

大工の人材不足が叫ばれて久しい。
このままでは急激な人手不足によって産業としての住宅建築が
消滅していくかも知れない危機だと言われながら。
しかし、その現実に対しての有効な対応が業界として打ち出せていない。
小学校の生徒に「将来なりたい仕事は?」と聞いたら
いまでも8番目に大工さんというのは出てくるのだけれど、
高校卒業時に聞いたら、まったく圏外に去っているのだそうだ。
たとえ、高卒時に生徒が大工職を希望しても、
進路指導の先生は、なかなか積極的には勧めないといわれている。
そういった現実の進行に対して、社会全体、業界が対処しているとは言い難い。
せっかくの住宅建築という産業機会があっても、
ユーザーが、建物全体まるごとフィリピンから輸入してくる住宅を
いまや、功利主義的に選択したりする。
社会全体が刹那的功利主義に走って、「ひとを育てる」ことに背を向けている。
こうした現実は、最後には社会の破綻を引き起こすことを感じつつも、
日々の「こうした方がトクをする」という選択につい向かってしまう。
どうしたらこういう現実を変えることができるのか、
北海道から、きのうひとつの運動体がキックオフを果たした。
名付けて「大工ネットワーク北海道」。
大工同士がさまざまな情報交換をする企業横断的なネットワークを作り、
職場環境の改善を進め社会的地位向上を目指して活動していくという。
各工務店企業は、それを支える立場、サポーターになっていく。
一石を投じていかなければならない。
きのうは、著名な宮大工・西岡常一氏の弟子である小川三夫氏の講話もあった。
伝統的な職人育成のナマナマしいお話しは深く首肯させられる。
結局、人材育成とは「自ら学ぶ」姿勢を涵養することという。
それには当然「時間がかかる」。促成栽培では成り立たない。
日本の木造技術は木の素性をしっかり見定めることで長く持つ。
写真は、ある古社寺の門とのことですが、
それを支える柱は、その木が育っていたままの「方角」で建てられているという。
南側はこの門の右側に当たり、外部に表面が露出する。
そこに立っている柱には枝を落とした節が荒々しく見えている。
<下の写真は左側が正面西で、右が南側側面>
見てくれ優先でこれを内側にして、反対に無節で「きれいな」面を外側に持っていけば、
すなわち、育った環境とは違う使い方をすれば、
千年も保つ木の力が、二百年くらいでダメになると話されていた。
木を見るということと、ひとを見るということが重ね合わさる。
きのうはこの集まりの前に、病院に行って薬局でクスリを受け取っていた。
そうしたら見覚えのある顔をみつけていた。
わたしの生家が55年前ほどに一部新築したときに、頼んだ棟梁さんだった。
いまは85才を超えたということで、しばし言葉を交わした。
10才になるかならないかの少年時の建築のことをわたしは良く憶えている。
なぜか住宅雑誌を自分ではじめた原風景に、
こうした人との出会いがあったことをマジマジと想起させられた。
不思議な巡り合わせと驚かされた次第。
Posted on 7月 2nd, 2017 by 三木 奎吾
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きのういろいろな木々のことを書きましたが、
そんなふうにウォッチしていたら、偶然ご近所ですばらしいハナミズキに遭遇。
枝振りといい、立ち姿といい、まことに凜としている。
北海道ではあんまり見掛けないので
たぶん、自然状態では存在しないのでしょうね。
あ、本来はアメリカからの輸入種なので、日本列島には自然にはなかった。
下はわが家・事務所のヤマボウシですが、ハナミズキとは近縁のミズキ科。
この紅白の様子はやはりいいですね。
お似合いの夫婦のように見えるけど、やっぱりハナミズキが女性的。
両方を植え込みたくなるのですが、そういうのは植生的にどうなのか。
ヤマボウシにはピンクのヤツもあるらしいのですが、
ウチのにはごく一部の花がピンクになっています。
ちょっとした花芽の個体変異ということなのでしょうか。
どうも最近、自然のなにげない移ろい、
ごく普通の植生の表情に深く癒されるようになって来た。
やっぱり年齢の進行ということなのでしょうか(笑)。
本日からはいわゆる「下期」のスタートであります。
ということからでもないのですが、
家の中で、わたしは3階から1階に引っ越ししました。
わが家は最初事務所兼用だったので、ムダに面積が広く、
ことしの春には沖縄から移転してきた娘夫婦の一時入居があった。
で、1階を引き渡して使ってもらっていたのですが、
いまは新居に越していって、ずっと空室になっていた。
