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祭礼絵巻に見る日本のこころ〜國學院大學・公開古典講座

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わたしが通った大学から、公開講座の案内が来ておりました。
あんまり熱心な学生ではなかったわたしでありますが(笑)、
卒業後、同窓会などからの案内に対応するようになって、
そもそもまなぶ領域としては、やはり歴史への興味が、一番強い人間なのだと
あらためて思わされている次第です。
母校はいま、このような案内を見ても、
やはり自分の興味に対して、ある種、まさにストライクゾーンには近い存在だった。
まぁ今更ようやく気付いても、すべては手遅れではありますが(笑)。
でもまぁ、自分という人間はどんな人間であるか、というのは
わかっているようで、なかなかわかりにくい。
わたしの家の先祖様は、民俗学者の柳田国男さんの少年期を揺籃したという
家系伝説があるのですが、
そういったことへの興味というのは隔世遺伝している部分を感じる。
以下は、このイベントの紹介です。

祭礼絵巻にみる日本のこころ―國學院大學学びへの誘い―(札幌)
伝統的な日本の祭礼は、古今を問わず、季節の訪れや地域の特色を感じさせるできごとです。その様子は、祭礼に携わる人のための記録として、また、文学作品や絵画などの芸術として、後世に伝えられています。今回の「祭礼絵巻にみる日本のこころ」では、そのようにして伝わった絵巻を中心とする品々を展示します。
 本展示は、京の賀茂祭(葵(あおい)祭)や、祇園(ぎおん)祭、東照宮の祭礼など人々が関心を寄せてきたいきさつが分かる祭礼をとりあげ、人々の意識の高まりがその祭礼の特色を織りなしていることが読み取ります。また、上記祭礼の他、日本の祭礼の全体的な特徴や、その他の歴史的特色ある祭礼を関連する品々から紹介します。
 貴重な資料に触れ、祭礼に宿る日本のこころを思い描いてみてはいかがでしょうか。

開催期間 平成25年6月8日(土)~16日(日)
平日:11:00~19:00 土・日:10:00~18:00
会場 紀伊國屋書店 札幌本店 2階ギャラリー(札幌市中央区北5条西5-7sapporo55)
主催 國學院大學 國學院大學北海道短期大学部
後援 北海道教育委員会・札幌市・札幌市教育委員会・滝川市・滝川市教育委員会・(株)北海道新聞社・AIR-G’エフエム北海道・北海道旅客鉄道(株)・(株)紀伊國屋書店・國學院大學院友会・國學院大學若木育成会
入場料 無料
お問合せ 「國學院大學学びへの誘い実行委員会」國學院大學北海道短期大学部 
TEL:0125-23-4111(代)
主な展示資料
『日本書紀』三嶋本、『賀茂祭草子』、『年中行事絵巻』、『祇園祭礼絵巻』、『日光祭礼絵巻』、『和歌浦御祭礼御渡絵巻』

ということであります。
先日も、日本の絵巻物への憧憬をブログに書いたのですが、
期せずして、母校でもこういったイベントの企画の開催ということで、
不思議な因縁というか、感ずるモノがあった次第であります。
歳を取ってくると
人間、不思議と素直な本然が顕れてくるもので
自分でもびっくりするような次第であります。
ご興味をお持ちの方、ぜひ足をお運びください。
って、わたしは別にこの講座に関係しているわけではありませんが(笑)・・・。

書院の工芸デザインぶり

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先日訪れた石巻市北上町での古民家再生住宅のワンカット。
あまりの美しさに、吸い寄せられるようになってしまっていました。
戦国期以降、地域の生産力が向上して
それまでの庶民階級が立派な木造住宅を建てられるようになって、
そういうなかで、貴族のための工芸技術が次第に地方豪農層を中心に
文化が拡散していった。
庶民の住宅では土間が一般的だったのが、
やがて木の床の文化が広がっていき、土間+木の床となった。
そこからさらに、畳による床が広がっていった。
現在に残っている古民家は、そういった庶民の住宅の床による変遷を
すべて兼ね備えているケースが多い。
畳による高級な床が、しかし一般化し、
そのうえ、さらに貴族の住宅で文書・書物を読むための空間として始まった
「書院」までが、豪農の住宅では一般化した。
気仙大工の伝統の残るこの地域では、ごく普通にこういう住宅が見受けられる。
「経済」の歴史的発展段階も垣間見せてくるモノだと思います。
こういった伝統的な文化蓄積を見させていただくと、
北海道人としては、ただひたすら感嘆符しかでてこない。
こんな文化蓄積は北海道では、日本海側沿岸地域の漁家住宅くらいしかない。
まことに彼我の違いに敬服させられる次第。

