
昨日、ある道内企業の社長さんと打合せ。
その会社では首都圏に出店して、そちらの売上がうなぎ上りの状況とか。
マーケッティング的なお話をさせてもらったのですが、
世田谷区に拠点を設けているとのこと。
北海道とは、顧客の注文のレベルがまったく違っている。
商品に対する知識レベルも高く、選別眼も持っている。
そのうえ、なんといっても世帯収入レベルが高く、
たった80万人の人口に対して、1万世帯以上が
世帯収入1000万円を超えるのだという。
いわゆる「富裕層」の厚みが全然違っている。
土地を持っている場合、その平均的な坪単価は300万円を超えるそうで、
その分、面積は小さめとはいっても
資産としては35坪程度で、それだけで1億を超える。
渋谷や新宿といった、なにをするにも日本一の利便性を持つ都市機能にも
電車でほんの十数分でアクセスできる。
気候は温暖であって、しかも区は大変な富裕自治体だそうで、
税金関係なども安い。
生活者の暮らし上の満足度はきわめて高く、
地域への愛着度もきわめて高い。
マーケッティング的に、費用対効果を考えれば、
もっとも魅力的なマーケットであり、企業として考えたとき
こういう地域に足場を持たなければ、今後は存続も難しくなってくる。
首都圏以外の地域との「格差」は、すさまじいレベルに達している。
北海道での仕事の常識とは、かなりかけ離れてきている。
というか、首都圏と一部地域と、それ以外の地域の
「生活実感格差」も拡大こそすれ、今後、縮小するということはないのではないか
そんなナマなお話を聞くことができました。
これからの企業経営というものを
長期的に考えたとき、こういう社会状況に対して
いい、悪いは別にして、対応を考えていかなければならない。
現実的に、首都圏とそれ以外の地方との経済格差は
もはや、調整不可能なレベルまで到達している。
暗黒の十年以降、政治的には、国家としての地域間格差調整を止めますという流れ。
というか、そういう国家論がけっこう幅を利かせてきている。
企業の側としては、対応を考えていくことになるけれど、
一市民、日本人として考えたとき、
その生まれた地域によって、すでに格差が付いているような社会は
どうなんだろうか、と思わざるを得ません。
みなさん、こういう問題、いかがお考えでしょうか?
<写真は「ゆりかもめ」からの車外風景>
Posted on 11月 27th, 2007 by replanmin
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最近では北海道の畳敷きの部屋数って、
さらに減少しているのではないか、と思われますが、
それにともなって、和風の外部装置、たとえば写真のような坪庭も
実際には大変少なくなっているだろうと思います。
この家は宮城県石巻市で、冬場、寒いけれど雪は多くはない地域。
まぁ、全国的な傾向でもあるとは思います。
確かに写真のような坪庭って、
雪がたくさん降って、しかも凍結したり
屋根からの落雪がうずたかく堆積したりした状態では
どのように保守管理すべきか、見当も付きませんよね。
丸ごと雪囲いするしかないでしょうね。
そういうメンテナンスがユーザーになかなか受け入れられない。
でもやはり、こういう坪庭って、日本人的な文化。
なんでもミニチュア化させてしまうミクロコスモスの世界とでもいえる。
石と竹、縄、植栽というような単純な構成で、
自然を取り込む感覚は、われわれの祖先の感受性の豊かさを表している。
こういう坪庭を見ていると、独特の時間が流れていて、
これは「つくばい」だと思われますが、
たとえば鹿威し、もしくは添水(そうず)と呼ばれる
