
さて本日は、宮城県南三陸町への取材。
震災復興の状況はいろいろに情報収集していますが、
現代の課題が浮き彫りになってくるプロセスでもあります。
写真は、宮城県の住宅新築状況の活発さを対震災前と比較しての
色分け図です。ほぼ倍増近い状況で推移している。
しかし、それでも見通しとしては,10年近い年月がかかると言われている。
そしていま、指標に現れている住宅建築は、比較的に余裕のあるケースであり、
そもそも仕事のメドが立たず、生活基盤の再建に魂案を抱えている方や
敷地の状況が混迷している方たちなどが控えている状況。
亡くなられた方の残された土地の権利関係など、
きわめて難しい問題も指摘され、阪神のときとは
復興のスピードに、格段の違いがある。
そういうことなんですが、
しかし、出張は今年になって今度で6回目。
ほぼ半分以上は北海道以外で仕事をしている計算になります。
1週間にわたって札幌にいたというのは、1週のみ。
本当にスタッフの頑張りが支えてくれていると感謝しています。
また、冬の北海道の戸建て住宅に住んでいると、
除雪の問題などで、家人に多くの苦労も掛けざるを得ない。
本当にいろいろ手間を掛けることになります。
自分としては、まずなによりも体調管理をしっかりやって
迷惑を掛けないようにすることが第1と考えています。
Posted on 2月 14th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

日本の建築って、その美感の根源は屋根のラインにあると思う。
わたしは、日本という歴史時間は縄文からの10000年ではないかと思っています。
で、その歴史時間のなかで展開してきた住宅建築について
いろいろに見続けてきているのだと思います。
縄文は竪穴式住居で、その居住体験をわたしたちはずっと持ち続けていると思う。
竪穴住居はそのプロポーションで考えると
写真のような屋根のなだらかな下降線として残っているのではないか。
で、その内部で煮炊きするようになって、煙出しが必要になり、
写真のような「入母屋」形状になっていったのでしょう。
全体として、自然素材である萱などのなだらかな曲面がDNAに刷り込まれていって
屋根に「ビーナスライン」が欲しくなっていった。
どうもそんなような流れだったのではないかと推測しています。
ところが、わたしは北海道に住んでいる。
北海道の住宅がいちばん初めに日本建築を否定したのは屋根の問題から。
開拓初期、北海道に建てられた住宅は
その家系が永く住んでいたその出身地の伝統的な住宅スタイルだった。
その当時はすでに一般的に屋根には瓦が乗せられていた。
その瓦屋根が積雪・落雪・氷柱などの連鎖から一冬で見るも無惨に剥脱する。
さまざまな要因がそこにはあったのですが、
最初の結論として、屋根は瓦を止めようということになった。
そして変形屋根とかの試行錯誤を経て、
雪を乗せたままにする陸屋根、無落雪屋根が登場して
北海道の住宅風景は一変し、そして固定化されていった。
そこにはフランクロイドライト建築のような、水平ラインの美はありえるけれど、
写真のようなビーナスラインの屋根の美は消えて行ってしまった。
十数年ほど前に建築された札幌ドームでは、
逆ビーナスラインが実現しましたが、そこでもさっそく落雪によって
周辺に駐車したクルマが破損するという事態も出来した。
そういった流れで、北海道には屋根の曲線美というものは消えてしまった。
今日では、そういった北海道住宅の潔さが、
モダンデザインとして、むしろ本州地域でも広がりを持ってきている。
しかし、どうなんだろうか?
