
きのう、もうすぐ大雪になるとされた札幌を離れ、
わたしは播州・神戸空港に降り立ち、
その後、レンタカーで広島めがけて西下しました。
広島で「新春神楽まつり」というのを見に行くのですが、
その道中で、わたしの祖先に関係するいくつものスポットがある
瀬戸内世界を行脚する計画なのであります。
北海道にいま住んでいる人間は
まぁだいたいは本州各地から「流れてきた」、といえばきれいだけれど、
実質は、零落の果てか、一発逆転を夢見てやってきた人々の後裔。
そういうことが、北海道人特有の「こだわりのなさ」に繋がっている感じはあります。
なんですが、やっぱりそれ以前の、本州で家系の先人が過ごした
時空間もまた、激しく心を揺さぶられるように知りたくなる。
わが家系も、浮き沈みを繰り返した末に現在がある次第。
いくつかのロマンを掻き立てる家系伝承があって、
その実質を確認すべく、何人かの親族が調査を行っていまして
わたしは、そういった調査結果を知らされております。
故・司馬遼太郎さんは、播州英賀でわたしの家系といっしょに秀吉・黒田官兵衛軍と
戦った籠城戦の家系伝承を共有しているようなのです。
ことしのNHK大河は黒田官兵衛だそうですが、
かれの青春期の飛躍になった播州・英賀城攻防戦も取り上げられる可能性があります。
その地には城郭内部にあった英賀神社があって、往時のよすがを伝えている。
わたしは、この英賀神社、訪問するのは3度目。
今回の瀬戸内世界探訪でも、まずはご先祖様に敬意を表して
空港からレンタカーを駆って、初詣させていただきました。
あ、元旦早朝には北海道神宮に初詣したので、初詣のハシゴですね。
で、この英賀神社、来る度に「なんか違うな」と感じています。
というのは、普通神社って、「本殿」の前にある「拝殿」は参拝客は上がれない。
その手前に賽銭箱が置かれていて、拝殿越しに本殿を遙拝するように
そのような建築形式が一般的なのです。
ところがこの英賀神社では、衆生がみんなドカドカと拝殿に土足で上がり込む。
で、本殿手前に置かれた賽銭箱の前の鈴をかき鳴らしている。
どうもこの「本殿」が2つに別れていて、畳敷きの「拝殿」があるようなのです。
そのさらに奥に神さまの鎮座する殿舎がある。
となると土足で上がり込む建物はいったいなんなんだろう、と不思議。
しかもこの「拝殿」には、普通神社建築では壁があるハズなんだけど、
屋根だけがあって、壁がない構造になっている。

まるで神楽の舞台のような感じなんですね。
とすると「神楽殿」が拝殿の前にあって、
それがいつしか衆生がドカドカと上がり込むように変化してしまったものなのか?
この城郭は信長の最終敵になった浄土真宗・本願寺の門徒たちの
播州における最大拠点だったそうなので、
こういうような「民主的・大衆的」な建築使用実態になったのだろうか、と思う。
イメージとしては、門徒の一揆衆が反織田の大衆集会を毎日開催して
戦国統一反対の憤激を高め合っていた、みたいな気分が立ち上る(笑)。
この神楽殿で反織田のアジテーターが、畿内情勢の報告をして
「あのクソ秀吉サルめが、極悪非道にも・・・・」などと怒号し、
それに対して「ナンセンス!」とか「異議ナシ!」とかの掛け声が
こだましていたのではないか。
そういう集会会場にどうも似つかわしいと妄想してしまう(笑)。
70年代学生運動と多少とも関わった身には、
どうもそうした空気感が感じられてならない。
初詣のひとびとの様子を見ていても、まことに衆生のなごやかさに満ちている。
庶民的大衆的な「ふつう」感がハンパないのであります。
そんなことで、どうも好きなんですね。
妄想が強すぎるかなぁ(笑)・・・。
あ、でもわが家はその後、門徒から真言宗に宗旨を変えております。
これにはまたどうも大きなナゾがある・・・。
・・・っていうふうに、新春の旅は続いて参ります(笑)。
Posted on 1月 2nd, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

本当に久しぶりに「紅白歌合戦」を見ました。
「あまちゃん」のヒットで、それをネタに使って盛り上げようという
NHKの作戦に、やはりすっかりハメられた(笑)。
でも、夜寝るのが加齢と共に早くなっていて、
さすがに起きて見続けるのは「あまちゃんコーナー」までが限度でした。
しかしそれでも今回は最大の見どころというか、
ふたりの女優さんの明るい天然と緊張系の天然のコラボ(笑)を見せられて
