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中国風な狛犬発見

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ふたたび狛犬の話題です。
っていうか、狛犬は好きなんですけど、この間、
変わった、というか、猿としか見えない狛犬?を見てから、
つい、狛犬を観察するクセがついたようなんです(笑)。
そんなふうに見ていくと、狛犬って本当に千差万別。
別に工業製品のように大量に同じモノを作っている、というものではないようです。
狛犬って、Wikkipediaで見てみると、
狛犬(こまいぬ、中国語:石獅子、英語:imperial guardian lions)とは、神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿正面の左右などに1対で置かれている、犬に似た想像上の獣の像である。なお、厳密には、後述のように「獅子・狛犬」と呼ぶのが正しいとされている。
名称は高麗(こま、異国)の犬という意味とされる説がある。これは朝鮮経由で入ってきたためであるとされるが、実際の起源はインドという説が有力。また朝鮮に狛犬の文化は無く、高麗とは音から来る当て字で「高麗の犬」という意味ではなくあくまで「狛犬(こまいぬ)」という想像上の神獣であり、同じく対になる獅子も当時の日本人はライオンを見たことが無いので、これも獅子=ライオンではなく「獅子(しし)」という神獣であると考えられる。
一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、1対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされている。昭和時代以降に作られた物は、左右共に角が無い物が多く、これらは本来は「獅子」と呼ぶべきものである。
各地の神社境内で見かける狛犬には石製や銅製のものが多いが、神社本殿内に置かれたものには木造のものもある。 平安時代にさかのぼる獅子狛犬像としては、奈良・薬師寺の鎮守八幡宮の木像(重要文化財)が著名である。ただし、この薬師寺像は、左右とも角がなく、正式には「獅子1対」と呼ぶべきであろう。重要文化財指定の狛犬は他に、滋賀・大宝神社、京都・高山寺、広島・厳島神社などのものが著名である。
狛犬は中国や韓国にも同様の物があるが、阿吽(あ・うん)の形があるのは日本で多く見られる特徴である。これは仁王の影響を受けたと考えられ平安時代には既に定着していた。ただし、日本の狛犬は近世から現代にかけて、各地の神社に膨大な数が造られており、形態にもさまざまなバリエーションがある。例えばイノシシや龍、キツネの形の像が同様の役割を果たしていることもあり、これらをあわせて神使(しんし)と呼ぶ。この神使は神社(祀られる神)によって特定の動物が採用されている場合が少なからずあり、稲荷神社に狐、春日神社に鹿、弁財天には蛇などが代表的な物である。
一般的には、守るべき神社に背を向ける形で置かれるが、まれに神社の方を向いている物もある。
というものなのだそうです。
写真は、たまたま出張先の北上市の公園で散歩していたときに発見したモノ。
ここには中国の三門峡市と北上市が姉妹都市になったのを記念して
建てられた四阿があり、その左右に配置されていたモノです。
中国らしく、「獅子」であることは明白な像ですね。
説明のように、確かに日本のように「阿吽」の形相はしていない。
きっと、広く北東アジア全域でこの狛犬は無数の変化を遂げながら
生息し続けてきたのでしょうね(笑)。
沖縄のシーサーなどは特異な地域色となった事例なのでしょう。
ということで、どうも、狛犬からしばらくは目が離せなくなりそうです。
こういう趣味もまぁ、お金かからなくて、いいかなぁ。

倒産セール「偽装」?