それにしても、この書院の建具の繊細さはすばらしい。
気仙大工集団の中の、ほとんど工芸に近いような職人集団が存在し、
連綿とその技術を伝え続けてきたに相違ない。
工務店での職人さん教育などを見ていると
大工志望者の中から、構造の方に向かっていく大工と、
より繊細な木工事に向かっていく大工に別れていく。
そういった、より手先の器用さと仕上げの丹念さが、
こういった職種を生み出していって、やがて建具の専門職人さんになっていくのか。
そしてこういう細かい木枠のデザインは、
だれが決定して、図面発注していたのか、
いろいろに想像力が働いてきますね。
で、ご存知のように、こういった職人芸はいまや、絶滅危惧種になっている。
ニーズがなくなると、その技術もあっという間に消えてしまう、
というのは、身近でも簡単に知見される。
どう考えるべきことなのか、
なかなか、複雑な心理に駆られますね。

5.25 新住協総会イン室蘭工大

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先週の土曜日には室蘭で新住協の総会が開かれました。
新住協(新木造住宅技術研究協議会)は、室蘭工大の鎌田紀彦教授が
在来木造住宅に対して、建築システム工学の立場から、
現場の施工技術を詳細に解析し、その熱環境の欠陥を科学的に解明したことから
北海道の工務店グループが、実践的手法を求めて結集し始めたことから始まりました。
日本の戦後の木造構法の期間である、いわゆる「在来工法」という概念の特定にも
深く関与されていた東大工学部の出身者として、
その欠陥のスタートが、壁の作られようにあることに注目したことが
始まりだったのだと思います。
「在来工法」という言葉は、わたしたち一般人からすると、
その字句通り、「日本古来の」というイメージを持たせるけれど、
そうではなく、大量に住宅供給をしなければならない、
という社会の要請の中で、国の立場から概念特定が行われた。
柱と梁で架構を構成するけれど、
壁の作り方については、それまでの主流であった「土壁」を省略させ
それを不用にする新建材、プラスターボード張りに置換させることを
ほぼ「標準的工法」として押し出してきた結果できあがった
「新たな工法」だったのです。
その結果、生まれてくる壁のなかの空間については、
そこを空気が流動することで
構造の柱・梁の乾燥を維持させるということで、
むしろ、積極的な役割を与えて「「在来工法」とネーミングしたのです。
建築システム工学の立場からすると、
この壁体内空間について、十分な検討は行われてこなかったことが
明らかであった、というように聞いています。
北海道では、この壁体内に断熱材を充填させて
「断熱」に利用することが始まったけれど、
目に見えない湿度と温度変化によって、さまざまな現象が生起せざるを得なかった。
いわゆる壁体内結露。構造木材の腐朽が結果して、
あたたかくもならず、健康被害をもたらす悲惨な状況になった。
一時期の北海道では木造住宅に絶望して、建設ブームにもなっていたマンションに
多くの道民がなだれ込んでいった。
そういう状況の中で、室蘭工大の鎌田紀彦教授がこのような発表を行ったのですね。

