
現代社会は西欧発祥の思想が全地球的に普及した価値感世界。
その基本に「人権意識」というものがあり、個の命を相当の優先性で考える。
由来的にはキリスト教的な人道・倫理観があるのだと思う。
個人が直に神と向き合っているというような価値感。
いわゆる「個人主義」が基底に根深く存在する思想体系。
西欧発祥のこの「個人主義」思想は政治社会システムにも貫徹され
「いのちは地球よりも重い」というような人権主義が共有されている。
今回の新型コロナウィルスは未知で危険な病原菌という恐怖感が大きいが、
しかしそれ以上にこれまで人類社会が経験した疫病とは一段違う様相を呈した。
重篤化すれば高齢者を中心に肺炎を発症して死に至る。
しかし、大多数にとっては軽症、あるいは無症状で軽快するとされる。
このような発現をみせる疫病に対しては、過去の人類社会史常識で考えれば、
「軽度」な危機認識で対処された可能性が高い。
しかしそうならなかったのは、情報の世界一体化、共有の局限までの進展と
その基底に、個人の命を絶対価値とする「死生観」が大きく与っていると思う。
ちょうど北海道札幌ではいまの「非常事態」最終局面で「老健施設」クラスターが
猛威をふるって、連日感染者増加の勢いが留まることがなかった。
経済発展による食生活栄養向上と併せ、日本の優れた医療は、
高齢者の延命を相当に可能にし、世界最先端の「高齢化社会」が実現した。
自らの体動作で通常起居生活も難しく、さらに多く認知症も発症の高齢者が
大人数でこうした「老健施設」で共同生活していた。
「生き甲斐」方針として「密」な相互接触環境で運営されていたともされる。
その通常起居をサポートするべき健常な介護要員にも感染が広がってしまい、
新型コロナ陽性者の医療施設への入院収容も困難を極め
結果としてクラスターが異常拡大して入所の大多数感染という悲劇が起こった。
たしかに通常起居、食事入浴すべてに介護が必要な新型コロナ陽性者を
患者として受け入れる側の病院には、たいへんな困難が伴うのは自明。
2次感染防止対策と要介護という重責のなか、他の患者への影響なども考えれば
結果、この老健施設に留まらせ続けざるを得なかったことも了解できる。
欧米や初期の中国武漢では、命を救える可能性のある救命器具装着について
その数に限りがあって、医者が「いのちの選別」を強いられたとされる。
救命装置が1台で、複数の必要性の高い患者がいるとき、
だれにその装置をつけるのか、究極の選択をしなければならず、
現実にそれは行われて、いま現在に至っているのだとされる。よそ事ではない。
現代医学は、神のみが果たしうる権能を迫られたともいえる。
幸いにしてそこまでの「医療崩壊」に至る前に日本は留まったとされるけれど、
今後の第3波第4波で、そうならない保証はないと思う。
そのようなとき、われわれ社会はどんな死生観を持つべきなのか、
わたし的には、このことが深くこころに刺さり続けている。
現代世界の普遍的な個人主義・人権論のままで本当にいいのか、
いやむしろ、死なない人間はいないという当然の公理に目覚め、より積極的に
個人の生きざま、尊厳に十分に配慮した死生観哲学を再構築すべきではないか。
わたしも遠からず、このような年齢に到達すると考えたとき、
自分自身の問題として、尊厳を持って自分の命との対話を持ちたい。
個人主義の「個の生命絶対」という呪縛は永久に実現不能であることは自明。
死ぬ寸前まで社会の中で働き続け、ある日忽然と姿を消し去る、
そんな「ピンピンコロリ」な自分自身の死生観について思索を始めている。
世界的な大量死の進行の中で、そういうあらたな死生観の必要性を、
みんなで考えるべきではないのだろうか?
