
岩手県奥州市水沢での講演会の帰路、
同行の武部建設専務さんと、建築散歩して参りました。
正法寺の茅葺き屋根を見に行って、その後、
世界遺産申請している平泉にも足を伸ばしました。
でもそのあと、福島県に移動しなければならなかったのに、
っていう意味では、スケジュールは無謀に近かったですね(笑)。
でもまぁ、なかなか来られない武部さんのことも考えて
あえて、ハードスケジュールに。
「世界遺産になれるかどうか、みてやろう」みたいな意気込みが
武部さんから発せられていて、
わたしもつい引き込まれてしまっておりました。
わたしは何回か見に来ているので、どうしても好意的にしか見ることができませんが、
予断のない見方というのも重要ですよね。
なんですが、そういわれてみると、
ということで、わたしも気になる点がありましたですね。
写真は金色堂へのアプローチ画面です。
よく知られたアングルで、杉木立のなか、
たたずんでいる金色堂・覆堂の表情であります。
で、なかを見学してきたのですが、
わたしには、この覆堂がなんとも言えずさみしいものに感じられてなりませんでした。
なにがって、これってコンクリート製なんですよね。
中に収められた金色堂は、精巧な復元作業などで
平安期の工芸技術の素晴らしさ、末法思想の生々しさを今に伝える
そういう雰囲気を持っていると思います。
ところが、あまり考えていなかったのですが、
世界遺産の認可委員の立場になって考えてみると、
それを覆っている建物の方に目が行ってしまうなぁと感じた次第。
外観的には、雰囲気を壊さないようにしたものでしょうが、
木造の建築デザインをなぞるように柱や梁のような
「贋物」的な表層デザインが施されているのですね。
まぁ、単純に金色堂を保護するという機能であれば、そういうデザインの贋物さは
不必要であり、もっといえばまったくふさわしくないとも言えます。
金色堂のデザイン、そのありように敬意を持っていれば
このような安直なコンクリートデザインはありえないのではないか。
まぁ、この覆堂がたてられた時期は、そういう感覚はなく、
防御的な機能で考えた正直な結果だったのは無理からぬと思います。
しかし、ひとたび世界遺産申請をするのであれば、
こういう覆堂のありようや、中尊寺高台からみえる平泉遺跡跡地に
景観を破壊するように建設されたバイパスなど、
コンクリート建造物への無自覚な開発姿勢というものは、
世界遺産にふさわしいものかどうか、
評価員にけっしていい印象を与えられないのではないでしょうか。
どうもそのように見直してみている自分がおりました。
少なくとも覆堂、大型木造建築として再建できないものでしょうかね。
できれば、「東北らしさ」を表現する大建築コンペとして
やれないものか、と夢想が膨らんでおりました。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 1月 26th, 2010 by replanmin
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つかの間、札幌にいられたのですが、
本日早朝から名古屋に向かいます。
そのまま、本州中部地域から関東、東北というかたちで行脚します。
結局その用意と、講演で2日間費やされました。
で、なぜか、本日のお題は屏風です。
まぁ、なんの脈絡もありません(笑)。
でも、なぜか屏風というものに惹かれる部分があります。
とはいっても自分で所有したいというものではありません。
わたしの一番好きな絵画は、俵屋宗達の「風神雷神」なのですが、
これは金地に描かれた屏風絵なんですね。
屏風という家具装置は、古く新羅から日本に7世紀渡来されたとあります。
ですから日本のオリジナルではないのですが、
その後時代が下がって、明の時代の日中交易では
必ず3幅の屏風が日本側から送られる慣例だったということ。
受容して変容させ、オリジナリティを加えていくという
まことに日本的なプロセスを経てきている文化なのですね。
で、写真は江戸期の北海道松前藩城下町の再現旅籠のなかにあった屏風。
庶民的なこういう風景装置として、根付いている文化なのです。
いまでもホテルなどでの記者会見などでは
おめでたい席には金屏風が欠かせない背景装置。
西洋では絵画は、キャンバスに描かれるのが一般的。
あちらの建築は石造りが多いので、その壁に絵画を貼るには