さすがに3階は、この時期になってくると室内気温が上昇してくる。
その点、1階はブロック造のメリットそのまま、
この時期でもまったく温度上昇がなく、非常に涼しいのであります。
・・・ていうか、やや寒いかもしれない(笑)。
温度は20.5度で湿度50%ほどで安定しております。
これから夏場はずっとこの温度環境で推移するので、
非常に快適そのものなのであります。
家の中で、あれこれ季節変化ごとに移動する生活というのも悪くはない。
さて本日は、北海道で「大工」育成のための活動がはじまるキックオフイベント。
取材してきたいと思います。その後は枝打ちなど木々との
楽しい(笑)対話が待っております。
Posted on 7月 1st, 2017 by 三木 奎吾
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十勝の取材時に街路樹の花の白さ、美しさに強く惹かれた。
●イヌエンジュなのだという。十勝の代表的な花だ、という声も聞いた。
〜温帯の広葉樹二次林で普通に見られる落葉樹で林道沿いや伐採跡地など
明るい場所での生育が良好で,暗い林内に群生することはめったに無い。
高さ10m・太さ30cm以上になる。小枝は平滑で堅い。花は盛夏の頃,当年の枝先に咲く。
複総状花序で,約1cmの黄白色の花を多数つける。果実はさや豆状で長さ4~8cm。
幹や枝を傷つけると臭気を放つ。流通量は少ないが北海道が主産地。〜
っていうヤツだそうですが、こういう時期に見たのはたぶんはじめて。
どうして目に付いたかというと、わが事務所前のヤマボウシ、
ことしはずいぶんと白い花が盛大に見られていて、これとすごく似た風情だったから。
●ヤマボウシ〜高さ5~10メートル。幹は灰褐色。葉は対生し、楕円(だえん)形または
卵円形で長さ4~12センチ、全縁でやや波打つ。花は6~7月に開き、淡黄色で小さく、
多数が球状に集合し、その外側に大形白色の総包片が4枚あり、花弁のように見える。〜
近縁種に「ハナミズキ」があり、立ち姿がごく似ているのですが、
北海道ではあんまりハナミズキを見ない。たまに本州で見るとうれしくなる木です。
なんといっても、名前がいい語感を持っていますね。歌手名でもある。
北海道にいて南の地を思うとき、冬の寒ツバキと並ぶ存在ではないかと。
●ハナミズキ〜アメリカヤマボウシとも。北米原産のミズキ科の落葉小高木。
大正初年に渡来。5〜6月,葉に先だって4枚の大きな総包片の中心部に
黄色を帯びた小さな4弁花を密につける。〜
2枚目の写真はことしの事務所前のヤマボウシの様子。
重たげに白い花が咲いて、枝先がまるでしだれてくるかのようであります。
玄関先で下に見えているツツジのピンクと呼応して、
北海道の短い花の季節を、事務所前で彩ってくれる存在です。

一方こっちは、事務所アプローチの様子。
手前側に2本のカツラが見事すぎる枝振りで、深い陰影感を作ってくれている。
こういう「木陰」感を街行くみなさんに提供しています。
わたしは、3才から15才くらいまで、札幌植物園の緑と相対しながら暮らしていた。
毎日、すこしづつ変化する樹相を見ながら生きていたので、
こういった木々の変化に強い思い入れを感じるのですね。
自宅の方では、メイゲツカエデの1本のシンボルツリーを植えていたのですが、
どうも陽当たり条件などがうまくいかなくて、2回枯らしてしまった。
でも事務所の方は、おかげさまでこんなふうに庭木が元気に育ってくれている。
ことしは雨が十分に降っていて、そういう条件はいいようなので、
こんなふうに緑が盛大にいのちを歌い上げているように思います。
さて、枝落としとか、手入れをしなければなりませんね(笑)。
それぞれの樹木と会話しながら、手を入れていくのもメンドイけど楽しみです。
Posted on 6月 30th, 2017 by 三木 奎吾
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十勝から帰還してきました。
毎年数回はこの十勝の住宅の現在のありようを見る機会がある。
特定地域の「定点観測」的な住宅視察は、いろいろな気付きを得られる。
きのうご紹介したような施工過程の様子は非常に学べるのですが、
出来上がった住宅もきわめて興味深い。
この住宅は若い年代のデュオによる建築会社・ウッドライフの事例。
ちょうどわたし的には、家族の集う空間としては
リビングよりもダイニングの方がより現代的に重要なのではないかと
そんなふうに思っていたところに見学できた住宅。
たぶん、いま子育てまっ最中の年代は、夫婦共働きが主流。
そうすると家族がともに時間を過ごすのは、
リビングで会話を楽しむ、テレビを囲んで団欒するというよりも、
圧倒的に、食べ物をいっしょに作って、いっしょに楽しむことの意味が
最大化するのではないかと思っているのです。
このことはきっとテレビの大型化をも促した要因でもあるかも知れません。
テレビ画面がより小さかった時代、テレビ視聴には集中する必要があったけれど、
大型化したことで、より遠景としてもよくなった。
そうすると、食事との「ながら」の方がよりリラックスできる。
まぁテレビの大型化については、こういった要因が
世界的に同時に、相互作用的にはたらいた結果なのでしょう。
とくに労働力不足が深刻化してくる日本社会では
女性も働く割合が今後とも進展していくことは間違いがない。
この家のようなダイニング空間の演出が重要になってくるのではないか。
この住宅の場合は、キッチンが凹型にカウンターで囲まれている。
調理スペースは2人で立ってもなんとかなる広さ。
で、カウンターの幅は100cmを超えている。
キッチン調理カウンターの方も面材はダイニングカウンターと同じ面材。
さらに床材の木質と色合いもそろえた天井仕上げまで施されている。
キッチンシンクもこのインテリアとの調和を優先させて
ステンレスではなく鋳物で構成されていて、
居住性重視で全体がまとめられています。
椅子もプラスチック製品ですが、適度なクッション感があって、
主張せず、リラックスできる素材選択。
なかなかいい雰囲気を作っているダイニング空間だと思いました。
惜しむらくは、置かれていた雑誌にReplan誌がなかった(笑)。残念。
Posted on 6月 29th, 2017 by 三木 奎吾
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きのうから2日間の日程でアース21例会in十勝。
いくつかの予定バッティングもあり、また鎌田紀彦先生の連載記事の
参考事例についての諸連絡事項もあるなか、
十勝での住宅見学を主体とした例会参加であります。
だいたい年に1回は十勝地方での住宅見学が組まれますので、
この例会は注目度が高く、また参加者も多い。
きのうは新規加入希望者も含めて、大勢の参加がありました。
やはり実物の住宅を見学するのは、なによりも面白い。
写真は十勝でも中核的なメンバー・岡本建設の事例。
十勝の方では、基礎断熱よりも「床下断熱」を採用している例が多い。
こちらも床下断熱で施工しています。
ただし、十勝の凍結深度は1mとなっているので、
基礎断熱という意味合いというよりも地面凍上影響防止のためだけに
基礎外周には板状断熱材が貼られてはいます。
この写真は、外壁側ではない「内壁」部分で「気密化」施工しているものと、
一方では気密化せずに内壁断熱材充填のみとしている様子を発見。
「これはどういう意味合いですか」と確認しました。
この気密化施工箇所はユニットバスの場所回り。
ユニットバスは基本的には防水が完備されていますが、
経年劣化などの可能性もあり、万が一の場合に備えて「防水」し、
また、万が一の床下断熱からの欠損に備えて、
その両方に備えてこのように「内壁」まで気密化施工を行っているとのこと。
また、手前側の気密化していない壁はトイレの外周。
こちらは「防音」の意味だけで、気密化はしていないということ。
トイレは風呂とは違い、加温や湿度上昇の可能性は少ないのですね。
断熱材の厚みだけが性能基準になってきていますが、
北海道では基本的に気密化がきわめて重要な意味を持っている。
その手順や要領について、北海道以外ではどのようになっているか、
こういった目立ちにくい性能向上努力についても、
大いに注目していくべきだと思いました。
本日はまだ例会勉強会中という時間の制約もあり、短め投稿。
明日以降まとめて書きたいと思います。
Posted on 6月 28th, 2017 by 三木 奎吾
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先日の東京出張で日本学術会議に向かう途中で
FUJIFILMがやっている「写真歴史博物館」に立ち寄ってみた。
六本木東京ミッドタウンの一角。写真の企業としてメセナ的にやっているようです。
わたしどもも写真表現の一分野としての住宅雑誌であり、
写真の持つ表現力に継続的な興味を持ち続けている。
また個人的に歴史記録はどこらあたりから残されているか、たいへん気になる。
その記録を通してコトバだけで理解していたこととの落差が氷解する。
幕末から明治に掛けて日本各地を撮影した記録は「横浜写真」と通称された。
幕末に来日した英国人、フェリーチェ・ベアトさんは、
日本各地の風景や人物を撮影して、1864年に横浜で営業写真館を開業。
当時来日した外国人向けに解説文付き写真アルバムを販売した。
その写真アルバムの名前が「横浜写真」。
たいへん人気を博したようで、その後、一般名詞になったそうです。
当時は土産用として、文化的価値評価はなかったそうです。
いま見てみれば、当時の「風俗」が明瞭に伝わってきて目を奪われる。
なにやら、当時日本人にはありふれた存在であった浮世絵が
海外でその文化性を高く評価されたことと対になっているようで、
この「横浜写真」という存在はきわめて面白い。
博物館展示内容自体は「幕末〜明治の富士山写真」が中心で、
壁面1面で展示が終わるささやかさだったのですが、
そこでこの「横浜写真」の実物展示があり、そっちに大いに刺激された次第。
ぜひ入手したいとスタッフの方に聞いたのです。
FUJIFILMのベテラン社員とおぼしき方が質問に答えてくれて、
この横浜写真自体は販売できないけれど、図録的印刷物を
わざわざ探してきてくれて、なんと無料でいただけた次第です。
フェリーチェ・ベアトさんは、当時の写真に自然顔料で彩色していたそうで、
一種独特の雰囲気と味わいのある画面が構成されています。
写真としては農家の作業風景ものと、「大原女」を上げてみました。
とくに1枚目の大原女。歴史家・網野善彦さんの本で知識だけだったのが、
こういう具体的記録として目にして驚きました。
洛北・若狭街道沿道の大原の里の農婦たちは、副業として
京都の街を漬け物や薪などを行商して歩いていたとされるのです。
それを「大原女」と称していて、京都のまちの点景になっていた。
いかにも朝鮮系文化風習、アタマの上で荷物を運ぶさま・姿に目が釘付けになる。
ニッポンで庶民がどの生きていたか、真実の一端が見えてきますね。
Posted on 6月 27th, 2017 by 三木 奎吾
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北海道の新住協メンバーと鎌田紀彦代表理事との間で
「小さな家」プロジェクトが立ち上がり数回の検討会が開かれてきています。
これは、新住協会員が共通して建築することができる
いわば「プロトタイプ」としての住宅設計プランを作ろうというもの。
こういったプランを持つことで、ユーザーへもブランドとしての認知が進んだり、
大きくはコストダウンにも繋がる可能性があると思います。
できるだけ普遍的な建てられようであることで、
多くの会員工務店から、ユーザーへの具体的なアプローチのきっかけができる。
鎌田紀彦先生はReplan誌面で「Q1.0住宅デザイン論」を執筆中ですが、
その連載企画の発想から発展してきた動きとも言えるでしょう。
土曜日には、その検討会議が札幌で開かれていました。
いくつか会員企業からの提案案件を論じ合いながら、徐々にコンセプトが
絞られていって、基本的な方向性が見えてきています。
鎌田先生は東大での研究生時代、内田祥哉先生の下で
プロトタイプ的な住宅研究に打ち込まれてきた実践経験がある。
またその時代には、東大で内田祥哉先生と池辺陽先生との間で
活発な住宅論の論戦もあった。池辺先生もまた同じように戦後ニッポンの
プロトタイプとなりうる住宅を追究されてきていたのです。
その流れから、池辺陽先生の追求されたコンセプトがいまの難波和彦氏の
「箱の家」シリーズにそのDNAが昇華されてきている。
鎌田先生としては氏本来の木造住宅合理化という最大目標へのステップが
今回のプロトタイプの動きではないかと推測しています。
まさに住宅生産工学の実践論だと思います。
工務店メンバー側は、日々住宅建築の現場でプラン経験を重ねてきている。
敷地の条件絞り込みからユーザーのホンネの住空間志向など、
肌で感じている実感に基づいて、それらがプランに反映されていく。
とくに敷地条件制約想定では、間口条件の絞り込み作業が興味深かった。
日本の住宅地はそれぞれの都市、地域で違いがあると思いますが、
そうした条件の最大公約数を検討し、ある「解」を選定していく作業は
まことに興味をそそられる作業プロセスでした。
図で示したのは、検討プロセスで面白かったプラン。
細長長方形プランで、間口方向によって南北逆転プランにも対応する。
その真ん中部分にややゆとりを持たせていることが特徴のタイプ。
次回8月初旬にはこうした検討を踏まえ、ある結論に至る方向性が確認された。
全国600社を超える住宅研究団体である新住協の、さらに革新的な一歩として
この動きには大いに注目していきたいと思っています。
Posted on 6月 26th, 2017 by 三木 奎吾
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東京への出張は今回は2日間だけでしたが、
都内で動き回るだけでも、あちこち「句読点」は打てる。
東京国立博物館では、表題の重要文化財が展示されておりました。
で、この手の展示としては稀有なことに遭遇。
なんと、この「風神雷神図屏風」については、写真撮影OKということ。
まぁダメ元で係の方に確認したのですが、
思いがけず、OKのお答えをいただいたのです。
ただしフラッシュなどはもちろん展示の妨げにもなるので禁止ですが、
最近のiPhoneはカメラ機能も向上している。
その上、写真への修正ソフトも持っているので、
たのしく撮影させていただき、その後空いた時間でMacに向かって
この愛着のある画像素材を扱いながら、わたしだけの「重要文化財」を
あれこれと、まるで画家と対話するように、
拡大して細部ディテールまで、その筆遣いの様子まで楽しんでいます。
最適の明度であるとか、画像修正することで、
いろいろな「分析的見方」が可能なような気がします。
絵画の鑑賞もまた、大いに「進化」してきているといえるのではないか。
デジタル技術、ツールが進化することで、
絵画鑑賞の「耽溺」領域もまた、大きく拡大してくる。
世界的にはこうした人類的美術資産展示にあたって、
撮影許諾が基本だと思いますが、日本では管理者側の規制がきびしい。
デジタル技術の時代には、その鑑賞の仕方も機能進化・拡張している。
どのような社会ルールがふさわしいものであるか、
一度、論議を起こすべきではないかとも思われますね。
そもそも、この尾形光琳「風神雷神図」は、その先達・俵屋宗達作品への
リスペクトに基づいた「完全コピー」でもある。
現代的な知的所有権思想から考えれば、これ自体が「問題作」。
俵屋宗達さんにしてみれば、顔も知らない第3者である尾形光琳が完全摸作し、
歴史の一時期に於いては、それの方がはるかに名声を獲得していた。
知的所有権侵害で、俵屋さんは訴えてもいいことでもあるのですね。
わたしたち後世の人間は、しかしこの絵に込められた
日本人的なある精神性をそこから感受させられる。
デジタル画像処理作業そのものが、一種の鑑賞行為の変形的発現でもあり、
同時にそれがあらたな気付き、創造意欲の再発見でもある。
そんな思いを感じながら、ゆたかな一時を過ごしております。
Posted on 6月 25th, 2017 by 三木 奎吾
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2日間の東京出張の最後に、表題のシンポジウムに参加しました。
1日目朝1番で東京に到着してから、2日目18時過ぎに羽田から帰る。
都合36時間くらいの滞在時間中にあちこち行脚であります。
日本学術会議、という存在は一般的には馴染みはない。
1枚目の図表で簡潔にこの組織の性格を表現してありました。
いわく「行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として
内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う“特別の機関”。」
こういった特別の機関というのが、国の組織においてはよくある。
余談ですが「建築研究所」というのもこういった経緯で発生した組織。
戦前は完全に独立した機関だったのが、戦後、建設省の下部組織に変わったとされる。
国家組織というのは、表のものと水面下のものとが存在する。
まるで、国会で審議される国家予算とウラの「特別会計予算」との関係のよう。

それぞれが完全に独立しているわけではないが、融通無碍に存在する。
この日本学術会議は事実上、政府のシンクタンクとして学と政をブリッジする。
また、天皇への「ご進講」もこの会員がされるとも聞いたことがある。
わたしどもは東北フォーラムで吉野博先生の教えを受けています。
そういったことからこの機関の公開フォーラムのご案内をいただいた次第。
一昨年、はじめて参加させていただいて、「スマートシュリンク」という
人口減少社会での基本的「政策」志向性の提言を聞く機会もありました。今回は、
「低炭素・健康な生活と社会の実現への道筋」というテーマ。
これに対して、3つのセッションにおいて分析されていました。
1 新しいライフスタイルと行動変容の動機付け
2 成熟社会のための低炭素・健康都市のデザイン
3 住宅・建築の低炭素対策と創エネの加速化
という構成要素であります。
で、それぞれについての検討内容、提言についての議論経過などが
こういったかたちで公開されている。
もちろんこのまま、政策として実現されていくものではないにしろ、
今後の政策方針の骨格を形成することは間違いがない。
で、その「骨格的論議」の形成過程を聞くことが出来るワケですね。
内容はまことに重層的・構造的であって、
国家プロジェクトとして範囲が非常に広く総合的。
低炭素化という目標は基本的な人類的課題であり、それへの同意の上で
現実的にどのような課題があり、解決するためになにを論議すべきかを
抽出する学際的な取り組みが見えてきます。
なお、会場からの質問・意見という場面もあったので、
北海道東北の住宅雑誌として、質問も投げかけさせていただきました。
たいへん幅広く興味深いテーマばかりでしたので、
住宅分野でどう考えていくべきか、時間を掛けてしっかり分析していきたい。
このブログで、折に触れて考えていくテーマにしたいと思います。
Posted on 6月 24th, 2017 by 三木 奎吾
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きのうから東京出張であります。
この週末に向けては各種の動きがあり、住宅メディアとしては、
今後の情報収集のために出動という次第です。
ただ、やはり北海道東北が基盤のメディアなので、どうしても首都圏での動きは
断片的なカタチにならざるを得ないうらみはあります。
旧知の福岡・熊本のビルダー・エコワークスの小山貴史さんが
代表理事を務められる一般社団法人の設立発表会であります。
ZEHについてはわたしもこのブログなどでときどき発言して、それに対して
小山さんからいろいろな反応を寄せられたりしている経緯もあって、
今回のお知らせも、小山さんからのご案内も受けて伺わせていただきました。
住宅関係の専門的メディアの記者さんたち向けの発表と言うことで、
活発な質問なども聞くことが出来て、いろいろ参考になりました。
また、顧問として、秋元孝之芝浦工大教授、
植田譲東京理科大学教授、田辺新一早稲田大学教授の
お三方も挨拶され、その後面識を得ることもできました。

わたしとしては、地域としての寒冷地・北海道東北のメディアとしての立場から
末尾近くに質問として、若干の問題提起をさせていただきました。
昨年のZEH住宅棟数実績できわめて明瞭になった、寒冷地ー温暖地地域間での
「ZEH達成コスト」の格差解消方法について、
この協議会で大いに論議を盛り上げていただきたいと意見を述べた次第。
地域間で「省エネ基準」に大きな違いがある中で、
温暖地に於いては105mm構造材を使えば当然そこに100mmの
断熱材を充填するのにはそう技術的困難、コストアップ要因は少ない。
しかし寒冷地では現行省エネ基準相当を超えてさらに性能向上させるためには、
当然のように壁充填断熱のさらに外側に付加断熱を倍加させなければならない。
ZEHの施策が温暖地域での断熱向上、それへの作り手の気付きのきっかけに
機能していることには、まことに賛同の思いを持つものですが、
しかし、国の施策として取り組まれている以上、
昨年の実績に於いて明瞭に現れたこの「地域コスト格差」の問題解決は
喫緊の課題ではないかと思われるのです。
税の公平性という観点からもこのことは大きな問題ではないかと思います。
「ZEHには寒冷地の作り手は熱心ではない」というそういう問題ではない。
また、WEBプログラムの設計に則っていけば、
暖房居室を小さくすればするほど、数値的には有利になるという問題点。
寒冷地が気候格差を乗り越えるべくせっかく「全室暖房」を
多年にわたって努力して標準的工法として築き上げてきたのに、
国の制度としてふたたび「部分間歇暖房」の方が「有利」だとする方向に
国の施策が向かったことについても、これを改善・再検討する必要がある。
ことは温熱環境の問題だけでなく、室内の「視線の抜け」というような
日本人の生活デザイン志向性に対しても、逆行する施策になっている気がする。
もちろん、国の施策としてのエネルギー削減努力には大いに賛同しますが、
同時にこうした「不条理」についても、改善の論議を起こすべきだと思います。
幸いにして、こうしたことについて、
小山さんは思いを同じくされていると思いますし、
発表会後、今後の論議の主体になられる顧問の先生たちとの意見交換でも
基本方向については理解していただけたように思います。
現実を前に進める活動になることを大いに期待したいと思います。
Posted on 6月 23rd, 2017 by 三木 奎吾
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