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隈研吾・建築学生コンペ in 北海道大樹町

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まだできていなかった(笑)。
きのうは北海道十勝の大樹町にあるLIXILさんの施設群、
メムメドウスにて、国際学生コンペの2015年度の作品発表会。
こういった「学生コンペ」というようなものには
はじめて取材招待され、審査委員長・隈研吾さんという
ビッグネームにも惹かれて、見学して参りました。
ちょうど韓国人スタッフに国際免許も下りたので
かれの右側ハンドルでの運転練習も兼ねての長距離移動取材。
韓国国内での運転経験もまだまだ少ないということなので、
まずは慣れることが最優先と言うことで、
クルマの少ない十勝は、好都合でした(笑)。

わたしは住宅雑誌を自分ではじめた人間で、
どっちかというとコミュニケーションや情報の世界から
住宅建築の現場的な世界に入ってきた人間であり、
特段、建築についての勉学経験があるわけではないので、
建築教育というのがどういったものであるのか、
まったく想像力を持っていません。
むしろ建築の側から提案されるいろいろな想像力に対して、
ユーザー目線を最大の判断要素として
それを見つめるという立場であると思っています。
その場合、まずはいごこちのよさというものが一番のポイント。
ユーザーにとって住宅とは、人生を生きる拠点であり
その空間が心地よいモノであるかどうかは、
最大の問題意識だろうと思います。
それが「性能とデザイン」という主要角度から見つめるのですね。
一方、いわゆる「建築」の側は、
世の中からの「空間」に対する需要や可能性、未来形などを
予測し、その作り手の自由な想像力を発展させるのが
基本的スタンスなのだろうと思います。
発表会に引き続き行われた2016年度のコンペテーマのセミナーの
「お題」が、ライトウェイト、移動も可能な空間といった
それこそ建築の作り手にとっての成長を励ますようなテーマ。
いわば「建築」の可能性を発展させようとする立場だと思いました。
こういった視点はまだ建築途上で未完成だった
コンクリートの「骨だけ」の今年度の作品にも明瞭で
なんと、北海道大樹町で建設する「住居」でありながら、
外部側に壁をほとんど持たない住宅というコンセプト。
テーマ自体が「寒さを楽しむデザイン」みたいなことだそうで、
なんとリビングも風呂も,ベッドルームも
外部の自然とそのまま接しているというプランであります。
オスロ、ノルウェイの大学とはいえ、この学生チームは
「デザイン専門」の学生たちということだそうで、
建築物理の立場には一切顧慮していない。
建築の教育というものにはわたしは立ち入る立場ではないので、
こういった想像力の「自由」な展開にはただ立ち尽くすのみでした。
建築教育の専門的世界には、異邦人の感覚を強く持った次第。

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しかし、住宅や建築という共有言語を介して
若い北欧の学生さんたちとブロークンで自由な話をできるのは
たいへん楽しい時間。
かれらにはきっと意味不明の質問にも笑顔一杯でした。
一生懸命に現場にも取り組んでいる姿には
微笑ましさを強く感じていました。

人口減少・市場縮小の圧力

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さてきのうから十勝に来ております。
で本日、大樹町でLIXILさんの実験施設「メムメドウス」での
コンペ作品発表会の様子を取材する予定。
このコンペ説明会には、東大の隈研吾さんが審査員として
趣旨説明もされる予定ということで、
いま国立競技場コンペの渦中の方でもあり、
楽しみにしております。
ということで別件の用事もあって、前日に十勝に入ったのですが、
そこに主催者側から、「実はまだ、コンペ最優秀作品の
施工が終わっていなくて・・・」というお詫びの電話が
入っていたと言うこと。オイオイ、というところでありますが、
いまさら引き返すわけにも行かない(笑)。
ちょっと珍道中になるかも知れませんが、
さてどんな取材行脚になるか、未知との遭遇であります。
しかし、隈研吾さん設計の実験住宅もあるので、
久しぶりに見させていただくいい機会にもなります。
このブログでは数年前に紹介もしていますが、
再度、いまの状況もお伝えできるかも知れません。
アイヌチセに着想を得た2重皮膜のテント構造建築です。
お楽しみに。

という次第ですが、きのうは十勝の住宅建築関係2社に訪問。
別案件についてお話しさせていただいていたのですが、
やはり話は、そういった目先案件を超えて、
今後の住宅業界の市場動向に展開していきます。
まぁ、表題のようなニッポンの課題に集中していきます。
「課題大国」とまで、東大・前真之先生からは表現されていますが、
少子化・人口減少問題は、ニッポンの端部、
地方に於いてどんどんと表に表れてこざるを得ない。
地域住宅企業にとっては、その顧客である地域経済の先行きに
展望を持ちにくい予測だけが広がっている現状。
人口減少を見据えて、企業側からすると、
設備投資などの前向きな姿勢はどうしても取りにくい。
たまたま当社の韓国人スタッフと同行しているのですが、
やはり適正な人口流動を少なくとも近隣国との関係で
図っていく方向しかないのではないかと思います。
東アジア地域で経済民主主義が一番進んだ国家地域として、
日本には層の厚い中小企業群が力強く存在している。
それぞれの業界の先行きは不透明感が漂っているとは言え
隣国の状況などを聞くに付け、ニッポン経済の底力は、
こういった草の根的な中小企業群が支えていると感じます。
これも司馬遼太郎さんの著述からになりますが、
日本が他のアジア国家とは違って、
驚異的なスピードで欧米に追いつき得たのは、
頼朝以来の「封建社会」を構成した分権的な「一所懸命」思想、
きわめて健全な封建主義・自立主義が成立していたからこそ、
そのあとの「民主主義」的発展もあったのだと。
恐竜の絶滅以降、コンパクトで自立的な小型哺乳類が
大活躍したように、ニッポンの中小零細企業には
こうした激変期も生き残っていける底力はあると信じます。
上の図は、先般のカナダセミナーでのプレゼンより。
リーマンショック以降の、アメリカ不動産市場の激減ぶりが
一目瞭然ですが、それぞれ突破口を作りつつ
現状に立ち向かっている様子も見えてきます。
生き残りへの強い意志を持ち、状況の変化に柔軟に対応しながら
激変期は乗り越えていくしかないのだと思います。

カナダ版法隆寺?大型木造ビル

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先般のカナダアルバータ州の木材プレゼンテーションより。
かれらはカナダにおよそ230年前くらいから入植をはじめた。
その入植時期から社会発展があって
「都市」形成されるようになってくると、大型建築が建つようになる。
その初期には、「ヘビーティンバー」という工法でビルが建てられた。
これは1mを越すような「柱」や「梁」で建てる工法で
写真のようにいまでも実際に使われている建物があるそうです。
外観写真ではそんな工法で建てられているとは想像できないけれど、
内部写真ではちょっとなつかしいような雰囲気。
写真ではIT企業のような看板もあるので
現在でも現役で使われていることがうかがえます。

聞いていて、日本の大型木造の歴史がアナロジーされた。
日本でも出雲大社に始まって、奈良の首都建設が始められた頃など
巨大な木造建築が建てられたけれど、
それは、建設地周辺に建材として利用可能な巨大径の木材、
多くは樹齢数百年という巨木が使われていたということと、
非常に似た話だなと。
日本では千数百年前のことだけれど、
カナダでも同じような自然木資源利用が百年前くらいにあったのだと
そんな強い印象を持たされました。
司馬遼太郎さんのエッセイで、
日本の木造建築には大断面の木材が使われる時期と
そうではなく繊細な木材が使われる時期とが
明瞭に分かれるのだそうですが、
それは建築地周辺に伐採可能な大径の木材資源があったかどうか、
ということだと書かれていた記憶がある。
具体的には奈良の建設時期と、戦国末期とに明瞭だそうです。
そうした木材が使われた後には、
径の小さな木材で建築が賄われる、というか、
そもそも大型木造建築が建てられず、
より小規模の建築に建築文化の中心が移行するという次第。
そういうふうな印象が強く感じられて、
この木造大型ビルを見て、日本の法隆寺建築などと似通っていると。
まぁそれこそデザイン的にも、用途的にもまったく違うのですが
建材が、利用技術を育てるという意味合いは
地球上で、どこでも時代を超えて普遍的なのだと知らされる。
そんな思いを抱いた次第であります。

現代住宅デザインは資産たり得るのか

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最近、こんなようなことをよく考えるようになって来ました。
写真は東京・表参道の商業ビル。
一見、目を奪うようなガラス建築だけれど、
この建物は今後のエネルギー有限社会のなかで、
はたして存続していけるのか、
激しい疑問を感じざるを得ませんでした。
経済の規模が拡大して、建築もファッションのひとつになったのか。
次世代への存続などを考えるよりも、
刹那的な商業的イメージの訴求メディアとして使われている。
RCとガラスというものが建築を変えたことは事実でしょう。
しかし、いま作られつつある日本社会の建築、住宅デザインには、
サスティナビリティはあるのかどうか、
わたしたちの社会の今の審美眼には、
永く資産として継承しうる長期的視点があるのかどうか、
きわめて素朴な疑問を持たざるを得ません。
「長期にわたっての審美眼」という部分で
現代は非常に困難を抱えている。
むしろこういった刹那的なメッセージ性に新奇性を見出そうとして
より長期的な存続性には顧慮しない。
どんなものでも造形できるということと、
どんなものが永く愛され続けていけるのかということの間に
大きな段差が横たわっているように感じます。
建築デザインはどのようにこうした問題を克服できるのでしょうか?

戦争に負けたことで価値感は大きく転換し、
人類史上にも残るような大量空爆、大空襲によって
首都の木造民家が焼き尽くされた結果、
なにがしかの「価値感」の喪失があって
戦争に至った社会のすべてが勝者アメリカによって否定されたけれど、
では、そのあと展開されたデザインは、
なにを基本的な基軸的価値感にしてきたのか?
結局いびつな「個性表現」という社会的混乱に終始したのではないか。
今に至って、この混乱は一向に収束点が見えてこない。
住宅の社会的な「資産価値」の低下を
社会全体が放置し続けてきているなかで、次世代の人々は、
何をよすがとして、資産づくりをして行けばいいのか、
その方向性に迷うのではないだろうか、
そんな、自分一個では重すぎる思いが募ってきております。

200年前カナダアルバータ開拓期の住居

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先日のカナダアルバータ州のセミナーでの一コマ。
どうもこういう「古民家」写真には強く惹かれてしまう(笑)。
かれら州政府の役人さんたちや、貿易関係者の思惑とは離れて
同時代性や、同質性をそこに見る思いが迫ってくるのですね。
一番上の写真は、幌馬車に乗ってこの地にたどりついた人たちが
はじめて夜露をしのぐのに建てたテントハウス。
先住民のインディアンが建てていた住居を真似て建てたということ。
しかし、動物の毛皮の表皮をかぶせる柱の建て方が悪くて
ちょっとした風雨で倒れたりしたのだそうです。
なんとなくユーモラスだけれど、身につまされるお話し。

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こんな幌馬車の写真は、われわれは西部劇ドラマで見るわけですが、
かれらにとっては、リスペクトすべき先人たちの苦闘であるのですね。
新大陸に夢を追って上陸し、そして自らの自立できる土地を
求めてはるばると東海岸から、西部を目指して行った。
その後、しばらくするといろいろな素材を使った住宅への
チャレンジがはじめられる。

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上の写真は「藁の家」。
わらを建材として利用するのに、固く押し固めて
ひとつのブロックを作って、その表皮に土を塗る工法です。
こういった工法の家づくり、かれらアングロサクソン民族に
普遍的な家づくりのスタイルであったのかどうか、
非常に興味を惹かれます。
一度旭川近郊で北米からの移住者の家で見たことがある。
けっこうな温熱空間になっていて、
藁の断熱性能を思い知らされた経験があります。
まぁ、日本の古民家の藁の屋根を見続けていれば、
その同質性に、思わず強いシンパシーを感じます。
その下には、「丸太小屋」ログハウス。
不揃いな木材を並べて壁を構成して、そのすき間に土を塗った。
これも日本の古民家の湾曲を見せる梁や柱を想起する。
あるいは、土壁の壁などにも通じると思います。
こうした原初的な家づくりが一般的だったというのは、
140年前の北海道の状況と比較して、
まことに類似性を強く感じさせられます。
一気に強いフレンドシップを感じるとともに、
現代、われわれが追求している寒冷気候の克服ということは、
実は強い同時代姓を持って世界各地で進行しつつあることなのだと
あらためて強く胸に迫ってくるものがありました。

熱湿気解析ソフトWUFI 体験講習会の案内

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本日は表題のようなソフトプログラム体験講習会のご案内です。
世界的な非定常熱湿気同時移動解析プログラム
“WUFI®(ヴーフィ)”を使用体験できる機会です。
特定非営利活動法人 外断熱推進会議(EiPC)の堀内正純さんから
わたしどもにご案内がありました。
4週間の使用権の付いたこのソフトをインストールした上で、
講師:芝池英樹氏(京都工芸繊維大学大学院准教授・博士(工学))から
詳細な使用法の説明開示もしていただけるチャンスということ。
熱と湿度が、断熱性能・気密性能ごとにどのように住宅内で
ふるまうのかを解析してシミュレーションできるソフトです。
わたしとしては趣旨としていいものと考えてご案内しますが、
ただし費用が発生する事柄ですので、みなさん自己責任ということで、
よろしくお願い申し上げます。

<以下、紹介文より>
WUFI® 1Day Seminar in Sapporo-Ⅱ
特定非営利活動法人外断熱推進会議指定「標準ソフト」講習会
非定常熱湿気同時移動解析プログラム“WUFI®(ヴーフィ)”
WUFI がフラウンホーファー建築物理研究所で誕生して
20年を迎えました!
建物の熱と湿気に関する“WUFI”活用PCセミナー
主催 有限会社イーアイ(EI,Ltd.) http://www.wufi.jp/
特定非営利活動法人 外断熱推進会議(EiPC)
日時:12 月4 日(金)
9:30開場〜18:00閉会

講師:芝池英樹(京都工芸繊維大学大学院准教授・博士(工学))
外断熱推進会議では、高品質な外断熱建物の一層の普及を計るため、“WUFI”を「標準ソフト」に指定し、新築・改修計画プロセスの
品質と効率の劇的な向上を期待します。
目的:1 日で日本語版WUFI を理解するために必要な
操作方法を解説・指導
会場:〒060-0001 北海道札幌市中央区北1条西13丁目
札幌市教育文化会館304号室
定員:20名
費用:20,000円
(日本語版“WUFI®”4週間ライセンス発行)
●なお費用について、このブログを見たと申込書に書くと
特別の割引があるそうです●
内容:各自OS Windows(XP・7・8・8.1・10)
ノートパソコンを持参ください。

09:30 開場・受付
09:50 WUFI のインストール(持参したノートパソコンに)
10:00 WUFI の入力について
熱湿気シミュレーションの基本事項と適用範囲
境界条件、気象条件、初期条件
熱と湿気に関する物性データ
12:00 昼食(各自)
13:00 熱・湿気シミュレーションの結果の見方と評価
14:00 実習〜木造住宅の外壁計算/Ⅰ地域
15:30 実習〜木造住宅の屋根と床計算/Ⅰ地域
17:00 質疑応答
18:00 終了

講師:芝池英樹氏略歴
京都工芸繊維大学大学院准教授。
1995 年にはカナダ国立研究機構招聘フェローシップを受賞し,
同・建設研究所招聘フェローとして
「建築外皮の熱・湿気・変形性状に関する数値予測法開発」に
1996 年まで従事。2006 年、2008 年、2014 年と計3回の
北米外断熱視察ツアーをコーディネートし、
北米EIFS の排水・防湿性能や耐火性能を含めた最新技術情報を調査し
国内で紹介。ドイツ及び米国におけるWUFI Workshop に参加発表。

詳しい案内と参加申込書はこちら

カナダアルバータ州木材資源セミナー

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きのうは北海道と姉妹地域提携を結んでいる
カナダアルバータ州主催の木材資源セミナーに参加。
と言われても、カナダアルバータ州というのがどんな位置にあるのか、
まったく失念していました。
一度はカナダに旅したことがあり、東西に隣接するBC州や
サスカチュワン州をメインに訪問し、途中、
この州の中心都市・カルガリーの空港に立ち寄ったこともある。
先住民族のインディアン文化も大切にしている、
というような情報くらいを持っているだけでした。
今回、北海道がこのカナダアルバータ州と姉妹提携を結んでいる
そういった事実を初めて知った次第。
なんでも35年目の節目の年であるそうです。
最近は例のシェールガスが出て景気が上昇している。
隣接するBC州の中心地、バンクーバーなどは
大変な不動産バブルだそうで一般的な戸建て住宅価格が
1億円を超えるのだそうです。
そんななか、伝統的な基幹産業である木材資源産業は
アメリカのサブプライム問題勃発以降、
アメリカ市場の住宅着工が1/3程度にまで落ち込んでいて
自国の市場開発や世界市場でのマーケット開発に
躍起になって取り組んできているのだそうです。
そんな流れで、世界市場の中でもカナダ側から見て10%を超える
海外市場である日本マーケットの掘り起こしを狙って
そのなかでもツーバイフォー材の利用率が高い北海道に、
姉妹関係もあることから、アプローチしてきた次第。

興味深いセミナーでしたが、
そのなかでも強く興味を惹かれたのが
かれらの歴史的な「住環境」についての説明部分。
下の写真の左下に、テントがありますが、
この地域にはじめて開拓者たちが入植した今から230年前、
1790年の当時には、こうした住居に住んでいたそうです。
先住民のインディアンの住居を見て真似て作ったとか。
しかし、インディアンたちは柱の建て方も熟練していて
多少の風雨ではビクともしない建て方をしていたのに、
入植者たちの促成住居はすぐに転倒してしまったそうです。
その後、同じ写真の右上には「藁の家」がありますが、
広大なプレーリー地帯が広がっていたことから
大量にあった「藁」を建築資源に使用して
密集させて固く板状にした部材を組み合わせて家を作ったりした。
北海道に移住してきたカナダ人がこうした家を建てた事例を
見学したことがありますが、始原はこういう経緯だそうです。
洋の東西を問わず、ひとびとの寒冷気候への対応文化は
地球上の各地で同時多発的に行われていたことがうかがえて楽しい。
ただ、日本では先住文化へのリスペクトは
それほど見られなかったのに、彼の地では
すぐに先住民の住居を取り入れてみたというあたり、
やや文化風土の違いを感じさせてくれました。

・・・この稿、長くなりそうなので今日はここまで。

神社の神札MYコレクション

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この歳になってから新しい趣味に目覚めるのも
珍しいかも知れませんが、最近、神社の神札収集が面白そうだと
10数枚、神さま集めして喜んでいます。
わたしが勤めた会社の入社当時のオーナー社長は、
全国を出張して歩くので、どこの街でも小さな郵便局を探しては
10000円ずつの定期預金をしてその証書を集めるという
まことに崇敬すべき趣味を持っていましたが、
それほど資産に縁のない当方には、神社の神札程度が似合いだと(笑)。
で、一番新しいコレクションがこの「烏森神社」神札。
烏森神社は、ご存知の方も多いと思いますが、
サラリーマンの街、新橋の古刹であります。
っていうような立派な神社ではなく、飲み屋街のなかにある。
緑地などの飾りもほとんどなく、社と鳥居と参道10mほどがあるだけ。
それも表通りからちょっと入っているので
ほとんど気付く人がいない名物神社であります。
わたし、東京でのサラリーマン時代、新橋にはお世話になったので
よく参詣させていただいておりましたが、
新橋に寄ると、いまでもちょくちょくとお参りしています。
飲み屋さんを見守ってくれているという
ありがたい神さまだと、日頃から深く尊崇していました。
で、先日の出張の折にも寄りまして、
今回初めて、神札収集を目的に参詣した次第。
わたしの人生で新橋とのご縁を欠かすわけにはいかない(笑)。
伊勢神宮や出雲大社のような立派な神社でないけれど、
深くわたしの生き様を見守っていただけたと思うのであります。

で、はじめてその由緒を見てみました。
そうしたらこの神社、祭っている神さまは、
主神:倉稲魂命
相殿の神: 天鈿女命・瓊々杵尊
ということだそうで、主神はお稲荷さんとのこと。一方、
相殿の神さまに、漢字で書かれているので気付かなかったのですが、
なんと、アメノウズメ神が祭られていることを発見しました。
アメノウズメさんといえば、神話の世界での色っぽい大スター。
アマテラスさんが、機嫌が悪くなって天の岩戸に隠れたときに
裸で踊って男性神たちのどよめきをおおいに沸き立て、
「なにごとぞ」と女性神アマテラスさんがちょっと岩戸を明けた瞬間に
力自慢の神さまが一気に岩戸を開け放った故事がある。
で、神社の由緒書きには「技芸」の神さまとして祭られている。
「おお、さすがは新橋」といったところであります。
昔、新橋芸者というような存在もいたそうで、
まことに立地に叶った神さまであると頓悟いたしました。

こういう八百万の神々が、
神聖あらたかに祭られ続けてきたというのは、
日本民族の面白さ、奥行きの深さを表していると思います。
一神教が大きく支配している世界の中で、
こんなにも多様な神さまがながく尊崇されてきた列島社会。
日本社会のワンダーランド性をくっきりと表しているのではと
大いに神札集めの意義を、勝手に大袈裟に感じている次第です。

いよいよ除雪シーズン到来、ルンルン

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な、わけはありません(笑)。
しかしまぁ、毎年来るモノにはめげていても始まらない(キリッ)。

きのうは青森での用件をかたづけて、
昼には札幌に向けて帰還。
順調に汽車の窓からの景色を眺めながらでしたが、
本州を離れ、北海道に入ってからは一面の雪景色。
しかも徐々に北上に伴って、雪模様もいや増してくる。
同じ北海道でも、たとえば噴火湾周辺から室蘭などに掛けては
北海道の湘南という言い方もあるような温暖地域。
ニセコの高地が雪や季節風を遮っているのか、
そこらあたりは雪もない状況でしたが、
苫小牧から千歳と札幌に近づくにつれて雪も強くなっていく。
で、ついに札幌市内に突入して積雪の多さにやや身震い(笑)。
ちょっと本州に行っているだけで、軟弱になる(笑)。
クシャミが出たりして、めげ気味であるのが自覚される。
東京や韓国ソウルからの移住者の心理はいかばかりか、ですね。
で、カミさんが迎えに来てくれたのですが、
そのカミさんの運転がさっそくスリップしている。
シーズントップの雪で、大変湿っていて、
運転も慣れていない、除雪も来ていないということで、
たいへん滑りやすい状況なのであります。

ということで、さっそくスイッチが入って
運転を交代して、北国人モードに転換。
わが家に着いたら、さっそくの雪かき作業であります。
さすがに湿度の高い新潟のような雪で、
まだそれほどの積雪ではないうちに除雪しないと
あとからでは、どんどん重くなりそうな雪です。
カミさんとふたりの共同作業でものの30分ほどのひと汗。
その後、事務所の方にも行ってみましたが、
こっちはまだスタッフの車が残っているので
わたしの4WDによる圧雪作業にはかかれない状況。
さて、ということで今朝、駐車場その他の整備作業を終了(写真)。
きのうも青森のタクシー運転手さんと話していましたが
どうも同じ雪国人ですが、雪に対する態度には違いがある。
北海道の方がドライなんではないかと思われます。
北海道では道路がずっと広めになっていて、
堆雪させる場所も考えてあるのに対して青森では
そもそも道路が狭くて、すぐに交通も堆雪場所もマヒなんですね。
行動すれば、なんとかクリアできるところと、
自力だけではムリがある地域、というような違いでしょうか。
さぁ、来てしまったものは仕方ない(笑)。
前向きに立ち向かって行きたいと思います。

連休最終日・青森便満席と国際化

2566

本日は朝1番で青森での用件が入り、
特段休日の予定もなかったので、
のんびり車窓を楽しみながらの汽車移動と思ったのです。
が、あにはからんや函館までの列車も、さらに
函館ー青森の津軽海峡線列車も満員という状況。
わたし、よく札幌ー青森は移動が頻繁なのですが、
こんなに混み合った列車は初めてであります。
函館まで混み合う、というのはJR北海道の列車事故以来、
これは普通に多くなっていたのですが、
しかし、青森便までと言うのはびっくり。
さすがに3連休、みなさん移動が活発だったのでしょうか?
どうも中国からの観光などの影響も来ているようですね。
隣席になった旭川からの移動の方によると
旭川にも活発にアジア圏旅行者の方が増えているそうです。
北海道の場合、首都圏や関西圏のように
個人旅行的に公共交通機関を乗り継いでというパターンが少ない。
どうしても団体で,バス旅行というスタイルが一般的。
しかし徐々に2度目3度目という旅行のみなさんが増えてくると
北海道はいったいどうやって観光したらいいのか、
受け入れ先の立場の人間として、
もうちょっと考えていかなければならないと思っています。
東京を旅していると、どんな路地裏などでも
どんどんと入り込んできて、それなりに楽しんでいるようですが
北海道ではああいった楽しみ方は難しい。
というか、路地というものがほとんどない(笑)。
そういう都市形成していませんので、というところ。
レンタカーの利用がほかの地域と比較しても
北海道は利用率が高いだろうと思いますが、
そうそう国際免許を取得しているひともいないでしょう。
バスの数も圧倒的に不足してきているということだそうですが、
早晩その先で、個人旅行に対応できるかどうか、
地域としての問題になってくるのではないでしょうか?

そういえば、わが社の韓国籍の新入社員。
ようやく国際免許を取得できましたが、
しかし、その矢先に道北の方では雪道がやってきた・・・。
ハンドルも右と左で違うのだそうで、
そういったことからも導入をスムースにしなければ、と
地方の国際化、なかなか対応が大変でありますね。