水を竹に溜めて一杯になったら水を落とすと同時に音を鳴らす装置など、
まことに水と緑の豊かな国土性を表してもいる仕掛け。
一定時間を定めて水が満ちるさま、落ちるさま、
その背景の石と緑という素材感を愛でる。
こういう単純な装置で、記号のようなワンセットになっているのだと思います。
こういう文化性ってすごいものだと実感します。
なんでも矮小化させる盆栽のような文化って、
江戸期の都市生活者たちの自然への思いが生み出したものだ、
という説を聞いたことがあるのですが、
実に創造的な国民性を表現したものではないでしょうか。
暮らしを精一杯に楽しもうという思いが伝わってくるような気がします。
Posted on 11月 26th, 2007 by replanmin
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いまは日本史って、学校なんかではどのように教えているのか
とくに地域の特殊な歴史について、
どんな記述がされているのか、気になることがあります。
というのは、これまで北海道に住んでいて、
あまり、東北の歴史って、知る機会がなかったのです。
っていうか、東北の人でも地域の歴史に興味を持つ方は少ない。
そんななかで、北海道とは決定的に違うのが、
探そうとすれば、地域の歴史というのが発掘可能なかたちで残っているということ。
ほかの関東の歴史とも全然違うし、
そもそも日本全域の権力を中心にした歴史という観点ではなく、
地域ごとの発展経緯というような歴史記述って、
なかなか目にすることが少ない。
関東には関東の独自な歴史があると思うし、
その地域同士の関わり合いの歴史というのもある。
新潟から北陸にかけての地域なども、
やはり独自的歴史が流れていると感じられる。
そのそれぞれの地域で、たとえば地域の歴史って、
小学校低学年くらいで、どのように教えているのか、知りたいと思います。
そんな思いに駆られるようになったのは、
写真で見る東北中北部地域の歴史を徐々に理解するようになってから。
この地域が日本史に登場するようになるのは、
多賀城を中心とする王朝国家の奈良期くらいから。
鎮護国家の象徴として聖武天皇が
大仏造営を発願したあたりに、この地域で黄金が発見された。
このことは相当の衝撃的事態だったのだろうと思います。
大仏に金箔が貼られたり、都の建造物に金箔が使われたりした、
その現実的な基盤はこの地域の資源が日本史に影響したのだと思います。
前九年・後三年戦争とは、
そのような金の利権を狙った武家貴族・源一族の野望が発端。
その野望が現地の政治的経済的盟主であった氏族と
緊張関係を生み出し、同時にその結果に対して
王朝国家も政治的駆け引きに大いに関与したりして、
複雑な経緯をたどりながら、奥州藤原氏の覇権が成立して
一定期間の安定がもたらされる。
そして最終的に、関東武士団の非合法武力権力を政府機能にまで高めた
頼朝による、この利権と全域の掌握によって、
この東北地域の独自性は蹂躙されたのだろうと思います。
日本史の中で、頼朝の奥州制圧と、秀吉の九州制圧・関東制圧
というのが、いちばん武力鎮圧、という示威を感じさせることがら。
どうしても歴史は、権力の争奪というような政治的表現に
中心的興味がいく場合が多いと思いますが、
もうすこし、経済的な必然性にスポットを当てて見てみたいなと思う次第。
いま訪れても、この地図の中心の「奥六郡」地域は
たいへん気候も安定して、地味も豊かな地域柄。
そういうベースの上に、しかも金が算出した
そういう経済はどのようになっていたのか、
「金売り吉次」っていう存在とは、なんだったのか?
こういうあたりをもう少し掘り下げたような歴史研究、知りたいと思っております。
本日は再び、歴史大好き篇ということで。
Posted on 11月 25th, 2007 by replanmin
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写真は仙台市郊外の、というか、山形寄りの山中にある古民家内部。
次号、東北版リプランで掲載する安井設計工房さんの事例です。
こういう古民家再生の仕事というのは、
いわゆる「建築作品」としては見方が難しいのだろうと思います。
古民家再生というのは、愛着と伝統的なものへの人間性の発露の部分が大きい。
誰が見ても、こういう古民家の佇まいは圧倒的に美しいけれど、
それを「住み続けることが可能なように」再生させるのは、
そう簡単なことではない。
とくに、温熱環境を現代の考え得るもっとも良い状態まで高めて
建物を外科手術した後、さらに長い年月の時間の中に戻してやるのは
現代の建築技術自体が試されるようなテーマ。
そこには、現代の建築が求めるようなテーマ性、
「近代的自我の表現」というようなものは感受しにくい。
ただし、そういう手足を縛り込んだような状態から、
建築技術者として、もっとも良い建築としての機能性の実現と
それを可能な限り、美しく仕上げたい、という格闘がかいま見えてくる。
伝統を理解し、先人たちに深く思いをいたしながら、
しかし、最先端の技術をそこに織り込もうとする
意志の力強さというような部分が見えてくるものだと思います。
こういう工事でも絶対に手を触れられないのが、木組み部分。
木を、その特性を活かしながら交差させて、あるいは貫通させたり
あるいは組み合わせの断面を考えて構造が持つように工夫する。
丁寧に外していくと、考えられないような断面の組み合わせが表れたりするそうですが、
主体構造に関わる部分は、関与できないようです。
また、縄で緊結させている部位などは、
いったんほどくと、2度と元には戻せないと思われるので、
慎重に状態を観察して、ほぼ既存の状態を保持するのだそうです。
基本的には、大きな茅葺き屋根の耐荷重をやわらげることが、
構造への最大の延命処置と考えられると言うこと。
というようなことなのですが、
しげしげと、そのような木組みの様子を見ていると、
そういう部分に込められた建築技術者としての先人たちの仕事ぶりが
まざまざと甦ってきて、感慨が深いものがあります。
木は二酸化炭素を成長の時間の中で体内に貯え続け、
建築材料になっても、この建物のように200年以上、保持し続けてくれます。
さらに、この再生工事は、その時間を延ばして、
たぶん、100年以上の長い時間を超えて存在し続けていく。
21世紀の今日、建築が求められていることについて、
ある意味ではもっとも直接的な回答を示しているのではないか、と思われます。
Posted on 11月 24th, 2007 by replanmin
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関東以南地域では、シロアリの問題が大きな課題。
わが社に寒冷地住宅の研修に来られた鹿児島の方から、
北海道ではシロアリ、どうしていますか?
との質問を受けて、お答えに窮したことがあります。
まぁ、あんまりいないんですよね。
そういう切迫感は薄い。
これまで基礎を断熱する場合、プラスチック系の発泡断熱材を使用することが
多いのですが、それだと、シロアリの食害が見られる。
って、すごいですよね、あんな工業製品を「食べる」んですからね。
まぁ、正確には食べて消化するのではなく、
その先にあるおいしい木材を食べるために、
このプラスチックの防御壁を「突破」するということなのでしょうね。
グラスウールだとシロアリは食害を及ぼさないようなのですが、
基礎にグラスウールを使うのはこれまで保持が大変だったし、
また、吸水性の問題もあったりした。
最近ではその両方を解決するような、撥水性を高めて、ボード状にした
グラスウールボードも出てきています。
一方で、発泡プラスチック系断熱材でも、問題を解決するモノが出てきた。
このあたり、北海道では取材であまり目にしないので、
たまたま、現場で見ることができて、新鮮に感じました。
今のところ、高価なのでこの現場では、土に接する基礎下側半分に
この「防蟻の基礎断熱」を施工していました。
上半分は通常の発泡プラスチック系断熱材。違いが色でも明確。
以下はメーカーのHPより転載。
防蟻性断熱材は、発泡が困難とされていたエンジニアリング樹脂のポリカーボネートを高倍率に発泡させた商品です。優れた防蟻性や施工性はもちろんのこと、安全性や耐熱性、耐衝撃性にも優れた基礎外張りに最適な断熱材です。
ということなのだそうです。
断熱での考え方は、基礎断熱するか、それとも床下断熱するか、
ということになり、高性能住宅ではほとんどが基礎断熱が採用されます。
こうして基礎断熱が普及していくと、
温暖地でのこのような断熱材の需要が増えていくのでしょうか?
