
サラリーマン川柳であります(笑)。
昨日、愛機のMacBookPro15を使用中、
また以前の悪夢のような事象が再現されてきました。
写真のように画面がヨコにずれる、見にくいかも知れませんが、
左側の2割ほどのが画面が右に表示される。
表示が微振動してブレ続ける、不意にブラックアウトする・・・。
どうも普通にWEBブラウジングしていて、発症してくる。
Appleに送って見てもらってから1カ月近くですが、
その間,特段の不具合も出てこず、一過性かとも思えていた矢先。
しかし、こうまで再現性がある以上、
これは本格的な対策を施す必要性がある。
買い換えを考えるか、というところであります。
しかし、SSDの大容量化は、なぜかなかなか進展しない。
いま使っている1TBのSSD程度は標準で装置して欲しいけど、
Appleでは、まだ500GBタイプに止まっている。
もう1年以上もこんな状態のような気がします。
これまでのアップグレードと比較して今の状況はどうも・・・。
ということなので、どうしても新製品への買い換えには躊躇する。
なんですが、今回は落ち着いて以前、バックアップ用に用意した
同時期発売のMacBookPro13を再度引っ張り出してきて乗り換え。
データのダイエットにも取り組んで200GBくらい減量した状態。
バックアップもきちんとやっていたので、スムーズに対応。
ただし、やはりメモリが8GBではやや力不足を実感していたので
PCショップで16GBサイズまで換装してもらいました。
これは大正解でパフォーマンスかなり改善しておりまして、
なんの動作もすべてキビキビ動いております。
本日から出張で青森まで移動して、
明日朝のアポイント用件を片づけるのですが
この持参するMacが15⇒13とサイズ・重量がコンパクトになって、
なんかすっかり軽々とした印象になっております。
年を取ってくると、なによりも画面サイズと思っていましたが、
いまのところ、画面の狭さによる違和感はほとんどない。
それ以上に、持ち運びのラクさはなんともいい。
どうも体感的には、半減したくらいの印象であります。
長時間の持ち運びを考慮すると、
このPCサイズダウンはいい作戦かも知れません。
で、この13インチに慣れることが出来るのであれば、
今後の乗換計画も選択肢がぐっと広がってきます。
当面はこっちの環境に慣れるようにして、
旧環境の15インチの方は時間を掛けて修復し、使いたい。
たぶん、メモリに起因するのではないかと推測しています。
ではでは、軽いパソコン持参でルンルン出張です(笑)。
Posted on 11月 23rd, 2015 by 三木 奎吾
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今回の東京出張で見学できた建築であります。
隈研吾さんは、温暖地域の建築家としては
いちばん親近感を持てるタイプの建築家であります。
一度、北海道に建てられた「メム・メドウス」での実験住宅を見学して
その空間にはかなり魅せられた記憶があります。
その後、神楽坂の商業施設にはあまり面白みを感じませんでしたが、
最近、オリンピックのメインスタジアム設計競技で
伊東豊雄の対抗馬として注目されていますね。
個人的にはぜひ、隈さんに建ててもらいたいと思っております。
この根津美術館って、当然地名としての「根津」を想像していたので、
所在地が表参道と聞いて「あれ」と思いました。
どうやら、根津というのは人名からだそうで、
オシャレな商業施設ビル群の先に立地していました。
エントランスがたいへんすばらしい。
通りに面したエントランスから、入り口まで回遊動線があり、
そこを建物側は竹の連続する壁とし、
大きな庇が通り土間を包んでくれていて、
その外縁には黒い玉砂利が区切るようなエリアを構成している。
植え込みは個性ではなく,集団美としての植栽が担っている。
まことにここちよい視覚体験に導かれるように入り口に招かれていく。
内部も、みごとな大屋根が全体を囲む空間になっている。
雨が降っていたので、みごとな庭は鑑賞できませんでしたが、
大屋根までの吹き抜け空間からガラス越しに、
美しい庭園が眺望として飛び込んでくる。
抑えた照明設備もあって、目にもやさしい空間が広がっています。
展示に向かって「よし、見てやるぞ」という気分を盛り立てている。
まぁ展示は、日本画の中から「物語を描く」という
企画展示でしたが、全体として求心的なたいへん見やすい美術館。
都心にあって、やすらぎのある空間を造形していました。

一方、東京出張から帰還すると
人混みへの忌避感がハンパでなく襲ってくる。
そういうことで、昨日は北海道の中でも寂寥感を味わいたくなって
石狩市浜益の浜益温泉に日帰り入浴してきました。
あんまり天気は良くなかったのですが、
寂寥感を味わうには、ちらついていた雪も、またいい。
で、温泉に入っていたら、おあつらえ向きにしんしんと降ってきた・・・。
雪が降ってくると、圧倒的な「静寂」が訪れてきます。
この静寂が、ある圧倒されるような空気感で迫ってくる。
北国人には、かならずある体験記憶であります。
季節の最初の扉のまえで、凛とさせられる無言の時間。
こういうオンオフの繰り返し、
西行や芭蕉さんもここまで極端には味わえなかっただろうと思います。
現代に生きる人間だけが味わいうる一種の一期一会的な体験ですね。
まことに気分のいいリフレッシュでした。
Posted on 11月 22nd, 2015 by 三木 奎吾
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今回の東京出張、ようやくきのうで帰還してきました。
主に住宅関係の用件が大きかったのですが、
最後は北海道が首都圏で開催している表題の求人フェアに参加です。
わたしどものような中小零細メディア企業にとっては
人材というのは、もっとも肝要な部分であります。
ことしはとくに組織体制と人の変動が重なったので、
やや長期的な視点から考え直す機会になっておりました。
地方自治体としての北海道としても、中小企業の人材問題は
今後の非常に大きなテーマで、取り組まれてきている。
そういうことで、参加させていただいた次第です。
参加されていた企業は20社と言うことでしたが、
それぞれ、人材獲得には並々ならぬ努力を傾けられている。
顧みて自分のことを考えると、戦略的であったかどうか、
まことに深く反省させられる部分があります。
しかしながら、これからの時代には、
発展するアジア経済圏のなかでの北海道の位置付けでも
多様な人材が求められていくことは明らかだと思います。
ことし、補強した人材は北海道以外からの人ばかり。
そのような時代の変化がわたしどものような中小零細企業にも
押し寄せてきている表れであるのかも知れません。
また、わたしどもが一番関係する業界である建築関係でも
これからは日本人労働者ばかりではなく、
アジア圏を中心に、より多様な人材構成に変化していく可能性も高い。
そういう意味でも、より柔軟性を高めていく必要はあると思います。
企業としてはそういった多様性を確保することが
あらたな可能性の発掘につながっていく部分もあるだろうと思います。
また地域としての北海道は、
ことしの海外観光客入り込み数でも、日本全体の中で
10%を超えて海外からの人気を獲得している。
そういった日本のなかでも特異的な地域としての潜在力を
地域経済力としても活かしていく工夫が求められると思います。
それこそエトランゼの人材が求める地域の中での多様な職種として、
地域に根ざした出版・情報メディア企業という存在を
大いにアピールしていかなければと思う次第。
そうした活動が、オール北海道の魅力向上につながるのでは。
きのうは、限られた3時間ほどの時間でしたが、
少数ながら、たいへんユニークな方とも接触できて
大いに意を強くさせられました。
ということでしたが、
このイベントは急遽参加が決まったので、
帰りの飛行機を予定変更で、最終便のその後の臨時便。
3連休の前日金曜日と言うことで、
ほかの便も全便が満員寸前という「特異日」。
ということで、要約札幌の自宅に帰り着いたのは日付の変わった時間。
さすがにやや、体力的な疲労感に包まれておりました(笑)。
しかしこれからも、年末進行でいろいろ多忙状況が続きます。
みなさんも、体調管理にはくれぐれもお気を付けください。
<写真は、大好きな浜離宮・中島茶屋のショット>
Posted on 11月 21st, 2015 by 三木 奎吾
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他社メディアの主催なので、やや遠慮がちではありますが、
しかしそういう部分は地方雑誌ということで免じさせていただいて
昨日、東京ビッグサイトで開かれた最終審査の様子を
取材させていただいてきました。
こころよく取材させていただいた
(株)エクスナレッジ・建築知識ビルダーズ木藤編集長に感謝です。
「日本エコハウス大賞」というのは、ことしはじめて制定された賞で
東大の前真之さんや、西方里見さん、松尾和也さん、伊礼智さん
という選者を見て、おおむね賞の趣旨は理解出来るもの。
日本でもこういった方向での全国的な住宅の賞ができるようになった、
そういった興味を強く持った次第です。
ただやはり賞の趣旨についてはまだ、必ずしも明瞭とはいえない。
住宅の省エネ性能ということの意味合いでも
いろいろな考え方があり得るし、
先行する省エネ住宅の賞などでも、選考趣旨は難しい。
応募作は全国から60数点ということでしたが、
ある意味、ずっとこうした大枠の設計要件で家づくりを進めてきた
北海道からの応募はどんな状況だったのかも不明でした。
そもそも「エコハウス」という言語への認識すら、
選者のひとり、前真之さんが言っていたように、まことに抽象的。
どうしても住宅性能とデザインの「バランス」という部分に
選考ポイントはなっていかざるをえない。
っていうようなポイントはあったわけですが、
しかし、最終の公開選考という形式はすばらしいし、
会場参集者からの評価も反映させたのも良かったと思います。
また、公開された各プレゼン者と選考者のやり取り自体が
この賞の意味合いを徐々に決めていくということになっていた。
であれば、ぜひ公開される話し合いを聞いておきたいという
こんな「取材意図」に、賞の運営自体も叶っていたと思います。
最終選考に残った住宅作品はそれぞれに
興味深いものでした。
結果、秋田県の「もるくす建築社」さんの「開放された北国の家」が
会場投票、審査員投票とも一致して
栄えある第1回の賞に選定されました。
わたしどもともご縁のある東北の住宅企業が選定され
まことに喜ばしく思った次第であります。
受賞者の佐藤さんは、まずこの建物を建ててくれた
施主さんや、いっしょに作り上げてくれた施工の仲間への
感謝を第1に話されていましたが、
やはり家づくりとは、こういう関係の中から出来上がるもの。
住宅建築とは、その地域がよき「ものづくり」を涵養していく
基本になっていく営為であると思います。
印象深く聞かせていただいた次第。おめでとうございました。
Posted on 11月 20th, 2015 by 三木 奎吾
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昨日既報の件、ようやくUSBケーブルを入手して
カメラのデータを移行させることができました。
なんですが、これもちょっと紆余曲折がありまして、
最初にインターネットで調べていた品番を店員さんに教えて
購入してきたのですが、そのときには、
たまたまうカメラを持参せずに、接続は確認していなかった。
店員さんの専門知識を信頼した次第ですが、
実はそれが間違いで、いざ昨日の夜、宿泊先ホテルで接続させたら
なんと、接続の口が形状が違っていて合わない。
間違いと気付いたのが夜の9:30。
幸いホテルが浅草だったので、大急ぎで10:00までやっている
秋葉原のヨドバシカメラにタクシーを飛ばして行き、
ようやく口を実際に確認して購入してきました。
けっこうな綱渡りという次第でした。
そんなことで、まだ写真の整理整頓はそれほど出来ていません。
埼玉の工務店グループの中でもたいへん研究熱心な
佐藤工務店さんが国交省のモデル事業に応募して建設した
モデル住宅の見学であります。
エントランスの植栽にケヤキを植え込んでいて、
しかもレンガを外装に使った雰囲気のある外観。
「県産材使用」が義務づけられた国交省助成事業ですが、
埼玉県産という樹種を特定して入手するのは
かなり困難が伴ったというのが実際だったそうであります。
地元の木材流通体制は、各地方流通事業者でレベル差がある。
で、この建物では土間床コンクリートを施工している。
そこに建築廃材を熱源とするボイラーで湧かした温水を
土間床暖房として加温させている。
お話を伺った当日も、朝2時間加温させていたそうですが、
その熱が蓄熱されていて、夜17:00過ぎにも
熱すぎるくらいの暖房熱が感じられていました。
この家では、「実測Q値」という東大の坂本先生考案の
装置による測定も行われていたそうですが、
こうした土間床コンクリート暖房装置では
実際の断熱施工による計算値よりもはるかに優秀な数字が
表示されるのだそうで、北海道の次世代基準に迫るような
1.7レベルの「熱損失計数」が測定されたそうです。
ちなみに埼玉の次世代基準は2.8。
土間床の蓄熱容量を活かしたこういう温熱環境を
実際に体感してみると、この土間に太陽熱を
効率よく蓄熱させれば暖房負荷はクリアしそうな気がします。
冬場は太平洋側気候地域の日射取得がたっぷりあるので、
無暖房住宅も計画できるのではないかと。
こういう温暖地ほど、しっかりした断熱気密さえやっておけば、
ほぼパッシブなエネルギーだけで暖房負荷をクリアできそう。
逆にそういったアプローチでユーザーに訴求すれば
かなりインパクトはあるのではないかと思われました。
Posted on 11月 19th, 2015 by 三木 奎吾
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さて、きのうから東京に来ております。
北海道の工務店グループ・アース21のメンバーによる
本州地区の工務店グループとの視察交流であります。
ちょうどビッグサイトではジャパンホームショーも開催されるので
その視察も兼ねた時期をめがけた視察ツアーです。
昨年から埼玉の工務店グループさんとの交流機会が生まれ
実際の現場も今回見させていただくことができました。
なんですが、わたし、カメラのデータをパソコンにデータ移行させる
USBケーブルを忘れてきてしまった(汗)。
購入するにも、きのうはまったく時間が無かった。
いろいろと気付いた写真を1眼レフで撮影したのですが・・・。
ということで、上の写真は同行の方のFacebook投稿からの転載。
本日PCショップ量販店などで購入して
あした以降、この見学の模様をお知らせしたいと思います。
今回は大宮を起点に行動開始でしたが、
わたし単独で、まずはある企業さんにビジネスあいさつで会社訪問。
大宮駅西口から3kmほどの市中心部に近い会社でしたが
タクシーの運転手さんがあれこれと市の情報を教えてくれます(笑)。
西口からまっすぐに2車線道路が延びていたけれど、
ほんの1kmほどでその2車線が途絶え、そこからは
なんとも心もとない1車線の細い道になってしまう。
案の定、交通の流れがスムーズでなく異常に時間がかかる。
普通3kmであればタクシーの時間計算は10分程度ですが、
まず倍はかかるようであります。移動経済効率は残念レベル。
タクシー運転手さんによると、政令指定都市にはなったけれど、
いくつかの市が合併して出来た経緯から
もとの自治体間での、聞くも醜い主導権争いがあり、
その結果、遅々としてインフラ整備が進んでいないのだそうです。
聞いているとアジアの途上国での話かと思えるほどの
利権争いのような現実があるのだそうです。
確かにいくつか見て回った住宅現場でも下水道整備すら遅れている。
700万人を超える人口規模を誇る県であり、
また120万を超える政令指定都市ですが、やや驚く状況。
市の中心地域ですら浄化槽に頼っているのです。
東京の人口集中が埼玉県に波及して
自力での発展でなく、他力での急膨張がひずみを生んでいる。
また交通インフラ、道路整備もまったく厳しい。
ほんの10km移動に1時間近い時間がかかる。
垣間見える道中の道路の無計画ぶりにも、唖然とさせられます。
北海道とは段違いの所得レベルの県地域なのですが
そういった都市計画、地域計画などでは、
ここまで立ち後れていることにビックリさせられました。
そういうなかでの地域経済、住宅づくりというものにも、
こうした点は影響があると思われます。
ここから実際の住宅づくりについて、画像を交えながら、
ルポしたいのですが、なんにせよ、前述のようなこ不手際で(笑)
引き続きあした以降のブログで、ご紹介いたします。
申し訳ありません。ではでは。
Posted on 11月 18th, 2015 by 三木 奎吾
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松島というのは、「日本三景」のひとつに数えられます。
マツの生えた島並がつづく「多島海」という景観が
おだやかな海の景色を生み出している。
縄文以来、日本列島の中でもこの「多島海」というのは、
瀬戸内海地方など、好まれてきたのだろうと思います。
そうした景観美が日本人的嗜好にいたくマッチしたのでしょうか?
縄文文化をゆりかごのように持っている日本人には
なにか深い海への郷愁を呼び覚まさせる存在だったのか、
なぜここが長く、日本人に愛され続けてきたのか、
文化論からも、探求する必要があるでしょうね。
芭蕉さんの諧謔かとも思える俳句には、かれの感受性が見えない。
たぶん、そういった意味合いの方にこそかれの真実はあるのでしょう。
王朝以来の文学世界テーマであったことが、
ある種の虚名になっていること自体は
昔も今も変わっていないのかもしれない。
ただ、考えられるのは、盆栽を楽しみと感じる感受性に
この地域景観は、非常に近いように思えること。
王朝文学世界の独特の「見立て」文化にとって
こういった自然景観には、
多くの仮託するという情動は感じさせたに違いない。
ただ、そういった見立て文化は、その後、
どうも衰勢に向かっているのではないかと思われます。
ちなみに、世界遺産には登録を目指していたそうですが
まだそうした状況には至っていない。
インターナショナルには、なかなか心性理解が難しいのかも。
ただ、周囲に「鹽竈」〜しおがま〜という地名があるように、
この松島湾地域は、縄文時代すでに製塩の盛んな地域とされる。
製塩独自の土器がいろいろな地域で発見もされているそうです。
マツというのは、海岸地域などでも生育しうる樹種。
製塩にはなによりもその条件として、
大量のバイオマス資源が不可欠であり、
それには、この地域はぴったりの条件だったとされる。
むしろ、そういう命を支えてくれた物資へのリスペクトの心性が
岩塩の出ない日本列島社会では、よき景観とされたのかも。
最近、そんな妄想を抱いてきております。
さて本日から東京出張であります。3泊4日の行程。
早朝出発なので、さっそく準備開始であります。ではでは。
Posted on 11月 17th, 2015 by 三木 奎吾
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わたし、仙台で好きな神社は、なんといっても鹽竈神社。
塩竃と書いたりもするそうですが、
まぁこの神社がいちばん好きです。
場所が仙台ではなく,塩釜なのですが、
陸奥国の中心は古くは多賀城国府であり、
仙台が中心に定められたのは、伊達家が防御の必要上から
青葉山に城郭を建設するという経緯から。
歴史的に見て鹽竈神社は「一の宮」という雰囲気が感じられます。
時代によって陸奥国一之宮は諸説があったようですが、
現在はこの神社が、その位置に定まっている。
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)
陸奥国一之宮、旧国幣中社
御祭神は、塩土老翁神(別宮)、武甕槌神(左宮)、経津主神(右宮)。
創建は奈良時代以前と伝えられていますが、詳細は不明。
陸奥国一之宮ですが『延喜式』にその名はなく式外社となっている。
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)が発展してきた大きな要因に
鎮守府としての国府多賀城の存在が大きく、
その鬼門封じの位置にあったことから、信仰を集めたとされる。

で、先日の仙台での用事が終わったあと、
飛行機の時間まで、この神社周辺を逍遙してきました。
年を取ってくると、自分で適度にオンオフを作って行かないと
疲れがたまって体調を崩すようなこともあるので、
ときどき、アタマをからっぽにしたくなる。
まぁもともと、そんなには詰まってはいませんが(笑)。
駐車場から坂道を上って、鳥居に至ると、
周辺に緑地や庭園が造作されていて、
そのなかにごらんのような植栽がありました。
ことしの秋、はじめて「さざんか」を見ることができました。
さざんかか、寒椿か、いまだによくわかりませんが、
この彩りがたいへん好きであります。
そうか、ことしももうさざんかが、という気分が迫ってきて
巡る四季の美しさにうっとり・・・、
と思ったら、その向こうになにやら、ちらほらとした花。
近寄ってみてびっくり、サクラなのであります。
なんでも「四季桜」という品種だそうで、
マメ桜とエドヒガンとの間の種間雑種だそうです。
ジュウガツザクラとも呼ぶそうで、春と秋に2度咲きする。
いわゆる「返り咲き」という次第。
年寄りにはまことにめでたい、かくありたい喜ばしさ。
その返り咲きの見事さに、思わずカラダに力がみなぎりました(笑)。
ありがとう、さざんか&四季サクラ。
Posted on 11月 16th, 2015 by 三木 奎吾
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北海道のひとつのプライドとして
カンディハウス創業者の長原實さんがいます。
長原さんは、家具職人を志してカンディハウスを立ち上げ、
世界的な企業にまで育て上げた立志伝中の人物。
数回はお目にかかっていますが、深いお付き合いはありません。
ただ、高校同期の友人に渡辺直行という友人がいます。
かれはこのカンディハウスの長原さんの後継の社長になり
その後いまは、同社会長を務めている関係から
長原さんは,友人の父親のような存在として
リスペクトさせていただいていた方でした。
その長原さんが1月前に亡くなられ、その「偲ぶ会」が昨日開催。
謹んで参列して参りました。
だんだんと人を送るということが増えてきますが
きのうの場合は、その友人の視線で見させていただいていました。
長原さんと、かれ渡辺君との人間関係の様子が
言葉の端々から伝わってきて、
仕事や人生上での大きな存在との出会いについて
こころのなかで反芻するように聞かせてもらいました。
出会いのときのこと、会社がはじめて海外に進出するときに
入社4〜5年で志願してアメリカ西海岸サンフランシスコに行ったこと。
そんな若造を信頼して送り出してくれたこと。
「すこし出る釘くらいの行動」を積極的に後押ししてくれたこと。
そしていつも反抗するような言動をして、
ハラハラさせていたに違いないこと等など、
まさに父親が反抗的な息子と接して来たような人間関係の件には
まことにほほえましく、また素晴らしいなと感じていました。
そうか、渡辺にとって長原さんというのはそういう存在だったのか、
そんな存在を持っていた友人が誇らしくもあり
また、まぶしく羨ましくも感じたのです。
ひとの寿命、命というのは限りがあり、
自分一個でできることには限界があります。
そうであれば、いちばん大事なのは次の世代を育て上げることでしょう。
とくに創業者の場合には、その魂魄のようなものを伝える必要がある。
厳しくもあり冷徹でもあり、そして暖かみもある
そんな継承が必要なのだろうと思います。
渡辺君はいま同社会長として、次代の後継者も育てている。
自分の先人を看取り、そして次世代にバトンタッチしている。
そういうかれにしか感じていない部分に、
いろいろな想念が沸き起こりながら、耳を傾けていました。
いい会に呼んでいただけたと感謝しておりました。
合掌。
Posted on 11月 15th, 2015 by 三木 奎吾
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インターネットが日常的になって来て、
そこでの「作法」のようなことについて、
日常生活にはルールの無いようなことも生起して来ます。
そんなひとつの事例がきのう、いっしょに仕事している
カミさんとわたしとの間で巻き起こってしまいました。
わたしは出張中で、あれこれの連絡がメールを通して入ってくる。
でその間、クルマであちこち移動もしているという状況であります。
そういう多数のメール処理をスマホでやり取りしていました。
きっかけは、経理事務を担当している彼女に
わたしが取引先からのメールを転送したこと。
いくつかの案件についての支払を早くしたいので、請求書を
早く送って欲しいという、感謝すべきメール内容。
そこで彼女に、その旨転送したのですね。
ヘッド部分に短文での指示のみ書いて送った次第であります。
で、わたしが指示したメールへの返信が来た。
そこには、タイトルに「どれですか?」と書いていて、
瞬間、なんだろうとは思ったけれど、
一番上の書き込み欄には、お疲れさまみたいな本文のみ。
その後ろには、わたしからの送信メールであることを示す表示部分。
移動の合間、たくさんのメールを処理している中なので、
彼女が書き込んだ部分は一番上の、ここだけと判断して
返信の必要性ナシと判断してスルーした。
そうしたら、今度は「Re.どれですか?」と再度送られてきた。
ただ、そのときは食事をしていた時間だったので
すぐには返信せず,食事後、電話を入れた。
「なに言ってんの?」と。
そうしたら彼女はすでにやや切れ気味。
彼女の言うには、最初の「どれですか?」メールの下の方、
わたしからのメール添付であることを示す部分のその下の方に
いくつかの取引の案件、4件ほどをわざわざ記載してあって、
それをわたしが見ないで無反応だったということで怒っている様子。
「ちゃんと全部読んでよ、プンプン」
「え、なにそれ、そんなの知らねえ」というわたしの反応。
わたし、電話中にほかの画面を見るというのは不安であるという
スマホ使用習慣を持つ,古いタイプの男であるのです。
で、と同時に彼女の感情の爆発であります(笑)。
っていうことで、そこからは何が何だかわからない夫婦喧嘩。
まぁそこから先の展開は、ご想像にお任せするとして(笑)
ここでのポイントは、添付部分の下に自分で記載した部分がある場合、
書き出しの部分に、そういった記載をしないでメールするのは
インターネット作法として、どうであるのか、
また、最初の書き出しだけで判断するのは、作法違反であるのか
という2つのポイントであります。
とくにスマホの場合に顕著な問題になりやすいこの点について
みなさんは、一体いかが対処されているのだろうなと
大いに疑問を感じてしまった次第なのであります。
まぁ、こんな悩みはこれまでにはない悩みかなと思いまして
ご意見をお持ちの方、お知らせいただければ幸いです。
まぁその後、平和的に仲直りはしておりますのでご安心を(笑)。
わたしが悪いか、カミさんがよくないか、2者択一でお答えを。
あ、また火に油かなぁ・・・(笑)。
Posted on 11月 14th, 2015 by 三木 奎吾
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