その室蘭工大から
来年3月に鎌田先生は退官を迎えられることになりました。
すでに20年を超える時間が経過したわけですが、
全国から250名を超える会員が、ことしの室蘭工大での総会に集まってきました。
いわば「原点回帰」を新たなスタートの場所に選んだと言うことなのだと思います。
北方で生まれたこの「新在来工法」という技術が
いまや、南方の温暖地・蒸暑地の住宅における夏の熱的ふるまいを解析し、
むしろそうした地域の木造住宅の作り手たちに
大きな広がりを獲得しつつある。
今回の総会では、そうした技術の発信が行われたと思います。
そしてその手法は、研究者である鎌田先生を中心にして
全国の作り手・工務店の現場が最大の実験場になっている。
この強い「現場力」が、新住協の真髄なんだということも、再確認できました。
下町の町工場と並ぶ「地域の製造業」という
日本の持つ技術資産の実体をまざまざと体感した次第です。

換気について

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本日は「換気」について、であります。
Replan次号でも、南雄三さんに書いてもらっているので
ぜひお読みください。
ちょっと難解だ、という声が聞こえているのですが、
一般向けの住宅雑誌でも、住宅性能の最新情報は、
そう遠慮なく掲載すべきではないかと思っています。
デザイン的なものはわかりやすく、また、伝える立場でも表現手法に工夫を凝らすのですが
そういう意味では、遠慮なく最新の写真表現で伝えられる。
そう考えていけば、
やはり住宅性能に直結するテーマは、
それが実装された住宅に住まうことになる以上、
ある程度は正確な情報をユーザーにお知らせした方が
いいのではないかと思っているのです。
まぁ、飛ばして読んでおいて、
あとで、気付いたときにじっくり読んでみたら、
Replanって、油断ならないくらい読み応えがある、と
深みを持って読んでくれるのではないかと勝手に妄想もしているのですね(笑)。

で、換気であります。
これはなかなか、結論の出にくいテーマだなぁと思っているのですが
そういう北海道の先端的な取り組みでの事例で、
なんと、北海道で独自に発達しているパッシブ換気と、
最新の熱交換換気の両方を設置して、
年によって換気手法を変えて実験しようとしている住宅があったのです。
手前側が熱交換換気で、奥がパッシブ換気の外気取り入れ口です。
どちらもいったん床下空間に取り入れられるまではいっしょ。
あ、パッシブ換気というのは
ほかの地域の方には聞き慣れない装置かも知れませんね。
これは、冬場の外気と室内の「温度差」を有効に活用した換気手法です。
機械による換気ではなく、
あたたかい空気は上昇する、というごくシンプルな原理に基づいています。
取り入れた新鮮外気を、床下で加温し
室内にその暖気を暖房として取り入れて室内を加温し、
汚れた空気を建物の頂部、高い位置から廃棄させるという原理です。
このシステムの、自然さが受けていて、
なんとか機械に頼らない換気暖房を実現したいと、実践に取り組んでいる方が多い。
ぜひ応援したいのですが、
そう簡単には結果が明確には出ておりません。
いろいろな取り組みが展開されて、
多くの人たちが納得できる結論に至ることを期待したいと思います。

木格子のデザイン、道の駅「上品の郷」

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石巻を超えて「河北」インター出口を出ると
すぐに沿道に見えてくる道の駅がありまして、
そのデザインがなかなかいいなぁと思っておりました。
今回の石巻市北上町行きでは、こちらの道の駅を行きと帰りに利用しました。
いいなぁと改めて思った次第。
で、設計者を調べたら、現在のJIA東北支部長である、関・空間設計の
渡辺 宏さんであることがわかって、
そうなんだと、不勉強を思い知らされた次第であります。

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格子は、日本の木造デザインの基本中の基本のように思うのですが、
案外公共的な空間では活かされているケースが少ないように思います。
しかし、木の格子は京都町家建築をいうまでもなく、
ほとんど日本人のDNAに深く刻み込まれているような
テクスチャーなのではないかと思う次第です。
格子は、内と外をやわらかく仕切るし、
その厚みに応じて、日射をコントロールもしてくれる。
第一、力強い木組みは構造的安定性がきわめて高まる。
伝統的建築に、たいへん多用されていると思うのですが、
案外、現代建築ではうまく利用されているとは思われない。
そんな風に思っていたら、
先日紹介した300mm断熱の山本亜耕さん設計の住宅では
高断熱住宅の日射遮蔽技術として目をつけて活用していたので、
むむむ、と思わされた次第であります。
やっぱり日本の住宅は、都市に建てられている限りにおいては
「町家」であり、そういったデザインコンセプトを継承していった方が
非伝統的な、無国籍インターナショナル郊外型住宅よりも
少なくとも、日本の都市環境には親和性は高いのではないか。
このような公共的空間においても、
なんとなく不思議な場としてのメッセージ性を感じさせてくれる。
あんまり説明的ではなく、直接的に語りかけてくるモノがあると感じる次第です。
みなさん、いかがでしょうか?

壁の厚み

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壁の厚みと言えば、現代では断熱材の厚みにストレートに向かいますが、
下の写真は、そのまんまでして、先日見学した300mm断熱住宅の壁面の様子です。
断熱材を300mmも入れるとするといろいろ施工方法は考えなければならない。
最近のブログでも、そういう施工中事例を紹介しましたが、
ここでも、壁の充填厚みは100mmで、内壁側に50mmを付加断熱し、
さらに外側に150mm相当を付加断熱しているわけです。
このようになってくると、窓のサッシをどこに入れるかが論議の対象になる。
いろいろな施工事例があって、その地域的な違い、
結果生じる窓の下枠面の利用法などによっていくつかのバリエーションも生まれます。

一方、これも先日見学した石巻市北上町の「萱」専門店の外壁です。
北上川河口地域では、萱が豊富に採取できるので
古来、住宅建材としての萱生産が盛んでした。
その萱ですが、戦後以降の合理化構法の普及に伴って
どんどん出荷が激減していったのだとか。
そういう流れに抗して、なんとか技術の衰退を防ぎ、
マーケットの減少を食い止めたいという願いを持って活動しています。
最近では屋根建材として、活用しようという動きも出てきているのだそうです。
断熱技術の側からは、合理性はなかなか見いだせないと思うのですが、
しかし、技術の側面からは、北方圏の家づくりの側でも危惧せざるを得ません。
この萱の壁の施工技術は日本には残っていなくて
施工に当たっては、北欧から技術者に来てもらったと言うこと。
北欧では、萱の壁の家は高級住宅の定番手法なのだそうです。
まさに価値観の違いといえましょうか。

そんなふたつながらの思いを抱きながら、
同じように「暖かさ」を求めた結果なのだと考えれば、
その違いと共通性に、面白いなぁと思う次第であります。

合格祈願の神さま・釣石神社

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石巻市北上町十三浜字追波にある神社を拝見してきました。
案内していただいた佐々木文彦さんの口上では
落ちそうで落ちない巨石が有名で、
ということから受験生が願掛けするパワースポットなのだそうです。
見てみると、確かにいまにも落下してきそうな巨石が
微妙な位置に止まっていて、
落ちそうでいて落ちない(笑)、ふむふむ。
なんですが、見方によっては違う見方もあると言うことで(笑)、
日本の民間信仰のひとつの典型を見るようです。

縁結び・夫婦円満。子孫繁栄に御利益のある神社です。
御神体の巨石が幾多の災害でもビクともしないことから
受験の神様として有名で、合格祈願に多くの参拝者が訪れています。
大漁祈願、萬年長寿の祈願にも御利益があるとされています。
日本の音風景百選の北上川河口のヨシ原が見渡せることから
境内地に「茅ではなくヨシの輪」が飾られています。

ということなんですが、
やはりびっくりするのは、先の大震災でもこの巨石がおっこちなかったこと。
そのあたりの消息を、新聞記事も伝えています。

震災に耐えた「合格祈願」巨石 釣石神社、復興への願い
■震災からの再起
「男石」は落ちなかったものの、震災で地域は途方もない被害を受けた。
10m前後の津波が北上川を遡上。川向こうの大川小では
児童74人が死亡・行方不明となる悲劇があったが、
神社のある追波地区も76戸のうち73戸が流された。
だが、岐阜県の南宮大社からも助力を得て瓦礫を取り除き整地し、
流木でテーブルを作るなどして、仮社務所の設置にまでこぎつけた。
さわさわと風に鳴り「残したい日本の音風景100選」にも選ばれた
北上川河口の広大だったヨシ原は見る影もないが、
より上流の河川敷からヨシを取り寄せる手筈を整えた。

というような次第。
本当に自然のありようというのは、興味深い。
ひとびとに勇気と力を与えてくれるように思いますね。
日本の自然信仰の底堅さ、各地に残る神社の面白さは
やはり格別のモノがあると思わされる次第です。
ただまぁ、だからといって、ウルトラナショナリズムを現代で叫ぶひとたちには
ちょっと閉口させられますが・・・。

神割崎と三陸海草ラーメン

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この神割崎というのは、南三陸屈指の景勝地で、
二つに割れた奇岩の間から荒波がしぶきを上げながら押し寄せる様子は迫力満点。
全国の「白砂青松百選」に選ばれ、例年2月中旬と10月下旬には
ちょうど岩の間から日の出を望むことができます。
岩場にはニッコウキスゲやハマギクなどが多くみられ、
周辺には松林に囲まれた遊歩道があり、
森林浴をしながら海岸風景を楽しむこともできます。
その昔、ここには長清水浜という村がありました。
[神割伝説]
ある日、この浜に大クジラが打ち上げられましたが、
隣の十三浜村との境がはっきりしていなかったため、
クジラの取り合いから両村には争いが起こってしまいました。
その夜、あろうことか岬がまっぷたつに割れ、クジラも2つに割られてしまいました。
両村の人々は神様が岬を割り、いさかいの仲裁をしたのであろうといって、
以来この岩の割れ目が村境となったと伝えられています。
今でも、石巻市との境界になっています。

という名勝地であります。
まぁ三陸海岸は至る所で素晴らしい絶景ポイントがありますが、
こちらは、かなりの究極ポイントだと思います。
海の色も、だいぶ明るくなってきまして、
季節の良い時期にはたまらないビューポイントですね。

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でもまぁ、花よりも団子(笑)。
わたし、これには目がない方なんですね(笑)。
先日の宮城県石巻市北上町訪問の時の昼食であります。
地元の建築家・佐々木文彦さんの最新の住宅を見学させていただいた後、
神割崎にあるレストランで食べた次第。
わたし、年の割(61歳)には髪の毛はふさふさとしておりまして、
まだあんまり白髪も出てはいない。
それって、食生活の嗜好として海草が昔から大好きだと言うことが
関係しているのかもと思っています。
海草を食べているとなんとなく幸せになる性格をしているのです。
で、やはり海の近くに行くと
そういうモードがもっと全開になりまして、
ついついそういうメニューを探してしまいます。
しかしまぁ、それにしてもたっぷりと、これでもかの
海草てんこ盛りで、麺はまったく顔を出しておりません。
震災から2年以上経過して、ようやくごく普通にこういうメニューも出てきます。
もっと多くのみなさんが、三陸の良さを確認に訪れて欲しいと思います。

琉球石灰石の美しさ

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先日訪れた沖縄でのワンショット。
行くたびにそのエスニックさに惹かれるのですが、
やはり大きい要素は、沖縄独特の建築素材群にあると思います。
独特の琉球瓦などは、その極めつけだと思うのですが、
ベースになっているこの琉球石灰石の独特の風合いはとくにすばらしい。

分布
南西諸島中部から南部にかけて広く分布しており、特に沖縄県においては土地の約30パーセントを占めている。最大の厚さは150メートルにもなる。サンゴ礁は浅い海で形成されるため琉球石灰岩地層が存在する場所は形成時に海水面付近であったことを示しており、南西諸島で起きた地殻変動の影響を知るための指標の一つになっている。例えば沖縄島と久米島の間にある慶良間諸島付近では海面下80m付近に琉球石灰岩の地層があり、この付近で沈降が起きたことを示している。
性質・利用
多くの気孔を含んでおり大量の地下水を浸透させる性質がある。水を通しにくい島尻層泥岩との境界付近には多くの湧水が見られる。宮古島ではこの性質を利用して福里ダムなどの地下ダムが建設されている。
琉球石灰岩は、沖縄県では古くから建材として用いられ、道の石畳や家々を取り囲む石垣などを作るのに使われてきたほか、首里城などのグスクや玉陵などの陵墓もこの石で作られている。現在も石垣や亀甲墓などの建材として、また道路舗装用のアスファルトに混ぜる骨材として用いられている。また琉球石灰岩を用いた石畳や道路は、雨で水に濡れると非常に滑りやすくなる。

というような記述がWikipediaには書かれています。
中城城は、まったくこの石を積み上げて城壁にしており、
ちょうど北海道中央部の火山灰を成形した「ブロック」と似た感じがある。
天然のブロックとも言える。
わたしの自宅はブロックを積み上げて作った家なので、
そういう意味でも、強く親近感を持つのかも知れません。
質感が非常によく似ていて、
同じようにたくさんの気孔を持つ点から意識下で受け取るメッセージが
視覚的なある種の「なつかしさ」を喚起するのかも知れませんね。
列島を挟んで、南北に位置する北海道と沖縄ですが、
アイヌの人たちと、沖縄の人たちとのDNA的な相似性もいわれます。
同じような狩猟採集や交易を基本にしてきた暮らしが長かったことで、
繋がるモノも感じるのでしょうか。
この写真のようななんでもない風景の中に
なんともいえない不思議なノスタルジーを感じる次第です。

宮城県石巻市北上小学校へ

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きのうは、Replan北海道25周年・通算100号を記念した
被災地への支援活動として、「スマイルプロジェクト」での作品送呈のために
宮城県石巻市北上小学校へ行って参りました。
このスマイルプロジェクトとは、

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目的
私たちが1人でできることは限られていますが、100人の想いを合わせれば、それは大きな大きな力になります。そして、言葉の力、アートのパワーは、人を癒し、元気づけ、笑顔にしてくれると信じています。3校が統合して、新しい小学校へ生まれ変わる宮城県石巻市の新・北上小学校。スマイルプロジェクトはみなさんからのメッセージと参加費をもとに、言葉を使ったアートの力で支援することを目的にしています。
内容
Replan北海道創刊100号を迎えるにあたり、NPO住宅110番とReplan北海道はsachi&Akiコーポレーションが取り組んでいる「スマイルプロジェクト」に賛同。被災地の子どもたちに向けておくる100人分の応援メッセージと参加費を募集します。
一人ひとりに小さなお花を持ち寄っていただくように皆さんの言葉を集めて、カラフルな色彩で一枚の絵に仕上げます。緑は大地の色、青は海の色、ピンクはお花の色、黄色は光、オレンジは活気ある町を表現。被災地に、応援したいみなさんの言葉と心と、綺麗な色を届けます。

という取り組みでした。
モノでの支援の段階から、徐々にこころの支援の段階へ、
そんな願いから、被災地のこどもたちに美しい色彩と、
多くの北海道のひとたちのこころのこもった言葉で
作り上げられたアート作品を贈呈したかったのです。
幸い、宮城県の建築家・佐々木文彦さんの協力が得られて
こちらの3校が統合して新設された小学校に
このアート作品をお届けし、受け取っていただけたのです。
みなさんのお気持ちを受け代表して、
作家の田中さんとともにこどもさんの代表に手渡せました。
ちょうど校庭で今週土曜日に予定されている運動会の練習中の時間を割いて、
セレモニー的に受け入れていただけたこと、
ありがたくて、言葉もありませんでした。
やはり被災後の復興の一番の力はこどもたちの明るい笑顔ではないでしょうか。
子どもたちが元気であれば、それを見守る親たちもがんばれる。
そういう小さなことが地域に希望の力を生み出す。
子どもが生まれたり、育ったりすること。
ごく当たり前の力に、実際に触れて、本当に実感します。
校長先生に伺うと、実にさまざまな家庭事情をもった子どもたちが多いということ。
それでも、運動会練習に取り組む姿は神々しい。
こういう時間をいただけたことに深く感謝したいと思います。
ありがとうございました。