
わたしどもでは最近、韓国人のスタッフが入社しました。
日本語はペラペラでありコミュニケーション自体は問題ありません。
ただし、かれと話していて、戸建て注文住宅というものへの
想像力というか、そこからいろいろ話しております。
そういった経験から、わたしも不勉強なのですが、
どうも韓国では住宅というと、ほとんど常識として「買う」もので、
基本的には鉄筋コンクリートのマンションをイメージしている。
庶民にはそれが当たり前であって、日本のように
1戸1戸違う家を、「注文」を聞いた上で設計して建てるという
そういう文化は、ほとんど聞いたことがないという。
お金持ちにはそういった文化はあるかも知れないけれど
庶民感覚では、住宅の「テイスト」とはインテリア選択だけだ、
というように言われた次第なのであります。
まことに断片的な意見なので、一般化はもちろんできないのですが
そういえば、わたしの乏しい海外住宅取材体験でも、
日本的な戸建て注文住宅づくりプロセスと同様の取材経験は無い。
海外住宅はカナダやアメリカ、北欧でも、日本と比較して
格段に値段は安かったけれど、それはほとんどが建売だった。
たとえ高級住宅だとしても建売で、それは個人が好き勝手な家を
「注文」するのではなく、
住宅建築のプロが基本を構成デザインし、カスタマイズの範囲で
顧客の希望を取り入れるというものだったように思う。
そもそもこういった部分での興味で取材していなくて
ひたすらモノとしての住宅について、性能価格デザインと取材した。
建築打合せのプロセスについて比較検証はしていませんでした。
で、ふり返って見て日本の住宅生産では、
いかに細かい情報のやり取りが行われていることか。
ユーザーに差別化情報を提供するのに、
きわめて伝わりにくい住宅性能やデザインの見方まで伝えて、
選別眼を持って欲しいとまでアナウンスしている。
こういった実態は、究極的に進化した住宅取引であるのか
それともひょっとしてガラパゴス化ということであるのか、
自分自身でも検証してみたいと考えるようになって来た次第です。
戦後初期の住宅生産における
規格的な住宅大量生産の必然性から始まったことが、
一種のトラウマになって、そうではない
個別限定的な「注文住宅」という変わった文化を生んでいるのかも。
そういえば海外で、建築家がこんなに大量に、しかも多様に
戸建て注文住宅を設計デザインしている国って
ほとんど聞いたことはない。
まことに不勉強ではあるのですが、
このことについて情報をお持ちの方、お教えくださいませんか?
ということで、住宅取引の日本的特性から
さらに日本人の住宅デザイン選別感覚まで、
韓国人スタッフと情報共有するには、
かなり長く、わけわかんないプロセスがありそうな予感(笑)。
Posted on 11月 8th, 2015 by 三木 奎吾
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毎日新聞のメールマガジンの案内を受け取るように設定しています。
きのう配信されてきたタイトルを見て
興味があったので、中身を読んでみました。以下要旨抜粋。
「外国人に日本をホメさせて「日本は世界から尊敬されている!」と
自賛する日本礼賛本と並んで中国・韓国をけなす本が相変わらず並ぶ。
一定の需要があるのは「日本は他国よりすごい」という
大国意識、優越感に浸りたいという願望か。そんな社会の行き着く先はどこか」
っていうような問題提起であります。
そんなにおかしなポイントではないな、
精緻に国民意識は分析すべきだと思いつつ、しかし、
一方でまた思考停止型の「右傾化批判」だけなのかもしれないなと、
安倍首相がよく「レッテル貼り」と呼ぶメディアの姿勢そのままかもと。
そうだったらかなりの、それこそ「紋切り型」だなと思いつつ、
しかし毎日記者の知性がそこまで劣化していないことを期待して読んだ。
ジャーナリストとして事実の分析姿勢に於いてまさか、とは思ったのですが、
・・・みごとに裏切られました。
まことに紋切り型の「このままでは戦前回帰」告発調の論旨でした。
どうも違うんじゃないかと思います。
以前のような東西冷戦構造時代とは明確に情勢は変化している。
いま、中国の支配層・権力は、拡大した自国の経済的影響力を
