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壁厚444.2mm、断熱385mmの家

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断熱を厚くする。
言葉で書けば、ごく単純なことのように響く。
しかし、構造材自体の寸法105mmの断熱材充填は当然として
その外側に安定的な断熱層を付加していくというのは、
そう単純な事柄とは言えない。
建築構造としては、あくまでも主体の105mmの柱構造で持たせているので、
その外側の断熱は、あくまでも「付加」。
しかし、さまざまな自然条件に対して、保守させていかなければならない。
そういうことを、建て主が納得できるような「合理的なコスト」で
達成していかなければならない。
実験ではなく、実際の経済行為として納まる範疇にしなければならない。
1件だけ、実験的にできました、コストは見合いませんでした、
では、実際の住宅建築の進化形とは言えない。
厚く断熱すれば、こういういいことがありますよ、
といくら声高に叫んでも、その具体的な手法を明示されなければ、
現場で建て主と向き合って、家を造っている工務店には無意味。
戦い方を具体的に解析努力する、よすがを現場は求めている。

先日現場見学した、旭川・芦野組さんの住宅は385mm断熱。
矩計図を見てみると、外壁の構成は以下の通り。内側から順に
105mm-16kgHGW充填断熱
9mm-構造用合板
0.2mm-防湿気密シート
140×2(280)mm-16kgHGW付加断熱
透湿防水シート
18mm-通気用胴縁(タテ@455)
12mm-小巾板(ヨコ@235)
20mm-樹脂モルタル下地テラコート
という構成。総厚みは、444.2mmという分厚い壁になる。
熱性能的には、以下のような計算結果。

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外皮平均熱貫流率(Ua)で、0.19。
たぶん、このあたりが限界的な外壁厚みと言うことになってくるのではと、
そんな印象を持たされました。
というのは、窓からの日射取得を壁厚が邪魔するようになってきて、
そのロスを考えると、これ以上外壁を厚くはできないのではないかと
そのように思われるのです。
また、市街地で壁厚が450mmということになってくると、
それ自体の「建蔽率」専有部分が大きくなりすぎて、
土地コストが大きな比重を占める地域では、現実的ではなくなる。
現状の断熱材進化、コストバランスから言っても、
臨界点に近づいていると実感できます。
赤外線画像でも、木製でEPS断熱材をサンドイッチした換気用の窓が
いちばん熱損失が大きくなっているとのこと。
こういった断熱厚が、一般的・現実的な住宅で実現できるコストに
納められているという事実が、
寒冷地日本・旭川の最先端レベルの高さを表していました。

北海道の屋根問題の変遷、「雪庇」について

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「雪庇(せっぴ、と読む)」って、やはり北海道だけの問題でしょうね。

北海道人は、雪の問題と住宅問題は同時進行で考えさせられてきた。
開拓期から戦前までは、本州地域で一般的だった瓦屋根だったけれど、
軒先に出来た氷柱を処理したら,それに連れて瓦も一気に滑落して
北海道では初期から、トタン屋根という板金処理が一般的になった。
これは、屋根から雪を落とすことを考えてきたもの。
しかしそうすると、隣家との間に大きな空隙を設けなければならない。
人口膨張した戦後社会で、北海道でも住宅敷地の狭小化が進行して、
鉄板の屋根で落雪させることを考えてきた作り方から、
雪を落とさない、無落雪屋根を選択することが多くなっていった。
それも一般的なM型屋根といわれるダクトで屋根融雪水を落とすものから、
そのダクトが問題多発して、そもそも屋根の雪が融けるのは
屋根の下の断熱施工不良が原因であり、
それを改善すれば、「融雪水」処理は考えなくても良いということから、
屋根の雪を載せたままにする陸屋根形状の
フラットルーフに大きく変化してきた。
そして現在、写真のこの屋根では「雪を載せたまま」は変わらずに
三角屋根形状に変化してきている。
これは屋根の素材に滑雪しずらい素材を使うことで無落雪とするもの。
いまのところ、屋根の進化はこの段階にあると思います。

で、この「雪を載せたまま」というタイプの屋根では
それまでの屋根問題とはまた別の原因と結果として
「雪庇」という問題が発生してきているのです。
雪庇とは、たくさん降ってくる雪と、その時の風向きが影響して
屋根から雪の塊がせり出してくる現象なのであります。
この現象は、フラットルーフ特有かと思っていたのですが、
今回、冬の終わり時期の旭川で、無落雪三角屋根でも、
それも切妻の妻側に、屋根の傾斜方向とは逆の方向に、
雪がせり出してきているのを再発見していました。
なんとなく感覚的に、屋根傾斜がついているのだから、
雪は物理的法則に沿って、屋根傾斜方向に自然に「落ちる」と
想像していたのですが、雪はそうはならないのですね。
雪庇の出来方は、その年の季節風と降雪の両方のファクターが
複雑に絡み合って変化していくので、まことに千変万化。
この家では、たくさんの見学客がくることを想定して
あらかじめ「雪庇落とし」道具を使って玄関上の部分は処理していた。

こういったテーマって、
北海道地域以外のみなさんには、なんのことかと思われるでしょうね。
やや地域偏差的な話題でした。

氷雪の石垣 雪割りの春分サンデー

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写真はきのうのわが家前の様子。
わが家は中学校のグランドに面していて、そちらには雪の壁ができるのですが、
その雪の壁に、さらに雪氷の石垣を造作いたしました(笑)。

札幌は先週ずっと好天、高温状態が続き、
市内の積雪もどんどんと解消されてきていました。
そういうなか、わが家は夫婦友働きなので、残念な残雪状況。
北入りの敷地なので、冬場、日射量が不足して、日々の除雪の残り雪が
固い氷状で積層していて、岩盤状に残ってしまうのです(泣)。
その固い岩盤氷雪を割って、こちらの方に移動させるのが、
毎年のわが家の習慣なのであります。
わが家周辺のお宅は、みなさん大変きれいに周辺を片づけられているので、
春分時期の休日には、わが家が取り残されたような状況。
幸い、大学の休みで帰省して運転免許取得通いしている坊主もいるので、
継続的に4〜5日間、氷雪破砕、運搬作業に取り組んでおりました。
大体、駐車スペースとしている面積で50㎡ほどの面積。
以前はツルハシを使って作業していましたが、
いまは「ヤリ」形状をした雪割り専用器具があって、それを垂直に振り下ろして
おおむね10cm×20cm×20cm程度の大きさに破砕します。
やはり日中の気温が高い時間が好適なのであります。
でも、やはり作業はかなりの重労働で、力仕事。
ワンワークとしては1日あたり、4〜5㎡程度が限界的なところ。

「俺がいる間はいいけど、いなくなったときのことも考えて、
なにか、機械的な設備も考えた方がいいよ」と坊主。
言われるまでもなく一応、ロードヒーティング設備は埋設しているのですが、
燃料費の高騰、さらに「地球温暖化」だけにしかならない罪悪感、
などから、結局はその設備は使っていないのであります。
やはり雪国での暮らしの、やむを得ざる家事労働として
自然に受け入れるしかないのではないかと思っています。
作業としての雪割りは、スパンスパンと結構小気味よく割れてくれるので、
冬を片付ける気分も高まって、まことに楽しい。
集中して取り組んだので、肉体的にはあちこちから悲鳴が上がる(笑)。
でも達成感もハンパなく、気分的には最高。
この疲れを温泉に浸かって癒すのも、北国の春らしい。
・・・と、達成感に浸っていたら、
きのう夜から今朝にかけて、うっすらとまた降雪です。
今週はふたたび寒の戻りなんだとか。
一進一退の雪国の春の進行であります。