油絵のような芸術展着形式がふさわしかったのでしょうが、
こちら日本では、着脱式の壁面そのまま、家具一体型展着方式の芸術になった。
このあたり、日本の住宅様式と大きく関係しているのかも知れないと想像します。
なぜ、東アジア世界でも中国では発展せず、日本で発展したのか、
どうも建築のスタイルの違いが大きいのかなぁと。
それは、中国でも石造りが住宅の基本で、木造が主流というのは
日本に特徴的なことが考えられるのです。
で、木造では構造が線的であって、必ずしも閉鎖的な壁面が必要ではなかった。
障子や襖といった建具で部屋間を仕切分けるのが一般的で、
場合によっては建具を全部取っ払って
大変開放的な空間を作っていた。
そんな民族性のなかで、屏風という簡易的な壁面に絵画が展着された
というのは、そんな背景が大きかったのでしょうね。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 1月 25th, 2010 by replanmin
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写真は江戸深川の八幡神社です。
出張先での楽しみのひとつ、早朝散歩で出かけたのですが、
道を歩いていると、この神社のまわりを
多くのみなさんが通勤のため、通りかかっていきます。
で、境内側から眺めていると、
男女にかかわらず、また年代にかかわらず
みなさんの多くが社殿側に向かって一度立ち止まり、
会釈してから、ふたたび通勤に向かって行かれていました。
地域の暮らしのなかで、このような施設・建築が果たしている役割の大きさに
目の見張るような思いがしてきます。
江戸期まで、というか神社の類では例外的に北海道では明治初期まで
このような宗教的施設というのは
国家体制の重要な一部分でもあって、
建築されることについては、公共事業もしくはそれに準ずることだったと思います。
で、建築された公共建築の側でも、
祭りの開催とか、縁起の開示、縁起物の発明、商業施設に対する配慮など、
地域に溶け込もうとする努力を積み重ねてきたと思うのです。
仏を作って、きちんと「魂を入れる」作業を行ってきていた。
そういうものが、やがて地域のみなさん全体にとって
欠くべからざる「地域アイデンティティ」の中核に育っていった。
この八幡さんでも、熊手などの名物を考え出して
御利益の演出などで、地域経済まで考えて存続させる努力を怠らなかった。
そんなことからふだんは地域と関係なく
東京都心地域で勤務する生活を営みながらも
抜けがたく、このような地域性のマユに包まれたいという
いわば地域らしい暮らし方の断面を生んでいるのではないでしょうか?
ひるがえって、
現代では多くの公共的建築がたくさん生産されました。
しかし、その運営を見ていると、
いかにも「お役所仕事」という無駄と、不合理が蔓延しています。
江戸期までのこのような公共建築、公共事業は
これからも長く存続し続けていくことでしょうが、
戦後建てられていた公共建築って
果たして、そのような地域のみなさんの評価を受けられるものは
果たしてどれくらいあるものでしょうか?
確かに宗教と権力は分化したので、という要件はあるのですが、
それにしても、公共建築物としての存続性を担保するような
地域文化を育もうという志向性はまったく感じられないのです。
現代の公共建築、博物館や美術館は多くが午後5時とか6時とか
現代人の日常生活では考えられない、そんな時間で入場できなくしている。
そこに働いている公僕の労働時間を遵守するためだけの制限としか思われない。
こんなような姿勢で、はたして地域に長く愛されていくのか?
自明ですね。
ちなみにこのような江戸期までの地域の公共的空間は、
概ね、どんな時間に行っても、それなりの楽しみ方が考えられているし、
いわんや入場制限など、発想がなかったのではないかと思う。
基本的な運営姿勢において、江戸期までのものにまったく敵わないでしょうね。
存続のための基本的努力の仕方がまったく見られない。
こんな姿勢の公共建築は、すべて事業仕分けでなくなっても、
ユーザー側からは存続させたい気持ちは起きないでしょうね。
日本の公共というものは、その精神性の部分で、
江戸期までのものと比較して、現代はあまりにも退化してしまっていると思っています。
みなさんいかがお考えでしょうか?
