

おおお、であります(笑)。
先日来ご紹介のわが家のナラ原木テーブル。
暴れまくっていたその素性、木目が自然な風合いでクッキリと見えてくる。
おまえ、こんなに複雑な木目を持って生きてきたのかと、
この木目を持つに至ったこいつの生き様がすこし伝わってくるかのようです。
まことに複雑微妙な曲線が描かれていて、まるで曼荼羅的世界。
この原木の「ねじれ・曲がり」の本性が明瞭になってきている。
きのう、カミさんがわが家キャンプ生活(笑)に合流して
まず着手したのが、この原木テーブルへの「薄化粧」であります。
彼女の情報に基づいて、選ばれた「自然オイル」それも1回塗りで
着色と保護を可能にしたものということです。
使用したオイル塗料は、「ルビオモノコート」というヤツ。
4月17日に大工さんの手で立派に再生加工されたあと、
きのう21日まで濡れ布での清掃だけで自然乾燥させてあったテーブルに、
軽く乾燥布で汚れを拭き取った後、写真のルビオモノコートを振りかけながら、
乾いた布で葺きながらうすく伸ばしていく感じで塗布した。
写真上は本日朝、塗布後、約12時間くらい経過した状況であります。
「安全安心な健康塗料」という触れ込みで、やや甘い芳香が室内に漂う。
たぶん、成分中の蜜蝋の香りなのでしょうか?
成分構成は、亜麻仁油80-90%、蜜蝋5-10%、カルナバワックス5-10%、
無鉛性乾燥剤0.5-1%、顔料(色別0-5%)〜カタログより。
「揮発性有機化合物0%の完全VOCフリーで、亜麻仁油が主成分」というもの。
カタログには「made in Belgium」と記載されているのでたぶんベルギー製。
Replan誌面でもご紹介している輸入商社さん、ニッシンイクスの扱い商品。
ちなみに同社のポリシーは以下のようにHP記載(要旨)。
1. 地球環境に貢献する木材をお客様にお届けしていきます。
平成29年4月10日付けで、日本フローリング工業会による合法性等の証明に係る
事業者認定を取得。合法伐採木材流通利用促進法「クリーンウッド法」の
実施に向け、地球環境に貢献する木材をお客様にお届けしていきます。
2. 品質管理が徹底された会社と提携しています。
高品質な商品をお届けできるよう、厳しい目で品質管理をしております。
3. 価格交渉を行い競争力のある価格帯を実現します。
長年に渡り信頼関係を築き上げた提携会社と価格交渉を行い、
競争力のある価格帯を実現しています。
4. 弊社スタッフによる、入荷商品の品質確認
海外から商品が入荷した際、弊社スタッフにより再度、検品を行います。
“良いものをより安く”お客様にお届けできるよう日々取り組んでおります。
5. 2年間のフローリング品質保証
弊社は創業以来、常に品質を重視した商品をお客様にお届けいたしておりますが、
このたび弊社商品を一層ご満足していただき、また安心してお使いいただきたいとの思いで
平成29年4月1日より弊社フローリング材を対象に『品質保証書』を発行させて
いただきました。弊社は”良いものをより安く”を原点に精進します。〜引用以上。
わたしは、まだ本格的引っ越し前なので
このナラ原木テーブルの置かれたリビングで添い寝して(笑)寝泊まりしていますが、
今朝もたいへんここちよい目覚めだったことをご報告しておきます。
Posted on 4月 22nd, 2018 by 三木 奎吾
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大阪四天王寺・番匠堂は、日本における大工技術の始祖として
番匠(大工)達から尊崇されている聖徳太子を祀り、
曲尺(かねじゃく)を携えたそのお姿より、世に曲尺太子と称される。
四天王寺は推古天皇元年(593年)に、聖徳太子が
鎮護国家・済世利民のご請願により創建され、その際、