鎌田紀彦氏の真髄 木造工程を科学探求する

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さてきのうは、新住協北海道地区大会2日目。
9時スタートから午後1時まで、中身の濃い研究大会。
大きいテーマは、断熱の厚みをもっと厚くするための工法の科学探究。
そしてそのような環境での暖房装置選定の科学研究。
いかにも北海道地域から進化してきた新住協のコア大会。

鎌田紀彦先生がほかの住宅建築研究者と決定的に違うのは、
理念だけを語るのではなく、その理念を現場工程で
どのように具体的に、工務店・設計者にとっての死活的テーマである
「安価に、合理的に、どうつくるか」を
きわめて実戦的に探求していく姿勢にあると思います。
日本における住宅建築工法は、在来の柱・梁で構成する工法。
その条件下で、それを進化させる方向で、
現代が求める最前線レベルまで性能を引き上げていく努力。
それも、相方としての工務店が組織丸ごととして理解出来、具体的に
すぐにも実践できる手法、手順まで解析していく。
そのためには、大工さんの現場心理まで飲み込んでもいる。
氏は、「建築システム工学」の研究が専門領域であるのですが、
そのなかでも木造の工法進化、現代化を追求されてきた。
北海道の工務店は、暖かい家を合理的に、そして安価につくる手法を求めて
氏と協同して、自らの建築現場を活用し工法開発の実験場としてきた。
そういった関係性が、明瞭な形で伝わってきます。
厚い断熱壁面になってくると、その断熱材を安定的に保持させるための
それも出来るだけ安価な手法開発が不可欠になってくる。
2枚目の写真のような「断熱材保持」の金物の設計まで必要になる。
さらには、具体的には垂木をどう主体構造に緊結させるか、
長いビスを正確に下地構造に安定させるか、
というような方法の研究も欠かせなくなってくる。
そのために垂木に事前にビス穴を開けておき、
そこに貫通させるビスの寸法、種類にまで解析範囲は及んでいました。

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こういった部分まで、工務店の具体的な現場力解析は及んでいる。
ここまで実戦的な木造研究者は、やはりなかなか稀有な存在。
上の写真は、会場で展示されていた、
ビスを使わずに屋根にPVを据え付けるための装置。
木造住宅を進化させていく技術開発は、時代の変化につれて、
これからも、より深まっていくでしょう。
考えてみれば、法隆寺の六角形の「ログ」構造など、
日本には、木造を科学するという強い伝統はあるのだと思います。
いまダイナミックに進化しつつある木造、面白いと思います。

新住協北海道支部総会 in 旭川

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18-19日の両日、表題のイベント開催であります。
全国から120名ほどの参加でにぎやかに開催されています。
「北海道支部総会」なのですが、北海道の最新住宅事例の情報は、
全国のメンバーのみなさんにも関心は高く、
多くの地域から多数の参加者が集まってきています。
会場は旭川パークホテルとうろ覚えに憶えていて
どうせ市内中心部だろうと、軽く考えて、宿泊先も手配していたのですが、
わたしがうろ覚えに想像していたホテルとは全然違って、
市内中心部から6km近く離れた高台のホテル。
幸い時間的には若干のゆとりがあったので、
急遽、総会会場のホテルに連絡して、ちょうど1部屋キャンセルの出ていた
シングルルームを予約して、滑り込みセーフという次第。
で、きのうの1日目は合計4件の住宅見学会。
新住協旭川メンバーの最近の住宅を見学致しました。
北海道内でも旭川地域は、多雪でなお寒冷が厳しいという
日本国内でも極限的な気候条件の地域として
住宅性能の最先端的な実証が継続しています。
北海道の住宅研究組織である「北総研」もここに置かれて
研究が進められているし、設備の全国メーカーさんも、
実験場として最適条件地域として、旭川は拠点になっている。
北総研の場合には、旭川空港との利便性もいいし、
企業の「研究開発費」では、公営なので、受託研究や共同研究の費用が
民間企業などからすると、一ケタ違うというくらい恵まれた条件になっている。
そういった厳しい気候条件で最北の人口集積地という利便性から
北海道の、そして日本の住宅性能進化の最前線とも言えます。
そういうなかでも新住協旭川支部のメンバーは、
こうした研究組織との連携などでも
住宅性能面での最先端の研究に協力している先進的な企業群。
それぞれに興味深い内容の取材が出来ましたが、
さすがに全国からの見学者のみなさんからは、多様な質問攻め。

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こんなふとした天井仕上げについても、着目されていた。
これは新濱建設さんの現場でしたが、
天井には、安価な針葉樹合板のなかでも木目の美しいヤツを選別し、
それにサンディングして、塗装させることで、
なかなか味わいのある見栄えの仕上げをされていた。
少しでもコストを抑えて、しかも競争力の持てる技を見つけようとする
研究熱心な姿勢が、随所で真剣な情報交換として交わされておりました。
本日は、各社による住宅事例の発表が行われて
鎌田紀彦室蘭工大名誉教授からのチェック、知見の共有が行われます。
こちらも新住協の会合での大きなメリット。
きょうも取材を頑張っていたいと思います。ではでは。

復興のまち、生活文化継承・創造への壁

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写真は、宮城県岩沼市の防災集団移転の「まち」に
周囲を囲むように植え込まれた「防風の木並」。屋敷林の機能を持っています。
災害から命を守るために、地域丸ごとが「引っ越しをする」という、
集団移転ということは、これまで日本人はそう多く経験知を持っていない。
東日本大震災・大津波というやむを得ざる事由から、この平成の時代に
さまざまな歴史経緯や、文化的成り立ちを持った「地域」が移転した。
その移転に当たっては、現在の法体系、行政組織、考え方が実践された。
その結果が、徐々に姿を現しつつあるところなのです。

取材していて大きく感じたことは2つ。
1つは、「地域の文化を継承する」というお題目は掲げられているけれど、
「地域のお祭りなどの基軸になっていた神社などの
信仰対象は、どうなったのですか?」という質問に対しては、
予想通り、宗教との政教分離原則が貫徹されて、
きれいさっぱりと、津波被害地域にそのまま取り残されたままだと言うこと。
地縁社会の中で、各地域の神社仏閣というものは、
言うまでもなく歴世にわたって、維持存続してきたものだと思います。
大きな政治変動があった場合にも、各神社仏閣は、
新体制下での存続を常に努力してきた存在だった。
日本史では、このことはさまざまに継承されてきた基本だとも言えます。
そうした「文化要素」が地域の中で息づいて、
祭りという形で、その地域らしさの大きな部分を占めてきた。
そういったものが、平成の地域集団移転では移転されなかった。
で、一方で地域文化の継承存続は、謳われている。
地域文化の基軸になっていたものはオミットしていながら、
一方では継承しろという、パラドックスが生まれ出ている。
この国の民主主義統治機構の、明瞭な瑕疵かも知れない。
2つめは、公共資産としての景観を保持してきた植栽・樹木への態度。
この「まち」でも、住民の自治組織側としては、
植栽などを希望したけれど、現代の統治機構側では、
この植栽・樹木の維持管理という難題は、できるだけ避けようとする。
なぜなのか?
公共の植栽・樹木に対しての、モンスター的な「住民の声」が恐ろしい。
維持管理せざるを得ない自治体にすると、
その植栽・樹木に対して必ず「落ち葉を片付けろ」とか、
「影になって邪魔だから,木を切ってしまえ」という声が寄せられると言うこと。
こういう「声」が、行政側ではいちばん困るのだと。
暴走する現代個人主義ではないかと思われる「声」なのですが、
事実上は、こうした暴走個人主義の独裁状況にならざるを得ない。
植栽・樹木の類は、このような暴走個人主義に
自治体として対応させられることを事実上、意味している。
そういったトラブルのタネについては、
是非止めたいというのが総じての傾向。
そういうなかでこの木々の植栽は,奇跡的に実現できたのだという。
・・・まことに難しい時代なのだと、痛感させられます。

仏教建築軒先の曼荼羅表現

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わたしは年相応に神社仏閣の類が大好きであります。
今回、韓国に行くことが出来て、そこでも
すばらしい寺院建築を見ることができたこと、うれしかったです。

神社は日本独特のものであって、世界性はない。
それはそれできわめて面白い存在であるのですが、
仏閣の方は、世界宗教としての広がりがアジア圏において存在する。
その共通性に、非常に親近感を憶えさせられる存在。
日本という社会は孤立して存在したのではないと言うことを、
きわめて明瞭に語ってくれていると思います。
そしてそういった共通性を認識し、同時に違いを考えて、
来し方行く末に思いを致すのも、なんとも楽しい時間であります。
寺院建築では、軒先にその建築表現が集約的になっている。
デザイン的に「曼荼羅」が、構造に仮託されて視覚化されているのかと。
垂木や屋根、木組みなどで、重厚に表現されている。
新羅時代の国家宗教施設であったこの仏国寺では、
創建時の様子がどうであったか、
日本統治時代に調査が開始したとされている。
その後、1970年代に再建されたというのですが、
さて、どのようなプロセスを経たのか、今度じっくり調べてみたい。
というのは、日本の寺院建築と非常に似通ったデザインで、
違いを発見することがたいへん難しかったからです。
奈良や京都にある寺院建築ですと、この木組みを見せられても
まったく違和感は感じられない。

いま、韓国では仏教はキリスト教に押されて
少数派の宗教なのだそうであります。
キリスト教は李氏朝鮮の時代にはなかったとされているので、
そんなに歴史年代的に古いものではない。
たぶん、日本の近代化が始まったと同時期くらいからの時間経緯でしょう。
であるのに、いま日本と韓国ではこうした宗教の割合が全然違う。
まぁ実にいろいろな社会学的、歴史的考察が可能で、
楽しみがグンと増えてきたところであります。
やっぱり知の世界、楽しみは奥が深いですね(笑)。
まるで、曼荼羅世界。

RCとガラス建築群、「愛着の耐久性能」は?

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さて、韓国ツアーでは世界遺産・河回村がメインの視察だったのですが、
情報を集めて、現代の住宅サイズの建築群も見学に。
そんな情報集めで引っかかってきたのが、「ヘイリ芸術村」というゾーン。
インターネットでの紹介を見てみると以下のようです。

〜ヘイリは韓国の作家、美術人、映画人、建築家、音楽家など、
様々な分野の芸術家たちが集まり形成された文化芸術村です。
この共同体村ヘイリの中には家と作業室、美術館、博物館などの
文化芸術空間が設けられ、現在も次々と建築中です。
この芸術家たちはヘイリの中で創作、展示、交流、販売、生活をしています。
2005年現在、ヘイリには博物館、展示館、音楽ホール、書店などが
40軒ほどあり、今後3-4年内には約400件まで増える予定です。
展示館や博物館にはカフェも併設している所が多く、
現在は10軒余りのカフェとレストランが運営中です。
ヘイリ芸術村は、新環境的な建築規定を作り、自然そのままの
地形を活かしながら建築物を建てています。厳しい建築規定があるため
全ての建築物は3階建て以上建てることが禁じられており、
また各自の分野に適合した建築物を、専門建築家が設計し建てられるため、
建築物だけを見ても、非常に芸術性溢れる村です〜

