
写真は一昨日の北海道地域工務店グループ・アース21の住宅見学会。
今回は道東・十勝地域での開催で住宅見学が5件あった。
ツーバイフォーあり在来工法もあり、バラエティに富んでいる。
こういった住宅見学会が年間5−6回各地域で開催される。
で、工務店会員30社以上の住宅を相互に見学し合い、
その現場でいろいろな情報交流が活発に行われる。
このような「情報交流」機会はそれこそ高断熱高気密住宅「運動」が
本格的に取り組まれはじめた40年以上前から
いろいろな住宅団体を問わず、活発に行われ続けてきている。
実物を見れば、その「学習効果」は計り知れない。
はじめのうちは恐る恐る「こんなこと聞いたら恥ずかしいかなぁ」という
素朴な疑問をも持っても、なかなか言い出せない人も多い。
しかし、たとえばその場では質問などができなくても、
あとで、お酒が入ってくると「よーし、いっちょ聞いてみるかな」という
勇気が湧いてきて「あの、、、、」と声を掛けることもできる。
そういうときに、見学住宅を提供した側も、
エラそうな態度は特段取らない。
なぜか。
それは自分自身もそういうプロセスを経て先輩たちから聞いてきたから。
恥ずかしさを顧みず思い切って聞いてみたら、
おっかなそうな顔をしていたひとの相好が一気に崩れて(笑)
「おお、なんでも聞いて」という表情に変わって話しやすくなる。
現場で大工さんたちとの技術的な「指導」の仕方などの細部に至るまで
その具体的な「ノウハウ」まで含めてなんでも情報が行き交っていく。
地域としての北海道には、こういう「情報基盤」が確実に存在する。
特定の「大家・大先生」ではなく、各地の気候風土に踏まえて
現場的に研究開発の姿勢を保ち続けて努力する作り手の
分厚い層が存在するといえる。そしていまドンドン世代交代も加速している。
そういった存在同士がこのように活発に相互交流を繰り返している。
特定の部材メーカーの建材についても、一方向だけではなく
それこそ実地に検証した結果やプロセスなどの情報が活発に交換される。
だから自分自身も使ってみて、その体験を他に共有化することに
ためらいというものが乏しい。
・・・というようなことは、しかし特定の大きな有力企業を生むこととは
反対のバイアスがかかる趨勢を生むだろうと思います。
企業活動として考えれば、知的財産としてこういう「経験知」を
保護することがそのまま「企業利益」につながる。
関東以南地域では、こうした北海道での「技術資産」をその活動地域で「独占」し、
企業としての成功を収めるというケースが多く見られた。
北海道で習得した技術を自社の独占物として活用したのですね。
資本主義の基本的な思想にしたがった当然のことではあると思います。
しかし、北海道ではそのような情報利益独占はできない。
すでに半世紀以上、こうした知的技術情報資産はなかば「公有」されてきている。
だから、本州以南地域では「有力ビルダー」というのが各地で
発生し、そしてビジネス的大成功を収めるけれど、
北海道では「粒ぞろい」というような企業規模群にとどまらざるを得ない。
北海道ではすでに半世紀以上こういった状況なので、
いまさら「大先生化・大成功者出現」とは市場は向かわないと想像できる。
しかし、ユーザー側から考えるとこのことは
均質で多様性に満ちた選択が可能になる、というメリットになる。
「ここで無なければ絶対ダメ」というような非選択的な市場ではないのですね。
将来的にこういう市場の光景がどうなっていくか、興味深い。
Posted on 12月 6th, 2018 by 三木 奎吾
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きのうは道東十勝で地域工務店グループ・アース21例会。
年に一度、十勝地域の家づくりの現在形を見学できる機会。
いろいろな気付きの得られる奥行きの深い住宅見学です。
写真は1件目の広岡建設さんの建築途中住宅。
ごらんのように基礎には分厚いスタイロフォーム(FP板)断熱100mmが。
この基礎、北海道十勝は「凍結深度」が1mが一般的な地域。
なので、見えている地面の下には1m相当の深さまで基礎が打ち込まれ
その外側にはこのように断熱が分厚く施されている。
北海道では世界の寒冷地と同様に地域ごとに
「凍結深度」が定められている。
地盤面には水分が含まれていて、その水分が寒冷で凍結し結氷して
地盤面を凸凹にさせてしまう。
その結果、建物が持ち上げられたりして水平垂直を保てなくなってしまう。
この凍結深度対策は北米・北欧・北東アジアの北方圏世界で
共有される考え方で、北海道の家づくりの基盤的な部分を規定していると言えるでしょう。
このことに準拠することからそこから上の「上部構造」も影響を受けてくる。
しかし、このような重厚な「基礎断熱」を造作しながら、
この建物の断熱の考え方は「床断熱」なのだというのです。
床断熱であっても基礎は1m掘り下げて施工する必要がある。
この基礎に対して、外周に100mm断熱する意味は、
1種換気の導入新鮮空気をこの「断熱された床下空間」土中をくぐらせることで
「加温」させることが主目的なのだというのです。
基礎断熱ではなく、床断熱235mmとしているのは「暖房必要空間」を
なるべく気積を小さくしたいということ。
いろいろな選択の検討の結果、このような仕様がこの地では適していると
判断されたと言うことです。
大変参考になる選択プロセスだと聞いていました。
なお、広岡建設さんでは自ら1種換気装置も販売されていて、
スモークガスを使って施工した一般の住宅の「換気空気の流れ」を実測把握する
実験も取り組むとされていました。
まさに寒冷地北海道のイマドキの住宅性能最前線の取り組みが活発です。
Posted on 12月 5th, 2018 by 三木 奎吾
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人間はいろいろな空間についての経験を積層させていく存在。
家づくりというのは、そういう体験に踏まえて
いったい自分の求めている空間性とはなにかと自問して
ある手掛かりを得て、特定の空間に解を見出していく営為。
定住という営為がはじまったとされる縄文から、たぶん1万数千年間、
この列島社会ではこうした自問自答を繰り返してきたのでしょうね。
現代にいたってはじめて、このことについての相当の「自由」を得たけれど、
その自由に十分に慣れ、行使できているのかはまだ不明だと思います。
こういった「空間への感受性」というものは、
必ずしも目的的なものとは言えず、過去に自分が遭遇したある体験が
強い思いとして、残滓のように意識の根っこに残っていて
ときどきそういう個人的な好みのようなモノが実体験でリフレインする。
先日、岩手県中部のある街でなにげに寄った
あるラーメン店のテーブルを見て、目が点になっていました。
写真のような、特段特徴的とも言えないテーブル面であります。
ただ、面が羽目板貼りになっていて、
その面が使い込んで、なんども布巾で拭かれていくうちに表面塗装が
なんとも微妙なグラデーションを見せていた。
このあわい人間の痕跡のようなモノが、無性にこころに刺さってきた。
テーブル面の羽目板貼りというのは、わたしが幼年時、
3才から10才くらいまでを過ごしていた札幌市中央区の家の
長い出窓の手前側に連続していた空間記憶を鮮明に呼び覚ましてくれた。
この出窓が作る平面がこうした羽目板で作られていた。
その羽目板は可動的になっていて、はずすとその下に収納装置があらわれた。
同じ意匠は、窓と並行した土間床をはさんだ靴を脱いだ後上がる床にも
幅60cmくらいであったように記憶している。
それらの羽目板は、この写真の羽目板のように塗装のグラデーションが
時間のデザインとして、わたしの幼少時の空間体験を象徴していた。
このような面材としては羽目板ではつなぎ合わせ部分で平面が破断するので
幼時のわが家のように収納利用意図があれば別だけれど、
一般的な機能性としては採用されなくなる理由はよくわかる。
板材を連続させるテーブル面でも「突きつけ」で使う方が多いだろうし、
できれば一枚物の面材になっていくのが常識的なのは当然。
わたし自身もムク木材の1枚物を食卓テーブルに選択している。
しかし、この微妙な面的不連続が生み出す「時間経過」感は捨てがたい。
わたしの場合、この光景の記憶が深く印象に残ってしまって
ごくふつうのラーメン店であるのに、強いこだわりを持たされてしまった。
北海道では積雪寒冷というきびしい条件下で、建築は
きわめて短い周期で建てられ続け、空間性の新規性の方が優越しながら
多くの建物が建てられ、そしてたくさん廃棄され続けてきた。
そのなかには、もう一度、再生させてみても面白い手法があった可能性もある。
戦後から新元号間近の今日まで、変化の多かった建築の時代を
通り過ぎてきた人間として、不意打ちを食らったような気がした。
Posted on 12月 4th, 2018 by 三木 奎吾
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このブログで最近取り上げている「ホテル温熱環境」論続篇です。
こういった一時滞在型の宿泊施設での「温熱体験」って、
しかしその地域の印象にけっこう大きな影響を与える。
わたしは、北海道人なので年末年始の休暇でよく「温暖地」を旅する。
北海道の冬の冷凍庫状態からなんとか脱出したいと考えるのですね。
で、沖縄をはじめ「あたたかいところ」によく行ったりしていた。
で、一度冬に博多にも行き玄界灘海岸の「リゾートホテル」に宿泊した。
その「2面採光」窓ガラス同士が直角に付き合わされる窓を持つ部屋に
宿泊して、そのあまりの「寒さ」に閉口して、
もう二度とここには冬には来たくないと心底から思わされた。
一応エアコンが装置されていて暖房運転したけれど、
ただただ窓ガラスの結露がいや増すばかりで、
室温はアタマ部分で18度程度にしか上昇せず、床面から寒さが直撃する。
家族で身を寄せ合いいっぱい毛布を掛けて寝具に潜り込んでいた。
外の方があたたかい冬の温暖地であります(泣)。
こういった体験は北海道人にはけっこう多いようで、
知人の設計者もエッセイ原稿で同様の体験を書いてくれたりしていた。
冬場の建物室内の暖かさは北海道は格別なのだということが、
身をもってこれでもかと知らされるのですね。
こういう体験で悲しいのが東北の「リゾートホテル」でも同様だと言うこと。
一度、立派な植栽の庭の中に「サウナ」のあるホテルに泊まった。
で、そのサウナを夜間利用したら、なんとサウナ室の「気密」が取れていない!
ドアも窓も隙間だらけなので、サウナ室内がようやく30度程度室温。
これではサウナとして「汗を掻く」ことができない。
むしろサウナ室内で不快な上下温度差暖房を味わうだけというシロモノ。
まぁもう冬には来るなと宣伝しているような熱環境ぶり。
中国などアジア観光客が冬場の北海道に大量に押し寄せ、
東北地域は閑散としていたのには、こういう側面もあるのではと考えてしまう。
北海道では冬の宿泊側の最低限の「おもてなし」が暖かさであることを
骨身に染みて知っているのに、東北では客に「耐え忍んでもらう」のが
どうも常識となっているように思われるのですね。
そういう期待(?)を最近みごとに裏切ってくれた、さるホテル。
窓から外がなんか見えにくいなとは思ったけれど、
室温はなかなかなムラのないほどよさで、エアコンの設定効率もよかった。
窓サッシも樹脂製のようで好感できるものであります。
最近大手のビジネスホテルでは標準化されてきていますね。
いまだに住宅でアルミ窓を使っている住宅企業社長は出張宿泊してほしい。
で、朝になって気になっていた窓を開けてみたら、
なんと窓外側でビニールの「マスキング」がしてあった。
これって北海道の昔の寒い家の防寒策で一般化していた「気密化」と同様。
ドラマ「北の国から」でも子ども時代の純くんが見よう見まねでやっていた。
「おお、なかなかいいな」悪くない工夫だと感心していたら、
ホテル側からは「外壁塗装工事のための一時的ビニール被覆で、
ご迷惑をおかけしております」という案内を聞かされた。
いやいや、ビジネスホテルにそういう観光的眺望まで期待はしていない、
むしろ結果として「気密化」していて断熱効果が高くて
「あったかくてよかったですよ」と申し上げたら「照れ笑い」されていた。
こちら側としてはむしろ工事中だけでなく冬中、こうしていた方が良いのではと
客としてつい「ハッキリと」言ってしまいました(笑)。
こういう発言、配慮の無い正直さで迷惑というものでしょうかね?
Posted on 12月 3rd, 2018 by 三木 奎吾
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昨日は仙台・宮城県で行動して仙台オフィスから札幌帰還。
あれこれの作業をしたあとだったので、
あんまり情報を集めることなく、クルマをオフィス駐車場に置いて
空港アクセスの電車に間に合うようにと飛び乗った。
まぁ日中行動中、高速道路など高い位置では強風が吹いていて
「これは飛行機は無事に飛べるのか?」という不安は持っていた。
なので、最終便近くではあるけれど、早めに電車を利用した。
で、18時過ぎに来ていた電車に滑り込んでスマホで各種やりとり作業。
っていう時間待ちをしていたが、さっぱり発車の案内が流れない。
そういえばホームの「次の発車時間」表示は17:30前後を案内しているのに
もうすでに1時間近く経過している。
はじめのうちは「表示案内が故障しているのか」と思っていたが
どうやらそうではなく、ただただ遅延しているようなのです。
そういった状況だけれど、車内アナウンスではなんの案内も無い。
そのうちになんの知らせもなくなんと、ほかの車両が連結されて
その衝撃が車内に響き渡った。
「あ、連結した!」という車内のオドロキの声が伝わってきた。
衝撃はそこそこあったけれど、まぁ転倒事故などが起こるほどでもなかった。
しかし相変わらず、なんの案内も無い。
乗車してから30分くらいなんの知らせも無いまま、待たされていた。
さすがにスマホでの作業もだいたい終了したのでやることもなくなった。
ようやく「間もなく発車します」という案内だけが流された。
途中、名取駅の前で今度は「信号待ち」停車。
その名取駅では「対向車両通過待ち」ということでこれも10分くらいの停車。
まぁなんとなく、強風の影響かなぁというのは想像しているけれど、
それにしても、そこからようやく順調に運行して仙台空港に到着しても
「・・・の影響で」という車内案内は一度も無かった。
強風の影響というのは「わかっているだろう」という前提のようです。
わたしも時間に十分の余裕を持って行動していたので
問題はなかったのではありますが、
念のために写真のような「証拠」はいただいておいた。
まぁ、車内アナウンスには規則のようなモノもないでしょうから
なんの知らせも無いということは乗客として受忍すべきではあるのかも知れません。
旅行約款的に問題が無いだろうことも理解は出来る。
しかし「空港アクセス線」と名乗っているのですから
そのあと飛行機に乗るひとが大多数なワケで
そういったことへの配慮、告知はあってしかるべきではないでしょうか?
今後時間に余裕がないときには電車利用を控えるべきなのかも知れません。
って、なんか違うような気もする・・・(笑)。
Posted on 12月 2nd, 2018 by 三木 奎吾
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みなさんはパソコンでの文字入力システムはなにを使っていますか?
わたしの場合には、ATOKをずっと使ってきている。
なんとはなしに使ってきていて、たまにMac標準の「ことえり」に間違って
システムが勝手に変わっていたりすると、とたんにストレスになっている。
まぁ書き慣れた文法全体を記憶してくれているので、
「なにも考えなくても良い」状態になっているのでしょうね。
先日、MacOSというか機種をより「軽い」MacBookAirに交換したときに
どうもいっしょにアップグレードしたようです。
まぁ記憶していないくらいATOKの環境に慣れきっているのでしょう。
で、本日Macで文章を書き始めたら、写真のような「お知らせ」があった。
なんと「あなたの文章入力データ」の1カ月報告のようなのです。
こういうの、前からあったのかもよく知らない(笑)。気付いたのはきょう。
本日のニュースでG-20で安倍総理がAIやビッグデータの活用の国際ルールを
日本が主導して公平な利用の仕方を作って行くと宣言していたそうですが、
このようなデータによる知見は有為だと思います。
自分自身は毎日、なにがしかの「文章」を書き続けているので、
そのトータルデータについての客観的把握を知らせてくれるのは面白い。
で、ごらんの通りの「個人情報」であります(笑)。
こういうのが個人情報と言えるのかどうかわかりませんが。
しかし、個人の傾向と対策が一目でわかりやすい。
11月の1カ月間で71,595文字入力したと。
原稿用紙(たぶん400字詰め用紙)179枚分に相当すると。
その入力時間が144時間ということですから、
1日あたり4.8時間パソコンに向かって入力したということ。
1時間あたり497文字入力している計算。
ただ、こういったデータですが、
エクセルなどの入力についてはどうなっているのか、
たぶんそれもATOK経由でしょうから、文章作成だけとは言えない。
う〜む、これは健康管理データとしても使えそうですね。
まぁ仕事でMacには向かい続けているのでそんなものでしょうが、
これではたしかに老眼の進行が気になってくるレベルかも知れない。
続いて入力文の傾向では、一文の文字数や句読点までの文字数では
なるべく短文を心がけている成果がでているようです、ウレシイ。
しかし、文中の「漢字比率」は37%ということで
年齢を反映してか、やや多めかも知れませんね。
その他、タイプミスなどの傾向もわかったりしてこれもオモシロい。
たしかに最近、入力ミスは多くなっていると自分でも実感。
・・・っていうような自分自身の振り返りに、
なかなかオモシロいデータを見せられた気分でありました。いいね!
Posted on 12月 1st, 2018 by 三木 奎吾
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きのうある電器メーカーのエアコンのリモコン操作について書きました。
ビジネスパーソンにとってはこういう「温熱環境」は大事という
そういった視点からのモノでしたが、
多くのみなさんからコメントなどもいただき、やはり関心はあるようです。
で、本日はたまたま急遽予約となったルートインに宿泊。
なんと予約を入れていると思い込んでいたホテルが未予約で
満室のために宿泊できず、急遽50km離れたこちらにしたのです。
どうも出張が多くなってきて、注意力が散漫化してきている(泣)。
で、こちらの温熱環境はイマドキの一般に近いと思われる環境。
わたしとしては、室温の外気温低下進行との見合い具合、
まぁ基本的な「断熱」の体感状況と、
室温設定調整環境のどちらについても大きくは過不足を感じなかった。
起きている時間中には室温26度設定(ちょっと高めですね、高齢化)で
就寝時にはエアコンを停止させて熟睡しておりました。
起きて寝床を離れてエアコンを再度入電してちょうど良い温熱環境。
で、写真の通りのエアコンリモコンの操作部分でした。
操作方法については直感的にすぐに飲み込める。
まぁ慣れもあるのでしょうが、ユーザー側の操作想像力範囲に
機能が絞り込まれていて、過不足がないと思われた。
昨日の宿泊ホテルでは「体感」スイッチという項目があって
「これいったい、なに?」ということで判断が混乱し、
なお「調節」という項目がさっぱり意味不明でなにをどう操作できるのか、
さらに操作方法が見えにくい液晶画面というトリレンマで、
老眼のわが身にはストレスを強制される「マンマシン環境」だった。
こういった電気機器との操作「対話」について、JISのような
標準規格というようなものは定められていないようですね。
多機能化を追究するのも悪くはないのでしょうが、
少なくともユーザーの「ペルソナ分析」は詳細にやってほしい。
だいたいこの時期には夕方6時過ぎにチェックインした場合、
外光は室内には得られない環境になり、間接照明主体の照明環境では
チープな液晶画面表示はとくに老眼には端的に「見えづらい」。
そういう機器との対話をユーザーはせざるを得ないので、
メーカー側ではそういった状況への「想像力」を豊かに持って欲しい。
ビジネスホテルというのは、こうした空間提供業であることを
痛感させられますね。
そしてこういった空間性が、ある意味でニッポンのイマドキの
一般的空間性標準を作ってきているように思われるので、
住宅を考える企業人も、大いに参考にして欲しいと思われます。
Posted on 11月 30th, 2018 by 三木 奎吾
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さて札幌も一進一退の冬将軍。
今週からは雪が多くなってきそうな気配ですね。
しかし朝晩の冷え込みはそこそこ順調に冷えてきているので
暖房必須時期には突入してきた。
そういうなか、わたしは相変わらずあちこちと点々移動。
写真は本日宿泊の岩手県のオガールインであります。
先日ちょっと触れたら宿泊経験のある建築家の丸田絢子さんから
いろいろご指摘もいただきました。
設計者はみかんぐみの竹内昌義さんではなかったようです。
その弟子スジのらいおん建築事務所さんでした。
オガール全体については竹内さんが監修しているのでしょうか?
そのあたりはしっかりとは調べていません。
で、どうせ宿泊するならということでこちらに2度目の宿泊。
ビジネスホテルというのは、住宅的な人間居住環境を求められる
その最たるものである気がします。
利用者はそれこそ全国各地から全国各地に移動している人々。
なので、それぞれの日常的「環境意識」が評価として投影される。
温度環境の厳しい冬場や夏場などではやはり評価は出てくる。
この時期になると、北海道札幌とそれ以外の地域での
環境の違いについて敏感になってくることはやむを得ない。
こちらのホテルでは個室の天井高がちょっと高めになっている。
断熱仕様がどうであるかはわかりませんが、スペック的には
そこそこ考えられているように思われる。
ただ、暖房熱源がエアコンなので空間の気積は
温熱環境的に見れば大きい要素ではないかと思います。
就寝時にエアコン暖房はストップして寝たけれど、
夜間、やや寒さを感じてクシャミも出た。
本来ならば点け放しの方が良いでしょうが、どうも
リモコンの使い勝手が全然理解出来ないタイプで(笑)
どう「調節」したらいいのか、サッパリ理解出来なかったのでした。
で、そこから深夜間にも暖房運転を行っていました。
まぁ夜間の室温低下はそこそこ了解可能なレベルのように感じられた。
しかしこれからさらに外気温低下してどうか、ですね。
朝になってようやくこのリモコンをしげしげと見られた(笑)。
夜間には間接照明主体なので十分に判別認識ができなかったのです(泣)。
ところがやはり「調節」という項目の箇所の
操作画面上の操作方法特定がやはりわかりにくかった。
いきなり「体感」というのがあって、これの操作が
「入る・切る」と2つに別れているのですが、
これがなにをあらわしているのかが、いまになっても理解出来ない。
これでつまずいて「いいや、めんどう」となっていたのですね。
老眼の進行でただでさえ、視認行動が苦手にもなって来ている。
でも考えたら高齢化ニッポンではこれって重要な
「マンマシン」要素ではあるでしょうね。う〜む。
Posted on 11月 29th, 2018 by 三木 奎吾
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本日は歴史関係の書評がらみネタです、あしからず。
最近「日本国紀」という通史をやや右派系作家・百田尚樹さんが書いて
話題になっている。幻冬舎という商機に敏感な出版社ということで
どんなふうになるかと注目しています。
そこそこ売れているようで、仙台空港の書店員さんに聞いたら即座に
「ああ、けっこう売れていますよ」と話してくれて
書棚に案内してくれたら、なんと10冊くらいが平積みされていた。
30万部初版印刷というのはあながち誇張ではないかも知れない。
紙の単行本がこれくらいの規模で出版されるということは最近珍しい。
学問としての日本史は、文献史学偏重の悪影響で専門時代領域分化が極端。
いわゆる「通史」というような領域は軽視されてきている。
違う著者の「思想」を断片的につなぎ合わせる理解しか、
いまのニッポン人には情報が提供されていない現状がある。
もちろん特定の思想によってのみ歴史が理解されるべきではないのは自明。
多様な理解、人々の動きというモノを把握する必要がある。
現代社会が単一的な思想要因だけで成立しているわけではないように。
しかし、戦前と戦後では日本史理解に巨大な溝があるのも事実。
戦争の結果、それまでの知見とその領導した学者さんたちが一掃され、
どちらかといえばマルクス主義に基づいた歴史認識をもった人たちが
タナボタのように、また無批判的に主流の位置を占めたのも厳然たる事実。
それはそれでやはり極端に振れすぎているという反省が始まってきている。
この本に対してはさっそく「コピペだらけだ」「Wikipedia頼り」などの批判がある。
そういう批判は大いにあって良いけれど、一作家がこういう取り組みをしたという
そしてそれが一定の社会的評価を得ていることは認識する必要がある。
まぁまだ途中ではありますが、学問的と言うよりも
流れ作業的な部分も感じられて、通史モノ表現の難しさも垣間見えてはいる。
ただ、断片的に書かれている作者による「意見」の類は面白く読むことができる。
で、この本とは別に最近、読み続けているのが写真の1冊。
「日本」という国号が定まった時期以前の活発な列島ー朝鮮半島地域の
社会政治状況というのに、最近大きな関心が湧いてきて仕方ないのです。
朝鮮半島諸国での相克、権力争いのなかで「倭国」は重大な関心を持ち
積極的にその相克に関わっている。以前にも書いたとおり「鉄資源」の交易というのが
その大きな動機・要因であったことが推定されるのです。
それは農耕の必須道具にも関わり、同時に戦争の道具でもあるので、
容易に戦乱を呼ぶ契機になっていた様子がわかる。
それにしても朝鮮半島と列島西部地域というのは、どうも社会的一体性を感じる。
ヤマト朝廷は神武東征の故事に見られるように
九州を出自として畿内地域に権力を広げたというのが正史でしょうが、
もうひとつの選択肢として、海峡を越えて朝鮮半島にも覇を唱えるというのも
いわばごく自然な志向性としてあったことが推測できる。
きっとこの時代には半島と列島ではコトバもふつうに通じていたのではないか。
米作農耕はこの列島社会では最初から朝鮮半島からの「移住者」社会組織が
その基本単位であって、そのマザー社会へのこだわりが強かったと思われる。
もし神武が東征ではなく西征、もしくは北征を行ったら、というイフも想像できる。
そういう歴史事態があれば、半島と列島は一体の「クニ」になった可能性もある。
この時代の活発な「交流」には想像力が強く刺激されます。
Posted on 11月 28th, 2018 by 三木 奎吾
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茶室などの見学機会というのはそう多くはない。
北海道東北での新築住宅で、そういった室にこだわった家というのは
そう多くはないだろうし、通常目にすることは少なくなる。
一般的に取材住宅を選定するときにもそういった志向には向かわない。
ということで、東京世田谷の「猪俣邸」茶室であります。
この茶室、2度目の遭遇で一度は見ていたはずだし、写真も取っているのですが
もう一回見学したら、こちらの腰貼り和紙に目が行った。
よく見てみたら、なんと文字がたくさん書いてある(!)
この茶室は繊細なヨシとか竹などで作った骨組みがそのまま透けるようで、
その木組み格子越しに入り込んでくる外光が非常に印象的で
幻想的な空間演出になっていた記憶が鮮烈だったので、
この「和紙の腰貼り」まで注意力が行き渡っていなかった。
今回11月18日の再訪では、時間的に外光差し込み条件はなく、
その分、室内の造作に目が向いていたということでしょうか。
こういう腰貼りに使用済みの和紙を使うということ自体は
聞いたことがあったけれど、実物でこのように見ると
なんとも「数寄」の世界だとあらためて実感させられます。
押し寄せる老眼のため、細かい文字は読めなくて
写真に収めてからPhotoshopで写真詳細を検証すればいいやと思って
今回、下に画像処理させてみたデータを掲載しました。
どうも明瞭に読み取れる文字は、
「五月小建壬午角宿 室史よう」というように書かれている。
これって、どうやら宿曜暦、カレンダーのような印刷物と推定される。
Wikipediaでの記載は以下の通り。
「宿曜道(すくようどう)とは、平安時代、空海をはじめとする留学僧らにより、
密教の一分野として 日本へもたらされた占星術の一種。
密教占星術、宿曜占星術などともいう。
その内容は、インド占星術(ギリシャ由来の西洋占星術とインド古来の
月占星術が習合し独自に発展したもの)、道教由来の天体神信仰、
陰陽五行説等が習合した雑多なものである。基本的に北斗七星・九曜・十二宮
・二十七宿または二十八宿などの天体の動きや七曜の曜日の巡りによって
その直日を定め、それが凶であった場合は、その星の神々を
祀る事によって運勢を好転させようとする」というものだそうです。
現代北海道人はほとんど興味を喪失したようなものですが、
1967年(昭和42年)という創建当時にはまだこういったカレンダーが
一般的に普及していたということか、あるいは、
設計者吉田五十八さんにとって、一種のユーモアでもって茶室意匠として
採用したものか、おそらくはその両方だろうと思います。
茶室の来客はこの腰貼りを見て「おお」と会話のきっかけになった気もする(笑)。
はるかに時代を経て、そんな建築意図が伝わってきて心がなごむ。
Posted on 11月 27th, 2018 by 三木 奎吾
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