


ルドンという画家のことは、わたしは作家・故埴谷雄高さんの
文章の一節でだけ記憶していた。
「ルドン風の幻の花」というように記述された言葉の断片記憶。
それも政治評論的発表文のなかのものだったと思う。
いまと違って、そういう評論的発表も書籍でされていた時代。
いまから半世紀も前に断片的に触れた作家の文章の一文節に
あるひっかかりを感じ続けるというのは、昭和中期の人間の
ひとつの傾向でもあるのかも知れませんね(笑)。
戦前共産党の活動家であり、獄中で「転向」したとされ、
戦後、むしろ共産党中央と「反代々木」的姿勢で対峙してきた埴谷雄高氏。
戦後はずっと作家として代表作「死霊」を書き続けていた。
名付けて「形而上文学」。
ルドンという名前はそういう埴谷雄高さんのフィルターを通したカタチで
いわば青春期からの残滓のような部分で反応した。
極東アジアの島国の北辺都市で青春期を迎えた少年には、
こう書かれたルドンという名前にはるかな想像を巡らすしかなかった。
埴谷雄高という孤高の思想家があえて名を挙げる画家というのは、
どんな存在であるのかと、ずっとこころに掛かっていた。
個人的には埴谷雄高的形而上世界とルドン美術が連関づけられていた。
今回、東京丸の内に明治期に建てられた洋風ビル建築
「三菱一号館」が2010年に創建当時の姿で再建され美術館になっている、
その展覧会として「ルドン―秘密の花園」が開かれていた。
会期末ギリギリにはなったけれど、そういう興味から見てきた次第。
ルドンという画家はある時期まで「黒の時代」といわれひたすらモノクロで
顕微鏡的な、科学発展に内面的に反応したような細密描写的世界。
そういう画家が、ある時期から色彩豊かな「幻の花」を描き始める。
この「グランブーケ」はそういう突然変異の境界に位置するそうです。
19世紀後葉のフランスの貴族層が、この画家を招聘して
自分の城館の装飾画として16枚の連作を描かせたなかの特異的作品。
今回の展示ではほかの15枚の作品も、所蔵するオルセー美術館から
借り出してきて展示されているのですが、
この「グランブーケ」だけは、三菱一号館美術館が所蔵しているそうです。
美術館長さんがビデオでこの「グランブーケ」との2008年の出会いを
印象的に語っていましたが、その時間的経緯からすると最初から
この三菱一号館美術館の目玉として考えて購入したことが想像できる。
で、ほかの15点とは別れて、このグランブーケだけが
三菱一号館美術館に買い取られた。
この点にどうも、やや疑問を感じさせられるのはわたしだけでしょうか?
同時にほかの15点と同時に展示されて見せられると、
たしかにこのグランブーケがやや異質な感じで、またひときわ映えるけれど、
やはりルドンさんの制作意図として、ほかの15点との連作として
ひとつながりのものとして描いたに違いないと思うのです。
どういった経緯でこういう分断に至ったのか、疑問を持った。
その点はややひっかかりを持ったのですが、
作品自体は、埴谷雄高さんの「ルドン風幻の花」という修辞がまさに至当と
強い印象を与えてくれたと思います。
写真はこのグランブーケだけが撮影許諾されていたので撮ったもの。
ただし、混雑していて下の方に人物のアタマが写ったので
その部分だけやむなくカットしています。ご了解ください。
Posted on 5月 27th, 2018 by 三木 奎吾
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さて既報の通り、わが家の敷地では市の公設下水枡周辺で
地盤面の沈下が見られており、先般2週間ほど前に
調査に来られて、復旧工事が市の下水道工事として行われることに
なっておりましたが、その準備がおおむね整って、
昨日午後、その工事担当のみなさん、総勢10名超で来られました。
下水道工事の他にロードヒーティング工事もからむやや難易度の高い工事。
問題点としてはわが家敷地内に埋設の下水枡からの下水パイプが
公共道路土中の下水管と接続させている部分が
下方向にずれて破断が起きている。
結果、長期にわたってわが家の下水排水の一部が土中に漏れて
それが地盤面を流れていくことで地盤に変形要因を加え続け、
現状写真のように、地盤面に一部陥没をもたらせている。
