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「農業限界」という認識

きのうまで3日間、東北を駆け足日程で縦断。
25日は仙台で会合出席、仕事打合せ各種。
26日は北海道業界団体による住宅・被災地視察に同行取材。
27日は青森で打合せ、企画の提案。
っていうことでしたが、いろいろな出会いがあって刺激的でした。

で、そんななかで岩手県のみなさんと話している中で
なにげなく、車中からの風景の話になって、
北海道での農業の分布というか、
その風景模様をお話しいたしました。
北海道では、北の方に向かうと一般的な米作から、
それが不適になって、次第に畑作中心になり、
さらにそば畑の光景が広がった後、酪農が見えるようになって
そのあと、まったく農業が不適な未利用地が広がるのですが、
そうした境目が、明瞭な「農業限界地点」としてあらわれるのです。
で、そういった話をしたら、
いたく驚愕される。
農業に不適な限界点がある、という認識を常識として
受け入れようとする素地がないし、まったく想像不能だというのです。
こっちも、いかに北海道が他の日本の認識と
大きな乖離をかかえているという実感が身に迫ってくる次第。
相対的な関係性の調和と、絶対的な断絶との対峙とでも呼べるような違い。
「そうか、こういうことは理解しにくい世界にいるんだ」と
あらためて思い知らされるのですね。

ということですが、
さて、今週末というか、今日明日の2日間、
わが北海道日本ハムファイターズ、ついに宿敵・西武ライオンズとの
シーズンの雌雄をかけた戦いに突入であります。
先週末の3連戦では1勝2敗の結果だったのですが、
やはりこの最後の2連戦が決着の舞台だと思っていたとおりの展開に。
最後の総力戦、というにふさわしい状況になっています。
やられたらやり返す。先週打ち込まれた若き日本の左腕エース・吉川投手、
リベンジの思いは強いものと思います。
ホームという地の利を活かして、なんとか初戦を勝ち取りたい!
さぁ、今シーズンの総決算の舞台の幕が切って落とされそうです。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

Replan北海道vol.98 発売 

さて本日は、雑誌発売のご案内。
年に4回、季刊発行で継続してきた北海道版の本誌、
来年春の号で100号の節目を迎えることになります。
そこに向けて、カウントダウンしていく通常号発行の作業ですが、
同時に、その100号から新たに取り組んでいく企画も目白押し。
「東北の住まい再生」というボランティア的な情報誌発行も行っているわけですが、
Replan本誌でも、この100号が新たな「再生」の機会ととらえて、
人口縮小局面での日本の住まいのテーマを
住宅雑誌らしく、積極的に掘り起こしていく方向を鮮明にしたいと考えています。
ぜひ、そんな胎動を感じていただければ幸いです。

Replan北海道vol.98
2012年9月28日発売・2012年秋冬号・A4版・定価480円(税込)

【特集】家の外観(ミタメ)

家づくりがスタートするとき、あなたなら何から考えますか?
「立地や環境」「今の住まいを参考にした間取り」
「家族のために必要な部屋数」「憧れのイメージやテイスト」
スタート地点は違っても、「素敵な家に住みたい!」という気持ちはみんな同じ。
だからこそ、「外観にもこだわりたい!」と思うのではないでしょうか。

今回は素敵な外観(ミタメ)を持つ家を取材。
独創的、個性的でありながらもどの住まいにも共通していたことは、
単に「変わった外観」を求めたのではなく、一つひとつに「なるほど」
と思えるような理由があるということ。

豊かでここちよい内部空間を持つ住まいは、
外観(ミタメ)も楽しく美しいのです。
Contents
●特集/ 内側の豊かな空間が表情として現れる家の外観(ミタメ)
●地域特集/ 多様なデザイン 十勝から魅力発信
●リフォーム特集
●くらしの演出家たち 8・9
●建築写真家・安達 治 Zoom Up 住宅66
 「しれとこ岬の家」日野澤 譲
●北の建築家
 「九条の家」北浦 丈士
 「長沼エコハウス」中舘 誠治

こちらからもお求めいただけます。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b1hok/h98/index.php/

地域型住宅ブランド化事業について

国交省では、これまでの「長期優良住宅」事業と
それからの派生的な事業としての
「木の家整備促進」事業が昨年限りとなって、
その補助金付きの業界誘導事業の後継的な事業として、
「地域型住宅ブランド化事業」が今年度から始められました。
この事業は、東日本大震災を受けて、
国交省と被災県の建築関連業界との話し合いが、昨年中準備的に進められ
その論議を引き受けるような形で
骨格が開示され、国交省の全国的な施策として
今年度、施行された経緯がありました。
地域型住宅ブランド化、というコンセプトについて
当初段階から、いったいどのようなものを目指そうとする事業なのか、
やや不分明な部分があり、
その情報開示を期待してきていました。
今年度の第1回の事業採択も行われ、すでに着工されるような
建物も出てきているのですが、
いまだに国交省側から、選考委員の名前の発表すらありません。
選考についての「意見」のようなものは発表されているのですが、
審査委員長の選考経過発表が、パブリックコメントされない。
第1回の採択結果ですでに国費50億円近くが使われているのですが、
まことに不明だと言わざるを得ません。
選考の結果を見てみると、
当初の被災県へのヒアリングとはなんだったのか、
配分において、特段に配慮されたという形跡は見られない。
いやむしろ全国に「公平に」薄く広く「配慮」されたように思われる。
事業提案者の要件として、地域工務店10社の参加を求めているのに、
配分された状況を見ていると、
その事業者数に満たない配分数になってしまっている。
せっかく「地域の協同」を創出しようという事業なのに
事業者グループ内での「調整」を求める内容になっている。
どうにも腑に落ちない結果だったので、
なお、これについての情報開示を待っているのだけれど、
発表後、2カ月半以上経っているけれど、
まだない、ということなのです。

長期優良住宅事業においては、
その評価者がすぐに発表され、全国にその考え方を伝えるような
広報機会が計画され、提案者と評価者の対話も始められていた。
本来であれば、国の施策としては、
こういった活動の方が、補助金の配布よりも重要なはずだと思います。
国としては、どのような方向に家づくりが向かうべきと
考えているのか、社会全体で論議する機会にもなるからです。
決算での論議があまりなされず、ひたすら「予算」、という
ばらまきにだけ関心が向かってしまう。
こういうのが、国の「住宅政策」であるというのでは、さみしい。
早急な開示を期待したいと思います。

身体感覚で学ぶ建築環境性能セミナー

北海道の建築家グループの中でも
もっとも建築環境性能に向き合い続けてきている
北海道建築工房の小室雅伸さん。
いつも切れ味鋭く、わかりやすく環境性能デザインを語ってくれますが、
やはり建築の性能は、体感するしかない、という思いから、
この秋に完成し、来年4月の共用開始まで時間がある
氏設計の保育園施設建物を使って、
「身体感覚で学ぶ建築環境性能セミナー」を計画されています。

2020年には省エネ基準が「義務化」されることが決定し、
先頃からの基準策定の会議の結果も出てきました。
その内容を見てみると、かなりきめ細かな内容にわたっている。
いくつか、言葉や用語の変換もあったのですが、
これまで「断熱・気密化」というような表現が一般的に語られたテーマは
「外皮性能」というような言葉に統一されていくと思われます。
住宅性能を考えていく大きなテーマ領域は3つで、
1 自然エネルギーをどう活用するのか
2 建築外皮性能
3 住宅設備機器の選択手法
というように規定されていく流れになっています。
南北に長い日本列島における住宅性能の考え方、
それぞれ地域で違いがあるので、この大きな3指標を
指し示し、それぞれの高度化が不可欠だという方向なのですね。
これは自然な流れだと思います。
そういうなかで、外皮性能はきわめて重要なポイントになるけれど、
設備などのようには、違いの把握は明瞭には行かない。
そうした思いから、むしろ温暖地域の住宅関係者に対して
北海道の11月初旬という、東京の真冬に相当する外気温時期に
無暖房の状態で、断熱だけでどのように性能を体感できるのか
1泊2日で、みんなで体験して、
語り合おうというイベントを提案したのです。
主催はJIA北海道支部建築技術デザイン委員会
主な発表者として
北海道建築工房・小室雅伸氏
札幌市立大学・斉藤雅也准教授
東京都市大学・宿谷昌則教授
などが予定され、また参加者として、
先般の「省エネ基準改定」作業にも深く関与された
東京大学工学部・前 真之准教授も、
ゼミの生徒さんも引き連れて参加されるということです。

非常に興味深い探求が行われるものと思われますので、
情報としてお知らせする次第です。
参加申込みは、komuro@hokkobo.comまでご連絡ください。
ぜひふるっての参加をオススメいたします。
以下、セミナーの概要を画像として掲載します。

縄文人研究講演〜瀬川拓郎さん

きのうは、午後3時から
札幌の紀伊國屋書店1階のイベントスペースで
「縄文人はどこへいったのか」と題したセミナーが開かれ
考古学研究者の旭川市博物館主幹研究員・瀬川拓郎さんの講演がありました。
素人の歴史好きのわたしが私淑する方でして、
きのうも縦横無尽に古代の北海道島の人間史に光を当てて
生き生きとした人間社会の素描を魅せてくれていました。
アイヌ社会への視線は、たとえば倉本聰さんの見方が代表的でしょう。
そこでは現代社会への警鐘の意味合いを強く押し出して
文明批判のための知恵として、アイヌ社会の自然共生の思想が語られます。
そのことに半分は同意するのですが、
しかし一方で、北海道島に生き続けてきた人間がみな、
敬虔に自然に生かされている、と考え続けてきたかどうかについては、
やや同意できない部分もあり、
そういった部分について、明解に人間くさく説かれる瀬川さんの意見に
深く同意するのです。
たぶん、アイヌ社会への贖罪意識の強い日本人としての部分と
実証的な歴史・考古研究者の視線の違いなのでしょうね。

きのうも、日本書紀に書かれた阿倍比羅夫の出兵について
さまざまな実証を通しての、考古というよりも人文に近い認識世界が
開示されていました。
そのこと自体は、これまでも瀬川さんの著作で述べられていることなのですが、
あらためて、肉声で聞かせていただくと
行間の意味合いも明瞭に伝わってくる部分があり、
こちらの人間ドラマ想像力がいたく刺激されてきます。
ほとんど文字記録が残っていない北海道島のひとびとの生き様が
戦争的な、あるいは政治的な対立軸も含めて想起されてきます。
交易、ということが、
言葉を厳密に言えば、経済ということが
人間社会の分析の最大の断面であることをイメージ豊かに見せてくれる。
自然への信仰も、その経済的成り立ちへのひとつのプラグマティズムであることが
生き生きと了解されてくるのですね。
興味深いお話しは随所にあって、1時間半、時間が少なくて
聞きたいことが山ほどあったのですが
刺激に満ちたお話しを聞かせていただきました次第です。
ありがとうございました。

なんですが、最近瀬川さん、ブログ更新されず、
しかも削除までされている。なにがあったのかと心配になる。
「先生、書いてくださいよ」
とお願いしておきました。
なんでも、炎上したとか、トラブルがあったとかではないそうです。
まぁ、そういうことならいいのですが・・・。
また今後の展開が非常に興味のある方の講演でした。

