
モバイルな仕事生活が基本環境になっています。
大体、週の半分は札幌であと半分は主にオフィスのある仙台・東北。
その他、東京や関西などにも通常的行動半径は広がっている。
ということで、おおむねノートパソコン、MacBookAirが基本仕事環境。
なんといっても寄る年波で、軽量化したいのが切実な願い。
これまでのものからAirに換えて、画面も15➡13インチになり、
重さはほぼ半減してきていた。
しかし、わたしの仕事ではときどきWindowsのソフト環境が必要になる。
しばらくの間はMac上の仮想環境を使っていましたが、
やはりいろいろ不具合対応が必要になる。
Win環境はせいぜい1日には数十分程度で済むのに、
その環境維持のために注意力を注ぐのが、どうもコスパが悪い。
ということで、だったら別にWindowsノートPCを買った方がマシだと。
そういう用途なのでこだわりなく中古マシン。
別段その環境で問題なく処理出来ていたのですが、
このサブノートPCは15インチで重いのですね(泣)。
以前、長年使ってきたMacBookPro15と比べても、2倍くらいの重さ。
頻繁な出張移動にMacBookAirといっしょに持ち歩くのはツライ。
しかしWin環境の仕事は出張にも、もれなくついてくる。
そういった経緯から、ごく軽量のWinノートを探していた。
きのう、久しぶりに札幌の街に出たついでにパソコンショップで
写真左側の、Dynabookというヤツ、それも8インチという
まことにかわいらしいコンパクトな中古を発見して、即購入。
モノは試しなので、いちばん安いヤツから2番目をゲット(笑)。14,800円也。
しかし、最初は例のWin「タイル画面」表示だったので
それを通常のデスクトップ画面に変更するのに、
メーカーの電話窓口のお世話になったりもした。
あの「タイル画面」って、使いやすいと思うひともいるのでしょうか?
コントロールパネルを探し出すのにも一苦労して、
そこからさらに深い階層でようやく「タイル画面」解除方法がわかった。
作業で必要なソフトは3つほどなのでインストールして使い始め。
まずまず、必要な作業については画面表示でも不足はなさそう。
ごらんのようなコンパクトさ。MacbookAir13よりも2回りくらい小さいので
必要な作業だけをモバイル環境で、という用途にはピッタリ。
本日からの移動に、ガラガラスーツケースに収納させても加重感は少ない。
最近、韓国のサムソンがスマホで画面が2倍になるヤツを
予定価格20数万円程度で売り出そうとして実機を制作したけれど
液晶画面の折り返し部分をテープで持たせただけのシロモノで
ITメディアの使用テストで即壊れて出荷停止、発売中止になったようですね。
こういう作業画面が欲しいのなら別にスマホである必要はないのではないか。
Dynabook8インチ、わたし的にはなかなかいいかもと思っています。
Posted on 5月 15th, 2019 by 三木 奎吾
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ようやく北海道でも新緑の季節がやってきて
これまで骨と皮だけのようだった木々がいっせいに芽吹いてきた。
木が葉を伸ばすというのは、その置かれた環境に対して
もっとも合目的的なやり方であることは自明。
この写真の木のように、成長に伴って自然に古層から、
先端部の最新層に至るまで、整然と秩序づけられるし、
葉っぱはもっとも陽を受けやすい場所を選択して葉を生長させる。
太陽というエネルギーの源に対して整然とした対応をみせる。
そういった様子は、同じイキモノとしての人間には「美」として
強く印象されるのだと思う。
自然が造作するカタチにはすべて合理性があり、
そして太陽に対して素直であることで美観にいたる。
たぶん、建築というものも最終的にはそういうことでしょう。
下の写真は仙台市博物館付属の茶室「残月亭」。
人間が建築を思い立ったときに最大のテーマは
人間のいごこちが究極的だったことは間違いがない。
その人間は自然の一部であり、同じく自然のものである木を
その材料として活用するのが一般化した。
そうすると、木本来が持っているだろう美観の根源というものに
建築を作ろうとする人間はいちばんアナロジーを感じただろう。
とくに人間が「見る」外観デザインに於いては
周辺に存在する木々との調和というものが目指されたに違いない。
ながくその場所に存在して、環境と相互につりあうような関係が
たぶん多くの建築者は考え続けたに違いない。
長期間ありつづけても、自然と調和できる姿カタチ。
日本の古来の都市建築である町家建築では
あらたに建築する場合でも、それまでの建築と調和させるように
その「作法」とか、たたずまいをリスペクトして
建てられ続けたというように聞く。
木を見続けていると、その姿カタチに常に「完全」があるように思う。
こういった完全に対してリスペクトして
それと調和させる建築的たたずまいをと、
人間は考え続けてきたのだろうと思います。
茶室というニッポン的そのもののような「簡素」の美。
その作る精神ではやはり、こんなイメージが素のままに
目指されてきたのだろうと思えます。
さて、現代われわれが作っている住宅建築は
はたしてそのようであるでしょうか?
