
人間の一生の意味合いをあらわす価値観として
「一生涯を貫く仕事をもつ」という規範があると思います。
おとといの葬儀に参列して、現役のまま亡くなった若い方の無念の気持ちと
同時に、その仕事に賭けていた生き様を想起するとき、
それもまた、ある潔さを感じていました。
現代社会は、いろいろな決まり事によって運営されている。
いちばんの「決まり事」って、「法による支配」なのでしょう。
「悪法とはいえ、法である」という言葉がありますが、
「法治」ということを良く表現している。
そういう規範、法によって生きていく上で、
わたしたちは大多数が法人企業に属して経済活動を日常行うようになった。
資本主義社会では、そういう「生き方」が一般的な規範になる。
ところが、そこには「定年」と「年金制度」という両輪が存在して
強制的に、年齢という一律条件で労働市場から排除される仕組みになる。
自分自身の生き方として、「一生涯を貫く仕事をもつ」
という選択肢は、その自由度が制限されている。
それを拒む生き方としては、独立自営の困難さを受け入れるしかない。
しかしほんとうにそうか?
「定年」と「年金制度」という「法」が想定していたラインをはるかに超えて
科学医学の進化によって人類の高齢化が起こり、
人間の寿命についての「常識」が大きく変化したのに
法だけが、制度として残っているに過ぎないのではないか。
高齢化を迎えリタイヤせざるを得なくなって、
その後の生き方を考えておけ、というような刷り込みが行われているけれど
おかしいと思っている。
やはり「継続は力」なのだ。
それまでに積み上げてきたこと、経験に無理矢理断絶を強制することは
やはり理にかなってはいないだろう。
東京博物館で、「人間国宝展」を見てきた。
日本民族がこの社会の中で生み出してきた
さまざまなジャンルの中での精華を見続けていて
こうした思いをつくづくと感じていた。
熟練していく手業は、年齢条件とはほとんど関係がない。
人類が高齢化してきたのなら、
その最先端には新たな文化素地が育っていくに違いない。
いわば、「高齢社会文化」というべきものは、日本発の世界文化たる条件が
時間経過とともに高まってきていると思われるのですが、
みなさん、いかがでしょうか?
Posted on 2月 10th, 2014 by 三木 奎吾
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きのうは、大急ぎで東京から札幌に帰ってくる要件であった
知人の通夜に参列させていただきました。
まだ若い方で、その経緯もよく聞いていたので
若い、惜しい、というような内語の言葉が繰り返されます。
昨年、病を患って入院された折、
見舞わせていただいておりました。
わたしの友人たちにもガンの患者は多く、みんなそこから結構長生きしている。
まったく復活しているひとも多い。
むかし一病息災といったが、ガンもそういう付き合いが可能なのでは、
というような思いもしてきていた。
だから、医者の言うことにきちんと従っていれば、というような
お話をした記憶がある。
しかしそのお話しの中で、「いろいろなところにもあって・・・」という
気になる点があったので、心配はしていた。
しかし「生存確率」云々の高さも語られ、明るく振る舞っていられた。
その後、退院できて仕事にも復帰する予定、のような消息も聞いていたので
ある程度、安心していた。
それが最近になって、再度入院することになったという知らせ。
そして、今回出張に出てすぐに死去の連絡を受けた次第。
まことにあわただしく、また痛恨の極みであります。
ひとの生き死には、いかんとも人為の及ばない部分がありますが、
やはり自分よりも若い方の死というのは、
大きな空洞をこころにもたらす部分がある。
葬儀委員長を務められた方もよく存じ上げている方で
そのあいさつでも、そういった言葉が聞かれました。
「まだおれは死にたくないんだ」と語っていたという
お話しが披露されていましたが、
まことに無念の思いを共有する次第。
しかし、考えてみると東京に居て
知らせを受けてから、すべて満席だった飛行機便にキャンセル空席が出て
それをタイミング良くゲットできて
東京の大雪にもかかわることなく通夜にも参列できたのって
これもなにか導かれるようなことだったのかもしれないと思います。
そんな雑感を抱きながら、謹んで参列させていただきました。
あらためて、合掌。
Posted on 2月 9th, 2014 by 三木 奎吾
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わたしきのうまで2日間、東京におりました。
出版関係の年に一度のイベントがあって、参加していた次第。
そのイベントは5日から始まって7日で終了なのですが、
で、なぜか、7日の札幌便が特異日のようにチケットが取れなかった。
やむなく土曜日、8日最終便にようやく席が取れたので
それで3日間の予定だったのです。
とはいっても、土曜日は特段予定は入れずに、骨休めと考えていたのですが、
テレビでは、どうやら8日は相当の大荒れ予想を流している。
ヤバそうな雰囲気がハンパないのであります。
金曜日の札幌便が満席だったのは、どうやら雪まつり関連のようなんですね。
札幌から東京に来て大雪難民になるのは避けたい(笑)。
でも、そのままでは土曜日にも帰れなくなりそう、ということで、
ホテルでインターネットでチケットをチェックしていたら、
キャンセルが出たようで、時間差で数枚のチケットが購入可能になっている!