というより、メーカーが数社、こういうタイプの商品を
出荷していると言うことですから、
徐々に、高性能住宅というものが温暖地でも普及しつつある
ということを表しているのかも知れませんね。
Posted on 11月 23rd, 2007 by replanmin
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写真は先週取材訪問の石巻のお宅。
住宅の性能面でも、気取らないFFストーブでの土間蓄熱型暖房の
想像以上の心地よさにも感激だったのですが、
やはり随所に伺えた、地域に根ざした職人仕事が素晴らしかった。
ちょうど、土間の居間と、畳敷きの居間の境目あたりを
写真に納めたワケなのですが、
欄間飾り、引き戸、窓周りの内側建具など、
ぎっしりの「建具工事」オンパレード。
最近の「新建材だらけ」の住宅とはまったく違う異質な空気感。
まぁ、取材に行く住宅って、
わざわざ、住宅雑誌で取り上げるような住宅と言うことなので、
わたしなどはむしろ、こういう住宅を見る方が多いのですが、
心がけて、数多く建てられる、一般的な住宅展示場などにも行くようにはしています。
そう、みのもんたが宣伝しているようなのも含めて(笑)。
そういうものって、わかりやすく、新建材の組み合わせで作りました、っていう家。
あぁ、あぁ、っていう建材メーカー品で
交渉の結果、こういう範囲内の価格に納めています。
っていうような事情がそのまんま、住宅というモノを構成している。
実際にそういう建物を現場で造っている職人さんの仕事って
想像力を働かせようとしても難しい。
逆に、モデルハウスと銘打っているのに、
びっくりするような仕立ての悪さに遭遇することもある。
まぁ、確かに心を込めていたら、
コスト至上主義体質の中では、仕事はできないでしょうね。
写真で見るような職人仕事って、
わかりやすく、そうした「新建材集合住宅」とまったく違う。
細かい枠の組み方を見ても、それぞれ本物の素材を
手仕事で、しっかりと組み上げて仕上げている。
家って、一番大切な機能は、人間が暮らす感性の「ゆりかご」という点。
一番わかりやすいのが、子育ての場であるということ。
それは「教育」でもあると思うのですが、
その空間に人間の手仕事の味わいがあるかどうか、
結構、決定的な事柄ではないのか、と感じることが多いのです。
こうした手仕事に囲まれた空間の持つ肌触りのようなもの、
ぜひ、こういうことが理解できるような人間に育って欲しいと
親が願い、そのように意識しなければ
そうした子どもの感受性も育ちにくくなっている時代ではないでしょうか。
こういう手仕事の、地域に根ざした製造業、ものづくりが
これからもしっかりと存続していって欲しいものだと思っています。
Posted on 11月 22nd, 2007 by replanmin
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写真は先週行ってきた、新潟県上越市でのショット。
屋根の上に、あきらかに換気用と思われる小屋が乗っています。
これは地方によって、言い方が異なっていますが、
上越で呼び名を聞いたら「越屋根」と言われました。
その後、上州高崎でも同じ言い方でしたので、
まぁ、これが一般的な言い方なのでしょうね。
ただ、信州などでは「うだつ」と呼ぶのではないかと思われます。
よく、「うだつが上がる」という言い方をする場合の「うだつ」で、
家が繁栄してくると、そうやって言うのですね。
古民家などでは、屋根からいろりの煙を外に廃棄する用途だと思われます。
昔は、最初からこれを装置するのが経済的に難しくて
お金が貯まってきてから初めて開けたのでしょうか?
というものなのだそうですが、
北海道ではまず、こういうの、見たことがない。
っていうよりも、屋根自体、フラットルーフという無落雪タイプが
主流になってきているので、このように
屋根にデコレーションを加えるというような発想にいかない。
まぁ、そもそも、暖房の方式が、いきなりストーブから始まった
北海道と、その他の日本の地域、という違いなのでしょうか。
いろりによる暖房、というような考え方があった東北以南では
こういうデザインが見慣れた光景としてあったということでしょうね。
しかし、こうした地域でも一般的に建てられる住宅デザインでは
こういうタイプの屋根は採用されないケースが多いと思います。
一般的には板金屋根で、寄せ棟というスタイルが多いのではないでしょうか?
