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隈研吾設計「メム メドウズ」探しの旅

きのう、おとといと2日間、
北海道内住宅団体アース21の例会に参加してきました。
開催は十勝でなので、武部建設の武部専務の提案で、例会終了後、
昨年に竣工して案内が来ていた「メム メドウズ」を見学することにいたしました。
この施設は、案内によると、

 住宅・建材産業に関する調査・研究及び、人材育成等の事業に対し助成・支援する公益財団法人トステム建材産業振興財団(所在地:東京都江東区、代表:理事長 潮田洋一郎、以下:トステム財団)は、次世代住宅の研究を共同で進める「環境技術研究機構」を設立し、その中心的な研究施設「メム メドウズ(Memu Medows)」(所在地:北海道広尾郡大樹町(たいきちょう)字芽(め)武(む)158-1)を開設しました。
 研究施設「メム メドウズ」は、大樹町にある約56,000坪の牧場跡地を活用した施設です。その土地の気候を生かし、寒冷地における研究なども行えるほか、研究者が長期間の実証実験などを行うことも想定し、宿泊施設やレクリエーション施設も備えた研究施設です。
 さらに、同機構の趣旨に共感いただけたことから、同施設全体の設計・改修は、日本を代表する建築家 隈研吾 氏により行われています。また、同氏の“土地の持つ記憶をそのまま風情として残しながら改修し、資源も有効に活用する”というコンセプトの元、リニューアルを行い“土地の記憶”を残した施設になっています。築30年近い厩舎や、住宅、競走馬の運動施設などに断熱、耐震対策を施すとともに、内装を一新しています。
 研究施設「メム メドウズ」内のシンボル的な施設であり、第一号の“寒冷地実験住宅”「メーム(Même)」は、北海道古来の住宅をモチーフに、光を透過する白い膜材を二重構造(ダブルスキン構造)で壁と床を仕上げた隈研吾氏 設計、東京大学生産技術研究所 野城研究室 技術支援によるユニークな実験住宅です。ダブルスキン構造による高い断熱性や、地熱を利用した蓄熱式床暖房など、両者の先進のアイデアを取り入れ、デザイン性にも優れた「メーム」は、温熱環境の変化や、地震発生時のデータ計測など、長期的なデータ収集が可能な実験住宅でもあります。<以上、HPより要旨抜粋>

ということなんですが、
いかんせん、場所が帯広からもさらに1時間は優に掛かる大樹町。
それも、浜大樹に近い元牧場というものなので、
なにせ遠い。
ということでスケジュールのバッティングもあったので、
取材をスルーしておりました。で、いざ、見に来てみて、
なんとも大失敗であったなと反省させられた次第であります。
どうも東京の設計者による「寒冷地住宅」という触れ込みが
「あ、またかなぁ・・・」というトラウマ体験が根強くあって
やや引き気味になっていたのが正直な心情でありました。
ただ、その披露に確か、北総研のどなたかが出席されていた記憶があり、
「そうでもないかも・・・」というようなかすかな記憶はありました。
というようなないまぜな心理状況に、十勝での例会という好都合があり、
渡りに船のお誘いもあったということであります。
で、隈研吾設計の建築の撮影という楽しいいっときを過ごさせていただいた次第。
まぁ本職のカメラマンではないけれど、
一眼レフカメラも持参しておりましたので、
見たいアングル、はおおむね収められました。
夕景もいいみたいなんですが(笑)
まぁ・・・(笑)。

ということでめでたしめでたし、ということにはなったのですが、
実は「メム メドウズ」探しの旅は波瀾万丈の展開でありました・・・(汗)。
というのは大袈裟ですが、
武部さんからの情報では、大樹町の町役場のすぐ近くだよ・・・、
というごくごく大ざっぱな地理把握でした。
で、約束時間から若干早めに大樹町に到着。
一行4名、腹ぺこでしたので、
地元の人に聞いた「地域一番」のラーメン店「龍月」さんで腹ごしらえ。
「人気がありますよ」という店員さんのひとことで、
わたしは「辛味噌」ラーメンをリクエスト。

これは美味・美味・美味・・・。
なんですが、やや時間を気にする武部さんから
「三木さん、時間遅れるよ」
ということで、熱い麺を大急ぎで・・・アチチ。
で、さっそく目的地に到着・・・なんですが、それらしきものは見当たらず。
武部さんがケータイで連絡する。
どうも要領を得ないし、その上ときどき「え〜〜〜〜」という
完全に前提条件が狂ったかのような、裏返った叫び声が車中にこだまする・・・。
運転手をやっている当方には、
なんとも心臓に悪い「え〜〜〜〜」であります。
・・・・。
ようやく、写真のような建築とご対面であります。
ほっ。
で、「メム メドウズ」の本体の様子は、あすにそのさわりを紹介します。
ではでは。

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関西空港の搭乗口

先日、久しぶりに関西空港を利用しました。
疲れ切ってなんとか空港にたどり着いて、やれやれこれで北海道に帰れるぞと
安堵するほんの少しの時間でありますが、
どうも配置レイアウトが、よく理解できませんでした。
この写真は出発時間が近づいてきたころの搭乗口周辺の様子です。
搭乗口が写真右手奥にあるのですが、それに対してこの写真では左右方向が
あんまり広くない。
待合の椅子がたった並列4席ずつ、写真ではこの手前側に向かって延々と続いている。
ということは、端の方の椅子に座ると、
搭乗口まで、かなり長い距離をずっと歩かなければならない。
それもいったん奥までずっと進んでから、搭乗口側に戻ってこなければならないのですね。
結構な荷物を持っていると、そういう無駄な歩きはしたくない。
なので、搭乗時間が迫ってくると
みんな誰も椅子には向かわず、写真左側の窓の手すり周辺に集中し出す。
それも搭乗口真ん前には太い柱があって、見通しも良くない。
うっかりすると搭乗案内サインが奥にいると見えないだろうと思われます。
で、搭乗が始まると、左右幅の狭いなかを長い行列になって行かなければならない。
搭乗のアナウンスも、遠い椅子に座っていると十分に聞き取れないことまである。
早い時間に待合の椅子に座っていても、
いざ搭乗の時にはギリギリの一番最後に搭乗するようになる可能性もある。

まぁ、建築のことに関わっているので
こういう「設計」について見方が厳しくなっているのかも知れませんが、
ボディチェックが済んで、搭乗口付近まで来て
「あれれ・・・」
待合の椅子の空いている場所を探すと、ずっと先の
お隣の搭乗口の近く付近まで行かなければならないのですね。
ざっとの距離感では100mくらいはありそうだったのです。
だからみんな面倒になって、搭乗口付近の窓手すり付近がごった返すようになるのは自然。
よく見ると、4席しか座席を用意していないこのエリアに
ほとんど使用することがないと思われる上下階往復用の
幅の広い階段もあって場所ふさぎになっている。
普通、いろいろな空港では搭乗口周辺に座席を窓面に向かって奥行きたっぷりに
最低10列くらいを用意してあって、
搭乗時点で、そう長く歩かなくてもいいような設計配慮がある。
それも眺望的に窓に向かっているので、気分的にも明るくなれる。
ところがここでは、お互いの座席や空港内の空間に視線が向かざるを得ない。
関西空港って、大阪からもえらい遠くてただでも評判が悪く、
わざわざ埋め立てまでした土地利用にしては、
建築まで、どうも顧客無視の設計になっているのが残念だなぁと思われました。
そういえば、飛行機の離発着時にはこのターミナルビル全体が、
体感でもわかるくらいに、振動が伝わってくる、
まるで地震でもあったのか、って思うほどであります。
やや疲れて、重い荷物を持って搭乗口に向かうひとたちには
どうもあまり優しさの感じられない空港だと感じた次第。
羽田は巨大空港なので、迷子になるほどに広大ではありますが、
その辺は電動の歩道などでカバーしていて、待合に着けばスムーズな動線が確保されている。
北海道の新千歳も、同様でコンパクトで疲れないようになっている。
前から何度か関西は利用して、この点は気付き続けていまして、
やや意地悪かなぁと思いつつ、
問題提起として、書いてしまいました。
みなさんどう感じられているのでしょうか?

寒冷地住宅の解体

最近、わが家のすぐ近く、
ウチの居間からまっすぐに外観が見える立派なお宅が
解体されております。
「あれま、どうしたんだろうね?」
と、気になっておりましたが、どんどん解体は進んでいく。
どうもリフォームとかではなく、本格的に解体するようであります。
きれいな大屋根で切り妻、一部が庭を囲むようにL字平面のようでした。
お庭も丹精されていたようだったので、
まさか、解体されるとは思ってもみませんでした。

で、よく見ると
外壁側にすっぽりと板状断熱材・FP板による断熱の施された
外張り断熱の家でした。
よく意識的に木造でも「外断熱」という言い方をするケースがありますが、
正しくは「外張り」断熱であります。
わが家が建ってからすでに22年目で、そのときにはこのお宅は建っていたので
それ以上の経過年数のお宅。
そういった「外張り」断熱の状況がどうであったか?
ちょうどいい機会だなぁと思って時々見学しております。
わが家はコンクリートブロックの外断熱で、外壁側に50mmのFP板断熱ですが、
どうもこのお宅では、FP板は25mm程度のようです。
気積(家の中の立法体積)が、大屋根の屋根なりの天井だったようなので大変大きく、
そのバランスから言うと、やはり断熱材が薄かったのではないか。
壁と屋根の厚みがほぼ同程度なので、
とくに屋根面は物足りないかも知れません。
しかし、構造材の状態を見ると、部位によって変色がある、という
そういった状況は見られない。
いわゆる「壁体内結露」は発生していなかっただろうと思われます。

北海道の住宅も
ようやく寒冷地住宅としての工法が確立して以降の
建築が、このような検証が出来るような状況が出てきます。
この建物で言えば、やや寒かったかも知れないけれど、
建築駆体としては、この状態であれば、
ここから後、20年や30年は持ち続けるのは問題がないと思われました。
もう少し断熱材を厚くする必要性はあるにせよ、
比較的に長期にわたって、北海道の住宅性能レベルは
維持されるようになってきたのでしょう。
そうだとすれば、これからは、それ以外の存続理由に配慮する建物が求められるでしょう。
それは必ずしも建築的技術だけの問題ではなく、
建物への愛着という、いわば「住み方」「家の使い方、家との付き合い方」
というような、生活の文化性の熟成のほうが大切になるかも知れない。
そんなことを思い起こさせられておりました。

WIN-PCのネット環境構築

きのうの続編であります。
仕事の合間を見てヨドバシカメラに行って、
いくつかのネットワーク環境構築のためのハードウェアを購入。
週明けの仕事や、大手術から生還した友人の見舞いなどを済ませてから、
夜、あれこれとパソコンと格闘を続けておりました。

WINのPCについては、
まず、おとといの一連の調査作業で
マザーボードに直付けされているLAN装置が不安定と判断。
その不具合修正となると、補償切れもあるのでパソコンショップに費用が掛かる。
ということで、一番安価で確実な方法としてPCIスロットに差し込む
LANカードを購入。ヨドバシで3番目に安かった1420円のものです。
さらに、LANの配線の再構築の面倒さから
時間が掛かることを考慮して、いま手持ちの
PocketWIFIを使った無線での接続のための無線子機も購入いたしました。
こちらは2040円であります。
以上合計費用で、3460円の出費。
まぁ、なんだかんだ言ってもデスクトップPCは、
こういう拡張性対応力があります。そういうことで子どもには
デスクトップを選択したのです。それは、その作業を一緒に体験させることで、
理系の興味を起こさせたいという親心があったのですが、
まぁ、いまのところは親自身が試行錯誤している状態。
こどもにその混乱状態を見せてもしょうがないので、それは抑えております。

で、日ハムの試合テレビ観戦でストレスを溜めつつ、
せっせとWINPCの環境整備作業であります。
LANの方は、一発で認識されて、無事ネット接続を確認。
一方の無線の方は、ウィルス対策ソフトとのバッティングがあるので
設定、ドライバインストールに若干時間が掛かりましたが、
こちらも無事、PocketWIFIからのインターネット接続環境が構築できました。

問題は、家庭内LANの接続配線のケーブルであります。
ケーブルの問題点をひとつひとつチェックして、
使えるモノと、使えないモノに仕分けする作業に時間が掛かります。
で、その結果(っていっても、これだけで数時間かかっている(泣)〜)、
長大なケーブル部分、1階から2階までの配線がどうも問題がある。
という無情な判断をせざるを得ない状況になりました。
むむむ、であります。
とりあえず、1階のわたしの書斎近くで親子いっしょに接続するか、
無線で2階で接続させるか、ということになりました。
それで時間を稼いでから、えっちらおっちらと、
家庭内LAN配線をDIYで頑張るしかない(泣)!!!
まぁしかし、問題点は特定できたと言うことで、
やるべきことはハッキリしたわけであります。
で、こういうことを親子で協力しつつ、いっしょに取り組んでみたいなぁ、
いい理系教育になるなぁ、と密かに計画を練っている状況であります。
さて、坊主は首尾良く釣り上げられるでしょうか?
乞うご期待であります(笑)。さてどうなるかなぁ???

<写真はまったく無関係な、島根県の地域興し起爆剤・水木しげるマンガキャラ商品>

パソコンと格闘・・・

さて、風邪の引き始めから約10日目にしてようやく気分がアップ。
家でゆっくりしているのが一番いいのですね。
どうもやはり疲れがたまっているのか、疲労回復に時間が掛かるようであります。
本日多少の咳は残っていますが、ほぼ全快だと思います。
きのう、家でゆっくりしていたら、
坊主が「立っているものは親でも使え」とばかりに視線を送ってくる。
口元がゆるんでいて怪しい、何か企んでいる。
「なんだよ」
「あのさ、パソコン、ネットに繋がらないんだよ、直して」
・・・、であります。
わが家は3階建てでして、以前職住一体だったので、
そのとき(といってももう10年近い前までですが)LANネットワークを構築しています。
が、それは電気工事屋さんに配線して貰っているので
本当はさわりたくない。
そのうえ、息子のパソコンはWindowsなので、Mac派のわたしには慣れもない。
しかし、オヤジの権威も現代ではパソコンスキルが重要要素。
息子のパソコンは確か中学校入学の時に希望したので
付き合って購入して経緯もある。
まぁやむを得ないということで、受けてしまった。

で、見てみると怪しげなソフトが2本、起動とともに動作している。
そういえば、ウィルス対策ソフトの期限が切れている。
いきなり、むむむ、であります。
まぁそのうち、猛威が振るわれるのかも知れませんが、
Macでは今のところ、ほとんどウィルスは経験がない。困った。
で、それはとりあえず置いといて、
確かにインターネット接続が出来なくなっている。
いったんは接続できたけれど、すぐに接続が切れてしまう。
とりあえずハードウェアを疑ってみて、HABと、ケーブル関係を当たってみるけれど、
どれを使っても結果は同じ。
でもまぁ、この機会にLANの設定はやり直してみるか、ということになって、
再度、配線を考え始めてみる。
しかし、今現在順調に動作しているわたしのMacと同じ環境でも
同じようにこのWinでは繋がらない。
初期化はしてもいいと言うことだったので、
従来のXPから、手元で空いていた悪名高きVISTAをインストールしてみる。
それでもダメ。
しかたなく、パソコンショップのレスキューへ。
そこでのご託宣では、マザーボードに直付けしているLANポートは
生きていて信号は来ているようだ、ということ。
だとするとOSやドライバーソフトに損傷があるのではないかということ。
OSインストール、上書きだったのです。
「あの、Winでクリーンインストール、初期化してインストールはどうするの?」
という、まことに初心者の質問であります。
で、ショップではそれは出来ないと言うことで
やり方を聞いて、家に戻って実行することに致しました。
どうも、ウィルスにやられているのではないかと言うことなんですね。
Mac派としては、宇宙の彼方のお話しなので、従うしかない。
家に戻って、クリーンインストールして、そのVISTAからトライするけれど、
やはりネット接続は出来ない。
こりゃぁ、やっぱりハードウェア的な問題なのかなぁ??
むむむ、であります。

さてさて、どうすればいいのか、途方に暮れている次第であります。
もう一回、ショップに行って処方を考えて貰うしかないでしょうね。
風邪は治ったけれど、今度はパソコンウィルスに当たったのでしょうか?

<写真は、宮城県在住で一般企業勤務から農家経営に戻った知人から送られたトマト。
めっちゃ、おいしかったです。秋にはお米の直売契約も結んでおります(笑)>

出雲大社で感じたこと

「縁結び」ということと、注連縄というのは
どういった関係にあるのか、
それこそ神道でも研究しなければならないだろうけれど、
ヤマト朝廷以前の連合的国家「倭国」において
多くの「クニ」の「神」たちが集まって安全保障体制を相互に結んだことは
どうも確からしく思われます。出雲に来ての直感ですが・・・。
上の写真は、出雲大社神楽殿の大注連縄。
全重量が5.5トンもあるそうです。
そういえば、「さざれ石」を目にしなかったのですが、
明治になって開設された北海道神宮では、さざれ石も社域に置かれています。
さざれ石とか、注連縄とか、
連合的国家というこの国の権力形態をよく表現しているのではないかと思います。
鎌倉に「封建体制」を志向する権力が生まれて以降、
戦国を経て江戸の幕藩体制に至るまで、
日本という国家は、各地域のバラバラの権力構造の連合が
基本因子だったのではないかと思うのです。

で、大国主命は、
ニニギさんに「国譲り」して自らは退隠してしまう。
銅剣と銅矛がある時期に目的的に姿を消していくのは、
そういった歴史の転換点をモノとして証しているのではないか。

退隠の条件として
高い本殿建設を要求したというのは
いったいどういうことなんでしょうね。
上古には高さが96mの本殿が建っていたといわれている。
その後、何回もそれが倒れたという記録があるそうです。
現在は、この本殿、修復中でありました。
でも、警備の方が覗き穴を案内してくれて、こっそり覗かせていただきました。
バチがあたるかなぁ(笑)。

写真は、全国から出雲の神さまに捧げられた酒の数々。
よくみると、ビール各社まで奉納しており、
出雲の神さまの酒好きをほほえましく伝えてくれます。

神話のかすみに包まれて
その実体がよくわからない神さま、出雲。
しかし、尊崇が長く日本民族に伝承されてきたのには
やはり曰く因縁があり続けてきたのでしょうね。
今だ霧の中にもわっとしているわけですが、
なんとなく、親近感というか、好感を持てるなぁと思わされた神さまでした。

民俗の基底を呼び覚ます・神楽

先週の土曜日に見てきた神楽の衝撃がまだ体の中に残っている。
「村の鎮守のお祭りの・・・・」という歌がある。
ドンドンヒャララ、ドンヒャララという「笛太鼓」が囃子となって、
それが延々とリエゾンしていく。
ムラ共同体の協同労働の結果、秋の収穫期を迎え、
神への奉納と、労働への慰安とが一体となって、
「村祭り」が挙行されていく。
聞いているウチに、こころが浮き立ってくる感覚が沸き起こる。
まことににぎやかで、いかにも日本そのものの民俗世界が展開していく。
・・・というような世界が、今日にあるとは
ほとんど想像できませんでした。
しかし、広島や島根を中心にして、この神楽は
大きなブームになってきているというのです。
会場で気がつくと、後ろの席でまだようやく立てたばかりの子どもが
気持ちよさそうに、両足でリズムを取って
いまにも踊り出しそうにしている(笑)。
屈託のないその表情を見ていると、日本人としてのDNAを感じざるを得ない。

わたしは、東京でやっている
いまや金持ちのサロン化しているような歌舞伎には
正直にいうとあんまり魅力は感じません。
確かに面白いのは面白いけれど、
その経済的基盤自体は、国の文化保護政策がなければ霧消してしまうことは
どうもあきらかだと思われるのです。
河原乞食に起源を持つ役者の世界が、文化伝承という名目の元に
保護され、国費を費やして
それこそ生まれたときから人間国宝になることが決まっているなんて
おかしいと思うのです。
芸の世界はそれはそれとして、しかし、生まれたときから
歌舞伎界のプリンスなんていうフレーズで囃し立てられる世界に
いったいどんな意味があるというのでしょうか?
保守、という悪い意味合いをどうしても感じてしまう。

一方で
この広島を中心にした中国地方で盛況な神楽は
正しい芸能のあるべき姿を見せてくれている。
珍しきもの、キラキラしたるものへの希求に応えようという
そういった根源的な正直さが感じられます。
笛と太鼓のリズムに乗って、
繰り広げられる舞いの見事さ、
くるくると舞い踊るとともに転換していくきらびやかな衣装の鮮やかさ。
単純明快なストーリー性のわかりやすさ。
そういった渾然一体が、
見ているうちに深い感動となって迫って来る。
現代の中で、こういう始原的な芸能が力を持つということに
率直に楽しく、応援したくなる気分が沸き起こってきます。
こういうものをよいと思う素直なこころが存在しているということにも
深い共感を持つことが出来ました。

ぶちうまいけぇ☆?

広島と言えば、食べ物はB級最強のお好み焼き。
市内の中心部には「お好み村」という地名にまでなっている。
なんですが、
実はあんまり興味はなかったのですね。
それよりも瀬戸内海地域では「タコメシ」が多いのですが、
あのタコメシ、どうにも米の炊き方がやわらかすぎる気がする。
どうなんでしょうか?
たまたま泊まったホテルでは、
普通のご飯も、米の粒が明確でなくなるくらいの炊き方をしている。
どちらかといえば、腰のある刺身のたこで、
シャキシャキとしためしを食べる方がわたしは性に合っている。
んですが、
でもそういえば、わたしの父親はごく幼年期を広島県内で過ごしています。
で、父の米飯への好みも、
この広島で食べた米の炊き方にどうも近い。
息子であるわたしは、どうもこの好みは受け継げなかった。
そんな思いがしてくるような食の旅であった次第。
どうもこのことが、頭の中を支配していて、
「あ、そういえばお好み焼きも名物だったな」
というように番外的に思われていたのです。
そんなことで、広島市に滞在中はとくに食べることがありませんで、
広島市を離れての高速パーキングエリアでふと、
写真のような手書きポップに遭遇した次第であります。
「ぶちうまいけぇ☆」
なんじゃこりゃ?でありますね。
大体が手書きポップというメディアは、間脳を直撃する。
論理ではないのですね。
感覚領域を、待ったなしピンポイントで狙撃する。
そのうえ、☆って、そりゃなんだ?でありますね。
「おう、ほなら、喰っちゃる。うまくなかったら、どやしたるけん!」
というような、関西とも広島弁とも付かないような
過激な心情(笑)を抱かざるを得ない。
っていうことで、その挑発にまんまと乗ってしまいました。

やられました。
ああ、こんなことなら、タコメシをやめて
3食、お好み焼きを食べていれば良かった(笑)。
という後悔が猛烈に襲ってきた次第であります(オーバー)。
いや、なかなかいいですね。
具の野菜、もやしとキャベツがいい食感で、
そば、というか細切りラーメンというか、の食感とのコンビがいい。
で、すべてを丸め込む薄いお好み焼きの生地が
こってり甘めのソースと相まって、
やわらかく楽しく喉を通過していく。
後で聞いたら、
広島地元の工務店社長から、とびきりうまい店もみなさん案内してもらったとか。
やべ、大失敗、であります。
でもま、PA食堂というおばちゃんたちが作る家庭料理的な
サワリだけでもおいしかった広島お好み焼きでした。

神さまお願い、風邪を治して

どうも季節の変わり目と、広島出張などのここのところの疲れでしょうか、
風邪を引いてしまって、こじらせております。
本日も、朝、どうにも体調が思わしくなく、
ついに休むことにいたしました。
昨夕には、大手術を終えた友人を見舞いに行こうかと
友人に誘われていたのですが、
術後のひとに風邪をうつすわけにも行かず、断念。
まぁなかなか、疲れの積層がこじらせるようですね。
風邪を引いていても、薬を飲んだり、点滴を受けたりして
そのまま仕事してしまうのが、よくないのでしょう。
ということで、本日は意を決して休みであります。
で、先ほどまで3時間にも及ぶ点滴を受けてきまして
ようやく家に帰ってきた次第。
だいぶ体を休められ、またたっぷりと発汗もさせられました。
こもっている熱を出させるということなのですね。

ということで、言い訳めいたブログであります(笑)。
写真は、大国主命に赤裸状態の治療法を授けられているウサギさん。
日本の古い時代の神話って、なかなか人間的で面白い。
そのなかでもこのウサギさんの説話はどういう意味があるのか、
不明なんですが、妙に楽しいお話しだと思っております。
こういうお話しをそのまま銅像にしてあるというのも
いかにも日本的な光景。
こういった銅像を見る海外のみなさんは、日本って言う国に
どんなイメージを喚起されるものでしょうか?
北海道からの来訪者の目線で見てもおかしい。
あんまり悪い国じゃなさそうだ、という印象を受けるのではないか。
古代世界の想像力の大きさに心和む気がいたします。
ウサギと並んで、わたくしも2礼4拍手1礼で、
風邪の快癒をお願いしたいと思います(笑)。

出雲大社ってなんだろう?

多少なりとも、建築に関連する仕事をしている人間として
出雲大社、という名前は抵抗できない圧倒的な力を持っている。
木を使って建築するということの日本的根源性を感じるんですね。
あるいは、そういう建築を離れても
日本民族の基底的な文化をずっと維持し続けている継続性に畏敬の念も持つ。
それと、出雲の神さまはどうもやさしげに思えたりもする。
丸裸にされたウサギさんを助け、治療法の言葉を掛けてやったりする。
神話の世界の話なので、どういった歴史事実があったのか、
必ずしも詳らかではないけれど、
日本人として、一度は見てみたいと念願し続けておりました。
広島で会合があると聞いてから、
やはりその機会に、どうしても見たかったのが出雲大社だったのです。

広島から出雲って、
北海道からの感覚では、まぁ札幌から旭川くらいの距離感覚。
高速を使えば2時間弱程度と想像しておりましたが、
事実、距離は180kmくらいですが、
結局クルマでは3時間半以上かかりました。
まぁ途中で神楽を観賞して、あまりの衝撃で打ちのめされた後だったので、
その日の日中には無理と言うことで、隣町のホテルにまっすぐ入って、
翌日早朝にようやく出雲大社にたどり着いた次第です。
写真は、早朝の朝ぼらけのなかにたたずんでいる社域です。
以下、Wikkipediaから出雲大社の概要。

式内社(名神大)、出雲国一宮で、旧社格は官幣大社。
明治維新に伴う近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社であった。
祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。
1142年(康治元年)在庁官人解状に「天下無双之大廈、国中第一之霊神」と記された。
縁結びの神様としても知られ、神在月(神無月)には全国から八百万の神々が集まり神議が行われる。正式名称は「いずもおおやしろ」であるが、一般には「いずもたいしゃ」と読まれる。二拝四拍手一拝の作法で拝礼する。
伝承の内容や大社の呼び名は様々であるが、共通して言えることは、天津神(または天皇)の命によって、国津神である大国主神の宮が建てられたということであり、その創建が単なる在地の信仰によるものではなく、古代における国家的な事業として行われたものであることがうかがえる。

わたしの想像なんですが、
出雲というのは、八百万の神々〜各地の「神々」という名の古代の支配者たちが
ゆるやかな「連合的国家」を形成していた時代の盟主だったのではないか。
「縁結び」の神さまであるというのは、端的にそのことを証しているのではないか。
そこに高天原からやってきたと名乗る皇統が乗り込み、
それまでの銅鐸・銅矛を象徴的祭具としてきた「連合的国家」を廃棄し
ヤマト朝廷という「統一国家」志向の勢力が、列島支配を強めていったのではないか。
今日でも、皇室でさえ出雲大社本殿内部には入れないというのは、
このようなヤマト朝廷国家としての約定があったのではないか。
そして、建築的な不思議としては地上96mまでの高さがあったとされる上古の本殿。
そういう超高層の神殿建築技術というのは
いったいどこから由来しているのか。
三内丸山以来の、この列島社会に伝承してきた大型木造技術に由来するのか?
いくつもの、不思議をかかえたまま、
早朝の暁闇の中、気配のような朝焼けに
礼拝させていただいた次第であります。
むむむ、魅力的!