
韓国人スタッフが新たに加わって、
いろいろと習慣の違いを教えられることが多くなっています。
日本という国は、北東アジアからの離脱を「脱亜入欧」という形で
この140年以上継続してきたといえる社会だということを
あらためて知らされるような思いがしてきます。
すっかり風物詩と化したかのような中国からの「爆」ツアーも
かの東アジア世界での「旧正月」がこの8日に始まったことで
それと前後して、大きな動きになっているようです。
とくに札幌は、毎年同時期に雪まつりが行われる関係で
年間で300万人近くが北海道に来てくれるきっかけになっているようです。
暦も、日本はいち早くアジア世界の常識を脱して、
太陽暦に変えたことで、新正月しか祝わない国になった。
実際に採用している暦と、旧暦が同居していて、
いろいろ不便ではなのかと思いますが、
こういった部分も、日本が経験したように変わっていくのかどうか。
で、風習としてこの旧正月を境にして、
「年を取る」ことになるのだそうで、
わが社のスタッフは、2月8日以降、本当は28歳なのが30歳になるそうです。
数えでは、生まれたとたんに1歳なので、
そういうことになるのだとか。
そうすると、2月7日に生まれた子どもは、ことしの2月8日には
もうすでに2歳という年齢になることになる。
生まれて2日で2歳だ、って、まぁいろいろ不都合が考えられる(笑)。
一方で、食べ物で言うと
お雑煮は、韓国では日本とほぼ同様なんだとか。
ただしお餅は、長くつくっておいたヤツを、
切って汁の中に入れて食べるのだそうです。
日本の場合の「のし餅」のような習慣とのこと。
やっぱり、顔かたち同様、韓国・朝鮮と日本は同じ国にならなかったことの方が
むしろちょっとした行き違いというようなことだったのかも知れません。
あ、写真はふぐ刺しでありますが、
韓国でもふぐはポピュラーな食材なんだそうであります(笑)。
今度の3月の視察ツアーが楽しみであります(笑)。
Posted on 2月 11th, 2016 by 三木 奎吾
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きのうの投稿には、多くのみなさんからの反響がいただけました。
出雲の博物館学芸員の方からも森林資源史についてのご教示もいただけました。
インターネット時代というのは、まことに素晴らしい。
SNSの広がりはたいへん大きな知の進化を生むのだと実感。
そういったなかで、やはり日本の森林の状況について
大きな危惧を多くのみなさんが持っていることが伝わってきます。
わたしたち、住宅建築に関連する人間にとって
その原材料としての日本国土の森林には思いを致さざるを得ません。
資本主義が全地球規模でその効率主義を開花させていく時代、
森林資源についても、世界的な競争原理に基づいて
原材料が、コストパフォーマンス原理で選別されることになるのは
市場圧力としては、ある意味、当然ではあります。
しかし、それによって日本の森林はコストに見合わないという理由から
森林管理もままならず、放置されることでやがて荒廃の危機に至ることも
近年の集中豪雨被害などから明らかだと思います。
適切な下草処理、間伐作業などの地道な営為がコスト面で
競争に耐えられないから,放置されると言うことは、
結果として、わたしたちの生命財産を大きく毀損させることになる。
ここは大きな「知恵」を出す必要があるのだと思います。
単純に、補助金を多く出して補助金付けの産業を生み出すという
安易な「解決法」ではない、持続可能な解決が求められている。
とはいっても、残念ながらいい考えはいまのところ、浮かんでは来ない。
そういうなかで、先日も紹介した丸谷博男さんから知らされた
オーストリア・ファールベルク州の村の例は参考になるかも。
それは、日本と同様の急斜面で
機械投入による森林管理に適していない杜を抱えている地域。
そこでは、地域でつくる公共建築を自分たちのヤマの木材資源を使うと
基本政策を決めたと言うことなのです。
この結果、人口減少地域であったものが、産業の勃興を招き
人口増加、新ビジネスの発達といった効果を生んだそうで、
いまや、20階建てのビルすら木造で建てられるという技術革新を生んだ。
先日のカナダアルバータ州でも、多層階木造技術は
いろいろに進化していたけれど、世界有数の木造技術大国日本でも
行政のなかの人々と、建築の側の人間が相呼応していけば、
こうした道は開けていくように思えます。
その萌芽や、実験的な動きはすでにあるのですから、
わたしたちは、そうした動きをサポートし、
みんなの知恵を集めていければと強く念願しています。
Posted on 2月 10th, 2016 by 三木 奎吾
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先日の丸谷博男さんの講演からの気付きで、
日本建築と、森林・木材利用の状況についての歴史的な論及がありました。
こういった「分野」というのは、どういう研究領域になるのか、
まだ未解明な分野ではないのかと思われた次第です。
日本では建築材料というのは歴史的に圧倒的に木材が使われてきた。
その材料になった木材の流通や、森林資源の状況について
歴史的にそれがどういった状況であったかを解明する分野ですね。
司馬遼太郎さんの文章で一度、
日本では大型建築と、華奢な建築とで建築文化が交互に
あらわれてくるようになっているとされて、
それは、伐採・製材加工して利用可能な地理範囲の原材料が
あるいは豊富に取れたり、一転して枯渇してしまったり、を
繰り返した結果ではないのか、と書かれていたのを読んでいました。
たしかにそれは歴史的に符合していて、
日本史では、奈良時代に木造大型建築の最盛期が一度あったが、
その後、戦国末期まで大型より美しさの方に建築の興味が移っていた。
それは森林資源を使い切って、やむなく
そういう方向に建築の志向が向かったのではないか、
とされていた記述があったのですね。
なるほど、と手を打ってその慧眼に目を見張った記憶があります。
ただ、司馬遼太郎さんは文学者であり、科学的な立場からの
こういった問題での興味・追及というのは不勉強で目にしていない。
その後、筑波大学を退官された安藤邦廣先生の講演で
戦国の大量森林資源破壊から、
京都の街再建の気運が盛り上がった当時、地理的利用可能範囲内で
建材利用できる森林資源が枯渇してしまっていた。
そこで京都町衆は、北山に森林を植林していったが、その樹種として
杉を選んだ。それは杉が短期間、30年ほどで利用可能な径にまで
成長する木材だったことによる、と論及されていました。
いわゆる北山杉の初源と言うことですね。
その植林の過程で、間引きして得られる小径木利用について
天才たる千利休は、草庵茶室を考案し積極的に利用デザインを考えた。
いわば「応急仮設住宅・戦国版」こそが京町家の原型だとされた
講演を聞いて、そうした材と建築の関係に思いを深くした次第です。
その後の、江戸の繰り返された大火と、
そこで財を成したという紀伊国屋文左衛門の故事などもあって
この基底的な事情からの分析は、非常に強い興味があります。
通史的なこの分野での研究を勉強したいと希求している次第です。
う〜〜む。
Posted on 2月 9th, 2016 by 三木 奎吾
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北海道・札幌は、雪まつりで、街中は
アジアンな人々に埋め尽くされているようであります。
先週金曜日に札幌駅に降り立ったとき、夜9時過ぎだったのですが
わたしが札幌の駅で見たどんな光景よりも多くの人並みを見ました。
「おいおい、これは新宿・東京とは言えないけど、渋谷くらいは・・・」
というような混雑状況でした。
金曜の夜というわたしの普段の生活には縁遠い時間での体験なので
ふつうでもこれくらいは人出があるものなのかも知れませんが、
まことにビックリさせられました。
田舎だと思っていた札幌がなにやら、まぶしくて・・・。
まぁ、活気に満ちていて、まことにご同慶の至りであります。
こうやって観光に見えていただいて、
また、今後とも楽しんでいただけるようにするには
北海道人は、どんなふうにお迎えできればいいのか、
さらにリピーターになっていただくためには、どんな魅力が必要なのか、
列車道中でもけっこうな人が函館や,登別などに向かってもいるワケで
オール北海道として、もっと楽しい観光はどうやったら提供できるか、
知恵を絞っていかなければなりませんね。
そんな底意ということではないのですが、
わたしたち年代では北海道のストリートアートとして
子どものころには、氷柱の鑑賞が楽しみのひとつでもあった。
この時期の「驚きの光景」として「氷柱の美」というのもあるのです。
北海道では新設住宅ではほとんど見掛けなくなってきた氷柱。
逆に海を渡って、東北の雪が多い街にはよくみかける。
たぶん、東北の街では雪と寒冷という条件が重なれば、
どんな街でも多くなるのだと思いますが、いまは青森の街が
いちばん「華やか」ではないかと思っています。
しかし、札幌ではさすがに屋根面への熱の逃げの象徴である氷柱は
住宅からは、姿を消しつつあるのであります。
姿を消しつつあること自体は、いい防寒性能の家になってきた証であり
率直に喜ばしいことなのですが、
わたしの子どもの頃には、一種のストリートアートとして、各家の
つららの表情の違いを,子どもたち同士で評論しあっていた(笑)。
いまどきでも工場群などでは、写真のような「見事な」氷柱が見られる。
あんまり楽しむゆとりは無い寒い時期の「街歩き」ではありますが、
たまには、こんな見事なヤツもあります。
危険には十分に配慮の上でですが、
自然と建物の熱的欠陥が生み出す、寒冷都市芸術でもあると思います。
ストリートアートのような「ノリ」で、楽しめなくもないのでは(笑)。
ちょっと逆説的で、無責任すぎるかなぁ・・・。
Posted on 2月 8th, 2016 by 三木 奎吾
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札幌雪まつりでごった返す札幌の街に
建築家・丸谷博男さんが来られて、表題の研究会の開催であります。
丸谷さんは東京芸大出身で、科学する建築家・奥村昭雄先生のお弟子さん。
奥村先生が太陽エネルギーを使ったパッシブな家を提起された当時、
その研究生として、自宅建築を実験台に提供された。
わたしたちとは年代も違う方なので、奥村先生は存じ上げませんが、
その薫陶を受けた丸谷さんにはいろいろと交流させていただいている。
芸大出であるけれど、さすがに科学する建築家・奥村昭雄のお弟子さんらしく
美学をベースにしながら、環境建築への志向を持っている。
そうした思いを持ちながら、日本の民家について
行動的なスタンスでひとつの運動体として「エコハウス」を
追求されてきている。
わたしたち、北海道をベースにしながら高断熱高気密運動のなかにいる
そういう立場からすると、ときにベースの違いを感じさせられますが、
その情熱にはリスペクトを感じる存在であります。
きのうの研究会は、それこそ研究会らしく、
いろいろな立場のみなさんの研究発表がうかがえて
たいへん勉強になり、かつ参考になった次第です。
以下、きのうの発表と発表者、テーマの箇条であります。
1 呼びかけ人・丸谷博男さんの趣旨説明
2 北大長野研究室・葛隆生准教授による地中熱ヒートポンプの話題
3 輻射暖冷房・クール暖のメーカー・テスクさんの発表
4 パッシブハウス基準クリアの木製窓について開発者・飯田信男さん発表
5 建築家・照井康穂さんのエクセルギー的建築環境論
6 稚内産珪藻土についての日本システム機器・関さんの紹介
7 屋根の上から、北海道の屋根板金事情について樋口建人さんの現場報告
8 (株)物林さんから 木製サッシなどのお話し
9 釧路から鶴居に居を移した建築家・柏木茂さんの分離発注システム論
10 最後に丸谷さんの「日本住宅建築歴史論」
という、まことにバラエティに富んだお話しで、これは当社のスタッフに
勉強させたかったという内容でした。
個人的には、丸谷さんの歴史論にはいろいろ突っ込みを入れたいところ(笑)
でしたが、時間の関係もあって、悶々としておりました(笑)。
それと照井さんの説明前に、「エクセルギーで考えるとわかりやすい」
という事前説明を個人的に受けていたのですが、
室内光は、いったん外部の「蓄熱装置」で受け止めて、その熱を回収してから
反射光としてだけ室内に取り入れるべきではないかという点には
たいへん強い印象と興味を持たされました。
今後、各参加発表者と、交流を深めていきたいと思います。
Posted on 2月 7th, 2016 by 三木 奎吾
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わたしの「書籍」読書習慣はいまや、まったくのKindle化。
雑誌はやはり紙の方がいろいろに優れている部分が多いと思うのですが、
「書籍」の方は、その本がKindle版になるまで、待っている状態。
ということで、先日、紙の本としてはもうボロボロになるまで
読みまくっていた「司馬遼太郎・関ヶ原」をふと思い出して
新潮文庫版のそのあまりの落丁、ボロボロぶりに、
ついに意を決して、Kindle版を購入することにいたしました。
大体、上巻と下巻はボロボロになっていながらも
見つけることが出来たのですが、中巻にいたっては、
どこをどう探しても、見つけることが出来なかったのであります。
購入したのが,学生当時のハズなので、
軽く40年以上前のこと。そこから引っ越しも9回も繰り返していますから
まぁムリもありませんね。
余談ですが引っ越しって、わたしは、生涯でここまで14回になります。
最後の引っ越しから25年以上経って、落ち着いたわけですが、
人間というのは、よく引っ越しをする動物ですね。
で、kindle版のいいところは、
電子デバイスがあれば、どこででも読書が続けていられること。
きのう、函館・青森の出張から帰還したのですが、
その間のとくに移動の汽車の中では
iPhoneでずっと読み続けられたのであります。
とくに函館から札幌までは、折からの雪まつりでの中国からの観光の
みなさんが車両の大半を占める環境の中、
まさに没入することが出来た次第であります。
で、上巻を途中で読み終わって、中巻に立ち至った次第ですが、
これがまぁ、はじめて読んでいるような新鮮なシーンの連続。
一度も読んでいないワケではないのですが、
それこそ上巻や下巻のように、一字一句まで
そのフレーズ全体を暗記しているようには
この「中巻」は、なっていないことに気付いた次第なのです。
わが家の本棚で発見できなかったのは、こういう読書体験が関係している。
「ひさしぶりに関ヶ原、読んでみっか。えっと、あ、このシーン」
っていうように読み始めるのが、初めのシーンの上巻と
クライマックスになっての合戦への盛り上がりの下巻にほぼ集中する。
3巻をまとめたら、なぜか手が進まないのが中巻だと。
しかし、その結果、大好きなのに新鮮という
後の祭りのおたのしみというような、無上の歓びが得られる(笑)。
「おおお、そうだった、そうだった、あ、こんなシーンもあったんだっけ!」
と、大喜びしながら、中国人のみなさんのど真ん中で
ひとりほくそ笑みながらの不気味な楽しみにどっぷりとハマっていたのであります。
関ヶ原は、政治ドラマであり恋愛ドラマであり、人間ドラマであるわけですが
読み返してみて、いまや日本の古典に属していると感じます。
そしてコマ割りされたシーンは、まるで歌舞伎の1場面のようにも思われる。
戦後という日本史の中の一時代を代表するもの。
近松門左衛門、琵琶法師といった日本人気質形成の部分にまでいたる
そんな作品性を感受させられております。
そういう楽しみも、Kindle化にはあるのだと思った次第。
Posted on 2月 6th, 2016 by 三木 奎吾
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さてきのうは青森市内での今年初めての「講演」任務でした。
写真のような催しでの講演ということで、
工務店のマーケティング的な内容でのお話し。
なんとか、無事に終了と言うことでひと安心であります。
はじめてお会いするみなさんと、いろいろな情報交換ができて、
大変有意義に過ごすことが出来ました。
写真のようなすばらしく元気のいいシメで、久しぶりの爽快感(笑)。
やっぱり威勢のいい一発芸は盛り上がりますね。
なんですが、もうすぐ北海道新幹線の開通。
何度も「津軽海峡線」にはお世話になっていた次第ですが、
これからは写真のような「函館山」の海上の景観は見られるのでしょうか?
下の写真は、開業間近の「新函館北斗駅」。

学生時代からこの函館本線、青森への道中は変遷してきた。
最初は青函連絡船での東京までの長距離移動の道中。
連絡船への乗り換えには、なぜか、早足から駆け足になっていた(笑)。
知らず知らずに「いい座席」を確保しようという心理が働くものか、
荷物を抱えながら、ドタドタと走り込んでいた。
ここ10年ほどは青森での仕事が増えてきたので、
札幌から青森までの往復というのが、2カ月に1度くらいの割りで発生。
ほかの東北の各地には仙台から向かうケースが多いけれど、
青森は鉄道移動が多くなっていた。
移動コストのこともあるけれど、なぜか学生時代以来の
鉄路移動への愛着がどこかの深層心理に残っているのだと思う。
修学旅行などで東京から関西方面へ、
「新幹線」にはじめて乗ったのだけれど、そのこと自体も
旅の目当てでもあったと思います。
それが、函館までとはいえ、ついに北海道まで新幹線が伸びてくる。
まさに隔世の感、ひとしおでありますね。
でも、そういう進歩の影で、
鉄道料金は、青森ー函館間が1.5倍程度の値上がりになる。
新幹線はいいけれど、鉄路移動は独占なので
ユーザー側からすると、コストがだんだん見合わなくなってきている。
札幌ー中部国際が片道6500円程度で済む時代に
予想される札幌ー東京の新幹線料金が30,000円近くなるというのは
はたして、適性であるのかどうか、
競争原理をもっと働かせる工夫はないものかと思ってしまいますね。
Posted on 2月 5th, 2016 by 三木 奎吾
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2日間、工務店グループ・アース21の道南例会に参加したあと、
きのう午後には行動を別にして、いまは青森です。
写真は一昨日見学して来た木材製材工場・ハルキさんの様子。
たくさんの製材プロセスなどを見学していたのですが、
だんだんとその背景である工場の建物群に目が行き始めてしまった(笑)。
木材の製材には広大なストックヤードや加工のためのスペースが必要。
それらを経営効率よく建築していかなければならない。
そこには「遊び」の要素などは入り込む余裕はない・・・、
って思っていましたが、しかしあにはからんや、
建物としてみているウチに、その「清々しさ」に目からウロコの思い。
とにかく、雨露をしのぐという基本の性能確保を
どうやったら、いちばん効率的に、小コストで実現するのか、
徹底的にムダをそぎ落とした解を求めている姿に感動であります。
わたしは文系の人間なので、こうした様子を見ていても
構造力学的な解析力はありませんが、
しかし、ほとんどのムダがなく合目的的な建築であろうことは
きわめてわかりやすく「伝わって」くるもの。
そしてなおかつ、そうした姿というものが、
むしろ清々しい美を生み出すことにも、発見の面白さを感じた。
「いいじゃないか、これで」という笑いが自然に込み上げてくる。
屋根を掛けるのに、必要最小限で工夫すると
この程度の重力対応が必要なのだとスケルトンに伝わってくる。
その「スケスケ」な表れようが、なかなかに「クール」だと。
また、木材を外気で自然乾燥させて保管するのに
柱を立てて屋根だけを掛けて持たせるのに
その保管する木材にも、「安定」の役割を持たせているかのような
こういった工夫には、ミニマリズム的なデザインセンスを感じて
面白く、ワクワクさせられていた次第であります。
Posted on 2月 4th, 2016 by 三木 奎吾
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さて、きのう朝から北海道の工務店グループ・アース21の例会参加。
今回は北海道内でもいちばん南の端っこ、
函館での開催ということで、北海道各地から「南千歳」駅前に集合して
そこからなんとバスを仕立てて、函館までのツアーであります。
そうなると、さっそく座席の近くに陣取ったみなさんとの
「濃厚」な情報交換会が展開致します。
何十年も交友を積み重ねてきているので、
どんなみなさんともすぐにいろいろと突っ込んだお話が展開する。
まことにこういう情報交換は貴重であります。
で、きのうはそこから製材工場や住宅の見学4〜5件のあと、
湯の川温泉での裸の付き合い(笑)、懇親会、2次会と
都合12時間くらいの徹底的情報交換会なのであります。
住宅事業者ばかりの情報交換会なので、
興味分野はおのずと集中的に職業分野に集まってくるので、
どんどんと深掘りされたテーマに話題が深まっていく。
適当な混ぜっ返しがいろいろとあって、
正論、反論、喧々ガクガク、世論動向の概略がおぼろげに見えてくる。
こういった業界での情報交換機会は、とくに北海道の工務店グループは
その運営スタイルでの進化・深化ぶりが際だっている。
長年、やっていると言うことが大きいけれど、
まさに「ホンネ」が縦横無尽に飛び交って、まことに痛快であります。
きのうもいろいろなキーワードが開示されていまして、
盛り上がったついでに
「三木さん、この件について世論を盛り上げましょう」などと
勝手に決めつけて、任務を振ってこられたりする(笑)。
混沌とした状況なので、翌朝「あれはなんでしたっけ」というケースも多い。
まぁ都合良く忘却しながら、中身の濃い議論を体感できるの。
ということで、本日も引き続き半日、
発表を傾聴して、それへの徹底的討論が展開されるわけです。
まことに、貴重な情報交換であります。
写真はきのう、函館市内でみかけた「パクリ」ラーメン店。
この「バスラーメン」というのは、海を渡って対岸の青森・五所川原で
わたし、十年前くらいに遭遇しております。
その手法を真似て、よりキッチュに進化させた営業スタイルかも。
ちょっと宿からは遠かったので、味は試しておりません。
ちょっとからかってみたくなるお店だと思いましたが、さて・・・。
Posted on 2月 3rd, 2016 by 三木 奎吾
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写真は25年前のわが家新築当時の写真。
建物は周辺環境を「読み取って」家の中からどんなふうに景観を取り込むか、
そういった要素が、窓の設計には欠かせないだろうと思います。
この要素は、伝統建築群での「借景」という思想を生んだりしてきた。
現代では透明なガラスで風景を切り取るけれど、
伝統的建築では、柱と柱の間隔の「間」の「戸」で
たとえば庭景観を切り取っていた。
京都に残る伝統的建築などでは
築地塀で見たくない景色は遮断し、見たいものだけを切り取った
そういったビジュアルの「仕掛け」を考えるのが一般的。
それに対して,現代の庶民は、敵わぬまでも「借景」で豊かな環境景観を
切り取りたいと考える。まぁ当然ですね。
わが家ではその額縁として「木製3重ガラス入りサッシ」を嵌め込んだ。
その当時には「透明な壁」という感覚も感じていた。
新築当時は、ごらんのように隣家には豊かな庭木の森があって、
1階の窓からは、こんな景色が見渡せていた。
設計者がしつらえてくれた窓と、自分の家のアプローチの木組みとが、
この緑とのコントラストを形成していて、たのしい景色だった。
窓を、ある意識を持って開いて行くという建築の「空間体験」が
こんなかたちで明瞭に体験できて、毎日の暮らしが彩りを持った。
しかし、こういう視覚のピンナップは、もちろん
自分には決定権のない、隣家という他者の自由意志のもとにある。
借景、というものが自由主義社会的な環境要因のなかにある。
これもまたきわめて当然であり、
そういった相互の関係性を尊重しあって、都市生活は成り立っている。
わが家の場合、この「眺望」は数年でうたかたのように消え去ることになった。
一抹のさみしさは感じたけれど、それは当然と考えた。
むしろ、いっときでもこうした景観を感受できていたことに感謝した。
まぁ「眺望」というもの。
しかし、この「眺望」というものに権利意識を持つ人というのもいる。
そういう権利意識は、他者の自由意志の尊重という部分で
さてどうなんだろうかと、いつも考えさせられるものがある。
たぶん、都市生活では他者はつねに流動的判断を下してくるものであり、
それを尊重した上で、自分の感受性というものも制約条件を受けるもの。
そういった前提条件を受け入れたくないというのは、
やはりちょっとムリがあるのではないかと思います。
しかしそういう前提条件を受け入れつつ、では環境が変化したときに
どう対応するように自分の側で考えておくか、
窓をどう考えてつくるか、開けるのか。
むしろそういった「面白み」というものもあるのかも知れませんね。
Posted on 2月 2nd, 2016 by 三木 奎吾
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