本文へジャンプ

いわき中之作・清航館

2016
2016-1

年末休み建築探訪、紹介した他にもいくつかの建築を見てきたのですが、
それほどピンとくる建物にはお目にかかれませんでした。
名前は高い建築家の作品でも、
ボリューム感や造形的に親近感を持てないものも多かった気がします。
で、ふり返って見て
一番最初に餅つきに行ったいわき中之作・清航館は
やっぱり私の好きな古民家だということに思い至りました。
地元で設計事務所をやっている豊田善幸さんが、自ら買い取った建物。
今回の餅つきのために、わざわざ主屋から出てきた
土をこね上げて、かまどとその小屋まで造作していました。
津波被害を受けたこの地域に残っていて
しかも「解体工事費」は震災当時、公共予算が付けられていたので
もう少しで解体される運命だったこの建物のことを知って自ら買い取った。
そういった経緯のことも聞いていて、何度か取材した建物です。
いまは、「レンタル古民家」として、イベント会場として
地域のみなさんに開放されています。
隣接した設計事務所兼用住宅に住んで、自ら管理もおこなっている。

2016-3

2階には田の字型の4部屋間取り。
そのなかの主室とおぼしき部屋には、螺鈿の細工が施された
床柱もあって、この建物の栄華を偲ばせます。
伺った餅つきの日には
たくさんの子どもたちが、4つの部屋を丸く走り回っていて
伝統的な間取りの自由さの意味合いを教えてくれるようでした。
そうなんです、子どもたちは、建築がもたらす「安心感」を
こうした間取りから感受性豊かに感じ取っているのではないか
そんな強い思いがしてきました。
平面図で見れば、単純すぎて設計者としては躊躇するのかも知れないけれど
使う側からすると、その空間的わかりやすさは比類がないのではないか。
普段はふすまで仕切られた空間が、ハレの日に
開け放たれて、自由奔放な空間が出現するダイナミズムは
個人主義的な「表現型」建築とはまったく別種の
コミュニティを仕掛ける装置の側面が強いと感じられた。

2016-2

そうした内部空間では、さまざまなデザインの建具類が、
そこに暮らす人々の感受性を豊かに花開かせていたのではないか。
こういった古民家建築には、きっとまだまだ十分には解明できていない
日常生活の創造性がたくさん仕組まれている、
そんな思いが強く感じられてなりません。
わかりやすく目を奪うような仕掛けではないけれど、
いわば漢方薬的なデザイン装置の知恵が至るところに感じられます。

建築探訪・LAKAGU〜隈研吾

2018

今回の旅では、神楽坂の「LAKAGU」に期待していました。
隈研吾さんは、北海道大樹町の「メム・メドウス」を見学した体験があり、
そこでは寒冷地を意識したユニークな建築デザインが実験されていて
たいへん好感を抱いておりました。
アイヌチセを設計モチーフにして、床面をコンクリート蓄熱体にして、
テント建築だけれど、2重構造にして断熱し空気層も確保させていた。
ひとが住むという原初的な姿を見せてくれていて
非居住ではあるけれど、「建築を通してなにかを感じる」
という意味合いでは、伝わってくるものを感じた次第です。
いわゆる「デザイン至上主義」的な意味不明さは感じられなかった。
ということで、今回のツアーで
東京都内・神楽坂に新潮社の「倉庫」建築を再利用して、
サザビーリーグが運営する商業施設というふれこみの
「LAKAGU」が建設されたので、見学したいと思った次第なのです。
神楽坂は、知人の南雄三さんがスケッチ展をするので、
何度か訪問したこともあり、あの街の雰囲気のなかで
隈研吾建築がどのように現れるものか、
非常に興味を抱かせられた次第です。
かれはこの街で住んでもいるのだそうです。
隈研吾さんの建築は、わたしとしては
実用的な建築と言うよりも、むしろディレッタントとして見るのですが、
商業建築、それも運営するサザビーリーグが主導権を握っているようなので、
そういう意味合いでも、興味深かった。

2018-2
2018-1

現地を訪れた日は、雨模様でやや残念な雰囲気。
神楽坂のメーン道路に対して、いまは駐車場になっている場所が
どうも旧新潮社社屋跡地のようです。
その裏手、やや小高い土地にLAKAGUは建っています。
外観写真は事前に確認していましたが、
もと書籍倉庫の再利用と言うことで、基本的には目を奪うようではない。
建物のフォルムはごく一般的なもの。
ただ、表層には木が張られ、小高い敷地に沿って
木製階段が敷き詰められている。
写真でしか見ていないけれど、スターバックスの木組みデザインを
彷彿とさせるデザイン仕上げだと思います。
内部もボリュームはごく控えめなもので、
1階にはサザビーの小物類のコンセプトショップとビュッフェショップ。
2階にも家具のコンセプトショップとイベントスペース。
内装は、たぶん鉄骨の構造がそのまま表されて、
木毛板の内壁に白くペイントされた簡易な仕上げの空間です。

