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車両火災で高速通行止め

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昨日から、久しぶりに東北へ出張です。
飛行機で着いた仙台で1件、要件を片付けてから、秋田での取材のために車で移動。
高速を飛ばして、約260kmあります。
あんまり体力が回復していないので、ちょっと早めに着くように・・・
と思って出たのですが、高速に乗る前から
「古川〜築館間で火災発生、通行止め」という表示。
わたし、不思議とよく車両火災って、目撃いたします。
一度など、ちょうど発火の瞬間を目撃。
乗っている人が車から飛び出し、車両から火が上がっている横を通り過ぎ、
その直後、高速道路脇の電話から管制センターに通報したこともあります。
あとで冷静に考えると、けっこう怖い経験ですね。
まぁ、路肩のあたりに停車している火災車両と、
追い越し車線を走るこちら側では、若干の緩衝地帯はありますが、
風の具合によっては、火の粉が飛んでくる可能性もあります。
もしそんなことになれば、車はたっぷり燃えるものを積んでいるので
たいへん危険ですよね。
というようなことで、仕方なく手前のPAで、時間待ちがてら
えらい早めの食事を取ったりしていましたが、
たぶん、無線交信で情報が早そうな長距離のトラックドライバーのみなさんも、
なかなか動き出さない。
1時間ほど待ってみても、状況は変わらないので、
仕方なく、事故現場手前の古川で高速を降りて、国道を20kmほど迂回するのを覚悟して
ふたたび、高速を走り始めました。
で、古川手前で、「ここで降りよ」という標識。
まだ通行止めだったわけなのですが、ちょうど警備に当たっていた係の方1名が
あわただしく三角ポットを撤去しはじめていました。
「これは・・・」と思って、窓を開けて聞いたら、運良くたった今、開通とのこと。
我ながら、なんと運のよいことよ、ということで、わたしの車は開通第1号車でした。
でもまぁ、みなさん、イライラしていたのか、
どんどん、追い越されること、追い越されること。
あっという間に、取り残されていってしまいましたが(笑)。
で、さて、どんな事故だったのかなぁ、と気にしながら通過したのですが、
道路上にはそういう痕跡らしきものは発見できず。
わたしは高速での車両火災、目撃は2度ほどしているけれど、
考えてみたら、後ろから来て、通行止めにあったのは今回初めて。
たっぷり時間もかけて、完全に危険を取り除いてから
通行させるようなのですね。
通行止めしていた区間から、かなり離れたパーキングで
ちらっと、それらしき車両運搬大型車と、たくさんのハイウェイパトロール車両群が
停車しているのに遭遇しましたが、あれだったようです。
車の火災事故って、最近はいろいろなメーカーの問題も指摘されるようになっています。
安全神話が揺らいできているのか、情報開示が進んできたのか、
その両方なのか、まぁ、わたしも2度ほど遭遇したくらいですから、
けっこう多く発生しているんでしょうね。
なので、ひたすら安全走行に努めて、のんびりゆっくり
ようやくにして、秋田に到着いたしました。
普段の走行時間の倍近くかかったようです。
車の整備、ふだんから心がけないといけませんね。やれやれ。
写真は秋田拠点センターアルヴェ の巨大吹き抜け空間です。

