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釧路和商市場で1000円分勝手丼

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今回、久しぶりに釧路に行ってうれしかったです。
わざわざ、講演会会場に顔を見せに来てくれた方達もいて、感激しました。
まぁ、時間がなかったので、残念でしたけれど。
しかし、釧路って、雄大な釧路湿原があって、都市を一歩出れば
北海道らしい、手垢の付いていない自然にふれあえる。
後背地としての、阿寒や根釧原野もすばらしい景観を見せてくれる。
体験型自然観光のメッカとして、有望ではないかと思います。
湿原を縫って走る道路から見える景色など、
北海道に暮らす人間でも、
ずっと昔の、北海道らしい景観を思い起こさせてくれる。
とくに好きなのは、シラルトロ湖周辺の紅葉と、それが夕焼けに染まるような瞬間。
もう、紅葉もほとんどなくなっていますが、
でも枯れ草が黄金色に染まって、得も言われぬ美しさを見せてくれます。
屈斜路湖などではカヌーなどの体験観光もあります。
ぜひ、北海道外のみなさんも来ていただきたいですね。
っていうことですが、
やはり人間、食べる楽しみは最大の魅力。
釧路というと、駅の近くの和商市場が有名ですね。
新鮮な海産物の店がたっぷり、楽しませてくれます。
まぁ、観光客の方が多いのですが、
それでも、道東のおいしい魚類が満載で眼にも楽しい。
今時期は、ししゃもが最盛期ということで、
安売りも行われていたせいか、大盛況の人出でした。
で、見ているうちにやっぱり食べたくなって、「勝手丼」です。
ごはんは中くらいのものが200円で、味噌汁は100円。
って、ちょっと高いと思うのですが、どうなんでしょう?
もう少し、庶民的にしてくれないものでしょうか。
で、勝手丼なので、そんなに予算はかけず、1000円に決めて、あれこれ・・・。
写真に撮ったのですが、デジカメを忘れてきていたので、
使い切りカメラ、ってどうも色合いが悪いですね。
申し訳ありませんが、あんまり写真の臨場感が出ていません。
ほたて、いか、とびっこ、まぐろ、ナマサンマ、タコ、なんかを乗っけた記憶。
しょうゆもわさびを混ぜてあるっていう、おい、ちょっと・・・なんですが、
まぁ、あんまり気にせず、楽しくいただきました。
ワイワイ、うるさい市場の中で、
キョロキョロしながら、食べるっていうのも、これの魅力。
おいしかったです。ごちそうさまでした。
でも、値段は、これくらいで600円くらいにしてくれませんかね?
もうちょっと工夫をしてほしいなぁ、と思います。
単品のネタの値段が高めですね。
いちいち値段を付けるのじゃなく、もうすこし販売方法、改善できると思うのです。
現状では、市場の中での雰囲気で、という付和雷同系のノリですね。
でも工夫をしっかりすれば、いい観光の目玉が出来るのではないでしょうか?
これから期待したいと思います。
で、わたしはきょうは、信州松本に来ております(笑)。
これから取材です。さて、頑張らねば、ということで。
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建築家・毛綱毅曠の世界

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写真は釧路の春採湖畔に建つ釧路市博物館。
建築家・毛綱毅曠さんの設計になる公共建築です。
かれは若くして日本建築学会賞を受賞された建築家ですが、
惜しくも、若くして世を去っています。
はじめてReplanの取材で釧路を訪れたとき、ノーアポイントで
当時、お母さんがひとり暮らしをされていた実家の住宅「反住器」を
見に行き、一部写真も撮らせてもらったことがあります。
四角いガラスボックスの中に入れ子状に居住部分を仕舞い込んでいる建物。
その前衛的なフォルムは、建築への意志を明瞭に感じさせてくれるものでした。
そんな建築家の作品をなるべく数多く残すのが
地域公共団体としての役割だと考えていた市長さんが
できるかぎり「随意契約」で、公共建築を建築家・毛綱毅曠さんに依頼していました。
この釧路市博物館は、その代表的なもの。
ごらんのように建物全体がまるで、鶴が翼を広げたような外観。
立地も、申し分なく、ゆったりとした背景のなかにあります。
まだ、なまなましい近い時代でのことなので、
なかなか評価が定まりにくいだろうと思われるのですが、
現在でも、たしかに釧路は北海道の都市の中でも
ちょっと景観的には異色の存在になっていると思います。
かれが手がけたものは、釧路湿原展望台まで及んでいて、
折からの湿原観光などで訪れる全国からの来訪者に釧路をプレゼンテーションし続けている。
わたし自身も住宅を取材したりしたので、
インスピレーションの部分で、その特異性を肯定気味なのですが、
本当の評価は、地域のみなさんの釧路への思いや
全国から訪れるみなさんの街並みの印象への部分になっていくのだと思います。
経済的に苦況である釧路地域ですが
現状でも、なんとなく特色があって、ユニークな地域形成を感じる。
建築って、繰り返し感受され続けていくものなので、
こうした地域環境の中で育つこどもたちが
いったいどのように釧路という街を思い出すことになるのか、
定まってくる評価の部分って、そういうものでしょうね。
でも、毛綱毅曠さんの感覚世界は
一種宗教的でもあるような、独特なバイタリティを感じます。
それもなにか、地域的というか、土着的というか、
もっと言えば、縄文的とでも言えるような感受性世界のような気がします。
ちょっと興味深い実験を、地域としての釧路は選び取り、
いま、静かに評価を待っているというような思いがあります。
みなさん、いかが感じられるでしょうか?