感想としては、その置かれている環境に大きな違いがあって
北海道大樹町と、東京神楽坂という差異が
落差として、強くこころに残りました。
東京神楽坂の醸し出す日常性は、なかなかに手強い。
手法としての書籍倉庫再利用という表現手段は、
この日常性に対して、強いメッセージ性は
刻印しにくかったのかも知れません。
また、他の建築も体験してみたいと思った次第です。

関東建築探訪・JR日立駅〜妹島和世

2017-2

さて年末の家族旅行ですが、
わたしがおおむね計画しているので、何カ所か、
面白そうな建築を家族に強制して見て参りました。
餅つきに行ったいわき・中之作の古民家・清航館からして
建築の味わいを感じさせてくれてすばらしかったのですが、
次に建築探訪で向かったのは
このJR日立駅であります。設計監修は妹島和世(せじま かずよ)さん。
妹島さんと、西沢立衛さんのデュオの設計チーム・SANAAは、
建築の熱環境的には疑問に感じる、いわば対極的な存在なのですが、
しかし、その場に行って空間を感じると
これはこれでありか、とも思ってしまう存在です。
西沢立衛さんの十和田美術館、SANAAとしての金沢21世紀美術館と
見てきて、やはりこういう21世紀的なガラス建築の美というものも
存在感を持って迫ってくるものがあります。
今回の旅行ルート上でいい建物と思って探して
いちばん浮かんできた建築がこの日立駅駅舎だったのです。
そう、「浮かんで」きたのであります(笑)。

2017

この建物は、海岸線からやや高台に位置する日立駅の位置を
さらに強調するように、海側の高い位置に潮見台のように
差し掛けるように設計デザインされている。
写真上は、この駅舎を海から眺望できるように海中に通るように配された
海の中道のような道路上から見たアングル。
海から見るとまるで、ぽっかりと行灯が「浮かんで」いるかのように見える建築。
デザインの意図がくっきりと明瞭で、
その目的に向かって一直線に一筆書きしたような素直さが感じられる。

2017-3

その建築が置かれる環境条件の中で、いちばんいい「環境」に一途に
向かっていく、という感覚があって、清々しさは感じる。
しかし、熱環境的サスティナビリティから考えると
この建物、維持していくのに暖冷房のコストはいくらかかりますか?
という疑問は大きく感じる。
まるで、ダイエットブームのさなかに大盛り・ドカ盛り・メガ盛りという
メニューが一方で人気になるという心理を反映しているかのようです。
しかし、こういう建築であってしかも極小の維持エネルギーにする
そういった方向性で、進歩発展というものは進んでいくのかも知れない。
こういう建築に出会うと、いつもそんなふうに、思う次第です。

富士山を見る

2015

あけましておめでとうございます。
昨年中は、多くのみなさんと縁を広げさせていただきました。
本年も情報交流をよろしくお願い申し上げます。

わたしどもが生息している雑誌業界、
1996年が総売上のピークで、そこから今日2015年まで
総売上が半減してきていて、その趨勢は
なかなか止まることがない、というようによく言われています。
そういう意味では「構造不況業種」というように言えるわけです。
その原因はハッキリしていて、インターネットの普及でしょう。
抗いにくい要因が、構造転換を迫り続けている業界と言えます。
なんですが、そういうなかでも継続している事業体もあるし、
場合によっては業績を上げている企業もある。
インターネットに代替できるような情報については、ドンドンと代替され
一方で、代替できないものは生き残っていく、
まぁ当たり前のことが起こってきている。
さらに、こういった売上半減というような事態は人口減少局面では
あらゆる業界に大きく波及していくことは間違いがない。
とくに住宅産業では、間違いなく生産規模の大縮小が考えられる。
希望的予測でも、現状から10年以内に
3/4程度までは縮小が予測されている。
なんのことはない、わたしたちはとっくに20年で1/2になる経験を積んでいる。
そう考えると、出版業界での「経験知」は、
今後、大きな経験知として生きていくことも考えられる。
「こういうようなこと」が起こり、
「こういう方向性のものが生き残ってきた」
というようなあまり言語化しにくい「知恵」が、局面局面で
思い起こされる、というような形で生きてくる可能性が高い。
要は、どんな状況でも過度に悲観せず、
生き延びる方向性を細心に考えていく継続的努力なのでしょうね。

