダウンサイズした、というもの悲しさというよりも
さぁ、スッキリしたぞ、というような清々しさを感じる。
これからの日本、背伸びせず、
こういったちょうどいい、というところを目指していくのがいいのではないか。
そんな気もしてきました。
いいなぁ、ちょうどいいジェット機。