日本の「右傾化」について

ワシントンポスト紙が
尖閣問題などを契機として、日本が右傾化傾向を示し始めたという記事を
1面トップで掲載したというニュースが流れている。
どこの国にも、隣国との関係において
「領土問題」は多かれ少なかれ存在するだろうと思う。
身近な例でいえば、北海道に隣接する北方領土には
第2次世界大戦終結時のドサクサに紛れてロシアが侵攻し、
あわよくば北海道まで占拠しようとしていたこともあったといわれる。
もしそうなっていたら、北海道に住む私たちがどうなっていたか、
わたし自身も生まれていたかどうか、わからない。
そして、敗戦国としての国際的な取り扱いのなかにあっても、
主張としては、北方領土返還要求を世界に対して日本は主張し続けている。
ただし、戦争的なかたちでの国際紛争の解決手段を自制させられた
憲法の条文規定もあって、ひたすら平和的な手段に限定して主張している。
そうした流れで、日本の戦後体制は存続してきた。
基底的にはアメリカの属邦的な扱いに慣れ、
そのことを基本的なアイデンティティとしてやってきたのがいまの日本国家。
尖閣の問題や、竹島の問題は、韓国や中国にとっては、
主に、彼ら国家の内政的な必要性に発して問題が顕在化してきているにすぎない。
端的に言って、どちらも無人の領土であるこれらの島々の帰属がどうなっても
現状の日本人の生活が大きく変化せざるを得ない問題とは言えない。
そう書けば過ぎる部分もあるけれど、いまの北方領土に似ているとも言える。
あくまでも冷静に対応すべき問題だろうと思う。

しかし一方で、
アメリカがどのようにこの問題を見ているのか、ということについては
日本は敏感になるべきだと思う。
日中関係がきわどい地点に行くことが、アメリカにとって
好都合であるのかどうかについて、探らなければならない。
ひょっとすると、このことへの対応の結果として、
アメリカからの相対的自立化という日本の変化をもたらすかもしれない。
中国がその人口規模から見て、また経済のサイズから見て
世界にとって重要国家であることは明白だけれど、
海洋面積を含めた日本のプレゼンスは、
現状の中国にとっても、また世界全体にとっても
きわめて深刻な潜在的な脅威であることは間違いない。
事実としてのアジア太平洋戦争が日本の主導的な動きから起こったことを
世界は十分すぎるほどに認識している。
親日的で現実的だった鄧小平以降の中国国家指導者の中で
江沢民が無分別にも手を染めた、排外主義の標的として日本を利用するという
自己の権力の強化策、延命策は残念ながら
次の国家指導者・習近平も採用し続けるだろう。
そのように日本は認識を持ち続けた方がいいだろうと思う。
こうしたなかで、アメリカ・パネッタ国防長官が「ちょうどよく」
日中を訪問していた。
その結果、中国は一転して日本に融和的な動きを示し始めている。
アメリカとしては、当面、このような位置取りが
自国の戦略として好都合と考えているのだろう。
しかし、潜在的には日中の関係がぎくしゃくしていた方が
アメリカにとってはより好都合なのではないかと思われてならない。
また、今回の緊張関係を通して
アメリカは、日本の社会変化のほうにより大きな関心を持っていると
そのように感じさせるニュースだったと思います。

地獄で仏のキャンペーン(笑)

さて青森出張もあって、その間2日間、
愛機のMacBookPro15が入院せざるを得ず、やむなく使用していたのはWinノート。
それもややレガシーなタイプとあって、
なにをするにも生産的ではないし、日程が迫ってきている仕事も数多い。
なんとかごまかしごまかし、しのいでいこうと考えていたのですが、
1週間、仕事の効率が1割2割に落ち込んでいくのは厳しい。
やはり最新のMacでなければ、ストレスが多すぎる。
それに利用価値は高く、職場環境的にもすぐにも必要にもなる。
ということから、最新のMacBookPro、やや小ぶりの13インチタイプ、
ヨドバシカメラに購入に行きました。
以前は、MacBookという選択肢もあったのですが、
最近の商売上手なAppleさん、商品ラインを絞り込むのがまことに上手。
少ない商品構成で、価格的にも値頃感を出しながら、
コンセプトの明解な商品群を出荷している。
今回の場合で言えば、まっすぐにMacBookPro13という選択肢に至る。
ただ、経緯が経緯なだけに、なるべく出費は最小限にしたいなぁと。
しかし時間ももったいないし、特段のアップグレードは必要もなく、
即座に現品購入してクレジット後、
販売員の方から示されたのが、写真の「キャンペーン」。

なになに、Macへの乗り換えキャンペーンで
レガシーなWinの液晶画面のPCを下取りしてくれる・・・?
なんだ、あるじゃないか、どっさり!
なになに、1台限り・・・。う〜〜〜ん、もっとやれ!
であります(笑)。
で、聞いたら9月29日までの期間限定キャンペーンということ。
ちょうどその期間にこのMacBookPro購入が当たったのですね。
経緯は苦労させられた状況だったわけですが、
どうもうまくこのキャンペーンが、Appleの印象をアップさせてくれた。
最近、メチャクチャ儲かっているということだそうですが、
製品ラインの魅力化もそうですが、
こういった販売戦略の緻密さの要素も、他メーカーとは雲泥の差。
パソコンのメーカーで初期不良品の再整備品をごく軽微な値引きで
再販売させて、しかもインターネット直売で売り切っているメーカーって
Appleくらいではないのでしょうか。
そうして利益率の高さを維持しているからこそ、
こんなキャンペーンを打ち出すことが出来るのでしょうね。
むむむ、Cookさんというジョブスさん後継のCEOさん、なかなかの抜け目無さ。

ということで、すっかり大満足の状況であります(笑)。
さっそくMacBookPro13でタイムマシンバックアップから
以前の全環境を復元して、いまこうしてブログもすらすらと更新できます。
きのうまでは、実に大変でした。
テキストライティングも、画像処理も、WEBブラウザの動作も
慣れないWinとは比較のしようもない快適さ。
Appleのユーザー体験への企業コンセプトの集中ぶりは、やはりすばらしい。
で、本日ふたたびヨドバシカメラに行って、
このキャンペーンに基づいて、
WinPCを下取りして貰ってこようと思います。
ルンルン。

谷地頭温泉と焼き鳥弁当

きのうは青森で講演会があって、その取材に日帰りに近い出張。
しかし飛行機は時間も合わないし、さりとて終わる時間が微妙ということで、
汽車でも札幌まではその日のうちには帰れない。
という難しいスケジュールなので、クルマで早朝出発して
函館まで行く。そこから函館―青森往復は汽車で、という予定で
帰ってくる時間の関係から函館もしくはどこかで1泊という予定を立てました。
早朝のほうは、いくら早くても対応できるという高齢ぶり(笑)。
なんと、3時半には起きて家事を片付け、
4時半には。札幌を出発できました。・・・自分でもあきれる。
道中は朝の空いた交通状況の中、順調に函館まで3時間半ほどで到着。
函館を汽車で出発するのに若干の時間があったので、
迷うことなくお気に入りの公共温泉「谷地頭温泉」に寄ってきました。
まぁ、この温泉に入りたくて早起きした、ともいえる(笑)。
市街地にあって、しかも運営が公共の函館市であるのですが、
温泉はまことにすばらしい泉質で、ぽかぽかと体が温まり、
なかなか汗が引いていかないほど。
露天風呂もすてきな木の浴槽なんですが、
陽光を浴びると、湯の色はもうオレンジに近いような美しさ。
泉質に含まれる鉄分がこのような色合いをかもし出すのだそうですが、
たいへん幻想的とも思える玄妙さであります。
温泉成分が強すぎて石鹸はなかなか泡立ちがよくないし、
温度も高すぎるので、加水してちょうどよくしているのだそうです。
朝湯の時間からはやや遅めの9時ころに入りましたが、
比較的空いていて、のんびりと手足を開放させられます。
わが家は朝湯の習慣なのですが、きのうは家ではなく、
この入浴料420円の谷地頭温泉で、運転の疲れを癒しておりました。

さらに、そこから駅に向かう途中に
今度はおあつらえ向きに「ハセガワストア」があって、
写真のように「焼き鳥弁当」ゲットであります。
きのうはつい「大盛り」を注文してしまったのですが、
値段650円はまことにリーズナブル。
わたしがこの焼き鳥弁当ファンと書いたので、
函館地元の知人が、
「三木さんね、焼き鳥弁当はこうやって串をはずせるようになっているんだよ」
とご教授いただきました。
焼き鳥、といっても豚串ですが、の串を上ふたと下ふたの間に挟む。
容器には串を通せるように「串穴」がセットされているので、
そこに通しながら、串を抜く。
そうすると、豚肉と間のねぎが食べやすくばらばらになるのです。
なかなか焼き鳥弁当、奥が深い楽しみが味わえますね。
ささやかな函館出張の楽しみ2題でした。

再び入院、MacBookPro

きのう朝、いつものように愛機MacBookProで
ブログを更新中、ふと気づくと画面がブラックアウト。
そうなんです、最近再びHDからの異音が発生していて
やや緊張感は持っていたのですが、
やはりそういう致命的なトラブルは徐々に
迫ってきていたのですね(汗)。
そういうことでAppleストアに行ってきまして、
相談いたしました。
この個体は、そもそも今年正月に購入したものが
あんまり調子がよくなくて製品交換してもらったもの。
なのに、ふたたびこういった症状が出るのはなぜか?
ひとつ、今年の私は機械運が非常に悪いのか?
ふたつ、機械の変調をもたらす原因がデータの中にあるのか? 
など、いろいろ推理は働くけれど、
スタッフの方も、むむむ、困ったという表情。
ハード的にチェックするとロジックボードがトラブルマーク。
直すというよりも取り替えのほうが早そうです。
まぁバックアップは取っているので、
早々に入院完治をお願いして手元から去っていきました。
1週間、かかるかどうかなぁという案内。
まぁやむをえない。
で、以前もバックアッパーとして活躍してくれた
WinのノートPCがふたたび登場であります。
慣れないので使いづらいのですが、設定その他、簡略に行なって、このブログもがんばって書いているところであります。
ただ、やはり環境の再生はなかなか難しいので、
前日までの流れはちょっと順延させていただいて
しばらくは臨時ニュース的な内容で推移することになると思います。
というなかですが、本日は青森に出張。
仕事の関係で日帰りできるかどうか、微妙。

花鳥風月を感じる家々-1

さて、東北からの建築家ご一行様、札幌では住宅視察です。
住宅の選択については、JIA北海道支部・住宅部会のみなさんにお世話になりました。
深く感謝申し上げたいと思います。

札幌という街は、住むという機能性からすると
その「環境性」はどうなのだろうか?
住む、という言葉の認識の仕方で、考え方は分かれると思いますが、
基本的には地域の成り立ちが明治以降であって、
その後、一貫して「人口増加」基調で推移してきていて
いま現在の「街並み」地域も「無縁性」が非常に強い風土だと思う。
わたしは、比較的街並み整備の進んでいる「山の手」という地域に住んでいますが、
ここでも歴史性は、そう積層感はない。
みんなが「初代」としての生き方で過ごしてきている地域。
簡単に言えば、「オヤジの代から住んでいます」という認識に乏しいのです。

そういう環境の強い地域だと、
家を建てる、ということはだんだん「個人的な体験」に近づくのではないか。
そしてそれを加速するように、
家の技術的な進化は驚くほどの速度になっている。
「伝統性」が育つような時間的熟成は間に合わず、
「具体的にどう建てるのか」ということの決断が迫られてくる。
そこで、いろいろな選択肢が考えられるようになるのだけれど、
やはりわたしたちは日本人。
比較的に市街中心部とも近い地域に自然との豊か対話環境が残されていたりする。
そういうなかで「住む」ということを考えるプロとしての
建築家は、実に直接的な感受性を発揮する。
その自邸においては「土地選び」ということにおいて、
自由に、こういった条件を満たす立地検索能力と、プラン案出能力を
縦横に発揮するのではないかと思うのです。
では、そういうときにその「起動力」はいったいなにか?

このアカサカシンイチロウさんの自邸では
まさにそんな選択の仕方を、存分に感じることが出来ました。
札幌市街の中で、自然がたっぷりと残されていながら、
利用の仕方がたいへん難しくて、残されざるを得なかった残余の土地、
そういう環境を利用して、
日本人的な感受性生活、まさに花鳥風月的な自然との対話を
直接的に実現しているといえるでしょう。
室内から、大きなピクチャーウインドを通して
花鳥風月、それも札幌では場合によっては、
これまでの日本人の体験にはなかったような
たとえばヒグマとの出会いにまで至るような(笑)、
そういった拡張された「花鳥風月」世界が展開する自然が広がっている。
そんな印象を強く持った次第です。