感染症の動向でこの2年間世界は振り回されてきた。 この間、喧しい混乱状況が続いてきて国民生活に多大な困難を引き起こした。 これからもまだしばらくは目が離せない状況が続くだろうけれど、 今回の感染の波動を見ていると、まった […]
Posted on 10月 8th, 2021 by 三木 奎吾
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感染症の動向でこの2年間世界は振り回されてきた。 この間、喧しい混乱状況が続いてきて国民生活に多大な困難を引き起こした。 これからもまだしばらくは目が離せない状況が続くだろうけれど、 今回の感染の波動を見ていると、まった […]
Posted on 10月 8th, 2021 by 三木 奎吾
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知恵と工夫そしてなにより忍耐という感染症対応での長い時間。 やむを得ない行動抑制局面が続いてきましたが、ようやく活気が出てきた。 とは言っても接触機会では十分に注意して、また当面は会食などは難しい。 そういった意味では行 […]
Posted on 10月 7th, 2021 by 三木 奎吾
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写真は最近の散歩道での名も知らぬ植物群生。 なんか、コメに似てタネをたくさん実らせ姿全体が黄金色に輝いている。 イネ科植物特有の穂波に日本人は独特の感受性を持っている。 カミさんと話していたら学校で先生が日本の国が黄金の […]
Posted on 10月 6th, 2021 by 三木 奎吾
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日本の国では本格的に「都」として都市造営されたのは奈良が嚆矢。 その後いくつかの首都都市計画はあったけれど、 京都が造営されて、約1000年とながく首都機能を果たし続けた。 そしていまは東京に首都移転している。約150年 […]
Posted on 10月 4th, 2021 by 三木 奎吾
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これ、やりますよね(笑)。 大仏殿の北東側の柱最下部に穴が空いていて、思わず通り抜けたくなる。 わたしはもうムリでしょうが、同行の息子は挑戦し無事クリア(笑)。 元々は「厄除け」のために穴があけられたのが理由のよう。 穴 […]
Posted on 10月 3rd, 2021 by 三木 奎吾
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わたしの専門領域は住宅論ですが、木造建築のありようを探索していくと 必然的に他の宗教建築、威信建築の建築表現にも興味が広がる。 木造建築の本質がより特徴的でしかも長期間保存されている。 歴史的建築物にはマインドの部分で「 […]
Posted on 10月 2nd, 2021 by 三木 奎吾
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さて大仏さんであります。 この彫像はもちろん人工物であるのに、まるで日本そのもののように ひとびとに尊崇され続けてきた存在だと言えるでしょう。 制作に携わった技術者・大仏師として国中連公麻呂、 鋳師・高市大国、高市真麻呂 […]
Posted on 10月 1st, 2021 by 三木 奎吾
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一般的に「大仏殿」と呼ばれる建築は本名は「金堂」。 いわゆる「大仏を見たい」というのが普通の見方と言えるのでしょうが、 大仏が永く存続していくためにはその保護が大切になる。 外観はきのう確認したとおりなのですが、 本日は […]
Posted on 9月 30th, 2021 by 三木 奎吾
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平安時代中期970年の書『口遊』(くちづさみ)には当代の建物の大きさ比べで 「雲太 和二 京三」とあり出雲の大社が一番、次いで大和東大寺の大仏殿、 3位が京都平安京の大極殿と注釈してある。 東大寺の大仏殿は当時高さ45m […]
Posted on 9月 29th, 2021 by 三木 奎吾
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東大寺南大門といえば金剛力士立像であります。 南大門は平安時代の962年に台風で倒壊した後、 源平争乱期1181年に平重衛の南都焼討によって多くの堂塔を失ってしまった。 多くの僧俗の南都復興の声に応えた僧・重源さんの勧進 […]
Posted on 9月 28th, 2021 by 三木 奎吾
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