速攻で予約、決済して8日21時の便から7日19時の便に変更。
無事に満席の飛行機で札幌に帰還致しました。
きょうからの大雪がウソのように平穏なフライトで機中は爆睡モード。
でも、本当に便利な世の中になったものですね。
現代人がこれまでの歴史的存在としての人間と決定的に違うのは
その行動範囲の自由度が加速度的に進化している点だと思いますが
その恩恵をきのうはたっぷりと感じました。
いま午前7時過ぎですが、テレビの東京大雪特集ニュース(笑)を
安楽な大雪の札幌で、余裕たっぷりに見ております。
性格の悪さが如実に出ているかなぁ(笑)。
というのは冗談ですが、
こっちでは留守の間、とくに雪かきの必要はなかったようで、
家人にも負担を掛けなかったようです。
でも、帰って来てから夜とけさの2回、せっせと雪かき。
まぁ、東京の雪とは違って軽いので
そんなに往生するものではありませんが、
それでも都合トータル2時間以上、帰着後、雪かき家事であります。
これくらいよく体を使っているのだから、
神さま、もうちょっと体重減少のプレゼントをくれてもいいのではと思うのですが
雪かきというのはあんまりダイエットにはつながらない。
汗は掻くけれど、それほどの効果がないのでしょうか?
だれか、効率的な「雪かきダイエット法」という、
寒冷地限定版の研究情報ツール、本でも発表してくれませんかね?
あ、そうか、ニーズを感じている自分でやるかなぁ(笑)・・・。
<写真はふなっしーファンの娘が作った応援ウチワ>
Posted on 2月 8th, 2014 by 三木 奎吾
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「中国をナチスになぞらえ…比大統領、支援求める」
フィリピンのアキノ大統領は4日の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)の
インタビューで、南シナ海の領有権を巡って同国に圧力をかける中国を
ナチス・ドイツになぞらえ、
「我々が間違っていると思うことに『イエス』と言って、
事態が悪化しない保証があるのか」と述べ、
中国に対抗する上で各国の支援を求めた。
大統領は、第2次世界大戦前の1938年、
ナチス・ドイツによるチェコスロバキア・ズデーテン地方の併合を認めた
宥和政策で、戦争を防げなかったことを指摘。
「(国際社会は中国に対して)どの時点で
『いいかげんにしてくれ』と言うのか。
国際社会はそれを言わなければならない」と訴えた。
というニュースが、各紙で控えめに扱われている。
東アジア世界での最近の日中韓の冷戦的関係の表現として
中韓両国が声を揃えて日本とナチスドイツを同列にして
非難するという宣伝戦が行われているのに対して
フィリピンが、それを逆手に取るような形で
中国の海洋権益膨張路線に対して非難の声を上げたわけだ。
南シナ海海域での中国による権益拡張の動きは
これまでも小さめのニュースとして注目されてきていたけれど、
電子版とはいえ、ニューヨーク・タイムズが正面から取り上げたのが
今回の特徴と言えるのだろう。
欧州が、中国の経済的な勃興に比例して融和的な姿勢であるのと
アメリカも自国の内政問題、財政問題から
できれば世界の警察官の位置から自らを遠ざけたいと
オバマ政権としては中国に対して決して強気には出ていない。
中国側が、太平洋には米中2大国が覇権を分け合う広さが
十分にあると発言したという習近平に、オバマがどう対応したかが
あまり大きくは情報として出てきていない。
黙認的な態度を取ったに違いないことが、その後の情勢変化からは
読み取ることができるといえる。
そういうなかでのアキノさんのこういった発言は、フィリピンとしては
ある種の賭けに打って出たと言うことかも知れない。
次いでベトナムが同様の対応を見せるようになれば、
欧米国際社会は、どのように対応してくるのか、
韓国はまさに中国への忠誠の証しのようにして、
日本の従軍慰安婦問題を外交的なカードとして使い続けている。
韓国としては、そうする必然性があってのことなのだろうけれど、
中国の尖閣挑発が日本の民族主義を刺激しているなかで、
きわめて危険な外交態度と言わざるを得ない。
折しも、オバマが日本を訪問し、その後、
フィリピンとマレーシアを訪問すると発表し、韓国については
訪問するともしないとも明確にはなっていない、とされる。
複雑な話し合いの駆け引き、綱引きが行われているのは明白。
そもそも、欧米が融和的な態度である根源である発展する経済の面でも
中国には資本の移動の自由が保障されていないので
共産党幹部たちが溜め込んでいる裏金が巨大になりすぎて
そのはけ口を求めて、臨界点に達しているのではないかといわれている。
歴史は繰り返すと言うことなのか、
どうにも東アジア情勢が、難しい局面なのだと思う。
Posted on 2月 7th, 2014 by 三木 奎吾
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いつのころからか、「見える化」という造語が交わされるようになって来た。
どうも感覚としては、中央省庁の役人言葉にルーツがありそうです。
Wikipediaでは、
広義には可視化と同義だが、狭義には可視化されづらい作業の可視化を指す経営上の手法として、一部の人が使っている言葉である。学術的な用語として確立した言葉ではない。
とされていて、記述には続けて問題点も指摘されている。
目的意識を持たずに「流行っている」「何となく効果がありそう」で
見える化を行っても、現場に負担を強いてリソースを消費するだけで、
成果が上がらないことが多い。
目的を持ったうえで「その目的のためにどの作業工程の何を見える化し、
その結果からどのような対策を打つか」までを
考えてから行うことが望ましい。
また、業務の今まで把握されていなかった知られざる部分を
見える化によって把握し、改善を講じるということは、
言い換えると「今までの業務のやり方は駄目だった」と指摘することでもある。
そのため、事前の関係者間による調整が十分でないと、
円滑に改善できなくなる恐れがある。
現場のマインドなど自己申告による主観的な値を数値化しても、
目的を意識したバイアスがかかってしまい客観的な判断材料にはならない。
そのような点から「『見える化』を唱える論者が、
往々にして『見える』とは何かが『見えていない』
あるいは『見ようとしない』」といった
他の多くのバズワードと同様の問題点を抱えているという指摘も存在する。
というような次第であります。
まぁ、あんまり日常語とも言いづらく、
だんだんビジネス的には使われるようになって来た言葉でしょうか。
住宅の世界で言えば、写真のような使われ方が一般的。
これは先般来紹介した「エネマネハウス」での定点観測データ。
いわゆるHEMSというようなものでしょうが、
どうもこれって、省エネのための省エネだけのもの、
というような感覚が根強く感じられて、
研究検証用としては理解出来るけれど、
一般日常アナログ的生活感覚には、まず、縁遠く感じる典型。
だから個人としての人間の幸せになるのかといえば、
確かに「利益」にはなる可能性がある(何々が過剰だから節約しようとか)
けれど、それは「トクする」ということであって、
「しあわせになる」ことではないように思わざるを得ない。
ちょっとこのあたり、微妙だけれど、
生活心理と、社会管理者意識とのせめぎ合いで
後者の側の押しつけが目立っているなぁと思う次第であります。
もちろん、その研究成果を否定するものではないのですが、
わざわざHEMSの機械を自分でお金を掛けてまで設置するか、
といわれれば、微妙ということです。
一般的にはどうなんでしょうか? 疑問を持っています。
Posted on 2月 6th, 2014 by 三木 奎吾
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グラフは、住宅雑誌としてのReplanが
その知り得た住宅についての情報と、
知見を有した住宅技術関係者のネットワークを活用して、
住宅についての疑問や悩み事に対して
相談ボランティア活動として行っているNPO住宅110番ホームページの
アクセス数の推移です。
インターネットが話題になって来た頃、
1996年ころから開始して(NPO法人設立は1998年)
現在まで17年以上継続してきています。
以下趣旨。
NPO住宅110番は、住宅を建てたりマンションを購入されたユーザーからの、
住まいのトラブル・相談に、住宅建築の最前線にいる専門家が
ボランティアで答えアドバイスする、
インターネットサービスを提供するNPO法人です。
これまで当事者同士の閉じられた場所で議論されてきた
住まいの問題や疑問について、