原因がわからず、何度も業者さんに掘り返してもらったりしていたのですが、
ようやく原因の特定が今回リノベ工事でできたのです。
写真の一部には陥没部位にクラッシュ煉瓦モルタルの被覆もありますが、
これはわたしの「応急工事」の残滓。ヘタで笑えますね。
ということで、その地盤面改良工事を行うのですが、
写真でおわかりのように、わが家敷地と縁石を介した「市道歩道」部分も
わが家の「ロードヒーティング」が敷設されています。
これは、札幌市の許可をいただいて敷設し、なお、の表面被覆も
煉瓦敷き込み仕上げを許諾していただいているのです。
こういった経緯なので、一般的な地盤改良工事と同時に
ロードヒーティング部分の復旧工事もしなければならない。
そのロードヒーティングも、電気式のタイプではなく温水不凍液循環の
石油ボイラー熱源の方式なので埋設部分に
写真でわかるように「温水パイプ」が巡らされているのです。
敷設工事としては地盤面を一定の深さで掘り込んだ後、
天圧をかけてならして、そこに砂を敷き込みワイヤーメッシュを敷設して
そのメッシュに不凍液パイピングを結束しているのですね。
広さなどの条件を考慮して、パイピングの敷設回路など状況に応じて
それぞれのやり方で設置されているものです。
温暖地のみなさんには見慣れない工事ですが、参考になれば。
これらを、いったん外してその下の地盤面を確認して
改良工事を現場に即して行い,天圧をかけて地盤面を再生したあと、
ロードヒーティングを「復旧施工」することになる。
工事予定日は6月2日土曜日ということに決定しましたが、
市の公共工事らしく、周辺の安全を保証するために通行止めなどの
公的な処置も行って工事進行させるということ。
おおむね1日程度の工事になる予定。
先般2週間前の調査時点で公共下水道本管部分でも土砂による詰まりが
発見されて、その復旧工事も大がかりに行われていましたが、
わが家の工事が起点になって、いろいろ公共工事も関連していく。
住宅雑誌編集社としても、いろいろ興味深い「取材ネタ」が
芋づる式に出てきております(笑)。
良い機会ですので、こうした工事の内容についても住民側として協力して
その工事プロセスなどもお知らせしていきたいと思います。
ふだんは目にすることのない、地面から下の縁の下インフラ、
住宅生活を支える安全安心領域、ウォッチしていきます。
Posted on 5月 26th, 2018 by 三木 奎吾
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写真はわが家の外部散水蛇口であります。
27年前の新築時から使用しているけれど、しばらくはあんまり使っていなかった。
っていうか、人間の建築メンテナンスコントロール能力って
ある一定レベルを超えるとなかなか難しくなるのでしょうか?
以前まで床面積86坪の「自宅」と、敷地面積114坪・床面積83坪の「事務所」の
両方のメンテナンス、保守管理をやっていたわけですが、
冬場の「除雪」も含めてこれだけの面積コントロールは、なかなか難しい。
なので、自宅の方のメンテナンスは、あんまり熱心にはしていなかった。
正直に言えば、この散水栓のことは考えないでいいように、
ほとんどこの10年くらいさわったことがなかった、というのが真実(笑)。
相当前の記憶で、なんか面倒だった記憶だけが残っていたのです。
今回再度使い始めてみて、新築当時以来、この散水栓の蛇口形状が
どうも一般的なヤツとは違うという事実にようやく気付いた。
蛇口が普通と違うのでうまくいかなかったことを思い出した。
で、時間もないしとあきらめ、そういうメンテナンスをしないで来ていた、
という事実すら忘却していた(笑)。「見なかったことに」していた。
そういう自分のダメさに正面から今回向き合って、この蛇口と対話した。
購入してきた散水装置付属の接続法では蛇口からジャバジャバと漏水する。
なので接続部位の寸法を測り、スマホで写真に撮ってDIYショップで
相談に乗ってもらったという次第です。
そうしたところ近隣のショップ、ホーマックさんのベテランさんたちが
写真を見て目を丸くしていた、「なにこれ???」。
かれらもこういう蛇口形状は初めて目にしたのだそうです。
この蛇口は四角い地下埋設型のボックスに入れられて金属板で被覆されている。
その地面からの高さが非常に低いので、蛇口がどうもいじめられて
パイプ部分の長さもカットされ、なお蛇口部分も特殊加工されている。
取り付け散水装置とのジョイントを簡便に出来るよう考えて作るのだろうけれど、
それが十分にされていなかったのだと、27年経って気付かされた。
接続させるには特殊な大口径ジョイントでなければならないのと、
それであっても口を締める3本の+ネジのうち、ドライバーでは
1本しか回すことができない(!)。作業空間すら確保できないのです。
27年前にはスマホもなかったので、写真を見せて相談も出来なかったのですね。
この程度のことなので、いちいち建築サイドに連絡もしなかった。
まぁ、別に怒るほどのことでもないのですが、困った「特殊仕様」。
きっと、いろいろな諸条件の結果だったのでしょうね(笑)。
で、工夫してネジを少し締めてはジョイント自体を回転させながら
なんとか、安定的な接続状態を実現することが出来て、
スムーズな散水が出来るようになったところであります。
ふ〜〜、やれやれ。
Posted on 5月 25th, 2018 by 三木 奎吾
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写真はわたしの好きな広告シリーズです。
横山光輝さんというマンガ家は、石森章太郎などの年代から活躍したひとですが、
柔軟な作家で、自作品がいろいろにアレンジされていくことにも
非常に寛大な姿勢であったといわれています。
2004年に亡くなっているのですが、三国志をマンガで描ききったことで
歴史マンガというジャンルも確立させてきた功労者。
その三国志の膨大なコマを活用して、
「わかりやすい経済用語」みたいな広告シリーズを日経が展開している。
わたしが、接触できるのは東京出張の時に地下鉄などで移動するとき、
写真のような電飾看板で出会うことが多い。
横文字経済概念をわかりやすくマンガ表現するのに、
こういった手法が使われている。
今回目にしたのは「シェアリングエコノミー」概念で、
三国志の1コマを広告ビジュアルとして切り取って活用していた。
また下の広告のように、最近のヒステリックな朝日など既成メディアの
「モリカケ」報道へのサビの効いた「意見広告」(?)などもあった。
こういうわかりやすいマンガを広告素材として活用するのは、
面白い広告手段だと思って注目しています。
経済ネタをわかりやすく、親しみやすくしてくれるのですね。
本誌Replanでも、東大の前真之准教授の連載企画「いごこちの科学」で
イラストマンガとして「住宅性能概念」のビジュアル化に毎回挑んでいます。
むずかしい内容をいかに読者にわかりやすく伝えるか、
そういう作り手側の視点で、いわば同志的な立場からこの広告シリーズの展開に
大いに興味を持っている次第なのです。
ただ、こころみは非常に共感するのですが、
テーマとの調和、そして新たな価値あるメッセージの「創造」にまで、
「昇華」しているかといえば、まだプロセスだなぁとも感じている。
こういったストーリーマンガのひとこま切り取り型だけでは
マーケティング目的全体を構成するのには限界があるかも知れません。
たぶん、そういう意味ではマンガ家と協同して、
あらたなマンガジャンルを掘り起こしていくようなストーリーマンガ創作の方が、
一般ユーザーには伝わっていくのかも知れません。
ただこの日経の広告シリーズは、ともすればクールな分析になりやすい経済ネタに
また違う受け取り方を提示しているとも感じています。
いまの時代、広告シリーズもまたユーザーから「評価」を受けるのだと
そんなことも考えさせられています。
Posted on 5月 24th, 2018 by 三木 奎吾
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最近、再生型住宅活用、そのマーケット創成について考えることが多い。
自分でもそういう再生活用を実際にやってみて、
実体験を持ったことで、興味が深まってきている。
というか「ポスト新築」の時代という目前に迫った住宅業界のトレンドを考えれば、
こういう市場性に興味が向かっていくのは自然だろうと思います。
で、そんな興味を日常的に持っているところに、
東京渋谷区広尾でふとこんな「店舗」を見掛けた。
そこそこ通行量の多い立地の地域ですが、
周辺にはそれほど多くの店舗があるわけではないけれど、
いわゆる「わざわざ」系のショップはそこそこにある、
広尾という地域柄が感じられるポイントでした。
でも、再利用されている建物は見た感じ、ハウスメーカーのごく初期量産型。
外壁には一部に苔や黒ずみなどもみられて、
それなりの「オールド」感は漂わせている。
ただ、これまでの常識的感覚からすると、いわゆる「古民家再生型」とは
どこかしらイメージにギャップを感じさせられる。
そうですね、量産型のパネル工法的住宅、その素性が見えるような建物は、
これまであんまり古民家再生型のリノベデザインを施されていない。
そういうある意味、意表を突いた挑戦が行われていた。
カフェショップのようでしたが、残念ながら、営業していなかった。
それがどういうことからなのか、聞き取りすることもできなかった。
ただ、外観的には企画量産型住宅に対して、やや古色の古材でエントランスデッキを
回したり、大きな開口部を開いたりして店舗へのチェンジを表装していた。
木造の住宅であれば古びた建物にはある「さび」があって、
郷愁に連なるようなビジュアルを想起させるパターンはあるけれど、
こういった量産型の「よくある」パターンの住宅は、
どのような雰囲気にチェンジしていったら店舗的成功が可能なのか、
そういうテーマを訴えかけてきたように思いました。
4月の始めに訪れた大阪では、
ある古民家再生を得意とする工務店さんが、Dハウスの最初期の工業化住宅を
事務所として再生利用していた。
その事務所を、現在のハウスメーカー関係者が研究もあって足繁く訪れるという
面白い現象とも遭遇した。
いわゆる古民家好きの工務店が工業化住宅をどう料理するのか。
いわゆる量産系のハウスメーカーとしては、こういう「古民家」は、
どんどん廃棄されて最新のものに置換されていくのが望ましいだろうなと
そんなふうに考えましたが、数十年住み続けたユーザーにして見ると
愛着もあり得るだろうし、再生リノベで初期立地を活かして住宅から店舗へと
機能を変更するという需要もありえる。
こういった需要へのビジネスモデル、デザインパターンなどの
事業開発は、まだあまりなされてはいない。
さて、量産型ハウスメーカー住宅はどう再生利用できるのか、
面白いテーマかなぁと気付かされた次第です。
Posted on 5月 23rd, 2018 by 三木 奎吾
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当社にはデザイン制作スタッフが合計で6名おります。
雑誌誌面の制作総ページ数が、年間で2500ページを超えているし、
札幌は制作会社の集積が首都圏などとは違って十分ではないので、
地方雑誌としてどうしても「自社制作」の部分が不可欠になってくる。
そして加速するようにWEB制作が飛躍的に増えてきているので、
スタッフは育成していかなければならないのですね。
で、今回の移転を機に、
そうしたスタッフのための「表現力の向上」をテーマに
いろいろな自社デザイン案件についても、各人からプレゼンしてもらって
アイデアと表現、さらに「説得力」意識を高め合っている次第。
写真は玄関ドアのカッティングシート「看板」案件であります。
作品はスタッフの脇坂君のデザインによるものです。
玄関ドアは今回、たいへんガラス面の大きなものを設計者から提示された。
設計の丸田絢子さんは、よく店舗デザインを手掛けているので、
そういった感覚での選択でしたが、
当社の事務所は住宅レベルよりパブリックな性格が強いので、
こういった親しみやすさを優先してみたのです。
そうすると自然な流れで大きなガラス面をアピールの画面にしたくなる。
ならば、スタッフ各人からプレゼンしてもらって他のスタッフの多数決で
決定作を選んでいこうというミニ企画が実現したのです。
今回プレゼンでみんなの注目を集めたのは、当社の業務内容を
マーク化したビジュアル表現。
当社の周辺環境は住宅街ではありますが、
中学校のグランドに面していて、見晴らし開放感がある。
また約100mほどの距離を挟んで「山の手図書館」と相対している。
そういう意味ではパブリックな要素も比較的高い立地条件。
住宅街道路だけれど、図書館立地もあってクルマの通行量も多い。
そういう場なので、中学生たちにもわかるような「業務ビジュアル」をイメージした。
編集、出版、企画、デザイン、WEBという業務に即して
こういったビジュアルと欧文文字デザインを配置したのですね。
まぁ、一発で即わかるか、と言われれば評価を待つしかない(笑)、
なんですが、その辺は
「これいったいなんだろう」というスフィンクスの謎かけでもいいかと(笑)。
自分たち自身のプレゼンという機縁、
たまたま、こういうオフィスリノベーションという機会で端緒が開かれたのですが、
発想をもっと開放させていくのには、いい機会だと認識させられた。
今後とも企業姿勢として全員でチャレンジしていきたいと思います。
Posted on 5月 22nd, 2018 by 三木 奎吾
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琳派という存在は日本画の一統とされる。
尾形光琳という京都の大店の息子に産まれて放蕩の限りを尽くし
ついには家業を潰してしまったという男が
再生を期して一念奮起、画業で身を立てようとして始めたのが、
この流れの創始とされている。
そのときに高名な先生に師事するのではなく、すでに死んでから
100年近く経っていた俵屋宗達さんにはるかに私淑して
そのなかでも「風神雷神図屏風」を丹念に模写するという仕業を企てた。
俵屋宗達と尾形光琳のその絵には微妙な違いはあるけれど、
その「感じ方」とか、呼吸の仕方のようなものを
尾形光琳は全身で受け止めたかったのだろうと思う。
こうして風神雷神図屏風は大きな評価を獲得して、光琳は苦境を脱した。
模写した風神雷神図屏風はむしろ尾形光琳オリジナルとされていたという。
このふたりとも、京都の経済界をバックボーンとした絵師・作家。
そのことは抜けがたく、職人的なというか、町衆的なというか、
ベースのところに商マインド、空間装飾としての要素がある。
キリスト教的世界や仏教美術での神仏に奉仕する美術、といったような
そのような傾きから相当に自由な表現世界。
そういった体質を琳派芸術の基本として刷り込んでいったと思う。
そんな琳派が、大好きであります。
で、きのうも書いた山種美術館でありますが、
上の写真はその山種美術館正面壁面を飾る陶板美術です。
以前から、来る度に見ほれていたのです。
今回の訪問した展示で、この作家、加山又造さんという名を知った。
陶板は総数120枚だそうで、構成する画面寸法は2.5m×4.16mが2面。
山種美術館のために創作したものだそうで、
画題取材で鹿児島を訪れ、彼の地で海面の波濤と
一斉に飛び立った鶴たちの集団群舞が、その音響のすさまじさとともに
強く創作意欲を掻き立てて、このような現実にはありえない、
鳥瞰的画面構成にまとめあげている。
琳派という美術の流儀には、デザイン性要素が色濃い。
様式化というか、デフォルメであったりする表現性が強いと思うけれど、
この作品には、壁面を飾るという建築装飾目的への昇華がある。
用のデザインとも言うべきなのでしょうか。
スタッフのみなさんに聞いたら、この壁面は写真OKということでしたので、
たいへんうれしく、撮影させていただきました。
背景は石材が貼られた壁面であり、陶板はまことに似合っている。
その目的に照らして、作品性と空間装飾性をみごとに調和させている。
琳派らしい表現ではないかといつも思っていた次第です。
Posted on 5月 21st, 2018 by 三木 奎吾
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わたしは東京にいくと時間を見て
ちょこちょこと美術館巡りをするのを楽しみにしております。
とくに恵比寿駅を出て広尾の閑静な住宅街にある山種美術館はお気に入り。
琳派コレクションが特徴の美術館で、年に5−6回の展示会でも
ハズレがきわめて少ない美術館だと思っています。
今回も俵屋宗達から田中一光へ、と題した展示会。
伝・俵屋宗達の「槇楓図」、尾形光琳「白楽天図」、鈴木其一「四季花鳥図」
などの大作と並んで、というか、それらを引っ張るような展示作品として
昭和の時代のデザイナー・田中一光のグラフィックアートを展示していた。
こういう展示構成の一本のスジはこの美術館ならでは。
さらに、以前からすばらしいなと思っていた1階壁面を飾る鶴の飛翔と濤の図、
たぶん1コ30cm角の陶板多数に描かれたそれが、
加山又造さんの作品であることも今回知った。
やはり見れば見るほどに、琳派という日本美術の奔流に強く惹かれる。
という余韻にひたりながら、屋外に出て渋谷・國學院大学方面に
脚を向けようとしたら、なにやら強く引き留めさせられる芳香。
すばらしい絵画を見てややアップビートになった心象に
その香りは強烈なマハラジャ感で迫ってきた(笑)。
香りの源は、すぐに知れました。ごらんの「テイカカズラ」であります。
その馥郁たる香りに、名を問いたくて美術館に引き返して聞いた。
スタッフの方が即座にこの名を聞かせてくれた。
そしてその説明プリントを1枚くれた。
「山種美術館のエントランスにある葛垣の植物はテイカカズラです。
テイカカズラは林内に生育する常緑つる植物で、茎は長く伸びて
不着根を出して樹や岩を這い上ります。
5月頃に白い花を咲かせ、香りを放ちます。
花ははじめ白色で後に淡黄色になります。
和名は、歌人の藤原定家に由来すると言われています。」
と書かれていました。たぶん問う人が多いのでしょうね。
最後の件はWikipediaに「式子内親王を愛した藤原定家が、
死後も彼女を忘れられず、ついに定家葛(テイカカズラ)に生まれ変わって
彼女の墓にからみついたという伝説(能『定家』)に基づく。」という。
そういわれてみると、恋愛感情の強烈な麝香感に通じる香りかも。
そういった由来の事は置くとして、
わたしにはやはり建築としてこういう香り領域も取り込んでいる、
美術館建築の奥行きが深く感じられた次第。
たしかに五感の感受性が刺激されると、こういう香りの領域も
より鋭敏に迫ってくる気がします。
現代の住宅建築ではこういう植栽との暮らしの中での協同、
相互関係というのはなかなか意図されることはないと
気付かされた次第であります。
こういう雅びた王朝風の名付けが文化として遺されてきたということは、
先人の日本人は、こういうところにも気付き、演出すべき対象として
考えてきたことに間違いはないのでしょう。
さて寒冷地、高断熱高気密住宅は、文化としてこういうものを生み出せるのか、
錘を自分の中に深く降ろしてみたいなと思いました。
Posted on 5月 20th, 2018 by 三木 奎吾
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今回、オフィスの移転で食事を作ることが出来る環境に復帰しました。
わたしはどっちかというと、カミさん以上に食べ物を作るのが好き。
小学校ではじめて「家庭科」の授業があって、
料理を教えてもらえたことが強烈にうれしかったという
ちょっと変わった性格の男であります(笑)。
そのときに授業で教えてもらったのは「野菜サラダ」でした。
それが本当にうれしくって、家に帰ってすぐに夕飯のためにサラダを作った。
まぁ、末っ子の男の子が作るサラダ、家族は迷惑だったかも知れませんが、
そこはおくびにも出さず、「おいしい」とお世辞を言ってくれた。
それがまたチョーうれしくて、家庭科は一番お気に入り科目になった(笑)。
・・・という刷り込み的体験があって、
いまに至るも、家での食事作りはカミさんと比べてわたしの方が多いかも。
そうすると買い物なども夫婦で行って食事づくりの傾向と対策も
わたしの好みが強くなっていきます。
以前、職住一体だった当時にもときどきスタッフに食事をつくっていたけれど、
ふたたびそういう環境ができて、作って見ようかと。
なんですが、いまは常時スタッフが15-16人。
この人数分をまともに作るのはなかなかキビシイ。
たぶん全員ではなく、半数ごと交代で作ることになると思います。
ただ、初回はなんとか全員で食べたいと思って
今回はお昼用におにぎりを作って見た。それでも1コ足りなかった(笑)。
通常は1人2コを目安にするのですが、移転後はじめてなので、
1人1コでもいいという声があったので、それで準備しました。
でも人数分はできなかった(泣)。足りない分は
付け合わせのポテトサラダとカミさんがバーガーみたいなのを作ってくれた。
あ、この具だくさんポテトサラダもかなり大量生産でした(笑)。
炊飯器は5合炊きが限度なので、この分量になったのですね。
もう1台あるので1升炊けるのですが、おにぎり30コだと
たぶん腱鞘炎の心配が出てくる気がします(笑)。
おかげさまで無理矢理ふるまい食なので、みんな「おいしい」と
言ってくれておりました、まぁ、そうとしか言えないか(笑)。
現代の企業環境、いろんな働き方があると思うのですが、
ランチなどの食事についての環境というのも、重要だろうと思います。
幸いにしてそういう環境もあることを活かして、
ときどきはチャレンジしていきたいなぁと思っています。
さて次回はどういうメニューでいこうかなぁ・・・。
Posted on 5月 19th, 2018 by 三木 奎吾
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先日、東大・前真之先生の最新の講演を受講して感じていたのですが、
住環境の探究において、数値的把握だけでは限界があるということ。
よくUa値が指標として出やすいのですが、
あれって、あるレベルまで行くとかかるコストとそこから先の「効果」に
関連性が薄くなってしまう傾向が見られる。
もちろん断熱レベルとして、一定の指標になることは間違いがないけれど、
効用のコスパを人間の感受性が把握しにくい領域に行ってしまう。
大して感じないメリットにお金ばかりが掛かってしまう。
そうすると、そういった数字で語ってもあんまり意味がなくなる。
顧客視点に立てば、自分が望まない部分に異常にコストをかけられても
どうも了解しにくくなっていくのではないかということ。
また北海道的な住宅性能の現実を見ていると、
地域全体としての技術レベルとしては
「北海道で暮らしていても冬場にまったく寒さを感じない」
というユーザー目的の核心はコスパ的にみてほぼ実現している。
それはすでに「特定の作り手が先進的に実現している」ものではなく、
いわば地域の常識化している部分なのだと思うのです。
そういう「地域マーケティング」を考えると、また少し違う探究が必要。
そんな意味を込めて「人間のくらし発想の」というフレーズを考えてみた次第。
きのう仙台市内で開かれた「住まいと環境 東北フォーラム」総会。
慶応大学の伊香賀教授とともに「住宅と健康」について先端的に研究されている
近畿大学の岩前篤先生の最新講演があって、受講してきました。
きのうの講演では用意されていた印刷のレジュメとは違うお話し。
あれれ、と思っていましたが、まことに興味深い内容。
先生は健康と住宅という領域からのアプローチを継続的に探究され
「医学」との連携も機会が非常に増えてきているという。
図で示されているのは、医療というものがたどりつつある探究段階論。
中世以前の「錬金術」にルーツを持つ
いわば「魔法」として医療というものは始まり、
やがて経験知の積み重ねが「治療」領域として確立していった。
そしてルネッサンスと時期を同じくして始まった「科学」の時代、
それが現代を覆いつくしているけれど、
その「限界」もまた、露呈してきているとされていた。
最新学説が発表されても、1年以内にそれを否定する数多い反対説も出され、
そうした論争が決着しない時代になってしまったとされる。
その結果、施術とか治療行為として実施することが事実上できず、
進歩がむしろ科学検証によって滞っている現実があるとされていた。
先述の「Ua値」競争しか残らないみたいな住宅建築の現実と
非常に似たような状況が医療の現実でも起こっているとのだと。
この図で対照して言えば、「個々の状況に応じた治療」という次世代的型は、
「科学的証拠」であるUa値競争を超えて人間にとって有益ではという提起。
まだ、未分明な部分が多い考え方ではありますが、
いま、住宅性能論議のなかで起こってきていることの
どうも核心に近い提起であるように感じられました。
そのほかにも、非常の気付きの多い講演でした。
今後、その内容について折に触れて分析してみたいと思います。
Posted on 5月 18th, 2018 by 三木 奎吾
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