進行のハラハラドキドキ感が半端ではなく、
このふたりがコンビを組んだら、思わぬコメディスーパーデュオが出来るのでは、
っていうような妄想に駆られながら見させていただいていました。
女優としての存在感はものすごいふたりが、
ここまで天然であるということは、ある意味、すごい。
能年ちゃんは、これはもうテレビの即興性要素からは縁遠いキャラが明白。
一方の綾瀬はるかちゃんは、みごとに肝の据わった天然。
多少の間違いがあっても、それを超える存在感で押し切る。
一方の能年玲奈ちゃんの天然は、ハラハラドキドキが激しく萌える(笑)感じ。
このふたり、バラエティではなく、
本職の台本のしっかりしたドラマなどで共演したら
話題性があって、面白みが出るのではないかと思われます。
どっちもキャラとしてのスケールの大きさは感じるので
日本ではあまりない、女性によるクールといやしという対称的な外見で、
しかもコミカルっていうような路線がスパークする気がする。
全体としては、コメディであって、物語のサビの部分はクールっていうのも
ぜひ見てみたいという気がしてみていました。
かなり「鷲づかみ力」がどちらも強い。
たぶん、そんな着想を持ったドラマ関係者は多いような気がする次第。
それにしても、能年玲奈ちゃんはすごい。
これだけ、見るものに保護者的な
ハラハラドキドキ感を持たせる力のあるキャラクターはほとんど記憶にない。
それだけ「あまちゃん」のストーリー性にパワーがあったのでしょう。
そこで獲得した共感力が絶大なので、
見ている側の目線がまるで、肉親に対するそれに近い。
見るものの側にプロレベルの「見方」が生まれてきた時代に
ナゾの多き存在感を放つ「女優」感を、稀有なかたちで持っている気がする。
そして綾瀬はるかちゃんも、違うタイプだけれど、
似ている部分を見て、このふたりの「雰囲気の異化」効果が相乗したら、
っていうような、怖いもの見たさ(笑)が生まれた気がします。
っていうような、意味不明の感想を強く持った40年以上ぶりの
紅白歌合戦鑑賞記でありました。
Posted on 1月 1st, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

ことしもついに大みそかですね。
きのうは、「あまちゃん」のダイジェスト版が一気に放送されていて
断続的に視聴しておりました。
わたしたち夫婦は、完全にあまロス症候群でして
能年玲奈ちゃんが顔を見せると、あの空気感に
完全にアタマが支配されてしまう。
ダメですね、ちょっと見たら、もう目が離せなくなって、
あのシーン、このシーンが思い起こされて、ジンと来てしまう。
ダイジェストでは放送されなかった印象的な場面も多くて
われながら、そのハマりぶりに呆れてしまいました。
で、本日は何年ぶりかで紅白歌合戦を見ることになるでしょう(笑)。
なんですが、
その合間を縫って、坊主も一緒にカミさんの実家へ。
その帰り道、札幌市中心部の銀行を記帳行脚。
カミさんが記帳に走っている間、
坊主と、札幌の街の様子を巡って会話しておりました。
わたしは、北海道の戸建て住宅の「居住性」の向上が
大きな事業領域で過ごしてきたわけですが、
もうちょっと広く、人間環境ということに視野を広げて、
札幌という都市環境の「ここちよさ」について、いろいろに話し合いました。
わたしは、年来、札幌の街の魅力の無さというか、
街の表情の乏しさについて、危機感を持ってきております。
札幌は碁盤の目のような整然とした都市計画が基調的な計画都市であり
それ自体は悪くはないと思うのですが、
そしてモータリゼーションの時代には一定の優位性もあったと思うのですが、
いま、見返してみると、
その街区の魅力のなさ、想像力の欠如が目についてなりません。
東京は、慢性的なクルマの渋滞が指摘されますが、
しかし、低炭素型のコンパクトシティとして見返してみると
日中、たぶん3000万人規模の働いて動いている人口が
主に公共交通機関を縦横に利用して過不足なく
コミュニケーション活動を営んでいるという意味で、
たいへん未来都市的魅力を放っていると、わたしは感じています。
高層に積み上げられた労働・コミュニケーション空間が
密度高く空間構成され、
その高密度の中に、広大な緑地環境も適度に維持され、
また神社仏閣や、古い木造街区などの
低層で皮膚感覚に訴求するような「いやし」の空間も点在させてある。