伽藍建立にあたり、百済国より、最新の番匠の技術を招来された。
また、聖徳太子は七堂伽藍の建立にはやむを得ず
大地の産物の命を絶ってしまうので、金槌(かなづち)・鋸(のこぎり)
・錐(きり)などに仏性を入れて、番匠器(大工道具)で「南無阿弥陀仏」の
名号を書かれ、大工の工事安全と伽藍の無事建立を
祈られたと伝えられています。〜由緒書き要旨。
っていうようなことは、普段北海道にいるとまず、知り得ない(笑)。
聖徳太子さんの時代は日本での生産力が飛躍的に向上して
人口が大きく伸びた成長期だったとされています。
そしていまに残るような「大型公共工事・建築」が始原的に始まった。
この大阪・四天王寺は聖徳太子が発願して「鎮護国家」思想を
この列島社会に根付かせる使命を持って造営された。
しかし、当時の最新建築である仏教伽藍の建築の設計・施工の技術がなかった。
三内丸山や出雲大社の巨大建築などを作った木造技術はあったけれど、
美しくもあり、権威的でもあったに違いない瓦屋根を
造作したり、それを維持させる構造設計などはその入れる仏教といっしょに
まるごと輸入するしかなかった。
やはり同様の状況だった明治初期の西欧文明受容と似ていたのでしょう。
日本最古の建築会社・金剛組の始祖も朝鮮半島からこのとき来日した。
特殊建築であった仏教伽藍・四天王寺の建築維持のために、
「お抱え宮大工」という立場が与えられて日本に定住することになった。
この「番匠堂」の左右に並ぶ寄進者名にはその金剛組をはじめ、
有力な大手ゼネコンなどの名前が記されていました。
翻って、いま日本の住宅技術を革新しつつある
「高断熱高気密」技術というものは、日本社会のなかで
近未来、将来的にどのような経緯をたどっていくのか、興味があります。
まぁこの四天王寺のような権威的なありようにはまさかならないでしょうが、
日本の住宅建築技術史のなかには、確実に残っていくでしょう。
利休さんたちが始めた「茶の湯」が、茶の間という
独特の建築空間指示用語として一般化したような程度には
残っていくのではないだろうかと、空想していますが、さて。
Posted on 4月 21st, 2018 by 三木 奎吾
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写真はわが家の今回のリノベーションで暖房方式としては廃棄した
「電気蓄熱暖房」本体中で「蓄熱体」として働いてきた煉瓦。
蓄熱は重量に比例する要素が強く、たいへん重たい。
成人男性が1〜2個持つのが限界的重量物。
いまは、工事中現場もおおむねの造作工事は終了し、
設備関係の最終チェックなどが残されている段階。
この古い暖房方式は、2007年段階で100,000戸の住宅で採用されたとされる。
一時期は新築住宅の過半以上を占めていた、
まさに「北海道遺産」と呼ぶにふさわしい存在だったと思います。
社会の需要と流れの中で、このように盛衰を見せたものとして
北海道は石炭など多くの「遺産」を持ってきたとも言える。
その最新遺産として、この蓄熱暖房は歴史的存在になっていく可能性がある。
全国の講演などで東大・前真之准教授から
この蓄熱暖房とともにわたしの写真が並べられてきた経緯もある(笑)。
そのような存在として、ある象徴性も持っているということで、
この蓄熱煉瓦について、廃棄はせずに工事現場で残置させていましたが、
現在は内部土間物置空間で留置されています。
北海道遺産として、どのようにメモリアルとするか、
設計の丸田絢子さんと協議して、インテリア装置的オブジェにしたいと考え中。
まぁしかし、なんと言っても仕事のいろいろな企画進行もあり、
工事の進展も毎日毎日、いろいろな判断要素が目まぐるしく出来する。
そんなことから、メモリアル制作着手は日程がどんどんと先送り。
またこうした情報をこのブログでお知らせしたところ、
前真之先生から、5月中旬の来道時ぜひ対面したい希望も寄せられた(笑)。
今後の展開がまだ十分には見通せない状況。
いずれにせよ、こういったメモリアルのことでもあるので、
わたしどもでのDIY的な、手作業的な「造形」表現物となる可能性が濃厚。
ということで、まだ身の処理方針が決定せず、
その時期も明瞭ではないまま、まわりの工事の喧噪のなか、しずかに
自らの運命にけなげに処したいと控えている煉瓦たちであります。
なにか良いアイデアがあれば、お知らせいただければ幸いです(笑)。
Posted on 4月 20th, 2018 by 三木 奎吾
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4月の初めには関西出張があり、
堺市に滞在していてサクラ満開を味わっていて、なおそれから半月。
寒暖の落差はいかんともしがたく、北海道はまだ寒い。
それでもようやくにして、春の気配が強まってきました。
わたしも一時期の住所不定状態から、ようやく家に戻れて
本格的引っ越しはまだですが、起居は住み慣れたわが家でしています。
でもいろいろスケジュールがあって、朝の散歩はままならない。
ときおり行けるときもある、という日々であります。
今週はじめに散歩に行けたとき、いつもの北海道神宮周辺で
ごらんのようなオシドリの一群と遭遇。
積雪の時期もときどきは散歩していて、しかしそのころには
まったく影も形も見えなかったかれらの冬毛の美しい姿を確認。
「おお、無事に冬を越したか」という感慨に浸った。
オシドリの生態には詳しくはないのですが、
やはり積雪・冬の時期には本州温暖地などに渡っていたのだろうと思います。
ようやく雪が融けて、かれらも帰ってきてくれたのでしょう。
動き回るかれらの体温の温もりが感じられるようです。
また一方、もうすぐ引っ越す予定の事務所の庭木も
いっせいに芽吹きが始まっております。
日一日と、その膨らみが増してきていて、モノトーンから
カラフルな様相に変化して行こうとしている。
サクラ前線もだいぶ足踏みしていましたが、
ようやく来週初めには津軽海峡を渡ってくるという予報もでていますね。
遅くやってくるけれど、その分、万物の息吹というものも深く感じられる。
たぶんそういった「一体感」は寒冷地ならではのモノなのかも。
人間同士ばかりではなく、こういったイキモノたちの一斉の歓喜の声が
伝わってくるのだろうと思います。
さらに今年は新事務所への移転から、
Replan創刊30周年ということで、さまざまな動きを起こしていきます。
移転も来週25日予定で大車輪進行中。
まことに格別の春がもうすぐ開花になると思います。
Posted on 4月 19th, 2018 by 三木 奎吾
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きのうお知らせした「ナラ原木テーブル」の脚部補修作業、
無事に「立ち上げられ」ました。ごらんのような立ち姿で、がっしりとした反応力。
体重を掛けて上から押し込んでもびくともしない。
やはり背景としてのコンクリートブロックの壁には
これも真物を感じさせる「素材力」しかふさわしくはないと思われます。
石と木が素朴に対話する空間が、いちばんしっくりとくる。
で、下の写真2枚。
大暴れしていたじゃじゃ馬のナラ原木テーブルの
ねじれクセや曲がり根性をしっかりと見定めて、
しかしそのイキモノ的な美しさを引き出して、テーブルとしての役割を
まっとうに果たさせるような工夫を凝らしてくれた
今回の工事を請けてくれたヨシケンさんの大工棟梁・健名さん。
わたしは一昨日、このナラ原木への加工調整したまま、
接着材などの安定のために「寝かせていた」状態まで見ていて
その後、午前中に現場に戻ったら健名さんがこいつを立ち上げてくれていた。
木をよく見て、その個性を見極めて、最適な加工をちょっとだけ加える。
そうすることで個性を活かして機能性のバランスも取る、という
大工仕事を見させていただきました。
ほんとうに楽しい気分を感じさせてもらった次第。
人間は建築とか,その材料とかと、
長い間、対話し続けてきたのだろうと思います。
この東アジア弧状列島地域では、それこそ縄文の世から、
ながく木との付き合いが続いてきた。
三内丸山、吉野ヶ里から出雲、飛騨へと、
木を扱って人間空間を作ること、その文化は日本社会に根ざしている。
木は個性を持っている。
一期一会ではないけれど、同じような生育条件によっても違いが出る。
このナラ原木はいったいどんな生地でどんな育ち方をしたのか、
まったくわからないけれど、北海道芦別周辺の山地が故地ではある。
そのなかでいったいどのような地形・土壌の環境要因で育ったのか、
こうまでねじれ、曲がりを主張するその個性に翻弄されながら、
一方でそのことに強いシンパシーも持つ。
きっとこいつはこれからもやっかいを掛けてくるに違いないけれど(笑)
こうとなれば、トコトン付き合ってみたくなる。
ただ、こいつは樹齢300年近くはありそうなので、
木は切られてからもその年数分は命を長らえるとされているから、
わたしの方がはやく寿命が来てしまうけれど、
それよりも寿命の長そうな石の環境の中で、楽しく個性を発揮してほしい。
そんな気分でおります。
Posted on 4月 18th, 2018 by 三木 奎吾
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さてもうすぐ引き渡しのリノベーション工事、
この工事でもかなり難関(?)に差し掛かってきています。
1階の自宅として利用する部分、メインに使うテーブルの補修。
ナラの原木をそのままスライスしたものを原木屋さんで
長期間(約10年と言われた)寝かせて置いて、その後工務店さんの土場で加工し
それをさらに自宅に5年間くらい馴らしておいた。
それからやおら手を掛けてテーブルに仕上げた。
けれど、この原木、かなりスジのねじ曲がったヤツのようで(笑)
それからもねじれが止まらなかった。せっかく付けてもらった脚がいやだと、
ごねまくって、ガタガタして使いにくかった。
・・・っていうような「経歴」のナラ原木テーブルであります。
わが家に来てからも、もう25年近い「付き合い」のヤツ。
わたしの人生でもかなりの長期間を時間共有してきている。
もうこうなれば、なんとかこの「じゃじゃ馬」と共生していくしかない。
なにやら自分自身のゆがみ・ねじれを仮託したような存在なのです(笑)。
まぁ、処置ナシとされるところですが、
今回、一縷の願いを込めて相談したら着手してくれた。
これまでの4本の独立脚から、ごらんのような仕様の脚に換えた。
1枚目の写真が鉄製脚部を乗っけただけのところ。
で、2枚目のような3次元修補を加えた。
この修補のほかにも、手前側脚にも「彫り込み加工」も加えている。
しかし、この3次元修補の微妙さはコトバでは説明しにくい(笑)。
工事に来てくれた棟梁さんが半日くらい頭を抱えながら、
工夫してくれた修補痕跡であります。
このようにクローズアップすると、まさに「木組み継ぎ手」詳細のよう。
このように手を加えて接合させて寝かせておく作戦のようです。
写真は今朝、現場確認して撮影した状況です。
さて、本日、なのかどうかは不明ですが、
棟梁さんの判断でこいつを「起き上がらせる」ことになるのでしょう。
希代のねじれ曲がり根性が克服されているのかどうか、
ハラハラドキドキしながら、今日という日を迎えております(笑)。
親しい友人、いや自分の分身の容態を見るかのようであります。
Posted on 4月 17th, 2018 by 三木 奎吾
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住宅雑誌でユーザーがいちばん惹き付けられるのは、
当然ですが、やっぱり住宅の「実例写真」情報です。
実際にユーザーがいて、注文住宅として建てられた住宅では、
さまざまな「ホントの快適」「リアルな暮らし」がそこに投影されている。
モデルハウスはそれなりに見どころもあるけれど、
やはり、ユーザーの「こんな家に住みたかった」という切実なメッセージが、
写真を通した「空気感」として、同じ思いを持った建て主には伝わっていく。
実例の魅力は、その家族にとっての「いごこちの良さ」が個性的に実現し、
そのエッセンスが、個別デザインを超えて「わかる」ことにあるのでしょう。
WEBマガジンReplanとしても、オリジナル取材を中心に
大いに拡充を図っていきたいと考えています。
【ReplanWebマガジン「住宅実例を見る」】
「住宅実例を見る」…創刊30周年のReplanがこれまで誌面で紹介してきた
住宅実例の数々をWebで見ることができます。
主に北海道、東北、関西で建てられた注文住宅の実例を、
定期的に紹介していきます。
現在アップされている住宅事例は以下の通り。
リアルな実例の写真で家づくりがもっと身近なものになります。 是非一度ご覧ください。
●北海道 ‒ 中札内村
趣味をとことん楽しむための理想的な田舎暮らし 〜岡本建設
●北海道 ‒ 札幌市
北国の暮らしをより自分らしく心地よく リノベーション“hygge(ヒュッゲ)”スタイル
〜SAWAI建築工房
●北海道 ‒ 札幌市
白箱の家 〜一級建築士事務所 Atelier Casa
●北海道 ‒ 札幌市
自然素材で仕上げた薪ストーブの家。実験的な取り組みも理想の形に
〜SUDOホーム(須藤建設)
●北海道 ‒ 札幌市
土地に寄り添い、木々と語らいながら暮らす。共存するいえ
〜SUDOホーム(須藤建設)
●福島県 ‒ 福島県須賀川市
子どもたちの元気な声が響くのびのび成長できる家
〜LITTLE NEST WORKS
●秋田県 ‒ 仙北市
「好きなものに囲まれて暮らしたい」夢を叶えた土間と薪ストーブの家
〜仲野谷工務店
Posted on 4月 16th, 2018 by 三木 奎吾
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ReplanWEBマガジン「写真を見る」
さて、先日ご紹介したReplanWEBマガジンのスタートです。
いまのところアクセスも順調な伸びを示しております。
きょうからここで各コンテンツごとにご紹介いたします。
まずは「写真を見る」コンテンツ。住宅はコトバでは伝わりきらない空間が主役。
どんな美辞麗句でも空間のいごこちを伝えるのは至難の業。
人類が絵画を生み出し、そしてやがて写真という伝達手段を創造することで、
空間というものも、コモンセンスの領域になってきた。
各部位の寸法やディテール、仕上げ方法など直感的にわかる。
住宅建築の常識を育むのは、やはりこうした空間への情操。
ということで、写真表現はなんといっても住宅雑誌の基本コンテンツです。
Replan30年間の取材の積層から選りすぐって、ご覧に入れています。
「写真を見る」・・・このコンテンツはタイトルどおり、住宅の写真を
とにかくたくさん見ていただくコンテンツです。
これまで住宅雑誌Replanで紹介してきた実例写真の中からピックアップした
リビング、
ダイニング、
キッチン、
バス・トイレ・洗面室、
和室・・・などの写真を見ることができます。更にそれぞれタグの付いた
#レンジフード #造作キッチン #キッチン収納 から見ることもできるので、
家づくりの資料集めにもおすすめです!
是非一度、ReplanWebマガジン「写真を見る」で、
家づくりや暮らしのイメージを膨らませてみてください。
ReplanWEBマガジン「写真を見る」はこちらから。
Posted on 4月 15th, 2018 by 三木 奎吾
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建築の模型って、現代ではたくさん作られていますが、
やはり建築は空間を作っていく仕事で、しかも多くの人間が関わっていく作業。
なるべく認識が共有できるようにという図面以上のものは
普遍的にあり得るものと思います。
先日行った堺の「利晶会館」で見かけた茶亭展開模型。
「高台寺時雨亭建て地割り・茶室起こし絵図」。
下の図面説明では、利休が好むところなり、という記述が伝聞されている。
江戸期の旗本・大工頭中井家が所有していた記録文書ということ。
この中井家というのは、京都府立京都学・歴彩館京の記憶アーカイブに、
〜関ヶ原合戦の後、徳川家から五畿内および近江の大工・杣・木挽の
三職の支配を許され、近世を通じて、ほぼ500石40人扶持でその職を勤めた
旗本の家柄である。元禄6(1693)年ごろ、自分の屋敷内に中井役所を設け、
以前は中井家の負担で行われていた建物の破損見分・仕様帳等、
あるいは絵図の作成まで作事に伴う手続事務を幕府経費で行なうようになり、
役所は公的側面をもち、文書保管機能は強化されることになる。
これにより多量の文書が残った〜ということだそうです。
いまで言えば国土交通省の建築局といったような位置になるのでしょう。
このたぶん江戸時代初期、すでに「利休」という名が
公的文書で記載され、いわば共有言語になっていたことが知れる。
茶道というのは、中世から近世に掛けて勃興した富裕な貿易商利権集団が
自分たちの「値付け」を陶器茶碗などに行っていく過程で
それが一種の「権力」構造を持ち、武権の側でもそのことに強く興味を深めた
そういった過程で生起した文化現象だったと思われます。
商人たちが鑑定の権力からさらに政治権力にまで力を得た、
そういう極限的状況で、秀吉から利休への賜死という事態も起こった。
この「高台寺」は秀吉の正室・ねねの私寺。
ここにも利休の名が出てくるというのは、いろいろな消息を伝えてくれる。
やはり歴史時間が繋がっている関西圏、
ふとした建築的展示からも、さまざまに想像力が刺激されます。
Posted on 4月 14th, 2018 by 三木 奎吾
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人類は基本、DNA的に肉食。なんだそうです。
先日の「人体」展で解説音声を聞いていて、最後あたりで
この企画展を主導した学芸員の方が解説されていた。
人類は肉類はネイティブにそれを摂取して分解できるけれど、
植物については分解する酵素を持っていないので、
ストレートなアプローチではない手法で消化分解するのだと。
「おお、そうなんだ」と、こんなことまでわかってきたことに驚きました。
なんとなく類人猿として樹上生活を営んでいた経緯からすると、
木の実とかの植物性食品の摂取に基本的にはアジャストして
だんだん雑食化していったようにイメージしていたのですが、
まったく逆の生命体イメージになりました。
哺乳動物としてのスタート時点くらいに決定しているのでしょうね。
さてわたしの住宅と仕事環境の断捨離、リフォーム工事、
いよいよ大詰めになって来ております。
で、なぜか同時進行で進んでいた「カロリーコントロール」ダイエット。
こっちの方は、取り組み始めてから4カ月弱で7kgのダイエットに成功。
写真は、最近ハマっている「なか卯」のローストビーフ重ですが、
こういうのもいくらでも食べている。
「ガマンする」っていう実感もなく、順調に体重は落ちてきた。
2カ月に1度くらい顔を合わせるアース21の会員さんたちから
「三木さん、そのダイエット法、解説してくれ」とせがまれる(笑)。
まぁもともとが重すぎたと言うことはあるのですが(笑)。
いまは自宅で自分で調理して食べる環境にはないので、
必然的に「カロリー計算」してある外食が主流になる。
それで1日2,000kcal以内、できれば1,800kcal程度を目標にしている。
以前ご紹介したFoodlogというアプリにせっせと食事カロリーを
ルンルン気分で入力しています。
で、こうやってカロリーに敏感になってくると、
食事選びもけっこう「科学的」になってきます(笑)。
この「ローストビーフ重」でも654kcalなんですよ。
印象からすると倍くらいあるように思っていたものがそれほどでもないという
面白い発見があったりする。
こういったガッツリとあっさり食を1日で組み合わせれば、
案外2,000kcalっていうのは軽くクリアできる。
希望ではあと4−5kg落としたい。昨年中にも3kgくらいは落ちていたので
トータルでは10kg落としたのですが、
なんとか、14-5kg落としたいと思って頑張っています。
医者をなんとかギャフンと言わせたい(笑)。
どんなことも楽しく取り組めなければ長続きしませんよね。
人類の本性そのまま、肉を食いまくってダイエット、
大いに楽しく取り組んでいきたいと思います。
Posted on 4月 13th, 2018 by 三木 奎吾
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