本文へジャンプ

JIA出江寛次期会長

7286.jpg
きのうはJIA東北支部のいろいろな催しがあり、参加してきました。
わたしも審査委員を拝命していた「住宅大賞」の授賞式などのイベントもあり、
折からの青葉祭り前日の仙台メディアテークで行われました。
ことしは17年ぶりにJIA全国大会が仙台で開かれると言うことで、
それに向けての「プレ大会」的な催しになっていました。
写真は来賓として、というか、
その迫力のあるメッセージは、とても「来賓」というような穏やかさではないのですが(笑)
元気いっぱいの「旬のひと」JIA出江寛次期会長の講演も聴くことができました。
ことし、JIAの会長職ははじめて選挙で選ばれることになり、
立候補を表明した出江寛さんと、現職の仙田満さんのあいだで争われ、
出江寛さんが当選して、6月からは新会長となるのだそうです。
自ら立候補して、政党の党首選挙並みに「公約」を掲げ、
その実現の道筋も、ロードマップで示すという公明正大な姿勢を通しています。
その主張されるところは至ってシンプル。
国、国交省に対して「建築家」という存在を証明させるということに尽きるでしょう。
建築士という制度がさまざまな矛盾を抱えてきている現状で、
それを打開して、革新しようと努力されています。
お話しの中で、安藤忠雄さんとのやり取りが紹介されていましたが、
世界の建築物の設計料は、実施をともなわない基本設計だけでも
かれ、安藤さんは建築費の20%をいただけるそうです。
それに対して、日本の公共建築の設計料は2%なのだとか。
しかも、それすらも「随意契約」であるならばまだしも、
「競争入札」で安売り合戦を強いられるというのが現実なんだとか。
そういう結果、世界的に活躍する安藤忠雄さんですら、
「所員に、満足な給料を支払うことができない」
というようになるのが実際のところなのだそうなんですね。
こういう現状に対して、究極的には「建築家法」の制定を目指して
建築家の地位向上の運動を展開しようというのが出江寛さんの主張。
具体的には、台湾で実施されているというシステムですが、
建築確認と同時に、「設計契約書」を添付することを義務化させようという作戦。
設計という行為が「無料」です、というような
社会風潮に歯止めを掛け、コンプライアンスを明確化し、
最終的には消費者保護につながるような改革に着手しようというのです。
やはり人間の価値は、社会のためになることに
私心を捨てて立ち向かおうとする情熱の部分だろうと思います。
自分の役割も明確に示して、責任を持ってなすべきことを成そうとする迫力は
十分に伝わってきた気がしました。
ぜひがんばって欲しいものだと共感の気持ちを抱いた次第です。

日本の公共空間デザイン

7285.jpg
写真は足利氏の本拠に建てられた寺院の正面からの外観。
よく歴史巡りなどをすると、日本では決まって宗教的な施設になる。
この足利氏の発祥地とされる居館跡地も
お寺として存続しているのですね。
京都に残っている建築も多くがそういう残り方をしている。
金閣は足利義満が私邸、迎賓館的に造営したものだし、
京都中、歴代の権力者が妄執に駆られて造営した建物がそういう形で残る。
なにやら、現代の宗教法人の無税特典というのは日本伝統の文化なのかと、
つい、疑ってしまいます(笑)。
こういう敷地の大きな建物空間の場合、
そのなかにいくつかの建物が共鳴するように配置されます。
よくあるのが、背の高い建築〜塔のようなもの、
校倉のような倉庫状の建築、
そして、大きな屋根のデザインで見せる主建築。
きっと、このような配置デザインって、中国の影響から来るものでしょうね。
地形と方位などを考えて、良い気が満ちるように考えられているのでしょう。
そして、時間を掛けて植栽が施され、
独特の東アジア的な「公共的空間」が演出されてきているのだと思います。
で、そういうなかでもやはり、この写真のように大きな屋根の
デザインというものが、一番直接的にひとびとに訴求してくる。
屋根はいろいろな建築的検討の結果、選択されるのでしょうが、
この建物など、大変ユニークな造形を見せてくれる。
寄せ棟を基本にした入母屋ですが、ちょっと寸詰まりなのが楽しい。
日本人はいちばん、寄せ棟というのが心情に似合っているのでしょうか?
寄せ棟は、台風などの風の被害に対して柔構造のような気がします。
まずそういう気候風土に対する適格性があって、
そのうえで、心情的なものが積み上がっていくものなのでしょう。
古民家などでは、ほとんどの屋根が寄せ棟です。
やっぱりこういう空間性には、ほっとするようなものがありますね。
日本人ということを意識させられる部分。
でも、北海道では、なぜか寄せ棟はほとんど採用されない。
たぶん、日本と北海道を分ける最大のものは屋根デザインでしょう。

建て替えの間取り

7283.jpg
写真は先日取材してきた盛岡市のお宅。
岩手県の民間で行っている「エコハウスコンテストいわて」で
大賞を受賞した住宅です。
熱損失係数はほぼ1を切るレベルで、暖房はヒートポンプを採用。
随所に熱環境性能を追求している高性能住宅です。
ということなのですが、
この家は実は老朽化した住宅を建て替えたもの。
施主さんの要望は、なによりも暖かく快適な住宅性能というものだったので、
その要望を最大限、現状で可能な限り実現させているのです。
一方で、暮らし方とか、ライフスタイルとかの面では、
特段意識しないで、設計者と打ち合わせるウチに、
だんだんと、前の家のプランに行き着くようになったということ。
なので、最終的な間取りプランは前の家と大きな変化がないのだそうです。
まぁ、面白い結果にはなったなぁと、
建て主さんと設計者は笑い会っていたのですが、
こういうの、取材しているとときどき見かける事例です。
間取りって、知らず知らずのうちに生活ぶりに溶け込んでいて、
同じ敷地に建て替える場合、間取りを変えないというのは、
ある意味、合理的で「継続性」の面で理にかなってもいます。
せっかく建て替えるんだから、と思う部分もあるのですが、
その家を使っていくのは建て主さん。
生活の仕方、流儀のようなものって、出来上がっているとすれば、
それをあえて変えなければならない、という理由はない。
あさ、起きたらこの方向に行けばトイレがあり、
そこから新聞を取りに行って、居間で新聞を見ながら、
お茶を沸かす、みたいな「生活習慣」は、そのひとがたどりついたもの。
そういう部分にも変化を求めたい、という希望も理解できるけれど、
たとえば、高齢者の場合には
そうした部分に過度な変化を与えない方が「安心感」を持てる。
まぁ、人によりけり、ということもできますが、
案外、こういう継続性の方がいいというケースも多いんですね。

江戸期の婚姻

7282.jpg
きのうもご紹介した「歴史人口学」。
なかなか奥行きがあって、興味深いテーマですね。
そのなかに江戸期の一般的な婚姻年齢について触れていました。
というか、婚姻と言うこと自体についても研究されている。
そういうなかで、江戸期の「小作農」という社会的存在が
日本人の基準的規範になっているというような部分があります。
「伝統的家族観」とでも呼べるようなものが、
実は江戸期の「小作農」を基準とした「家族構成」だとしています。
直系家族を単位とした「家族3世代同居」型の単位が
江戸期に社会の基本因子と規定されたのだ、と。
婚姻率というのも、こういう社会的なシステムが常識化して
「皆婚」に近い率になっていった、というわけなんですね。
それより以前には、婚姻率って50%すら切っているような社会。
小作農にとっては、家族を基本とした労働集団が経済単位にもなっているので、
婚姻は、家を存続していくという子孫づくりの側面と同時に
直接的に嫁としての労働力獲得と言うことでもあったのです。
婚姻の年齢は男性で平均的に27,8歳前後、女性で20歳前後。
一度、このような「常識」が根付いて、
それが長い時間、「伝統」的とまで思われ続けて存続してきている。
現在でも、核家族化の進展はあるけれど、
基本的社会規範としては、この常識が基本になっている、ということ。
このように指摘されれば、ふむふむなるほど、と了解できます。
で、平均的な寿命は40歳前後だったそうなので、
婚姻というものは、都合10年前後ほどの期間、維持されるものだったことになります。
わたしの仕事は住宅を考える仕事なので、
住宅というものの基本因子である婚姻や家族というものを考えるのは大前提。
そして現代が、どのような家族関係に向かっていくのか、
見通していくためにも、こうした視点を持つというのは大変重要。
いろいろ考えさせられますね、ふ〜む。
<写真は近所の公園の様子>

歴史人口学

7281.jpg
面白い本を発見して見ておりました。
人口から見る日本歴史、ということなのですね。
いまわたしは、どちらかというと平安末期の時期の動乱期の歴史を
いろいろに興味を持って見ているんですが、
こういうのに掛け合わせてみると実に面白い。
日本の戦争、土地争奪の歴史って、
織田信長がはじめて(といわれている)専従の軍事組織を作るまでは
兵農が一体で、分離不可能という状態だったのだろうと推定できる。
古代の頃の戦争にしても、兵は募兵が基本。
ということは普段の仕事は別にある人間が「いくさ稼ぎ」で駆り出されていたのが実態。
そしてその多くは、農民の次男三男ということだったのだろうと推定できる。
そういうひとびとを練兵して、戦場で使ったのでしょう。
平安末期の戦争の兵の実態を調べた本などでもそのあたりが見えてくる。
兵隊の数というのは、どうもいい加減ではあると思うのだけれど、
それにしても、富士川の合戦〜関東に武権を樹立した頼朝軍が対峙した
平氏の側の「朝廷軍」が12万人とか書かれている。
それに対して、この人口学の本によると
その当時の日本の人口が全体で680万人ほど、となっている。
実際には現地周辺での募兵が大きかっただろうと思われるので、
東海地域で見てみても、総体で43万人あまり。
女子ども、老齢者もいるわけで、そう考えたら
この当時の「戦争」って、いったいどういうものだったのか、
色々に興味深いものがあるのですね。
確かに政治軍事貴族たちの争乱ではあっただろうけれど、
そういう意味合い以上に兵站や運輸、兵糧の提供などなど、
現地にとっては、たぶん一大ビジネスという側面はあっただろうと思われる。
現地の人間にとっては、どっちが勝つとか負けるとかはあんまり関係なく、
誤解を恐れないで言えば、
いわば公共事業的なものでもあったのかも知れない。
昔は、「家」単位が基本の社会であって、
たとえば戦死しても、家が存続して行くことの方の価値観が大きかった。
個人の死というものの考え方がいまとは違う。
そういう「無常」感に、仏教という宗教も拡大できる素地があったのかも知れない。
というような次第なんですが、
この人口学って言う物差しで、歴史を見ていくって
ものすごく大切な視点を提供してくれるようですね。
考えてみれば、経済が、700万人程度の人口とその程度の生産段階での争いなんですね。
で、一般大衆はたぶん、ほとんどが明日の生活のことしか考えられない社会。
どうも、かなりのリアリズムが見えてくるような気がします。

旬の毛ガニ

7280.jpg
友人に北海道オホーツクの雄武町出身者がいまして、
かれから、おいしい毛ガニのことを情報で仕入れております。
毛ガニが一番おいしいのは、流氷海明けから、今の時期なんだとか。
風味・味わい・身の締まり具合など格別。
ということで、友人たちとこの時期、
「かにを食う会」というのを企画して、連年続けております。
きのうはその上、50を半ば超えて再婚した友人のお祝いも兼ねておりました。
ということで、20人ものパーティになりまして、
にぎやかに楽しみました。
で、かにであります。
大きからず、小さからず、500gというほどあいのが
一番おいしいと言うことなのだそうです。
食べるその日の朝に、送ってもらう浜ゆでのもの。
冷凍などはしていないのですね。
氷などで自然に保存させながらなので、風味が損なわれない。
雄武町の畠山水産というところから送ってもらうものです。
毛ガニを食べ始めると、みんな無口になります。
ひたすら、身を取り出すことに集中するから、没頭するのですね。
おいしいものに無心になれるというのも、いいのでしょうか(笑)。
雄武出身の友人は小さいときから、
おやつが毛ガニだったというヤツでして、
食べ方はまさにプロ級(?)。
色々教えてもらった割り方で、たのしく味噌から足先まで、みっちり楽しめました。
やっぱり旬の味わいは格別です。
オホーツクの海のうまみがぎっしりと詰め込まれていて、
飽きが来ない味わい。
500gというのも、腹ごたえの面でもちょうどほどよい。
おいしい酒が、より一層うまさを引き立ててくれます。
都合、1時間ちょっとくらいの至福の時間を楽しめました。
毛ガニ、旬の時期はもうすこし、ということ。
おいしいことは太鼓判を押せますね。
ということで、本日は食の話題でした。ではでは。

花盛りの散歩道

7279.jpg
いま、札幌では、
っていうか、散歩道ではなぜか八重桜の満開です。
だいたい、早朝1時間ちょっと歩くのですが、
コースの折り返し点近くにはこの桜並木。
八重桜はいちばん肉厚な花びらで豪華さが引きつける。
四月は異常な暖かさが続きましたが、
五月になって、やや季節感が落ち着いてきた感じでしょうか。
ここのところ、寒さがぶり返してきていて、
けさはクラブ活動で出かけた坊主も
カイロをしのばせて出かけていきましたです。
日射しは柔らかいけれど、
空気は冷たい、北国らしい五月の陽気と言えましょうか。
きょうはこれから、
友人の結婚を祝う会をする予定です。
って、まぁ、再婚なので、気の置けない友人たちで
ささやかに再出発を祝ってあげようという会。
その会に先立って、オホーツクの早春の味、
毛ガニを食そう、というのも、いっしょにやる予定。
まぁ、どっちがメインなのか、よくわからない会なんですが(笑)、
女性は単身生活でも生き生きとしていられるけれど、
男性はなかなか難しい。
そういう意味では、再度の縁があって本当に良かったね、ということです。
というようなことで、本日は内容のないブログで申し訳ありません。
ではでは。

馬を見に行く

7275.jpg
久しぶりに「競馬場」というのに行ってきました。
昔はときどき(汗)行ったことがあったのですが、
まぁ、さすがに最近はギャンブル系はとんとご無沙汰。
っていっても、ギャンブルが目的ではありませんで、
坊主が「馬を見たい」ということで「ばんえい帯広競馬」に来たわけです。
そういう目的なので、競馬場の出入り口手前にあった
「馬の博物館」みたいな建物にふらふらと・・・。
写真は、そこのなかで「馬の歴史」みたいなスライドショーがあって、
その一コマ。馬の先祖の動物、なんだそうです。
後ろ足なんか、ちょっとネズミの足に似ていなくもなくて、
きっと体高も低くて、小動物と言えるくらいだったのかも知れませんね。
そういう、まことに勉強になるところを抜けて、
いよいよ、競馬場ですが、
一日5レースとかで、到着してから1時間ほど開始まである。
7278.jpg
で、ふと見ると、
「ビギナーのための案内所」みたいなのがある。
最近の馬券って、マークシート方式で自動販売機で買えるのですね。
なので、記入の仕方を教えてくれている、ということ。
「で、アタリ馬券はどう買えばいいのですか?」
ってとぼけて聞いてみましたが、
残念ながら、そういうのは「わたしにもわかりません(笑)」ということで。
やむなく、お馬さんをパドックに見に行く。
わからない。
しょがないので、タダでもらった出走予定表と、オッズ掲示板をみながら、
人気を見て、馬券購入するお馬さんを3頭選定。
で、くだんのマークシートに記入。
そうすると自販機から馬券が出てくる。
わからないし、適当なので、購入は100円券で2枚、200円。
こういう少額のでもいいのですね、最近は。
レースが始まって再びびっくり。
なんと、途中で停まっちゃうんですよ。
障害の坂が3カ所ほどあって、そこを超えるのに息を整えて
一気に登るのですね。
さすがに人気の馬は力強く乗り越えていきますが、
何頭かは、いちばんの山場でへたり込んでしまうようなのもいる。
立ち上がれなくなって、重いソリを外してもらうようなのまでいる。
っていうようなようすが、間近で展開していて、
馬券がどうこうよりも、馬がかわいそうになってくる。
レースの結果はそっちのけで、
さぼっているのか、反抗しているのか、の馬の方が心配になってきます。
っていうような体験で、都合400円ほどの投資でしたが、
めでたくオケラということで、
嵌らなくてすんでホッとしております(笑)。
負け惜しみですが、それよりも、馬の人間くささ(?)に
わが身の境涯なども重ね合わせるような気持ちになってしまった次第(笑)。
まぁ、お馬さんも大変だ、という体験でした。

売上目標を持たない企業

7277.jpg
六花亭本店の正面壁面に張られていた告知です。
「吉野家に学ぶ」と題されて、発表されていました。
吉野家は米国産牛肉の輸入停止発表の時点で、牛丼の販売を休止しました。
「早い、安い」というキャッチフレーズの企業ながら、
その企業姿勢には、うなずく部分が大きかったと思います。
米国産牛肉というよりも、牛丼としてのうまさを追求していったら、
ある特定部位の牛肉に行き着き、
それが入手できないということになって、代替を考えられなかったということなんですね。
いや、「考えなかった」ということでしょう。
当然売上はまったく低下する。
吉野家は苦しかっただろうと思います。
それでも、あえて、代替牛肉を使わないで、豚丼やらのメニューで
なんとか乗り切ってきた。
多くの消費者は、こうした姿勢の吉野家をどう評価したのか?
一消費者としてのわたしは、けっこうその後も足を運んでいました。
新聞などのメディアも、好意的に「吉野家の業績」などを掲載していましたね。
米国産牛肉問題では、こうした吉野家の姿勢に米国は感謝すべきだと思いました。
今日、国内産のバターが生産量の低下に追い込まれているとか。
お菓子屋さんとしての六花亭にとって、
こういう事態って大変な事態だろうと思われます。
で、六花亭としては入手できる納得できる品質のバターの総量の範囲に
生産そのものを少なくします、と宣言しているのです。
そして、食に関わる企業として、
「売上目標を持たない」というように自らを規定していたのです。
売上目標を持たない企業。確かに、今日の右肩下がりの経済、
人口減少社会での企業活動を考えれば、そういった考え方も理解はできる。
しかし、企業とは常に最大効率を求める存在でもある。
このような宣言を生み出す企業の論理はさてどういったことになるのか?
経営の指針は、いったいどう考えていけばいいのか?
場合によっては、外部の株主から訴訟だって提起されかねない。
こういう宣言を可能にして、しかも企業存続させていける
そういう経営方針って、どのようなものなのか、
ふと一枚のこのメッセージペーパーに目が釘付けになって
深く考えさせられてしまった次第です。

中札内美術村

1562

十勝といえば、やはり六花亭。
お菓子屋さんですが、地場産業として有力な企業。
もともとは札幌の千秋庵さんの十勝での別会社としてのスタートらしいのですが、
いまでは、堂々たる北海道を代表するような企業。
お菓子に文化性を盛り込んで、それを楽しませるような姿勢がすばらしい。
わたしが一番、感激したのは「ひとつなべ」というお菓子。
これは変哲もない、なべ状のモナカの中にあんが入っているお菓子なんです。
でも、そのネーミングに込められた物語がいい。
十勝は、晩成社という民間の開拓団が入植した地域なのですが、
国からの支援もなく、まさに自力更生のイバラの道だったそうです。
お金もなく、希望だけを持って北海道の大地に挑んだのですね。
そういうひとたちには、たくさんのお鍋を持参するゆとりがなかった。
で、開拓に必要な家畜もいっしょに連れて行った。
なべは、一家にひとつしかない。
しかたなく、ひとも家畜も「ひとつなべ」で食事を作って食べた。
そういうことを今でも忘れないように、という意味でお菓子に名付けた、
ということなんだそうです。
十勝のひとからこんな話を聞いたんですが、
ちょっとうつむき加減に話す、そういう語り口にも、
心打たれる部分が感じられて、素朴な風合いのお菓子に感動したのです。
で、やっぱり、そういう名付けのお菓子を作る企業姿勢に親近感を抱かされる。
その六花亭が運営しているのが、この写真の中札内美術村。
中札内の道の駅から5分ほどの場所にあります。
この美術村は、広大な柏の森の中に美術館が点在しています。
現在は4つの美術館と、食事のできるレストランなどがあります。
十勝でも大変好きなところで、何回か来ています。
今回は中谷有逸さんという地元の画家さんの風景画の一品に感動しました。
のですが、ここは一番ステキなのは
ゆったりとした柏の森を周遊しながら美術鑑賞する、という仕掛け。
「この森、美術館をわざとこんなところに作っているの、いいね」
というような坊主の感想でしたが、
やっぱりそういう部分は、誰にもわかりやすい。
背景としてのこの森は、美術品との出会いをさらに豊かに演出してくれる。
ちょうど、去年の枯れ葉が冬を越して残っている様子。
木でデザインされた小道も、脚にも目にもやさしくて
気持ちのいい時間を作り出してくれている。
六花亭では、この木の道をモチーフにしたチョコレート菓子も作っていました。
自分たち自身で、ブランドを作っていこうという姿勢に
いつもながら、畏敬の念を感じさせてくれます。