こうした「越屋根」って、むしろ北海道発祥の
高断熱高気密住宅がその南方バージョンとして、
伝統的住宅建築のひとつの手法に着目して再生させた、という面が大きい。
こうした地方では、夏期の室内にこもる熱気をどう抜いていくか、
という換気対策が、冬場の高気密住宅としての配慮以上の要素になる。
そういう問題の合理的解決策を探ったら、
伝統的なデザインにたどりついた、というところ。
単純に、どうやって開けるんだろうと疑問に思ったら、
スタッフの方が、やってくれました(右写真)。
それ用の長い棒状扱い器で、開ける。閉めるのは勢いよく閉められる。
で、網戸は外側についているので
夏場になると、ほぼ1日中開けっ放しというのが一般的使い方。
太陽光日射で床や壁、室内にこもった熱気が、
上昇気流に乗って、ここから室外に廃棄されるわけですね。
換気の問題を考えるときに、平面的に考えても実際には
それほど換気はうまくいかない、むしろ上下の関係で
空気の通り道を考える必要がある、ということのようです。
温暖化の進行という問題もありますが、
まぁ北海道では、現実的な選択肢に入ってくるとは思えませんね。
なるほど合理的、と思わせられた光景でした。
Posted on 11月 21st, 2007 by replanmin
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秋田には、秋田城はない、って変なんですけれど、
秋田城っていうのは王朝国家、古代律令制国家が
蝦夷との侵略戦争の拠点として造営したもので、
陸奥の国の「多賀城」と並んで語られるべきものなんですね。
位置も、いわゆる秋田市の中心ではなく、むしろやや北方の土崎港の近く。
こちらは近年研究が進んで、発掘や築地塀、門などの再建がなされています。
今回、見に行ってみたかったのですが、
大量の取材原稿整理の山が襲ってきて、
ホテルで、それに取り組まざるを得ず、断念。
写真は、やむなく散歩で行けた「久保田城」なのです。
といっても、この建造物は隅櫓と呼ばれる建物です。
久保田城というのは、戦国が終結して
関ヶ原で日和見な立場を取っていて、徳川家とも緊張関係だった
常陸の「佐竹家」が、左遷されるかたちで入ってきて築いた城。
なので、徳川家に対してひたすら恭順の姿勢を表現せざるを得ず、
また経済的にも厳しかったため、
本丸建築や、石垣造営をしなかった城なんですね。
家が攻め滅ぼされずに領地を得ただけで
良しとせねばならない政治的立場だったのですね。
常陸から出羽・秋田ですから、温暖な地から寒冷な地域へ、
佐竹氏としては苦難の歴史ということになるのでしょう。
それ以前の領主は安東氏。
ちょうど入れ替わるように、常陸に国替えになっている。
まぁ、そういうような経緯での江戸期のスタートになったわけです。
なので、秋田ではイマイチ、城の話題がピンと来ない。
ただし、現在の秋田市はかれら佐竹氏が街割り設計をやって築いた街。
街の中心を流れる「旭川」は、北海道から持ってきた、ワケではなく(笑)、
低湿地だったのを土地改良するために掘り割って作った川なんですね。
こんなような政治的失敗から、
佐竹氏は外交に力を入れて、江戸や京都の情勢把握に努める藩風を作ってきた。
その結果、明治の動乱では早くから官軍側に付いた。
奥羽越列藩同盟には参画せず、薩長側に付いていたんですね。
明治の初年には維新政府は、東北の首府を秋田にしようかと検討していたのだそうです。
まことに東北各地の地域的違いは
こういう歴史的な経緯が色濃く反映しているのですね。
本日は歴史雑感ということで・・・。
Posted on 11月 20th, 2007 by replanmin
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きのうは秋田にて取材、その後仙台でオープンハウスを見学後
札幌便最終でようやく還って参りました。
10日からですから丸8日間の旅程がようやく終了。
さすがに疲れがどっと襲ってくる最終便。
体に中にはため息ばかりしかない、状態でのフライト。
還ってみると札幌はうっすらと白い世界。
短時間で、日本列島半分を駆けめぐったワケですが、
さすがに日本は多様な気候風土ですね、ホント。
ただ、昨日の秋田で感じましたが、
日射の量では日本海側と、太平洋側で大きな違いがあって
どんよりと冷たいみぞれの秋田から、
曇天で寒いけれど、やや日射しが感じられる太平洋側へ出ると
やはりほっとできます。
札幌って、そういう感じ方でいえば日本海側の感じなんですが、
寒さがむしろ爽快な透明感で、湿気が雪になってしまえば、
空気感自体はからっとしてしまう、乾燥感があります。
冬場にコンクリート工事をすると、乾燥度が高い、
という地域性がありますが、北海道ではこの冬の乾燥感が特徴なのか?
どっちかというと、四季を問わずドライな空気感が高いかも知れませんね。
あくまでも感覚的なことですが・・・。
写真は岐阜県恵那市で食べたみそ煮込みうどんです。
味が濃いめなので、ごはんもいっしょというケースが多いそうですが、
北海道から来ると、塩味加減はまぁ、こんなものかなぁ、でした。
なので、ごはんはほんの少量で。
うどんのもちもち感はさすがで、ボリューム感はなかなかでした。
写真整理していたら、やはりこんな写真に目が止まって、
とりあえず、こういう雰囲気が恋しくなっているのでしょうか(笑)。
やれやれと、ひとごこちを取り戻しつつある今朝であります、ふ〜。
中身のあるブログは、申し訳ありませんが、明日以降に。
Posted on 11月 19th, 2007 by replanmin
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先日取り上げた東京ホームビルダーズショーでの展示から。
世界的に省エネルギーというテーマは関心が高く、
いかにして化石燃料や、エネルギー消費を抑えるかが、
建築に課せられた今日的な焦眉の課題。
こういう趨勢の中で、情緒的なデザインだけに
閉じこもっているような建築関係者は、まさに時代が飲み込んでいく。
とくにヨーロッパは、地球温暖化問題へのいち早い対応などでも
世界の流れのヘゲモニーを握っていると感じられます。
そうしたなかでもドイツの「断熱」への取り組みは先進的。
木造住宅の世界でも、木質系断熱材の開発では世界をリードしています。
今回の展示では、RC建築の外断熱用の断熱技術がありました。
コンクリートとガラスは20世紀を主要に規定した建築材料だと思いますが、
21世紀において、そうした建築がサスティナビリティを高めるのは
まさに、断熱技術の向上しかありえません。
このコンクリート建築でもっとも熱橋が発生しやすい部位が、
バルコニーなど、駆体からハネ出す部分。
ここの長期安定的な支持力保持のためには、どうしても
すっぽりと外側から建物をくるむ、という外断熱層が非連続になってしまう。
やむなく断熱方法としては、内側での断熱を工夫するということになる。
しかし、それでは根本的な断熱にならない。
そんな従来の問題点を解決しているのがこの技術。
特殊に開発した素材による断熱材を外側断熱層と連続するように
バルコニー部分と建築本体との中間に施工する。
この部分を頑丈なステンレス鉄筋で構造的に一体化させて
強度を確保し、同時に外断熱の連続性を実現した、というのですね。
同様の考え方のものは別にも展示されていましたが、
どちらもヨーロッパで開発された技術。
けっこうな人だかりができている展示でした。
聞いたら、ゼネコン関係などの開発者などが興味を持っているということ。
日本のゼネコンや建築研究機関って、
こういう部分では確かに先進的に技術は収集し、実験的レベルでは
びっくりするようなこともやっているのですが、
いかんせん、なぜか、実際の建築現場にそういう技術が活かされることが少ない。
こういう企業の研究者たちに熱意が足りないのか、
それとも、経営層の認識が足りないのか、現場がコスト優先体質に染め上がっているのか、
あるいはそれらの複合的な要因なのか、
まだまだ、ヨーロッパの優位性に追随しているのが現実。
たぶん、日本の建築家、意匠性だけにプライオリティを認める風潮が
こういう現実に繋がっているのだと思います。
そんななかでは、北海道の建築家グループはこういう技術にも
端的な理解と興味を示していました。
やはり、寒い地方がこの地球温暖化への対応では
リードしていかなければならないのではないか、
そんな思いが強く感じられましたね。
Posted on 11月 18th, 2007 by replanmin
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