
本日は更新が遅れておりました。
さすがに、ここんとこ作業やらなにやら、
ただでさえそう広大ではない(笑)頭のなかが一杯になっていまして、
にわかにブログを書こうという気力が起きませんで、
やむなく仕事が始まっているこの時間にアップとなりました。
っていっても、書くことは仕事に関連したこと。
そうです、出版と言うことです。
書くのが遅れたのは、基本的なことを調べてからにしようと思ったからなんですが、
まぁ、諦めました(笑)。
一昨日ですが、カミさんと坊主の趣味でいつも眺めさせられている
朝のフジテレビの情報番組で
出版界に関するマーケットデータが出ていたんですね。
わたしは小さいマンガ少年のときから、一貫して
このような仕事が好きで、続けてきたワケなんですが、
最近は出版界が構造不況業種に指定されるのではないかという危惧まで出ていますね。
総売上金額が、10年近く低下を続けている、
主要取次会社が、前年マイナス予算を組んでいるという業種なんですね。
本日の朝刊でも「主婦の友」が廃刊になるというニュース。
最盛期には160万部も出ていたという雑誌が、直近では14万部という落ち込み。
(すいません、時間がないので記憶に基づいて書いていますので、若干数字は違うかもしれません)
近年は、こういう売上の低下を補おうと、出版の点数は逆に増えている。
たいへん厳しい状況になっているのです。
で、番組中では出版大国のドイツとの比較が出ていて、
人口が日本の6割くらいのドイツが出版売上では日本を大きく上回っているのだとか。
そのワケとして大きいのが書店の利益率の高さが上げられていました。
日本では平均的に20%程度なのに対して、
ドイツでは35%ほどの利益が書店に入ってくるのだそうです。
その分、日本では「委託」という取引形態なのが、
ドイツでは「買い取り」という形態なんだとか。
ようするに流通システムの問題で、書店に「売れる本」に対する選別眼がきびしいということ。
売れる本を、自己責任で買い取りで仕入れて販売するのですから
必然的に、生きるか死ぬかの厳しい選別になるのですね。
たしかにインターネットの普及は
「情報」という側面での出版の独占部分を侵している部分があるでしょう。
しかし、それならば、日本だけが落ちている理由説明にはならない。
やはり、構造的な問題もそこにあるのでしょう。
より状況に肉薄するような視点を持たない限り、
牧歌的な出版の世界は終わりを告げるのかも知れません。
厳しく自分自身も、問い直さなければならないと考えています。
<写真は江戸期の旅行カタログの挿絵>
Posted on 2月 15th, 2008 by replanmin
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B級ですね(笑)。
まぁ、庶民的な味わいを求めるグルメ求道記、久しぶりに行きます。
どうもわたし、もやしラーメンに深い愛着がある。
なぜといえば簡単で、
生まれ育った実家が「もやし」製造業で、
そして、子どもの頃からさっぽろラーメン産みの親の
三平ラーメンの大宮さんが生家にもやしを購入に来ていたのですね。
って、そういうのは自分の味の好みとは関係ないエピソードではありますが、
その後、実家の仕事をアルバイトで手伝ったりしていまして、
それはラーメン店などへの業務用もやしの配送なんです。
免許を取ったらすぐに休み期間中、やっていまして、
勢い、さっぽろラーメンの食べ歩きをやっておりました。
そんな経緯や、体験が微妙に味の好みに影響していくものなのか、
いまや、すっかりもやしラーメン党になっております。
しかし、もやしラーメンという名前自体も、そのように名乗っているかどうか、
店によってはわからないのですね。
控えめに「野菜ラーメン」とか、もやしが主体だけれど、
他の野菜炒めも混ぜているケースも多い。
そこへいきますと、仙台で結構好きな大衆中華の「泰陽楼」の
こいつは、そのまんま、「もやしラーメン」なんですね。
中華らしく、やや軽く「あん」がかかっている。
そのスープを引き連れつつ、シャキシャキ感のある歯ごたえのもやしが
「小気味よく」口の中でハーモニーを奏でてくれる。
で、スープで出汁の風合いをかみしめながら、
ややほっそりとした、やややわらかめの麺にたどりつく。
あつあつ、といいながら、はじめは少ない本数の麺をすすり、やがて、
もやし、麺、もやし、麺、という交互の食感を楽しむ。
まぁ、ときどきレンゲでスープも楽しむ。
っていうような繰り返しが、腹の中で豊かな時間を感じさせてくれる次第なんです(笑)。
値段は、覚えていない(笑)。
500〜600円ではないでしょうか?
まぁ、大衆中華の値段ですね。
さっぽろラーメンとはまったく違うラーメンなんですが、
どうも最近は、こういう系統にすっかり嵌っておりまして、
家で作るラーメンも、麺が細めになってきております。
わが家の坊主も、鍋料理の締めの麺など、すっかり細麺好みに変化。
さてさて、みなさんはお好み、いかがでしょうね。ではでは。
Posted on 2月 14th, 2008 by replanmin
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きのう書いた集住形態の農家群の中の住宅です。
このお宅は、この一帯の「家守り」役であったと思われる大工さんの家。
というか、いまは大工さんだったお父さんが亡くなって、
その娘さん夫婦を中心にした4世代同居のお宅です。
どうも推察するに、この大工さんが、きのう触れたような農家住宅を建てたり、
保守管理・増築などの作事一般を受け持っていた気がします。
現代がもう、システムとしてなくそうとしている、
「家守り」システムですね。
これは、建築の専門家である地域居住の大工さんが、
その地域での色々な建築的相談事を専門的に受け、管理していく社会システム。
現代のように、ハウスメーカー・商品化住宅システムの全盛期になってくると、
ちょっとした補修など、「どこに頼んでいいかわからない」
というような状況が生まれてきてしまう。
たぶん、こういう不便な状況って、最近というか、
戦後高度成長期以降、顕著になったのではないかと思います。
いわゆる、ハウスメーカーの成長期で、国策としてもそういう建築企業を培養した。
官主導で進められた「ハウス55」計画は、
労働者として大量に都市に集められた農家の2男・3男という
あらたな「住宅希望者」に対して、
既存の家づくりシステム(家守り」を中心とした地域工務店ネットワーク)では
住宅建築を請け負うのは不可能だと判断して、
そういう建築の受け皿として、
規格大量生産型のプレハブメーカーを国策で養成したのですね。
というような経緯で、今日の状況を迎えてきていて、
いまや、地域工務店というのは、業界としての存続の縁にある。
先日も、全建連という工務店の全国組織のトップの方とお話ししたのですが、
そうした危機が、まさに迫っているという状況ということです。
写真は、この地域(宮城県の石巻近郊の山間農業地域)での
家づくりの基本である、里山に寄り添った住宅計画の結果、必然化する
自然の里山の裏庭を撮影したものです。
家の裏の山からは、四季変化に応じて
いろいろな恵みももたらされて、暮らしになくてはならない潤いを
もたらしてきたに違いないと思います。
春の山菜採りから、秋のキノコ取り、落葉は貴重な肥料に、と
伝統的な農家の暮らしの基本的バックグラウンドだった。
そういう暮らし方が、そのまま、国土の保全に繋がっていた。
そうです、身近な森林の管理に繋がるわけですね。
こういう一連の営みを、官僚統制的手法で破綻させてきたのが
戦後の高度成長システムの弊害であった。そして、気付いたときには
それを復元する社会システム自体も崩壊してしまっていた、
というのが現実の姿なのです。
しかし、そういうなかで、この家に暮らして育った娘さんが
この家に愛着を感じて、お父さんが建てた家を壊して建て替えるのではなく、
なんとかリフォームして暮らし続けたいという希望を持たれたのです。
現代では、こういう古い建物を延命させて現代的な暮らしやすさを実現するのは
たいへん気骨のいる作業だと思いますが、
幸いにしてリフォーム会社の担当の女性の方も、
「またこの家に帰ってきた気がするんです(笑)」っていうように、
建て主さんといっしょになって苦労したことが、
その明るい表情から伺えたのです。
そんな明るい女性ふたりの会話を聞いていて、
なんとなく救われるような気がした取材でした。
Posted on 2月 13th, 2008 by replanmin
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先週末には、宮城県石巻近郊の住宅のリフォーム事例を取材。
周辺には独特の形式の農家群が集まっています。
昔の農家の建てられようには色々なスタイルがありますが、
一般的に多いのは集住スタイルで、ミニ都市のように集まって暮らすもの。
それに対して、各家屋がぽつんぽつんと建てられるのが「散村」といいます。
この地域では、集住の家屋が、それも周囲の小山を背にするように建つ
「里山」形式で、しかも路に沿って連続して建てられていました。
これは、たぶん、季節風から暮らしを守る知恵でしょうね。
その目的をさらに明確にしてくれるものも見られます。
面白いことに、この地域では道路側に面して、
各戸が納屋のような建物を一様に建て並べているのです。
このように建てられれば、区切られた内部の空間は
冬の季節風から、ほぼ守られるような半外部の空間になる。
写真は、そうしたなかでもひときわ立派な建物。
高さも通常の2階分ほどもあり、内部の平面も広大に保護できます。
このように季節風を遮れば、内部には宮城県らしい
日射の豊かさが実感できるような空間が出来上がる。
大変よく考えられた、地域のくらしに似合った住宅装置であることがわかります。
塗り壁などは剥落して土壁が露出し、
何度もリフォームを試みてきた様子が手に取るように残されていますが、
いまは、どうも使用を諦めたと思われるような佇まい。
そうでしょうね、この建物の用途を推察すれば、
たぶん、農業用の倉庫が主要任務。
入り口から内部を見通すと、いろいろな農家の仕事のための小屋がけがあります。
それらはみな、ほぼうち捨てられたような状態だったので、
最近は使用されていないような雰囲気なのです。
そうなれば、外観的なものに気を使っていくような心映えはなくなる。
入り口の上部には、外部なのに開口部飾りの欄間まで見られています。
欄間は通風などの用途を考えているもので、しかもデザイン的に考えているということは
「家格」を表現しようとした装置であったことはあきらか。
考えてみると、いまの日本ではここまで考えている
「農家としての住宅装置」というデザインは存在しない。
農家であっても、主屋についていえば、
無国籍的な都市型住宅のプロトタイプが無自覚に建築されているケースが多い。
農家の側からも、ハウスメーカー的な宣伝デザインを希望する、
というような場合が多いのではないかと思われます。
素晴らしい伝統的建築デザインの古民家を
「○○ホームみたいな洋風の感じにしてください」
というようなリフォーム希望が寄せられる。
確かに、農家の暮らしようも、農作業のやり方も
伝統的な様式とはまったく変わってしまっているので、
そうした変化自体はやむを得ない部分ではあるけれど、
そのまま放置していけば、いったいどのような「地域的アイデンティティ」が残るのか?
まず、残っていくことはないでしょうね。
後世の人が、こういう家の建て方を見て、現代の暮らしを想像すれば、
その驚くべき想像力の枯渇ぶりに驚くのではないか、
そんな危惧の思いがわき上がってくるのを禁じ得ません。
でも、じゃぁ、どうすればいいのか、
と考えても、残念ながらなかなか、解決策は見つからない。
実際にこうした建物のオーナーさんから、
「都市的な快適性」を願われれば、そのように建築することになるのは
自明なのではないかと思われます。
地域的必然性の欲求の低下というなかで、
現代的な暮らし方という摩訶不思議なパワーが、無国籍建築を
大量生産していく、
こういうプロセスは、これからも増殖し続けるのでしょうか?
Posted on 2月 12th, 2008 by replanmin
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さて、趣味の「シーサー探し」ですが、
って、あんまり知られてはいないでしょうね(笑)、
全国の面白いシーサー像を見て歩くという、勝手な趣味を持っています。
まぁ、旅費交通費はかかるけれど、
それは仕事などで行くついでなので、それとしてはお金かからない、
歩き回らなければならないので運動になる、
というけっこうだらけの楽しい趣味です。
そういう心がけをしておりますと、情報なども来るし、
なにより、道端の名もないシーサー像たちが語りかけてくるようでもある。
たまたま、そのときにカメラを持っているかどうか、
それが最大問題という趣味ですね。
というようなことなんですが、
東京上野、博物館巡りの最中にお目に掛かりましたね。
ごらんの像ですが、
由緒を調べたら、ずいぶんと高貴な出自を持つシーサーであります。
この像が置かれているのは、
重要文化財に指定されている、日本初めての洋風美術館「表慶館」エントランス。
なんでも大正天皇ご成婚を祝して建築されたそうです。
表慶館
1909年(明治42年)、東宮皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の成婚を祝う目的で開館した。設計は宮廷建築家の片山東熊(かたやまとうくま)。建物は重要文化財に指定されている。展示室は1・2階に9室あり、長らく考古資料の展示に使われていたが、平成館開館以後は特別展示等に時折使用されるほかは閉鎖されていた。その後、教育普及センター「みどりのライオン」が開設され、レクチャーやワークショップ、スクールプログラムが行われている。
という由緒書きWikkipediaに載っております。
そういう建物なのですが、
シーサーとしての青いライオンは、シーサーらしく阿吽の形相で
左右から訪れるものを睥睨しております。
が、どうもそういう迫力は感じられない。
いまいち、シーサーのユーモアには到達していないし、
形相のおどろおしさで威圧する、という態でもない。
どうも、ふつうにライオンが2匹、場違いにいる、という雰囲気。
どうも、竣工当時のアイデアと、実際の立ち上がった雰囲気とのあいだに
濃密さが感じられない仕上がりではないかと思います。
想像すると、洋風建築としての格式と、伝統的なシーサー像との
バランス感覚が、宮廷建築としてうまく消化しきれなかったのでは、
というような感じがいたします。
とはいえ、残された青ライオンシーサーには責任はない。
屈託なく、広大な博聞館前の広場で番をしております。
まぁ、かわいいといえるでしょうね。
本日は、やんごとなき由縁を持つ、シーサーのご紹介でした。ではでは。
Posted on 2月 11th, 2008 by replanmin
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きのうは国立博物館の展示体験記でしたが、
あんまりオススメではありませんね、ということでしたね。
ですが、もう一方の科学博物館での「ナスカ展」はすごい正解!
っていうか、こっちのほうは「アンコール」にお応えしての催事なので、
ほぼ、正解は理解できるところではあります。
とにかく、世界最大の謎と言ってもいい、ナスカの地上絵の謎解き展ですから
まぁ、盛り上がりが全然違うわけですね。
展示は、ナスカの人々のDNA分析やら、
先行する文化の特徴の紹介などなど、立体的に直感的にナスカ文化を体感できる。
とくにミイラの分析からナスカの人々が、バイカル湖周辺で誕生した
モンゴロイドの流れを汲む民族であり、
わたしたち、日本人と遠い親戚関係にある、というあたり、
「そんなこともわかってきたんだ」と現代科学を見直す思い。
地上絵については基本的には謎とされていますが、
デザイン自体は、ナスカの人々が800年前後という長い歴史期間、
かれらが育んできた世界観や、描写手法そのものであり、
また、地上絵を描く手法の解説なども開示されていて、
宇宙人説などへのおだやかなニュアンスでの否定が感じられます。
描き方は、まず小さく描きたい絵を地上に描いて、
そこから、放射線状にロープなどで、距離と角度を特定しながら、
「測量」的に描いていく方法が示唆されていました。
「なるほど」という説明ですね。
また、世界各地に地上絵の伝統はありますよ、という例示も示されています。
こういう表側のテーマとは別に、
わたし的に強く考えさせられたのが、DNA的に近いかれらの首狩りの風習。
戦国期など特徴的なように、わたしたちの文化でも
歴史というのはまさにお互い同士の殺し合いの連続そのもの。
ナスカの人々もたいへん戦闘的な民族だったようで、
繰り返し、首狩りへの執着心が語られています。
首狩りを文化的な、たとえば陶器などのデザインにまで登場させたりしている。
生と死、戦争というものの概念世界が現代世界とは違うので、
即座に野蛮と決めつけられないけれど、やはりすごいものがある。
そうした世界観のなかで、一方で頭部への開頭手術なども技術が進んでいる。
こうした手術の成功確率も高かったという調査結果。
信長は、宿敵・浅井長政の首級・骸骨を酒杯にして
家臣に回し飲みさせたというような逸話があるけれど、
やや、近いような感覚世界にかれらの世界観はあったと想像される。
わたしたちにも、似た感覚世界のDNAはあるということなのでしょうか。
というような、独特の異種世界を体験したような気がした展示。
最後にはバーチャルリアリティのナスカ地上絵空中見学体験もできました。
どうも、ああいうの、苦手気味なのですが、
なんとか、最後まで気分が悪くならないように注意しながら、
見学を終わった次第です。
面白かったです、文句なしです。
こういう展示として、構成なども素晴らしかった。
アンコール開催というのも、むべなるかなです。
東京に住んでいる人は、やっぱりずいぶん、トクしていると思います。
いいですよね、こんな大予算を使った展示のたぐいが
それこそ、毎日のようにどこかしこで行われているのですから、
そうしたメリットの地域間格差って、すごいものがある。
所得税というような「富裕税」は存在しているけれど、
こういう「文化接触格差」の税の概念って、取り上げられることは少ない。
こういう点、「都市の快適性」という側面から、論議すべき時期に来ている。
少なくともこういうことについての格差はまったく放置・無視されている。
ひとつの考えとしては「文化税」などを創設して、、こういう展示を見に行くのに
地方の人に必然的に掛かってくる旅費交通費などをキャッシュバックする。
その経費負担を「文化税」全体で考えていく、というのは無理なのでしょうか?
わたしだけかなぁ、こんなこと考えるのは?
Posted on 2月 10th, 2008 by replanmin
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今週はずっと出張に出ていまして、
2日間ほど東京に滞在していました。
わたし、東京に来ると時間を作っては上野の東京国立博物館に行くのが習慣。
今回は、手前側の科学館でもなんと、「ナスカ展」アンコールを行っていましたので、
両方、掛け持ちで見学してきました。
本日は、そのうちの博物館での「宮廷のみやび」展です。
なんですが、のっけから結論を言ってしまうと、
やはりがっかりさせられた、というか予想通りというか、
「ああ、やっぱりね」という展示だったのです。
日本の文化の中で、藤原氏、のちに別れて近衛家となるのですが、
このような貴族が果たしてきた役割は、理解はできるのですが、
やはり生理的に、こういう国家権力に寄生して
その甘い汁を吸ってきた、という存在に対して好意的にはなれないのです。
展示は、おおむね、天皇家との関わりを誇示するようなものの羅列。
かれらにとっては、政治的な「戦利品」のようなものですね。
そういうものが、今日的な価値観で見返してみたとき、
はたしてどれほどの意味があるのか、疑問です。
貴族というのは、「文化・文芸」の道を民族の中で
大きな役割として果たしてきた、ということですが、
それは民衆への大きな抑圧の結果として
かれらが獲得し続けてきたことであって、多少の努力要素や素養というものはあったにせよ、
基本的には、たまたま、そのような境遇に生まれたからそうなっただけだと思うのです。
「そのことにどれほどの意味があるの」と内語し続けてしまった次第。
まぁ、下々の「ひがみ」ですね、これは(笑)。
よく「王朝文学の香り」とかなんとか、
一般民衆のリアリズムとはまったく無縁な恋物語などを
さも、立派な香しい文化ともてはやすような考えがありますが、
どうにも同意できませんね。
展示の中で、近衛前久という戦国期日本史にも名前が登場する人物が出てきます。
わたしは、司馬遼太郎さんの文学で、この名前を知っていました。
家康を描いた司馬さんの「覇王の家」のなかで、
ほぼ天下統一の事業が完成に近づきつつあった信長を
家康が自分の領土の中を通らせて富士山を見物させる旅行接待をするくだりがあります。
その間の政治的な背景に触れながら、
家康と信長の心事を推量し、考察しながら展開するお話ですが、
そこにこの「前・関白」の名が登場します。
政治的にはなんの実態もない存在でありながら、身分だけは高位であるこのひとが、
信長に、富士山見物の旅への同行をねだったのですね。
それに対して信長は、「わごれなどは、さっさと帰れ!」と大喝したという描写があります。
<確か本文では、東山道を帰れ、となっていたはずですが。>
「信長から酷いことを言われた」と日記に記していたそうです。
しかし、このとき信長は、天下一気性の難しい自分を接待するという家康の
政治的な覚悟のほどを思いやって、その心事を計っていて、
そのうえ、身分だけは天下第一等である近衛が加われば、
家康には、どれだけの心理的負担になるか、それを考慮しない近衛前久に
つい、どなってしまった、というような消息を文章にしていたのです。
そうした存在であるという、知識の下敷きから、
展示を見ている自分がいるせいなのか、やはり遊離した存在という意識が働くのですね。
しかし、信貴山絵物語など、目を奪われるような素晴らしいものもあります。
また、書の歴史展示と考えれば、大きな意義のある展示でしょう。
確かにこういう存在がなければ、
日本の文化の大きな部分は継続性を持ってこれなかったのは事実でしょう。
まぁ、色々な事柄を考えたり、感じたりした展示でした。
その意味では、意義はある、とも言えるかも知れませんね。
ということで、本日は国立博物館レポートでした(笑)。ではでは。
Posted on 2月 9th, 2008 by replanmin
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先週の新住協Q1.0住宅見学会から。
勇和建設さんの事例の写真です。
「日だまりの家」というコンセプトらしく、
ほぼ真南に面して、玄関や居間などの大開口が開かれている住宅です。
それも右側写真のように、居間は吹き抜けていて、
ダイナミックな空間が広がっています。
そうでありながら、室内の上下温度差は、測定している温度計を確認してみると、
なんと、1度にも満たないレベルになっています。
窓は樹脂サッシを使用していて、
開閉などもきわめて容易な仕様。
引き違いではないのですが、床までの大きな建具で、しかも
1階、2階とも連続して大きく開口しているのです。
家全体として、気密断熱がしっかりしているので、
空気の流動感も感じられなくて、
まさに自然な、春のひだまり、という雰囲気。
で、冬はこのように、費用のかからないエネルギー・太陽日射を
たっぷりと室内に取り込んで暖房エネルギーを削減させ、
こんどは夏になると、右側の写真のように2階のデッキテラスが
1階居間に対して、庇の効果をもたらしてくれて、
日射を遮ってくれます。
たいへん、単純な「パッシブソーラー」が建築装置的なもので実現できる。
もちろん、ディテールでは窓の性能の検討や、
冬のあいだの窓面からの冷輻射対策が肝要になってきます。
ここでは、1〜2階のあいだの梁や、1階床面下に冷輻射予防の
暖房がさりげないデザインで装置されています。
また、大きな窓面からの夜の熱損失を抑えるために
高性能な断熱効果の高い「ハニカムサーモスクリーン」が装置されています。
さらに他の部位からの熱損失を全体としてバランス良くするように
断熱気密を図っていることは当然。
そうした建物としての性能の上に立って、
暖房でも、ヒートポンプの低温水タイプで十分なあたたかさが確保されています。
ディテールに色々な工夫が見られる住宅ですね。
なんか、ここんとこ、読者の方からのコメントが増えている感じ。
って、わたし、あんまりコメントを返したりしていませんでしたが、
心を入れ替えて、なるべくコメント返すようにしたいと思いますので、
ぜひ、いろいろなご意見、聞かせてください。お願いします。ではでは。
Posted on 2月 8th, 2008 by replanmin
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札幌はいま、雪まつりが開かれています。
こういうネーミングは単純なほどよくて、ここまで続いてきているのは
わかりやすく北国らしさが明快、という要素が大きいと思う。
わたしは、広告の仕事キャリアが長いのですが
その仕事領域の中でも、コピーやキャッチフレーズが本職に近いのではないかと、
自己規定しています。
そんな思いで考えていると、だんだん、単純さに惹かれていく。
なるべく作為なく、明快なフレーズが民主的で良い。
そういう意味で、さっぽろ雪まつり、いいネーミングで、これしかないですよね。
というのは、前振りなんですけれど(笑)
この時期くらいになってくると、暑さ寒さも彼岸まで、じゃありませんが、
「春の日射し」という言葉が、思い出されるようになってくる。
まぁ、雪まつりに来られたみなさんからは、
こんな冬真っ盛りに、なにを言うんだ、って感じられるかも知れませんが
北国人には、徐々に日射しの強さが増してくる感じが募って参ります。
熱的に言えば、「太陽輻射」ということでしょうね。
熱というのはなかなかに難しいもので、
いわゆる「断熱」という場合、ひたすら問題にするのは
「伝導熱」なんですね。
外気と、室内の温度差、という概念は「伝導」の概念。
それとは別に、輻射熱というものがあり、
伝導的にはマイナスの気温であっても、日射しが「あたたかく感じられる」ということ。
こっちの方の熱が、北国でも強く感じられるようになる時期なのです。
写真でみれば、一面の雪景色なので寒そうなんですが、
黒っぽいダウンジャケットの背中には
なんとも言えない心地よさが感じられている。
こういう感じが、北の春を予感させる、
いわゆる「光の春」という表現になっていくのですね。
ちょうど、雪まつりが季語のようになっていて、
このお祭りが節目になって、光の春が日増しに強まっていくのですね。
でも、この輻射熱というのが、なかなか難しい。
住宅技術の世界でも、銀紙のようなもので、
板状断熱材を被って、この「輻射」の概念を利用しようという製品もあります。
NASAがどうこう、というのが決まり文句。
確かに、宇宙空間的には太陽輻射のあるなしで、
極端なプラスとマイナスに別れるものなのでしょうが、
地上では空気があるわけで、やはり基本は伝導で考えなければならない。
輻射という概念は、その上で考慮すべき概念、ということになるそうです。
北国の冬も確かに真っ盛りで、
冬本番ではあるのですが、しかし、確実に春は準備されています。
こういう写真のような光景では、真っ白な雪が
太陽光を反射して、目もくらんできます。
全国・世界各国からこられたみなさん、さっぽろをお楽しみください。
Posted on 2月 7th, 2008 by replanmin
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さて、建築家展での展示から。
写真は、わが社屋を設計してもらった圓山彬雄JIA北海道支部長の手描き図面。
以前、所員の方から「圓山の手描きスケッチって、いいんですよ」
っていう言葉を聞いたことがあります。
圓山さんはわたしよりも年上ですので、
建築家として仕事をしていくのに、
コンピューターCADが登場する以前からやっていたわけで、
当然、図面を手描きで描いていた時代の方。
なので、独特のペン使いの味わいとか、線画の美しさのような
そういう雰囲気が感じられるものです。
考えてみれば、もうこういう味わいに接すると言うことは少なくなっていく。
じっと、この図面を見入っていると、
やはりコンピュータが描く線とはまったく違って、
この造形した空間に対する思い入れのようなもの、
あるいは、愛着にも似た心遣いの細やかさの部分が感じられます。
このように額に納められ、ピンナップされて展示されると、
まるで、一幅の書画にも匹敵するような魅力が漂ってくると思います。
直線を太く引いたりしているところなど、
建築家のクセのような、緩やかな曲線の感じもみられ、
ちょうど、書の「はね」や、「とめ」のような風合いが滲む。
いかにも、「人間が描きました」というようなメッセージが伝わってくる。
絵とは違って、対象が明確に建築材料を使っての
「意思を伝達する」力強さに満ちていて、
これ自体はプロセスのものではあるのだけれど、
だからこそ、かえって、体言止めのような潔い簡潔さを表現している。
まぁ、わたしの場合には圓山さんの人となりにも接しているわけで、
そんな印象も加わっていると思われるのですが、
こういうメッセージ力というのも、建築家の魅力なのでしょうね。
通常の美術の展覧会には感じることができない
今回の建築家展で発見できた、ひとつの魅力ではあります。
そして、こういうプロセスを経て、
しかし、最終的には仕上がっていく住宅建築によってだけ、
社会の中での自らの評価を受け止めるわけなのですね。
建築というものと、いわゆる美術との同質性と、違いを
どちらも感じさせてくれるような展示だったと思います。
みなさん、いかがでしょうね。
Posted on 2月 6th, 2008 by replanmin
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