
昨日紹介した世界遺産・中城城趾から車で5分ほどのところに
沖縄で一番ポピュラーな古民家、中村家があります。
わたし、今回で2回目の訪問になるのですが
前回は中城との関係とか全然知らず、一般的な民家住宅と思っていました。
ところが、すこしゆっくり訪問できた今回はいろいろな知識を得ることができました。
この家をはじめて建てた中村家初代の方は、
琉球王朝に連なる護佐丸という武将の建築的な師匠として
活躍された方のようなのです。
護佐丸というひとは琉球の戦国期にその築城術で知られたそうで
建築土木が得意であった、ということなのですよ。
日本でも、秀吉や加藤清正などを見れば、建築土木は深く戦争技術と
結びつきながら発展してきたことがわかります。
秀吉の「高松城水攻め」などの故事を見ればわかりますよね。
そういう知識を持って見れば、この中村家住宅は
琉球近世に活躍した建築家の住宅といえるわけですね。
もちろん、建築家とはいっても、現代のように個人主義とか自我の表現
というようなテーマを持って家を造ったりはしないでしょう。が、
はるかに伝わってくるそういう感性のようなものが
やはり多くの人たちを魅了し続けた部分はあるのでしょう。
だから、沖縄随一の古民家として永く愛されてきたのだろうと思います。
外観写真は、いわゆる建築のプロポーション全景としては
撮影できません。というか、塀で区切られた空間全域が住宅空間なので
塀と福木と一部屋根瓦が望める左側の写真が
この建物の外観と言うことになるのだと思います。
右側が間取り図・平面図。
塀を抜けて、沖縄住宅をあらわす「ヒンプン」という外部の衝立みたいなものを
回り込みます。右側がハレの動線で、右手の離れのような客間棟と
正面に主屋を望む広場のような中庭に出ます。
一方、左手に回り込むと家畜小屋・井戸や台所など
主に家事を行うために展開するであろう、ケの日常的動線の空間が広がっています。
って、なんだかリプランの取材記事を書いているようですね(笑)
でも、住んでいた人の人格的な素描が得られると
俄然、生活や息づかいのようなものまで
匂い立って感じられてくる部分もあるんですよね。
何回かに分けて、この住宅をご紹介していきたいと思いますので
すいません、きょうはここまで。
ブログにしては、突っ込みすぎている内容かも知れませんが
やっぱ、住宅だと面白くなって来ちゃいまして、
どうぞ、おつきあい願えればと思います(笑)。では、またあした。
Posted on 3月 15th, 2006 by replanmin
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さて沖縄シリーズ、きのうはやや社会ネタで、皮肉気味でしたが、
きょうは少し歴史教養系ネタということで。
行ってきました。
これも気になっていた、「中城」〜なかぐすく〜城跡。世界遺産なんです。
あんまり知識がなかった分、現地で見て、もうぶったまげましたね。
一目見た感じは、南米なんかのインカとか、マヤの遺跡と通じた感じ。
同じように石積みしているからそう感じるのでしょうか。
石積み技術の圧倒的な歴史的蓄積を感じますね。
日本に開国を迫ったアメリカのペリーさんは
そのまえに沖縄を「訪れて」いて、この城を見て、とくに真ん中のアーチの門を見て
その建築土木技術水準の高さに驚嘆したのだそうです。
詳細な報告文を書いているそうです。
遙かな後年、アメリカが沖縄を攻撃した時期、
当時町役場が置かれていたこの城の建物や、その資料が
米軍に接収され、その技術が利用されると困るという狭小な考えから
軍国日本国家により貴重な資料もろとも放火され、灰燼に帰したそうです。
なんともまぁ、バカ極まりないことをしたものですよね。
しかし、木造の城郭建築は焼失しても、
炭素年代の永続性があるこの石積み構造群は、
この遺跡の価値を十分に伝えてくれます。
琉球王国は歴史的に中国との交易で栄えた貿易立国国家だったのですね。
その王様とは要するに商人的な存在だったのでしょう。
その富と力は、こうした大土木技術を発達させるだけのものを持っていたのです。
最近、与那国島沖の海底に発見された海底遺跡も、
その構造は、この中城とよく似た構造を持っているといわれています。
太古の昔から、琉球は、その地理的な位置から
こうした建築的文化を連綿と保持するような歴史年代を過ごしてきた、
誇り高い地域・国家だったのでしょうね。
一番高台の丘陵城からは、東シナ海と太平洋が一望され
ここが確かに軍事的にも、琉球にとって要となる要衝・要塞だったことは、まさに明確でした。
あした以降、ご紹介したいと思っている「中村家」住宅も、すぐ近く。