木製窓のメンテナンス

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わが家の窓は、すべて木製3重ガラス入りサッシを採用しています。
いまから、17年前ですが、
木製窓というのはとても珍しくて、慣れていない工務店さんだったので
扱い方を彼ら自身が知らず、初めて使ったときにさっそく壊しそうだったほど。
国産のサッシはほとんどが引き違いのタイプですから、
回転窓という、木製窓の標準仕様自体がわからなかったんですね。
当時はスウェーデンからの輸入だったので、新築現場に運び込まれた
大型梱包を見ただけでも感激したものでした。
大型の窓もあって、一番大きいのでは全面ですから天地で220cm、左右300cm近く。
それにガラスが3枚入っていて、しかも北欧パイン材の木枠。
がっしりしてたいへん重く、大人4〜5人がかりで、2階まで設置していました。
というような記憶がありますが、
アルミやプラスチックといった工業生産品とは違って、木という
生物原料による加工品なので、
とくに金物との連結部分など、重量との兼ね合いもあってメンテナンスが必要。
また、防水塗膜は塗装で行うのですが、
日射などの条件にもよりますが、定期的な塗り重ねが必要。
まぁ、わが家の場合、これまでに1〜2度、塗り重ねをしました。
一度は増築の時点で、ほかの造作工事と合わせて。
もう一回は、部分的に行ったので、自分で塗料を買ってきて塗りました。
やるとけっこう面白い。息子にも手伝わせた記憶があります。
きのう、1カ所、金物の取っ手が回らなくなったので、
看てもらった様子です。
どうも内部にしまいこまれたプラスチック部品に不具合があったようで、
それをメンテして、無事、使えるようになりました。
そのほかにも、不具合が出ている窓があるのですが
これは窓が悪いというよりは、建築工事の方の問題。
雨じまいの問題でして、抜本的に解決するには大がかりな工事が必要。
なので、いまは、様子を見ながら、使っています。
性能がよくて、しかもいろいろな色を塗装できる楽しみもあり、しかも、
ピクチャーウィンドとしては、太い枠が美しい木で額縁される、という木製窓ですが、
こういうメンテナンスが不可欠なので、
メーカーさんとしても、簡単に販路を広げられない部分があるようです。
また、建てて売ったら、なるべく手間のかかるお客との接触を避けたいメーカー住宅では
あまり採用したくない、というのが本音かも知れません。
でも、やはり、いいものです。
この自然な風合いには、愛着を感じさせるものがありますね。

3階からの眺め

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さて、休日を利用しての家の中での引っ越し。
きのうで完了いたしまして、楽しく過ごしております。
街に外出して、歴史書を新しく購入してきまして、
ゴロゴロと寝そべって、読みふけったりしております。ふむふむ。
こういう時間が持てる幸せを満喫しております。
やはり趣味の世界、というか、好きなことがある、
時間がいくらあっても足りないような熱中できることがらというのは、貴重なモノですね。
人によってそれぞれでしょうが、
わたくしの場合は、まさに歴史関係の書物でして、
最近の古代史の研究の進展など、まさに刮目の思いで楽しんでいます。
それと、やはりこちら側の人生経験の積み重ねで、
いままで、気づきにくかったこと、
文章に書かれた以外の、いわば行間の部分が
同じ人間の営為として、深い部分で共感・理解できるようなことが
たくさん、発見できるように思われます。
仕事以外に、こういう探求心を持っていられる興味分野があるというのは、
これからの人生で、ありがたいことだと思っています。
さて、3階での生活で一番楽しいのが、ごらんの眺望。
近隣には、三角山という、そのまんまの名前の山があります。
昔から、この山に縁の深い暮らしを積み重ねてきています。
幼少期には、世界の果ての山という認識があり、
高校時代はこの山の麓の学校に通い、
同期会にみんなで付けた名前は、「三角山の会」。
そんなことから、住まいもこの山を見ることができる土地をもとめて建てた次第。
しかし、密集的な住宅地なので、
2階建てでは最近、なかなか、山を見ながら暮らす
というわけにはいかなくなっています。
それが、毎日こういう眺望を我がものにして暮らせるようになりました。
毎年、春、ゴールデンウィークのころには
この山に登って、その年の夏場を乗り切る体力を涵養しています。
ことしも、坊主と登ろうな、ときのう約束いたしました。
まぁ、1時間くらいで登れる山なので、
ハイキングみたいなモノなんですけど(笑)。
元気も回復してきて、やや気力も盛り上がってきている昨今です。
ということで、ではでは。

3階建ての上り下り

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長引いているインフルエンザ以来の体調不良の改善のために、
先週、お医者さんから言われて、家の中の自室を変更することにしました。
もともと、3階建てではあったのですが、
以前は事務所兼用で増築もしていた建物なので、部屋数はゆとりがあります。
ということなんですが、やはり広いと光熱費やらなにやら、
ちょっと不経済ではある建物ですね。
今回、使っていなかった3階の部屋を模様替えして、
書斎に替えたのですが、使っていないとはいえ、
やはり大量の不要物が蓄積していくのがお決まりパターン。
なので、写真のようなスッキリしたモノのない状態にするまでには、
ほぼ半日がかりで、大型ゴミを3階から1階まで、
降ろして、そして、1階から必要なものを運ぶ、という作業をやりました。
その後、札幌市西区発寒の大型ゴミセンターに持っていって廃棄しましたが、
まぁ、ワゴン車の荷台にほぼ8割くらいの荷姿。
どうしてもあるんですよね、もう使わなくなった家電製品とか、
その他諸々。
まぁ、こういう機会にきれいになるので、それはいいのですが、
きついのが、3階への上り下り。
不定形のモノたちを、慎重に落っことさずに、持ちながら、
往復だけでも、たぶん、50回くらいはしたでしょうか。
夜になって片づけて、風呂に入って早くに休んだのですが、
夜中から、あちこちの筋肉が警報を発令しております(笑)。
いやはや、情けない状態であります。
最近は都市型住宅として、3階建てが増えてきていますが、
こういうモノの移動には、やはり辛いものがありますね。
まぁ、めったにこういう機会はないでしょうが、
みなさん、3階の部屋の模様替えって、つい億劫で、断念するのではないでしょうか。
わが家の場合は、どうしてもツギハギ的な増築の結果、
階段位置が別れている、というのも影響しています。
すくなくとも、1階から3階までストレート、というか、
折り返し型でもいいのですが、移動距離を少なくプランしなければなりませんね。
というような教訓を身をもって体験しました(笑)。
ですが、3階居室は2面採光のうえ、高窓もあって、
たいへん見晴らしが良くて、きのうまでの体調不良は飛んでいったようです。
かわりに、筋肉痛がお土産に付いてきた、ってところでしょうか(笑)。
3階だと、街中でもほとんど隣家の視線が気にならなくなりますし、
星空も眺められて、気分的にはたいへん開放感に満ちております。
ブログも書きやすそうだ、とニンマリしている次第。
ということで、春の模様替え、顛末記でした。ではでは。

日本家屋と庭

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残されている古民家って、大体が農家型住宅が多いということもあるのですが、
写真のように、暗い室内空間と、
それとは対照的な鮮やかな色彩の庭の緑というコントラストが感じられる。
この写真のように見ることができる暮らしの背景、
ピクチャーウィンドそのものといえるこうしたなかに日本人は生きてきた。
こういう光景の中での、「習慣美」が沈殿してきているのだと思う。
農家型住宅ばかりでなく、都市型住宅でも
たとえば京の町家のような密集住宅でも
巧みに中庭を配置させることで、生活の中の四季感を味わうような暮らしを
工夫してきていますね。
こういうあたり、最近建てられる民家では、
室内空間の現代的快適生活の「装置的」部分の快適性は向上しているけれど、
緑との共存、暮らしの句読点とも言える部分のゆかしさ、
のようなものが、ずいぶんと無視されてきている気がします。
現代では、郊外に建てられる住宅とは言っても、
基本的には、集合的都市住宅であるので、
京の町家のような工夫をもっと進化させるようなことを考える必要があると思う。
あくまでもボックスとしての閉じられた快適性を
ひたすら追求するというのが、多くの作り手の関心事。
でも、それだけではなく、敷地条件を考えながら、
その土地での暮らしに溶け込んでいくような工夫が欲しい。
そういう意味では、ランドスケープデザインの手法を
暮らしへの提案として、トータルに提起して欲しいと思います。
はじめて建てた家で、って、いまも住んでいる家で、
増築前に一本のシンボルツリーを植えたのですが、
ずいぶんと、癒されたものです。
はじめて、地面に足を付けて暮らす感じ、というか、
この場所で、腰を落ち着けて暮らしていく、というような思いを
そんなしつらいから、感じたものでした。
木の様子を日々の暮らしの中で楽しんでいると、
四季のほんの小さな変化が、実に印象鮮やかに奥行きを持って理解できるんですね。