人間の活動環境としての都市の魅力に於いて
ある意味、未来的な人類共通の目標価値観がどうも実現しているように
そんなふうに思えてなりません。
2020年のオリンピック開催は、そんな都市環境が世界に再評価される
大きな契機になるように思われるのです。
こんな考えはまだ少数派だとは思うのですが、
しかし今後の人口減少社会を考えると、
高密度コンパクトという都市形状は、人類的目標だと思うのです。
そうなることが、エネルギー利用の面でもはるかに合理的になる。
で、そんな思いで現状の札幌の街に
大きな危機感を抱かざるを得ないのであります。
北海道ではこの問題を大きく訴求していきたいと思うのですが、
行政単位としての「札幌市」には、どうも
このような発想力がないのではないかと危惧しております。
そうでなくとも札幌市は、北海道という行政機構に対しての
対抗的な意識ばかりが強く、
合目的的な未来都市環境構築というような考えが見られない。
まことに懸念させられている次第。
すこしづつ、こうしたことについて、
訴えていかねばならないかなぁと、そんな想念を抱いております。
年末年始のこのブログから考えてみます。
Posted on 12月 31st, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: 「都市の快適」研究, 日本社会・文化研究 | No Comments »

きょうは銀行の年内営業終了日。
ということで、銀行の記帳その他、〆の作業があります。
生きてきた時間以上に独立してからの時間の方が、長くなってきた。
仕事との関わり方って、それこそひとそれぞれでしょうが、
わたしの場合、独立して会社を作って、なんとか30年以上やってきました。
いわゆる初代としての生き方を生きてきたわけですが、
たいへんわかりやすく、自分というものが正直にそのまま、であります。
まさにこれ以上でもこれ以下でもない、まんま。
好むも好まざるとに関わらず、そのまま受け止めるしかありません。
その後を誰がやっても、ある程度やっていけるメドを付ける、という「仕事」も
自分であれこれ、ない知恵を絞っていかなければならない。
まぁ現代ですから、IT関連やら急成長可能な事業領域も多いでしょうが
北海道をベースに地方中小零細出版事業としての仕事をしてきました。
自分では、そういった仕事を北海道で作ることに
ある意味での価値観をもってきたのですね。
普遍的に価値があるのかどうかは、まぁわかりませんが・・・。
で、初代ができること、みたいなことを考え続けています。
なんか、古いなぁ(笑)。
しかし、徒手空拳とまではいわないけれど、創業するっていうことは、
わたしたちの年代でもあんまり多くはいなかったし、
見渡してみても、そうは多くないのだなぁと思います。残念ですね。
まぁやってみてそんなに大変なこととも思えないけれど、
あまり多くの人がしないような経験は、いろいろたくさん積むことはできた。
ある程度、組織が出来上がっている2代目や3代目とは違う部分はある。
なんといっても「基礎」づくり、「信用づくり」ということになります。
これだけは初代にしか出来ない。
まぁどこまで出来ているかは定かではありませんが、
それを肝に銘じてやってはきた気がします。
独立してはじめたときに、それまで会社勤めをしていて、
そこで知り合っていた印刷会社さんに仕入納入をお願いしたら、
体よく断られた経験があります。
そのときに、あぁそうか、信用を得るというのは簡単なことではないのだな、
それまでの会社員としての仕事ぶりで、
信頼を得られていなかったのだなと思い知らされました。
そこから、こちらからは不義理をしないように、
仕入れ先には丁寧な対応を心がけたように思います。
まぁこれも相対的な気持ちの問題ではありますね(笑)。
こっちはそう考えていても、とんでもない会社と思われているかも知れません。
そういう機微を教えられて、
そのときの対応をしてくれた会社さんにはある意味、感謝しています。
やはり、金銭のことに最後はなるわけで、
年の瀬に、いつもやや、厳粛な気持ちにさせられる次第であります。
Posted on 12月 30th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

さて、本日はReplan北海道、最新号のご紹介です。
本誌は26年前に創刊しましたが、
創刊号はリフォームの特集でした。
それまでの新築情報だけだった住宅雑誌の中で特異な存在でした。
100号、25年の歩みを超えて、ふたたび「Re-Home」という特集。
また、生まれ変わってもう一度、同じ地点に立ち返って発信したいと思います。
書店、コンビニエンスストアなど店頭で発売中。
ぜひ、お買い求めください。
【特集】部分改修からリノベーションまで Re・home
自分たちの家を持つなら、自分好みの空間で暮らすなら、
今よりもっと快適に過ごすなら、これからも住み継いでいきたいなら、
大規模なリノベーションで、部分リフォームで、
上手に建物を生かして手を加えれば、思い描いた暮らしは叶うのです。
case.01/築41年・戸建てのリノベーション
case.02/築26年・マンションのリノベーション
case.03/築10年・店舗のリノベーション
case.04/築22年・戸建ての減築リフォーム
case.05/築2年・マンションの部分リフォーム
Contents
●巻頭特集/ 部分改修からリノベーションまでRe・home
●Re・home 実例集
●ものづくりのチカラ 其の二
●エリア特集 オホーツクの住まい
●エリア特集 旭川で暮らす-住まい・暮らしの中で考える環境-
●New Building Report 〈新築実例集〉
●JIA 北海道支部住宅部会 2013年度住宅賞 発表
●連載・ STORY OF ARCHITECTURE
●北の建築家
「福井の家」 小坂 裕幸
「大屋根の家」 富樫 雅行
Posted on 12月 29th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

さてきのうで会社は通常業務を終了。
これでやや落ち着いて、あれこれを考えることができます。
と、早朝目覚めて雑感していたら、
あれこれ、やっていないことの数々が想起されてきて
朝から、あせるほどであります(笑)。
しょがない、忙しさで気が回らなくなっている部分がまことに多いと痛感。
ようやくにして部屋を見回して
カレンダーを更新しまして、そうしたらことし見に行って
感激した「洛中洛外図・舟木本」の大判印刷ポスターも発見。
ちょうどよい壁面の高さに貼り付けました。
お金持ちだったら、この絵、ほんとうに欲しいところなんですが、
まぁなんとも、どうしようもない(笑)
でも、なんと、DVDが発売になっているのですね。
さっそくAmazonでワンクリックしてしまいました。
こういった国宝でも、デジタル時代になって楽しみ方が広がってきた。
子細に観察していると、この絵はほんとうに面白い。
わたしは、少年時代マンガ家を志していた時期があり、
いま、ほんとうにマンガ原作者になっている現実があるのですが、
日本の美術には、マンガに向かう大きな流れが連綿と続いてきたと思います。
鳥獣戯画が嚆矢とされているのですが、
この「洛中洛外図」というジャンルは、
いわばニッポンの「大河マンガ文化」の精華といえるのではないかと
強く思っています。
マンガはその直感的表現力という意味で
日本文化のある特徴を明確にシンボライズしていると思います。
現代に至って、世界各国で日本のマンガは
人気が高まっているといわれますが、
これからのニッポンの文化資産としても、世界に通用する
もっとも可能性豊かなジャンルなのではないでしょうか。
さて、靖国参拝問題、安倍政権は中韓2カ国以外は
静観するだろうという見通しを持っていたようですが、
アメリカを始め、欧米諸国からの反応も否定的に出てきています。
これをむしろ奇貨として
靖国の問題を、日本として解決する方向に向かえないかと思います。
たしかに安倍首相がいうように、国家のために殉じたひとびとを
鎮魂する施設はあたりまえに必要でしょう。
しかし、靖国は、明治戊辰戦争での「官軍」側だけを祀ったことを
創始においている施設であり、
国全体のこうした施設としてふさわしいとはいえないと思うのです。
先般、日米2プラス2協議で来日したアメリカの2閣僚は
千鳥ヶ淵の戦没者墓園に献花したのですが、
そうした方向性が、この問題の常識的な解決策なのではないかと
思われるのです。
Posted on 12月 28th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

全国のお仕事されているみなさん、お疲れ様でした。
ことしもなんとか仕事納めの日にまでたどり着きましたね。
本当にあっという間なのですが、
カレンダーを見ると、確かにあと5日しかない。
わたしどもも、本日が仕事納めとなっております。
まぁ、創作の仕事にはこういう年末年始というまとまった時間は貴重なので
わたしは、いろいろ課題を持ってダラダラと(笑)
仕事を続けることになると思いますが、
対外的なことは本日までで終了であります。
というようなところに、安倍さんの「靖国神社参拝」のニュース。
わたしは、靖国参拝には批判的な意見を持っておりますが、
それは別として、また外交的なあつれきの高まりが懸念されるところ。
アメリカからの反応が出ていましたが、
この反応の意見に近いというのが、正直なところであります。
しかし、こういう考え方の政治家をトップとして政権を握らせているのは
この国の現在の「民意」であり、
国際社会の見方はどうであれ、このこと自体は、
いまの状況として、受け入れていくしかないのだろうと思います。
東アジアの状況に対して、このことがどのように展開していくのか、
注意深く、見定めていかなければなりませんね。
さて、写真はことし訪れられたなかでも
いちばん印象深かった、伊勢神宮外宮の参拝の様子であります。
伊勢については、わたしも大いに「参拝」には賛成。
国家神道というのは、戦前までの天皇の神格化という
そういった経緯から育っていった概念だと思います。
それには批判的ではあっても、
やはり、伊勢をはじめとする全国の神社や仏閣には、
素朴な日本人の「公共意識」が祖形として示されていると思います。
また、潜在的にヤマト朝廷とは異質な出雲大社も同時に尊崇している
こういった多様性をもった透明性のある存在は
日本的なるもの、のある本質を示しているのだと思う次第。
年に一度「初詣」くらいは行くのが日本人。
こういう民族的アイデンティティは大切にしていかなければならない。
さて、来年に向けての方向性も会議などで定まりましたので、
年末年始の時間を有効にすごしていきたいと思います。
Posted on 12月 27th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

きのうは、仙台からもスタッフが来て
おおむね全員集合での忘年会開催。
若いスタッフの発案で、食事の後、なんとボーリング大会(笑)。
やや腰に難がある身には、ちょっと恐ろしげな展開でありましたが
けさも無事、ゆるやかな腰回りの様子で、ひと安心。
無事にことしを乗り切って、みんなと来年を迎えることができることに
感謝の気持ちを抱いておりました。
しかしそれにしても、1年が早い(笑)。
ついこの間お正月だったと思ったら、もう師走。
忙しさというのは、どんどん加速していくものなのですね。
若いときには、カラダがどんどん成長していく時間感覚と
世間的な時間感覚との関係が特殊なのか、
あるいは、こっちの側がカラダも含めて
動作に機敏性が薄れていって
そのぶん、世間の時間感覚が早く過ぎ去っていくのか、
などと妄想が沸き起こって来るほどに違う。
さて、今週いっぱいで通常業務は仕事納め。
その後は、年寄りらしくだらだらと仕事を進めたいと思っています。
ことしも、もうひとがんばりですね。
Posted on 12月 26th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

アフリカでのPKO活動中の自衛隊が
国連からの仲介を受けて韓国軍に銃弾を無償提供したことが
官房長官を通して政府から発表された。
さらに自衛隊現地指揮官がテレビニュースに出て積極的にことの子細を明かし、
韓国の現地指揮官からは「感謝」のメッセージを受けたとも証言した。
このようなことの経緯からは、ある意図がないことはないだろう。
ある意味では、ひとつの「外交カード」ではあると思う。
それに対しての韓国側の対応は、かなり困惑している様子だ。
このリアクションの中に、いまの日韓関係の本質としての
韓国、朝鮮民族内部での深刻なアイデンティティの危機が
明示的に示されているように思われる。
かの国では、日本のアメリカ・連合国に対する敗戦の結果、
日本による占領支配が解かれ、国家が生まれたということに、
根源的アイデンティティ問題が大きく存在しているのですね。
やはり民族主義的な立場からすれば、
独立のために「戦った」ということが、「正統」という扱いになり、
やや疑わしさはあるとはいえ、金日成が正統とされるような
そういった民族主義が、
反共を掲げてきたと思われた韓国で、国を挙げて信奉されているとされる。
その対極に、戦前の「親日」的なひとびとが対置され
時間をさかのぼって断罪するというような愚行もまかり通っている。
そうであるとすると、
反共軍事独裁政権を樹立した朴正煕を父に持つ大統領も
たしかに、身動きはできそうにないだろう。
反日を声高に言い続けていくしか、かの国では政権維持もできそうにない。
東西冷戦の終結と共に、スターリニズムの終焉を確信してきた
世界の主要な思想潮流とは、やや違う価値観をもっているといわざるを得ない。
日本としての最善策の「国家戦略」としては、
こうした隣国の状況は静観し、あまり深入りせずにいるほうがいい。
むしろ、東アジアからの静かな離脱を考えた方がいい。
経済の付き合いはそれとして粛々と行っても、
外交的には深入りせず、というほうが安全保障上も賢明だろう。
首脳会談についても、とくに積極的に働きかける必要もない。
ただ、今回のような国連経由での支援要請に対して
それとして行っても発表すらできず、秘密にするしかないということでは、
まことに付き合い方は難しいといわざるを得ない。
秘密に援助するというのは、武器輸出の原則禁止の法律上もできない。
今回は、国連の要請があって「人道上の緊急性」から
例外的に実施したのであるから、秘密には出来ないのは当然だと思う。
あくまでも冷静な対応だろうと思うのだが、
さて、韓国ではこのことはどのように推移していくのか・・・。
<写真はまったくの無関係です(笑)>
Posted on 12月 25th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

きのうは休日ながら、
東京から知人の丸谷博男さんが来札してのセミナーということで
行って参りました。
とはいっても、会場はわが家からほんの2kmほどの近さ。
わたしの庭のような地域に来られていた次第。
飛んで火に入る、じゃありませんが(笑)。丸谷さんお疲れ様です。
丸谷博男さんは、OMソーラーの奥野先生のもとで、
その創成期からいっしょに取り組まれてきた建築家。
最近では、岩手県の大槌町で復興住宅の提案をされるなど、
行動的な活動を展開されています。
わたしどもの「東北の住まい再生」発行、記事掲載などで
つながりが深まっていた建築家です。
OMの理念に惹かれる人って、わたしも含めて同質性があるように思います。
で、そういった復興住宅への関わりの中から、
より高性能で低価格な「パッシブ住宅」への志向が高まり、
「そらどまの家」計画に結実していったようなのです。
端的に言えば、
「呼吸する家」
「総合的な断熱工法」
「調湿性のある材料と工法」
という3つのポイントでの家づくりを提唱しているのです。
その理念としては、まったく異存がない点ばかり。
まぁ意見としては相違点もあるのですが、
その目指している方向性としては、了解可能なのですね。
とくに塗り壁の現代的な再生、ということでは
大いに共感を持てるのです。
塗り壁仕上げは、戦後、「在来工法」という名前の「合理化工法」が
国を挙げて採用されたときに
きれいさっぱりと忘れ置かれていた日本建築の最重要要素。
室蘭工大の鎌田紀彦先生も、この点は指摘されています。
本来、塗り壁が「充填されていた」壁体内が空洞のまま、
その室内側からプラスターボードなどの新建材を張ることで
在来工法というものが、成立していったことは、
その時点の大量に作らねばならないという社会的要請を背景があったとはいえ、
合理化という名目の元に、
日本建築をまったく異質なモノにしてしまったことは事実。
優れた建築性能を有していた技術がそこでいったん収束させられたのは
大きな損失だったと思います。
その塗り壁の「調湿性能」や「放射性能」などを再発見して
現代住宅を進化させたいという思いには共感するものです。
なんですが、ことし65歳という丸谷博男さん。
メールなどでの活発な情報発信と全国、海外を飛び回る行動力
なんと、ことしは年間で200日出張なんだとか・・・。
まことにすごい。
人間の命の使い方、お手本を見るような思いで感嘆しております。
くれぐれも健康をお気遣いください。
Posted on 12月 24th, 2013 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »