

6月19日を持って北海道では2月末以来継続してきていた
「非常事態」体制がようやく終わり、他地域との往来も「慎重に」進められる。
丸4ヶ月ほどの「社会収縮」を経験させられた。
いまだに北海道でも1日に3人程度の新規感染者発表があり、
東京では35人レベル。けっして「終息した」とは言えない段階ですが、
しかし経済を回していかなければ、感染症以上の社会の損傷が避けられない。
ということで徐々に活動を始めて行きたいと思っています。
きのうは、区切りとしてスタッフたちと「社長食堂・BBQ篇」として
これまでの「ガマン」への「ご苦労さん」会を開催。
ただ、近隣のみなさんにも気を使って事前にご挨拶も。
社長食堂としてはBBQなので、素材系の段取り仕事が中心。
まずは集まってくれた20数人分の「おにぎり」づくり。
これが50数個なので、お米2升炊いての用意。
握っている時間が2時間ほどという根気作業であります。
明太子、カツオ節、サケ、梅干しで適当に複数中身での握り合わせ。
それと肉中心なのでいつも作る「ポテトサラダ」を付け合わせで添えた。
あとは、牛肉、生ラム、鶏モモ、大エビなどのメイン食材。
焼き野菜多数、というようなメニュー構成でした。
しかしBBQはコンロの遠赤外線燃焼の「炭火」が主役。
あの焼きごこちは舌にも、カラダ全体にもここちよく染みわたってくる。
炭も、備長炭の立派なヤツもそろえたので、火勢は目にも心地よさげ。
北海道らしからぬ「梅雨」のような天候で、夕方から始めて
途中数回、傘を差さなければならないような日和でした。
一気にスカッと回復というようにはいかないようです、この新型コロナ禍。
それでも、食事が終わってもBBQコンロの暖を囲んで、
みんなで炎を囲みながら、これからの「復元」にむけて英気を養った次第。
<新型コロナからの慎重な復元ということで、写真は公表を避けました。>
Posted on 6月 20th, 2020 by 三木 奎吾
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さて、あちこち「寄り道」の北総研取材行脚。16日に旭川まで出張して参りました。
取材の内容自体についてはReplanWEBマガジン「リプランくんが行く」で
わかりやすくお知らせしたいと思っております。
このシリーズでは、ユーザー目線の「リプランくん」がもつ素朴なギモンから
わかりやすく住宅技術のことを「解説・紹介」します。ご期待ください。
で、わたしは取材して感じたことを、書いてみます。
わたし的にはPDFなどで「防火構造」の大臣認定取得説明を見ていて
「え、これはどこがポイントなんだろう」とギモンでした。
なぜなら特段の特別仕様ではなく、北海道ではごく一般的な
「付加断熱」仕様の壁構造にしか見えなかったからであります。
ひととおりの「説明」を伺った後で、この素朴な感想から迫って見た。
「そうなんです、北海道でふつうの高断熱仕様であれば、防火構造が可能です」
というあっけないほどの「説明」です。
そもそも「防火構造」の認定基準とは、使っている建材が延焼してから、
「もちこたえる」時間が30分を越えることが基準とされている。
防火とは住む人の命を守れるかどうか、がポイントなんですね。

そこそこの「難燃姓」を保持した現代技術の「断熱建材」を組み合わせた
北海道ではごく一般的に施工されている「付加断熱」仕様ならば
おおむねこの「30分条件」はクリア可能とのこと。
ただし、防火構造の「大臣認定」は当然ながらいくつかの認定テストがある。
それをクリアさせるのにはそれなりの「申請料」もかかる。
まぁ端的に「試験」を通すにはそれなりの「金額負担」が避けられない。
それを、そのためだけに個別建築会社が費用負担するのも難しい。
必然的に企業間連携的な「制度システム的手法」が不可欠。
標準化されたシステム仕様ごと防火認定されることで市場性が広がる。
そういった企業社会制度形成で「触媒的機能」を北総研が果たすことで
今回の画期的な「木を張った外壁構造」での「防火認定」が可能になったのです。
具体的には、付加断熱材のメーカー団体ごとに「仕様変更」バージョンとして
3パターンの仕様を用意し、順次認定プロセスに入っている。