北のくらしデザインセンター
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Posted on 1月 24th, 2010 by replanmin
Filed under: 「都市の快適」研究 | No Comments »

さて、きのういったん札幌に戻って参りました。
月曜日から、仙台〜青森〜北上〜秋田〜奥州市水沢〜福島県飯館〜仙台空港
っていうようなスケジュールで動いてきまして
ようやく週末札幌で過ごせる次第です。
なんですが、土日は頼まれた講演がありまして、
また月曜からは、今度は名古屋に飛びます。
っていうような旅の暮らしの毎日のきょうこのごろ、
あるホテルで出会ったシェービングフォームのことであります。
普通わたしが仕事先で泊まるようなビジネスホテルなどにはこのような備品は置かれていない。
まぁ、そこそこのランクのホテルでのことです。
ふだんは常時携行している、Shick社の泡の出るタイプを使用するのですが、
ふと部屋の洗面をみると、写真のような瓶があったのです。
普通この手のシェービング材料は良くても袋詰めのジェル状製品が多いのに
なんと、きちんとした瓶に入っているタイプなのです。
しかし、どうも置かれている場所が「???」だったのです。
3点セットの、洗髪と液体石けんとは離れて
それも一番端っこの方に、消え入りそうになって置かれている。
まるで使って欲しくない、とでもいいたげな微妙さなのであります。
しかし、よく見ると瓶の形状とかデザインはなかなかいい。
って、メーカー名をみると女性化粧品の大手、P●LA化粧品製となっている。
へ〜、P●LAがこんな男性向け製品、出しているんだ、
という興味が湧いてくる。
じゃ使ってみっかなぁ、と「使用法」を確認しようとしたが、
きわめて読みにくい(笑)。
いや、老眼が進んでいるので、小さい字が辛いという高齢化の影響ですね(笑)。
でも考えたら、風呂や洗面で使う製品ならメガネをはずしたカラダの状態が一般的。
であれば、日本のメーカー・消費者の製品コミュニケーションの現状に鑑みれば、
こういうポイントを重視していないのは、どうなのか?
で、こっちは裸なので、早く使用したい。
で、写真右手の説明書きを見る。文字がすべて同じ大きさで
並列的でしかも量が多い。
その最初に、液体なのに、「ピンポン球2個分位を手のひらに取り・・・」と書いてある。
「???」、どうすればいいんだこれ?
ピンポン球というのは固体を想像する言葉。
それに対して、内容物は液体なんですね。
これでコミュニケーションはほぼ絶望的な状態に置かれてしまう。
ここで、「いいやもう、面倒くさい。シェービングフォームだろ、これ」
っていう心理になって来るのは自然とは言えないでしょうかね。
で、いつものShick社製の使い方の習慣行動で瓶を振った。
瓶のなかで液体が白くにごった部分と、透明な部分に分かれた。
どうも不可解な状態になった(笑)。
心配になって説明書きの先を読み進めてみた。
「頭部を上向きにして振らずにご使用ください」と、書かれている(!)。
え、振らないで、液体が「ピンポン球になる?」
っていうような状態がどうしても、素人には想像力が湧いてこない。
こういう状態に追い込まれると、
「もういいよ、適当に好きなように使ってみよ」という自暴自棄的な状態になってしまう。
で、それから出してみると液体のサラサラ状態に多少、泡がたっている。
それを顔に付けてみる。
「あ、だめだこれ」という印象が襲ってくる。
ふつうの石けんで泡立てたのと違わないような肌の感覚。
シェービングフォームのなめらかさが、まったく感じられない質感。
でもこうなるとしょがないので、そのまま、髭剃りを始める。
書いたような、案の定の感じですね。
まぁ、ひげはそれる。けれど、そのあとにどうしようもないつっぱり感が残る。
大体、こういう感じだと一生懸命に顔を洗っても
つっぱり感が消えないのです。
でも、石けん水とは少し違って、つっぱり感は多少少なかった気がします。
説明書きにはご丁寧に、「お肌に合わないときはご使用をおやめください」と書いている。
絶妙な言い回しだなぁと、一本取られた感じ(笑)。
念のため、このブログを書くに当たって、
P●LA化粧品のHPでちょっと確認したのですが、
この商品は見あたりませんでした。
どうもよくわからない、キツネにつままれたような感じであります。