というようなことで、
過去からの「経験知」を、しっかりと見据えていきたいと思います。
日本人のこころには、やはり富士山への憧憬、
止みがたく存在し続けてきた。
きのう大みそか、神奈川県大磯で、早暁高台から遠望しました。
朝日を浴びて、白雪に包まれた山体が、
たいへん楽しいグラデーションを魅せてくれました。
ことしもみなさんのご多幸を祈念いたします。
また、本ブログをご愛読願えれば幸いです。

ヨコハマ年末散歩

2014

さて年末を利用した家族旅行。
あれこれ騒動も巻き起こりながらの道中ですが(笑)
どんなできごともそれなりに楽しい。
きのうは鎌倉から横浜と、神奈川県を散策であります。
というか、カミさんと娘の買い物を中心にした旅程。
あちこちと振り回され、アッシーにさせられるのですが、
そういう忍耐も、家族関係には不可欠なもの(笑)。

なんですが、横浜の新スポット、
赤レンガ館ゾーンでは、店内の様子にやや男衆は閉口。
入れものとしての装置、建築はいいと思うのですが、
ひとびとを呼び寄せるソフトウェアとしての部分では
どうなんだろうかなと、ややガッカリ感が。
でもすごい人出で、みんな「どんなことがあるのだろうか」と
目を一杯に開いているのですが、
とくに興味を惹かれるものは感じられない。
横浜は明治の開港以降、発展してきた街なので
移植された洋風文化、というようなことに徹底的にこだわって
そういう方向でアピールするのが正解なんでしょうが、
そういうものだけでは、今日の社会状況の中では
ノスタルジックな文化情緒だけになっていく可能性が高い。
もう一歩、どのような都市文化進歩の可能性があり得るのか
模索が続いているのが現状なのでしょうね。
北海道から見ると目を奪われる人口の多さで
まことに贅沢な「停滞」でありますが、
そんな印象を受けた次第であります。

さて、家族旅行も本日まで。
わずかな時間ですが、楽しんでいきたいと思います。ではでは。

明治神宮「期日前初詣」

2013

さてきのうは、あいにくの雨模様でしたが、
クルマで移動しているので、まぁいいだろうと都内観光に。
一番最初に向かったのは、やはり年末年始のお休みなので
敬意を表して、明治神宮へのお参りであります。
というか、家族旅行で東京にはときどき来ているけれど、
明治神宮にはなぜか足が向いていなかったのです。
雨ですが、やっぱり明治神宮・原宿周辺はけっこうな人出で、
とくに海外観光客のみなさんの姿がいっぱい。
感覚的には、3割くらいはそうしたみなさんのように感じました。

ということなので、クルマの駐車場をどうするかと、思案。
そう考える間もなく、原宿警察署前の明治通り路上に
なんと公共の時間パーキングが空いていた。
灯台もと暗し、というか、イヌも歩けば棒に当たる、であります。
どうせ神宮にもっと近い場所の駐車場は高額で、
しかも待ち時間も長い可能性が高いと判断して、
即座に停めて、1時間以内に帰ってくる旨、家族に徹底の上
ダッシュ気味に神宮参詣に向かいました。
なんですが、想定以上に期日前初詣客(笑)が多く、
思うようにはスピードを上げられない。
その上、全国の酒造・ワイン製造メーカーの奉納酒飾りで
「あ、あそこもある、ここもある」とか歓声を上げて、
その後、参詣路を歩いていたら、写真のような「明治神宮」側の提灯飾り。
で、そこに何回かお会いした内田祥哉先生のお名前が。

2013-2

時間がないので(前記理由)
詳しく情報を得ることは出来ませんでしたが、
どうやら間違いはなさそうだなぁと思われました。
そうか、先生はこういう関係でも、一番上にお名前が出る存在なんだなぁと
改めて知ることが出来ました。
で、期日前初詣は無事終了し、路上駐車ポイントまで急ぎ戻りましたが、
ほぼ定時ジャストに帰ってくることができました。
お参りで罰当たりすることなく、ほっとひと安心であります。