この城の城主に請われた建築技術を持った、中村家初代が建てた家なんだそうです。
ようするに昔の「建築家住宅」のようなんですよね。
ということで興味深い、沖縄シリーズ、もうすこし続けたいと思います。
Posted on 3月 14th, 2006 by replanmin
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前から気になっていたので、今回沖縄の芸能を見てみようと
くだんの国立劇場おきなわ、行ってみました。
沖縄って、那覇周辺では街と街がほとんど繋がっていて、この建物は
浦添にありますが、那覇市内から3km程度の臨海地帯にあります。
なんで、国立劇場が沖縄にもあるんだろうと不思議だったのですが
やっぱ、建設当時から物議を醸しているそうで、
鈴木宗男さんが沖縄担当大臣だったころに計画決定されたものなんだそうですね・・・
やれやれ・・・。確かにきれい事の部分では、沖縄は本土とは違う
異文化を持った地域であり、唯一太平洋戦争の戦場にさせられた地域であるので
日本国家は、その償いをしなければならない、のは理解はできる。
しかし、この建物の異様な立派さを見ると
ちょっと、文化とかとはまったく異質な決定プロセスだったことは直感できる。
国の税金をこういうふうにふんだんに浪費させて、建築業者を潤わせるのが
目的だった、といわれても確かに違和感はない。
非常に空虚な感じがする。 さて、存続できていくのでしょうか?
組踊という伝統芸能が沖縄にはあり、その存続がこの建築の主要目的なのですが
ちょうど行った日に上演されていた演目にはありませんでした。
東京の国立劇場は、ほぼ毎日なにがしか、上演されていて
充実した古典芸能の動きを実感できますが、さてここではどうなるのかなぁ。
スケジュールを見るとようやく週末ごとに1日1回の演目があげられていました。
ハードの建物には大量の税金は投入された。
それはまぁいいとして、その後、維持していくソフト・芸能への
大衆レベルでの支えるパワーというのは、どうなのでしょうか?
器ができれば芸能が存続していくというのは、ちょっと無理がある。
建物ができてしまった以上、こういうソフトに
ずっと税金を投入して、存続させていくしか、道はないのでしょう。
さてそういう環境の中で、面白さとか人気とかの、大衆に依拠しなければ存続不能な
「芸能」というものが永続可能なものなのか?
役者さんたちは頑張っていると思われたし、
独特の沖縄言葉で展開する沖縄芝居・ドラマはそれぞれに面白かったのだけれど
ちょっと複雑な気分で見終えた、というのが実感でした。
Posted on 3月 13th, 2006 by replanmin
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昨日、朝1番のフライトで東京羽田を経由して
沖縄に来ております。那覇直行便はJALで1本、10:50分頃があるだけ。
乗り継いで来ると、朝7:50発から、到着が12:40分でした。
家族の用事で来たんですけど、まぁ遠いけど、楽しいフライト。
小雪が舞い散る札幌から、一気に様々な花の香りがいっぱいの
むせかえるような春から初夏の沖縄。
すっかり血の巡りもよくなって、オリオンビールがうまい。
いいですよね、南国の空気って。ここにいるだけで癒されるものがある。
って、旅行者の勝手な思いこみなんでしょうか?
でも島の人って、すこしのんびりしたところがあって、
ゆったりした気分にさせてくれる部分が、ありますよね。
沖縄の食べ物って、いままであまりおいしいなぁ、っていうの食べていなかったので
今回はすこしディープ目に沖縄料理の店、さがそうとしております。
で、そんな目に飛び込んできたのが昼に食べた沖縄そばの店。
国際通りのはずれ、くらいの位置。まだ地理はよくわかんないので、ごめんなさい。
レンタカーを走らせていて、車窓越しに見た店の外観で
お、これは、と思えた店でした。即、駐車場を探して行ってみた次第。
昼と夜の2毛作営業のようですが、ぎりぎり間に合ってそばを。
ほえ〜、といううまさ。
腰がしっかりした麺、あっさりして薄味だけれど、濃厚なうまみのある汁。
麺は胚芽すば、という名のとおり。スープは鶏と豚でしっかりしておりました。
夜も楽しみにしていたので、軽く食べたのですが
一気にスープを全部飲み干す、予想を遙かに超えるメチャ旨さ。
沖縄では写真のように「すば」っていうようです。
夕方のための仕込みに忙しい中、変な時間に行ったのに
そばを振る舞っていただいた店主さん、ホントおいしかったです、ごちそうさま。
さてさて、今回の道中はどんなことになりますか?