まぁ、よく使用法を確認しないで使ったこちらの問題が大きいのでしょうが、
もうちょっと「男性髭剃り」マーケットへの調査が必要なのではないかと思われた次第です。
って、買ってもいないのに大きなお世話ですよね(笑)。ではでは。
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Posted on 1月 23rd, 2010 by replanmin
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きのうは水沢で講演会でした。
水沢は、統合で「奥州市」になったわけですが、
どうもなかなか慣れませんね。
平成の大合併というのは、結局根付くのでしょうか。
講演会には、北海道岩見沢から武部建設専務さんも来ていただいて
わたしのほうは前座で、北海道R住宅のお話しを中心にいたしました。
会場は大変立派な会場で、びっくり。
お話しをするこちらの方が、やや気後れするような立派さ。
なんですが、飛行機に乗って新幹線に乗り継いで来る武部さんが
心配したとおり、仙台空港からのアクセス電車に一本乗り遅れ。
まぁ、それでも
間に合うような日程にしていたので、まぁ、心配はなかったのですが
ちょっとした時間が急遽発生。
そこにおあつらえ向きに、「正法寺・黒石寺」の看板案内。
前は一度、正法寺の方、見学したので
黒石寺のほうに見に行ってきました。
この寺の由緒は・・・、
聖武天皇天平元年(729)、奈良法相宗(ほっそうしゅう)薬師寺五代行基和尚が東奥に行化(ぎょうげ)し、この地に至り渓山の幽秀を喜び、一堂宇を造り、薬師如来像を一刀三礼のもとに手刻安置し、次年に寺を建立し、東光山薬師寺と号して開山した。
延暦21年(802)、征夷大将軍坂上田村麻呂は、鎮守府胆沢城を築き、城内に鎮守府八幡宮神社、城輪(きのわ)に石手堰(いわでい)神社を官寺として建立、当山薬師寺はその神宮寺的な存在となった。
しかしこの胆沢の地は北上川の扇状地の肥沃な地で、阿弖流為(あてるい)や母礼(もれ)を族長とする集落でもあった。田村麻呂朝廷軍は数次に亘り、数万の兵をもってこれを従え城を築いたのであったがしばしば蝦夷(えみし)による反抗には悩まされ続けた。胆沢城は多賀城に次ぐ国府であり、奥州支配の最北端であった。4000人の移住民の中には、軍監、医師、弩師(ゆみし)、楽師、陰陽師、兵士、柵戸が居たことであろう。
っていうように記載されております。
まぁ、要するに桓武帝の膨張政策の結果、攻め滅ぼされた
蝦夷の族長勢力の根拠地に平安をもたらすために建てたのでしょうね。
この時代の宗教は国家鎮護の象徴だったでしょうから、
凄惨な戦争と表裏一体の関係にあったといえますね。
遺されている建築は、
四隅がきれいに木材が切り並べられて構成されており、
相当に手の込んだ公共事業であった様子が偲ばれました。
さて本日は環境省エコハウス事業の福島県飯館村に見学に行って参ります。
その後、ようやくいったん札幌に帰還できます。
やれやれ、っていうところであります。
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Posted on 1月 22nd, 2010 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

さて、本日は岩手県水沢市で講演を予定しています。
札幌からは武部建設・専務さんもフライトしてきて合流予定。
なんですが、わたしはきのう、秋田に来て仕事の会合一件。
ということで、今現在は秋田市におります。
ここんとこ、めまぐるしく移動しているので、日の感覚と場所の感覚が
どうも不明になって参りました。
きのうは歴史好きな方とすっかり意気投合しておりましたので
話はあちこちと飛び回っておりまして(笑)
で、本日は土器の煮炊き研究であります。
写真は、どっかの展示で見たイラストなんですが、
底が三角になっていて、安定の良くない土器ってよく見ますね。
あれって、どうやって使うんだろうか、
って、ちょっと考えればすぐに推定は付くのですが、
あんまりわかんなかったんです(笑)。
で、この写真を見て納得。
なんですが、描き方はどうもあいまいで、描いたひとも半分わかっていなそうです。
こういう円錐状の底面を持つタイプの土器は
どうも、かまどに乗っけて煮炊きしたようだと思います。
かまどに穴を開けておけば、ちょうどピッタリとはまるようになる。
