

先日書いた、日本の住宅投資500兆円減失問題。
図は昨年春、国交省が発表した公式資料です。
なんとなく、なぜなんだろうと思っていたことが、公的にも
明示的にアナウンスされたということで、驚愕していました。
そしてこの発表から1年以上経過しているけれど、
このことから論議されるべきテーマは、残念ながら世論醸成されていない。
わたしとしては、このことは本質的に論議されるべき
社会構造上の日本の欠陥ではと思い続けている次第です。
一方で、ちょうどそのころ大騒ぎしていたのが、安保法制問題。
あのかまびすしさに、すっかりこのテーマは覆い隠されてしまっていた。
まことに「日本の言論」の空洞感に絶望していた。
それよりも「経済民主主義」の確立こそが日本の現状では不可欠。
昨年の安保法制論議には、60-70年の安保騒動と重なる部分がある。
あの歴史経緯で結局日本社会は、西側陣営の一員として
国のかたちを選択し、生き延びる結論を下したのだと思う。
しかし現代日本は、60-70年時期の状況とはまた明らかに違う。
あの時代には「持たざるもの」という概念には実感があったけれど、
すでにいま多くの国民は、戦後の経済成長の中で「資産」を獲得してきている。
そういう現実に踏まえて、上の図のような状況に鑑みれば、
住宅資産をどう保全し、将来を確かなものとして
社会を保守すべきかということが緊喫の課題。
そういう意味ではむしろ若い世代の方が危機認識を持っている。
若年層の保守化とは、「日本を壊さないでほしい」という叫びだと思えます。
いまかれら若年層は、親の世代の資産が実は資産でない不安を持っている。
いまの日本人にかなり広範に存在する大きなテーマを放棄して、
いわば経済を無視して、反権力の姿勢に固執だけすることは
多くの日本人、とくに若い世代にとって無責任そのものの態度なのだと。
そういう姿勢の無惨さを鋭く洞察した首都のひとびとは、
都知事選でダブルスコア以上の「判定」を明確に下した。
ぜひ、野党にはそういう非生産的な主張から一歩出て、与党をも覚醒させて
現実の国民が置かれた「資産」半減状況への防衛策を提起して欲しい。
アメリカばかりではなく、世界全体で
住宅投資が半減以下になる国は例がないとされる。
なぜこうなっているのか? 国の将来への悲観論の根底に
こういう不合理が大きく横たわっていると思う。
なによりも「経済民主主義」に基づいて
国民資産を守るための政策論議を大いに戦わせて欲しい。
民主主義で野党が果たす役割は未来を開くというものだと思う。
大きなテーマを提示して社会を発展させていく役割が、きわめて大きい。
Posted on 8月 7th, 2016 by 三木 奎吾
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気がつけば8月。お盆前の慌ただしさであります。
年々季節の巡り方が異常に早まってきている気がする昨今。
札幌にいてもたとえば都知事選挙などで、インターネット時代には
そういった地域間であまり距離感を感じません。
札幌は北海道という広大な地域に
真空地帯のように移植された人口集中地域なのだといつも思う。
それでもたまに、ちょっと足を伸ばして遠出することがある。
そうすると開拓時代からめざしてきた北米的な農業景観が
あちこちに広がっていてくれる。
最近、景観の中でも農的な人為がもたらすものが
注目されてきているように感じています。
写真は倶知安の北部地帯で撮影したもので、
小麦の畑のようですが、考えてみると農業生産って、
生産物がひとの口に入っていのちを育んでくれると同時に
こういった大地に色づけしたアートキャンパスを見せてくれる。
いま農業は6次産業化などといわれていますが、
たしかにこういう景観コントロールをしているという意味では
大変大きな「価値創造」をしているとあらためて強く思います。
どんなアート作品にもできないような感動的光景を
巧まずしてひとに感受させてくれる。
なにげないこういう光景を見ていると
ある回生にも似たような、そんな心象が広がってくる瞬間がある。
やっぱり人類が人類らしくある、いちばん大きな要素は
このような景観を支配する活動を創造したことだと思う。
そして現代生活でも
お盆休暇など、こういう自然の営み・リズムと回生するのがいかにも似合う、
そういう制度的仕組みを人間は作り出してきている。
人類的な営為を見ることで、なにかしら、こころが安らぐモノを感じる。
「夏休み」の匂いが漂ってくるような気分でおりました。
Posted on 8月 6th, 2016 by 三木 奎吾
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しばらく、ネタが住宅関係にばかり偏りぎみ(笑)。
それはそれで当然なのですが、
やはり人間、ゆとりや「あそび」の部分もきわめて大事。
ということで、本日は北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手。
日ハムは、東京からフランチャイズを北海道に移転して、
ファン層の掘り起こしをがんばってきている地元プロ野球球団。
基本の強化戦略として、ドラフトと育成を主軸にチーム作りに当たっている。
東京時代には、ドラフト1位指名選手について
「もし、拒否されたらもったいないから・・・」という、
やや残念な戦略をとらざるを得なかったとされていますが、
北海道移転後は、チームとしての強化戦略自体も明確に
ファンの思いに応える作戦をとってきて
「その年のナンバーワンと思える選手」に、自然体で敢然と向かっている。
ダルビッシュしかり、中田選手しかり、そして大谷翔平選手しかり。
残念なことに拒否されたけれど、現巨人の菅野投手もまたしかり。
ファンとしては、そういうまっすぐな姿勢というのは
たいへん素直に「野球を楽しむ」心情的要素になっていく。
そしてやはり野球って投手なんだということを教えられる。
ダルビッシュ君という成功例を生みだしたのは、こういう球団の姿勢と
そしてこうした金の卵をしっかりと育てる育成方針の徹底があるのでしょう。
不良っぽい行動でバッシングされたダルビッシュに
教育をしっかり徹底するという方針を世間に明示して、
その任に当たった2軍の「寮長さん」が一生懸命ダルビッシュを守った。
その寮長さんが死去されたときダルビッシュが示した真情のこもった対応に
ファンとしては、球団の姿勢に好感を持つことが出来た。
そんな球団に、二刀流というマンガみたいなキャラクターの
素材としてはチョー面白の大谷君を入団させて
たぶん、大リーグ挑戦を内諾した(?)上で、しっかり育成してきた。
ダルビッシュとはまた違ったユニークキャラクターで
まだ表情にあどけなさも残っていながら破天荒な活躍ぶりの大谷君。
数年後には間違いなく大リーグに行くだろうけれど、
いまの活躍ぶりは、これが本当に起こっていることかと
疑いたくなるくらいの、マンガみたいな大活躍の日々であります。
いまわたしたちは、かれの現在を見ているわけですが、
やがてかれが日本からアメリカに活躍の場を移し、
伝説になって行くだろうと考えると、まことにファンとして感慨が深い。
今シーズンは、憎いばかりに強い王者・ソフトバンクに
わがチームは必死に食らいついていく戦いを見せてくれている。
終盤戦に向かって、大谷君の大活躍を目に焼き付けていきたいと
情報に接している楽しい毎日であります。
がんばれ大谷君、がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!
Posted on 8月 5th, 2016 by 三木 奎吾
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上の図表は、平成25年6月の国交省:中古住宅流通促進・活用に関する研究会
での(参考資料)から抜粋したものです。
国の考え方、危機感の所在を想定するのにはいい資料だと思われます。
地価の右肩上がりの上昇が見込めない中、住宅の建物部分が
20年で一律に減価する形では、中高年層の住み替え資金が確保できないが、
建物評価の改善と中古住宅流通促進により、ライフサイクルの中で
住み替え・生活資金を確保(しなければならない)。
戦後バブル期までの「住宅施策」では、
地価の上昇が激しかったので、結果として住宅取得者は経済的に
安定した老後を過ごす資産背景を取得することが出来たけれど、
現状では大きくは地価上昇は見込まれず、逆に地方では地価下落も激しい。
そういうなかで、ニッポン人の住宅資産はアメリカと比べて
対投資金額でみると、残存価値がアメリカではほぼ投資金額並であるのに、
日本では投資金額の半分以下になってしまっている。
戦後日本人の住宅投資は500兆円がアワと消えてしまっている。
アメリカというよりも欧米先進国の常識では、
家に投資してそれが減価するということは、常識的ではない。
ゴーストタウン化している投資目的の中国ですら、
世界の常識に添って、まだ本格的な価値下落はない。
なぜ日本の住宅投資は、こういう現状であるのか?
それは財務省の定めている減価償却の考え方を根拠に金融の世界で
(木造)住宅の価値は20年程度でゼロに(する)という査定が常識化している。
ユーザー側としてはそれが当たり前かと諦めていたら、
欧米ではその「税法的」減価償却の考え方とは違うモノサシで
実は、手が加えられ風格が加わった住宅の価値をこそ最大評価している。
住宅への評価軸がきちんと考えられ、それが社会に根付いている。
一方、護送船団方式で、財務省の方針を金科玉条にする金融機関が
住宅市場構造を基本的に規定してきた、
こうした日本社会の「市場の失敗」を、どう政策的に解決するか、
いま、国・国交省は施策を巡らせ始めているということのようなのです。
ユーザー視点で見て、現状のこういう市場のいびつさには
やはり大きな「国富の損失」を見る思いがしています。
なによりも国民の将来不安の根源にあることではないでしょうか?
こういう国民の資産保護についてこそ、政治は大いに論じ合って欲しい。
スキャンダル追求よりもはるかに本質的な問題でしょう。
野党側はもうちょっと経済の現実に目を覚まして欲しい。日本は不幸だと思う。
Posted on 8月 4th, 2016 by 三木 奎吾
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総務省から、平成26年の全国消費実態調査・「家計資産」結果が公表された。
2人以上の世帯と単身世帯に大きく分けられているけれど、
きょうは一般的な「2人以上の世帯」について見てみた。
「概況」として、以下のような説明。
1世帯当たりの家計資産は3491万円。
前回(平成21年)と比べて97万円(-2.7%)の減少。
家計資産の種類別にみると,「金融資産」及び「耐久消費財等資産」が増加し
「宅地資産」及び「住宅資産」が減少とされていました。
5年前の平成21年度対比で、
金融などが9.7%増加したのに対して、
土地・住宅は、7.6%減少したとされています。
これは「平均」なので、6割の人がその平均以下。
逆に言うと4割の人は、それ以上になっているといえる。
住宅関連の仕事をしていて、
やはり気になってくるのは、土地と住宅のこと。
資産としての平均は、土地が1832万円で住宅が492万円というもの。
戸建て住宅の資産価値が、その初期投資金額がほぼ維持される
アメリカなど世界の普通の場合と比較して、日本では
いまでは平均的初期投資が、2000万円を超えているのに、
住宅としての資産価値下落が激しいという現状をそのままあらわしている。
この結果は、いろいろな要因が絡まり合って構成されているので
変化することはなかなか難しいだろうと思うけれど、
単純に住宅資産がその価値を高められたら、もっと国民の富は増える。
ここで言われている「資産価値」としての住宅価値は
財務省的な資産の減価償却原則で経年積算されてくる考え方。
それが慣習的に中古住宅としての積算根拠にはなっているとしても、
それを超える価値を長く持つ住宅というものも当然、あり得ると思われる。
高断熱高気密という「住宅価値」が一定の認知を得ている北海道で
もうすでに事業を止めているツーバイフォーの草分け的な会社によって
建てられた住宅は、その価値が流通事業者にも認識されていて
市場に出る前に買い手が付いて、いわば市場価格以上に高値で
売買される実績があるとされています。
この情報は、北海道の住宅研究をリードされている有識者からのもの。
国の住宅政策は徐々にこうした方向を目指してきていると信じたい。
その具体化である「長期優良」たり得る住宅の普及と、その認識の一般化は、
なかなか遙か遠き道だとは思いますが、
いま選択可能な未来への投資として、長く資産価値を維持できて
現代的暮らしやすさ機能が減衰しない「よい住宅」の価値認識普及こそが
具体的な日本人の豊かさに繋がるようでありたいと思う次第です。
Posted on 8月 3rd, 2016 by 三木 奎吾
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先日来、なにげに投稿した「床下暖冷房エアコンの設置位置」記事について
たいへん多くのみなさんからの閲覧がありました。
上のスクリーンショットは、投稿翌日の閲覧数ですが
下のスクリーンショットは3日後のFacebook上の「リーチ」数。
ついに10,000を超えまして、関心の強さを感じました。
また、これも日頃からの興味テーマであるZEHについての昨日の投稿にも
たくさんのコメントが寄せられて、それへの対応返信投稿の方が
はるかに本文を上回っておりました(笑)。
とくに、早稲田大学創造理工学部建築学科教授の
高口洋人先生からは、欧米のZEHについて詳細なご教授をいただきました。
以下、要旨です。
〜EUの政策はEU本部で基本方針が決定され詳細は各国が決める。
ZEHの目標値も何を含めるのかも国によって異なります。
大元の法律は2002年に制定されたEUのEPBDという法律。
エネルギー性能の可視化とその提示の義務化を主眼として
ZEB/ZEHの制度化を2020年までに求めています。
つまり各国政府には10年の余裕があった。
日本では2014年の閣議決定が表面的には最初。4年遅れている。
実績ベースなのか設計値なのか? というのはある種の神学論争ですが、
EUが設計値としたのは、対応が新築に限られるという現実的な対応。
EPBDの既築建物の評価も半日程度のウォークスルーでの簡易的な算出。
もっともこの数字と実績値が大きく違うと問題になっています。
アメリカの場合は、建築基準も各州で違いますし面倒なので
実績値で揃えたという印象ですが、投資家が信用するのは実績値なので、
ZEHを市場圧力で普及させるという方針が徹底している。
日本の定義では、NearlyZEHで75%削減。
創エネ義務化ではありませんが、実質的に断熱強化だけでは達成が難しい。
設計となっているのは、確認できるのが確認申請時なのでなっているだけ。
実績値となると所管が変わるという縦割り行政もあるので議論されていない。
いずれにしても「省エネ偽装」的な問題もいずれ起きるでしょうから、
実績値ベースの議論も徐々にされるようになると思います。
しかし研究者の目からすると、パッシブデザインをまず徹底して、
負荷を減らした上で足りない分を創エネで賄う順番に当然なると思うので、
自然志向の設計となんら矛盾しないと思ってしまいます。
PVは板とコンディショナーとケーブル類なので、よほどシンプル。
デザイン的に気に入らん! というのは分かりますが、
ニーズがあればこれから新しい素材やデザインがどんどん出てきますから、
それなりに解消される問題だと思います。〜〜(以上)
という、わたしの書いたテーマを掘り下げた詳細解説的な投稿をいただきました。
まことに、ありがたいご教授と感謝申し上げます。
さらに、経産省のZEHロードマップ検討委員会委員の
九州のエコワークス代表・小山貴史さんや他のみなさんからも多数のコメント。
いずれもわたしの本文以上にはるかに中身が濃い(汗)。
こういう「世論」が起こっていくのは、住宅業界にとって
たいへん意義が深いのではないかと思っています。
ぜひ、わたしのFacebook投稿へのコメント類を参照願えれば幸いです。
Posted on 8月 2nd, 2016 by 三木 奎吾
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図表は国のZEH関連資料を整理していて抜粋したもの。
アメリカやEUが大きく政策としてカジを切ってきている中で、
日本の政策当局が焦りを募らせてきた背景を知ることができる。
そもそもの「ZEHの定義」を詳細に見ると
それぞれで微妙に異なっていることがわかり、視点の違いもわかる。
とくに欧米間で、対象とする「段階」に違いがある。
アメリカではエネルギー利用の「実績値」が評価基準なのに対して
EUでは日本と同様に設計時の「想定値」としている。
また、家庭内でのエネルギー消費の対象として、
アメリカは暖冷房・換気・給湯・照明・家電・調理と全て対象にしているのに、
EUは暖冷房・換気・給湯・照明で、家電・調理(厨房)は除外されている。
どちらの条件設定でも日本はEU基準の方に近い。
あらためて見てみると、2020年という目標年も
世界共通の年限であることが再確認できる。
ただし、アメリカは2008年に、そしてEUも2013年に基準設定したのに
日本は、2015年と時間的に大きく出遅れ、
いかにも「大急ぎ」で取り組んでいる印象が強い。
しかも欧米では「ZEH READY」、すなわち「創エネ」については
機器のさらなる性能進化を促して、設置を必ずしも必須にしない方向。
欧米では太陽光による「創エネ」は必須でないケースが多いのに
日本ではまず太陽光発電設置ありき、という政策誘導になっている。
こうした施策を受け入れる国民意識でも違いが大きい。
お上というものへの感覚も、欧米と日本では違いが大きいと思う。
日本では江戸という時代が涵養したとされる
国民性としての「従順さ」があるけれど、
欧米は主権在民的民主主義が強固で、個人主義が優勢だと思う。
ただし、民主主義らしく決まったことへの真摯さには強固。
たとえばトランプさんが本当に大統領になったら、
かれの志向性からして、この目標の遵守にどこまで真剣か、
TPPへの対応を見ていると、より個人重視型の政策志向が強まるのでは。
こうして比較してみると、アメリカの「運用時の実績」評価に共感を持つ。
この制度設計であれば実際としてのエネルギー削減の方に真摯であり、
一方の日本では、省エネよりも「創エネ」の方でカバーしようという志向が
どうしても見え隠れしていると言わざるを得ない。
またEUの決定構造は不明だけれど、設計時の想定値評価という基準は、
日本国家の財政制度の「単年度主義」による制約という
側面が強いのではないかと思われる。
アメリカのような「運用時の実績」では、複数年度にわたっての
予算執行が不可欠になる点で、日本には似合わないとされたか。
アメリカは長らく省エネに不熱心とされてきたけれど、
取り組むとなったら、けっこう本気になるモノだと思い知らされる。
など、いろいろな想像を持たされる彼我の相違ですね。
Posted on 8月 1st, 2016 by 三木 奎吾
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どうも食あたりのようで、体調がイマイチ、思考が集中できずであります。
本日は、住宅ネタはお休みします。悪しからず。
こんなときには、家族LINEが気が休まってよろしい。
っていうことで、話題は「ポケモンGO」であります。
・・・余談ですが最近、北海道内民放テレビ局の地元番組を見ていたら、
さかんにこの状況を「ポケモン」ブームと呼称していた。
・・・わたしですら、なんか違うのではと思って見ていましたが、
番組の内容自体は、やっぱり「ポケモンGO」のことのようでした(笑)。
インターネット時代、情報や言語の拡散スピードが速くなっている時代、
地方放送局という存在も、なかなか付いていくのは大変だろうと思いますね。
でもまぁ、「ポケモンGO」は親世代のわたしにはサッパリ内容不明。
「世田谷公園にミニリュウが大量に出るらしくて」
「大の大人が昼間っからごった返してる」
「深夜でこんな感じ(上の写真)だから●おかしい」「きもっ」
っていうような状況だそうであります。
で、なぜか、こんな書き込みが・・・。
「父さんやったら強そう」
「めっちゃ歩くし笑」
「たしかにwww
まえに散歩中にリスみつけてたから
ポケモンもたくさん見つけそうだな( ˙-˙ )」 「そう笑」
わたしとしては、なぜわたしが「強そう」なのか、サッパリ不明。で、
「なんで父が強そうなんだ?」と聞いてみた。
「( ˙-˙ )父よ、ポケモンGOはリアルに歩いた距離でレベルが上がったり、
歩き回ってポケモンを探したりするゲームなのだよ」
「( ˙-˙ )たくさん歩く人が、たくさん強くなれるゲームなの!」
・・・「おお〜〜、理解。わたし父、最強」と腑に落ちた。
まさに老いては子に従えであります(笑)。
で、遅れて参加のカミさんから、
「母はまだポケモンしてる人みてない」というツッコミ。
「会社に居ないし、移動は車だし、
今仕事で十勝走ってるけど牛ばっかりで人歩いてないし」
「( ˙-˙ )なるほど…それは見なそう」
というような書き込みで、ほのぼのとした気分ゲットでした。
Posted on 7月 31st, 2016 by 三木 奎吾
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本日はお馴染みのZEH(ゼロエネハウス)情報であります。
どうもわたしのZEH情報発信は、反ZEHアジテーションだという
声なき声(?)が聞こえてきております。
東大・前真之准教授から、トランプ大統領候補のアジ演説と対比した
「トランプ三木」という、わりとお気に入りネームもいただいた(笑)。
が、感謝こそすれ、筆鋒はいささかも影響を受けません。
一昨日も札幌市内である住宅研究団体の会合があって、
講演者の方から会場全体に対して質問が提起され、
「ZEH、好きですか? きらいですか?」という一問一答。
会場の答は、圧倒的に「大っ嫌い」というものでした(笑)。
で、わたしにその後発言の機会を振られたので、お答えしたのですが、
ZEHに対しての違和感を解読すると、
どうも表題のようなことが、突き当たってくるのです。
多くの住宅生産者は、自身のいろいろなマーケティング努力の結果、
ようやくにして個別のユーザーと住宅計画を共同するようになる。
景気が悪くなれば、建て売りのような販売形式にも手を出すけれど、
基本的には建て主さんの思いを汲んだ「注文住宅」受注を目指している。
建て売りは土地の仕込みやら原価の前倒し発生もあって、
ギャンブル性が高く、経営としては注文住宅がいちばん安全率が高い。
基本的には建て主からの注文を極力反映した注文住宅という
「受注生産製造業」なのだと思います。
そこでは自然素材のすばらしさのような志向性が語られあっている。
その会話プロセスで、住宅生産者がZEHについて語らねばならない。
自分自身が本当にそう思えていることしか、相手を「説得」できないのは自明。
どうもZEHへの違和感はそういった場から沸き起こって来ている。
一方で経産省という国の組織は、
「国策」を業界に「指導する」という思惑を持って住宅業界に関わってくる。
エコカー施策推進というかれらの「成功体験」からすると、
製造業に対しての業界全体の方向付けに自信も持っているのだと思います。
ただし自動車メーカーは基本的に工場ラインでの生産管理に基づく製造業。
そこでの生産商品は、事前に入念なマーケティング調査をするとはいえ、
基本的には工業製品として市場に出荷される。
こういう業界と受注生産製造業とでは自ずと生理的構造に違いがある。
このあたりの相違について、経産省側ではどんな作戦を立てているのか、
いまのところは、どうもエコカーでの体験の後追いというイメージが強く、
大手プレハブメーカー寡占化を通しての市場コントロール指向がみえる。
まずは太陽光発電ありき、という基本的方向性では、
家づくりのポリシーの部分で、あまりにもメカ志向が強すぎて
「自然派」の家づくり志向という多くの住宅生産者の方向に寄り添っていない。
ただ「トランプ三木」とは揶揄されてはいますが、
わたし自身はできれば常識的なクリントン派でありたいと思っている(笑)。
こういった違和感をほぐして、本来のエコロジカルな目的に叶う
ZEH推進の方向性をぜひ共有していきたいものと思っています。
大きな流れの中で、よりよいZEHのかたちを考えていきたいですね。
<きのう発信したブログは1日未満で5000人近い人にリーチ。
エアコンという身近な機器が、高断熱住宅に熱源採用されて、
多くの温暖地のみなさんの興味のきっかけになっている実感を持ちました。>
Posted on 7月 30th, 2016 by 三木 奎吾
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写真は先日取材してきた函館市内での地元ビルダー・渋谷建設さんの
ZEHモデルハウスの床下エアコンの様子。
エアコンは筐体上部から吸気して、熱交換して筐体下部から
「暖冷気」を送出する仕組みになっているので、
この設置方法では、1階の空気を吸気して、今の時期だと冷気を
床下に対して吐き出していく。
そうやって冷やされた空気が床下に貯えられ、
それが送出風をエンジンにして「換気ガラリ」から上階に対して
「送風」されて居室である1階の気温を降下させていく。
冬場であれば「暖気」は上昇気流となって上階に供給されるけれど、
冷房運転の場合は、あくまでも「送風」によって上階は冷房される。
肝心なのは、エアコン筐体を囲うように床面レベルで「ふた」がしてあること。
こうすることで空気の流れに志向性が明瞭に与えられている。
ただし夏場の冷房としては、この位置の他に階段上部などに
もう1台冷房用のエアコンを設置して冷房を行うということ。
冷房の効率としては、そっちの壁面設置のほうが効率は高い。
この写真とは違って、1階床下空間「ピット」内に
完全に筐体すべてが置かれている場合、
吸気も床下空間のそれを吸い込んで、冷気を送風することになる。
この場合には、やがてショートサーキットを起こす可能性が高い。
冬場の「暖房運転」では、それでも上昇気流効果の方が高いだろうから
十分に運転が機能すると思われるけれど、
冷房運転では、完全な「床下ピット設置」は運転効率は高くない。
こういったメカニズムについて一昨日、仙台で鎌田紀彦先生に
くわしくご教授いただき、ストンとようやく納得できました。
本州地区の新住協のビルダーさんたちは、
こうした「エアコン暖冷房」について、実証研究を繰り返してきている。
いまは、さらに進んでダクト式のエアコンでちょうどいい小型機が出てきていて、
それで熱交換された暖冷気を、1階床下と2階床下・1階天井間のピットに
「送風」して暖冷房した空気を、それぞれガラリから
室内にゆったりと流動充満させる方式に進化してきている。
こうした進化したエアコンの使い方について、温度環境測定を
東大の前研究室の協力を受けて、測定してきているということでした。
最近注目が集まってきているエアコン暖冷房の手法開発、
これについては、北海道だけではなく全国的な知見の蓄積に
大いに学んでいく必要があるのだと実感させられました。
Posted on 7月 29th, 2016 by 三木 奎吾
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