これからも行く末を注視しなければならないと思っています。
Posted on 2月 13th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

先日の東京出張の折に訪れた建物です。
自由学園の来歴は、
クリスチャンだった女性思想家の羽仁もと子と羽仁吉一の夫婦によって1921年4月15日、キリスト教精神に基づいた理想教育を実践しようと東京府北豊島郡高田町(現・豊島区)に設立された。1934年に校舎を東京府北多摩郡久留米町(現・東久留米市)に移転し、現在にいたる。
経緯はしっかり調べていませんが、
帝国ホテルの設計を依頼されたF.L.ライトさんが日本滞在中に
設計した建築として有名な建物であります。
プレーリースタイルというライトさんのオリジナリティがよく表現されています。
北海道の建築家の草分けと言われる田上義也さんも弟子のひとり。
田上義也さんの建物はよく目にする機会があり、
ごく日常的に接してきている。
なので、ライトさんのデザインははじめて見学しましたが、そのディテールは
おおむねよく目に触れているデザイン。
はじめてだけれど懐かしいというような感覚に近い。
逆に言うと、ライトさんのデザインに初めて会った気がしなかった。
子どもとよく遊んでいて、そのそっくりのお父さんに会ったような感覚。
ある種、「源流に触れる」というような感覚とも言えるのでしょうか。

こういうことって、
なかなかにいろいろなことを考えさせてくれる体験です。
そういえば田上義也さんは「えぞライト」というように愛称されていたそうです。
そのような中央に対する「鄙」の感覚って、探求の余地がある。
推測としては、中国という国民性の中心的なところに「模倣性」がありますね。
現代では、世界の有名建築がそっくりコピーされているそうです。
きっと「中華思想」の一表現形態なのではないかと思われますが、
そういったこととも通底しそうなアジア的感覚なのかも知れません。
オリジナリティということへの態度がどうも未分明のような気がする。
ただ、日本という民族歴史は受容とオリジナリティの間で揺れ続けてきた。
古くは漢字文化・律令制国家から、今日世界の西洋文明受容まで、
どんどん受容し、それへの尊崇も失わないけれど、
やがて、茶の湯のような独自文化も生み出す。
それに対して中華思想の国家たる中国は、どうも「尊崇」という態度は存在しないか、
決定的に足りないのではないかと思います。
オリジナルのデザイン世界に触れて、
そんなようなことを感じ続けておりました。
Posted on 2月 12th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

わが家は面積が異常に広い家で、86坪もあります。
別に自慢しているのではなく、以前「事務所兼用住宅」だったのが
事務所を別に建てざるを得なくなって、
勢い、その広さのまま、住宅として利用し続けてきているのです。
で、いちばん困るのが暖房問題であります。
全居室を一元的に暖房すべきなのですが、
やはり、費用の問題で個別的な対応をしてきております。
具体的には、2階3階の主要居室は温水セントラルによる床暖房を
メインにした常時暖房として、
その2階床の暖房はコンクリートスラブ面へのパイピングなので
1階の天井からもゆったりとした輻射暖房効果もある、ということで、
1階のわたしの書斎・個室については、その輻射熱も基礎的に利用して
さらに補助的暖房方式としてエアコンを使っています。
それも以前、事務所だったときに大量のコピー機やプリンター・パソコンを
使っていたので、夏期には高温になっていたことで設置したエアコンの
再活用として使っているのです。
今日の、寒冷地仕様の高効率エアコンなどではまったくありません。
その従来タイプのエアコンを常時運転させ、
おおむね21〜22℃の設定で運転させているのです。
で、このエアコンが、出張中に調子が悪くなってしまった。
わたしの留守中の大雪で、どうも室外機に大雪が積もってしまって
外気の取り込み口が雪でふさがれてカラ運転だったということ。
それもわたしの居室なので、家人が気付いたのが3日ほど前。
で、室内機のほうがランプの点滅状態で再起動させても不発。
購入してから15年近くになるので「おシャカかなぁ」という見立てでした。
しかし、おかげさまでブロック外断熱の建物なので、
居室の気温はそれほどの低下はしていない。
たぶん、非暖房状態が3日は確実だったのですが、
それでも生活に支障があることはない、20℃以上は保っていました。
しかし、長時間パソコンによるデスクワークには、やや快適性が落ちる。
しょがない買い換えるか,冬場だと安く買えるかも、と思っておりました。