福島県いわきで餅つき

2012

27日から家族旅行で関東に来ています。
わが家は、娘が沖縄那覇、坊主は神奈川にいるので、
父母が札幌から関東に来て落ち合うのがいちばん合理的。
1日遅れた娘ともきのう合流できて、楽しい家族旅行中。
なんですが、知人のいわきの豊田設計さんから案内があって、
震災で取り壊される運命だった中之作地域に建つ古民家を
地域のみなさんのコミュニティの場としていっしょに再生利用させようと
がんばっているイベントとして
年末餅つき大会をやる、ということで、
足を伸ばして、福島県浜通りまで遠征したのであります。
そんなかれの生き様を、わが家の家族にも感じさせられたら、と
遠路はるばると訪問した次第です。
この古民家のことは,Replan誌面や東北の住まい再生情報誌などでも
取り上げてきているのですが、
住宅建築と言うことを超えて、
地域のひとびとの元気を呼び起こす行動だなぁとリスペクトしています。

まぁそれはそれとして(笑)
なんといっても、餅つきって無条件に楽しい。
日本人が寄り集まって祭りをするという機縁として
もっともふさわしいイベントだと思います。
しかも、この餅米自体、近在の勿来〜なこそ〜地区でみなさんが
自ら手植えして育ててきたお米なのだそうです。
それを刈り取って、しかもそれを自家製の「かまど」まで造作して
薪の燃料で炊きあげて、
集まったみんな、老若男女みんなで餅つきしようというのです。
まことにすばらしい。
わが家坊主も餅つきを体験させてもらいましたが、
腰つき、イマイチではありましたが(笑)、無事につきあげた。
熱い思いがこっちにも伝わってきて、
すがすがしい気分を共有させてもらいました。
でも豊田さんもかわいい1歳の息子さんも、奥さんも
実は風邪を引いてしまっていて、インフルも疑われるというので
ご家族には窓ガラス越しのご挨拶になってしまった。
準備とかなんとか、いろいろ大変だったのではないかなぁ・・・。
早く元気回復してもらって、
さらに地域の元気を盛り立てていって欲しいと
願わずにはいられません。
お土産に購入させていただいた「のし餅」、
こどもたちのお正月祝いに持たせてやりたいと思います(笑)。

敗戦国体制はいつまで続くのか−2

2011

3日前の続きであります。
戦後70年が経過する来年、いつまで日本人は「敗戦国」という立場に
主観的にも、客観的にも堪えていけるのかどうか
そういう大きな疑問がわき上がってきていると強く思うのです。

投票率が低くて、とか、他野党が選択に値しなかったというような、
タメにするとしか思われない選挙結果への論難があるけれど、
安倍晋三政権が2度にわたって絶対多数を議会で占めたのには
やはりそれなりの、いまの日本人の多数の「民意」が
そこにあると素直に見なければ
およそ、民主主義社会とは言えないのではないかと思います。
棄権が多い、というのは、いまの野党に投票するよりも
問題や違和感はあったとしても、安倍政権の継続の方がまだまともであると
そういうように日本人は判断しているということを証している。
その原因として、わたしとしては、
やはり朝日新聞の問題が気にかかる次第。
結局、朝日新聞をはじめとする「戦後民主派」の姿勢は、
戦後日本を規定しているアメリカ従属国という現実の固定化、
戦勝国からの敗戦国に対する「敗戦国史観」の強固な押しつけを
もっともお先棒として担ぎ回り、そのためには
多少のウソも(!)かまわない、というスタンスだったことに
多くの国民が気付きはじめてきたということだと思います。
そういう勢力が力を持ち続けていた戦後日本のありように、
大きな疑問符がつき始めている。
「戦後政治の総決算」というのは、まさに保守側からの揺り戻し、
敗戦国史観から抜け出したいという希望の表れであると。
このことのきっかけは、中韓両国との最近の関係に帰する。
多くの国民は、敗戦国としての態度を取り続けるのは
アメリカに対してなら仕方ないと思うけれど、なぜ中韓両国に対して
永遠に敗戦国としてのスタンスを取らされなければならないのか、
そのことに日本国民は素朴に疑問を持ち、
繰り返し、そのような強迫的なスタンスを取ってくる両国国家に対して
強い嫌悪感を持つに至ってきたということだと思う。
70年以上も前のことを執拗に言い続ける隣国への嫌悪感は
ある臨界点を超えてきていると思う次第です。
千年間恨みを持ち続けると言い放ってくる隣国に
ほとほと愛想が尽きてきている。じゃぁ、話し合う意味はほとんどない、と。
そして朝日新聞は、そういう両国に対して「敗戦国史観」の押し売りを
目的的に継続してきているのだということが明らかになってきた。
そうでありながら、まともに謝罪しようともしなかった。
で、本質論として、やはり70年も経っても
敗戦国家から免責されることは永遠にないのだろうか、
国家間の条約締結によってすら、そういう戦争関係を清算できないのだろうか、
そのことの論議が必要ではないのか。

こういう状況に対する明確な変化が出てこない限り
言い換えれば、敗戦国史観の刷り込みこそが
民主的でリベラルなのだと押しつける愚に野党側が気付き、
そこから転換して、違うスタンスに立って現政権側に対峙しない限り
何度選挙をやっても、多少のスキャンダルで政権側を攻撃したとしても
たぶん、日本国民は現野党側には政権を委ねようがないのではないか。
こういうことへの野党側の気付きを期待したいのだけれど、
いまのところ、そういう動きはまったく見えてこない。
国民から政権選択の機会を奪っている現状はたいへん残念です。
こういう国家戦略としての本質論議を期待したいと思います。

宿題たっぷり(泣)年末年始休暇

2010

みなさんお疲れさまです。
たぶん、きのうが大多数の会社で仕事納め。
ご多分に漏れず、わが社も最終日でありました。
なんですが、進行中の案件がトラブルになっていて、
その打開策を案出して再構築するのに、
朝1番から打合せがあれこれとありました。
なんとか、メドが立てられたけれど、今度は時間が全くない。
当たり前ですね、仕事納めの当日に打ち合わせしているのですから(笑)。
さらに年明けの案件でスケジュール調整絡みも発生して複式方程式的課題発生。
コナン君的な解決策案出も同時進行・・・。
ということで、休暇の予定は予定として、
結局、休暇で出かけた先でもたっぷりの宿題三昧になりそうです(泣)。
一方で、休暇の予定まではまったく考えが及ばない。
まぁ、家族が会えればそれでいいか、といったところであります。

きのうは、銀行に行ってもどこも長蛇の列。
道路もあちこちで大渋滞だらけ。
そんな大忙しの日なのに、札幌地方は時折の大雪。
まことに困ったもので、忙しさの中で雪かきまでもしなければならない。
そんな慌ただしい1日を過ごしておりましたが、
沖縄にいる娘とカミさんのLINEのやり取りを見ていたら、
娘の方も、忘年会にも出られないくらいの仕事パンパン状態のようです。
まぁ大変だけれど、まことにありがたいことでもあるので、
流れに身を任せて、淡々と状況に向かって
心を落ち着けて対応して行くしかありません。
っていうような日々を過ごしているワケでありますが、
ブログ更新は、ことしもここまで1日の欠けもなく
なんとか毎日書き続けてこられました。
内容はともかくとして(笑)、こうして続けてくると、
自分の考えの整理整頓には大変に役に立っていると実感しています。
また、facebookなどでの多くのみなさんとの交流にも
たいへん気付きが多く、勉強になったと思っています。
一応仕事納めは過ぎたわけですが、
そんなのまったく関係なく(笑)、残りわずかな年末も、また新年以降も
毎日更新を継続していきますので、よろしければ、
ご愛読願えれば幸いであります。ではでは・・・。

なでしこ表彰・忘年会2014

2009

きのうは弊社の年末の締めくくり会議〜忘年会。
忘年会は毎年、若い年代のみなさんに幹事役をやってもらっていますが
ことしはなぜか、ピンポン大会付きの忘年会。
自慢じゃありませんが、わたしは卓球オンチハンパない。
恐怖の時間を過ごしておりましたが、
いざ始まってみると、意外とラケットにボールが当たる(笑)。
ダブルスでやっていたのですが、
戦績は1勝3敗と、なんとかひとつは勝ち星を挙げた。
手加減してくれて,大感謝であります(笑)。

で、無事忘年会も終わる直前になって、
協力していただいているカメラなどの外部スタッフのみなさんから
写真のようなサプライズケーキが!
以前にご案内しましたが、わが社は、女性が活躍する職場として
札幌商工会議所さんから表彰を受けたのであります。
「なでしこ表彰」というのですが、

2008

24日には札幌商工会議所によるこんな新聞広告も
北海道新聞に掲載されまして
それを外部スタッフのみなさんから祝福していただいた次第です。
いや、本当にありがたく感謝感謝、であります。
この表彰については
年明けにもまた取材などが予定されていて、
いろいろな意味で、企業イメージ向上に役立たせていただいています。
なんといっても、スタッフの元気がぐっと盛り上がってきている、
会社の雰囲気が明るく前向きになって来ていることを
大きく実感させられています。
能力豊かな女性のみなさんが、
力を発揮できる職場環境になるよう今後とも
大いに考えていきたいと思っています。
善意を寄せていただいたみなさん、深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。