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雪割りサンデー

きょうから4月になって、ことしも四半期が終わりました。
ということで、国の年度も改まり、暦の上でも春の訪れであります。
が、やはり北海道の春はまだまだ遠い。
でもやっぱり早く春が来て欲しい。
そういうことで、この時期になると北海道・札幌では
家の前に冬の置き土産の固い雪、まぁ氷のかたまりになっているヤツを
叩き割って、細かく砕いて、という雪割り作業が行われるのです。
土曜日はちょっと多用だったので、きのう日曜日、
わが家でも着手開始いたしました。
お隣近所では、みなさんウィークデーにも作業できるようですが、
夫婦とも仕事しているわが家では、休日のお勤めであります。

2台分の駐車スペースの方は
積層している床面の雪の塊を砕くとなると、大変な時間がかかるので
こっち側は自然に太陽さんに任せることとして、
玄関前の約15㎡ほどの場所の雪割りであります。
高い場所で50cmくらいで、家の周囲には煉瓦の床面が一部露出している
というような状況からスタートであります。
ちょうど春休みの高2の息子が、露出部分の拡大から着手。
夫婦でその様子を歓声を上げながら見ておりましたが、
約30分で撤退して参りました。
どうしたのかなと聞くと、「つるはし壊れてる」ということ。
見ると木部と鉄の繋ぎ部分がやや心許ない状態で、
ヘタをすると抜けてしまいそうな印象がある。
でも、これまでもそんな印象だけれど、実際は大丈夫なんですが
まぁもう20年くらい使っているものなので、不安もあって
「じゃ、新しいの、買ってくるか」と
息子とふたりでクルマで出掛けた。
ところが、やや遠くの超大型ホームセンターに行ったら、
「今年度の入荷予定はありません、まったくの品切れです」
という無情の宣告。
どうもみんな考えることは一緒で、ことし買い換えようとした人は多いようです。
最近は振り上げるタイプのツルハシではなく、
上から垂直にまっすぐに氷を叩き割る1本タイプがあって、
「あれ、使いやすそうだな」と思っていたのですが・・・。
ということで、しょがなく、気をつけながら古いツルハシで、えんやこらです。
天気も見ながら断続的に、筋肉痛にならない範囲で(笑)、
夫婦で頑張り続けまして、
おおむね10㎡ほどは完了させることが出来ました。
ことしは雪が多く、前面8m道路面にはまだ50cm以上の固い氷があるので、
それと極端な段差を生じないように、
わが家側の氷も、傾斜をつけるように雪割りしなければなりません。
道路の向こう側にはまだ2m近い雪の壁もあります。
まだまだ、1日ではとてもとても無理。
しばらくは、雪割りサンデーが続いていくものと思われます。
さて、筋肉痛、どうなっていくでしょうか、
今朝は事前のケアが実って痛みはありませんが、さて今後どうなるか、
ハラハラドキドキの雪割り月間が続きそうです(笑)。