オープンな議論の場を提供し、
より健全な解決方法や家づくりの指標が導き出されることを願い、
交流のためのシステムと環境を提供しているものです。
より良い家づくりが全国に広まることを理想としています。
母体となった北方圏住宅雑誌Replan誌のスタッフ、および情報提供者である、
寒冷地住宅の実践者のみなさんが協同で、
日本の住宅ユーザーに「高断熱高気密住宅」についての常識を中心に、
豊かな住情報を提供してきた次第です。
この間の総トータル相談件数は 概数で5000件におよび、
日本の住宅についてのひとつの「世論の場」として機能してきたと思います。
こんなことなのですが、
ほんとうに途切れず、いろんな相談が随時、寄せられてきます。
先日、NPOのあるアドバイザーの方から、
国の省庁の人と初対面で会ったときに、
「◎◎さん、よく知っていますよ。住宅110番の相談、いつも見ています」
というようにあいさつされてビックリされたと言うこと。
その後しばし、当方のホームページについての懇談があったというのです。
伝聞ですが、そういったお話しを聞くに付け、
この活動は、ぜひ継続させていきたいと思っています。
結局、人間のやれることで意味のあることは、そういうことなのではないかと
思い定めるような気がしてきた次第です。
ぜひみなさん、HPをご覧ください。
NPO住宅110番ホームページ http://npo.house110.com/
Posted on 2月 5th, 2014 by 三木 奎吾
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〜震災や原発事故の被災者に継続的な支援を続けてきた人たちの姿は
しだいメディアの後景に退いている。
もともと彼らを駆り立てていたのは、個人的な「惻隠の情」であった。
被災者を支援しない奴は「非国民」だというような攻撃的な言葉遣いで
被災者支援を語る人間は私の知る限りどこにもいない。
他者の痛みや悲しみへの共感は政治的な語法となじみが悪いのだ。
でも、「口を動かすより手を動かす」という謙抑的な構えをとる人たちに
メディアはすぐに関心を失ってしまう。
メディアは、その本性からして、
「ぺらぺら口を動かす人間」「何かを激しく攻撃している人間」を好むのである。
〜内田樹さんのブログ記事より〜
メディアを作っている立場の人間として
この内田さんの言葉は、重く感じ続けています。
写真は昨年行ってきた陸前高田要谷地区の高台移転用地。
旧市街は海に隣接していて、大きく津波を受けた。
この高台用地と海の間には国道も通っていて
歩くと20分くらい、クルマでも5分くらいはかかりそう。
間の国道での通行状況も影響しそうです。
そういうことなんですが、
やはり実際に高台の移転用地というのを見ると
そこに至ったプロセスの遠大さを思い知らされます。
平坦な土地の少ないリアス式海岸地域では
高台移転とは言っても、その用地造成は土木的にも難工事。
このように出来上がった用地も
どれひとつとして高さレベルが同じものがないほど。
日本の農業景観として「段々畑」や、「棚田」がありますが、
そういった言葉を思い起こさせるような景観です。
言ってみれば「段々集落」とでもいえるでしょうか。
この平成の世で多額の費用と
ひとびとの苦難を費やしたこうした土地集落が
これからどのような歴史を刻んで行くことになるのか
幸多かれと祈るほかはありません。
幸いにして、この地域では活発な家づくりの動きが出てきており、
真新しい住宅地に大きな息吹が咲こうとしています。
海と道、そしてそれらとの距離感が
この地域の新しい生活文化の基盤になっていくのでしょう。
一番は海との距離感ということになるでしょうが、
建てられた新築住宅では、一様に
海に向かっての景観確保が優先されていました。
Posted on 2月 4th, 2014 by 三木 奎吾
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写真は神戸異人館街のある住宅。
明治の初年にこうした「見たこともない意匠性」に遭遇したひとたちは
さぞかし、仰天したことでしょうね。
それまでの日本住宅建築の装飾性とはまったくスジが違った。
しかし、日本の職人技術は柔軟にこうしたデザインを消化していった。
でも、こういう「意匠性」って、
いったいどういうことなんでしょうか?
最近、よく分からなくなっている部分がある。
というのは、東大工学部の「エネマネハウス」の設計合理性と
そのデザイン表現に接して、
はたと膝を打つ部分があって、
どちらかというと、暴力的に性能合理性優先のものに
えらく惹かれる部分が大きくなっているのです。
人間の行動について合理性で判断して
装飾的、意匠的なものをそぎ落としていったものの方に
えらく「意匠的」にも強く惹かれてしまう。
東大工学部の「エネマネハウス」では、人間の家での必要領域として
3つの機能性に絞り込んで、
ひとつは、家族の中でのコミュニケーションゾーン、
もうひとつが生命維持的な水回りゾーン、
さらに個人的な活動空間領域というように明確に絞り込んでいる。
いいなぁ、っていうことです。
そうなんです、あんまり機能を複雑にすることが人間の幸せではない。
複雑な現代生活、現代人には単純化していた方がいい。
その分、エスニック性というか、その場所性に対して
徹底的に「柔軟に」こだわって、追従するデザイン手法というのもアリだ。
居住する地域の気候条件や、微気候条件の中で
もっとも気候工学的に対応した「ハコ」を作る方が理にかなっている。
どうも、そんな気がしてならないのであります。
さてさて、本日は面接仕事がたくさんであります。
その上、カミさんは風邪の症状がなかなか改善しない。
健康自慢にしては、今回はきびしい。
その分、あれこれ家事その他の案件がもろもろ発生しております。
がんばらなくっちゃ、、、、。
Posted on 2月 3rd, 2014 by 三木 奎吾
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今回の東京出張ではいくつかの目的があったのですが、
やはり住宅の実物の迫力は一番で、
表題の住宅群にたいへん強く惹かれました。
主催者としての経産省の発表要旨は以下の通り。
“2030 年の家“を展示する「エネマネハウス2014」を開催します
大学と企業の連携により、“2030年の家”をテーマに、
“エネルギー”、“ライフ”、“アジア”の3つのコンセプトの下、
先進的な技術や新たな住まい方を提案するモデルハウス5棟を
建築・展示する「エネマネハウス2014」を、
1月29~31日に東京ビッグサイト東雲臨時駐車場にて開催します。
1.開催趣旨
国内の家庭部門のエネルギー消費量の増加幅は大きく、
住宅の省エネ化が課題。その家庭部門の省エネ対策として、
「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」(以下「ZEH」という)への注目が高まっています。
※「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」とは、住宅の年間のエネルギー消費量が
正味(ネット)でゼロとなる住宅。
ZEHがより広く国内及び海外(特にアジア)に普及していくため、
エネルギー消費量だけでなく快適さや気候・風土に合った住まい方が
重要なポイントであり、今後備えるべき要件や評価方法の標準化が必要。
これらの課題を効率的に解決することを目指して、
建築、エネルギー等に係る先端的な知見を有する大学と、
商業化のノウハウや顧客ニーズを有する民間事業者の連携による
モデルハウスを展示し効果を実証するのが「エネマネハウス2014」です。
2.開催概要
大学と企業の連携により、“2030年の家”をテーマに、
“エネルギー”、“ライフ”、“アジア”の3つのコンセプトの下、
先進的技術や新たな提案をするモデルハウス5棟を建築・展示。
【参加チーム(代表団体・関係企業)】
1 慶應義塾大学・OM ソーラー株式会社・三機工業株式会社・東京ガス株式会社・株式会社長谷萬・銘建工業株式会社、他22社
2 芝浦工業大学・パナソニック株式会社・旭木材工業株式会社・丸宇住宅資材株式会社・銘建工業株式会社・東京ガス株式会社、他9社
3 千葉大学・JK ホールディングス株式会社、他34社
4 東京大学・積水ハウス株式会社、他16社
5 早稲田大学・旭化成ホームズ株式会社、他8社
担当
資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 省エネルギー対策課
こういった国の先導的な施策は、
情報発信は、全国的な主要メディアにのみなのでしょうが、
趣旨から言って、もっとアナウンスは地方に対してもされるべきだと思います。
まぁ仕方がない面もあるでしょうが、
こういった案件について、住宅の性能についてもっとも認識の高い
北海道の住宅関係者にほとんど情報が伝わってこないのは
いかがなものかという思いがしてきます。
北大や室蘭工大などの学生たちにも、ぜひ参加の機会を与えたかったと
強く思った次第。まぁ、申込みなどはしたのかも知れません、情報不足です。
こういった感想は置いて置くとして、しかし内容は素晴らしかった。
残念なのは、こうして作られた住宅モデルが、早々に破却されるということ。
もったいない、実に。
広く世論に喚起していくには、全国的な情報発信が欠かせない。
主催側の配慮を求めたいと思いますね。
Posted on 2月 2nd, 2014 by 三木 奎吾
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30日ほぼ最終便近くで東京から帰還。
全国的に暖かかったようで、札幌も気温高め。
出張中も雪には降られず、
家のまわり、事務所とも除雪機会はなかったようでした。
ちょうどカミさんが風邪で完全ダウンしていて
頼りがいのある息子ひとり、ということで心配していた次第。
で、翌日きのうも前半は好天で安心しておりましたが、
やってきましたね、ホワイトアウト。
札幌市内全域が前も見えない状態に突入しておりました。
なんですが、月末なので各銀行さん、合計5行の残高記帳など
ふだんはカミさんに任せている業務で出掛けねばならない。
すごかったです。
良く通っている道なので、それでも通行は出来ましたが、
前のクルマしか見えない。
対向車でライトをつけていないヤツもあって、あぶない。
ようやくにして札幌市内中心部にクルマを着けて
ある銀行の駐車場に入れさせてもらって
そこからは全銀行とも歩いて行ける距離と位置だったので
長靴を履いたスタイルで行脚完了。
帰ってからは、断続的に自宅、事務所の除雪作業に没頭。
なかなか親孝行だなぁとか息子をおだてて手伝わせ
無心に雪かき、雪かきであります。
雪のない東京とは、やっぱり天国と地獄ほどに違う。
まぁやらねばならない、しょがない、ですね。
でも、除雪は楽しいのであります。
具体的に状況がどんどん改善していく、というのを主体的にやれるのは
北国人の特権的な冬の楽しみでもあります。
また、お隣近所との貴重なコミュニケーション機会でもある。
でもまぁおまけは、どっさりの疲労と大汗であります(笑)。
さらに特典は、遅れてくる筋肉の痛み。
やれやれ、どんなことになるかなぁ?

そんな作業後、
忘れていた通販購入のメモリが到着。
さっそくわが愛機、MacBookPro15 late2011に装着。
ぐっとスピードアップを実感。
雪かきにMacの整理整頓、なんか、似た満足感があるなぁ・・・。
<写真は、飛行機搭乗前に寄った新橋飲み屋街の神さま・烏森神社>
Posted on 2月 1st, 2014 by 三木 奎吾
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