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福島の「大化の改新」

きのうは福島市にて
地域連携「復興住宅」プロポーザル説明会の取材に。
福島県は、それこそ万年単位でしか解決できない問題を抱えながら、
これまでの国のシステムに対して
果敢な改良の仕掛けを実践してきていると思います。
応急仮設住宅のプレハブメーカー偏重の国の政策に大きな風穴を開け、
地域に住宅政策を取り戻すための試みに打って出ていると思います。
「最終的には、放射能で汚染された海洋の浄化を達成するまで・・・」
という檄文にも似たメッセージが、福島からは発信されています。
いま、現にそこにいてできることに全力で取り組もうという
そういった姿勢に深く共感するものです。
自分たちの身の回りからだけ、放射能汚染を除去し、排除したい
そしてすでにある自分たちの利便性も決して犠牲にもしたくない、
といったような、基本的にはエゴに基づいた考えとは
明確に一線を画しながら、
日本を変えていきたいという思いの強さを感じています。

きのうのプロポーザル説明会では
審査委員長を務められる三井所清典先生が講演されました。
先生からは、新潟県山古志の住宅復興のプロセスを解説しながら、
住宅の復興はどうあるべきか、の指針が示されていました。
これまでの住宅政策を根本的に変えていこうという
先生の「大化の改新」宣言は、まことに明快に道を示されていたと思います。
地域が、地域の尊厳とデザイン、暮らしの生業を守りながら
どのようにサスティナブルに道を開いていくべきかが
語られていたと思います。
今、福島県が取り組もうとしているものは、
まことにその言葉どおりのことだと思います。

思い返してみると
明治の維新の時に、薩長藩閥によって徹底的に痛めつけられ、
そして、今回は大都会のエネルギーエゴの犠牲とも言える
大災害に見舞われたのが、福島だとも言えます。
2度にわたって、民族的な危機を一身に体現した地域だからこそ、
いまの日本に対して、そのシステムに対して、
次に目指すべきものを打ち出していくことが出来るのではないか。
そんな思いを強く感じた次第です。

みそカレー牛乳ラーメン

一昨日・水曜日は青森市内で取材行脚。
あいにくの氷雨の中での撮影で、身震いするような天気。
ということで、最大の楽しみ、昼食であります。
で、案内していただいている建築家の佐々木秀男さん、
どこに連れて行ってくれるかなぁ、と眺めていたら、
なんと、青森に来て「札幌ラーメン」の看板の店に向かっている。
オイオイ、マジかよ〜〜〜って思っていたら、
やっぱりそのラーメン店であります。
まぁいいか、そういうのもなにかのネタになりそうと思い定めていたら、
「ここに、青森らしいラーメンがあるんですよ」
と、例の弘前弁で言われました。
微妙に、イントネーションが素晴らしいんですけど、
伝えようはありませんね(笑)。でも味がありますね・・。
で、こっちは本当の味の方。
なんでも、県民ショーとかいうテレビの番組で
青森のラーメンとして、「みそカレー牛乳ラーメン」が紹介されて
盛り上がりを見せていると言うことなのだそうであります。
私も大好きです、こういう国籍不明なキッチュスタイル。
・・・・・。
さて、食後感想。
・・・・・・。
うん、まぁ、おいしかった。・・・ような気がする。
うん、やっぱりおいしかった、つゆまで全部飲んだし。
でもなぜか、事前の名前からの連想に比較して
印象が薄い。
なぜなんだろうか???
よくはわかんなかったけれど、おいしくない、ということではないのです。
ないのですが、なぜか、印象に残らない。
そういう意味で、ちょっと不思議な食体験であります。
ひょっとして記憶喪失作用があるとか(笑)・・・。

信号無視??