Posted on 5月 23rd, 2020 by 三木 奎吾
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わたし自身の場合、2月の中旬から出張行動などを抑制停止して
それ以降ずっと基本的には外出すら生活上の必要最小限に限定し
北海道や札幌市の「行動自粛要請」に沿うように心がけて来ています。
みなほぼ同様に、すでにその期間は3ヶ月を超えていますね。
しかし、それでもなお、札幌の状況は芳しく推移していない。
もちろんわたし自身がなにか状況をチェンジできるわけでもないので淡々と、
民主的に選択された民意としての為政者・知事、市長の政策推進に対し
選んだ側の、民主主義の基本的「義務」であり従うべきと考えてきた。
これは別にいま選ばれている人にそのとき投票したかどうかではない。
その民主的選挙の結果に対して、まずは信任することが大切だと思うのです。
これは自分の主義主張とは別にわきまえるべき基本ではないかと。
とくにいまのような、感染症の猛威に対して社会が一丸となって
状況を変えていこうとするときには、守るべき主権者の「義務」だと思うのです。
言ってみれば民主主義を健全に維持し続ける原則ではないか。
それは、中国のような専制独裁政治体制のほうが危機には「優れている」みたいな
プロパガンダに追認を与えてはいけない、
わたしたちの選択している民主主義を守るために不可欠だと考える次第。
昨日来、関西3府県の「解除」の報道が引き続き、
東京都もまた「直近1週間10万人に対して0.5人」という指標クリアと伝えられる。
首都圏地域は1都3県が「一体的生活圏」として解除は同時にと
希望しているとも伝えられてきている。
残念ながら、地理的に独立的な北海道はまだ予断を許さない。
この局面で政権は北海道も含め「解除」の判断に傾きつつあると伝えられる。
久方ぶりに、明るい希望を持てると受け止められるけれど、
しかし反面では、もし目標指標未達のまま解除された場合、
そのことが地域に尾を引くことになるようにも思われてならない。
「点数足りないけど、まぁ卒業・・・」みたいな。人の口に戸は立てられない。
とくに「観光産業」が主力であるわたしたちの郷里にとって、
そのあとの「後遺症」のようなものをどうクリアできるのか、
大きな「宿題」を突きつけられるようにも思えるのです。
まことに「課題の先進地」というキビシイ現実が待ち構えていると不安。
もちろん移ろいやすい世論、「人の心」なので決めつけはできないけれど・・・。
残る時間での目標達成を祈るのみ、というところですね。
まぁしかし、3ヶ月以上という「自粛」もたしかに限界には来ていると思う。
解除後の惨憺たる経済の現状をまっすぐに見据えてみれば、
ここからの再起はどのようにすればいいのか、と不安の気持ちも強い。
GDPの下落率はまことに惨憺たる状況・・・。
しかし明けない夜はなく、折り合いの付かない感染症もない。
それぞれのフィールドで全力を尽くすしかないでしょうね。
Posted on 5月 22nd, 2020 by 三木 奎吾
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ずっと違和感を感じ続けていたことがある。
今回の新型コロナが猛威をふるう最中、いまの政権の
対応施策の全てに対し、悪口雑言を浴びせかけるメディアなどの風潮。
まるでウィルスのさらなる蔓延を期待しているのかと見まごうばかり。
<実際にウィルスを「痛快な存在」とSNSに書いた反政府新聞記者もいた。>
そういうのを子どもたちにはあまり見せたくはないと思っていた。
とくに日本全国にわたってマスク不足に陥っている最中に
洗って繰り返し使える「布マスク」を全世帯に配布する施策に対して
悪口雑言の限りを尽くしてきた一部のマスコミについては
日本人として、強く違和感を禁じ得なかった。
髪の毛が入っていたとか、虫が入っていたとか、カビていただとか、
ヒステリーの限りを浴びせかける風潮にあきれ果てていた。
もし万が一そうだとしても、洗えばいいではないか・・・。
まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」そのまんま。
坊主の袈裟は権威を表象するものだが、マスクは健康を守ってくれるもの。
少なくともマスクそれ自体に罪があろうハズがない。
たくさんの人の手を通って作り出された貴重な「モノ」なのだ。
いまは駅前に「回収ボックス」を設置してゴミのように「捨て」させて
これ見よがしに反政府活動しているケースまであるのだという。
そのマスク、札幌のわが家ではまだですが、
関西圏に居住する息子のところには昨日届いたようで、
その写真をLINEで送ってくれた。
「全然ちゃんとしてるわ」と印象を伝えてきた。
マスクをした顔写真も送信してくれて、いっときLINE団欒。
ギスギスして余裕の感じられない世相の中ですが、
少なくとも中国製の不良品使い捨てマスクよりはこころが感じられる。
洗って繰り返し使えるということはやはり日本人的な心性には叶っている。
わたしはモノを大切にしなさいと教え育てられた世代。
いまの世相でいかに政治的反感を持っているとはいえ、
モノにまで難癖をつけるという人たちを見るにつけ、
日本人としての公徳心「モノを大切にする」感謝の気持ちというのも
社会から消え去ってしまったのだろうかと、心が痛んでいた。
たぶんいま、自分の不用意なクシャミが他人の迷惑にならないように
日本人の多くが不織布マスクを何度も洗って繰り返し使い続けている。
転売目的で在庫を貯め込んで高値販売しようと考えていた連中がいま
やむなく既成の通常ルートではない闇のルートでマスクを
大量放出し始めているのには、この政府の施策が効果を発揮していることは
市場原理から言って明らかだろう。
既存のマスク販売ルートには、こういう輩はまったくツテもなく流す気もない。
だから、全然無関係な店舗でゲリラ的に販売されている。
わたしは、自分の元にこの布製マスクが届いたら、
毎日洗い続けて、繰り返しながく使い続けたいと思っている。
きっとそういう日本人が、まだ多いだろうことを願いながら。
それはこの新型コロナの貴重な体験を忘れないことにも繋がる。
Posted on 5月 21st, 2020 by 三木 奎吾
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本日は5月も20日になりました。
どうやら大阪・京都・兵庫の関西地域はあす緊急事態指定が解除されそう。
たぶん今週末も解除されないのは北海道と首都圏の1都3県になりそう。
新規感染者は東京で昨日5人にまで減ってきて
北海道は3人というレベルまで下がってきた。
政府が定めた10万人に0.5人という新規感染者の目安が、
北海道も月末までにぎりぎりクリアできるかどうか、という状況のようですね。
政府としても、北海道だけを残してここで他の全地域を解除できるのか、
非常に微妙な情勢になっていると思います。
というようなことで、北海道と札幌の運命をひたすらに神宮に願掛けの日々。
ここのところは毎朝6時過ぎに北海道神宮に参詣して
「家内安全・コロナ退散」をひたすら神頼み。
地元民としてもいま自分で打てる手もなし、神頼みもしょうがない。
まぁここのところ丸3ヶ月、ひたすら外出・出張の自粛ですので、
ここまで来たら、全国で北海道だけがただ1地域だけ取り残されるとしても
「課題の先進地域」として、神が与えたもう試練に違いないとも思っているのですが、
やはり地域全体の願いとして、全国と足並みは揃いたい。
写真は北海道神宮の裏山、本殿の奥の杉林の光景であります。
自生する自然の杉林としてはかねて北限とされている森。
こちらはちょうどふくよかな姿の円山の自然林の山裾に広がっている。
日本の神社というのは、基本的にはこのような自然後背をまとっている。
直立する杉木立には、なにがしか、祈りに通ずるものを感じ続けてきたのが
日本人の基本的な心性なのだと思う。
よく【四神相応の地】というような言い方をしますが、
北海道開拓の最初期、札幌の地を跋渉した先人たちがいまのこの地を
開拓三神(いまは発願の明治帝も加わった四神)の住み処としたのには
たぶんこうした風水的な選択要素が大きかったに違いないし、
また納得するところも大だと思っております。
150年前・明治初年、いまの札幌市北4条東1丁目周辺にとりあえず仮鎮座された
明治天皇勅願での北海道神宮開拓三神は、
やがてこの現在地、円山の山裾の地に移転され北海道開拓を見守られてきた。
この開拓三神の御霊にこの周辺環境は捧げられて
基本的には人間の手の及ばない自然林として保全されてきた。
毎日のようにこの自然林を巡り歩くことが出来て
先人のみなさんのこうした思いに深く感謝の念を抱きます。
まことに「神宿る」雰囲気そのままに栗鼠などが森の気を放ってくれている。
静寂の中にゆれ動く生気が、そんな気分に誘ってくれる。
しかし北海道の場合、この周辺、円山一帯を「自然保護地域」としたのには
開拓のアメリカ人技師たちの建言もあったとされるので、
北海道神宮は、日本の知見にさらに欧米的価値感も加わっていたともいえる。
ちょっと「洋風」の匂いも感じられる神さまかもと勝手に思っています。
今週末も「とにかく家にいる」ように自粛して、
北海道のみんなの思いでなんとかこの困難を乗り越えたい。神宮の杜に合掌。
Posted on 5月 20th, 2020 by 三木 奎吾
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緊急事態のいまですが、やがて終息したとして、
6月以降、北海道地域経済予測を考えるときわめてキビシイ。
とくに北海道の地域経済、雇用の8.1%がそれに依存しているとされる、
「観光業関連」の長期的低落は避けられないだろう。
〜北海道庁「北海道観光の現況2019」より。以下データはこれに準拠。〜
最初の図は北海道観光入り込み客数調査で、データで示された直近2018年度では
総数5,520万人の「観光客」がカウントされていた。
2月の「雪まつり」までは、主力の中国がすでに影響を受けていたけれど、
そう「壊滅的」な状況ではなかったと記憶している。
しかし2月中下旬からきょうまでの推移はまず惨憺たる状況は間違いない。
総数5,520万人だけれど、そのうち4,601万人は「道内旅客」。
基本的な「観光収入」に直結するのは「道外客」「海外客」であることは自明。
この人数はそれぞれ607万人、312万人となっていて合計919万人。
それに「宿泊客・3,781万人」を合わせてみれば、平均的に4泊程度。
たぶん総観光消費金額の主力を占めるだろうこの顧客層が
どのように推移するかと考えると、まことにキビシイと思える。
そしてたとえ緊急事態宣言が解除されたとしても
移動の自由と感染の拡大はパラレルととらえられることから、
当面は慎重な「慣らし運転」のような状況で推移することは疑いない。
第2波への恐怖から、国内移動も「近場」志向になっていく可能性があるし、
海外客に至っては、渡航制限がいつになったら再開され移動が活発化するか、
このことはまったく予測不可能な領域だと思う。
きわめて楽観的に見ても、ことし後半から「徐々に」しか回復しないだろう。
道外・海外客は、東日本大震災の2011年水準(487万・57万)544万人水準を
大きく割り込むのは確実だろう、まだ想像出来る段階でもない。

さらにこの図は、「観光消費額」の推移を表したもの。
直近は「第6回調査」で、2014年度のもの。5年ごとに調査されているようなので、
2019年、昨年調査データがあるはずだが、このデータには反映されていない。
全体総額で1兆4,298億円。その内訳は道内客6,374億円に対して
道外客4,220億円、海外客3,705億円と圧倒的な「稼ぎ」になっている。
観光客1回あたりの観光行動消費の単価金額をみれば、道内客は12,865円、
道外客は73,132円、訪日外国人来道者は178,102円となっている。
ちなみに北海道のGDPは2016年度段階で19兆0181億円。
これは我が国GDP(名目)の3.46%に相当し、全国順位は47都道府県中
福岡県(同3.48%)に次いで第9番目となっている。
この「主力エンジン」が東日本大震災とも比較にならないほど落ち込むことが確実。
雇用者割合で1割に近い業種の状況がこのようであれば、
当然のこと、他の産業でも大きな制約を受けることになるのはあきらか。