とりあえず今の段階では「フェノールフォーム」断熱材の仕様タイプが
大臣認定を取得できたのです。
追ってより一般的なグラスウール仕様のものなども認定申請許諾予定。
お話を伺っていると、北海道が地域として開発してきた
「高断熱高気密住宅技術」そのものが存立基盤をつくったことで、
「木の外壁の家が防火認定」という住宅の世界での革命的なことが、
比較的簡単に実現してしまった、と言えるでしょう。
むしろここからは「マーケティング的」なアプローチの問題ではないかと。
付加断熱は寒冷地ではごく当たり前に実現しているけれど、
近年急速に普及が進み始めた本州、関東以南地域では
相当に先進的な作り手しか取り組んではいないのが現実。なんですが、
逆に言えばそういう「先進的な作り手」にとってまたとないチャンス到来ともいえる。
これまで手掛けてきた付加断熱構造で、木の外壁をアピールポイントにできる。
壁厚が若干厚くなるけれど、そのご褒美としてデザイン性豊かな外観意匠性を
ユーザーに強くアピールできるといえるのですね。
根強く存在する「木の外壁」の意匠性への憧れが、そのまま
高断熱住宅のセールスポイントに利用できると考えられる。
まぁ、関東以南地域では「外壁の厚さ」というのは、可能な限り「薄くしたい」
というのもリアルな現実ではあるけれど、
「選択のバリエーション」として、ユーザーには受け取られるのではないか。
「木の外壁」が持つ自然そのものの「風合い」は強いインパクトを市場に与える。
で、これからは防火外壁建材としてほぼ数十年間市場独占してきた
サイディング外壁の市場での立場、ユーザー支持の度合いが
露わになってくるように思われます。
費用コスト的には、サイディング対自然木でほとんど金額差はない。
付加断熱・性能要件と豊かな意匠性が結びついて、どういう変化が生まれるか?
非常に興味深い局面が広がっていくように思われます。
Posted on 6月 19th, 2020 by 三木 奎吾
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「隈研吾が気密性の高い建物を否定的に語った?・・・」
・・・という論議必至の印象が知人のFacebookに書かれていた。
「番組として断片的で、誤解を生むのではないか」
という不安感に満ちあふれた感じで書かれていて、
わたしのようなメディア人としては、「おお隈研吾がついに・・・」
という「ことあれかし」野次馬精神が正直、盛り上がっておりました(笑)。
ただ、それは出張でのクルマ長距離(往復300km)移動中。
データ通信量が今月使用分から「最適化」させたばかりだったので、
どんどんそれを消費するスマホでの情報取得は難しかった。
それと目の前の取材を最優先させる必要もあったので
当然、順番は後回しになって、ようやく昨日17日午後、時間が出来た次第。
「見逃し番組」を見逃さない「NHK+」にユーザー登録して、
放送された6.16朝7時のNHKニュースをチェックいたしました。
これって便利。見逃さない機能がテレビに付くのはいいWEB活用。〜これ横道。
で、全文書き起こしも可能な状態にはなったのですが、
それは今後の展開次第ということで、本日は論評的紹介であります。
隈研吾さんとしては、非常に現代的な感受力で新型コロナ禍を受け止め、
そしてそこから得られた「気付き」に基づいて
アフターコロナの建築について「直感的方向性」を語っている。
それが「ハコからの脱却」というコンセプト。
アンカーの女性アナがインタビュー後の感想を話していましたが、
「隈さん自身、外出自粛で勝手が狂って体調を崩した。で、身の回りを散歩し、
そこでいままで目を向けられなかった、細い路地とかなどに
ハッとするほど気持ちのいい空間があることに気付いた」とのこと。
そこから、現代建築は「効率性の高い」空間を求めて、コンクリートやガラスで
ひたすら機能集約型の「気密性の高い」空間に人間を押し込めてきたのではと
反省の気持ちが強く浮かび上がってきたのだという。
〜たぶん、知人的にはこの「気密性」という単語に違和感を持ったのでしょう。
そういう危惧を抱くこと自体は理解出来ます。
とくに番組編集で「ハコとは気密性の高い建物」とエッジが効いてもいた。
しかし隈さんの意図は少し違いがあると思われた。
「効率性が高いハコ空間に人間を押し込めることが、
仕事効率も高いと信じていたが、
実はそれはまったく人をシアワセにはしていないのではないか」
というのが、キーワードだと思う。
「ハコにいれば効率よく仕事できるというのは勘違いで、
むしろ詰め込まれることでの非効率、非人間性に気付かされた。
便利、効率ということへの集中が人間をどんどん不幸にしている」という直感。
そこから、アフターコロナの建築の方向性として
「地面を歩く人間目線で都市空間を考えることを始めたい」
その流れから、京町家のような「人間環境」に思いが向いていると。
あのような「ウチとソトが一体化した人間環境空間」を
現代の技術で再度構築していくことに、ファイトを感じる、という。
ここでも「気密性の否定」というような危惧を抱かせるとは思えるけれど、
このあたりは、高断熱高気密技術発展のただなかに居続けた
圓山彬雄さんなど北海道の建築家たちが以前から発言し実践してきている
建築的「中間領域の魅力化」と、ほぼ同じ内容だと受け止められた。
むしろキーワードは「現代の技術を使って」の部分で、
高断熱高気密に進化した技術を活用して京町家的な魅力的都市空間を
どうやったら現代に構築できるのか、がお話のキモだと思った次第。
その意味ではまったく「隈研吾さん素晴らしい。その通り」。
さらに都市が取り残してしまった「不活用の空間」にも視点が及び、
IT活用のテレワーク環境で、いまは眠っている無数の空間資産を
人間にとって魅力的なものとして活かす都市リノベへの思いも語っていた。
建築は「人間をシアワセにする」空間を作る営為。
そのための技術の発展はそれをフルに活用しながら、
しかしやはり「人間目線」で常に捉え直していく必要がある、
そのための大きな気付きのきっかけが今回のコロナウィルスなのだ、ということ。
隈研吾さん、番組を視聴して間接的・便乗的に「取材」できた次第。
見逃し番組チェック機能は、有益と深く感心であります。
Posted on 6月 18th, 2020 by 三木 奎吾
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さて昨日は超久しぶりに札幌を離れて、旭川まで往復。
片道約150km内外・往復300km走って「取材」してきましたが、
その取材内容はあした以降に詳報させていただきます。
それよりも、ホント久しぶりに札幌を離れられるようになったので、
少しは「慣らし運転」が必要のように思っています。
上は一昨日、札幌の隣町・石狩市に「慣らし運転」したときの写真。
2時間ほど時間に空きができてカミさんに背中も押され
「ちょっと遠くへ」という感じで走ってみた次第。
2月の中旬、15日に東京出張から帰って来て以来、
ほぼ札幌市内だけしか「外出」してこなかった。
約4カ月間の「行動抑制」期間を過ごしてきているワケですね。
まぁこれはこれで、いろいろな整理整頓活動に振り向けられたので
たいへん貴重な体験期間だったと思います。
じっくりと足下を見つめてその基盤を踏み固めるという時間は
あんまり経験してこなかったともいえる。
昭和中期の人間として、根強く行動欲求の強いタイプなのかも知れません。
そういう人間がほぼ強制的に「StayHome」的な仕事環境に置かれたことで
逆に新鮮に経験できたことが多かったとも思っている次第。・・・
しかしやはり昨日一日、外出してZOOMではないビジネス面談機会を得ると、
いろいろな人間情報のやり取りが感じられ、得るものが多い。
もちろんZOOM的な要件特定された「打合せ」というのも今回体験で深まった。
これからアフターコロナの仕事世界は、その両方の「組み合わせ」なのでしょう。
おっと、写真の説明ですが、
ぶらっと慣らし運転だったので、道端で「伊達邦直主従北海道上陸の地」という
見たことのなかった看板に導かれて石狩川河口に迷い込んだ(笑)。
ご存知のように北海道は150年前まではほとんど開拓者はいなかった。
戊辰戦争で敗軍側であった仙台伊達藩からは数度にわたって
藩士主従が集団移住を行って、なんとか定住を完遂させたのですね。
その足跡の実地というのは足を向けたことがなかったので、
新鮮な気付きも得られた次第。まことに茫漠たる地。
伊達藩からの移住では、道央の太平洋側、地名にも「伊達」が残る地域と
こちら石狩東方の「当別」地域、さらに札幌市内の「白石」区と
数カ所入植の地名痕跡がありますが、
こちらではそこそこの人口集積のあった石狩をめがけて上陸した様子がわかる。
碑文を見たら、キビシイ越冬ぶりとそのなかでも数人の赤ちゃんが誕生したりして
主従に「希望」をもたらしたというような記述も見える。
幕末明治の混乱期、一族の生き残りをかけて厳しい風土に立ち向かった人々の
思いから、いまの時代、コロナ禍からの社会復元のわたしたちへ、
なんとなくメッセージを受け取ったような気分がしておりました。
Posted on 6月 17th, 2020 by 三木 奎吾
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先日いまは関西にいる息子からLINEで「お願い」が寄せられた。
「6月13日の道新って手に入る?」
「なんだそれ?」
「好きなゲームの一面広告出るんよ」
日付を今確認すると6月3日になっている。
10日もあとのことを知っていたということなので、
「好きなゲーム」というものが持っているファン心理というのがほの見える。
で、当日13日に再度プッシュの知らせ。
「道新!」
ということで、「了解。7-11で買ったよ」と返信。
そうしたら横合いから娘の声。
「セブンイレブンをそんな書き方してるひとはじめてみたwww」
ということで、表現についてキビシイチェック・・・まったく(笑)。
で、新聞をカミさんが恐る恐る広げてみたら、
2ページぶち抜きでの全面カラー広告。
まったく脈絡不明ながら、特定キャラが「富良野」ラベンダー畑にたたずむ図。
ふむふむと、それなりの納得感に包まれる。
写メを撮って送ってあげると「サンキュ! あざ!」との返信。
で、新聞本体を郵送で送った次第。
全経過について説明はなかったし、聞き取りするほどでもないけれど、
なんとなく「ゲーム」というものが新しい日本人の共有文化だと理解できる。
わたしのような昭和中期生まれ人間では、
「マンガ」雑誌に対して抱いていた「新興文化」感が、近似している。
いまではこういうゲーム企業がそうした文化を担っているのだとわかる。
このことを取材記事構成しているニュースページがあった。
J-castニュースというWEBメディア2020年05月04日記事。
「FGO、新聞への大型広告で大反響 コンビニでは品切れ報告、転売も…11紙横断で」
〜スマホ向けゲーム「Fate/Grand Order」(略称FGO)のキャラが
ご当地の風景に登場する新聞広告が地方紙などに次々掲載され、
ツイッター上などで大きな反響を呼んでいる。
「やべぇ可愛い!!」「凄いイイ写真映えですね」「絶景とのコラボはサーヴァントが
実際に訪れたみたいで感動しました!」。
ツイッターでは2020年5月4日、FGOファンからのこんな歓喜の声であふれた。
(中略)新聞広告のコレクションに走るファンも多いようだ。
「コンビニ駆け回った」「8軒目でようやく埼玉新聞見つけたw」
「どこ行っても無いのしんどい…」などと、
ちょっとした新聞の争奪戦にもなっているようだ。
また、メルカリにも、新聞広告が1部500~1000円ぐらいで
大量に売りに出され、次々に落札されていた。〜
っていうような、キワモノ的盛り上がりぶり(笑)。
いい年をした中高年オヤジですが、なんとなく共感は持てる。
なにより、アナログな「新聞広告」を、記事内容とはまったく無関係に
一種のブームづくりのために利用するアイデアのユニークさに感嘆した。
わたしもだけれど、その新聞はもちろん記事を見ることはなかった。
ただひたすらに「広告をチェックする」ためだけに購入した。
わたしが広告代理店勤務のころには、新聞記事に強く注目している読者に
「こっちも向いてみてね」と広告を作っていた気がする。
このゲーム世代企業広告に、そういうニオイはまったくない。
なにか、新しくてオモシロいことが始まりそうな予感がする。・・・
Posted on 6月 16th, 2020 by 三木 奎吾
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なにごとも「過ぎたるは及ばざるがごとし」なのでしょうか?
梅雨入りした本州各地とは気候が違う北海道。
さわやかな気候が続き、新型コロナを退散させたいという願望も強くあり
さらに基本的には外出とか対外的活動は抑え傾向ということで、
勢い、毎日の散歩距離がどんどんうなぎ上りに。
わたしは、毎朝北海道神宮に「新型コロナ退散」祈願を参詣しておりますが、
その往復約6kmをここ3週間ほどは毎朝歩き続けてきたのです。
(数日のやむを得ない事情での欠落がありますが。)
で、昨日、カラダ全体各所から「イテテ」と警告が発せられました(泣)。
どうも、やり過ぎだったようです。
カミさんに背面各所に湿布薬を貼ってもらいまして、
ややイテテは和らいできましたが、深く反省しております。
カミさんの申すには、「1日1万歩は身体に良くない」説が強いとのこと。
「だいたい4000〜8000くらいが年齢的にも・・・」
ということなのだそうであります。
反省しつつ、インターネットで検索したらどうも信憑性が高そう。
ハーバード大学の調査では、わたしの年齢的には
だいたいこの程度の「1日歩数」の人が「健康率」が高い結果が出ている。
これを越えての運動量ではかえって免疫機能を下げるのだそうです。
まぁ、カラダからの非常ベルにはありがたく従って、
もうちょっとペースダウンして、継続して行きたいと思います。
ただ、このようなiPhoneアプリでの歩数計を常備すると
ついつい、その数値を追究したくなる。まことに落とし穴ですね。

しかし散歩道を歩けば各所で楽しい光景が広がっている。
わたしの好きな「昇り藤」ルピナスもいまが盛り。
明治の開拓期時期に欧米からもたらされた植物で、
土壌安定化機能を期待したそうですが、いまでは結構本州地域にまで
生息域がひろがっているようです。
仕事で東北地域をあるくと、ときどき見かけることがある。
・・・すっかり札幌釘付けの日々で、東北にも行けておりません。
出張自粛でなかなか思うようにビジネス経済活動を行えない。
ようやく新型コロナによる「慎重な行動」期間も今週末が節目時期。
なんとか終息を期待したいところですが、最近は
「昼カラ」とか「ホストクラブ」クラスターとかが注意喚起されてきている。
どうも、う〜むと唸らされるところ・・・。
経済全体を回さなければ、経済困難からの社会危機も迫ってくる。
慎重な行動で、経済活動を活発化させたいところですね。
Posted on 6月 15th, 2020 by 三木 奎吾
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こんなに長い期間、ずっと札幌に居続けているのはいつ以来か?
StayHome(town)なワケですが、人間にとって移動し体験を積層させることの方が
より普遍的なことなのではないかと思ったりもする。
建築とか、住宅とかに関連する仕事を選び取った人間としては
各地でさまざまな建築に触れ、その体験から普遍的な空間感受性を
涵養するというのが基礎的な部分ではないかと思っています。
そういうなかですが、逆に地元にある「国宝」候補として
いくつかの建築には独特の「体感」も持っている。
建築での「国宝」指定には歴史的時間積層が最低限必要とされているので
北海道では建築での国宝はまだ指定されたモノがない。
いわゆる「重要文化財」としての登録がされ、やがて確実に国宝に指定される
そのような状況の中にあるのですね。
その代表的建築としてこの時計台があり、旧北海道庁本庁舎(赤レンガ)がある。
この時計台は海外でもそのランドマーク性から日本・北海道を
アピールするインターナショナルな共有言語化されたいわば「記憶資産」。
民族体験として明治初期の時代を表現する木造建築として
この時計台は重要な存在であることは間違いがない。
しかし国宝一般から見れば、そこに掛けられた費用などから見れば、
格段にローコストな建築であろうことも特徴的とも言える。
写真は2階ホール空間で、百坪を超える大空間ですが、
建築の初期目的が札幌農学校生徒たちの体育施設だったことから
柱のない大空間が求められ、ツーバイフォー工法の原型とされる
「バルーンフレーム」工法が採用されている。
この大空間を成立させるために、1階部分は比較的に細かく仕切られて
構造強度を高めるように設計されている。
1878年創建時、これだけの大空間をローコストに作るために簡素な
建て方としてこの工法が採用されたものでしょう。
開拓初期、札幌での建築ラッシュを担っていた安達喜幸をはじめとする
北海道開拓使工業局による設計・監督の下建造された。
バルーンフレームというコトバの通り、面構造として壁・屋根・床が造作され
それを立ち上げるような構造のありようが写真からもうかがうことが出来る。
まことに簡素で正直な建てられ方だと伝わってきます。
時計塔はあとから追加工事されたのですが、
正確に時を刻んで行くには、床面などの構造的な正確さが欠かせないとされますが、
そういう点では機能性はしっかりと満たされてきたとされ、
その基盤の仕事をした明治の作り手たちの手の確かさが伝わってきます。
よく周辺が高層ビルに囲まれて「がっかりスポット」とか言われますが(泣)
開拓の最初期の空気感、日本が西洋文明に真正面から立ち向かった
そういう時代のひとびとの手業が、はるかに伝わってくると思います。
歴史時間の乏しい北海道だけれど、この光芒を放つ明治の空気は
しっかりと未来に継承していきたいものと思います。
Posted on 6月 14th, 2020 by 三木 奎吾
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北海道はまだ歴史は浅いのですが、それでもいくつか、
地域を挙げてという継承性のあることがらはあると思っています。
北海道神宮の例大祭(通常6月14-16日時期)などはそれに当たる。
わたしが産まれた昭和中期には「札幌神社例大祭」だったのですが、
小中学校もお休みになって、各所で「出店」が出されて
地域一帯となった「お祭り」演出がされてきていた。
わが家は当時、「石山道路」〜市南部の「石切山」から切りだした
「札幌軟石」という建築材料を運搬する用途を名付けた道路名〜に面していて
このわが家の目の前を神輿渡御が行われて2階から見物できた。
人口集積、開拓の進展とともに賑やかさが共有文化を育んでいた。
いまは、札幌という街区自体が巨大化してしまって、
神輿渡御の行路自体、市中心部だけの規模になった現実があって
文化現象としては「希薄化」が避けられない現実にはなっている。
わたしのような意識を持ち続けている世代はまだしも、
朝の参詣を欠かさないような文化習慣を持っているけれど、
さて今後は、どのようにして未来継承していくべきなのか、悩ましい。
・・・と言う現実の中、新型コロナ禍が遅い、
ことしは、北海道神宮例大祭、規模が大幅に縮小されることになった。
情報が錯綜している様子ですが、
基本的には神輿渡御などは中止され、屋台出店などもなく、
本殿での神事のみという規模縮小での開催のようであります。
本日も参詣してきたのですが、例年であれば各神さま(4体)の神輿が
境内に出御されている日なのですが、そういうお姿はない。
わたしども衆生としては神さまのみこころのままに従う次第ですが、
コロナ禍出来以来、札幌にいる間は基本的に「コロナ退散」を祈願してきた。
「家内安全・商売繁盛・コロナ退散」を7回唱えてきています。
そういう身からすると、残念の気持ちもある。
北海道神宮とは、日本民族が奉った最新の神さま。
北海道開拓というのは、明治動乱期に日本民族を挙げた最新の祈願。
そのために降臨された神さまなので、保守一辺倒ではなく、
全国の神さまに先駆けて、コロナ退散の積極的行動を期待する気分がある。
もちろん民主主義で祭政は別のことであり、戦後は一宗教法人格ではあるでしょうが、
その成立の出自を見れば国家を越えた民族の祈願対象でもある。
日本歴史ではこういう祭政の絡み合いは結構重要な要素。
いまの官僚組織化した「神社庁」では冒険的革新行動は絶対ムリでしょうが、
日本の神社信仰成立からさかのぼる歴史的視点からは、
危機を突破するようないくつもの祈願が込められて来ていると思う。
まぁ妄想ではありますが、新型コロナ禍という未曾有の事態では
人心一新の必要性もあるだろうと思う次第です。
Posted on 6月 13th, 2020 by 三木 奎吾
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新型コロナ感染はなかなか終息には至らないけれど、
5月末での「非常事態宣言解除」以降、ようやくやや落ち着きが。
慎重さが求められますが、徐々にな活動再開、平常を再獲得したい。
危機になっていまの日本のメディアの状況が露わになった部分があり、
なぜこういう風にしか、と思うところがあってたいへん悲しかった。
しかしそんな気分は、季節の本格的な躍動にカラダ丸ごと委ねることで、
自然と「癒やされていく」のではないかと思います。
ここのところ、早朝散歩では毎日1時間半ほど歩いています。
歩数では、大体10,000歩をオーバーする。
距離ではおおむね7km超というレベルになって来ております。
北海道神宮にコロナ退散祈願を欠かさず、そこから円山自然林を
歩きまわる散歩コース。
そしてことしもついに、写真のように「オオウバユリ」との邂逅であります。
毎年、折に触れて写真でご報告しておりますが、
アイヌの人たちのソウルフードである根菜を涵養する植物。
根にデンプン質が蓄えられて、それを粉末にして料理していくのですね。
一度その食べ物を食べたことがありますが、まことに「この地」の味があって、
「地物」という強い風合いが感じられた。
食べ物としてはそういう存在ですが、その花の成長ぶり、
遷移変身していくその姿がたいへんドラマチックで日々、驚かされる。
きのう、そのつぼみに再会できたのですが、
この写真のつぼみ状態から、花がすっくりと立ち上がって、
「ユリ」科の花らしい愛らしい姿カタチを見せてくれる様が、
劇的な展開であって毎年、目と心を楽しませてくれるのです。
このブログ過去検索で「オオウバユリ」と入力されるとたくさん画像が出てきます。
こういう楽しみはまことに無上の醍醐味を感じる。
人間は自然、大地という豊かさに深く抱かれていることが実感できる。
毎日、その姿に触れられるこころの満足感は計量不能(笑)。
ときどき、その写真をこのブログでウォッチ、公開していきます。

なんですが、野の花たちはじつに「百花繚乱」であります。
昨日も散歩からの帰り道で、写真のような花を発見しました。
清楚な白にはかなげな黄色が浮かんでいて、まことに可憐。
うっとりと撮影させていただきましたが、同好の方と話していても名前が不明。
ということで、インターネットで「この花の名は?」みたいなサイトに質問。
さっそく答が返ってきました。
「バイカウツギ」と言う花なんだそうです。
〜バイカウツギ とはアジサイ科の植物の一種。別名サツマウツギ。
落葉低木の一種で、現在では南東ヨーロッパや小アジアが原産とされる。
名前の由来はウメに似た花を咲かせることから。〜とのこと。
人間世界の騒々しさからすこし距離を置いて
こういう美感の世界に全身つつまれて暮らしたいと思う日々であります。
Posted on 6月 12th, 2020 by 三木 奎吾
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どうもわたしは料理が好きな性格をしております。
だいたい料理を作っている間というのは無心になれるものであり、
その時間、他のことをほぼ考えることなく無念無想でするのが「数寄」。
〜「数寄」とは専門業とはせずに何らかの芸に打ち込む様を、
特に「すき」と称しているのであり、現代の俗語としては
「あんたもすきね」「ものずき」などに通じる。〜とはWikipedia。
好きというのは「動詞」だけれど、数寄というのは一種の固有名詞化している。
「数寄」料理とでもいえる世界なのかも知れない。
これはこれで「三昧」に至るひとつのプロセスだとも思われる。
あれこれと工夫することが、無性に「遊び心」を刺激されてやまないのです。
で、最近面白いなぁと思っているのが「ポテトサラダ」づくり。
昨日も朝1番で「作って見たい」と思い定め冷蔵庫の中から材料を出して
作って見た次第。大体、たくさん作りたくなるというのが男の料理通例。
まずはジャガイモなんですが、食材としては適当に購入するので、
たぶん品種が2つくらいあると、皮を剥きながら感じています。
白っぽい色合いのモノと、黄色っぽい色合いのモノが混合している。
ジャガイモ、として売り出されているので無造作に購入しているのですが
大別して、こういう2種の個体特性を認識しております。
たぶん黄色っぽい方は、味わいに「粘着性」が強く、サツマイモっぽいのではと。
で、そこにサツマイモも一定混合させます。
さらにそこにカボチャも混入させる。自然な甘味がぐっと際だってくる。
かてて加えてそこにタマネギも混入させて、蒸し上げるのですね。
っていうのが大体定番のレシピなんですが、きのうはそこにさらに
甘夏みかんの「皮」をいっしょに蒸し上げた。
色合いが、ふつうのポテトサラダと違って、黄色みが強くなるのですが、
さらに「酸味」も加えて見たくなったのです。モノ数寄。
加えてほのかな「苦味」とさわやかな「風合い」も企画して見た次第。
分量構成は、ジャガ5.5、サツマ1.5、カボチャ2、その他1くらいの「案配」。
まったく計量などはせず、その日の気分と食材のある、ないで適当に落ち着く。
それらを基本の「ねり状態ベース」に仕上げて、
そこにきゅうり、ベーコンハム、ちくわを軽く塩味で仕上げて
混ぜ合わせていく。あ、根菜系ねりベースにも蒸し上げ時に軽く塩味付け。
それらをしゃもじで十分に混ぜ合わせながら、マヨネーズで味付け。
食種でいうと全部で8−9種類の食材が盛り込まれたバランス料理。
・・・っていう作りようで仕上げてみるのが通例。
当然「作りすぎる」(笑)。なので朝の朝礼会のときにテレワーク以外の
出社スタッフに「お昼に食べて」とアナウンス。
で、お昼時に盛り付けてふるまった次第。全8−9名。
「今度の社長食堂(19日予定)でも、作ってください」
という声も寄せられたり、「なんかフルーティだ、あ、みかんだ」
というような感想が各人からさまざまに寄せられました。
わたしも、料理途中で「味見」することはほとんどないので
まさに「一期一会」の味を自分でも楽しむことになります。
・・・ときどきブログでこの「社長食堂」のことを書くので
けっこう顧客先から声掛けもしていただくようであります。
とにかく継続は力。もの数寄も続けていればきっとなにかの役に立つ。
とりあえずスタッフに喜んでもらえるように今後とも精進を重ねたい。
さてさて、外出抑制期間開けの19日には、なにつくろうかなぁ・・・。
Posted on 6月 11th, 2020 by 三木 奎吾
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