というコンセプトでの小建築、住宅サイズの建築が大量にある。
芸術家たちのために、「とんがった建築」であることが要望されるのか、
韓国内の建築家たちが、その意匠性を競っているようなエリアです。
で、結論から言うと、審美眼的に大きな疑問を持った次第。
韓国では、とくに首都ソウル周辺では、高層のマンションが林立している。
戸建て住宅というのは、いまや超高級住宅くらいしか存在しない。
その戸建て住宅でも、木造というのはきわめてレアで、
ちょうど沖縄の状況と酷似している。
たぶん、戦争による破壊の結果、建築は一様にRCを選択している。
小住宅でも、木造ではなくRC造がきわめて多い。
ここはRCで「とんがった」建築を小さいサイズでつくる、という
展覧会のような、パビリオン群というエリアなのであります。
それは理解出来るけれど、出来ている芸術家たちの建築に
ほとんど美を感じられないというパラドックスが迫ってきて仕方なかった。
ムリヤリ感とディテールの破綻ぶりに目が行って仕方がない。
この異様な不条理感はなんなんだろうかと胸に手を当ててみた。
結局、素材としてのコンクリート自体に、魅力がない。
その共通の「モジュール感」が存在していないことからくる、
一種の不統一感が、気分を重くさせてくる。
木造であれば、規格寸法というものがあって、
おのずと、出来上がった建物にある共通性が生じて、
その集合に統一感が生まれ出るものなのだということを、
こういった反面教師は教えてくれているように思われた。
またこうしたRC建築には、隣家への配慮というものが欠けている。
各戸が主張するばかりで、共同体へのリスペクト志向が育たないのかと。
その後訪れた、世界遺産・河回村の木造建築群のデザインの美しさと
きわめて対比的だったというのが強い印象です。
木造は古びていくほどに、どんどんと味わいが深まっていくものだけれど、
RCは、どんどん「廃墟」感に向かっていくのではないか、
建物端部での水仕舞などの破綻ぶりを見せられ続けていると、
「愛着の耐久性」に、大いに問題があると思わされた次第。

韓国でのクルマ・道路交通状況

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韓国ツアーでは、ソウル市内移動だけだった1日目と
釜山で帰りの便まで時間がそれほどなかった4日目を除いた、
2〜3日目については、長距離移動だったので、
バスを仕立てて、貸し切りさせていただきました。
24人乗りということでしたが、
ゆったりと9人で乗車していたので、長距離にも関わらず、
たいへん快適に移動することができました。
地図では、メインの動線だけを記載していますが、
それでも移動距離は466kmと書かれています。
実際には、たくさんの寄り道をしているので、700〜800km程度になっている。
ソウル中心街明洞のホテルを出発し、北朝鮮との対峙ポイント
板門店の近くの「ヘイリ芸術村」へ移動し、そこからソウル市内へ帰還。
市内を数カ所移動してから、安東市へ移動、ホテルへ。
そこから河回村〜仏国寺と回って、釜山へというルートでした。

まずはじめに気付いたことは、
韓国ソウル市内では、一円で「駐車禁止」が厳守されているということ。
市内の幹線道路幅は片側3車線程度が普通なのですが、
それくらい広いと日本では歩道側の車線には
一時停車を含めた車両が、たくさん停車するケースが多いけれど、
韓国では監視カメラがたくさん設置されていて、即違反キップを切られる。
ということで、3車線とも、ビュンビュンとクルマが行き交っていて
ソウル市内では「渋滞」発生原因が解消されている。
最初から、運転手さんとしっかり連絡を取って、
待ち合わせ時間を厳守しなければならない。
ちょっとでも時間がズレると、周辺をぐるっと回ってくるので、
待ち時間はそこで発生するのですね。
その分、市内を抜けるのもかなりスムーズでした。
さらに一般道でも90kmくらいの速度制限になっている。
しかも道路幅が広いので、ガンガン飛ばしてくれる感じであります。
あ、日本とは違ってクルマは右側交通、ハンドルは左側。
高速道路では、バスなどの公共交通手段は一番左側車線を優先道として
割り当てられている。これはきわめて便利・合理的。
ソウルから出て行く幹線道では車線が片側5〜6車線というのもザラ。
それでもラッシュ時などは満杯状態で、スイスイと走れるのは
いちばん中側のバス車線のみという状況。
ETCの「踏切」通過については、日本では考えられないほど
みんな速度を落とさずにビュンビュン行き交っている(笑)。
「おおお、」という驚きの声が車内に広がります。
かなり想像を絶するクルマ社会という印象であります。
韓国の王宮建築・景福宮見学では駐車場に入れていたのですが、
ソウル市内各地では、どの程度大型の駐車場があるのか、質問を忘れた。
その後、地方に行くと駐車禁止はあんまり厳しくはない印象。
高速道路の料金は、日本では考えられないくらい低額。
たぶん、1/3くらいではないかと感じました。
また、釜山ーソウルという450kmの距離の長距離列車でも
3000円程度で移動可能なのだということです。
いちばん高速移動が可能な高額列車でも6000円程度で、
しかも飛行機でも大体同額程度なのだと言うこと。
ガソリンの値段は日本より若干、2割程度は安く感じました。
ただ、日本車には対抗心が強く、ほとんどが韓国製もしくは
EU圏製が多く、ディーゼル車がたくさん走行しています。
軽油はさらに低額だと言うことなので、
韓国内では、交通費用は日本よりも感覚的には半分以下と感じました。