なかなか天気が良くなりません、青森地方・・・。
おかしいですよね、ここんとこ。
先週金曜日からこっち、ずっと雨ばっかり、一時雪もあったけど。
という氷雨条件の中、
1日中、あちこちと写真撮影取材行脚であります。
2台のクルマに乗って移動していました。
朝方、1番目の撮影場所から、市内中心部の交差点を信号待ち。
右折して、国道7号線に出るところでした。
その交差点は時差式のようで、クルマのクロスの通行と歩行者の通行が
交互に繰り返されていました。
私とカメラマンは2台目のクルマなのですが、
1台目の案内車のほうが、左右の国道のクルマ通行から歩行者に変わった瞬間、
ちょっと前に、1mほど発進して、
すぐに気付いて、停車させた。
後ろのわたしたちのクルマも、弾みでやや前に出て、すぐに停車した。
で、それから信号が変わって、青になって発進した瞬間、
後ろ側から、けたたましいサイレンの音!!!
超びっくり、であります。
何事かと思ったら、運転していたカメラマンが呼び止められた。
後ろにいた覆面パトカーから女性警官さんが下りてきて
「信号無視」だというのです。
信号停止ラインを越えて動いたことを咎めてくる。
最初のクルマはずっと前に行ったのですが、
あとで追いついたら、こちらも警官さんに捕まっていた。
罪状は、同様であります。
むむむ、むむむむ。
まぁ、注意と言うことにはなったのですが・・・さて・・。

イマイチ、意味がわからない次第。
信号無視だというのなら、うしろにいたとき、
十分に時間もあったので、発進させてからいきなりサイレンを鳴らして
緊急逮捕、みたいな必要はないのではないか。
それに第一、信号がわかりにくい交差点だったので
そういったちょっとした間違いはありえそうな状況だったのですね。
カメラマンさんは、「え、おれかよ????」
っていうことだったのですが、
やっぱりわからない。
カメラマンさんの車は停止線の前で止まっていたのです。
どうなんでしょうか?

環境未来都市……健忘症

タイトルを見るとまことに結構な構想であります。
スマートシティとか言われていたものを
日本語的に表現したものか、
昨年6月にスタートして、ことしの2月まで論議されてきた
そういう構想なのだそうです。
菅直人さんの政権で取り組みはじめられたのですが、
こういう方向性に積極的な自治体を募集して
そこに一定の国費を投入して、先導的な成果を得ていこうとしている。

っていうところまで書き終えておいて
そのあと、書いていることを忘れて
本日の段取りその他を行って
その後、丸1日、青森県で取材活動を行っておりました。
みごとに健忘症であります。
まぁ、ここんとこ、
考えて処理するべきことが多くて
まぁ、なかなか少ない脳味噌では飽和状態であります。
爆発する前に、初期化するか、ペースダウンすべきか
迷っている次第であります(笑)。
ということで、申し訳ありませんが、いま、気付いたのが
午後7時前で、これから会食の予定もあるので
また、この稿はゆっくり書きたいと思います。
申し訳ありませんです。

本能寺の謎

出張中には1冊だけ本を持ってい行きます。
大体が、寝るのにちょうどよさげな肩の凝らない本と相場が決まっていまして
今回は、写真の1冊が選ばれました。
きのうは、青森から札幌まで移動したのですが、
列車での移動なので、本当は仕事をしようと思っていたのですが、
やはり、疲れがきていて気力が持たなかったので、
やむなく、読みかけていたこの本のお世話に・・・。

プレジデント社という出版社なのですが、
これまでは経営関係の本が多いと思っていた出版社からの歴史本。
それも、明智光秀の子孫の方が書かれた、
ということで、結構売れているのでしょうか?
戦国ものの中でも、本能寺をテーマにすれば、
信長・秀吉・家康の3大スターが勢揃いするので
売れやすい、という判断はあるでしょうね。
出版はビジネスですから、こういうメガネの持ち方は良く理解できる。
でも散々、多くの出版で取り上げられているテーマなので
切り取り方は、まことに難しいだろうと思います。
それが、明智の子孫、というあたりがいちばんのウリなんでしょう。
いくつか、面白い見解もあっていいと思うのですが、
家康と光秀の間で、同盟関係が築かれていたというあたりは
大いに疑問を覚えざるを得ませんでした。
それも本能寺の直前時期に、安土での接待役だったので、
そういう機会があってもおかしくはない、という推論だけなんですが、
むむむ・・・、そりゃ無茶だ。

ただ、この信長の横死には、やはり多くの思惑はあったと思います。
今日でも、政治家の出処進退、権謀術数には変転きわまりないものがありますから、
この戦国末期の統一国家直前時期には剥き出しの部分もあったでしょう。
信長の政治戦略というか、
国家統治思想というものが徐々に明らかになってきて、
それへの大きな反発が膨らんでいっていたのでしょう。
実力による人材登用で戦争に勝っていった信長の戦略が
ものの見事に破綻したのが、本能寺だというのは無理がない解釈。
使われ続けたあげくに、どんどん遠国に追いやられるだけという
「中央集権的絶対権力国家」という信長の
国家構想では、そのもとで必死に働き続けるのが
バカらしく思えてきた、やっていられない、と思った。
要するに、信長の人の使い方が決定的に破綻したと言うことなのでしょうね。
そういう意味では、
秀吉にも、家康にも、みんなに「この人、死んで欲しいなぁ」と
信長という人物は、思われ続けていただろうことは想像するに余りある。
秀吉は、きっと誰かがやると踏んでいただろうし、
その情報収集には相当の労力をかけていたのは間違いないだろう。
だから、さっさと対毛利戦争を止めて
「弔い合戦」という大勝負に打って出る局面チャンスを掴めた。
信長という重しが除かれて、家康も生き生きと甲信2カ国を侵略している。
光秀は、みんながやって欲しいと思っていたことをやったけれど、
それを明るい国家構想の形にまで出来なかったのでしょう。
まぁ、推理ものとしては悪くはない、という感じかなぁ・・・。
ふたたび、読書感想でした。

出張時プリンター地獄

きのうは青森市中心部での楽しい休日(笑)。
やむを得ざる事由ではありますが、まぁしょがない。
ということで、月曜日の仕事の関係で
大容量データを札幌の取引先から、なるべく小さくしたデータで受取。
本体データは300MBを越えているので、軽くしてもらうしかない。
まぁ、受け取るのは良いけれど、
それをわたしが作業するのは、不慣れでもあり心配、
っていうことで、お願いした次第。
休日にもかかわらず仕事してくれたKさん、ありがとうございます!!

で、めでたくデータは受け取りました。
さて、ここからであります(泣)。
事務所にいるときはポストスクリプトプリンターなので、
まったくものを考えないで高精細な印刷物が得られる。
出先なので、そういうことまでは当然、望めない。
で、コンビニではデータからの出力ができると謳っている。
そこで、今回は1TBの外付けHDを持ち歩いている。
これにデータを入れて、セブンイレブンのない青森市内で
まぁ、サービスのありそうなローソンへ。
ありました、複合機ですね。
で、上の写真のような案内があります。
USBでHDを差し込む。
即、フリーズ。
ゴメン、悪かった。無理だよね、1TBの認識。
やむなくローソンで4GBのメモリースティックを購入、1380円。
ホテルへ戻って、メモリースティックにデータを入れて
差し込む。そこそこ動作した後、
「このデータは読むことが出来ません(269エラー)」とかいう案内。
店の人が親切に対応してくれて、それはデータが
PDFのバージョンが1.6という形式なので、
1.5バージョンまで下げなければ見ることができない、という説明。
このデータ作成は、最新のMac環境だったので、
まぁありえそうな話だなぁ、最近AppleとAdobe、犬猿関係だし・・、
と素直に納得。
マァこの段階で、ほかのショップも当たってみたのですが、
やはりローソンの環境がいちばん進んでいるようですね。
やむを得ない、ということでデータを処理することに。
PDFをPhotoshopで読み込んでjpegデータに転換。
そこからPowerpointに読み込ませて、もう一度PDFに変換、成功。
で、PDFのバージョンを「詳細を見る」で確認したら、1.3ということで問題なし。
またショップに持ち込んだのですが、今度もフリーズしてしまう。
申し訳ないけど、もう一度ローソンのセンターヘルプに連絡してもらったら、
データは1枚1枚の軽いものでなければ、連続作成した大容量データは
対応していない、ということ。
ここまでくると、もう意地でも出力してやる、という根性のレベルの話。
ハイ、了解、ということで、さきほどPDFにする前の
1ページごとのjpeg画像をフォルダにして持参。
最初、フォルダからの取り出しがわからず、困惑しましたが、
それは簡単な画面操作でめでたく完了。
01.jpegというデータを出力させたら、
ようやくマシンは印刷紙を吐き出してくれました。
ここまでの時間はたぶん、2時間超。
1枚1枚出力して、全部で26枚のデータを完了するのに20分くらいかなぁ。
カラーも1枚あったので、560円という金額で終わりました。
会社事務所では、3分以内に済む作業が2時間半くらいはかかって、
そのうえ、あまり画質はよくない。
まぁ、それでもないワケにはいかないので、よかった、というところ。

完了後、疲れたアタマと、カラダ(ホテルーコンビニ5往復くらい)を
「まちなか温泉」入浴料420円なり、に浸かって休めておりました。
すばらしい青森市内での楽しい休日だった次第です(笑)。

ついに欠航に遭遇

あぶないとは思ってはいたのですが・・・。
きのうは仙台のホテルで目覚めて、事務所に出て要件の片付けなどを
しておりまして、
その後、最終の飛行機で千歳に飛ぶ予定でしたが、
日中は宮城県地方、かなりの強風でこれは・・・、という状況。
で、夕方近くになって問い合わせたら、
千歳もかなり厳しい状況。
なので、1便帰りを早めて
7時前の便に変更して、空港に駆けつけました。
これでひと安心、と空港の天候も悪くないので、よかった、
と思っていたのですが、
出発が近づいてきても、乗る飛行機の機体が見えない。
「???」と思っていたら、アナウンスがあって
使用する機材(飛行機)がまだ、千歳にあって
こっちに向かって飛んでもいない、というお知らせ。
千歳の降雪が激しくなって
滑走路が閉鎖寸前、そして閉鎖、という悪い流れ。
「もし遅れて飛んだとしても、千歳に下りられなかったら、羽田に向かう」
というオイオイ、の情報。
ということで、7時前には欠航が決定であります。
そのあとの最終便も、まぁまず無理そうなので、
手続きをした後、仙台に引き返しました。
で、ホテルを仙台市内で探したら、どこも満室の案内。
光のページェントの観光で、どこもいっぱいとのこと。
であれば、と状況を判断して、5日のアポイントのある青森に早めに入ろう、
という結論を下し、新幹線に乗車。
初めて「新青森」まで乗りましたが、快適に睡眠タイム。
で、なんとか11時前にホテル投宿。
本当は、きょう札幌の事務所で打合せもあったのですが、
まぁ、これはジタバタせずに青森にこのままいたほうが、
安全性が高いと判断した次第。

ついに、でありました(笑)。
というのは、わたし、北海道に住んでいて
ひんぱんに東北や東京に出張を繰り返しているのですが、
これまで一度も飛行機の欠航には遭遇しておりません。
マァ運が良いというか、
だったのですが、それもついに運が尽きたようです。
で、仕事の段取りもあって、思いっきり状況が混乱・・・。
連立複式方程式が、4つくらいあって整理不能。
こういうときは、しょがないので、のんびりしていたほうが得策。
1日、青森市中心部で過ごしていたいと思います。
やれやれ・・・。

新雪の山並み

きのうは朝、札幌から仙台へ移動であります。
仙台での会議出席ですが、
冷え込んだ朝、平地でもうっすらと積雪していましたが、
ちょうど、千歳空港そばの駐車場にクルマを向かわせた途端、
急に視界がパッと開けて、
澄み切った清涼な青空の向こうに、日高山脈が遠景に見えた次第。
ここんとこ、自然に触れるというか、
そういうリズム感に身を委ねることから遠ざかっておりましたが、
思わず、クルマを止めてしまって
その美しさのなかに立ちすくんでおりました。
冬という季節はきびしいけれど、
北方のそれは、まことに千変万化して、
実に美しい局面ももたらせてくれる。
雪の色の白さは、最高のコントラストで自然を化粧する。
まぁ、ほんの一瞬なんだけれど、
しばらく見ていなかったことを思い起こさせてくれて
こういう土地に暮らしているありがたさを思った次第。
やはり北海道は、北半球有数の美しさを持っていますね。

ということですが、
さて会議を終えて本日は仙台で過ごして
帰ってからは、ふたたび青森に月曜日には移動。
年末ギリギリまで、多忙さは続きそうです。
どうも、遠くの山の神さまが
なにかを、伝えてくれているのかも知れません。

厚い壁と窓辺

きのう、Replan北海道版、
12月末発売号が一段落。
実は12月には大型の企画がほかに3件もあるなかで、
非常に厳しい状況でしたが、
なんとか、ひと山越えられたというところです。

で、きょうと明日はわたしは仙台へ。
さらに週明け、来週はたぶん、北海道にはずっといない予定。
そういうなかで、出張先でのデスクワーク作業が増えそうです。
アップルが注力したことで
デスクトップパブリッシング、ということが浸透したわけですが、
そのぶん、どうも仕事のデフレが起こったというのは間違いがない。
たぶん、ITの進展というのは、
仕事が可能になった人間と世界が広がったことで、
価値観が大きく変化してきているのだと思います。
そのただ中にいるので、なにが本当に変わったのかが
冷静に判断できなくなっているのでしょうね。
たぶん、人類史の中でも特異な局面をわれわれは過ごしているのではないか。

おっと、かなり(笑)脱線しておりますね。
いろいろ変化していくと言えば、
わたしが関与している住宅関係でいえば、やはり建物の性能向上。
ごらんの写真のような窓の方向に向かっていくと思います。
何がいちばん違うかといえば、壁の厚みですね。
この家は壁の厚みが20cm以上あります。
断熱を強化すると、こういう光景が当たり前になってくる。
こういう家では、窓というものが
ちょっと存在感が変わってくるのではないか。
日本の木造建築は、極端に言えば、屋根を基本的要件に成立したような建て方。
その場合、開口部は広ければ広いほど良い、
ほとんどスキンレスな開放感を目指してきた。
でも、それでは、夏もダメ、というようになってきた。
断熱、という日本的な構法では意図していなかったことで、
壁の厚みが変化してきたのですね。
さて、こういう窓をどのように生かすのか?
まだまだ、デザインの方では、試行錯誤が続いていると思います。

玄米・ぬか漬け

毎朝、食べ盛りの息子がいるわが家では
お米を4合以上、炊いております。
家事時間も確保が大変なので、1日分をいっぺんに炊くのですね。
朝食分とお弁当の分、さらに夕食分になります。
で、最近石巻在住のスタッフからいただいた
玄米を毎日、精米して炊飯しています。
精米したてのお米って、やはり無上においしい。
おかず以上に、やはりおいしいわけで、太る心配をしております。

なんですが、こうやって毎日精米していると
米糠が毎日出る。
で、よせばいいのに、ぬか漬けに挑戦しております。
わが家は最近、非暖房の空間も作っていまして、
1階のふだん使っていないキッチンコーナーでやっております。
毎日出る米糠を、フライパンで煎って、
ぬか漬けに足していっております。
大きなタッパー容器でぬか床を作り始めて、2週間くらいでしょうか。
1カ月くらいはかかるという情報なのですが、
ときどき、様子を見るのに試し版を食べてみています。
米糠に、パンくずをドロドロに煮込んださまし汁とか、
塩水のさまし汁とか、コンブ、鷹の爪(家庭菜園生産)などを
混ぜ込んで経過観察し続けております。
まだ、味付け自体はものによっては薄味でして
そこはかとない、「あ、かすかにぬか漬け」という案配(笑)。
さてものになるやら、っていうところですが、
こういう毎日すこしづつ案配を見るというものがあるのは
それなりに楽しいものであります。
ぬか床を育てるっていう感覚なんですね。
結局、普通にやっていたら出来てくる自然からの贈り物を
いろいろに工夫して、食文化を紡いでいくのが
当たり前の姿なんだろうなと、そんなことを思いながら、
せっせと、作り続けております。
さて、きょうはどんな味になっているかなぁ・・・。