人類史と日本史

現生人類が地球上に展開した足取りを表現した図を見ている。
人類は現生人類だけではなく、ほかにも人類はいたけれど、
イブの子孫たちは20万年前にアフリカを離れて、世界中に食料を求めて
旅立っていった。
その図によれば、日本にはまだ到達していないことになっている(笑)。
そのなかで中央アジアから大きく枝分かれして、
モンゴル高原を経てアラスカを超えてアメリカに向かった人たちと、
同じく中国に向かった人たちが、どうも日本列島には来たように思われる。
そのほかにも、南方島嶼伝いに列島にたどり着いた人々も多かったかも知れない。
朝鮮半島は、やはりモンゴル高原からの流れと、
中国からの流れが交錯しているように思う。
日本の列島に来た人々のうち、後に縄文文化人になった人々は、
やはり基本的にはモンゴル高原からの北方狩猟民、
マンモスハンターの流れだと思う。
モンゴル高原や中国に到達したのが30000年前だと言うから、
そのへんから、この島嶼列島に人々は流入しはじめたに相違ない。
そして、気候の温暖化が13000年前ころから始まって、
次第に食料が、縄文的システムに変わっていった。
そこで、森林からのドングリなどの採集と漁撈とを基本食料調達手段とする
縄文社会がこの列島に根付き始めたのではないか。
そこらへんから、日本という社会が創成していったように感じる。
ただ、こうした「民族移動」は常態的なものであって、
その後も弥生的な生産様式社会が、朝鮮半島地域との強い関係性の元で
この列島にも一体的な社会として現出していたようです。
古代における天智や天武期の朝鮮半島への出兵・白村江での戦いなど、
朝鮮半島と、この列島との一体性が表現されていると思う。
そしてその結果、中国の強大な古代国家・唐との国際関係に直面して
独自的な律令国家の方向に大きく舵を切ってきたのではないか。
半島と列島は自然的には、一体的な関係にあったのではないだろうか。
人と集団の交流はごく自然に海峡を跨ぎ、
日常的な強い関係性を保ってきたに相違ない。
そうした列島西部地域と、伝統的にモンゴル高原から北方経由で
この列島に根付いてきた縄文システム社会を基本にした列島東部・北部の社会に
大きくは二分されてきていたのが、日本の祖形だと推測します。

わたしたちの年代が受けた歴史教育とは隔絶したような
こんな明瞭な歴史像が最新知見でもたらされている。
グローバルな認識と、個別社会の成立要因の両方から
歴史的な把握というのは、されていく必要があると思われてなりません。

お花どっさり、感謝感激

さて、Replan100号記念号も発売されて
なんと、いろいろなところからお祝いの花をいただいております。
わが社のエントランス部分には、さまざまな色合いの花々が咲き乱れておりまして、
まるで一足お先に春爛漫といったムードであります。
人間、なんとも単純なもので、
やはり華やかで美しい百花繚乱を見ていると、気持ちも華やぐ。

わたし自身は、誕生日とかも、どっちかというと
照れ屋で、恥ずかしく、まぁ家族からこっそりいわれて
はにかみながら少しうれしがる、というところなんです。
こういうのって、きっと兄弟が多い環境で育って
いちども家で誕生日を祝ってもらったことなど記憶にない、
そういう暗い過去(笑)に、起因しているに違いないと思われるのです。
そうなのに、今回の仕事上のアニバーサリーというのは、
まことに正直にみなさんからのお心遣いがうれしくて仕方ない。
ちょうど子どもが成人式を向かえた親の心境に似ているように思います。
これは、わたし自身と言うよりも、
多くのみなさんが支えてくれたことが、結果として花が咲いた、
そんな風に思えてならないのです。

というようなことで、
なにはともあれ、お花畑の真ん中で
ひとりニコニコとほほえんでいるという次第であります。
創刊から25年も経ってきたことに、
その実感はまだ強くはないのですが、
こういうものを見せていただいて、ようやくなにかが見えてくるようですね。
本当に、みなさんに感謝感激であります。

雨からの窓の保護

先日のReplan100号イベントで、会場に来られた方から、
ある相談を受けておりました。
最近の住宅でたいへん多いのですが、
窓周り、窓の左右両端下部の壁面に雨水が流れる筋道ができる、
という事態についての解決策は? という問いでした。
外見的に、住んでいる方からすると気になるものであり、
その方の場合、その対処として外壁材の交換を過去にもされたそうなのです。
で、ご質問の趣旨は、そういうふうにならない外壁材は?
という質問だったのですね。
聞いていて、まぁ口頭だけでの相談で、実際に状況を把握しての
ことではありませんので、断定は出来かねますが、
壁材の素材の問題ではないと思いました。

北海道から発祥した住宅の「合理化」って、ポイントは多いのですが、
その究極は、「軒がなくなった」ということではないかと思います。
日本の建築は、高温多湿の気候に合わせて、
いわば、「屋根の建築」であった部分があります。
その屋根の機能は雨から建物を守るという思想がベース。
当然、傾斜角度を付けて三角屋根で雨を落とすということが基本だった。
必然的に壁も保護することになる「軒の出」が
デザインの基本になっていった。
ところが、北海道ではその軒には大量の氷柱が発生して
住宅建築の欠陥ぶりを象徴的に表すものとされ、そのように
体験記憶に刷り込まれ、「いっそないほうがいい」という志向に向かった。
それは、同じように進行していった「土地利用の高度化」要請という
日本社会では必然的な流れと一体になって大きな流れになってしまい、
「無落雪屋根」と同時に「軒の消失」という事態に結果した。
そうなってしまうと、「まぁこれでもいいか」という慣れも生じ、
同時に、その衝撃的なスタイルがある意味、ウケて、
本州地域でもモダンなボックスデザインというように広がっていってしまった。
まことに罪多いことであるかも知れません。
マンションなどでも同様な事態が進行することになって、
窓や壁面を保護するということはいつしか、後景に追いやられた。

ということで、
解決方法は、写真のような対応策と言うことになる。
建物全体に屋根から軒が出ていれば、
ここまでの細かい対応はいらないけれど、
一度、屋根から軒をなくしてしまった住宅文化は、より「不合理」な
解決策を模索しなければならなくなっている。
住宅文化のジグザグぶりを象徴するようなことではないかと
立ち止まって考え込んだりもしている次第です。

Replan北海道100号発売

3月28日本日発売のReplan北海道vol.100で、
弊誌は創刊100号・25周年を迎えることになりました。
そして、その記念号では巻頭特集として<ない家>を予定しています。
快適な家とは、
人にとって不快な要素が「ない」家のはず。
住む人にとってネガティブな要素の「ない家」をテーマに
さまざまな企画を特集しています。

●巻頭特集「ない家」
北海道・東北のさまざまな「ない家」を取材。
「実際に暮らす人にとって何が「ない」状態が快適なのか、を特集します。
快適な家とは、住む人にとって不快な要素がない、
ちょうどいいバランスが保たれた状態の住まいを言うのではないでしょうか。

暑くない/寒くない/窓がない/間仕切りがない/ピークのない/ 不快な素材がない/普通じゃない

何がマイナス要素となるかは、実際に住む人それぞれに違うもの。
この特集では、快適な住まいをたくさんの要素が「ある」ことでつくるのではなく、
「ない」ことで実現した6つの住宅実例を紹介します。
これから住まいを考える皆さんにとって、
何が「ない」ことが快適なことなのか。考えてみませんか?

●特別鼎談「家と庭ーここにしかない風景を創出するー」
倉本 聰 × 五十嵐 淳 × 上野 砂由紀

●住宅実例 あなただけのない家を建てよう
●New Building Report
●リフォーム特集
●北の建築家
●新連載 STORY OF ARCHITECTURE
その他、100号から新たにスタートする企画も。どうぞお楽しみに!
発刊に当たっては、以下の各社様からの協賛をいただきました。

アース21/AKIRA/アクト建築工房/アクト工房/芦野組/イノスグループ北海道/岩橋印刷/内池建設/ウベハウス東日本/岡本建設/キクザワ/北デザイン建築工房/クリナップ/K-ATELIER一級建築士事務所/建成ホーム/建築工房サトウ/ケント・ハウス/小西建築工房/紺野建設/サカシタペチカ/SAWAI建築工房/三五工務店/シーゲル/シーズン/シノザキ建築事務所/一級建築士事務所 STARR WEDGE/SUDOホーム/石油連盟/ソトダン21/大平洋建業/竹内建設/武部建設/チョウエイ/辻野建設工業/DNPドリームページ/凸版印刷/トラスト建築工房/日本ドアコーポレーション/パイスショップたかの/HOPハウジングオペレーションアーキテクツ/ハガ木材/hagiken/パナソニックのリファインショップ/パナソニックリビングショウルーム札幌/P.V.ソーラーハウス協会/桧山建設綜業/藤森土建/北王/北洋銀行/北海道 建設部/北海道ガス/北海道住宅サービス/北海道の家づくりを学ぶ会/北海道ハウジング/北海道林業・木材産業対策協議会/北海道リンクアップ/ミライエホーム/ユーロハンズ/勇和建設/ヨシケン1級建築士事務所/リビングワーク(五十音順)

本当にありがとうございました。
ぜひ書店コンビニなどで、お求めください。
本日はお知らせのブログでした。

早春の味わい、フキノトウ

確実に北国にも春は迫っておりますね。
きのうは札幌から仙台へ移動。
会議に出席でしたが、昼飯と夜の食事会の両方で
期せずして天ぷらになりまして、
しかもどちらでもごらんのような「フキノトウ」の天ぷらが。
いやぁ、堪えられませんね。
夕食時には、そのうえ、タラの芽も天ぷらで味わうことが出来ました。
ひとあし早く、早春の味覚を堪能させていただきました。
仙台市の郊外では、いまフキノトウが時期なのでしょうね。
日本人の季節感の中でも、
この冬から春にかけての時期の感覚は格別。
とくに冬の間、厳しい環境に追い込まれる北国では
その思いがよりくっきりと際だつ。
思わず、「これ、どの辺で取れたんですか?」と問うてしまう。
お店の人もにっこりとほほえんで、
「ええ、この近くで・・・」とやさしく応えてくれる。
春の季節を待つ北国人らしい交歓の空気がそこに匂い立つ。
やはり、北海道と東北の人々の間には、
こうした交歓が成立するように思います。
末の娘が、その少し年上の姉に、ものを問うような
そんな雰囲気がそこに成立するのですね。

口にほおばると、
苦みと、自然の滋味がじんわりとカラダに染みこんでくる気がします。
天ぷらなので、甘みが強調されるのですが、
しかし、やはり早春の苦さは格別です。
こういう苦みは、健康にたいへん役立つのだと聞いたことがある。
厳しい冬を越えて命を再生させる自然の生命力が
その苦みに凝縮されているのだと。
ありがたく、味わいながら、
ついススメられるままに、地酒の品評会のような酒盛りに。
いっしょに酌み交わしたみなさんは、東京の方と東北の方たち。
各地で、大きな違いのある季節感の中で
ニコニコと談笑させていただきながら、つい、
さて、北海道のそんな春の訪れは、
ことしはいつまでかかるのだろうか、と心配までされる始末(笑)。
雪深く、また寒さもぶり返してきたり、
まことに一進一退を繰り返しておりますが、やがて、
北海道のとびきり苦みの利いたフキノトウ、
味わってみたいと思う次第であります。

模様ってなんだろう?

わたし、小さいときから
「模様ってなんだろう?」って思い続けているヘンなヤツです(笑)。
デザインというものの起源に関わるようなことですね。
写真は、先日訪れた八戸の「是川遺跡館」床の刻印石版です。
この「模様」は、いまから4000年くらいさかのぼる時期から
この地域に住んでいたとおぼしき人々の
「心のありよう」を伝えてくれる貴重な「よすが」。
たぶん模様って、人間の心的現象の根底部分に関わっている。
ひとがなにかを造形して、それにマーキングを加えるとき、
なにかの模様を刻印したくなるのだと思います。
文字を持つ文化になってくると、それを前提にして、
自分の名前をサインしたりすることと、たぶん似たような動機だったのか。
で、文字を持たない文化段階の社会で、
縄文自体もそうだけれど、制作者の痕跡としてものに模様を刻印した。
そしてそれが、使用する人から受容され、喜ばれもしたのではないか。

古代の人間社会の言い伝えなどに
「無数のヘビ」というような記述にめぐり会うことが多い。
あれって、やはり夢や白日夢のなかに
渦を巻くとか、円環するとか、
ものが動く基本動作をシンボライズしたものではないか。
そういったものが、人間の観念に深く刷り込まれていることを
明瞭に指し示しているように思う。
いずれにせよ、模様というのは
人間の内面世界と、外界との接点に位置していて、
あるイメージを人間同士、共有すると言うことの初源的なものなのでしょう。
そういうことでいえば、言葉を遙かに超えて
人間の内面を,時空を超えてメッセージしてくるものです。
そういう感受力を、もっともっと磨き上げていきたいと
いつも強く思い続けています。
やっぱり、相当にヘンな志向性だなぁと思います(笑)。

きのうはいろいろな区切りのことが団体で来ました。
ひとつひとつ、丁寧に対応して、
慎重に相対していきたいと思います。
で、本日明日と仙台への出張。さて、頑張らねば・・・。

Replan100号を超えて

さて土曜日にReplan100号の記念イベントを終えて、
きのう日曜日には、恵庭市での講演も終了いたしました。
恵庭市での講演では、
いわば高齢化と住宅、というテーマについて考えをまとめる機会になりました。
こちらのほうは、ただし、現在時点での即対応的な部分だけに
絞って論旨をまとめたので、今回のプレゼンのあらすじは
あくまでも仮定としてのまとめ方だと思っています。
むしろ、これから本格的に考えていきたいテーマであって
事業化、あるいは産業化できるものかどうか、
といったような、大きな視点として
「高齢化社会の中での住宅<産業>のあり方」のようなものを
これからどのように構築していくか、ということだと考えています。
いくつかの萌芽はあり、
その試みてきた流れもあるので、
そこを立脚点にして、豊かな住環境ということに向かって
テイクオフできるかどうか、チャレンジしていきたいと思う次第です。
そういう今後に向けての自分自身の方向性の整理として
ひとつの考え方にまとめてみた、ということなので、
その準備や、整理整頓にはかなりの時間がかかっていました。
で、ようやく本日はその段階に一区切りを付けた状況なので、
ブログの写真は、まことに清々しい風景を採用いたしました(笑)。

なんですが、しかし今週からはふたたび、
これまでに生起してきたような問題点の整理整頓、方向構築に
全力で立ち向かわなければならないことが山積。
やれやれ、ふ〜〜〜、なんですが、
解決できないことは、人間、あっちからやってこないものだと
勝手に思い込んでいる部分もあります(笑)。
まぁ、そう考えないと立ち止まってしまいますよね。
そんなことを考えていたら、
きょうの札幌、なかなかの好天を予感させ、春への息吹が
そこはかとなく感じられる空気感であります。
出版してきたReplan100号を超えて
また新たに、こころを整えて
一生懸命に、状況に立ち向かって行きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
あ、今日のブログ、まったく住宅的な中身がありませんね(笑)。
あすから、また頑張りますので、お許しください・・・。

Replan100号イベント大盛況

札幌市の地下歩行空間「チカホ」にて
きのう終日にわたって行ったイベント、無事終了いたしました。
会場が、あくまでも通路という空間なので、
行き交う人が多くて、「入場者数」というのは厳密に把握しようがありません。
なんですが、午前中の建築家・五十嵐淳さんと園芸家・上野砂由紀さんの
トークショーから簡易ステージ見立てのスペースを取り囲むように
立ち見のみなさんが鈴なりになっていまして、
夕方からのジャズライブでは、入れ替わり立ち替わり、
多くの市民のみなさんが来場してくれました。
まぁ、目的的に来ていただいたみなさんで500〜600人くらいだったかなと。
100号の節目を、手作りのイベントでアピールしようという
大きな目的は遂げることが出来たと思います。
本当に、感謝感激雨あられであります。

とくに、トークショーでご協力いただいた五十嵐淳さんと上野砂由紀さん、
講演に協力いただいた北海道建設部建築指導課さん、北総研さん、
ワークショップにご協力いただいた武部建設さん、辻野建設工業さん、
ご協賛いただいた建築関連企業各社のみなさま。
また、ジャズライブを行ってくれた
建築家・豊島豊さんとその仲間のみなさん。
さらに津軽三味線の草舞弦のおふたり、とても感激いたしました。

スタッフは全員、早朝7時くらいから荷物の搬入などが始まり、
設営・運営・来場者応対などなど、お疲れ様、であります。
でもご来場いただいたみなさんから心温まるお言葉もいただいて
大きな元気を頂戴したのも事実。
こちら側のアニバーサリーにお付き合いいただいて
本当に、全員のみなさんに感謝の念を強く持ちました。
ありがとうございました。
写真は、すごく盛り上がっていたジャズライブの演奏の様子。
会場でリハーサルを始めたら、その瞬間から大盛り上がり。
リハーサルなので、途中でチェックのために休止が入ったりしますが、
リハーサルの「アンコール」が会場から沸き上がるほど(笑)。
やはり「鳴り物入り」というのは多くの人の気持ちを惹き付ける。
ジャズなので、気軽な雰囲気も醸し出されるので
ついつい、いろんな人が楽しそうに寄り集まってくる。
まぁ、Replan100号のイベントだとは、あんまり考えてはいないことは
明らかですが(笑)、でもそういうノリのなかで
あとでそういえば、と気付いてくれるだけでも意義はあります。
そういうなかでも住宅についての相談なども持ちかけられたり、
「こりゃぁいい、相談に来るけどいつまでやってんの?」
みたいな反応もあったりして楽しい。
次号100号の「緊急先行販売」も会場で行って、
そちらも大きな成果が得られました。
終わって撤収して、さすがに打ち上げの時点ではスタッフも
疲労の色が濃くなっておりましたが(笑)、
でもほんとうにみんな達成感に満ちた笑顔で、うれしかったです。
この得られた元気をこれからの出版活動に
大いに活かしていきたいと思っています。
本当にみなさん、ありがとうございました。

村上龍「55歳からのハローライフ」を読む

時代が抱えている問題を、読者と同時進行性を持って考えるって、
稀有な時代感覚を持ったごく一握りの作家がなせることなのだろうか。
若いとき、といっても高校生くらいのころには
大江健三郎さんを読み続けていて、
その文体の難解さに、たじろみながらも
必死に、時代感覚に自分のなかの問題意識をすりあわせようと
もがき続けていたように思います。
若々しく、やっぱり、背伸びしていたのでしょう。
メディア志向の強いタイプの人間は、多かれ少なかれ、
そういった「時代の作家」が気になるものなのだと思います。
そこから卒業して、
文体の難解さだけが残って(笑)
大先輩と言えるような作家を読ませていただいたりしながら、
日本人的なるものを求めて、司馬遼太郎さんにめぐり会って
深く心が安まり続けていた。
かれが描き続けた人物像に、時代と人間のリアリティを見続けていた。
その後、ようやく自分とまったく同じ年代の村上龍さんが出てきて
いっしょに、時代的な問題を考え続けてきたように思います。
時代と人間、ではなく、時代と個人の内面、とでも言ったらいいのか。
わかりやすく直接的でありながら、
しかも意味するところが豊穣な広がりを持っている文体には
かれの作家としての才能を圧倒的に感じます。
一度だけ、かれの佐世保での高校生時代のことを掻いた作品を読んだときには
まったく自分と瓜二つのような部分を感じて、
ほほえましく、また爆笑するように読まされたことがある。
きっと誰にも、そういったタイプの作家がいるのでしょうね。

ある必要もあって、かれの最近作を読むことになり、
その読了感の中に包まれています。
こういった「共生感」っていうものが、やはり人間には必要なように思う。
村上龍の見方からの,この時代、同じ年代の息づかいが
文章の合間からさまざまにメッセージされてくる。
テーマは、タイトルまんまであり、
いままさに私たち年代が、直面しつつある現代で
どのように日々を感受しているのか、が明瞭に伝わってくる。
そしてそれへの応答は、
結局、自分自身のいま生きている現実の中で、生きていく中で
なされていくものだと思います。
そんな思いが強く感じさせられている次第。

でも村上龍さん、とんがっているように思っていたけれど、
ずいぶん優しくなったよなぁ・・・。

さて本日は、Replan100号のイベントであります。
面白い演奏会や、ジャズもあり、
わざわざ佐呂間から建築家の五十嵐淳さんも駆けつけてくれます。
本当にありがとうございますと、申し上げたい。
札幌にお住まいのみなさんは、ぜひご来場をお待ちしております。