しかし最終地の釜山は、いかにも伝統的港町で
坂道や狭小道路が多くて、日本の一般的な街と変わらない状況。
ソウル市内の道路整備がものすごく進歩しているということかも知れませんね。
今度行くときには、レンタカーを借りて走ってみたい、
クルマ大好き男が観察した、韓国交通事情でした。

3.19PM5:00〜秋田AAB-TV出演 (^-^*)

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きのうは秋田にて、秋田朝日放送(AAB)のテレビ番組出演で
録画撮りでした。放送は今週土曜日の夕方5時からとのこと。
「Comfort Life」というハコ物番組です。
もちろん住宅の番組で、コメンテーター役であります。
MCは秋田地元のフリーアナウンサー・真坂はづきさん。
住宅の訪問取材番組で、彼女の感想に対してコメントを加えるわけ。
住宅について、わかりやすく性能面を解説して
ユーザーに見方をお伝えするのが番組趣旨。
こちらの局さんでは、何回かこうした番組を制作されていて、
そのたびにわたしに、コメンテーター役が舞い込んできます。
住宅についてのテレビ的なコメンテーターって、
ハマりの人間がなかなかいないってことなのでしょうか?
ということで、韓国帰りでやや疲労感ハンパないなか、
笑顔でたのしく出演させていただきました。

こういうお仕事は、もっぱらテレビ局からのオファーなので、
こちらの方から仕掛けるというものではないのですが、
なるべくわかりやすく「いい家」選びのお役に立つ情報提供を
心掛けております。
わたしは人生でけっこうテレビ出演は多い方でありまして
一時期、Replan出版開始のころは、数年間、
ローカルの情報番組枠内での住宅番組に月1以上の割合で出演。
創刊時点から積極的にテレビ出演をお引き受けしていました。
やはりテレビの影響力というか、顔の見えるリアリティは貴重。
ただ、テレビって時間の「尺」のなかで必要のあるコメントを
凝縮して、かつ明瞭にわかりやすく伝えなければならない。
文章表現や、写真表現とは違って、
じっくりと検討して情報発信するというようにはできない。
即時応答性が一番大切という変わったメディア。
いわば「座談」的なノリがいちばんキモのように思います。
テレビ的な「つかみ」も非常に大事なポイント。
わたしは学生時代に演劇をやっていた経験があるので
こういった役割には、ちょっとファイトも湧いてくる気質です(笑)。
きのうはナマではなく、録画なので、
あとは制作さんの方で調理されて番組になる予定。
なんですが、わたしが放送を確認できるのは、
放送後のDVDが郵送されてから。
自分でも、どんなふうになっているのか、ドキドキしながら、
待っていたいと思います(笑)。
むむむ、丸顔化、進行している・・・。