Posted on 5月 14th, 2019 by 三木 奎吾
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現代人というのはとにかく「移動」し続ける。
飛行機・鉄道・公共交通機関・クルマなどなど、
移動手段は無数に存在し、定点的に生きるよりも移動する生活の方が
現代人類をより深く規定している要素。
移動すれば、人間にはかならず排泄が伴っていく。
ということなので、トイレは公共建築施設の最重要要素だと思う。
こういう建築要素については、常識とかマナーとか
エチケットといった公的な部分が十分に配慮される必要があると思う。
昨日もなにげなくカミさんとやや遠出して高速を利用した。
わたしが運転していたけれど、ブログでの書き損じに気付いて、
応急でスマホを使って修正するためにあるPAで運転チェンジ。
そのチャンスでトイレを利用した。
正面から進行方向を見たのが1枚目の写真。
まっすぐの「目隠し壁」がやや方向が振ってある。
建築的意匠に属するので習い性で、おや、どういう意図かなぁと推測。
ふつう考えられるのは、いきなり便器が見えるのを避けるのは常識として
さらになにか、動線的に仕掛けたいのかなと想像した。
ところが、右動線も左動線にも明瞭な意図はなかった。
特段の装置的なものもなかった。
あえて見いだせば、右側に方向性の「流れ」を作りたかったのか。
向かって左側に小があって、右側が大という当然の配置。
で、わたしは左で用を足した。
けれど、すぐになにか奇異な「違和感」を感じた。
そうなんです、カラダの左側面から予期しない映像が視線に入ってくる。
方向を振っていた目隠し壁には手洗いが背面に配置されていて
その鏡がトイレ側から視線に入ってきてしまうのです。
そこには用便している自分自身が映し出されている。
こういう姿勢、こういう行為を見続けたい人間というのは、
まずそれほどいないだろうと、困惑させられる。
わたしも言いようのない羞恥心を抱かされた。「おいおい」であります。
こういう行為の様子を自分自身で見たくもないし、
ましてや他者の視線にさらしたくもない。
どうにも、この鏡の配置には違和感、
さらにはプライバシー的疑問が湧き上がってきてしまった。
週の初めのブログテーマとしては、
ややすっきりしないテーマではありましたが、
多くの人が利用する「公共」的空間の建築意匠として
どうであるかと、疑問を持った次第です。
あるいはこの方向を振った目隠し壁と洗面鏡には
こうしたデメリットを乗り越える利便性・メリットがあるのでしょうか?
建築意匠を考えることが多いけれど、どうも見いだせなかった・・・。
Posted on 5月 13th, 2019 by 三木 奎吾
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きのうは山形市内を巡っていたのですが、
至るところ、街路樹としてハナミズキとヤマボウシ。
北海道ではハナミズキが街路樹に使われるって
あんまり見覚えがなく、またほかの街でも見たことは多くない。
山形市では「街の木」としてこのハナミズキとヤマボウシを
選定しているのだろうか、意図的と思われるほど
市内各所で目について、初夏を思わせるあたたかさのなか、
やや上気したような気分で、花を愛でておりました。
街路樹としてはヤマボウシの方が多数、植え込まれている印象。
ハナミズキの方は、ところどころ
まるで紅白のバランスを考えたように植え込まれていた。
わたしはこの2つの木が大好きで、
とくにヤマボウシを以前のオフィスで植えていた経験があります。
ハナミズキは明治以降、アメリカから移植された樹種であり、
近縁種のヤマボウシこそが日本的な樹種であると
そういった知識もあるのですが、
しかしこの両種がこのように意図的に配置されると
そのコントラストが素晴らしいことに大いに気付かされる。
たまたま、この山形市でこの両種の開花時期に出会ったことで
気付かされた次第ですが、こういう「街の景観」はすばらしい。
先日も書きましたが、やはり人間は情緒的に生きている存在。
こういう「雰囲気の演出」がひとびとのこころに
ある影響を与える力というのは、非常に大きいと思います。
Posted on 5月 12th, 2019 by 三木 奎吾
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日本中をあちこちと訪ね回る仕事を重ねてきています。
幼少期に札幌の当時の最大幹線道路・石山道路という
建築資材の札幌軟石を「石山」から運搬してきたメイン道路に面した家に住んでいて、
その活発な状況、その後の「モータリゼーション」の予感、
そして、なんとなく「遠くへの憧れ」を抱いていたのでしょう。
南方向・石山からその先のニッポン方向を毎日見ては、
「この先にどんな場所があるのか」と
妄想をたくましくするのが、少年期の心的生活だったと思っています。
「北海道人」という雅号を使ったという幕末の探検家・松浦武四郎は、
幼年期、お伊勢参りの大旅客群を毎日見続ける日々だったとされますが、
こういった「移動・交通」ということに感受性を刺激される
人間類型というのが存在するのだと思う次第。
で、そういう心的傾向を持つ者として
「出羽三山」といわれる山々に魅せられた人々のことが
なんとなくいつも気に掛かっています。
きのう、久しぶりに仙台ー庄内地域を往復したのですが、
いまだに高速道路が月山地域で寸断されている。
刻々と日が沈んでいくのと、仙台までの距離の長さを気に掛けながら
どうしても、霊峰を仰ぎ見たい心境とで板挟みになりつつ、
トイレ休憩時に、はるかな遠景で「たぶんあれだろう」と
この時期の霞の掛かった美しい山体を仰ぎ見た。
そして高速道路が寸断された山道を走らせながら
「おお、これが月山だ」と見とれていた。
しかしハンドル操作を停めるまでの時間的ゆとりはなく、
こころに強くそのお姿を焼き付けながら、
残念無念とクルマを急がせておりました(泣)。
しかしそれでも日本海に沈む夕陽を受けながら、山頂には雪を抱き
神々しく光を照り返している姿・カタチには
まことに「神威」を感じざるを得ませんでした。
ニッポンは四季変化が明瞭で、しかも年間降雪量が多く、
四季を通しての景観の変化がまことにバラエティに富んでいる。
そういった自然環境に抱かれている人間の心性は
どのような「環境影響」を受けるモノであるのか、
たぶん日本人と他国民との、集団としてのメンタルの相違に
こうしたことは表れるのだろうと思っています。
日本人的なメンタルの最たるものとして「水に流す」という
たいへんおかしな心性があると思う。
新緑の美しさ、まぶしさ、淡い蒸発水分の空気感のなか、
あれは、こうした自然環境が育んだモノであるように
なんとなく感じ続けておりました。・・・
Posted on 5月 11th, 2019 by 三木 奎吾
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フランス語で住宅は「maison」(メゾン)と言う。
フランス語では名詞に男性・女性の区分けがあることはご存知の通り。
で、住宅は「女性名詞」となっているそうです。
で、世界に冠たる「戸建て注文住宅」国であるニッポンでも
いまや「住宅」というのは女性名詞とでも言える状況ではないかと。
住宅というのは「家族のための共有空間・気積領域」の形成が主目的。
そこでの「空気感」を支配するのは基本的に女性。
仕事への女性進出というか、女性が仕事してくれないと
基本的な労働力が決定的に不足しているので、
勢い、女性たちの社会進出が盛んにはなっていますが、
しかしそういう「共働き」であっても、住宅の空間支配は
やはり女性の意志決定力が最大のものになる。
世の男性たちが長い時間を過ごす住宅の内部のしつらいについて
あれこれ強い決定力を発揮できるかどうかと考えると
どうも、男性にはこういう「くつろぎがどうあるべきか」という
テーマについての深い洞察なり,判断力は発揮されていないと思う。
考えてみれば自然なことであって、男は外の世界で「戦闘」的に生き、
女は基本的には家を守ってきたという人類的経験が長い。
衣食住のすべてにわたって、女性の方がはるかにすぐれた感受性を持っている。
男は家に帰ればその女性に産んでもらってもいないのに
ごく自然に「母さん」と呼ぶことが多いように思う。
それは母性に対しての帰依が人間社会の安定に資するという常識の故。
住宅というのはそれらすべての要素の複合体なので、
女性的感受性が支配することになると納得できます。
こう考えてくると、
意志決定権者としての女性的感受性に目標を絞っていくというのが、
住宅事業の要諦であるという考え方も自然。
こういう理解をベースに意見交換していくと、
実にさまざまな大きな気付きが得られてくると感じています。
やはり住宅雑誌としては、どうビジュアル表現するかは、
常に意識する最前線的なテーマ。
たとえば女性にとっては家の外観とは、「わたしがどう見られるか?」に
直結したテーマなのだ、という理解に思い至る。
こう考えるとどんどんと深みが増していくなぁと。
Posted on 5月 10th, 2019 by 三木 奎吾
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一昨日書いた和風古民家が必ずしもピッタリ似合う地域ではない
北海道十勝での「古民家蕎麦店」でふと見掛けた陶器。
これにどうも「ひと目ぼれ」したらしい(笑)。
みなさんはお気に入りのモノって、
どのようにそうなったか、気がつくコトってあるでしょうか。
わたしの場合はやはりこの「ひと目ぼれ」が多数派。
いろいろ考えた末に「まぁこれが妥当だ」といって選択することは
まったくといっていいくらい、ない。
仕事などでじっくり取り組んで試行錯誤の末に選択を決める
というようには日常生活ではやらない。
ほとんど一期一会、その出会いの衝撃がすべてを決定している(笑)。
人間はふだんの暮らしって、ほとんど「情緒的」に過ごしているのが
ごく当たり前なので、当然のことだと思います。
理性的な算式的判断ではない、情緒的判断というのが当然。
しかしその情緒的判断には、それまでの個人的感覚が集約もされている。
なにかの個人的嗜好の経験値というものがあって、
そこで一期一会的な出会いの時にそれが表出する。
このそばつゆのイレモノ、
素性もなにも知らないし、だからといってお店の方に
聞くまでの強い思いを抱いた、ぜひ欲しいというような
そういったまでの思いはないけれど、
カタチや、色合い、雰囲気、なにか言いたげな部分について
つい感情移入してしまうものが感じられた。
なので、カミさんにはナイショで(笑)写真を取った。
この陶器は眠っている感情を揺さぶるようであったのかも。
よくわかりませんが、陶器を写真に撮りたくなるというのは、
わたし的にはほとんど体験は少なかったけれど、
数寄になったということですね。
まぁ一期一会で特段の情報収集などまではしておりませんが。
茶の湯の茶碗へのフェッチぶりというのが日本文化の
手ざわりの部分にありますが、突然の同様体験だったのかと・・・。
Posted on 5月 9th, 2019 by 三木 奎吾
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日本の京都などの都市のなかには、
塀で囲まれた寺院などの文化的建築が多く存在する。
そこでは建築本体の空間へのアプローチとして
門や庭などの「心理的隔離」装置が一般的に存在する。
武家屋敷や明治以降の「高級住宅」などでもこういった形式が一般的。
現代ではほとんど意識されなくなってきた「家」意識の
基本骨格にこうした美意識が存在すると思います。
そのとき、門というのはいわば家の「格式」を表現した。
いまや高級住宅の建て替えで庭石などが大量に廃棄され
行き場がなくなってきていると言われるけれど、
こうした空気感としての隔絶装置自体が、顧みられなくなってきている。
しかしたまにこのような寺院建築などで、
非日常感としてのこうした美意識をときおり、忘れないように
体験することも、やはり日本人は好きなんだろうと思う。
なにかの「用になる」という意味合いではなく、
いわば心的な装置としての存在を日本人はやはり好み続けている。
写真は先日訪れた松前の古刹の門。
この寺は龍雲院という寺号ですが、
各所に龍や虎などの彫刻が施されていて、
来る者を歓迎してくれている。
やはり日本の建築は本体建造物のほかにこのような
付属的な装置が、非常に大きな意味合いを持っているのでしょうね。
というか、中国には門と内庭が重要な四合院住宅という形式が残っている。
塀で結界を作って、空気感を外界から隔絶させるというのは、
人間本然の願望なのでしょうね。
こういう立派な門をくぐるとき、やっぱりリスペクト感を持っています。
Posted on 5月 8th, 2019 by 三木 奎吾
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きのうはカミさんと同行で十勝へ出張。
1日早くの仕事復帰ですが、わたし自身は往復の運転ヘルパー。
ということで、カミさんが探してくれたランチ店舗がこちら。
わたしも何度か訪れていることを思い出した店でした。
北海道十勝は、開拓の歴史では民間主導型でした。
江戸期から入植の進んだ道南や、
囚人労働などで基本の開拓が行われた道央道北地域とは違って
「晩成社」という独立的な民間開拓団が日本社会から資金を募って
この地域に開拓の産声を上げていったとされている。
開拓初期からコメ生産ではなく畑作中心の農業を目指してきて
いまでもほとんど水田がない、独特の農業景観。
住宅についても早くから軸組木造よりツーバイフォー工法が定着した。
きびしい寒さから人間の暮らしを守るのに、より合理的な工法へと
地域として大きく舵を切ってきた歴史がある。
いまではツーバイフォーの方が「在来工法」とまで言われる地域。
・・・なんですが、開拓初期からそうだったのではなく、
初めはいわゆる日本社会的な木造軸組構法の建築も多く建てられた。
しかしそれは寒さの代名詞みたいな状況で、
多くはうち捨てざるを得なかったということだった。
ツーバイフォーの家が合理的ということで多数派になってきた、
ということが十勝では住宅シーンで展開してきたのですね。
しかしそうは言っても、日本人的ノスタルジーはある。
多くはないけれど、日本的古民家のたたずまいへの希求もなくはない。
そういった店舗としてこの古民家風店舗は比較的に有名なんですね。
ただし、古民家には周辺景観として田んぼの風景が似合うけれど、
十勝ではこうした店舗が、広大な畑作地域に存在している。
また広大な十勝では珍しい「段丘」を背にして林が背景になっている。
このお店は中札内から移築されていまの芽室町にあるとのこと。
お店自体は大手企業勤務の脱サラ組が起業してのもの。
2017年に店主が交代して、いまは2代目として継続しているとのこと。
十勝には新得という蕎麦の産地もあります。
コメはほとんどないけど、蕎麦はある。
こういった地域性の中でのいかにもニッポン的古民家風そば屋さん、
頑張っていって欲しいなぁと、いつも思っています。
店名の(笑)というのは、実際にそういう書き方ですので、
わたしの書きクセではありません。念のため(笑)。
Posted on 5月 7th, 2019 by 三木 奎吾
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さて長かった令和はじめの連休も今日まで。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
若くもないわたしども夫婦としては、あちこちの軽い遠出くらいで
ゆっくりと骨休め中心で過ごしておりました。
仕事のことは気には掛かるけれど、
しかしそれはそれと考えて、休息最優先でした。
わたしは最近はほとんど「新聞」を読むことがなくなった。
たまにホテルで手に取ったり、コンビニなどで夕刊紙やスポーツ紙を
購入することもたまにはあるけれど、
いわゆる日刊紙を購入したりすることはなくなった。
たぶんインターネットポータル、わたしの場合はyahooトップページで
まとめサイト的に表示されるニュース程度で十分で、
それ以上の情報も、そこからのリンク先でのweb情報で十分になった。
物理的な印刷物としての新聞に、魅力がなくなってしまった。
このことはもちろん雑誌についてもいえることではあるのですが、
雑誌の場合には、ある専門性・嗜好性が強く存在するので、
より本来的な意味で「メディア性」があると思っています。
日刊総合新聞については、いったんその「習慣性」が消失すると
再度、惹き付けられる魅力というものが乏しい。
webに置き換わった、というよりも「情報」というものの即時性が
紙の新聞ではwebに太刀打ちできなくなったということ。
しかし令和の改元を伝える「号外」はその「記録性」で
多くの人から欲求された、ということは暗示的なのでしょう。
日々の「変化」を知るメディアとしての役割はいまは紙ではなくなった。
このことはやはり不可逆的な社会変化だと。
そういうことを深く分析して、メディアの今後を模索するしかないでしょうね。
しかし変化というのは、急激にやってくるのだということも
こうしたことでここまで思い知らされることになるとは、
正直に、生きている間にあるとは思えなかった(笑)。
大学を出て就職はマスコミ関係を志望していて、結果としては広告の仕事に
生きる方向を定めたのですが、
そういう人間として、メディアというものがこうなるとは、
まさかという思いがきわめて強い。
現状は変化の大波はだいぶ落ち着いてきたと思うけれど、
まだまだ、環境の大変化はあり得ると心得ておかねばならないでしょうね。
写真は仙台市博物館で目にしていた江戸期仙台市外中心地・芭蕉の辻の
「高札」の復元構造物。
江戸では「瓦版」などの新聞メディアの萌芽のようなものがあったけれど、
こういう藩の支配する地域では、上からのお達し情報が主体のようでしたが・・・。
伊達藩の「地方都市」では真実の政治情報流通などはどうだったか、
そういうことも知りたくなっておりました。
やはり人間社会の行く末は、過去・現在への深い洞察からしか
想像することもできないのだろうと思う次第。
Posted on 5月 6th, 2019 by 三木 奎吾
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