それで、下から火を焚いてやればいいのでしょうね。
土器の発見って、
けっこう新しい発見だったようで、
人類の食生活が飛躍的に豊かになっていったものなのだそうです。
こういう煮炊き道具ができたことで、いろいろな食材を食べることが可能になった。
北海道の歴史で言えば、こういう土器の時代があって
その後のアイヌの時代になると
煮炊き道具は、ヤマト民族との交易の結果得られる「鉄鍋」になって
その結果、住宅から「かまど」が姿を消したのですね。
そういう意味では、どうも退化したような印象を受けます。
鉄鍋だと、いろりにそのまま自在鉤で火にあぶれるので
わざわざ、面倒な思いをしてまでかまどを造作する必要がなかったのでしょうね。
どうもさすがにやや疲れ気味のようです。
もう少しでいったん札幌に帰れるので、頑張ります。
どうも内容の薄いブログで申し訳ありません(笑)。
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Posted on 1月 21st, 2010 by replanmin
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きのうは青森市内での住宅取材。
前日に仙台から車で移動してきていました。
この時期なので東北道も通行止めとか、いろいろあるかと思っていて
場合によっては、その後のスケジュールを考慮して
北上とか、盛岡とかにクルマを駐車させて列車での移動も覚悟していましたが
まぁ順調な天気が続いていたので、一気に青森まで高速で移動。
安代を通り過ぎて、秋田県に入るあたりから
それまでの晴天状態が怪しくなってきまして、
津軽平野に入るあたりでは、むせび泣いているような空模様。
湿度のある雪景色が、心の襞に染みこんでくるようでした。
で、青森はすっぽりと雪におおわれた景色。
北海道の雪は、さらさらと箒で掃けるような軽さのある雪質ですが、
こちらの雪は、目で見ても量感の感じられるもの。
やはり青森は、濃厚に「津軽」を感じさせてくれますね。
こういう冬を持っていることで、
棟方志功のような、津軽三味線のような感受性が育まれたのでしょうね。
寒さは北海道の方が厳しいけれど、
この独特の「雪の重さ」の冬には、ほんとうにやるせなさを禁じ得ません。
同じ雪国で、すごく親近感を持つのだけれど、
申し訳ない、冬は北海道の方が過ごしやすいです、って感じてしまいます。
カメラマンのひとと話していて
ホテルからほんの3kmの距離を、30分以上前に出かけようと言われました。
うずたかく積もった道路脇の雪と、狭くなってしまった道路。
そのなかを、フラフラしながらなぜか自転車で通行するひともいるし、
車道を歩いて横切ってみたけれど、歩道にたどりつく前に
車列が動き始めてしまって、雪山に座り込んでしまう高齢者の方、など、
この「重量感のある雪」が、青森の冬の暮らしを彩っている。
確かに計画的な都市計画がなされていないので、道路幅が狭すぎて
いったん雪に覆われてしまうと、にっちもさっちもいかなくなる。
雪を処理したいけれど、そういう空地や公共的空間がない。
そういうなかで、冬を乗り切る暮らしがあるのですね。
北海道は寒く雪も多いところも多いけれど、
まだ、土地は広々としている。
おおらかに「お互いさま」とか、「なんもさ」と言い合えるゆとりがあるのかも知れません。
青森の冬の暮らしのなかを歩いてみて
ついつい、エールをいっぱい贈りたくなってしまいます(笑)。
おたがい、がんばりましょうね。
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Posted on 1月 20th, 2010 by replanmin
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最近、とくに強く思うようになってきたのですが、
現代建てられているような住宅って、
いかにこれまでの時代の住居と隔絶があるか、ということ。
やはり、近代的合理主義というか、
西欧近代文明の及ぼした到達点というか、すごいものだと思ってしまうのです。
洞窟住居や竪穴住居の昔から、
人間が居住すると言うことについては
いろいろに工夫され、知恵が凝らされてきたものと思いますが、
それでもつい百年くらい前までは、
その進歩のスピードというのは、比較にならないくらいゆったりしたものだった。
江戸のころの庶民の賃貸住宅は、独り者の場合、約8畳程度。
もちろんトイレもなく、水道もなく、電気もなく、なにもない。
そういった生活インフラは、長屋共同の施設として
共同生活を余儀なくされていた。
江戸の街で一軒家を構えられるなんて言うのは、
相当にレアなことがらだった。明治から戦前までそう大きくは違いがなかった。
そういうほんの少し前までの人間の住宅体験からすると
今日の「快適性進化」はまさに驚異的だと思う。
ちょっと前までは、王侯貴族も想像すらできなかったような暮らし方を
わたしたちは一般庶民に至るまで享受している。
写真は取材の時のワンシーンですが、
寝室からこんなにも開放的な眺望を得られるような暮らしが
当たり前のように実現している。
まぁ、その結果、資源やエネルギーの大量消費がともなっている。
そういうインフラ的な部分の維持すら、すごい高コストになっている。
こういう西欧近代の快適性優先の考えが、
いま、広く世界全体に資本主義の拡大という形で広がっている。
中国などでも、不動産・住宅への投資がレベルアップして行っているそうです。
ただ、こういう進歩の方向性の真ん中には
社会や家庭の共同性よりも、個人の欲求の方に大きく着目する文化性があったと思う。
個人の欲求拡大って、さてこのまま進展し続けていくものかどうか、
そのあたりが、わたしには少しわからなくなっている部分があります。
こういう方向だけが、幸せなのかどうか、
どうもわからなくなってきている気がしているのです。
ちょっと、変な考えでしょうか、ね?
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Posted on 1月 19th, 2010 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

きのう一昨日の土日は、ふたたび建築家イベントでした。
イベントの開催って、いろいろ気苦労はあるのですが、
建築家のみなさんもご理解いただいて、
なんとか継続し続けています。
当初は右も左もわからないまま、やってきましたが、
アットホームな雰囲気で、家を建てるお客様が主役、というかたちが
ようやくイベントとして、出来上がりつつあるように感じています。
建築家の側からのメッセージもありつつ、
来場されたみなさんの側からの積極的な質問や、提起など、
活発な対話スタイルがようやく確立してきたように思います。
やっぱり継続は力と信じて、あせらずに取り組まないといけませんね。
昨年中に、多くの設計契約も実を結びつつあり、
なかには大型のユニークな住宅やら、話題になりそうな病医院の物件など、
面白みのある住宅や、建築計画が進んでいます。
そういう事例が、こうした地道な取り組みの中から生まれ、
そして、現実の形になってくると、もっと大きな広がりが生まれるものと確信しています。
さて、本日からは東北地方に移動いたしまして、
取材やら講演やら打合せやらと、いろいろと要件を片付けて参ります。
ことしから、Replanの雑誌の方の編集長にも復帰いたしました。
なので、通常の代表としての仕事も兼ねながら、
誌面の作りの実際作業にも大きく関与していかなければなりません。
ありがたいことに、スタッフが気遣ってくれたりしているので、
そういう支えに感謝しつつ、頑張っていきたいと考えています。
今回の出張では、木曜日に岩手県水沢で講演を予定していまして、
なんでも参加予定が60名ということ。
こちら北海道からは、ビルダーさん代表で
武部建設さんにも、わたしといっしょに講演していただくことになっています。
まぁ、わたしは前座で武部さんがメインということで(笑)
少し気軽になっております。
でもその後、金曜日夜に帰ってきて、すぐに土日と札幌市内でも講演。
それが終わったら、今度は翌週には関東甲信中部と、取材予定。
いろいろとスケジュールがたて込んできますし、
合間を縫ってやる作業も多いので、まぁ、ことし最初の大きな多忙期。
せいぜい体調管理に気をつけて、乗り切りたいと思います。
講演会、お近くの方、ぜひお越し下さい。
北のくらしデザインセンター
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Posted on 1月 18th, 2010 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

小沢一郎の民主党大会での演説では、どうも不退転の決意のようだ。
そのうえ、友党としてのあいさつなのか、
きのうブログで触れた、朝日にインタビューを受けた鈴木宗男の発言もあった。
この問題、どういう展開を見せていくのか、予断はできない。
しかしどうも、構図としては
政治と「清潔な官僚」との戦い、という問題になっていきそうな雰囲気がある。
戦前、日本が破滅的な戦争に突入していった状況を書きつづった
司馬遼太郎さんの文章の中に
ひときわ目の覚めるような記述を読んだことがある。
文藝春秋月刊誌に書かれていたと記憶するけれど、
そのなかで、大きなポイントに指摘されていたのが「統帥権問題」。
統帥権とは、戦前の天皇制において国家元首として規定されていた天皇が
もっとも大きな権力として所有していた軍指揮権だが、
司馬さんらしい、その具体的な分析を通じて、
軍部・官僚組織が壟断したプロセスが明らかにされていた。
腐敗している政治家連中には国家運営を任せておくことはできない、
という「使命感」からなのか、
この「非常大権」を政治から「清潔な」軍部・官僚機構が奪ったのだ。
戦前でも統帥権は、政治主導が建前では貫かれていたのだけれど
かれら軍部・官僚機構は、真空的な権力として参謀部に統帥権はあるのだと主張した。
政治家の腐敗に対する意図的な暴露を通して、公正な選挙によって権力を得た
国会議員、政治家を抹殺して、なんの民意も反映していない軍部・官僚機構が
事実上、国家を壟断して、アメリカとの全面戦争に日本を引きずり込んでいった。
腐敗していようがいまいが、政治家がまともな感覚で外交をしていれば、
ああいう状況でアメリカと正面切って戦う愚は犯さなかっただろう。
やはり民主主義である以上、
われわれは選挙によってしか、民意を表現できない。
選んだ政治家には、政治を通して仕事をしてもらいたいのだ。
直近の選挙で言えば、民主党にチェンジを期待して国民は民意を託した。
その大きな取り組みの中で、それも緒に就いた段階で、
このような問題で、簡単にその主導力を葬り去っていいものかどうか、
この問題は非常に大きいと言わざるを得ない。
マスコミにも大きな問題があると思う。
なぜこの種の事件の時、検察リークを大きく書き飛ばすのか
あとになって裁判になって検察側資料になる、それも
裁判の結果、否認されることもあるような検察資料を、いとも簡単に
今現在の情勢の中で、そういう情報を通してしまう。
いま、民主党政権が誕生以来、大きな問題として浮上してきた「官の肥大」に対して
その一方の官の側の情報を無批判に掲載するのは、いかがなのか。
官僚組織というのは、一度として責任を取ったことがない。
わたしたちの仕事の範囲で言えば、国交省は、
耐震の問題で、自分たちが推奨した基準と、それ以前の建て方の建物を
いっしょに地震の実大実験をやって、公開し、
しかも自分たちが推奨した基準建物が倒壊してしまったのに、
そういうことについて、今現在、3ヶ月近くになろうとしているのに、
責任を取ったりしようとはしないし、いわんや、間違いを認めようとはしない。
それにお墨付きを与え続けている学者アカデミズムにも問題はある。
学識経験者と、官僚機構、いわゆるプロの世界で無責任に、ことは進行していく。
最終的にはそのときの大臣・政治家が責任を取らされるのが慣例なのだ。
大きな権力を行使しているのに、その責任は一切負わない、
それなのに身分は法律で保証されている。
政治家は選挙で簡単に落とされるのに、かれらにはそういう機会がない。
こういうのは明らかにおかしい。
少なくとも懲罰について、明確にすべきだ。
官僚システムについて、大いに論議を開始すべきだと思う。
もちろん、官僚機構のすべてが悪いというわけではない。
公正に官僚機構を運営するための仕組みであるとか、考え方について、
国民にわかるように、国会で大いに論戦をやって欲しいと思うのだ。
がんばってほしい。
知り合いの民主党参議院議員で、法務政務官の中村てつじさんのブログに
党大会での小沢一郎の発言が動画で紹介されていました。
中村てつじの「日本再構築」
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Posted on 1月 17th, 2010 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »