

2日夜に仙台から札幌に帰ってきて
きのう3日はおかげさまで休日ということでしたが、
温泉や料理づくりなどでゆったりしたあと、夕方にテレビ出演。
といっても、地元ケーブルTVのローカル番組。
「友だちの輪」みたいなノリで紹介〜紹介という情報構成番組。
ある知人の方が紹介していただけたそうで、お話しが舞い込んだ。
ひとりで企画からパーソナリティまでやっている相方の福津京子さんに
振り付けされるまま、人物紹介的なお話しをしゃべっていく番組であります。
あれよあれとという感じで、たのしく話していたら
気がついたら、終わっていましたという状況でした(笑)。
自分自身の過去を振り返って、印象的だったことを
このようにまとめてお話しするようなことって、
あるようでいて、なかなかなかったので、
それはそれで整理整頓がついた部分がありました。
どうもわたしは、テレビとかマンガ雑誌とかのメディア文化が
戦後昭和30年代に一斉に花開いたころに少年期を過ごし、
それがエポック的な出来事の記憶と同時進行してきている。
それこそ力道山のプロレスや、栃若(叔父さんの方)の相撲、
ローカルネタとしては、高校野球での地元北海高校の春甲子園での
準優勝の記憶などが、強烈な体験記憶を構成している。
そういった出来事イメージ拡散型の社会、多メディア時代に育っていた。
その初源的な時期に少年期を過ごして、それに対応するように
個人としての結節点的な出来事も平行してあった。
その後の日本社会が、こういった多メディアを前提としていった
その最初期に人生が当たっていたのだということが、
今更ながら、あらためて振り返らされた次第です。
そういうなかで自分自身の人生としてもメディアを作って生きてきた。
そんななかでふと、世阿弥さんの「面白きこと、めづらしきこと」といった
『風姿花伝』のなかのことばのようなものが想起された。
世阿弥さんは、室町の世に生きて能の原型になった「猿楽」を
創始したとされる人物ですが、
日本社会でメディアというものが根付いていくとき、
結局は世阿弥さんの表した理論が開花していったのではないかと、
そんな想念に駆られていました。単純化すれば、
「面白きこと、めづらしきこと」をどう感受し、表現していくかなんでしょう。
ということで、放送は11月23日初出で
WEBでも視聴可能になるのは11月30日からだそうです。
企画・撮影・編集・掲載まで一人で行い、毎日配信する漢方型メディア
札幌人図鑑 アドレスは、http://sapporojinzukan.sapolog.com/
どうぞよろしくお願いします。
Posted on 11月 4th, 2016 by 三木 奎吾
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やはり歴史のある街というのは、あなどれない。
いつなんどきどこでも、パカッとその深遠な切り口が迫ってくる。
先日、栃木県市貝町での遺跡発掘調査発表会で
大きなインパクトを受けていたのですが、
この機会に、前から気になっていた駅前、東横イン隣の古建築を
ちょっと見たいと見学して来ました。
予備知識は一切なかったのですが、見学してびっくり。
新幹線の時間まで、ちょっとという気軽な気持ちだったのですが、
親切にボランティアの方がご案内してくれて、古建築としての
その奥行きの深さに、思わず新幹線に乗り遅れそうになってしまった(笑)。
以下、概要説明をWEBから要旨で。
旧篠原家住宅は江戸時代から奥州街道口で続いた豪商の住宅で、
1895年(明治28年)に建てられた母屋が現存しています。
外壁には特産の大谷石をふんだんに使い、修復されている内部には
当時のままの部屋や調度品が置かれ、
豪商の豪勢な暮らしぶりをうかがい知ることが出来ます。
広さは一階と二階あわせて100坪あり、母屋と新蔵が
国の重要文化財に指定されています。明治の豪商の暮らしぶりを
今に伝える旧篠原家住宅はJR宇都宮駅前のシンボルともいえる存在。
篠原家は江戸時代末期から醤油醸造業を営み始め、
太平洋戦争後には倉庫業などを営んだ、宇都宮きっての豪商でした。
約2年かけ、当時のお金で3万円の大金を使って建てられたそうで、
至るところに良質の材木が使われています。
100年以上たった今でも、その重厚な美しさは変わりません。



わたしとしては、その外観、主屋の豪放さもさることながら、
1枚目の写真の蔵のなまこ壁の様子に打たれた。
1枚1枚の表情のそれぞれに違う大谷石板が、
美しい漆喰なまこで縁取られて仕上げられている。
そのリズミカルな美観に圧倒される思いが致しました。
モンドリアンの絵画風でありますが、
この美しさは飽きることがなく、時間と日射の揺れ動きで刻々と変化する。
大谷石を切りだし、加工し、その風合いを楽しませるような
職人さんたちの仕事ぶりがまざまざと浮き立ってくる。
人間の手仕事の見事さが、きっとこの「復元」にあたった現代の職人さんにも
丹念な作業を強いたに違いないのだろう、
そういう時空を超えた人間の仕事ぶりに心が波打ってくる思い。
たいへんいいものを見せていただいたと思いながら、
旅の合間の一時を過ごしておりました。
Posted on 11月 3rd, 2016 by 三木 奎吾
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昨日は、スタッフと同行して仙台から盛岡へ。
なんですが、最近のわたしの「日本エコハウス大賞」に関しての投稿、
選者の西方さんからの「北海道の住宅の応募希望」コメントから
発想された北海道と他地域の「相違と対話」みたいなことに
たくさんのコメント、意見が寄せられておりました。
最初の投稿は【日本エコハウス大賞と北海道の住宅】10月28日6:24
と題した投稿で、こちらにはFacebookへのコメントが総数で36件。
さらに、【謙虚にシアワセを実現する「エコハウス」】10月30日 6:47
には、同じくFacebookへのコメントが総数で65件に上りました。
両方を併せると、なんと100を超えるコメント総数。
で、わたしは移動に際してパソコンは持っていなくて
幸いスタッフが運転してくれたのでiPhone画面ではチェックできたのですが、
そのコメントも、超長文のものが多くて小さな画面では
老眼にはたいへん厳しい状況で、
「なにやら盛り上がっている、いやこれは炎上か?」
と案じられるようなことでした。
で、仙台のホテルに帰着して、ようやく1時間ほどかかって
全コメントを確認し、必要最低限のレスを入れたりしておりました。
みなさんのコメント内容は、それこそ百家争鳴的で、
とてもまとまりきれるものではありませんでしたが、
おおまかには、表題のように「北海道と本州以南地域との住宅対話」
とでも言えるような内容で、わたしの対応できなかった時間には
同じ北海道の立場を代弁して知人の山本亜耕さんや丸田詢子さんなどが
適時コメントを入れていただいていたようでした。
こういった趣旨の住宅を巡っての「対話機会」というのは
なかなかなかったのが現実だと思います。
わたしはいま東北に居るのですが、実は
最近のひとつのミッションとして、北海道の住宅断熱技術資格である
BISの講習と試験を仙台で開催するべく活動していました。
おかげさまで各所のご理解ご支援が得られて、来年早々に実現の
運びとなったのですが、北海道と本州地区の技術交流機会をそのように
仕掛けている最中でもあったのであります。
ちなみに、このBISの講習と試験、確定した日程は
2017年1月19日(養成講習会〜新規取得者向け) 9:30~17:00
2017年1月20日(更新講習会) 9:10~12:00
で、養成講習受講者向けの「試験」は、
2017年2月14日(火)13:30~16:00
会場はどちらも仙台市のフォレスト仙台<仙台市青葉区柏木1-2-45>
という次第で実施されることになりました。以下要旨です。
主催/一般社団法人北海道建築技術協会
後援/宮城県(予定)、仙台市(予定)
(公社)日本建築家協会東北支部(予定)
(一社)宮城県建築士事務所協会、
(一社)新住協、住まいと環境 東北フォーラム
協力/(株)札促社(住まいの雑誌Replan) となっています。
東北地域などのみなさんにとっては、
北海道のオフィシャルな立場での「断熱」技術の習得機会。
テキスト自体も北海道の住宅進化経験が凝縮された内容ですので、
技術ベースとして活用していただけるものと思います。
わたしとしては今後ともこうした交流機会を拡大させたいと考えています。
ぜひこの機会をご利用いただければと思います。
Posted on 11月 2nd, 2016 by 三木 奎吾
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さてきのうから仙台で活動中ですが、
ブログ・facebookの方では、日本エコハウス大賞についての
わたしの投稿に活発な意見が交換されております。
まぁ、日本の住宅断熱進化についていま、盛り上がりを見せてきた
本州以南地域のみなさんの動きと、
一方、そういう熱さとはやや距離感のある北海道の作り手の対応で
相互「対話」の機会になっているようなのです。
メディアで生きている人間としては、そういう渦を作るのも
ひとつの仕事、任務とも思っているので
たいへんありがたい意見交換が出来ていると思っています。
っていう展開なんですが、先週土曜日には
栃木県市貝町で発掘された平安期の「豪族居宅」についてのセミナーの
たいへん興味深い中身、その衝撃が強くあるのであります(笑)。
それを強い興奮の熱いうちに書きとどめておきたい。
ということで、本日は住宅談義、一気に時空を超えて10世紀代。
平安京を約500km遠く離れ、相互間距離は1000kmにもなる南北2地点、
当時の日本国家周縁部、会津と南九州で造営された「豪族居宅」が
その設計においておおむねパクっていた事実の発表があったのです。
2枚目の写真は、その掘っ立て柱跡の「設計図」を重ねたもの。
外周部の掘っ立て柱跡は、高床式の穀物倉庫であり、
その配置ではややズレは見られるものの、豪族居宅中心施設である、
「四面庇」という威信性の高い建築はまったく設計図が重なっている。
おお、であります。
この発表は公益社団法人・福島圏文化振興財団の菅原祥夫先生から。
先日このブログで栃木県市貝町で発掘された豪族居宅については
書いたのですが、その詳細発表、背景説明であきらかにされた。
で、先生の推定では、この2つの豪族居宅とは
同一士族である平貞盛の弟が出自である可能性が高いとされていました。
平貞盛とは、939年に勃発し、940年に平定された
平将門の乱を鎮圧した歴史上の人物。板東平氏ですね。
かれの一統が乱の平定によって大きく朝廷から賞され、
全国で「報償」を得たことは間違いがなく、武門らしく当時の緊張地域、
「まつろわぬ」ものたちの地、蝦夷や隼人との国境地帯での
領地利権を得たことが文献記録からも明らかになっている。
考古的発掘と、文献記録の両方から、明瞭な歴史痕跡が重なったのですね。
しかも、両遺跡がほぼ同一の設計プランであったことは、
同一士族として、場合によっては建築技師の同一性も考えられる。
貞盛系平氏一統の家に家人として仕えた建築技術者の存在が
どうも推測可能なのではないか、
そして専門的建築技術者集団が、成立していたのではないか、
そのようなリアリティが、明瞭に像を結んできたと思えるのです。
この時代は、生産されたイネ自体が「貨幣」機能を持っていたのであり、
その結果全国に出現した「富豪の輩」が、墾田永代私財法の発布とともに
急速に荘園開発が加速させていった時代。
租税の厳しすぎた公地公民制度の「公地」から逃亡した人々が、
こうした私有地所有の豪族に、隷属民として、いわば公民から私民に
「まだマシだと喜んで」なだれ込んでいって、
古代的律令国家体制が崩壊し、私有地制の封建社会に移行した事実の
その明白な建築的表現として、明示されたワケです。
歴史と住宅建築の両方に深く関わってきたわたしの興味分野として、
その見事な統一感が得られ、やや興奮していた次第です。
まぁちょっと、マイナーすぎる興味分野でしょうか(笑)。
Posted on 11月 1st, 2016 by 三木 奎吾
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さて、出張で東京に来るのに、余暇時間の過ごし方が
段々と年寄り臭くなってきます(笑)。
まぁ人間、興味分野は変わっていくものであります。
ちょうど東京国立博物館では、禅にスポットを当てた企画展示。
見ようと思って入ったらちょうど、禅トークというのがあるとアナウンス。
禅トークって、要するに「禅問答」と訳せるのじゃないか、
みたいに密かなツッコミ気分を持って聴講させていただいた。
禅の代表的な画と言えば、禅の創始者達磨さんに
弟子入りしたいと思った人が、その腕を切り落として
その修行の覚悟をあらわす件を描いた禅画が代表的とされるのに、
今回展示では、上の写真のようなマンガっぽい「偈」の画が主役に抜擢された。
この絵は、禅をわかりやすく伝教した高僧が描いた禅の本質表現だとか。
相手の心の中を見通すようでありながら、しかしはるかそれ以上に、
明るく楽しい視線であり、またその表情が可笑しい・・・。
そこに今回展示の意義がある、というような、
そういった経緯を「禅トーク」では話されていた。
なんでも有名な絵の方は30億円は下らないが、
この主役の絵の方は、たかだか1,000万円くらいだという、
およそ禅トークとは思えない下世話な話題まで例示されて
でも、禅の本質とは「こころをかたちに」である、その表現だと。
で、その後、展示を見て回りましたが、
こころなしか、この博物館の展示にしては熱気が薄い。
イマイチの反応だったのではないかと、思われました。
禅はたしかに日本文化に深く浸透した文化でしょうが、
やはりその幅広さに、表現が追いつかなかったような印象を持ちました。
今回出張では東京都内のホテルが満杯状態。
で、川崎まで行かなければならなかったので
翌朝はこれ幸いと、川崎大師平間寺に参拝してきました。


こちらでは、朝6:30から護摩を炊いている。
空海さんが、密教思想に日本的な山岳信仰の要素を加えた
その様子がこういう護摩法要には見えますね。
ある結界を作ってそのなかで火を燃やして、印可を唱えるって、
なんとも呪術的で、支配階級層の中でこの真言宗が支持されたのが、
こういう「念力」的な現世利益要素であると見えます。
はるかな現代、わたし的には、大いに楽しく見させていただいている。
態度に於いて不遜なのかとは思いますが、
イベントとしてみていると、相当に面白みがあります。
たぶん、初期こういうパフォーマンスを初めて見たひとは
相当に度肝を抜かされたに違いない、という視線です。
やはり人の心に「刺さっていく」のは、面白きこと、楽しきこと・・・。
ここ数日、ブログでは「日本エコハウス大賞」関連の話題が続きました。
活発な対話が起こっていて、これは有意義ではないかと思っています。
今後とも深まっていくことを期待します。
ということで、本日月曜日は仙台に北上しておりまして、
3日間、仙台事務所で行動して参ります。さてさて。
Posted on 10月 31st, 2016 by 三木 奎吾
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わたしの「日本エコハウス大賞と,北海道の住宅」の投稿に対して
全国各地から、たくさんのコメントが寄せられています。
北海道の立場の山本亜耕さんとかわたしに迫られてくる(笑)。
とくに選者でもある西方さんから、
「北海道勢を呼び込みたいのは単に断熱・気密性能が高いだけではなく、
それをものにすることで建築文化や建築生産の在り方が脱日本化したことです。
良くいわれるデザイン、デザインも
ジャポニカ的な感覚的な空間(松村秀一先生が言う所の
自分らしか意味が通じない空間という言葉)のキレイキレイではない、
論理が通った形態と生活の場です。北海道には北欧やフィランドの影響が、
北東北にはオーストリアフォアールベルクの影響が底にあり、
ガラ携ではなく脱ジャポニカしています。
寒流と暖流のぶつかり合いと混合の場をもちたいのです。
そこから何が生まれてくるのを知りたいです。」
というようなコメントが寄せられていました。
また、賞の主催者側の建築知識ビルダーズ・木藤編集長からも
「以前、三木さんにも投げ掛けたことですが、誤解を恐れず
素朴な疑問としてお聞きしたいのが、北海道の方々は
地球環境やエネルギー問題にも、住宅はあまり関与していない
という見解なのでしょうか・・・? または耐久性とか、建築の普遍性といった
エコにもあまり関心がないのでしょうか…?
高断熱高気密が長年当たり前できた北海道の住宅は、
今、何がテーマになっているのでしょうか・・・?」
という根底的な問いが寄せられています。
どうも、北海道全体に向けられているご意見と思いました。
わたしがそれに答えることがふさわしいのか、疑問ですが、
意見交換の場を作った者として、お答えは考えざるを得ないと思いました。
こういう対話が新しい展開を生むことは間違いないと思います。
そのどちらの問いかけにも、いまの北海道の住宅のありようが
当たり前ですが、そのままの答えなのだろうと思っています。
北海道ではいま、7割までが地域の中小規模の作り手が個別生産的な
戸建て注文住宅を作っている現実がある。
この市場での優位性、「地場力」の強さは全国でも珍しいことのようです。
そしてその地場のなかで厳しい「競争」が起こっている。
そのなかから「地域ブランド」にも似た作り手が育ってきている。
さらにニセコ地区では、世界の感受性に訴求させる住宅づくりでも
そのプレーヤーとしてかれらが参入し成功し評価を得ている。
インターナショナルな評価にも十分に耐えられる多くの作り手が存在する。
また、多くの作り手が全国とくに首都圏からの住宅の受注に成功し、
わざわざ出張して、各地で家を建てている。
東京の著名建築家よりも「仕立てのいい」北海道の作り手を
評価している首都圏以西、以南のユーザーは多いということ。
見てくれでない「デザイン」、着心地ならぬ居ごこちが評価されている。
そういった住宅事例を取材もしています。
東京に出張するたびに、そういう作り手のみなさんと遭遇する機会も多い。
昔、西方さんの言われる「ジャポニカ的な感覚」をありがたがって、
著名建築家に北海道で家を頼むユーザーがいた時代を考えれば隔世の感。
そういった現実自体が、「寒流と暖流のぶつかり合いと混合の場」だと思います。
「東京の設計者にプレゼンで勝つ北海道の作り手」は多い。
あと、木藤さんの疑問にはなんとも答えようがありません。
住宅はあくまでも個人としての営為であり、そのシアワセを追究するのが
作り手の基本的な態度だろうと思います。
エコロジカルであることは、この時代、誰もが思うことであり、
そうありたいと思っているなかで、個人としての家づくりがある。
エネルギー使用それ自体が人類的な罪業であるとまでは思えない。
少量の暖房などへの使用自体は、普遍的なものだろうと思います。
やはり北海道ではことは人権的、生存保障的な側面まで持っている。
いわば謙虚にシアワセを実現したい、というのが基本的態度なのだと思います。
その価値感と、競争的「賞」とはややズレはある。
きょうは、こうした返事のようなことを書いてみました。
きのう夜に返信的にコメント欄で書いてみたのですが、
やや意を尽くしていなかったので、その部分を削除して
お答えになるかどうかではありますが、もう一度、内容を書き直した次第。
ただ、西方さんや木藤さんの提起自体はその通りだと思っています。
大いに北海道の作り手のみなさんは参加を考慮願いたいですね。
Posted on 10月 30th, 2016 by 三木 奎吾
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久しぶりの東京だったので、ジャパンホームショーその他
たくさんの人と会ったりしておりました。
ジャパンホームショーでは2日間でおおゆそ30人くらいの方と
ほぼ「ばったり」、顔を合わせてどこにいるよりもたくさん会話機会を持ちます。
きのう、ホテルに入ってから調べてみたら、
おおむね6割強が本州以南地域の方でしたが、
一方、北海道の方も3割強以上になっていた。
30人の方とほとんどが立ち話とはいえ、1人あたり10分とすれば、
300分ですから、5時間分対話している計算になる。
あのビッグサイトの広い会場でもそれくらい人と会う確率がある。
それだけ、多くの人が情報の摂取に励まれている。
まぁもちろんその間に、セミナーなどでの情報取得もある。
接触機会の意図的な創出と考えると、やはりこういういイベントは
かなり効率がいいと言うことだと思います。
なんですがそういった結果、「歩く運動量」はハンパない。
写真はiPhoneにあるアプリのひとつで計測したわたしのきのうの歩数。
まぁ北海道では通常、4000歩内外で過ごしているわけですから、
東京出張というのはすごい歩数です。
ほぼ3倍から4倍というくらいの総移動歩行数であります。
たぶん東京都内に仕事で普段いる方の2倍くらいは動き回るワケですが、
それを差し引いても、東京でのビジネス的移動環境というのは
いかに健康に適しているかが、わかりやすく伝わってくる。
別に健康維持のために東京出張しているワケではありませんが(笑)、
ホテルに入るとさすがに疲労感はすごいものがある。
首都というのはなによりも情報摂取の場所であると知らされますね。
さて本日は、楽しみにしていた遺跡発掘の発表会。
先般訪問した栃木県市貝町の「寺平遺跡」の調査結果を
発掘に当たられた専門家の方から直接聞くことができる機会。
「古代の豪族居宅の全容が明らかに」というタイトルは
わたしの興味を根深くとらえて放さない(笑)。
現代の住宅論議と、古代の住宅関連論議、
こういう情報摂取の仕方も、たいへん興味の尽きないものであります。
Posted on 10月 29th, 2016 by 三木 奎吾
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きのうは早朝に札幌を出発して、東京ビッグサイトへ。
なんですが、飛行機の滑走路が1本閉鎖と言うことでやや時間遅れ。
10:30開始で「日本エコハウス大賞」の審査が始まっていましたが、
会場に着けたのは、11:10頃という遅刻ぶりです。
まぁ、どうしても「北海道は遠い」。
この「日本エコハウス大賞」を主催されている建築知識ビルダーズ
木藤編集長には、先般の新建築住宅特集「環境住宅」のときにお世話になって
強くお誘いいただいていたこともあり、またジャパンホームショーということで、
取材活動の一環で参加してきました。
賞の趣旨などにはまったく同意するところであり、
また前真之先生はじめ、審査に当たられている建築家のみなさんも、
日頃の活動など、大いに共感を感じている次第です。
大賞選考自体は、わたしどものReplan東北版でもよく取材している
設計島建築事務所さんがみごと大賞をゲットされました。
なんですが、残念ながら時間に間に合わず、設計者の
三浦正博さんのプレゼンテーションは聞いておりません(泣)。
発表されていた住宅については、配布の「抜き刷り」資料に詳細が出ていて
11月27日には「完全版」が建築知識ビルダーズさんから発売されるそうです。
ということで、宣伝協力しましたよ、木藤さん(笑)。
で、きょうの本題は会場で審査に当たった西方里見さんからの
「北海道からの応募参加がたいへん少なくて残念。ぜひ大いに」という発言。
まぁ、耳が痛いというか、木藤編集長からも言われていた件でした。
わたしは出版社ですので、その意味では言われてもしょうがないのですが、
確かにこういう賞の趣旨には賛同していながら、
どうも非協力的な地域であると言われても仕方ないと思えます。
ただ、やはり温度差もあり距離感もあるというのが、
北海道の作り手の実感だろうなと言うのも感じています。
端的に言って、賞のネーミング自体「日本エコハウス大賞」と
銘打たれているけれど、北海道の作り手の実感としては
「エコハウス」と意識して家を作っていないのが正直なところだろうと思います。
確かにエコハウスというコトバの規定要件の大部分は
熱性能的な部分であり、その要素技術についての地域的蓄積で
北海道は他地域とは比較にならないほどの積層を持っている。
さらにそういう「競争条件」の元で長年にわたっての市場熟成も出来ている。
したがって、賞というものが本来果たすべき社会的機能としての
達成されるべき水準への「啓蒙性」において、
その必要段階はすでに遙か以前に過ぎているというのが北海道的実感。
今の北海道の作り手たちが、こうした日本全体の賞を受けようとすると、
その要素技術を探求し格闘してきた多くの先人たちに対しても
臆してしまう、「俺でいいのか」と。
もっと言えば、中央の建築エスタブリッシュメントの側に対して
なぜ高断熱高気密技術に対してそれをまっとうに
評価してこなかったのかという気分が北海道にはどうしてもある。
まぁ、このあたりは「気分」であって、実態的とまでは言えないでしょうが。
ちょうど、選考者の伊礼さんが大賞の趣旨説明で述べていたとおり
「足るを知る」というような気分が、このことについてあるように思えます。
結局、北海道の作り手はいま、
個別の戸建て注文住宅という世界の中で、建て主のシアワセと
向き合って「普通に」丹念に作り続けているように思います。
主観的には「普通の家」であって、エコハウスと力んで作ってはいない。
どうもそういった相違が津軽海峡には横たわっているように思われます。
ただこのテーマ、わたしには深みがあって面白く、追究してみたい部分。
なので、これが結論だとも思ってはいません。
西方さんの提起を受けての「反応」です。
北海道も日本であるのに、ある時期まで「俺たちは所詮は外国なのさ」と
日本に対して無関心でもあったというのは事実なのですが、
でもこれからどうすべきなのか、示唆に富んでいると思いました。
Posted on 10月 28th, 2016 by 三木 奎吾
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わたしは、東北にいるときは比較的に東北道を走っている。
で、PAにはときどきこのキャラのお店がある。
このCM写真にはどうしても、親和力と企画力を感じさせられる。
このこども、年齢的に言って「赤ん坊」とは言えないけれど、
さりとて「少年」とまでは言い切れない時期の男の子。
この辺の微妙な選別には相当に気を使ったことが伝わってくる。
キャラ的には丸顔、というか、金太郎顔ですね。
日本のお伽噺でも男子最強のキャラは、この金太郎さんでしょうね。
なんといっても、金太郎ですから1番に違いない。
ただでさえ、かわいいのに、その子が
超山盛りのご飯に向かって、喜々として立ち向かって行く表情。
そしてそこに無心さが強く感じられる。
いつも、このキャラの写真を見せられる度に、こころのなかの好感度指数が
最高潮ボルテージを表示するのであります。
たぶん全国展開はしていない東北のチェーン店だと思うのですが、
一部北海道でもどこかで見掛けたことがありますが、
業績がどうなのかは、知る由もありません。
また、わたしの扱っている広告事業的対象業種でもないので、
そういったポジショニングとかを分析するのでもないのですが、
このCMディレクションには、いつも同意させられる。
なにか、胸のすく王道っていうような印象があるのですね。
世の中での自社の立ち位置、その「そうありたい」ポジショニング形成で
このCMの制作者には、非常に親近感を持つ次第であります。
さて、本日から再び関東〜東北へと1週間日程の出張。
頑張ってきたいと思います。またこの金太郎ちゃんとも会えるかも。
ということで、時間がない早朝のブログアップなので、
きょうは一発ネタであります。住宅ネタはまた追って明日以降に。
あ、もちろんこの企業の広告をいただいているわけではありません(笑)。
ではでは。
Posted on 10月 27th, 2016 by 三木 奎吾
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さてきのうは、ゴルフのお誘いに久しぶりに参加。
20〜30代の頃は、よくゴルフ行っていたのですが、
最近というか、ここ20年以上は年に2〜3回のお付き合いゴルフ。
ことしは新住協の総会が札幌で開かれたのですが、
9月の初め土曜日と言うことで、いいゴルフ場をおさえることができなかった。
その残念な気持ちを晴らすゴルフ会ということで、
鎌田紀彦先生を囲んで総勢10人で楽しいひとときを過ごしました。
会場は札幌の名門コース・小樽カントリー新コース。素晴らしい。
プロの大会も毎年のように開催され、平坦コースながら距離もあり、
池や深いバンカーなどが戦略的に配置されていて、しかもグリーンが難物。
っていうような、挑戦しがいのあるコースであります。
わたしは、以前はよくこのお隣の小樽カントリー「旧コース」に来ていました。
こっちは北海道最古のゴルフコースで9ホールしかないのですが、
いかにもスコットランドリンクスを彷彿とさせるコースで
本当にゴルフを楽しめるコースです。
会場を聞いて、おお、小樽かという引力に引き寄せられた(笑)。
まぁ、スコアは別にして(笑)、大いに楽しくプレーさせていただきました。
ベスグロでようやく●◎●を切るという、懇親目的のゴルフでした(笑)。

なんですが、やや詰まってきて待ち時間が出来たときに
ふと誰ともなく上空を見上げて
「あれ、なんだあれ?」という声を発した。
見上げると、なんと上空いっぱいに大きな光の輪がぐるっと回っている。
とっさに「おお、札幌でもついに地震雲発生か」と色めき立った。
とてもその全景を1枚の写真に収められない大きさ。さらに、

お日様の方向を見てみたら、ごらんのような「巨人の目玉」。
そんなことで、これがなんなのか不明のまま、Facebookで情報拡散。
現在18時間経過後ですが、「いいね」が134個スタンプされていました。
大体想像としては、太陽光線と雲とのシンフォニーで
奏でられた気象を表すサインであろうとは思ったのですが、
つい「超常現象に遭遇」などとスキャンダラスなネーミングに走ってしまった。
お騒がせ男で、申し訳ありませんでした(笑)。
で、みなさんからコメントをいただいて学習させていただきました。
どうもこれは、「ブロッケン現象」というのだそうです。
Wikipediaの記述では
ブロッケン現象とは、太陽などの光が背後からさしこみ、
影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され見る人の影の周りに、
虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象。
光輪(グローリー)、ブロッケンの妖怪(または怪物、お化け)などともいう。
ということだそうです。
「びっくりして、スコアどころではなかった」
ゴルフ場で見られて、スコアの悪さをこれのせいにできてよかった(笑)。
Posted on 10月 26th, 2016 by 三木 奎吾
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