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わが家から高速入り口に向かう道路沿いにジーンズショップがあります。
まぁ、名前は伏せておきますが、
以前から「あんまり立地は良くないよなぁ」と思っていましたが、
なぜか、十年以上くらいは続けていたでしょうか。
その店が先日、ふと見かけたら、って、珍しく車が止まっていて、
お客さんでにぎわっているようだったんです。
「へぇ〜、がんばっているなぁ」と思ってよく見たら、
はためいている幟には「倒産セール」の文字。
「あらら、がんばっていたのに、そうか、厳ししよなぁ」
という感慨にしばし、浸っておりまして、
「ウチで、ジーンズいらないか?」とカミさんと相談までしました。
でも、わが家ではどう考えても必要はない、ということで見過ごしておりました。
で、そういうことがあって、なおしばらく、というか
1ヶ月以上経って、ふたたび近くを通りかかったら、
なんと、まだ営業を続けている様子。
家族で「あれ、まだやっているぞ、ひょっとして、倒産セール絶好調に付き、
復活しましたセールだったりして(爆笑)」とかと軽口を叩いて通りかかってみて、
その幟を再度チェック。
そうしたら、「再建セール」に幟の文字が変わっておりました。
さすがに、わが家全員、しばし、開いた口がそのまんまフリーズ。
確かに、最近はいろいろな会社整理手法があるので、
単純に倒産→夜逃げ、みたいな展開ではない、とは理解しています。
しかし、どうも、状況からすると
あまりにも用意周到というか、商魂たくましいというか、
身の不幸、不出来も商売に利用しようという、まぁ、あっぱれとも言える。
そうか、本当にそういうやり方もあるか、というところです。
倒産セールといわれれば、通りすがりの人間でも、やはり気にはなる。
気の毒に、とか思う心理もある。
わが家は、ニーズがなかったので購入には至らなかったのですが、
こういう心理で買った人もいるだろうと思います。
裏切られた、というように感じる人もいるでしょう。
どうなんでしょうか?
というようなことで、本日は小話ネタでした。
って見ていたら、民主党も似たような展開が・・・、
おっと、軽はずみには言及できませんね。(笑)
写真は投稿記事とは無関係です。
先日の日曜日、ひっさしぶりに行ってきたゴルフ場。
天気は良かった、天気だけは良かった・・・(トホホ)。

北大植物園の森

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先週はふしぎと北大植物園近くで会合が続きました。
写真は、隣接する「かでる27」という建物の最上階から西側を写したもの。
で、ついなつかしく、時間が空いたときに30分ほどですが、散策してみました。
わたしは2才まで栗沢というところに住んでいたのですが、
物心つく頃には家が、この北大植物園近くに移転してきていました。
現在の地名では札幌市中央区北3条西11丁目ということになります。
北大植物園を北東側に見る家だったので、
この森は、自分の家の庭のようにして見ていた森でした。
なので、記憶のなかに大きい部分を占めていて、
木々の枝振りなどに当時の視覚が甦る部分があります。
とはいっても、もう40年以上の歳月が経っているわけで、
そのように思うのは錯覚なのかも知れません。
この北大植物園というのは、開拓以前の札幌の原風景を
そのまま、自然状態で保存しておこうという考えで残された森。
いろいろな樹種が入り乱れる混淆林です。
札幌はアイヌの人たちの地名ではサトゥポロペツ、大きくて平坦なところ、
ということだそうですが、園内は結構、起伏にとんでいます。
わたしの子どもの頃には、園内にツキノワグマが飼育されていて、
って、そう、なぜかヒグマじゃなくてツキノワグマだったんです(笑)。
月夜には、夜空に声高くその鳴き声が響き渡っていました。
中心部の喧噪も消える深夜、その鳴き声はなんとも印象深かった。
子どもにはなんとも不気味であったかも知れないし、
逆に実にユーモラスでもあったような記憶がある。
って書いていて気付いたんですが、正確にあの鳴き声が
ツキノワグマのものという確信は持てていません(汗)。
小さい頃はそのような話が子どもたちの会話で行き交っていたのです。
考えてみたら、ツキノワグマが月に向かって吠えるものかどうか不明です。
ひょっとすると、同じ場所で飼育されていたエゾオオカミだったかもしれませんね。
でも、都会化は進行していたとはいえ、
北海道らしい、というか、そんな野生の叫び声も聞こえてくる環境だったんです。
園内を散策していたら、ある建物の中にそのツキノワグマのものとおぼしき
剥製が展示されていて、そのことが思い出され、
ガラス越しに思わず、なでてやりたい気持ちにかられました(笑)。
園と周囲との間の柵は子どもの当時、竹製だったもので、
悪ガキどもは、竹の下の方を破って、不法侵入を繰り返しておりました(笑)。
まるで、野生の動物のようにすばしっこく、自力で開けた穴から、
自由自在に出入りしていた、ようでした(笑)。
いまは立派な鉄製の囲いになっているし、子どもたちも
そういうワイルドさは失われていますね。
もちろん、とんでもない行為ではあるのですが、
まぁ、子どもたちの遊び場として使われることに大人社会も寛容だったと思います。
園内には至る所に池のような沼のような水たまりがありました。
札幌は開拓当時、一帯、そのような地域だったようです。
そのために灌漑施設として、人工の用水路を掘削したのです。
それが「創成川」という、なんともそのまんまの名前の川。
そのため、記憶のなかにあった沼や池は、その痕跡だけで、
いまはすべてと言っていいくらい、干上がってしまっています。
これはまぁ、しょうがないだろうな、と思いますが、
こうした水辺では、強い羽音の「オニヤンマ」などのトンボが力強く輪舞していたのです。
ビオトープとしての自然輪廻は、失われている部分もあると思います。
札幌の街もずいぶん変貌を遂げてしまったのですが、
市内中心部でも、こんなふうな自然そのものがあって、
都市でありながら、大自然の営みも感受することが出来る、
そんな土地柄だったんです。
ツキノワグマかエゾオオカミの吠え声なんて、もう一回聞いてみたいと思うのですが、
今の時代には、近隣から迷惑だという声が出るかも知れません。
残念ですが、ちょっと笑えないような隔世感。
わたしたちの世代を超えて、
ずっと後の世代まで、こういう森を残していきたいものだと思います。

ジャパニーズインテリアの凧絵

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きのう、紹介した古民家に飾られていた凧です。
こういう凧の絵柄って、どういう作り手、書き手の手になるものなんでしょうか?
いつも興味深く考えさせられています。
棟方志功さんっていう画家は、津軽のねぶた絵師をやっていたそうですが、
こうした凧の絵師というのも、想像すれば同様だったろうと思います。
極彩色で、わかりやすい題材に取材して描き上げるものなのでしょう。
で、買う側の「わかりやすさ」や嗜好が反映されるのだろうと思います。
ただ、そう考えてもやはりわからないところがある。
わたしも好きで、こういうのを1枚家に飾っているのですが、
どこで買ったか、はもう覚えていないのですが、
絵柄が、畠山重忠となんとか、という源平盛衰記に取材したような武者絵なんですよ。
現代でいまなお、こういう時代の絵柄を題材に選ぶという感覚がよくわからない。
いまどき、畠山重忠なんて、99%の人間は知らないと思うのです。
ほとんど、買う側の人間も理解できてはいないだろうと思うのです。
それでも描き手がこういう絵柄を選ぶというのは、
日本人の「勇壮感」とでも呼べる感覚が、武者の筆絵という
定型パターンで、凝り固まっていることを表しているのでしょうか、ね。
それとも、絵師の世界は一子相伝のようになっていて、
絵柄についても、一切進化しないような伝統保守の世界になっているのか。
まぁ、しかし、こういう凧の絵柄に似合うとすれば、
これ以外には、格闘技やスポーツの題材くらいしか思い浮かばない。
それはそれで、知的所有権の問題が出てくるだろうから、
そう、ことは単純ではない。
それ以外の事柄を取り上げようとしても、いろいろ壁は多そうだ。
そんな事情もあって、いわば絵柄の進化のストップがあるのでしょうか?
もっと想像すれば、若い後継者がこの業界に存在しないのかも知れない。
と、考えれば、この先、こういう絵凧は希少価値が出て
高く売買されるかも知れない、なんて想像も浮かぶ(笑)。
日本ブームが空前という海外から、ジャパニーズインテリアとして
こういうものに脚光が浴びるようになるかも知れません。
なんといっても、和室の欄間飾りとして、
このように飾り付けられているインテリアの統一感は得がたい。
わが家では、ブロックの壁面を飾るものとして飾っていますが、
この独特のキッチュさは、やっぱりニンマリとしてくる日本的感覚。
味のある筆書きの力強さ、素朴さ、極彩色の躍動感などなど、
お正月のような賑わいの原風景的なものを感じます。
というような妄想を抱かせられた和のインテリアでした。

DNA的ノスタルジーの農家住宅

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写真は山形県酒田市近郊の農家住宅です。
肝煎り、というクラスと言うことですから、上級農家。
茅葺き屋根のおおらかな佇まいが、訪れるものを柔らかく迎えてくれます。
このお宅では、入り口を入ってすぐに馬の小屋がありました。
ちょうど写真左手前側、主屋から突き出すような位置。
左右には農作業のための道具の収納場所があり、
まさにいま、田や畑から帰ってきて、
馬に飼い葉をやり、水を飲ませ、農機具を片付けるというような光景が、
まざまざと脳裏に浮かんできます。
その空間を抜けると、なんとも頃合いの良い土間のなかの囲炉裏がありました。
「とりあえず」空腹を満たしたり、渇きを癒したり、
暖を取ったりする、そういう空間です。
ちょうど、この建物のオーナーの方がいらして、
囲炉裏に火を入れてくださったりして、なんとも遠赤外線的なもてなし。
その薪の燃えるさまに、こころが吸い寄せられます。
十分に先人たちが踏み固めた土間、自然の素材を工夫して使っている内装。
近隣の山から切り出してきて造作された構造の、やわらかで力強い質感。
そういった農家住宅の基本要素が、迎えてくれるような感覚を持ちます。
里山に接して建てられていて、伏流水なども豊かなようで、
池が作られてもいました。
暮らしを支える暖房の薪も、ちょっと外に行ってくれば
里山から豊富に入手することが出来る。
すべての生活要素が、過不足なくいろいろに満たされている。
いろいろな地方を訪れる機会が多いのですが、
やはりその地域を知るためには、伝統的な農家住宅を見るのが一番良い。
その地域での暮らしよう、というか生き方が
見るものに直接的に感受できます。
この時期、一年の農作業がだいたい片付いて、
冬を越す準備をしながら過ごすわけでしょうね。
いろいろな想像力がわき上がってきて、
いつも、こういう土地での暮らしもいいかなぁ、と
思い至ることが多いものです。

くやしさを胸に刻んで

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やっと、今年のファイターズの戦いが終わりました。
最後にどんな終末が来るのか、それが野球応援のひとつの定めなんでしょうね。
ファンというのは、そういうものも受け入れて、そういう丸ごとで、
負ける悔しさを胸に刻んで、でも他のどこでもない、地元チームを応援するものなのでしょう。
悔しいのももちろんだけれど、ふしぎな安堵感もある・・・。
今年のわがチームは本当に打てなかった。
最後の最後で、残酷なまでにそのことが露わになった。
山井投手は確かに良いピッチングをしたのでしょう。
しかし、ここまで追い込まれるほどだったのか、
やはり、この大舞台で完全試合での終戦とは、辛い試合でした。
きのうは結局、テレビの前で、なすすべもなかったので、
こちらの投手の投球に声援を送るくらいしかできませんでしたね、悲しいけれど。
そんな圧倒的な流れがあっちに行っているなかで、
ダルビッシュと武田久選手の投球は粘り強く、力強かった。
しかし、考えてみると、ここまで課題が明確になっての敗戦というのも、
ある意味、すごいドラマティック。
これから、監督も交代し、期待の中田君が入団してくるという年に向かって、
最後がこういうかたちで終わるのは、なにか感じるものがある。
きっと選手のみなさんは、悔しさと屈辱感でしばらく落ち込むでしょうが、
しっかり前を向いていって欲しいですね。
こういう負け方から、来年に向かって、どう立ち上がっていくのか、
しっかり応援していきたいと思います。
勝った中日さんには、本当におめでとうといいたいですね。
昨年も感じたけれど、この先に、さらに過酷なアジアシリーズがあるんですよね。
あれって見ていて、わたし、実はすごい辛いと思うんです。
まったく勝って当たり前の国際大会。
負ければなにを言われるかわからない。でも野球だから、
一発勝負ではなにがあるかわからない。
なのに、ほとんど注目はされることはない。
よく日本プロ野球は、あれを受け入れてやっているものだと思います。
まぁ、あれに出なきゃいけないというのも辛かったので、ファンとしては
今年の終戦は、ここらが潮時だったかも知れません。
って、負け惜しみなのかなんなのか、ちょっと不明な心境(笑)。
でもここまで、本当に楽しませてくれて、感謝の思いは強いものがあります。
まぁ、しょがないっしょ、また来年がんばるべや!
来年に向けて立ち上がれ! がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!

中古住宅再生の取り組み

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きのうは北海道が進めている
「中古住宅流通促進」のための審議会の例会。
東京から、住宅の論者、南雄三さんもゲストに迎えて、活発な論議。
最近、政府でも200年住宅という取り組みも進んでいますが、
中央の政策は大体、北海道の後追いで行われている、
先鞭を付けてきた誇りを持って、やっていきましょう、という出席者の声が聞かれます。
で、実際に「社会実験」というようなスタイルで、
この中古住宅再生市場の掘り起こし、とでもいえるマーケット実験を
ユーザーも巻き込むかたちでやっているわけです。
古い住宅を北海道の委託を受けた「住宅検査人」がチェックして
その建物の問題点や、現状レベルを客観的に調査。
そのうえで、性能向上させるためにはどのような工事が必要か、
ガイドラインないしは、道筋をわかるようにする。
そのような住宅の診断書に基づいて、中古住宅の優良なデータベースを作成する。
一方で、的確にリフォームされた住宅については、
北海道が定める「北方型住宅」としての認定のリフォーム住宅版
「北方型住宅ーR」という認定を与え、中古住宅の性能表示を行うのです。
まぁ、あらたな住宅のマーケットを創出しようとするのに等しい作業。
きのうは参加しているメンバーが全員で論議しましたが、
実際に社会実験に取り組んでいるビルダーの方も含めて、
総勢30人は超えているのではないか、という大人数でした。
作業スキーム全体のなかで、住宅検査、というポイントを取り上げても、
実践的な作業も行うことで、よりリアルな検証論議が巻き起こっていました。
当初はいわゆる検査項目を羅列しているようなチェックシートだったのが、
実際の検査作業の流れに即して、
建物の外側の目視ポイントの整理からはじまって、
建物内部のチェックポイントまで、実際の作業を考えた動線的チェックシートに
改善されてきています。
ここまでくると、実際にこうした作業というのはビジネスになりうるのではないか、
というレベルが見えてきていますね。
そういう住宅検査人の作業にたいして監督責任を持つ機関の想定まで
かなり踏み込んでも論議しています。
こうした動き、リプラン誌面でも今後も紹介していきたいと考えています。
さて、今週末には積雪も予想されている札幌。
一気の美しい紅葉から、落葉になっています。
ことしは紅葉がすばらしいと思いますね。
散歩道がいよいよ晩秋の装いで、印象深い景色を楽しめています。

北の森を楽しむ会・発足

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ときどきこのブログでも紹介している地域工務店グループ・アース21で
今回、札幌市近郊の厚田近在の自然林を購入し、
それをグループとしてのメッセージ性を盛り込む運動の媒介にしようと計画しています。
昨日はその会、「北の森を楽しむ会」の設立発足会。
北海道の木を使って家を建てよう、とか、
地産地消というような掛け声はたくさん聞かれますが、
いったん、実際に行動しようとすると、
なかなかいろいろな問題点と直面せざるを得ません。
ちょっと前までは、輸入材に比べて高価格で、品質的にも問題がある、
というような問題点が一番大きかったのですが、
そういうなかでも、理念に共鳴してあえて火中のクリを拾うように
挑戦してきた北海道のビルダーさんも多かったのです。
ところが、最近ではそうしたビルダーさんすら
北海道産の木材を購入することが出来なくなってきている現実がある。
昨年から今年にかけての、輸入材の価格高騰が事情を一変させてしまった。
「そんなに高くなるなら、ちょうどいいから地産地消と、宣伝も出来るし・・・」
と踏んだ大手ハウスメーカーや、大手本州資本が
北海道の山の木を買いあさったのです。
突然降って湧いたような需要を前にして、北海道の林業界はあっさり応じた。
そういう結果、地元の中小工務店が一生懸命細々と続けてきた
本来の「地産地消」の動きが頓挫せざるを得なかった。
そんな事態が、進行していたのですね。
一方で、最近の木材の市況では、
あれほど大騒ぎしていた輸入材の枯渇宣伝はいったい何だったのか、
というような「高値の」材料の大量入荷・野ざらし状況があります。
苫小牧などのストックヤードには
空前の高値で調達されながら、買い手のついていない木材が
大量に放置されているのが現実と言うこと。
どうも、海外材の輸入システムのなかに
国内の民需全体の利益を考えて輸出先と渡り合おうというシステムが欠落している。
これは笑えない現実だと思います。
輸入商社とかが、海外の調達先から良いように利用されているのではないか。
その結果が、国内の「原材料高値による」最終消費の不調をもたらしている。
もちろんそれだけの要因ではないにしろ、ひとつの原因であることは明らか。
こういう現実のなかで、地域ビルダーとして、
林業の現実を知り、その未来を開いていく展望を得るためにも、
自分たちでも、森のオーナーになって考えていこう、というのが発会趣旨。
前記したような現実は現実として、
しかし、地域の地元の森をどのように活用して、
未来に向かって、システムとしてどうすれば良き環境を保全していくことが可能なのか、
考えながら、肩の力を抜いて、楽しみながらやっていこうという方向。
試行錯誤しながら、どんな活動が展開されるか、
楽しみながら、参加していこうか、と考えています。
それにしても、どう考えても儲かりそうにはない活動(笑)なんですね・・・。
写真は、ここんところの札幌の散歩道の様子。秋深し、です。

薪とペレット両用ストーブ

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先日の見学時に見た住宅のストーブです。
最近、高性能住宅を指向する人たちは、同時に自然派でもある感じ。
なので、熱源はオール電化というケースが多いのですが
薪ストーブを設置する人も多い。
高性能住宅の駆体への安心感が、シンプルな暖房形式を楽しむ気持ちを刺激するのでしょうか?
余談ながら、こういう暖房形式での例で、
Q1.0住宅で、しかも太陽光発電パネルも乗っけて売電も試みているお宅では、
オール電化住宅で、1年間の電気料金が、なんと、90000円だったそうです。
しっかり取材したわけではなく、ビルダーさんからの情報ですが・・・。
???、というような思いがするんですが、どうも事実らしい。
しかも、売電した金額が1年間で90000円っていうんですから、
それだと、1年間電気料金がかからなかった、というのと同じ。ちょっとにわかには信じがたい。
ただ、その施主さんって、薪ストーブファンなんですね。
住宅の性能はQ1.0なので、省エネルギーも極限的なんでしょうか、
で、暖房と言うよりは、楽しみながら、薪ストーブを使っているので、
ほとんどそっちがメイン暖房になっている様子。
そういう部分も多少は影響している数字なのかも知れません。
おっと、薪ストーブの紹介でした。
薪ストーブは燃やす材料によって、機種が違いますが、
これは製品として販売されているペレットと同時に
薪も燃やせるタイプということ。
火持ちの点ではやや早すぎるということがあるそうですが、
国内製で、価格が180,000円と言うことで、廉価。
こういう高気密の住宅では、吸気を工夫してやらないと
なかなか上手には火がついてくれない。
ちょうど見に行った前の日から日を入れてみたそうで、無事着火を確認したと言うこと。
薪ストーブは、燃やした後の輻射が、この写真の例のように
後背のレンガに蓄熱されて、じんわりと家の中が暖まるのだそうです。
ビルダーさんたちが異口同音に話していました。
このあたり、実践的なノウハウになるのでしょう。
しかし、こんなストーブって、やはり良い雰囲気を醸し出してくれますね。
朝起きて、薪ストーブに火を入れて暖を取る暮らしって、
やっぱり憧れてしまうし、
そういう季節感が迫ってくる、という感覚も
北国らしい、この時期ならではの郷愁に似た感慨。
北海道は寒いけれど、こういう楽しみって言うのも、いいものなんですよね。

無落雪屋根住宅のデザイン

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写真は先日のアース21札幌例会での住宅視察のひとこま。
札幌の住宅って、日本の中でも特異な進化を遂げてきた存在ではないかと思います。
現在でこそ、首都圏などの住宅デザインでも
インターナショナルなモダンデザインへの指向が強くなっていますが、
そういうなかで、シンプルなボックスデザインというものに挑戦する例があります。
そういうのって、デザインが動機になって生み出されているものですが、
札幌での場合は、ちょっと違って、
積雪という条件がまずあって、その後に敷地条件が狭くなっていくなかで、
やむにやまれぬ選択として、屋根から雪を落とせない、ということになっていった。
いまでいえば、「陸屋根」という呼ぶよりも、
「無落雪屋根」と呼ぶ方がポピュラーかもしれないけれど、
この言葉自体も、たぶん温暖地では聞き慣れない言葉なのでしょう。
まぁ、雪を落とす敷地のゆとりがなくなり、
同時に「お互い様」というような隣近所関係も希薄になっていくなかで、
建築的に雪を屋根に載せたままに出来る作戦が考えられたのですね。
しかし、そうなると、日本の住宅デザインの系譜のなかには
こういうボックスタイプでのデザインの歴史などはないことに気付く。
そこから、苦しいなかでの住宅デザインの模索が始まってきた。
屋根でデザインできない、という現実のなかで
逆に言うと、屋根でどれだけデザインというものが押し隠されてきたのかも
必然的にあらわになってきたとも言える。
まぁ、そんなような雑感が沸き起こってきます。
現在は、シンプルモダンというような言い方がでてきて、
こういうボックスの潔さ、のようなものが浸透してきている。
しかし、札幌でのこういうタイプの住宅のデザインの工夫は常に進化している。
屋根がないなら、壁と開口部、その配置によるデザイン、という
明確な目標が定まってきているので、
表現のバリエーションは少ないけれど、やりようはある感じがしますね。
そういうなかで、この住宅。
外壁の素材をいろいろに変化させていて、モンドリアンの絵のようです。
四角く縁取りを固めて、開口部の配置と大きさで勝負しています。
よく見ると、外壁素材もいろいろなバリエーション。
窓は、樹脂なのだけれど、枠がほっそりと見せられていて、
現代風のシャープさが訴求されています。
最近は、むしろシルバーのアルミっぽい素材感が受けているのだそうです。
こういうデザインの住宅、どう思われますか?