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擦文時代の復元住宅

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きのうは釧路での講演、午後でしたので、
午前中、レンタカーを借りて、以前から調べていた擦文時代の復元住宅見学に。
っていうわけですが、最初は釧路市博物館から。
この建物は若くして死んだ地元出身の建築家・毛綱毅曠さんの設計。
釧路市長さんが釧路市内に建てる公共建築を
なるべく随意契約にして、毛綱毅曠さんの設計作品を残すようにしていたのです。
いまは経営的に厳しい、MOOや、釧路湿原展望台などがあります。
博物館は市内の春採湖に面して建てられています。
実はこの周辺に古代の竪穴住居跡があるはずなのですが、
地図には記載されているけれど、確認できませんでした。
その代わり、湖の水面で野鳥が群れをなして魚をねらっているようすが
遠目に確認することができました。
そういう様子を見ていると、大自然の営みのほうに
こちらの感覚が慣れてきて、
日常的な時間感覚を徐々に離れていく気がしてきます。
釧路は好きなのですが、それはこういう感覚に身を浸すことが
ごく短時間のうちに可能になる、それだけ自然が豊かに
都市の中でも残されているということです。
博物館を見学後、郊外、釧路湿原展望台近くの「北斗遺跡」へ。
ここに擦文時代の復元住宅があるのです。
駐車場に隣接して「展示館」があって、ここのなかにも
住宅が復元されていますが、
ここから徒歩で丘を登って歩くこと十数分で、
復元住宅群にたどり着くことができます。
きのうは時折雨が降ったりしていましたが、
こういう自然を感じながら訪れると、よりいっそうワクワクします。
小高い丘の上になっているのですが、
遠景で目に飛び込んでくる瞬間は、ちょっと劇的で
こんなに美しい「町並み」を見たのは初めて、のような気がいたしました(笑)。
ちょうど、たぶんメンテナンスを考えてだと思うのですが
屋内で囲炉裏に薪をたきつけていて、
建物上部、茅葺き屋根の所々から、むせぶように煙があがっていて
なんともいえず、美しい。
屋内に入ると、実に暖かい。
たっぷりとした茅葺きが断熱効果を上げていて、
しかも端部が土をかぶせられていて、地中を彫り込んでもいるせいか、
空気流動感も感じられないのです。
たしかに室内で薪を焚くと、煙くて目が辛いのですが、
その煙抜きと、室内採光を考慮してやれば、
かなりいい居住環境を得ることができそうな感じがいたします。
なにより、なんとも外観がユーモラスであり、
いかにも人間の住まい、という原初的なものを訴求してきます。
当時はいまよりも海水面が高く、
この住宅が建っている位置に水辺があったので、
そこに丸木船を浮かべて、行動的な生活を営んでいたのでしょう。
場合によっては交易活動用に、遠く外洋にでるための船なども準備していたかもしれません。
集落の周りにはヒエやアワ、その他の栽培も行っていたでしょう。
海山の食品に恵まれて暮らしぶりの豊かさが伝わってきます。
住宅の素材は当然ながらすべて自然素材で、
細かく観察すると、防水性能が必須の部分、
たとえば屋根の頂部の棟木には木の皮を剥いで裏返しにしたもので
被覆してありました。
本州地域との交易が活発な時期なので、
台所には「かまど」が造作されています。
そのかまどに土器を据えて、煮炊きに利用していたのです。
アイヌの人たちの食生活から類推すれば、
土鍋料理が基本食料だっただろうと思われます。
うばゆりや木の実、ドングリなどでデンプン質は採取していたし、
動物性タンパクは魚や、狩猟によるシカ肉などが食卓に供されていたのでしょう。
この周辺は大変住みやすい場所だったようで、
相当の長期年代の間、多数の住宅群が発見されています。
徒歩で、こういう住宅群に巡り会うと、
周辺の冬枯れの景色が一体となって、
感覚も、徐々にタイムスリップしてきます。
自然と一体となって、命を紡いでいくくらし、というものが
大きくこころに迫ってくるものがありました。
またぜひ訪れてみたいと感じた次第。
って、デジカメを忘れてきたので、せっかくなのに
あんまり写真に納められませんでした(泣)。
なんと肝心なところで使い切りカメラは途中で切れちゃったのですよ。 うむむ・・・。
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釧路へ早朝出張

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きのうから釧路にきておりまして
写真のような展示会で講演をしています。
一般ユーザー皆さん向けのものなので、お役に立てるのかどうか
不安なのですが、まぁ、がんばっております。
ことしは釧路、あんまり寒くありません。
体感的には札幌とほぼ変わらない気温っていう感じです。
11月も半ばなのですが、
ことしは暖かい日が続いていますね。
ということなのですが、移動は汽車を使って移動しました。
釧路って、飛行機で来ると、千歳や丘珠での時間待ちと
釧路空港から市街地までの移動時間が余計にかかるんです。
なので、一回座ってしまえばなにもしなくていい汽車のほうが楽。
きのう、会場に着いたら旧知の大学の先生・S教授とばったり。
聞くと、先生も同時間帯で講演されるということで・・・
で、先生は飛行機で移動したけれど、
きのうは千歳が霧で、出発が1時間ほどの遅れ。
それも滑走路でずっと待機させられた、ということ。
そうすると、釧路の会場に到着するのは
むしろ汽車利用のほうが早い。
汽車だと4時間、飛行機でも都合、4時間近かったそうです。
そのうえ、乗り換えが千歳までJR利用で、
飛行機、さらに連絡バスと3回乗り換えがあるのです。
ということのようで、お疲れ様でした。
でも、列車移動で正解ではあったのですが、
なんといっても早朝出発で、あれこれ忘れ物で、飛び乗ってしまった・・・。
ケータイと、いつもの外出のお供、デジカメも忘れた。
きょうの講演時間まですこし時間があるので
擦文時代の集落跡があるという春採湖周辺に見学に行きたいので
困った事態になりました。
そのためにレンタルデジカメっていうのも調べたら
3000円くらいとられるうえに、店まで遠い。
やむなく懐かしい、使い捨てカメラを久しぶりに購入。
でも、これって、別にDPEの費用もかかりますよね。
残しておくならプリントもいいけれど、
やっぱりいまや、写真は圧倒的にパソコンで利用している・・・。
最終的にアルバムにするにしても、デジタル形式で保存しているので
結局、あんまり使い勝手はよくない。
時代の変化を、こういう事態になって再確認させられますね。
まぁ、それでもKIOSKで売っていたので、購入しましたが、
早晩、この商品はすべてデジカメに代わられてしまうでしょうね。
年とともに、変化の大きさ、早さに驚くことが増えてきています・・・。
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縄文期の土面

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写真は北海道千歳市近郊で発見された縄文期末期の土面。
墓標の一部として使われていたと推測されています。
2000年以上前のひとたちが土をこねて造作した作品。
こういう土面としては珍しい写述的なもの。
そうですね、無表情ではあるけれど、
なにか、訴えかけてくるような表情があって
心に残ってくるような趣があります。
こうした遺跡発見物には、人間個性を感じさせるものは少ないのですが、
そういうなかでは、飛び抜けて「個性」表現が感じられる。
こうした時代の人びとは、っていうか、
歴史年代以降でも、「個性」というような部分って、
日本の歴史では近代の西洋文明が導入されるまで
そう大きな関心を持っていなかった領域だったと思います。
それよりも、個人は集団に帰属するものであり、
なによりも「家」の存続が、個人を超えて最高規範だった社会だと思う。
武士の生き死に、死生観のなかに
死後、自分の死を超えて家の存続を保証してくれる存在として
そういう死の見届け人、家存続の保証人として、
「大将」というものがあったと思われます。
そんななかで、それも縄文末期の時代なのに、
どうも、この土面からは匂い立ってくる「個性」が迫ってくる。
写述への強い思いを抱きながら作ったものなのではないかと
そういう推測、想像が沸き立ってきます。
やや少年的な顔立ちを感じるのですが、
ひょっとすると、愛する子どもが不慮に死に、
その我が子への愛情を心に思いながら
その親が造作した作品なのではないかと、
情念が感じられてなりません。
事実や、残されたものから、
どういう思いでこうしたものが作られたりしたのか、考えること、
歴史を楽しむって、ようするにこういう人間への興味が
その根本にあるのでしょうね。
で、やはりその判断材料は、わたしたちと同じように
感じたり、考えたり、願ったりした人間の営みだったということなんですね。
みなさん、こんな土面から、どんな思いを感じられますか?
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もうひとつ別の日本

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きのうは久しぶりに深酒してしまいまして、
なかなか、すっきりとはいたしません。
更新が遅れました。
はじめて食事した3人ですが、
話してみると、意外にも中小企業家同友会のメンバーであることを発見。
このメンバーはだいたいが主張が熱いところがある。
で、話の展開で北海道の自立から、果ては
北海道の独立まで展開しておりました。
どうなんでしょうか?
だいたいは北海道人は、こういう夢想にかられることがあります。
まぁ、一つの根拠としては、
東アジアでも「食糧自給率」が高い地域になっていること。
220%を超えるうえ、安全性は日本のレベルを保持しているので、
商品競争力として十分ではないのか、ということ。
ただし、現状の移出入で考えれば、
経済力は基本的にダブルスコア以上の大赤字だろうと思います。
政治的には?
っていうことですが、こういうことを考えるときに歴史経緯でいえば、
やはり平泉藤原政権の独立性が、再認識される。
奥州全域を実効支配し、ヤマト政権的には鎮守府将軍という位階を確保して、
実質的には独立国でありながら、
友好的な「国際関係」を維持し続けていた。
こういうシステムが、これを滅ぼした関東武家独立政権に引き継がれるのですね。
唐に対しての渤海のような、
独立ながら、服従的ではある関係という微妙な位置取り。
北海道の自立を考える上では、
こういう事例をしっかり研究すべきかもしれません。
しかし、日本の法には「独立条項」はない。
まぁ、現実的には、道州制の拡大を目指すべきなのでしょうが、
そういう指導者を、わたしたち北海道は持てるでしょうか?
自立を達成しながら、経済的な安定を考えていくという舵取りは
本当に難しそうです。
お酒で、妄想が拡大した次第でした。
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フローリングの傷み

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最近寄せられたクレーム投稿で気になったものから。
新築でフローリングの傷が気になって仕方がない、
いったい、どれくらいなら許容範囲なのか、というような内容でした。
フローリングといっても
無垢の、どこまで削っていっても自然木というものと、
一般的に広く流通している、
表面だけ自然木を薄くスライスしたものを貼ったものとがあります。
後者は、心材として加工した木を使っています。
写真はわが家のお恥ずかしい状態の様子です。
残念ながら、表面だけ貼ったものは宿命的にこういうことになりやすい。
わが家では、床暖房を土間コンクリート床に敷設してあり、
その表面に張っていくフローリングとしては
「床暖房用」と明記されていたのが、この製品だけでしたので
これを採用したのですが、
事務所兼用住宅だったので、椅子の脚に移動用の車輪がついた事務用椅子を
使っていたところ、もののみごとにこのような感じで
表面仕上げ部分がはがれてきてしまいました。
いろいろあるのでしょうが、
床暖房用って、物理的刺激には弱かったのかもしれません。
もっとコストダウンした床材を使っていた部屋では
同じ「フローリング」(無垢ではない)でも
同じような使い方をしても、タフに耐えています。
こういう経験があって、
やはり床材って、いろいろ用途があって、
適材適所が大切だということに改めて気づかされました。
そんなことから、暮らし方と、部材の検討って
きわめて大切だと考えています。
そこで、そのあと建てた事務所では、
タフに利用する床はやはり安価で耐久性の高い樹脂のフロア材を利用して
裸足や、スリッパで利用する床面は無垢で一番安いものとしています。
床暖房する場所には、その他、テラコッタも採用して
こちらでは蓄熱性も利用するようにしました。
こういう経験があったので、
フローリングにはいろいろの種類もあること、
さらに長期の利用では、自然のものなので傷みからフリーではないこと、
などを意見として書き添えました。
もちろん、新築時点ですから、傷み具合の程度問題ではあります。
ちなみにわが家の写真のフローリングですが、
現在は放置して、そのまま利用しております。
補修を試みても、きりがないし、難しいのは一目でわかるんですね。
人生に完全はあり得ないのですから、
失敗の教訓を毎日確認しながら生きていくのも
案外、大切な部分ではないか、などと納得しながら暮らしています(笑)。
まぁ、負け惜しみですね、明らかに(笑)。
パソコン、慣れない環境で
作業をいろいろやっていて、ストレスがたまりますね。
昨日、一番つらかったのは
PDFが簡単にできない、ということ。
このパソコン、間違えて、っていうか、予備用と考えていたのもあって、
OSをWIN_XP「ホームエディション」にしたのですが、
これが想像以上にとんでもなかった・・・。
なんせ、まともにネットワークプリンターに接続できない。
いじわるとしか思えない仕様なんですね。
確かにOSの値段に格差をつけるのにこうしたのでしょうが、
「家庭用」のパソコンは、業務には使うな、ということなのですね。
まぁ、技術スタッフがサポートしてくれて
なんとかリカバリーできましたが、このPDF作成は
同様にプリントまわりの仕様がからんでくることなので、
解決しようというのは、まぁあきらめた方がいい。
別の方法でデータを人に渡すことにして解決させました。
MACではOSレベルでPDF作成をサポートしているので、
全く考えたこともなかった次第なんですね。
まぁ、なんとか、作業は間に合わせることができましたので、ひと安心。
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年表の魅力

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写真は先日終わった「古代北方世界に生きた人びと」展の図録から。
年表って、学校時代を思い出すわけですが、
久しぶりにこのように並べてみると興味深いものです。
この年表では、日本、というかヤマト朝廷国家の動きと、
並列的に東北地域での動き、北海道の様子、
さらに北方の北東アジアから中国の動向などの
古代世界での国際関係や世界的な関係性などが一目瞭然に把握できる。
どうしてもヤマト朝廷国家からだけの見方をしやすい、
というか、そのようにしか歴史教育をしていないから当然だと思うのですが、
そういう考え方から一度自由になってみてみる必要があると教えてくれます。
もう少し相対的な見方を教育すれば、話題の自衛隊官僚のようなひとは出ない・・・。
考えてみれば当たり前なのですが
古代世界では、現代のような国家の制約というのは存在しない。
国家成立以前から地域間で行われてきた交流は
ごく自然的に存在したと考える方が自然。
古代に北東アジアで成立した「渤海国」は
700年代から900年代にかけて30回以上正式な外交交渉が記録されているけれど、
かれらはヤマト朝廷の正式外交窓口・太宰府ではなく、
出羽の国や能登半島などにさかんに来着する。
能登半島にはこの国名を冠したホテルがあるそうですが(笑)
北東アジア、沿海州にある国家としては
日本海北方ルートを南下してくる方が安全で、慣れた航路だったようです。
ヤマト朝廷側からはさかんに太宰府に来いというけれど、
全くそういうルートはとらないのです。
ということは、「日常的に」使っている安全ルートが存在していたことを証明する。
そうでなくても、国家外交は日常的な交易活動を円滑にすることが
大きな目的だろうから、交易は盛んだったに違いない。
で、こういう地域の歴史記述はヤマト朝廷側には少ない。
しかし、盛んであったことはその後の日本史の進展から明らか。
年表からは、こういう事情とかも重ね合わせながら
いろいろな事実間のつながりが見えてくる。
どうも、このような北方交易の利権官僚連中というのも
跳梁跋扈していたようです。
欲深い人間くさい部分はどうも容易に想定ができてくるのですね。
まぁ、そういうのは絶対に正史には登場してこないけれど・・・。
さらにこの年表がおもしろいのは、
当時の気候変動や、自然災害の様子も記述されている点。
現代よりも自然への依存性の高い社会ではこういう部分もきわめて重要。
っていうことで、
楽しく想像力を盛り上げている昨今であります。
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MacBookProドック入り

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いつも使っているMacBookPro、きのう使用中にダウン。
突然、落ちました。
直前の作業は、ソフトを2〜3本立ち上げてはいましたが
特段、ものすごい作業をしている感じでもない。
といえば、と最近こういう症状が散見されることを思い起こしました。
2〜3ヶ月前にもドック入りさせたこともあり、
やむなくもう一回、精密診断してもらうことにいたしました。
今週末には釧路で講演会を予定しているので
作業もいろいろあるのですが、その後はまたさらに本州全域での出張。
それまでには帰ってきてほしいので、早めのドック入り。
わたしは日本NCRさんのお世話になっておりまして、
予定では4〜5日の期間がかかる。
やれやれ、というところですが、
泣く子とパソコン不調には勝てません。
という決断から、代替機をどうしようかと考えたのですが、
使用可能なのは、5〜6年前のiBookがありましたので、環境移動に取り組み始めますが
使用し始めると、さすがに動作がきびしい。
レスポンスの悪さは、やはり耐えられないレベル。
こっちも早々にあきらめざるを得ないことになりました。
で、目に入ったのがごらんのDellのノートPC。
ふだんは特定ソフト用にちょこっと使っていた程度なのですが、
スペック的には現役世代のCPUなどの仕様なんですね。
本格的にソフトとか、いろいろ試してもまぁ、満足できるスピード感。
Mac環境からの移行なので、Winではソフト的な不安はあるのですが、
贅沢は言っていられない。
キーボードの位置が一部違うし、使い用は少し違いがあるけれど、
まぁ、若干の慣れですかね。
それよりも、一番困るのが、いろいろな設定の再入力作業でしょうか。
ふだん業務で使っているサイトの登録情報なんて、
いちいち覚えているわけがない。
まぁ、しばし、面倒な作業が続きます。
ほんとうはメールの移行が一番大変なんだけど、
今回は移行させずに、当面はあたらしいメールを受け取るだけにしました。
それでも、迷惑メールの振り分けなど、ソフトになれていないので、
困りますね。
ということで、一週間くらいはWindowsユーザーに変身して
作業していきたいと思います。
このブログ更新が、本格的作業としては初めてのものですが、
なんとか、がんばっております。
多少、誤字脱字とか、あるかもしれませんが、お見逃しください(笑)。
きょうはPowerpointでの本格的作業があります。
さてさて、異種環境作業、どうなりますか? ではでは。
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よき公共建築選定システムは?

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写真は先日のJIA建築家大会での基調討論の様子。
真ん中にいるのは、いま、公共事業の設計選定に関して
ある地方公共団体と係争している、山本理顕さん。
この事件というのは、一度設計協議が行われて山本さんが採用されたのにかかわらず、
選挙で信任された首長が、それを白紙に戻したというもの。
このような事件はそう珍しいことではなく、
地域の設計者では、長いものに巻かれろ的にならざるを得ないところを
正面切って、係争していると言うことで注目されているのです。
で、この討論会では、そういう問題ではなく、
いったい、よい公共建築選定システムとはそもそもどういうものか、
ということについて、論議されているのですね。
この問題、わたしも以前から興味を持っていました。
選挙によって首長は選ばれるのだけれど、
だからといって、そういう首長に「よい建築」選定眼があるとはいえない。
まして、組織としての末端の自治体建築担当セクションに
そういう判断力があるとは思われない。
ところが、実際には行政組織の恣意的な選定作業によって
さまざまな建築が、野放図に建てられているのがこれまでのシステム。
ある設計者と話していて、自治体側の公共事業担当者の対応ぶりを聞いて
さもありなんという現状を知らされているのですね。
少なくとも、こういう公共建築選定システムは
独立的な、地域の歴史伝統なども理解しているような
受け入れ先が存在すべきだという気がします。
それがいいかどうかは別として、
京都の地域景観の維持システムのような知恵が必要。
その地域が、どのような志向性を持って地域作りが行われていくのか、
という根幹的な部分の透明な議論が行われるべきだと考えられます。
現在の選挙システムが、こういうものまですべて決定力を持っているのだけれど、
言ってみれば、最高裁判所の裁判官国民審査のように、
システムとして破綻していると思う。
そういう結果、なんとも悲惨な公共建築が量産されている。
こういう存在は、維持管理の点も含めて
長く地域社会がその存在について責任を持っていかなければならないものなんだけれど、
そういう意義を持っている建物が、さてどれほどあるか?
20世紀後葉の、公共建築量産時期のものが
ほんとうに歴史のきびしい眼から評価されて存続していけるのか、
はなはだしく疑問だと思えるのですね。
そういう問題意識を、このJIAは少なくとも論議している、
という意味では、まだまだ捨てたものではない、
という思いも、一方でおおいに感じた次第です。
この論議が、今後、方向性を持って育っていって欲しいと思いました。
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