しかし一方で北海道の場合、基本食料生産基地としての立場は強いだろう。
農漁業という基礎的な部分では高級食材などの分野は別にすれば、
おおむね堅調に推移すると思われます。
高級食材の分野でも、外出自粛・外食の縮小に対して
WEB通販などの業態が伸びていく可能性はあると思う。
今回の経験から、食の消費分野は目覚ましい伸びがあると言われている。
いのちの危機を味わった民は、その基幹である「食」に対して強いこだわりを
今後明瞭に選別的消費行動を取ってくる可能性が高い。
アフターコロナ、地域産業構造の地殻変動は避けられないだろうと思います。
Posted on 5月 19th, 2020 by 三木 奎吾
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どうも、最近の新規感染者発症状況を見ていると、また北海道札幌の比率が高い。
というか、他地域が加速度的に減少傾向を示しているのに、
いっこうに札幌市内の事例が減らない傾向にある。
札幌ではとにかく「クラスター」感染が多発している。
最近急増している箇所は、介護老人保健施設での集団感染事例。
1施設で80人以上の感染者数になっていて、しかも低減化が見えない。
5.15朝日新聞北海道版記事によると、
「4月21日、介護老人保健施設(老健)と1階でつながるデイケアセンターで
1人の感染が判明。施設間で職員や入所者の行き来は頻繁ではなかったが、
同じ休憩所やトイレを利用することもあった。21日以降は出入りを禁じたが、
26日に初めて老健の入所者の感染が判明すると、一気に広がった。・・・
施設に残る入所者の半数以上が感染しているが、さらに感染者が増えており、
隔離が必ずしもうまくいっていない実態が浮かんだ。・・・
市によると、14日に入所者4人の感染が新たに確認され、感染者は入所者64人、
看護や介護の職員ら17人の計81人にのぼる。」<要旨抜粋>
と言うような記事で、なんとも滅入ってくる気分に打ちのめされる。
しかし、以前からそのクラスター状況は報告されていた。
「まぁクラスターなのだから、対処法は確立しているはず・・・」と
思って過ごしていたけれど、いっこうに沈静化せずむしろ猖獗を極めている。
記事でも、札幌市の担当者から
「感染者の発生状況から見ると、隔離が十分機能していないのではないか、
との反省はある」と認める。同会と相談しながら、隔離の徹底を検討するという。〜
ということから、きのうの発表で合計14人からなる外部チームが
状況をコントロールすべく入所するとされていた。
このような介護老人保健施設はそれこそ全国に多数あるはずだけれど、
なぜ札幌では抑制対応がうまくいかないのか、とは疑問に思う。
どうも最初期のクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」の悪夢の再現のようだ。
写真のように遅い「八重桜」満開ではあるけれど、まだまだ朝晩は冷涼な気候が続く。
全国でもいち早く感染が拡大し、そしてもっとも遅くまで拡大し続けるのかと、
おののくような無常さを感じております。
たとえ感染者数が減少に至っても、新型コロナ要注意地域と受忍せねばならないかも。
秋冬の寒さはまた全国に先駆けて早くもやってくる・・・。
5月末までの期間でなんとか、国の定める基準をクリアしてほしいと
切に祈るしかないと思い定めております。
Posted on 5月 18th, 2020 by 三木 奎吾
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日本史の中ではいくつもの感染症の記録が残されているけれど、
そのなかでもとくに嚆矢といえるのが奈良時代の天然痘大流行ではないか。
この時代は政治的には藤原氏が権力を掌握していくプロセスでもあるけれど、
その藤原氏の4人の実力者が一気に天然痘で死亡するような未曾有災害。
「鎮護国家」というような仏教崇拝から東大寺が建立され、
全国に国分寺・国分尼寺がつくられていった経緯には、この感染症大流行が
大いにかかわっていたといわれる。
そもそも奈良の大仏は疫病退散の願掛けが機縁ともいわれることから、
新型コロナへの平癒祈願が東大寺では行われているそうです。
遙かな時間を経て、感染症の恐怖が歴史も掘り起こすのだと思う。
まさに衆生への救済思想が具体的に政治テーマになっていた時代。
今日であれば、為政者が医学という科学者にその知見に基づいた
さまざまな「対応策」を諮問するけれど、
科学のない時代、ひたすらに神仏にすがる心情自体は痛切にわかる。
この感染症で斃れた藤原氏4兄弟の姉妹であり
ときの天皇・聖武の妻であり皇后の地位にはじめて民間人から登極した、
光明皇后が感染症対策として藤原氏の邸宅跡地に建立した法華寺(ほっけじ)。
奈良市北郊の海龍王寺や平城宮跡からもほど近い位置にある寺。
天平17年(745年)5月創建。
この法華寺に、写真のような「浴室」と名付けられた一堂がある。


イラストのように、これは「サウナ風呂」の一種のようです。
「浴室(からふろ)」は、光明皇后が「福祉事業」の一環として設置した
薬草などを煎じて使用する「蒸気風呂」。現在の建築は江戸時代のもの。
現在でも6月に信徒向けに浴室が開放され「蒸気風呂体験」が行われているとのこと。
ひたすらに祈りを捧げるという対策の他に、
このような「入浴習慣」が疫病に対して効果があるのではないかと、
対症療法的なこころみを行っていた痕跡だと思われる。
浴室に隣接して「井戸」も併設され、衛生思想としての入浴が実施された。
藤原氏がその後の宮廷権力内で権力をながく維持したのは
この光明皇后の福祉政策実行という戦いが大きく支持されたことが
非常に大きな要素になったのではないかとわたし的には思えてならない。
今日にいたる日本人の「衛生思想」のレベルの高さは、
いまの新型コロナ禍でも奇跡的な感染者数の少なさ、死者の少なさとして
結果をもたらせていると思いますが、
はるかな奈良時代、いまから1,300年ほど以前からこうした衛生思想教育が
民族的資産として連綿と継続してきている結果とも思える。
日本の政治システムには、こういう衆生救済の基本コンセンサスが
刷り込まれてきている、というようにも感じられると思います。
日本の政治権力史と感染症のかかわり、深い部分で重なっている。
Posted on 5月 17th, 2020 by 三木 奎吾
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全国からは新型コロナからの脱却ニュースが入ってくる。
もちろん「あらたな行動モラル」が大前提ではあるけれど、
通常的な経済活動の基盤が広がって来つつあると言うところだと思います。
しかし北海道、とくに札幌はなかなか曙光を見いだせない。
上の図は北海道知事さんが示してくれている「目標」と
下の図は北海道全体の現状であります。
この目標自体、日本全体とはやや違って、1ヶ月くらい遅れたレベル。
人口1400万人の東京できのう新規感染者が9人という状況に対して
人口190万人の札幌では4人の新規感染者。
週当たり人口10万人・0.5人の新規感染者の指標が政府から示されているので、
札幌は1週間で9人程度という計算になる。
現状では4×7で週あたり28人レベルなので、3倍近くとかなり道通し。
ちなみに東京では指標は週当たり70人、きのうレベルで63人となるので、
一応「解除」の基準には到達していることになる。この差・・・。
これまですでに2月以降3ヶ月にわたって札幌の企業は実質的に
広域的営業活動は不可能となっている。
このあとの後遺症的なことを考えても、実質的に今年度はたぶん
半分以上は事業機会期間が失われていくことになるのでしょう。
テレワークなどで可能なことには取り組んでいるけれど、
やはり進取的な活動には大きな制約が掛からざるを得ない。
悲しいけれど、一部では風評被害的な傾向すら見られるようになって来た。
なんとか忍耐して状況の改善を願うしかないのですが、
自分たちにできることというのもひたすら家に居て自粛するしかない。
なかなか突破口は見いだせないというところでしょうか。
日本全体が厳しいというのはまだ耐えられるけれど、
自分の地域だけが取り残されていくというのは、さすがにキツい。
しかしさらに、ない知恵を絞って「いま可能なこと」を見つけ出して
そういった努力を積み重ねていくしかないのだと思います。
わたし的にはこのようにブログなどでの情報発信を継続して
情報分野としての感染症からの「突破口」のような気付きを探る、
っていうようなことが、当面の課題だなぁと考えたりしております。
Posted on 5月 16th, 2020 by 三木 奎吾
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きのうご紹介した「結核予防善悪鑑」続篇であります。
106年前には結核菌が発見されて、結核が感染症であることが究明され、
それとは日常生活の「予防」的な対応で蔓延を防ぐことが呼びかけられていたのです。
この「結核予防善悪鑑」はそれを一般にわかりやすく情報伝達する手段として
相撲の番付に見立てたポスターを作成して公衆宣伝を図った。
この広報作戦は1914年のことですが、
結核のワクチンであるBCGはフランスのパスツール研究所で開発されて
1921年に初めて新生児に投与され、以後、1924年には日本にも菌がもたらされた。
逆に言うと、結核菌の発見・感染症認定から相当の期間かかっている。
それまでの間、ひたすら人々の「行動変容」で人類は戦い続けていた、といえる。
その当時から100年以上の時間が経過しているけれど、
またふたたび人類はあらたな感染症と向き合わされている。
治療薬やワクチン開発はそのスピードアップが求められるけれど、
しかし疫学的な「安定性・科学的妥当性」が担保されるまでには、
忍耐して、感染症ウィルスと共存して行く覚悟を継続していく必要がある。
アナロジーとしては、この1914年には第1次世界大戦が勃発もしている。
時間経過からは、ワクチン開発は戦争を挟んで戦争終結後に世界にもたらされた。
このような世界史の推移が再現されないように理性的な対応を期待したいけれど、
中国共産党という非理性的、不合理的な存在が強権をふるっているなかでは、
現代人類の運命はあやういというようにも思われる。・・・
で、本日はこの106年前の先人たちからの「警告」を詳報したい。
きのうは横綱大関クラスの「目玉項目」を紹介したけれど、
それから以下の項目にも、先人の大きな「知恵」と人間への愛が感じられる。
●まずは「悪しき方」のほうですが、
「蒲団(團)没頭」というのは、どうも朝寝坊の生活の自堕落さ表現のようです。
「日光の来ない家には医者が来る」というのは住環境のありようへの警告。
「肺病の痰は火照る爆裂弾」というのはまさにウィルスへの注意報。
「倹約すぎる食い物」とは栄養補給による免疫力向上。
「旧式な酒盃の交換」というのは飲酒習慣での接触感染への警告。
「虫歯持ち」は衛生観念への気付き。
「手放しに○○する野蛮人」というのは旧字で不分明もイマドキの行動変容規範から
類推すると、飛沫感染への警告とおぼしい。
で、最後の「差し向かい三尺以内の談話」は、まさにソーシャルディスタンス。

●つづいて「善き方」は以下の通り。
「深呼吸」とは肺の機能向上を促す狙いなのでしょう。まさに生活行動変容。
「風の入る家に福の神がはいる」とは、まさに「換気の重要性」。
同時に「新鮮な空気は値なき黄金」とまで讃えている。
「菜肉豊富な食膳」とは、バランスのいい免疫力向上の食事習慣。
「文明的な乾盃」とは、悪しき方の乾盃方法とは換えて
それぞれの盃で「接触感染」を避けるべきだと言うことでしょう。
「完全な咀嚼」、よく噛んで食べなさいというのはまことに慈愛そのもの。
「飲食を強いない良き妻君」とは、あまり深酒させるな、という警句か。
旧字でわかりにくいけれど「食後にはうがいを」という注意喚起。
まことに今日の「行動変容」とも似通った内容が多いことに
あらためて驚かされるとともに、このようなわかりやすい「衛生思想」教育が
大正初年にも日本では推奨されていたことに、先人のみなさんの
ありがたさがしみじみと伝わって参ります。深く、感謝の念であります。
Posted on 5月 15th, 2020 by 三木 奎吾
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全国的には新型コロナ禍、やや減少傾向が見られてきている。
本日、面積的には日本の大部分を占める県域で非常事態宣言が解除される方向。
しかし全国有数の突出地域である札幌を抱える北海道は、道遠しといったところ。
地域として「共存共苦」を受忍し、なんとか乗り越えていきたいと念願します。
写真は知人からメールで送られてきたもの。
「東京都公文書館」のTwitterアカウントから2014年3月26日情報発信された。
1914年(大正3年)3月20日から7月31日にかけて、当時の東京府が主催し、
東京市の上野公園地をおもな会場として開催されおよそ750万人を集めた
「東京大正博覧会」での展示ポスターのようであります。
題して「結核予防(豫防)善悪鑑」。
行司として結核菌の発見者・ドイツの医学者ローベルトコッホさんの名前。
結核はいまでも日本で年間約2万人以上が発症し、
2,000人以上が亡くなる最大級の感染症。
いま話題になっている「BCG」予防接種の機縁となった感染症であり、
日本史の中でも有数の被害をもたらし続けてきた感染症。
そういった感染症に対して、社会としてそれと併存しながら折り合いをつけていく、
という目的から、広く国民に生活習慣レベルでの「注意喚起」を呼びかけていた。
このポスターは、日本人に親しまれている相撲の「番付表」表現形式を
ツールとして利用し、感染症とどう対応すべきかをアピールしている。
感染症は目に見えない敵であり、生活習慣で戦い続けるしかない。
そういった昔人の知恵がここには表現されている。
<表現上、一部を色づけしたのはわたしの操作です。よろしく。>
活字表現が一部不鮮明な部分もあり、推測しながら読解の要がある。
番付らしく「東西」に分かれて、右側が「善の方」左側が「悪しき方」。
●悪い方の横綱は「結核菌と薄弱な体質」が筆頭にあげられている。
張り出し横綱には「結核を不治の病と考えること」という意味と受け取れる記述。
大関は「煩悶幽鬱」とある。なんでも否定的な受け取り方への戒めか。
続いて関脇は「不性」。これは生活態度の乱れを戒める意味でしょう。
さらに「規律のない飲食」とあって、イマドキの夜の街クラスターとも相応するか。
以下、「汚濁・人込(混)み・街路の塵埃」という不衛生が指摘されている。
これもいまの「密を避ける」「接触機会の8割削減」とも通ずるのではないか。
そのあと「蠅多き臺所(台所)」とあるのは、当時の住宅の問題点なのでしょうか。
●一方で、善き方の横綱には「日光と空気」と大書されている。
「張り出し横綱」は読解不明なのだけれど、「結核は遺伝ではない」という考え方のよう。
大関には気の持ちようとして「楽天快活(𤄃)」が上げられている。
この先人たちの指摘は今回の新型コロナ禍では、どうも見落とされ気味のように思う。
どうしてもヒステリー的に危機あおりが横行しているのではないかと・・・。
以下、関脇:潔癖、小結:禁酒節酒、前頭:清新な林野公園の空気とあり、
やはり夜のクラスターには否定的な生活様式が推奨されている。
そういう娯楽は感染症への注意としては一時ガマンすべきなのでしょうね、やはり。
続いて横綱と関連するように「明るき居間」という住宅思想が上げられている。
住宅づくりに関連する考え方として「日射取得・採光、換気の重要性」という
基本事項がしっかりと明記されていることがわかる。
今回の新型コロナ禍でも、換気の重要性が社会的にアナウンスされてきていますが、
百年前もいまに至るも、こうした「感染症と住宅の知恵」は、変わらない基本とわかる。
太陽光取得に素直であり、暑さ寒さにはしっかり防御し、
しかも清浄な空気環境をつねに心がけるというのが先人からの「戒め」。
・・・日本の歴史と感染症、そして住環境のかかわり、
ちょっと掘り下げ、このブログ連載で思いつくまま、探究してみたいと思います。
みなさんもお気付きのことがありましたら、ぜひコメント期待。
Posted on 5月 14th, 2020 by 三木 奎吾
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