札幌は北海道内では比較的に温暖に属する気候なので
寒冷地用までの重装備タイプは必要がない、という判断で
通常の家電エアコンで十分だと思っておりました。
で、家電量販店に夫婦で買い物に出掛けようとしていたのです。
しかし、時間経過をとってから、二度三度と再起動を試みていたエアコン、
きのうの夕方になって、買い物に出掛ける寸前、
再度確認してみたら、なんと通常運転しているではありませんか(笑)。
おおお、おシャカになるのはいやだと、
最後の力を振り絞ってくれたものか、感動の再起動ぶりであります。
ということで、買い換えの物入りも不用になり、
いまも元気に運転を継続しております。
効率を考えると冬場は24時間連続運転のほうがいい。
写真はこのエアコンの室外機の様子であります。
積雪の状態を確認もしていなかったのですが、設置方法にも問題があった。
やはり冬場の積雪を考えて、下駄を履かせて設置させる必要もあった。
反省しながら、その延命を喜んでいる次第であります。
Posted on 2月 11th, 2013 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

きのうは、今回の出張の最終日で
仙台市内で講演を行ってから、会合に出席し、
ようやく札幌に帰って参りました。
4泊5日で仙台〜東京〜ふたたび仙台という旅程でした。
3泊と4泊の間には、ちょっと溝があるように思いますね。
講演はリフォームと震災復興のお話しを中心に。
多くのみなさんからお声がけいただき、興味深く受け止めていただけました。
で、終わってから懇親会パーティが用意されておりまして、
どれもこれもおいしそうなお食事が出て参りました。
勝山館という仙台市内有数の老舗会館ということで、
大変豪華な食事なのですが、そのうえに楽しいゲストのショー。
ザ・ニュースペーパーさんという芸人さんたちです。
演し物は政治家パロディで
安倍晋三、オバマ大統領、通訳、谷垣禎一などなどのパロディでした。
おかしい、抱腹絶倒に笑える。
なんですが、わたし、その後に会合を控えていたので
その時間待ち合わせがあり、中座して行かなければならない予定。
おかしくて残念だし、お食事ももったいないけれど、でありました。
迫ってくる時間にせき立てられながら、でもショーもおかしいし・・・。
そのうえ、なにを思われたか知らないのですが、
どうも展開が意外な方向に向かってきて、
オバマ大統領が壇から降りてきて、一番前の席だったわたしの肩に
手を回してきて、かれから臨時の奥さん役に指名されてしまった(笑)。
おいおい、であります。
あやうくノってしまいたいのを必死に我慢して辞退。
どうも講演の様子を見ていたのでしょうか?
こいつなら漫才にも付き合いそうだと目星を付けられていたのかも。
なんですが、
せっかくの芸能界デビューのチャンスを逸してしまった次第です(笑)。
わたし、嫌いではないのです。そういうノリに任せての寸劇。
ただまぁ、オバマさんの奥さんなんてまったく知らないので
無茶振りにお応えするほどの日常的準備はない。
しかし、時間にゆとりがあれば、楽しそうだとは思っておりました。
クリントンさんの奥さん役なら、なんとかなったかも(笑)。
2〜3秒の秒殺ネタで、すっと消えるというのも悪くはなかった。
でも、きのうは秋田のローカル局でわたし、録画で出演していたので、
そういうことでは芸能的に運が向いてきているのかも知れません。
しかしまぁ、約束もありなんとか逃げまして、
ほうほうの体で、次の約束に向かわざるを得ませんでした。
でもやっぱり、やってみたかったなぁ、という心残りもある(笑)。
デビューに向けて、
日頃の準備を怠らないようにしようと思います。
Posted on 2月 10th, 2013 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

きのうも東京にいまして、
ある案件の進行状況をウオッチしながらの待機であります。
なぜかこの日は東京のビジネスホテル特異日なのか、
都内の宿泊先が混み合っていて、
川崎のホテルに宿泊しておりました。
で、前日は疲れ切っていたので、早寝して早朝に起きてひと仕事片付け、
さて、久しぶりに散歩にでも、と
思い立ったのが「川崎大師」であります。
名前だけは知っているけれど、
そしてわが家の宗旨である真言宗の開祖、空海さんの尊称が
「大師」であることも知っているけれど、
まぁ、だからといって、川崎大師にわざわざ行くと言うほどでもない(笑)。
当たり前の日本人としての一般的行動です。
なんですが、ホテルからはちょうど電車の都合もよく、
距離的にも1.5kmほどという手頃さ。
ということで、出掛けて参りました。
わたし、こういう昔からの日本人の大衆的感覚の再確認がスキ。
なんというか、日本人大衆という皮膚感覚に
まるで温泉に浸かるように「浸る」のが楽しいのですね。
予定調和への期待感というか、大衆性の再確認というか、
日本人であることの探求というか。
まぁ野次馬であることの明瞭な証拠ですね(笑)。
川崎大師というのは、平間寺というのが本名だそうであります。
以下、Wikipediaより。
平間寺(へいけんじ)は神奈川県川崎市にある真言宗智山派の大本山の寺である。川崎大師(かわさきだいし)の通称で知られる。山号は金剛山。院号は金乗院。高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつである。尊賢(そんけん)を開山、平間兼乗(ひらま かねのり)を開基とする。
1813年(文化10年)に徳川幕府第11代将軍、家斉が厄除に訪れた事から厄除け大師として広まる。 毎年の正月には初詣の参拝客で大変な賑わいとなる。2006年初詣客は272万人となり、全国3位、神奈川県1位を記録した。
当寺への参詣客を輸送する目的で1899年1月21日(初大師の縁日)に開業した大師電気鉄道は、現在の京浜急行電鉄の基となった。
で、参拝に伺ったところ、
なにやら、本堂内に十数人の方たちが座り込まれている。
気になって、お寺の方に聞いたら、朝の護摩を始めるのだそうであります。
6時半から貫首の方がお出ましになって自ら務められる。
たいへんありがたいものであることは、わたしにもわかる。
たくさんのお坊さんたちが現れて、お経を唱えます。
わが家でも法事などでお坊さんがやってくれるようなお経のようです。
で、そのうちに中央でいちばんえらい方が護摩の独特の儀式を執り行うのです。
護摩の炉に細長く切った薪木を入れて燃やし、炉中に種々の供物を投げ入れ(護摩焚き)、火の神が煙とともに供物を天上に運び、天の恩寵にあずかろうとする素朴な信仰から生まれたものである。火の中を清浄の場として仏を観想する。
<同じくWikipediaより。>
もっけの幸いであります。
ひたすら商売繁盛・家内安全を祈願しておきました。
そのうえ、終わってからはご本尊様を見せてもいただける。
なんといっても、川崎大師での体験であります。
まことにありがたい,得がたい経験をさせていただけた次第。
合掌。南無大師遍照金剛。
Posted on 2月 9th, 2013 by replanmin
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »

きのうは東京都内であちこち移動しておりました。
が、最初に行ったのは神谷町。
このあたりはあんまり地縁がなくて、東京の地理、だいたいはわかるんだけど、
まったく記憶にない場所であります。
まずは東京タワーを目印に地下鉄日比谷線の駅を下りて・・、
というところで、大音響の黒いボックスカーのみなさんと遭遇。
いきなりがなり立てて、ちょっと普通の言葉遣いではない。
これでは冷静な話し合いにはならないのでは。
で、大騒ぎなので遠巻きに見ている方に、
「これはなにかあったのですか?」と聞くと
「今日はロシアデーなんですよ」ということ。
北方領土の日ということで、まぁ北海道民としては知識はありますが、
で、ここ神谷町にロシア大使館があるのだそうで、
写真は飯倉交差点近くなのですが、
機動隊が道路を封鎖して、車両点検をしているのですね。
その間、ひっきりなしに街頭宣伝車が大音量でがなりたてている。
だいぶ昔の学生運動の様子にも似ているけれど、
まぁ、ちょっと疲れてくる。
ほうほうの体で、その場から遠ざかって目的の事務所へ向かった次第。
どうも最近の状況を見ていると
ロシアと日本、外交的には接近の雰囲気も感じられますね。
中国との三角関係的な構図を利用して
ロシアは伝統的な外交戦略を発動させようと考えていると思われます。
ただし、今次の発動方向は対中封じ込め的な方向で、
当面は日本との仲を良くしていこうと考えているようです。
そういう意味では北方領土問題の前進のチャンスではないかと。
ロシアとの協調は、日本にもいまのところはメリットが多い。
サハリンの天然ガスは、エネルギー問題的にもメリットはある。
北海道の立場からすると、
北方領土問題の前進は、地域観光資産の面でもメリットが大きい。
知床の世界自然遺産とあわせて、
相乗効果を生み出すことは明瞭だと思われます。
どうも中国は軍部の統制が不明のようで、ちょっとあやうい。
戦前の日本のように、強大化した軍事予算のなかで、
政治指導部がきちんとコントロールできているのかどうか、
どうもそれすら、あやしいと思わざるを得ない状況だと思われます。
さて、やや耳がつらかった神谷町でしたが(笑)
いっとき、世界情勢も頭をよぎった意味ではいい経験だったのでしょうか?