っていっても、13日には帰るので、トンボ帰りですけれども、
せいぜいおいしいものを探してみたいと思っています。
Posted on 3月 12th, 2006 by replanmin
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雑誌の編集作業、っていうのは根気の作業。
3月25日北海道版、4月15日東北版発売というスケジュールの今の時期は、
企画段階・取材段階から行ってきた作業が煮詰まり、団子になって
スタッフに襲いかかってくる時期。
朝から晩まで、根気よく少しずつ編集・制作作業がつづきます。
取材や企画の段階では、わたしにもすこしは出番がありますが、
この時期になったら、わたしの役目はスタッフの応援係。
って、実は足の引っ張り役だという説もある(笑)
普段はとっても優しく接してくれるみなさんですが、
(って書いておかないと、あとでどうなるか、ですので表現、ご理解下さい)
この時期には、感謝の気持ちをわかりやすい形にしてあげる必要があります。
前は、ってスタッフの数が少なかった頃にはですが、
ときどきおにぎり握ったり
カレーを作ってごちそうしたりしていましたが
さすがに人数が増えてくると、そうはいきませんねぇ。
そこで最近は、ひたすらごらんのような「駄菓子たくさん」作戦でいっています。
駄菓子って、最近は全国ほぼ同じとお思いでしょうが、
案外地方色もありまして、わたし、札幌育ちにはなつかしい「坂ビスケット」製品もあります。
塩味ビスケットでアルファベットの形をした通称「英字のビスケット」。
子ども時代を思い出す「ラインサンド」。って、これはクリームがビスケットに挟まれているんですよ。
その他、つい酒に手が伸びちゃいそうな、
魚の薫製製品も北海道オリジナルがいっぱい。
もちろん、大手メーカーの大量生産品も悪くはありませんが
こういう地方メーカーの駄菓子、稀少価値的にマニアックに流通するんじゃなく、
ごく普通のスーパーマーケットで購入できるって、いいことだなぁっておもいます。
札幌のお菓子メーカーって言うと、いまはサッカーに入れ込んでいる
石屋製菓さんが有名ですが、わたしたちのような札幌っ子にしてみると
札幌らしいこういう駄菓子の類の方が、懐かしく思えますね。
ってことで、ポリポリ。 あ〜、昔を思い出すなぁ、この味。
Posted on 3月 11th, 2006 by replanmin
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さっすがに、つかれておりました。
1月から3月はじめまで、いろいろもろもろ仕事が団子の状態で
まぁろくに日曜というのがない状態で、あっちこっちと
出張も、たしか飛行機の搭乗がこの間で20回。
ほぼ3日に1回は飛行機で移動しています。その間、自動車移動計り知れず。
こういうときにはなんといっても温泉でゆっくりしたい。
ですが、時間は全くないしひとり旅、ということで仙台で日帰り温泉へ。
秋保のいちばん奥にある、市太郎の湯という日帰り温泉に行ってきました。
前にも一度行ったことがありまして、けっこう疲れが取れた記憶があったのですね。
で、取材のあと、いそいそと行って参りました。仙台の部屋から約10分かな。
っていっても、大急ぎでして、夕方5時にやっと着いて、30分でお仕舞いという切なさ。
本当は5:00までだそうですが、延長してくれたのかなぁ?
でもまぁ、サウナがあるでもない、しごくまっとうなお湯だけなので
まぁ、そこそこ入浴できまして、
それでゆっくり寝て起きると、ふしぎなほど疲れが飛んでおりました。
温浴効果は当然ですが、なかなかいいお湯のようです。
お風呂といえば、北海道ではなんといっても登別ですけれど・・・
まぁ、郷に入らば郷に従え。近場にこういういい湯もあるんですよね。
泉質って、きっと相性ってのも、あることと思います。
わたしの場合、すこぶる付きで元気になりましたです。
おかげさまで疲れ切ったこころがやや持ち直しまして、
やる気が持続できて、ようやく仕事一段落。
今週火曜日からは、ひさしぶりに札幌のオフィスでゆとりをもって仕事に向かっております。
市太郎の湯、日帰り専門で、まわりには天守閣自然公園っていう公園もあり。
軽い軽食食堂もあって、気軽な家族連れに最適。
大人入浴料、700円。露天と内風呂。
もちろん露天・内湯ともに加温されているので、お湯は軽く塩素が混入され、循環されている。
泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉 低張性弱アルカリ性温泉
源泉:天守閣4号泉 35.8℃ pH8.0
11:00〜17:00までのオープン。ひのき造りの浴室と露天風呂で檜の香りが。
お風呂からは、外の山が見えて景色も最高。野趣がある。
湯船は10人も入ったら満杯というこぢんまりした温泉です。
秋保温泉街の、いっちばん奥。この先には道もないのでわかりやすい。
ということで、わたしは、えがった、でした。ではでは。
Posted on 3月 10th, 2006 by replanmin
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さて、こういう古民家の場合、いちばん大きな欠点は
ほとんどが寄せ棟の大屋根が特徴で
室内への採光が十分には取れていない、という点。
間取り的に大きく、2階などを造作している場合も多いので
1階の外部に面した部分は思いっきり明るいのですが
奥まった部屋や、小屋裏部屋など、どうしても暗くなってしまうのですね。
こういう建物に、後付で電気が入っていった時代、近代文明というものが
非常に明快に多くの人に、よきものとして受け入れられたのは自然ですね。
こういう点を改善する方法として、現代の住宅技術では
天窓の取り付けという手段があります。
傾斜屋根に沿って、防水もしっかり取れる採光窓が可能なのです。
とはいえ、既存の屋根の素材であるとかによって
作業は慎重に行われる必要があります。
この家の屋根は、陶器製の瓦ではなく、瓦風の板金という変わったものでした。
現在はほとんど見かけなくなったけれど、昔、こういうのが一世を風靡したのだそうです。
瓦のようなデザインで、板金なので重量も軽くていい、と
受け入れられていたのでしょうね。
まさに住宅建築の歴史を追体験できます。
基本的な住宅デザインはそのままで高性能化する、という今回の改造、
こうした部分ももちろん、そのままでリフォームします。
水じまいにしっかり配慮しながら、写真右側のように
屋根の上側を少し工夫しながら、屋根をはめ込んでいきます。
こうした上で防水し、板金処理していくわけです。
窓の位置は、室内の必要採光場所を計算しながら、開けていきます。
いろいろな時代の変遷がひとつの建物にいっぱい詰め込まれていて
そこにまた、現代の最新の技術が注ぎ込まれていく、
そして古民家が、ふたたび力強く再生され、次の時代までひきつがれていく。
非常に興味深く、また建築技術の側面から考えても
思いの尽きない建物になっていきますね。
きっとまた数十年後にも、こういう再生工事が行われるかも知れません。
そのときに、その時代の建築技術者のひとたちが
またその時代の先端技術を加えて、さらに長い年月を
重ねていって欲しいものと、思いますね。
そのためにも、いま私たちの時代が持っている技術を
しっかり多くのビルダーさんが、獲得して欲しいものだと念願します。
Posted on 3月 9th, 2006 by replanmin
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きのうの写真のように床面の断熱気密化後、
室内側では、構造材の間にグラスウールを充填し、ビニールシートで
気密層を連続させる工事を行います。
もちろん床面の気密層とも連続させて、一体の気密層を形成させるのです。
断熱材の外側には防湿シートが張り込まれ、通気層確保のための
胴縁材が止められて、外装材の受け材としても機能します。
こうすることで、室内の微気候がコントロール可能な状態になります。
この古民家では、再生後、気密測定したところ
1.5cm2/m2という気密レベルになっていました。
3地域(全国を5つの性能レベルに仕分ける国交省が定めた基準)としては
たいへん優秀な高断熱高気密住宅にできたわけですね。
基本的な性能向上のための工事は、ここで完成し
再生工事としては、このあとは内装・外装の仕上げ工事になります。
また、ここでは採光の確保のためにいくつかの天窓を開口させる工事を
行っています。(これはあした、掲載します)
この住宅の工事の模様や、完成後のみごとなインテリア空間の写真などは
4月15日発売のリプラン東北版で、掲載する予定です。
ぜひご覧いただけたらと思います。
って、完全に雑誌セールスモードであること、お詫びいたします(笑)。
でも、こういう基本的な高断熱高気密のスタイルで
古民家を再生できたという事例はすばらしいと思います。
きっと、みなさんのお住まいの地域でもよく見かけるような
古くから存在している地域のランドマークの古民家が
現代の最高水準の居住環境を実現して、
次の時代に受け継がれる、ということなんですよね。
ただし、こうした断熱気密のきちんとした工事ができなければならない。
そういう気概を持った地域の工務店・ビルダーが不可欠です。
わたしのブログ、まぁほとんど書き込みもいただけない地味なものなんですが
おかげさまで楽しみに見ている方もいるようです。
昨日、福島県会津から4名の工務店の方が来られ、
って、ちょうど建材屋さんの商品展示会に来たついでに寄っていただけたのですが・・。
うれしかったです。
ご期待に添えるように、継続しかありませんので、
がんばって、「毎日更新」続けていきます、ご愛読よろしく。
Posted on 3月 8th, 2006 by replanmin
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さて、前日までに触れたような構造の再構築が済んだあと、
本格的に断熱・気密化という現代建築技術のカナメの処理工程になります。
しかし、構造が一度あらわにされた状態になっていて
この手順ならば、現代のやりかたがきちんと出来るようになります。
お話を聞きながら、よく手順も考えられた再生工事だなぁ、と納得した次第です。
きょう、写真でご紹介するのは床面の断熱の様子。
古い構造材料や、新しく補強された床構造材のあいだにグラスウールが充填されています。
このグラスウールの下側には、防湿通風シートが敷き込まれています。
また、右側の写真のように、グラスウールの上側、室内の床側には
気密のためのビニールシートが張り込まれています。
壁への床面の立ち上がり部分など、このビニールシートの連続的な処理がなされます。
既存状態では柱と柱のあいだは開放的な作りになっていますが
再生工事としては、増築する部分などを中心に
なるべく大きく壁面を造作することを目標にします。
グラスウール充填断熱を、ためにするように批判する人がいますが
きちんと確立された現在の仕様でおこなえば、
構造材の結露などは発生していません。
一昨年、きちんと断熱気密化された建築後7年経過した住宅の
壁面を解体して、構造材の状態をチェックするという実験を行った家がありましたが
土台の含水率が、なんと13%程度と、まったくの乾燥状態でした。
間違いのない工事をきちんと行えば
構造材が腐れるというようなことは発生しないのです。
しっかりと断熱気密処理されると、そのあとの工事工程では
なにより職人さんたちの仕事も楽になり、スムーズに進行します。
はじめて高断熱高気密の住宅を施工する大工さんたちが
家の性能を実感するのは、こうした時期なんだそうです。
Posted on 3月 7th, 2006 by replanmin
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岩手の再生住宅その2です。
写真右はジャッキアップされた本体を支える基礎工事の様子。
土間コンクリートでしっかりと作られています。
この家はやや傾斜地に建てられ、基礎の下を地下水の水道〜みずみち〜があったようです。
そうした湿気を押さえるためにも、面で土間コンクリートが打たれています。
現代の住宅建築がもっとも進化したものは、この基礎でしょうね。
というか、鉄筋コンクリートというもの。
この近代建築が発見した高い強度は、現代建築の「基礎」そのもの。
日本で言えば、それまでは住宅などでは束石が一般的。
それ以上の強度が要求された城郭建築では、大きな石を組み上げ、
粘土質の土をその間に詰め込んでしっかり固めた
「石垣」という大土木工事が必要だったのですね。
それを西欧近代が発見した、この鉄筋コンクリートが
きわめて簡便な工事で、それこそ石垣を遙かに超える基礎を実現するんですね。
すでに百年をゆうに超す時間を耐えてきたこの本体建築は
この現代技術で、さらに長期の保存の基盤を得ることが出来るわけです。
左の写真は、その基礎の上に本体が慎重におろされ
土台が緊結されはじめたところの様子です。
写真が小さいので、ややわかりにくいかと思いますが、柱や梁、土台などの構造材は
古い材料や新しい材料が混合されて使用されていきます。
最終的にインテリアとしてもあらわしにする古い構造材が主役ではあっても
その陰で、必要にして十分な構造強度は新材が支えていくことになります。
今回の再生工事でも、古い構造材を丹念に調べてみれば
何回かの時期に分けてこの建物が修復されてきたことがわかったと言うことです。
構造材の品番の印の付け方が、いくつかのパターンに分けられるのです。
具体的にわかりやすく、建築技術のリレーが、時間を超えて
職人さんたちの技として、こういうかたちで繋がっていく瞬間ですね。
そして、この家を使い、愛着を持って生きてきたひとたちの歴史が重なっていく。
古民家再生の、いちばんコアな意味合いを感じますね。
さてここから次の段階が、まさに現代住宅技術の中心である
「断熱気密化」工事が行われていくことになります。
基本構造工事と並行して、構造材の長期延命と、
同時に現代的快適生活を実現する温熱環境の工事となるわけです。
Posted on 3月 6th, 2006 by replanmin
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