連棟スタイルの住まい

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日本ではいまは、戸建て住宅というと
ほぼ一家族のための住まいというのが一般的ですが、
外国では、よく連棟式の住まいというのに出会います。
「集まって住む」というスタイルですね。
ふつうに、都市住宅として建売なんかで、壁を共有している住宅が分譲されている。
そういう場合は、まぁ、他人同士が住んでいるわけですが、
一度、北欧の方で、ヒッピー(って古いかなぁ)たちが
自分たちの価値観を実現できるような家、というコロニー型の住まいもありました。
もともとは他人同士だけれど、いくつもの家族が集まって住むことで
ちょっとユニークなコミュニティが成立していて、
暮らし方が楽しく膨らんでいる印象を持ちます。
スウェーデン・ヨーテボリの建築家ハンス・エークさんの
「無暖房住宅」も、こういう連棟スタイルでした。
熱環境的に考えても、こういう住宅の建て方は合理性があります。
外気に接する壁面積を減らすことができるので、
少ないエネルギーで生活できるというメリットもあるわけです。
なんですが、日本ではなかなか、連棟スタイルって馴染まない。
というか、そういう発想が少ない、ということでしょうか?
この写真の家は青森県の家なんですが、
兄弟で左右に分かれて同じ棟を共有するという家です。
片方は子育て真っ盛りで、こどもとにぎやかに暮らしていて、
もう片方は、独身生活を謳歌しているという兄弟の方でした。
これから、結婚への考え方でシングルを選択するケースも増えている。
そういう場合でも、やはり距離感を保ちながらも、
肉親の安心感に包まれて暮らしていく、というのは必要な要素。
プライバシーを保ちながら、そこはかとなく存在感は確かめられる
というような距離感で暮らしていました。
もちろん、兄弟関係が良好で、お互いに納得ができている、という条件の下ですが、
こういう住まい方というのも、「家族」概念をもうすこし拡大してくれると思います。
結婚への対応などをめぐって、多様な価値観ができてきている社会の中で、
こういうスタイルの住まい、連棟スタイルっていうのも、
もう少し見直してみるのは、面白いのではないかと思います。
取材していて、大きな意味での家族関係が成立していて、
たいへん微笑ましい暮らしぶりだったです。
まぁ、メリットはいろいろありますが、一番大きいのはコスト負担。
ひとつの建物をシェアするということになりますから、
建築コストをさまざまにコストダウンさせることが可能なんですね。
でもまぁ、親しき仲にもしっかりルールと、取り決めを定めて、
とくに権利関係はハッキリさせておく必要はあります。
そうした基本部分がしっかりしていて、
お互いのプライバシーへの配慮がなされれば、
楽しい住まい、ユニークな暮らし方を手に入れることができると思います。

溜飲を一気に下げるスコア

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きのうは日本各地、寒かったようですね。
九州では季節外れの雪が降った、それも平地で、って、
北海道でもこの時期になるとニュースになるくらいなので、
さぞかし、びっくりされたでしょうね。
きのうの野球も、相当に寒かったようで、
選手の息が白かったなんて、マジか?ってとこでしたね。
楽天・田中君の初勝利は、ずいぶんとみんな祝福の嵐ですね。
なんか、憎めなさそうな、癒し系のキャラなんでしょうか。
いまのところ、ほのぼのと、一生懸命野球をやっているという
雰囲気が伝わってきて、いいと思います。
あんまりいないキャラクターだと思うので、大事にしていって欲しいですね。
でも、勝ったあとの雄叫びはダルビッシュ君をまねたのか、
気迫がわかりやすく伝わってきます。
この雄叫び、例の「あっぱれ、喝!」おじさんコンビニは
あんまりいいものじゃない、って言われていましたが、
どうなんでしょう、プロなんだから、こういうパフォーマンスは
時代にも合っているのではないでしょうかね。
そのうち、我が北海道日本ハムファイターズとも札幌で戦うことになるでしょうが
困ったなぁ、っていう気にさせてくれますね(笑)。
さて、写真は、ダルビッシュ君が投げて勝った翌日、
坊主が友だちのところにカミさんと出かけてしまったので、
つい、足が向いてしまった、日ハム観戦の打棒爆発のスコアボードです。
プロ野球でも、投手のできひとつでここまでワンサイドになることがあるんですね。
楽天の一場投手が14自責点という滅多打ちにあったわけですが、
まぁ、こちらとしては、これまでの打てない分をまとめて吐き出したような試合でした。
坊主の野球ゲームでもここまでのワンサイドはなかなかない。
たぶん、今シーズンでもこんなに打ちまくる試合はもうないと思われます。
そんなことで、記念にアップしておきますね。
一場君、めげずにがんばってくださいね。

居間の中のこどもコーナー

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写真は先般取材した秋田の家。
こども室って、取材していると面白いのだけれど、
そのための部屋数確保というのが新築の大きな動機なので、
大体が、個室で、扉も付けられて立派に作られています。
なかなか、このあたりについての革新的な考え、って持ちにくい。
で、このお宅では、子どものコーナーをごらんのように
居間の壁面に沿った位置に、しかも
台所食堂からもひとつながりの空間の中に納めていました。
部屋まで必要はなく、机を壁面に向けて造作した、という感覚。
たぶん、お母さんが子どもとのコミュニケーションを重視して考えたようです。
まだ、この家ではこどもさんは小学生がふたりで、
もうひとりは生まれたばかりの赤ちゃんという構成もありますけれど。
取材に伺ったら、こどもさんたちは実に元気よく
勢いよく、そとに遊びに飛んでいってくれていました。
大変にぎやかだけれど、でも考えてみれば、
こどもといっしょに暮らせる時間なんて、案外短い時間しかない。
せいぜい20年くらいのもの。
そのあとは、がらんとした、子どもが前にいた部屋、っていうのが
寂しく残るだけ、っていうのもなんかおかしい。
そういう意味で、本当に個室である必要があるのか、
というような考え方のようなんですね。
であれば、子どもといっしょにいる時間をにぎやかに楽しむような家っていうのもありでは。
こういう子どもコーナーだと、それこそ子どもとのコミュニケーションは
想像するだけでも笑えるような大騒ぎだろうな、と思いますね。
でも、おかあさんとワイワイ話ながら、
宿題をやる、とか、勉強をするという環境の方が、
個室にこもりっきりよりは、明るい性格を育むのではないか、という気もします。
まぁ、この家では、
2階にファミリールーム的な大きな部屋があって、
たぶん、こどもさんが勉強時期になったら、個室を用意できるだけの
スペースは確保されていました。
必要なときに、簡単に造作しよう、という考えが読み取れました。
実際に子どもを見ていて、やはり子どもには、
この写真のような家族との距離感の方が
楽しいのではないか、というような印象を強く感じた次第です。
みなさん、いきなり個室の方がいいでしょうかね? こども室って。

編集長交代

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わたくし、この度、住宅雑誌リプランの編集長を
後任(佐藤まゆり)にバトンタッチいたしました。
創刊以来、19年以上編集長をやってきまして、
もちろん、商業雑誌としての枠の中ではありますけれど、
北海道や東北各地の家づくりの現場を見続けてきました。
そうしたなかで、感じてきたことが、雑誌づくりの基本的なスタンスを
形作ってきた部分でした。
やはり、実際の住宅を訪問して、そこで
家を建てた建て主さんに、その思いを取材し、プロのみなさんともじっくりと話し合うこと、
そうしたフィールドワークが、わたくしや、リプランの家についての考え方のようなものを
まとめさせてくれたものと思っています。
このブログのテーマに据えた、「性能とデザイン」ということ。
常にそのバランスを意識しながら、一方で
住宅の作られようの移り変わりを肌で感じてきました。
北国住宅として、基本的に押さえなければならないこと。
そしてそのなかで、いかに豊かなくらしのステージを創造できるのか?
多くの楽しい家をご紹介し、その事例が次の建て主さんに多くの刺激を与え、
さらに楽しい家が、まるで、帰ってきたブーメランのように
新たな、創造性に満ちた空間を生み出していく。
メディアとして、そういう実感を抱きながら、北国住宅の変化のプロセスを感じることができました。
そんななかで、業務も拡大してきて、
いまは札幌と仙台にオフィスを構え、多くのスタッフにも恵まれてきました。
今後の業務内容、目指すべき方向性などを考え、
わたくし自身は、「発行人」として、今後は関わっていこうと思います。
とはいえ、いままでと同様に、家づくりの現場はつねに見ていきたいと思っています。
バトンタッチしたメンバーのもとで、わたくし自身も
スタッフの一員として、活動は続けていきたいと考えています。
また、これまでよりも幅広い視点で、業務の活性化も
図っていきたいとも思っております。
このブログも、多くのみなさんにご覧いただいていますので、
この場を使って、ごあいさつさせていただきました。
これまでありがとうございました。そしてこれからもどうぞよろしく。
お気づきかも知れませんが、
ブログのタイトルも変更しています(笑)。
これまでの「こちら編集長(こち編)」から、「こちら発行人(こち発)」と
リネームいたしました。って、まぁ、何が変わったんだ?
というところですが、これまで同様、ご愛読のほど、お願い申し上げます。
これまで通り、住宅現場ネタをはじめ、
毎日更新で頑張っていきますので、どうぞよろしく!

北東アジア論_2

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中国の温家宝首相が来日し、国会で演説した。
中国という国の政体については、いろいろと論議にあるところ。
ああいう独裁国家の指導者を仮にも民主国家の最高機関で演説させるのはどうか、
というような声が、中国の反体制派から出ているということだそうだ。
しかし、天安門事件という衝撃があって、
中国共産党指導部も、ずいぶん変わってきているのは疑いはない。
それに対して、世界の政治舞台では、冷静に対応しているというのがリアルなところ。
実際、中国という国の歴史を見てくれば、
あの国で、民主的なプロセスでの国家運営というものが
可能かどうか、は確かに難しいとも思える。
曲がりなりにも、あの膨大な人口を食わせていく政権、というのは
現実的に、ああいう政治体制もありなのかとも思う。
人口10億にもなる単一国家であって、民主主義的な国家運営を行っている、
という政体は、先進国家にはない。
いま、中国は少なくとも「開発独裁」型の政治体制が似合っている段階でもあり、
その意味では、戦後の自民党と中央官僚組織というヒエラルキーが
中国がもっとも参考にしている政体であることは自明。
日本には、そういう体制で、野党という存在があったけれど、
現在の中国では、そういう存在がない、というところ。
歴史的に、中国は、それ自体、多様な民族を含んでいる連邦型国家であり
強大な独裁しか、国家をまとめ上げていくのは不可能なのかも知れない。
何度か、あの国では、いくつかの小国家に分立していた時期があったけれど、
それでは、安定しないのも事実だと思う。
結局は多くの内戦が発生して、民衆の大量死が不可避。
そう考えれば、ある程度、独裁型の権力体制が必要だとも考えられる。
中国という社会が安定するのは、そうした側面が避けられないのはないか。
そういう内政的な部分が中国指導層の大きな関心事なので、
あまり排外的な姿勢は取ったことがない。
これは朝鮮の外交姿勢も預かっているのだとは思えるけれど、
歴史的には、中国は陸続きの朝鮮全部を併合するまでは、したことがない。
日本に対しては一度、派兵してきたことがある。
元寇だけれど、これも中国民族というよりはモンゴル系の
遊牧民族による王朝であった、という側面が大きいと思う。
ただし、この元寇の体験は、日本民族に計り知れない恐怖心を植え付けただろうと思う。
中国というのは、北東アジア世界では
まさに「中華」であって、世界の中心であり続けてきた歴史。
すくなくとも彼ら自身は、そういう意識を強烈に持っていることは理解しなければならない。
日本は、明治以来「脱亜入欧」というのが基本スタンスであり、
対アジアへの、排外主義というのが芽生えやすい土壌を培ってきた。
中国や朝鮮に対する敬意のない民衆感情を、意図的に為政者たちは扇動してきた。
在日のかれらへの偏見や差別は事実として存在し続ける。
21世紀の今日、こういう基本的な部分から
日本人は変わっていかなければならないと思う。
これがなかなか進まず、むしろ、若い世代にすら、嫌中、嫌韓、嫌朝、といった
歴史をまったく理解していないおかしな風潮がはびこっている。
正しい国際関係を構築していくためにも、
日本社会の国際化、アジア理解の促進が必要だと思う。
難しいけれど、まずは、アジアの中で、正常な国家関係の基盤を構築しなければならない。