Posted on 2月 8th, 2013 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

きのうは、朝1番で仙台市内中心部の某事務所にてプレゼン。
それが終わったあと、当社事務所に出て事務案件を片付けたあと、
もう1件の訪問先にて打合せ。
で、それが終わってから、東京に移動いたしました。
天気予報その他では、東京も大雪になること必至というアナウンスで
たぶん、交通も乱れることを覚悟しておりました。
新幹線移動中も、継続している案件の進行をメールなどでやりとり。
その間、車窓から関東の雪の様子を眺めつつ、
不安と、逆に野次馬根性的な期待感も盛り上がっておりました。
別に雪は飽きるほど毎日見ている札幌の人間が、
東京の年に数回の雪を見物するのは、ちょっとおかしいかも知れませんが、
まぁ、後学のためにもと思っておりました。
ところが、新幹線が埼玉県大宮を過ぎるあたりから、
どうも屋根には若干の雪はあるけれど、
町の道にはあんまり白いものが見られなくなってきた。
池袋でイベント開催中なので、上野で下車したのですが、
なんのことはない、氷雨程度。
やや拍子抜けであります(笑)。
ただ、傘もささずに街を歩いていると、毛糸の帽子から氷雨が。
なんとも微妙な降り方で、傘を購入するにはやや大袈裟、
という状況でしたので、カラダは北海道にいるより寒く感じる。
その後、池袋と新橋を往復して仕事の打合せを終えて
ホテルに入ると、さすがにカラダはちょっと寒さからの疲労感。
風邪を引くわけにも行かないので、爆睡であります。
ところが、東京のホテル、なかなかエアコン暖房があったまらない。
角部屋ということもあるのですが、
壁面が冷却していて、冷輻射がきつく感じるのですね。
断熱も不足しているから、床面近くはまったくあったまらない。
頭寒足熱の真逆状態であります(笑)。
まぁ困る寒さですね。
北海道の暖かさが恋しい(笑)。
さてさて、きょうからは晴天のようで、
大雪予想、大はずれの東京、仕事をテキパキと片付けたいと思います。
あ、写真は池袋駅近くの自由学園明日館であります。
F.L.ライトの日本に残された建築です。
これについては、また今度あらためて触れます。
Posted on 2月 7th, 2013 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

きのうは仙台で会合があって、朝早く札幌を出発。
なんですが、久しぶりにまとまった積雪があって、
朝とはいっても目の覚めた3時過ぎから1時間半ほど、雪かき。
マッサージのあとの具合がよくて、
筋肉痛もやわらいだところで、助かりました。
で、その後、カミさんを起こすのも申し訳ないので
自分で朝食準備、お風呂に入浴を済ませて、
起きてきたカミさんに駅まで送ってもらって、
ということで、ひと仕事片付けた気分でありました(笑)。
で、千歳も雪の影響はなく、飛行機のフライトは順調。
仙台空港も晴天で、問題なく着陸。
ちなみに飛行時間は約1時間10分と定刻でした。
そこから仙台駅まで列車利用でありました。
各駅停車の便でしたが、仙台空港アクセス線で駅までは約26分の予定。
ということでしたが、
列車は乗客もスカスカで、快適な車内。
ところが、途中の名取駅で、どっと乗客が増えました。
アナウンスがあって、どうも「強風の影響で東北本線は運転停止中」
ということだそうで、こっちに乗客が集中したようです。
なんですが、ギュー詰めに乗ったはいいけれど、
なかなか発車しない。
わたしは座席に座っているのでいいけれど、すし詰め立ち乗りのみなさんは
大変な状況。
酸欠のような状況もあって、こっちですら息苦しい。
で、しばらくして駅構内アナウンス。
「名取ー南仙台間で強風のため、架線にビニールが付着した。その撤去作業と
安全確認作業にかかっています。
列車は、作業が終わり次第発車いたします。
ご迷惑をおかけしますが、乗車の上、お待ちください」
ということ。
初めてであります。こういう事故への遭遇。
情報は、車内と構内のアナウンスのみ。
はじめのうちはしょがないなぁというムードで、
ケータイ画面に向かって、みなさんメールなどの操作を行っておりましたが、
そのうち、電話をするひとも表れる。
聞くともなく聞こえる。
停車開始は9:30くらいでしたが、なんでも、10:00から試験開始という
受験生の方もいる。
東北本線の運休の影響で、通常10分くらいの道のりが
1時間以上かかっているのだそうです。
むむむ、同情せざるを得ない。
ただ、情報が限られているので、
頭のなかには、架線にひっかかったと言われる
ビニールの様子を想像するしかない。
普通であれば、特定できれば、数分で終わるのではないかとか妄想する。
いろいろシュミレーションを考えて、
ああでもない、こうでもないと妄想をめぐらせても、
どう考えても10分くらいでは終了するとしか思われない(笑)。
しかし、時間は15分、20分と経過していく・・・。
さすがに空気が停滞感に満ちてきて座っていても辛い。
むむむ。
っていうことで、運転再開したのは停車後、1時間くらい経過後。
でも満員電車なので、停車駅ごとにドアの開閉に手間取る。
狭いギュー詰めでの我慢大会、たっぷり味わわせてもらいました(笑)。
おかげで、連絡の予定その他、すっかり午前中はすっ飛びました。
にっくきビニールの野郎、その姿くらいは確認したかったのですが、
満員電車で見ることもできず、でありました。
なんか、波瀾万丈の出張スタートであります。ふ〜〜〜。
Posted on 2月 6th, 2013 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

ちょっとショッキングな書き方でしょうか?
あるひとから、神戸女学院大学教授の内田樹さんの言論活動のことを聞いて、
そのブログの愛読者になっております。
で、最近の氏のブログで、わたしも以前司馬遼太郎さんの書かれていた
戦前の国の滅亡への引き金になった軍部暴走の軌跡を
「統帥権干犯」問題を焦点として解き明かした文章を読んでいて、
その内容と軌を一にする内容を書かれていてその符号に内心、反応したのです。
「統帥権干犯」と言っても現代の人間にはピンと来ない話ですが、
明治憲法においては、軍事指揮権は天皇に帰属しており、
その指揮内容は、おおむね軍内部からの「上奏」「奏上」に事実上委ねられていた。
天皇は、よく「機関」であることを自覚されて権力行使されていたので、
この構図のなかでは、事実として軍部に国家意志決定のあらかたが委任されていた。
戦前の国家予算における軍事支出の割合は7割にもならんとする規模だったそうで、
もう国家は,事実上軍事独裁であった。
その軍部においては、陸軍学校での「成績」上位者が枢要の地位を占めることが
確定していたので、巨大権力に至るキャリアパスの構造が出来上がっていた。
なにやら、軍内部での人事考課には成績が最優先されていたそうです。
選挙を経た政治家たちは「腐敗している」というレッテル貼りで
マスメディアが格好の餌食にしていって、
軍部に歯向かう存在は、テロとマスコミがどんどん血祭りに上げていった。
このようなこの国の滅亡に向かったかつてのありようが、
ふたたびちょっと違う形でいま、再現されようとする空気を感じる、と
発言されていたのです。
国家の指導層は、どのように選択されねばならないか。
国の指導が「優秀である」ということはどう担保されるべきなのか。
どうも深く考えさせられる事態になってきたのではないか。
教育は現代では、人間を涵養すると言うよりも
他者との相対評価での優位を確保することが優先され、
テクニカルなものになっている。
そういった危機はたしかに進行していると深く同意せざるを得ない。
そんなおぞましさを感じた次第です。
Posted on 2月 5th, 2013 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »