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【基礎断熱からハイブリッド床下断熱へ】


さて、最近もたくさんの「取材」をしてきていますが、
なかなかまとめる時間が取れない。
きょう取り上げるのは、先週水曜10日のアース21総会での
鎌田紀彦先生基調講演からの「基礎断熱から床下断熱への回帰」テーマ。
北海道では「暖かい家」への技術進化の過程で
床下断熱からほぼ常識のレベルで基礎断熱が一般化してきた。
「凍結深度」以下まで基礎を掘り下げる必要がある地域特性があって、
その基礎造作の「特殊性」に着目し、その基礎外周で
断熱材を張り付けてコンクリート打設を行えば、
その土地の「年平均気温」程度と言われる「土壌の熱」を取り込んで
いわば「土壌蓄熱」を利用できて、床下の湿度管理などの
木造住宅がかかえてきた問題点をもクリアできるということ。
人類伝統とも言える「竪穴」利用ともアナロジーできるので、
きわめて「安定的」と支持されてきたと言えるかも知れません。
こうした流れになって来たのには、それこそ新住協や鎌田先生自身も
それを大きく提唱してきた流れもあったと思います。
しかし、講演でも指摘されていましたが、
「地盤の熱容量が大きいため、家の中の室温と同程度の温度まで
平衡状態になるまでには、大きな熱量が必要になってしまう。
熱供給が行われなければ、土間表面温度は低下していく。」
「床下暖房していてもこの熱供給は不可欠。熱供給能力を大きく
キャンセルできる高性能住宅では、能力が小さくなってきている分、
暖房を停止するとうまくいかない」(以上要約)
というような問題意識に到達されている。

ということから床断熱の方がより合理的ではないかという流れ。
暖房空間の体積をより小さくできるので
暖房設備容量をさらに削減していくことが可能になるとされている。
しかし、一方で各種配管設備など床下の凍結対策は
寒冷地では絶対不可欠で、また気候変動の「極端化」が進行しているので
温暖地域でも万一の場合がありえる。
そこで水道配管などを収める「水回り」空間を一定の範囲内に収める
設計プラン上の工夫をした上で、その周辺区域だけを
「基礎断熱」として集中配置することで、その他の床断熱部分との、
いわばハイブリッドタイプの断熱を提唱されたのです。
こうした提唱はこれまでも鎌田先生からあったのですが、
今回札幌で棟晶さん建築の2.5×6間の「新住協モデル」で実験されています。

いまのところ、北海道では技術的にほぼ完成した基礎断熱採用が
はるかに優勢ですがコストダウン圧力が今後さらに高まっていって
暖房用熱量のさらなる削減が求められていく可能性が高い中、
こうした技術進化も求められてくるのではないかと思っています。

【サクラ前線と平行北上中 さざんかとの競演】

写真は福島県の高速東北道・吾妻SAで見掛けた豪華ツーショット。
あるようで、あんまり見掛けることがなかったので、思わず。
わたし的にはこの2つの樹種はゴールデンマスターでして、
どちらも北海道ではほとんど見ることができない品種かと。
さざんかは冬の時期に目を楽しませてくれる樹種として、かつ
排気ガスなどに強い樹種としてJH道路公団は高速道路街路樹として多用している。
一方の桜、たぶんヒカンなのか、ソメイヨシノなのか、
どちらもヤマザクラが主流の北海道では,目にすることが少ない。
住宅雑誌として、本州地域でも発行を初めて以来、
目にすることが多くなってきた樹種ですね。

とくに関西の知人から、「冬の北海道にはさざんかが咲き乱れていると思っていた」
という驚愕の言葉を聞いたことがあるのですが(笑)
冬の花として、本州の方には、さざんかは季節感の中心にあるようですね。
まぁもちろんですが、冬の北海道では植物の開花気温を上回ることはないので、
あるのは雪の見事な咲きっぷりくらいですね(笑)。
ことしはサクラ前線、やや早い感じなので北海道でも令和改元前にも
開花があるかも知れませんね。楽しみであります。
今回の出張ツアーでは社用車の点検の件もあって、
東北南北を縦断して、札幌まで長躯走ることになっております。
各地でのビジネス要件もあるので、あちこちを転々としながらですが。
起点は仙台ですが、いったん郡山まで南下した後、
山形を経由して青森まで一気に北上。
その後、フェリーに乗って北海道函館に渡って、札幌まで長距離移動。
まぁ慣れてはいますが、さすがに走行距離は1,000km近くになりそう。
こんなふうに目を休ませながら、宿泊も重ねつつ、
季節のなかを走っております。さて、きょうもがんばるぞ、っと。

【やはり店舗販売はPOPがキメ手】

きのうは高速道路を走りまくっておりました。
福島県での要件から山形という次第。
ということで、チョコチョコと高速PAで運転体力回復の休憩。
こういった機会では、店舗側からすると
いかに「疲れている客」の心理に即した「癒やし」を提供するか、だと。
それには主役はやっぱり食品系ということなる。
で、そういうものの仕入に工夫を凝らして頑張るのが基本でしょうが、
それをどう伝えるか、は相手が常に流動する人たち相手なので、
POPを通しての対話が基本になるのでしょうね。
わたし自身、こういったPOP広告には強い関心がある。
画像真ん中の「おしょうゆ」など、見たことも聞いたこともないのですが、
このシチュエーションで見ると、興味を惹かれる。

で、わたしはこの醬油だけパスして
ほかの2品は思わず購入してしまった(笑)。
いちばん惹かれたのが右側のヤツ。
ちょうど、東北の麺類、稲庭うどん、山形蕎麦、白石うーめんと
スタッフと、あれこれ話題にしていたところに持ってきて
今度は山形うどんかよ、それもねばりと腰を強調する作戦に
「それは試してみたい」という刹那心理が強まってしまった。
醬油はまぁ、たくさん在庫もあるし、ということでパスしてしまった。
高速PAでの消費では、あんまり家庭での「常備品」はどうなのかなぁ。
もうひとつの「空けたらもう手が止まらない」ヤツは、
疲れた心理に即応していて、伸びた手が止まらなかった(笑)。
クルマを運転していると、ついストレスの解消のために
こういった「手が伸びる」ヤツには弱くなるのでしょうね。
今回はワケあって、札幌までクルマで出張がてら帰る。
そういうことで、普段は絶対に荷物が増える買い物はしないのに
ついつい手を伸ばしてしまった次第です。
でも、POPの売り言葉、眺めるのは愉しい。
いろいろ勉強にもなりますね。

【IT活用が一般化 「敷地を読む」設計プロセス】

写真はある住宅プランでの「敷地環境分析図」。
住宅建築というのは有史以来、ずっと続けられてきた営為だと思いますが
イマドキはこういったGoogleマップをベースにして
周辺環境を大づかみに把握するということが共通認識化してきている。
生活実質としてはわたしが住宅を建てた28年前とは大きくは変わっていない。
食品を買い出すスーパーマーケットとか、
生活利便的な諸施設群というのはそう大きく変化はしないし、
学校などの公共サービス所在地やその機能なども変化はない。
しかし、そういった「環境認識」はいわば「体感」的に把握していたのが、
いまはこの写真のように「データ認識」的にとらえられる。
もちろん、通常生活的にはこういったデータを常に参照するわけではなく
「ほぼアバウト」な感覚世界で日常を過ごすことは変わりはないけれど。

しかしこういったデータが明快になる世界というのは
悪くはないし、より巨視的な把握に通じることが多いと思う。
なによりも客観的に、多くの人の「常識」が普遍化するのだろうと思う。
現代生活で言えば、歴史的に見ても「移動」の要素が大きくなって来ているので
その地域がどのような交通環境にあるのかが、明瞭になり、
また「利便性要因」にとって重視されてくるものかも知れない。
このマップは仙台市のある土地のことですが、
わたしの住んでいる札幌で言えば、大きな流れとして
千歳空港と札幌の間、というのがそういった流れから発展可能地域として
浮かび上がってくるように思われる。
これからの「土地選択」では、こういう「土地の読み方」というのも、
大きなファクターになってくる可能性がある。
こういった巨視的把握ということから、
先人の判断力というものが浮かび上がってきたりもする。
よく言われるように、鉄道の線路の位置取りというのは
相当に考えられた地盤判断の上に決定されているといわれる。
もっともムダがなく、そして安全限界をわきまえた選択が感じられると。
土地を読む巨視的な判断力に、こういう感覚を常に持っていることは
大きな助けになっていくと思われますね。

【鎌田紀彦氏、アース21で「和解」の講演】


きのうは札幌で地域工務店団体「アース21」の年次総会開催。
その「記念講演」に、新住協代表理事で室蘭工業大学名誉教授の
鎌田紀彦氏が登壇されていました。
これはアース21の会長である(株)キクザワ・菊澤社長の2年越しの
講演依頼に対して応えたもの。
アース21とは、北海道の高断熱高気密住宅革新の中核主体になった新住協が、
鎌田紀彦教授を中心にしてその研究を深めて行くに際して
さまざまな実験的な取り組みでその研究に全面的に協力し、
技術開発の最先端に立っていた工務店の中心的メンバーが設立した団体。
住宅性能技術だけではなく、地域工務店としての経営的な課題についても
相互に協力し合って、忌憚のない意見交換をする
そういう目的で、いわば新住協からスピンアウトして派生した工務店団体です。
その過程では鎌田教授とも話し合って、その趣旨に対して賛同を得、
双方で合意が形成されてスタートしたものでした。
しかしその後、アース21が独自に「住宅性能技術についても研究広報活動している」
といったような誤解が生まれ、残念ながら非協力的な期間が継続してきていました。
そういった誤解を払拭すべく、菊澤会長を初めとした関係の再構築努力が
継続してきて、今回記念講演を鎌田先生が受諾して実現したもの。
スタート時点の「住宅技術革新」の原点を再確認して
今後とも研究開発を進め、さらに普及啓蒙に協力してあたっていくことが、
きのうの鎌田先生の講演でも明確に発言されていました。

写真は、鎌田先生と談笑するアース21創設者の橋本政仁氏。
残念な関係が継続してきたことを忘れるように
ツーショットに収まっていただけました。
鎌田先生にも、本日このようにわたしのブログで紹介する旨の
了解もきちんといただいた上で、本日発表させていただくことにしました。

きのうの講演では、最新の研究段階の紹介があると同時に
高断熱高気密運動のスタートアップの昭和55年頃から平成初期の
初期10年間の状況について鎌田先生の方から、その核心的テーマについて
再確認の話題提供がありました。
北海道での住宅技術開発は、まさにイバラに満ちた道程。
暖かい家を願う多くの地域住宅ユーザーに応えようとする産学官連携があった。
ナミダタケ事件などの多くの困難を乗り越えてきたのは、
この初期10年間に集約的に、先生を中核にした研究と地域工務店の実験的建築が
相互に強い連帯・連携があったからこそ実現できたことだと。
さらにこうした努力開発の成果を「共有技術資産」として
オープンに社会に公開していった姿勢に大きな根拠が存在する。
同時代を協働的に過ごしてきた一員として、
今回の鎌田先生とアース21の「邂逅」には特別の感慨で立ち会っておりました。
謹んでこの事実を報告できることを幸せと考えております。

【能楽堂2題 中尊寺境内&東北芸工大】


わたしは全国各地で建築を見るのですが、
能楽堂はそのなかでも好きな建築のジャンルと言えるでしょうか。
どっちかというと、伝統系の方に感性が反応するので
コンクリート建築にはどうしても冷たさを感じてしまって
思い入れを持つことができにくいタイプのようです。
先日来、っていうか、過去何回かこの上の写真の山形にある
東北芸工大キャンパスの能楽堂は見ているのですが、
コンクリートで造作されている(ように見える)せいか、
空間に対しての「思い入れ」の部分で、拒否されているように感じられる。
この能楽堂は水盤としての貯水池に浮かぶように立っている。
同様に池を通って本部棟にも出入りする構成になっているのですが、
どうも北海道人として、冬の寒さのほうが先にアタマに入ってくるので
水盤のデザインに対して無意識に拒否感が働くのでしょうか?
このあたり自分でもよくわからない。<今時期は水盤から水は抜いています>
設計意図としてこの水盤について
〜本館前には水を置き、その中央に網走刑務所(博物館網走監獄)の鏡橋を模した
鏡橋を設置した。この橋は受刑者が刑に服する時のように、
学生が鏡橋を渡るときに水を鏡として自分を見つめて正しい目的に
向かってほしいとの願いを込め設置した。
このほか、2001年に開学10周年を記念して本館脇に建てられた
水上能楽堂「伝統館」では、例年5月に能楽が舞われる〜
というようにWikipediaには説明が書かれています。
この設計意図に、親近感や楽しさの要素が見えにくく
コンクリート素材感もあり冷たい、という印象を持ってしまうのでしょうか?

やはりそれに対して伝統的な能楽堂には
まず、素材としての木の経年変化の表情が感じられ
観客席との距離感や素材としての土の軟らかさが伝わってくる。
この観客と演者との間隔、距離、その素材というものも、
大きな建築的要素なのだと気付かされる。
たしかに水盤には,薪能などの場合の「反射光」が印象的になるだろうと
容易に想像でき、それを見てみたい欲求もあるけれど、
日常的光景として考えると、冬場は痛々しく感じられはしないか。
蒸暑の夏を持つ盆地である山形では、たしかに夏の爽快を求めるのも
ムリからぬ部分はあるけれど・・・。
どうも北海道人の「あたたかさ」志向の大きさを自ら感じている次第。

【テクノ設備は生き延びる手段か、欲望維持か?】


写真は先日訪問させていただいた「山形エコハウス」。
外観的には非常にシンプルに、それこそ環境共生型のカタチ。
太陽に向かってすなおに正対させて、太陽光を最大限受容することを
エネルギー循環的に追究している。
屋根には太陽光発電を仕込み、同時に太陽熱温水装置で
家中の必要な温水も作り出すという志向性。
まぁ、現代が考える「エコ」という意味合いが表現されている。

一方で半地下室には、ごらんのような設備配管が配置される。
真ん中はペレットストーブですが、
太陽熱給湯など、配管関係は複雑縦横になっている。
個別の配管経路には名札も張られていて
それなりに理解はできるけれど、ふつうのユーザーがふつうに使いこなせるのか、
想像力はなかなか湧いてこない。
わたし個人的には、このうちのどれかの配管経路で問題が発生しても
自分でどうこうしようとかは、考えられないだろうと思われる。
それにこれらはすべて電気でうごくメカだろうから、
太陽光発電を自家利用するための転換スイッチなどが
明示的にわからないときには、大規模な災害での停電時、
どこをどうすればいいのか、理解するのは相当苦労しそうです。
また、そういう大災害が発電している昼間であればいいのですが、
深夜になった場合、一般人の「緊急時対応能力」範囲に収まるかどうか、
というように思われた。
他方で原始のひとびとは、こういったメカ能力はなかったけれど、
危機管理能力は現代人のレベルとは異次元的に高かっただろうと想像する。
まったく情報がないなかでも、直感力を働かせて
どうすれば生き延びられるか、対応していったのだろうと。
とりあえず、火をおこして暖を取らなければならないとか、
彗星が生存域に落下して、そこからの脱出をしなければならないとか、
気候変動が急激に襲ってきて、それに対応しなければならないとか、
そういった生存の基本的な能力に於いて、対応力が優れていたのだろう。
だから、全地球上のほぼすべての大陸にまで進出する生物的成功を得た。

そう考えると、これらの現代的エネルギー設備は
「快適」を支える欲望維持装置ではあっても、
生存のための不可欠装置であるのかどうか、ふと考え込む。
子孫のために生き延びる知恵をどう伝えるべきか、わたしたちは、
本当の意味でわかっているのだろうか、と。

【サクラ開花 in 仙台榴ヶ岡】

予定を変更して半日長く仙台におります。
飛び入りで夜の会合参加要件があって、本日札幌に帰還予定。
日程変更で探してみたけれど、仙台はホテルが満杯の様子でした。
どうも「特異日」っぽい感じ。あれ、なにかなぁと不思議なほど。
で、会社事務所近くの「榴ヶ岡公園」を通りかかったら、
ごらんのように名物の「しだれサクラ」が開花しはじめておりました。
気象台の発表では5日だったそうですが、
わたしはことし春はまだ東京出張もなかったので、
ことしの「初サクラ」であります。
クルマの中から公園の様子を見ていると、そこそこの人出。
仙台のホテル満杯は、サクラ名所見物というようなことなのかなぁと。
日中の気温も車内の温度計では15-16度程度を示していましたから、
そこそこ暖かかったワケですが、
しかし午前中は強風も吹きまくっていたので、おお、でありました。

一方で札幌地方では
「7日昼前から夕方まで、落雷や突風、ひょう、急な強い雨に注意してください。
北海道付近は、7日は気圧の谷が通過するため、大気の状態が不安定となるでしょう。
8日も気圧の谷が通過する見込みです。
石狩・空知・後志地方の7日3時の天気は、曇りで、雪や雨の降っている所があります。
7日は、気圧の谷が通過するため、曇り時々晴れで、夕方まで
雨か雪の降る所がある見込みです。また雷を伴う所があるでしょう。」
というアナウンスですので、まだまだ冬のなごりが元気いっぱい。
ただ、ことしはややサクラは早い感じなので、
北海道でもことしの特異な改元長期休暇時期には便りが聞かれるかも、であります。

【建物と樹木の対話 「家と庭」=家庭】

人間が暮らす環境を構成するのが家の意味。
人間的に生きるということの実質とはなんだろうかと、ふと考える。
いまは、わたしは札幌とそれ以外の地域との交互環境にいます。
札幌では住宅があり、そこでの経過時間は「住まい」の実質。
それ以外の地域ではホテルという「暮らし方」になる。
それはそれで、まったく違和感を感じてはいないし、
なるべく定点的な「定宿」感覚のホテルを選択していて
それなりの「くつろぎ」を得ているので心理的には「帰る」感覚もある。
あるひとから「疲れそうだから、マンションでも借りたら?」と言われたけれど、
個人的には一度そういう経験もあって、そのほうに違和感があった。
結局家族と過ごす、なにか「共生」ということが、
どうも人間的な生き方の実質のように思われます。

そんな風に考えると、「家庭」というコトバに気付く。
家庭はいうまでもなく「家+庭」というふたつが合わさった概念。
現代では人間は「移動する」という概念がかつてなく高まった生き方になってきた。
移動手段が格段に環境進化を遂げてきている。
コストパフォーマンスも大きく進化を遂げてきている。人間の生き方で
定置的な生活と移動狩猟とのふたつが同時に実現できるようになった。
そうなると、この「家庭」というものの価値感がもっとクローズアップされる。
共生、というコトバを使ったけれど、
家族という人間関係だけではなく、植物などとの関係も
人間の潜在的意識領域ではけっこう大きな部分を占めている。
庭木を眺め、その息づかいを感受しながら生きるということには、
相当大きな意味合いがあり、そういう価値はむしろ高まっている、
そのように思われてなりません。
写真は、いま関わっている建築の外壁と庭木の表情。
幾何的な造形である建築と対比的な自然木の表情が
あるコントラストの美観を訴えてくる感覚がある。
外構設計者に聞いたら、その背景になる建築の外皮とどう調和させるか、
「会話」させるか、というようなことを考えながら樹種を選択すると。
そしてその四季折々のシーンを想起しながら、作業を進めると言う。
「むしろ、樹皮とその形状だけになる冬場の骨格だけの時期こそ・・・」
というようにデザインするのだとされていた。
庭木の側がそのように「寄り添って」来るように配置されてくると、
人間の側では否応なく「共生」感覚が強くなっていくでしょう。
世界の中で、たったひとつかけがえのない場所が「家庭」となって出来上がってくる。
そういうのが人間環境のやすらぎの大きな領域。
都市的な高密度な環境がせめいでくる現代であればあるだけ、
むしろこういう環境との「対話」の意味が高まっていくのだろうと思います。

【山形エコハウス 築9年の景観】


きのうは東北芸術工科大学に竹内昌義先生を訪問。
都合2時間近く、いろいろな打合せ、情報交換をさせていただきました。
先生は建築デザインのみかん組の首都圏、全国での活動の傍ら、
山形に根付いたカタチで、地域の建築に深く関わってきている。
また、岩手のオガールタウンの構想から最終的な展開まで
深く関与されて、成功を収められてきています。
一方で、そういったプロデュースやデザインに関わりながら、
同時に「断熱男」として自ら命名するほどに
高断熱高気密運動にも積極的にアプローチされてきている。
・・・ということで、東北でのReplan出版についても
キーマンとも言える存在と考えております。

で、帰りがけに近隣に建っている「山形エコハウス」を見学。
この環境省主催の企画からすでに9年の月日が経過している。
東北ではこの山形と、福島県飯館村の2箇所で建設された。
残念ながら福島県飯館村の方は原子力事故の影響で見学が叶わない時間があった。
リアルタイムで関わってきたことがらも、やがて歴史になっていくと痛感。
そういうなかで、この山形のエコハウスは初めて入ってみた次第。
竹内さんや、同輩の三浦秀一先生らが中心になって
このエコハウスプロジェクトは推進された。
外壁の木質仕上げはその時間なりに飴色に変化して
いい時間経過を見せてくれています。
現在は地域に根ざしたNPO組織が運営委託を受けているようで、
わたしどものような飛び入り見学者にも説明していただけました。
やはり設備関係では時間経過を感じさせられるものも。
太陽光発電装置については、その当時積極的に展開していた
日本メーカーはすでに撤退されているそうで、
有為転変のスピード感にも驚かされます。
敷地が傾斜地に立地しているので、その傾斜を活かして
地下室に機械設備関係は集中させている。
多湿な日本の気候ではなにかと懸念される地下室ですが、
こちらでは室内に仕切りのドアなどももうけない開放型なので、
劣化の様子はまったく感じられませんでした。
シンプルに造形され、断熱厚みも重厚に確保された建物は
美しいフォルムを見せてくれていました。