共産党独裁国家支配者らしく、覇権拡大に向かって利用しようとしている。
この共産党独裁の「社会主義市場経済」国家が台頭している現実。
習近平は「中華民族の偉大な復興」を唱えて覇権拡大を目指している。
こういう未曾有の事態が進行しつつあり、世界的な危機も進行している。
その世界戦略の中で、アメリカとの間で「新型大国関係」を提起し、
ハワイ以西の太平洋を自国の覇権の及ぶ範囲とする戦略を取っている。
その大きな枠組みのなかで日本との関係があって、
韓国を自国の経済圏に取り込むことで反日の先兵として働かせている。
かれらにとって日本を仮想敵とすることが、この戦略にとって都合が良い。
こういう世界の基本的な情勢把握を多くのふつうの日本人は持ってきた。
こういったアジア情勢があって、では日本はどういう戦略を取れば良いか、
国家戦略的な部分に、ひとびとの意識は高まっているのだと思います。
それはごく当たり前の「民族的生存本能・認識」の発露でしょう。
そしてこういう国家戦略論をまったく顧慮しない既存メディアの影響力が
どんどんと薄れてきている。
朝日や毎日のように、日本国家の安保上の手足を縛る、
戦争反対がすべてだというのでは、中国の世界戦略に従属するしかなく、
それには多くの国民が納得しなくなってきている。
そんなことではそれこそ国益が毀損してしまうという危機感。
中韓国家支配層からの執拗な反日キャンペーン、動きに対して
朝日のようにウソまで書いてそれを主導するような日本メディアの現状、
それに対して多くの国民がふつうにおかしいと感じ始めている。
そうした民族的な正常な「揺り戻し」的な国民の動向に対しての
こうした既存メディア側からの告発・批判が
また戦争をしようとしているみたいなレッテル貼りの立場を固守している。
この記事を読んでみて、まことに絶望的と思わざるを得ませんでした。
これでは国と民の生存戦略をいっしょに探求する論議にはならない。
もうちょっと知性を働かせて欲しいと思う。
多くの国民は健全に、こうした国家同士の外交と
一般民衆レベルの交流とはまったく分けて考えていると思います。
国家指導者は別として、中国のひととも韓国の人とも
民の友好は大いに推進していくべきだと思います。
日本のように権力に反対の意見を言っても強権的に弾圧されない政体が
やはり平和の基礎なのだと思うのです。そういう価値感は
ふつうの民同士の交友がいちばん醸成につながっていくと思います。
Posted on 11月 7th, 2015 by 三木 奎吾
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安倍さんは韓国に行って、
自腹でソウルフード焼き肉を食べて帰って来たそうだ。
というような話題が、数日経ってから
韓国側メディアが書き立てている、というニュースが流れている。
かの国では客人に昼ご飯を提供しないというのは
儒教的モラルから言って、最大限の侮辱なのだそうだ。
こういう部分は、各国国民の感情習慣に属することだから、
受け入れ、受け流すしかない部分。
同じアジアだけれど日本人的価値感からは、
多少の冷たさは感じるのは事実だけれど、
まぁ、ほかに用もあるのかなと、軽く流せることでもある。
韓国側は最低限のモラル的もてなしは「してあげてもいいよ」と
そういうアナウンスを込め、反応を期待したのか。
書かれているニュースからは、昼食会を開いて上げるから譲歩せよ
という交渉手段にもなっていた、ということだから
安倍さんとしても「まさか、昼飯で国益を毀損はできない」と
考えるのは日本人として理の当然と言うべきか。
このあたり、儒教的価値感が根強い韓国・中国との違い。
で、軽いノリで庶民も行く焼き肉店で仲間内で韓国料理を食べた。
っていうことなんだそうだ。
ここで韓国のソウルフードを食べたことは、ごく自然だけれど
なかなかにいい「外交センス」だと思う。
こういうことが話題になり,ニュースになることも
計算に入れていたとすれば、安倍政権はなかなかしたたか。
韓国内のメディアではどうでもいいようなメニュー内容と
総額金額までニュース報道されていた。
ことが食事のことだけに、韓国民一般にもわかりやすい。
一応その国の文化にリスペクトを表現した食事だったと。
こういう報道に、どういったセンシティブな部分があるのかどうか、
「ほらみろ、安倍のやつらのざまを」という
譲歩を得られなかった意趣返し的心理を満足させているのか。
そういう韓国民向けの政府側対応であるのか、よくわからない。
韓国紙論調からは「こんな対応はまずいだろ」的な反応だそう。
首脳会談後のこうしたムードを見る限り
安倍さんは大いに得点を稼げた気もしてくる。
少なくとも日本側は「やれやれ(笑)」というムードになった。
たぶんこういう韓国側反応を予測しそれでも会談事実はできた。
そういう外交的得点は、世界の世論に対して、
とくにアメリカに対して得られたことは間違いないのではないか。
そのために多少の韓国側の屈辱的な扱いには、
なんの痛痒も感じなかった、というメッセージも伝わる。
なかなかしたたかと言える外交的勝利でしょうね。
Posted on 11月 6th, 2015 by 三木 奎吾
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写真はわが家のネコの額ほどの「庭」、植栽。
わたしは自分の人生を選択するのに、
都市の中の環境を選択して、利便性と環境性の調和として
いまの環境を主体的に選び取ってきました。
居住環境というのは、この国、社会、現代という時代のなかで、
それぞれが主体的に選び取ることが出来る事柄だと思います。
すこし立ち止まってみると、自分にはもうちょっと
庭木を楽しみたいという根源的な欲求があったように思います。
事務所の方には、合計10坪くらいの庭があって、
いろいろな木々や植栽をあれこれと管理しているので、
個人としてのそういう欲求は、ほぼ満足はしていると思うのですが、
たまにこうして、情けない自宅の「庭」を見ると
多少の後悔の念がないこともないのであります。
いま、この2つの植栽だけに絞り込んで、
それを剪定管理してきているのですが、
先日、娘が帰省してきた折に、帰っていく間際、
この左側のツツジの赤い色づきを見て、うれしがってくれていた。
そういう様子を見ていて、
そういえばわが家にはこどもがふたりいて、
この庭の植栽もふたつだなと、ふと思い至っていました。
秋にはこのようにツツジは真っ赤に染まってくれて、
まるで娘のようだし、アオキの方は枝振りも奔放で
その楽しい個性がまるでやんちゃ坊主を感じさせてくれる。
そうすると、いまは家を離れているふたりの子どもたちが、
この植栽たちとオーバーラップして見えてきて、
「あぁ、もっと手を掛けてあげたいな」というような気になってくる。
たぶん、家を建てることのいちばん大きな意味合いは、
子どものすこやかな成長を願って、ということが大きいのだと思います。
子どもが生まれたときに、記念に庭に木を植えるという習慣があるけれど、
あれって、やはり人間に根源的に存在する思いを表しているように思う。
狭い敷地で庭を確保することはできなかったのですが、
もっと広い庭で、いろいろな樹木・植栽にたっぷりの時間を掛けて
その成長を祈り続けるような、
そういった人生時間も、貴重なものだと思っております。
このあと、時間が出来たら、もうちょっと考えていきたいです。
Posted on 11月 5th, 2015 by 三木 奎吾
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きのうが「文化の日」で、たいへん助かりました(笑)。
わたしのMacBookPro15は、メーカーのリコールになるので、
その間1週間の仕事環境を構築する必要がある。
で、新品ではデータ容量の確保にメーカー側への特注が必要であり
諸条件から新規購入は時間的にもむずかしい。
ということで、中古のMacBookPro13を購入したけれど
そちらもデータ容量が半減で、「選択的データ移行」対応では
これも諸条件と時間不足。というところまでが一昨日段階。
きのうは朝一番でヨドバシカメラに直行して、
1TBの容量の2.5インチHDを購入。2TBのものは約2万円、
こっちは7800円ほどだったので、コスパその他の判断で選択。
移行用に外付けHD用の「ガワ」USB3.0搭載タイプを2000円で同時購入。
購入したMacBookPro13の内蔵HDは500Gと容量が少なくて
データ移行もできないので、換装作業。
取りだしたHDは,外付けにするのでガワにこっちも換装。
この作業は、何回かやっているので楽勝作業。
で、懸念はこのOSが乗っていないHD内蔵のMacBookPro13に
バックアップしているTimemachineデータを
どう移行させられるのか、であります。
きのうは比較的に機嫌が良かったリコールMacBookPro15で
インターネットで調べてみると、
いったんはカラHDにOSをインストールとなっている。
そうだとすると、その方法は、よくわからない。
環境構築にはすごい時間がかかるのだけは確かなので、
調べたりする時間が惜しいと考え、ここはAppleのサポートに連絡。
リコール対応からの経緯があるので、親切に各段階ごとに
断続的に4回ほどサポートしてもらった。
外付けにしたMacBookPro13の既存システムのリカバリー領域から
カラの内蔵HDに対してOSをインストールさせるのですね。
なので安定的な通信環境、LANに接続させておく。
で、そこからインストールに約1時間ほど。
次に今度は、旧い環境にあたらしい環境のデータは移行できないので、
そのOS環境を、10.8から10.11にアップグレードさせる。
この作業に約2時間。で、ようやく環境が整って、
そこからバックアップTimemachineデータを移行開始。
さすがに700GBあるので、夕方5時前にスタートして
「6時間」というように時間が示されていました。
これだけ時間を掛けて、でも失敗ということもあり得る。
しかし、ここは信じてやってみるしかない。
ということで、スタートさせて食事を済ませ、成功を祈りつつ爆睡。
気絶からふと復帰して12時頃に見てみたら、「終了寸前」(笑)。
「やった」であります。
しかしここからもまだ、道のりはありまして、
終了後、各データが確実に移行出来ているかどうかの再確認作業。
なんとか問題なく移行は出来ているようでしたが、
しかし、メールのデータなどは再度読み込ませる必要があり、
これにも2時間くらいはかかりました。
その間,断続的に寝ながら、ようやく移行が完了したMacBookPro13から
この「実況中継」を報告させていただいております(笑)。
ふ〜〜、やれやれでありました。
いまのところ、サクサクと動作してくれておりまして、悪くはありません。
安心してMacBookPro15には今朝、旅立ってもらいます。
きのうのブログに応援や励ましのメッセージもいただきました。
まことにありがとうございました、無事をお知らせいたします(笑)、
ではでは。
Posted on 11月 4th, 2015 by 三木 奎吾
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昨日朝、3年半にわたって使い続けている愛機のMacBookProを立ち上げて
作業開始してしばらくしたら、
なんと、突然にシステム終了してしまっていた。
こういった症状はまったく経験したことがない。思い当たるような節もない。
まぁ一応,冷静になって再度起動させてみるとしばらくは動作してくれたので、
「なにか、突発的な偶然か」と思おうとした。
で、自宅から会社に出て、オフィスで数時間稼働させていたら、
残念ながら症状が再発してしまった。
最初のトラブル発生時にディスクチェックして、こっちは問題が無かった。
なので、ハード的ななにかのトラブルであることは明らか。
で、もうすでに保証期間は過ぎているマシンですが、
Appleのサポートに電話連絡しました。
そうしたところ、告知したシリアルナンバーを聞いてすぐに
「そのマシンは、無償修理のアナウンスをしている機種です。」という答え。
なんでも、わたしのトラブルのような症状が多く発生していて、
ピックアップしてメーカー側で補修してくれるのだそうです。
「おお、」と地獄で仏に出会った心境であります。
必要な期間はおおむね1週間ということ。
まぁ、どうやら致命的なトラブルではなく、
わたしの使用法で問題が発生したのでもないという事実でひと安心。
ではありますが、問題は1週間かかる、その間。
仕事のメインマシンであり、その期間、どうするかが大問題。
3年半使ってきているので、そろそろ次のマシンを考える時期でもあり
これを機会に、新規マシンを購入するのもありえる選択。
もちろん修理してもらうマシンも、別に使う道はいくらでもある。
しかし問題は、収納されているデータの問題。
わたしはほぼ20年間Macを使い続けているので、
その累積データはハンパではなく、継続的に持ってきているデータ総量は
700GBを超えているのです。
出荷時には250GB程度のHD記憶メディアでしたが、
いまは変遷を重ねて、1TBのSSDに換装している。
そういう大容量の記憶媒体は最近、AppleはMacに搭載していない。
Macのデータ移行でいちばん簡単なのは、移行アシスタントを使って
旧いMacから新しいmacにまるごと引っ越しすることなのですが、
いままでは記憶容量はどんどん増えてきていたので
まったく問題なく移行出来たのだけれど、
いまは、HDからSSDへの変化の時で、すぐ入手できる
店舗で売っている新品Macでは500GBが最大容量。
これでは、簡単にバックアップから復元させられないのです。
でやむなく、いまは中古のMacBook13を購入してきて、
「必要な環境だけ」復元させようとしているのですが、
どうやらバックアップ復元、そういう選択肢はないようなのです(汗)。
ふむふむ、こまったちゃんでありまして、いまも思案投げ首中。
中古の方のHDを1TBのものに換装させるしかなさそうであります。
って、まだまだ紆余曲折が続きそう・・・。
ちなみにこのブログ更新は、何回も再起動させている内に
機嫌が良くなったトラブルマシンからアップしています(笑)。
でもたぶん、すぐに症状は再発してくるでしょう。
すばらしい「文化の日」を贈ってくれてありがとう、Appleさん(泣)。
Posted on 11月 3rd, 2015 by 三木 奎吾
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現代の生活というものを日本人の歴史のなかで考えるとき、
いちばん特徴的なコトって、わたしは「無縁性」ではないかと思います。
江戸や戦前までの日本では、強い「地域の結びつき」というものがあり、
その「繭」のようななかで個人は生きてきた。
家というのは、まず存続ということが最優先された法人のような存在であり、
また村落社会、町中でも強い地縁関係が個人に優先されていた。
それに対して、戦後からの現代社会は、
世界の中でも最先端的な「工業化社会」が出現し、
それまでの農村にしばられていた人々、次男三男という存在が
大都会で都市生活者になり、故郷から切り離された個人として
法人たる企業のなかで生きていくことが一般的になった。
そこでは強い地縁性は消え去り、擬制的な「職縁」社会が生まれた。
高度成長期までは、企業統治に於いてこの職縁が強調されたけれど、
それもまた徐々に希薄になり、また企業人たちもそういう
重い関係性にしばられたくないと思うようになった。
そして地域からも、職場からも、「無縁」な社会が広がってきて
そういった象徴として、東京という大都会で無縁社会が成立した。
一方で、北海道を考えるとき、
この「無縁性」は、日本で最も早く、開拓の時から始まっていると思う。
わたしの祖父母の代、大正初期では、
北海道に来るということは故郷を喪失した人々が、
この地に流れ着く、というパターンが一般的だった。
それでも流れ着くアテとして、同郷者の地縁性は当初はあったけれど、
その後、北海道内での生活の流動性が始まると
ほぼそういった地縁性はなくなっていった。
明治の頃から、北海道はそういった地域だったのだろうと思う。
強い「地域社会」的なつながりがきわめてまばらな地域として
東京も、北海道も類似性は高いと思っている。
東京は過密で、北海道はゆったりとしている、という違いのみ。
住宅のデザイン性で考えると
地域との連関性というものが、もっとも希薄な家計画が、
この両地域で共通しているのではないかと思っている。
そして北海道では、住宅の性能を追求する中で
家づくりでは、日本の中央文化とは「無縁」に発展して、
ほぼ欧米スタンダードな、個人主義的な住スタイルが選択されている。
こういった自然に選択されてきた生活文化スタイルが
これからどのような方向に行くのか、
また、北海道の地域的な特徴である無縁性が
むしろほかの日本全体の中で、先進性を持っていく可能性も高い。
暮らし方のデザイン性、
これからもどんどん変化していくでしょうが、
この「無縁性」だけは、どんどん進化して行くに違いないでしょうね。
Posted on 11月 2nd, 2015 by 三木 奎吾
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さて、既報の通りのイベント、
北海道ビルダース協会主催の省エネ住宅セミナー
「北海道の省エネルギー住宅の現在とこれからの課題」
が昨日開催されました。
鎌田先生からは、北海道における高断熱高気密住宅運動の概要から始まって
今後北海道がめざすべき方向性への提起に至るまで
たいへん巨視的な視点提示をいただきました。
一方、前先生からは、
「これからの社会を担うひとびとに役立つ家づくり」を基本ポリシーとした
日本の家庭エネルギー総体のサスティナビリティの考えが開示されました。
非常に広範なテーマについて深く論及されていたので
短時間での講演のみではもったいないほどであり、
どちらも、強い感銘を受けた講演でした。
さらに北海道科学大学・福島明先生の司会によるパネルディスカッションでも
活発な意見交換が行われました。具体的なテーマでの意見交換では
たいへん実際的な技術の内容にすぐに直結していきました。
とくに蓄熱研究については今後、大きな方向性が見えてきたといえます。
北海道の今後を大きなテーマにしていましたが、
やはり北海道がリードしてきた日本全体の住宅性能向上の今後が透視できました。
また、鎌田先生からは、今後とも北海道に来られる前先生と
討論形式のイベントをやっていきたい旨の発言も飛び出しておりました。
鎌田先生も若い世代の前先生の講演内容に大いに刺激を受けられたようです。
こうした展開に、会場からは盛大な拍手が寄せられて、
この学究おふたりの研究発表が、引き続いていくことになりそうです。
3時間を超える講演会ということで、しっかり内容をまとめて
今後、誌面などで詳細にお伝えしていきたいと考えています。
またその後、懇親会でも引き続き、
ふたりの活発な意見交換が交わされていました。
鎌田先生と前先生の席近くでお話を伺っていたら、
思わぬ提案まで、鎌田先生からいただきまして、ややビックリ。
宿題をいただいた感じではありましたが、
わたしどもも、おふたりの原稿を掲載している住宅雑誌ですので
なんとかお応えしていかなければならないと考えております。
いずれにせよ、日本の住宅性能研究開発にとって
たいへん大きな活気が芽生えたような気が致します。
この動きが、やがて大きな流れになって、
いろいろなことを革新していくきっかけになるのではないかと感じました。
すでに多くの方から、この対論から刺激を受けてのいろいろな発言もありました。
両先生に、地域としての北海道として感謝したいと思います。
繰り返しますが、今後、この内容をまとめて誌面などで発表し、
同時に、全国に向けても情報発信していきたいと思います。
Posted on 11月 1st, 2015 by 三木 奎吾
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満腹、満腹・・・。
きのうは当社で恒例のランチミーティングであります。
2〜3カ月に一度、日を定めてスタッフに、
わたしの作った料理を食べて貰いながら、意見交換する、
という趣旨だったのですが、意見交換はひたすら食べ物に話題が集中する(笑)
そういった内容の濃い(笑)、ミーティングであります。
これは基本的にわたしの任務でありますので、
献立の設定、食材の手配、調理、配送などなど、あれこれやることが多い。
で、きのうは、手巻き寿司をメインに、
汁物として、スタッフから好評の「具だくさん」味噌汁、
その他、赤カブの酢漬けなどを用意した次第であります。
手巻き寿司は、調理自体は各自がするので、
「作る」手間は大幅に省けるのですが、
やはり食材のメインであるサカナは、検討を重ねた結果、
市内の面白い魚屋さんに発注しました。
これが大当たりで、まことにおいしく目にも鮮やかな新鮮魚介。
サカナの種類もきちんと手書きしてくれて、
「おお、生サンマトロに、おお、天然ブリか」などなど、
驚きのおいしさが格安予算内でゲットできました。
どうやら、これはハマったようであります。
でも一応、もしイマイチだった場合に備えて、筋子も購入して
抑えとしておきました。
そしてわたしは、まずは寿司飯であります。
きのうはスタッフが13人にわたしの14人でしたが、
それに対して用意したのは、10合の寿司飯。
(これはちょっと、少なめだったかも・・・)
わが家には5合炊きの炊飯器しかないので、
2回に分けて炊きあげて用意致しました。
もうひとつの「具たくさん味噌汁」は、
タマネギ、大根、ニンジン、こんにゃく、ゴボウ、しいたけ、などに
たっぷりと鶏モモ肉を入れて、生姜、手製のトウガラシなどで
スパイスをきかせた、ぽかぽかあったまる汁であります。

ということで、きのうは朝4時頃からこの準備で
ずっと体力を消耗し続けておりました。
なにやら、ツルの恩返しのような心境(笑)。
でも、スタッフの美味しそうな表情を見させてもらうと、
そうした疲れも一瞬で吹っ飛んで行ってくれました。
ミーティングの話題は次第に、「つぎは、なにを食べようか?」に・・・。
やっと終わったと思った次第ですが、
この恒例行事、社長の任務として永続しそうであります(笑)。
Posted on 10月 31st, 2015 by 三木 奎吾
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みなさん、「道南杉」という樹種をご存知でしょうか?
約250年前くらいと言いますから、江戸時代の中期後半ころ
松前藩時代にその周辺、北海道の渡島半島地域、道南地域に
秋田から杉が移植されたことから根付いた樹種です。
道南地域は、気候風土的にも秋田や津軽といった東北北部地域と
類縁性が高い地域で、それ以北の北海道とはやや質が違う風土。
この道南杉についても、これまでは主に本州地域に出荷され
住宅建材として活用されています。
杉は歴史的に、災害の多い日本列島での建築材として
その成長性の早さ、まっすぐに伸びる点など、建築材としての適性に優れた材。
ところが、日本的住文化のかかえる構造的欠陥「寒さ」から、
こうした民族的経験積層のある建材への郷愁よりも、
室内気候の快適範囲内への確保実現の方に、
北海道の住宅研究は、はるかに向かい、
せっかく地域に生育している材でありながら、
従来は活かされることが少なかった樹種であります。
戦後日本は貿易加工立国で、原材料を海外から仕入れて技術などの
付加価値を付け製品として出荷するという、資本主義世界システムの中での
社会構築・基本生存戦略を走ってきた結果、
身近なこうした「材」を使うよりも、海外から調達した建材を使った方が
「より安価」であるという不自然なことが、住宅市場では実現してしまった。
しかし、こうしたことが「サスティナブル」であるかどうかは自明であって
いずれ、シンプルに「地産地消」と言うことの方が合理的だという
社会が出来上がっていくとは思うのですが、
一方でそれにはタイムラグがあって、未活用なままのこうした杉資源、
それを支えてきた日本の森林事業自体の絶滅危機も迫っている。
そうしたなかで、国交省からこうした道南杉資源の活用事業が採択され、
そのお披露目として、北海道渡島総合振興局西部森林室と
札幌の住宅企業・(株)住宅企画クリエーションの共催で、
「感じる道南杉、感じる笑顔」と題した
「杉スマイルモデルハウス見学会」が開かれ、参加してきました。

一方で、このモデルハウスは、
最近ブームの傾向にある「インダストリアルデザイン」も表現したもの。
このデザインは、無垢の木材と、引き絞り用に徹した工業製品の緊張感とが
両者相まって、空間に独特の空気感を生み出そうとするもの。
ここでは、無垢の道南杉と独特の深みを感じるアイアンなどが、
面白い雰囲気を創り出していました。
なんですが、それぞれの素材使いのいちいちを楽しく取材確認していたら、
あっという間に見学時間が終了してしまって、
バスに遅刻寸前になってしまいました(笑)。ということなので、
今度じっくり見学したい旨、お伝えして帰って来なければなりませんでした。
こういう空間の雰囲気、好きな人はいるだろうなと予感を感じた次第。
ということで、いずれまた。
Posted on 10月 30th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »