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【北海道での凍結深度常識と土間文化消失】

北海道の住宅がほぼ一様に放棄したものに瓦屋根とともに土間がある。
寒冷地建築の研究がそれほど進んでいない時期には、
たとえばわたしが60年前に子供時代を過ごした札幌市中央区の家の目前の
幹線道路「石山道路」〜開拓期から建築材料としての石材を切りだして
札幌市内に運んできたその用途のまま、道路名になっていた〜では、
舗装工事が市内でも最初期に施工されたのだけれど、
その後、ほぼ毎年のように再掘削、再工事が掘り返されていた。
子ども心に「なんとムダな公共事業が繰り返されるのか?
これはきっと、国費に巣食う利権集団による浪費に決まっている。
そいつらはぬくぬくとススキノで飲み食いに公費を使っているに違いない」
と、少年らしい公共正義感を燃やす燃料になっていた。
少年期の後半で学生運動に傾斜した起動力ですらあったかも知れない(笑)。
それは、寒冷地の地盤がどのような特性を持っているか、
北海道開発庁、公共自身がよくわかっていなくて、
毎冬に氷点下10数度、30度にまで下がったときに、地盤の水分が凍結して
地盤面に凸凹が出来上がる現象を認知できなかったからでした。
その結果、地盤面凸凹応急補修工事を繰り返していたのですね。
それがようやく「凍結深度」の概念が施工上の欠かせない要点と認識されて
地盤面を大きく深く掘削して道路舗装するようになっていった。
そういった様子を地域の子どもたちですら、噂で聞き目で確認していた。
理解はしたけれど、正義感自体は変わらずに権力悪を糺す方向に向かった。
ムダにエネルギーを燃やした青春を返して欲しい、であります(笑)。

コトバンクに記載されている「凍結深度」の意味は以下の通り。
〜冬場に気温が0度以下に下がるような寒冷地では、地表から下の
一定の深さまで凍結する。この凍結するラインのことを「凍結深度」
または「凍結線」といい、地域によって深さが違う。
地面が凍結すると膨張して地盤が押し上げられるため、建物の基礎の
底板(フーチン)や水道本管からの横引き給水管は、凍結深度より
深いところに設置する必要がある。凍結深度より浅いと、基礎がゆがんだり、
水道管が破裂したりするおそれがある。〜
写真のような日本民家の基本である「土間」が北海道で消えたワケですね。
凍結した地盤面をそのまま家に取り込めば、
巨大な冷凍庫が床下に冬中、あり続ける結果になる。
環境的にそのような選択はどうしてもあり得ないとなるのですね。
その後、温暖地域の建築の方と話したりするときに
この「凍結深度」のことを質問したりすることがあるのですが、
専門家ですら、あまり知識を持っていないケースが多いと気付かされる。
ポエム的な空間性としてはこういう土間は大好きなのですが、
同時に寒冷地としての常識、体験知識が拒否反応させてしまいます。
作るとしたら、この土間下で断熱層を作る必要がありコスト高になる。
こういったことに類縁した認識の「相違」はやはり多いと思います。

近年、日本各地を取材や仕事で走り回るようになって、
東北北部地域などで、どうも凍結深度に配慮していないような道路に遭遇する。
それで逆に北海道の道路の優秀さを知るようになっています。
昔、誤解に基づいて燃やした正義感が、いまはどうも様変わりしてきている。
わたしは大きく「転向」したということなのでしょうか?

【俵屋宗達「澪標」図と日本の文化ビジネス】

わたしは愛機Macの壁紙には俵屋宗達「風神雷神図」を使っています。
なんかエラそうですが、私的使用であればこういう国宝を使える時代に感謝。
琳派というのは、日本で発生した美術運動として、
深く日本人の心情に根ざしている部分があると思っています。
琳派を集団として創始し率いた意味では尾形光琳が開祖でしょうが、
その光琳が時代を超えて私淑したのが俵屋宗達であり、
宗達が遺した「風神雷神図」を神のように扱って忠実に模写したとされる。
江戸期を通じて尾形光琳は名高かったけれど、
明治以降になってはじめて俵屋宗達がその起点とされるに至ったそうです。
その宗達さんの国宝作品が、こちらの「源氏物語関屋澪標図」。
澪標というのは、船のための交通案内標識ということで、
大阪・難波の津のそれが深く象徴的なランドマークとされていた。
しかし一方「みおつくし」という発音がなんとも文学的で,早い歴史時期から、
「身を尽くし」というように表現的な膨らみが常態化していたようです。
わたしなどはその語感から,最初から「身を尽くし」という意味と誤解していた。

この絵は光源氏がある宗教施設を参拝するために訪れた様子を描いている。
金地に華やかな色彩、王朝風ファッションが描かれている。
以下、所有する静嘉堂文庫美術館HPの紹介文転載。
〜宗達は京都の富裕な上層町衆や公家に支持され、
当時の古典復興の気運の中で、優雅な王朝時代の美意識を
見事によみがえらせていった。『源氏物語』第十四帖「澪標」と
第十六帖「関屋」を題材とした本作は、宗達の作品中、
国宝に指定される3点のうちの1つ。直線と曲線を見事に使いわけた
大胆な画面構成、緑と白を主調とした巧みな色づかい、
古絵巻の図様からの引用など、宗達画の魅力を存分に伝える傑作。〜

という説明なんですが、かれが生きた江戸初期というのは、平和が訪れて、
京都の町衆にはこういう古典趣味がもてはやされていたのでしょう。
一説ではかれは「俵屋」という扇子を扱う商いをしていたとされます。
扇子は和服の美を最後に仕上げるようなファッション素材だったようで、
その美を引き締める最大の要素だったのでしょうね。
端麗な服装に身を包んだ女性たちが、ふとしたときに開く扇子の絵柄に
そのひとの美感や文化性が一点に集中・注目する瞬間があったに違いない。
それが相対するひとに強烈な印象を植え付ける情景が目に浮かぶ。
そういうことで時代の人気を得たことで、美術作品制作の依頼が
各所から俵屋宗達に寄せられていくに至った。
小物の製作で名が上がっていって評判を呼び、
それに目をつけた寺社仏閣などが、争って制作依頼をしたに相違ない。
この作品も京都の名刹・醍醐寺からの依頼で描いた作品。
後年、三菱財閥の創始者たちが醍醐寺に巨額の寄進をおこなって、
その謝礼として三菱・岩崎家にこの作品は贈呈されたとされます。
一種の売買なんでしょうが、美術工芸などはこうした形態の取引で
なされていたのが、日本文化なのでしょうね。
日本における「文化ビジネス」の状況が垣間見えてくるようです。
おっと、つい下世話な部分に想像が及んでしまった(笑)。

【1月11日 急成長米国パッシブハウス講演会in東京】

発足総会の様子から札幌での講演会など、
経過をお伝えしてきた「パッシブハウス研究会(PHIJP)」ですが、
連携している米国パッシブハウス研究会(PHIUS)の最新事例を紹介する
講演会が決定した旨、連絡をいただきました。
テーマは「最前線! 米国の高性能住宅改修」という講演会です。
米国で活動されている日本人建築家と施工の立場の工務店2名の講演。
・岡田早代氏
<建築家(SA2 Studio)で当法人理事。PHIUSの公式パッシブハウス
コンサルタント(CPHC®)。米国のボストンやケンブリッジを主な拠点に、
省エネ住宅の設計に携わる。国内でアジア初となるPHIUS認定パッシブハウス
「横浜R邸」の基本設計を担当>
・BRIAN BUTLER さん   
<米国でLEED物件やゼロエネルギー住宅、高断熱高気密住宅を数多く施工。
PHIUSからのパッシブハウス認定を目標に43戸集合住宅をボストン市内に建設中>
の2名の方から、米国での状況報告が行われます。
続いて「これからの省エネ住宅を考える(仮)」と題したパネルディスカッション。
参加者は上記の2方に加えて
京都工芸繊維大学・芝池英樹准教授をコーディネーターとして行われます。

ドイツ基準に対して、蒸暑気候地域であるアメリカ地域の特性を配慮して
米国パッシブハウス研究会(PHIUS)独自の基準を適用してきていて、
その結果ここ2−3年で急速に普及し、
いまでは1,000軒を超えるパッシブハウスが認定されているアメリカ。
こうした急拡大を支えているのは、
① 気候条件に準拠したパッシブ建築の認証基準PHIUS+2015が
多様で経済性を兼ね備えた設計案を許容できる柔軟性の高い『性能基準』であり、
② 高性能住宅の3D形状を含めた数値性能評価を可能にする使い易い
アプリケーションWUFIPassive/Plus/2Dの活用が認証過程を支援していること、
③ このWUFI Passive/Plus/2Dを使いこなしてPHIUS+2015をクリアする
設計案を創出できるPHIUS公認パッシブハウス・コンサルタント(CPHC®)が
全米で500名以上も育っていること、
④ 最近は新築集合住宅や戸建ての改修工事が下支えしていること
などのポイントが上げられています。
西ヨーロッパの気候に最適化したドイツパッシブハウス基準との違いなど、
むしろアメリカの気候に近い日本には、たいへん気になる動きだと言えるでしょう。

わたしとしても、強い興味を持っていますので取材するのはもちろんですが、
東大工学部・前真之准教授にも情報をお伝えしたところ、即決で参加とのこと。
とくに日本の寒冷地域・北海道、東北では
ドイツパッシブハウス基準を達成することは一般住宅レベルでは事実上、
難しいとされる中で、ビルダーや建築家も醒めている状況が見えます。
本当にその通りなのか、状況に風穴を開けることができるか、大きく注目されます。

日時:2018年1月11日(木) 13:30-17:00
会場:連合会館2F 「201会議室」
東京都千代田区神田駿河台3-2-11
定員90名/事前申込必要
一般5,000円、会員3,000円(資料代含む)、参加申込みは以下へ。
特定非営利活動法人PHIJP 事務局 〒104-0032 東京都中央区八丁堀3-8-1
TEL:03-6280-3373 E-mail: info@phi-jp.org

【Replan北海道 2018冬春号 予約先行発売】

家って、やっぱり一番の機能は「やさしさ」のような気がする。
端的なのは、家の目的が子育ての場になっているということ。
人間が自分だけの「巣」を持ちたいと考えるのは、
たぶん、こどもが生まれその健やかな成長の場として考えるからでしょう。

今号の「表紙会議」はほぼ異論が出ずに決まった。
この女の子の後ろ姿がものすごくパワーを持っていた(笑)。
一心にか、やや考えながらか、黒板に向かってなにかを描き込んでいる。
一体何を書くんだろうという自然で微笑ましい疑問が見る側に沸き上がる。
こどもがこの家でどんなことを感じているんだろうかと、
親としての目線も自然に持って、この後ろ姿には強く惹かれる。
それと「黒板壁面とチョーク」って、最近のなにかのトレンドのようです。
きっと多くの人の心情の中に、こういった温もりへの希求がある。
黒板の質感、その肌に返ってくるざらつき感と
チョークが持っている固さとやわらかさ、そのはかなげな手ざわり、
繰り返し書いても消せるメディアとしての機能性、
さらに家族の手ざわりが、その描線や文字から常に感じられる、など。
そこでの描写や伝達、コミュニケーションが今の時代の家族と印象が重なる。
住宅雑誌だからこそ、こういう取材を通して
人々のこころのありか、今という時代を生きる人間の底意を感じるのですね。

【特集】 リノベーションのホント
リノベーションでは、
断熱や耐震性能、減築・増築、キッチン・洗面など
性能・構造・部位・デザインによる優先順位のつけ方で、
プランと総コストは大きく変わります。
選択肢が多い分、暮らしの理想をかなえる自由度はありますが、
家づくりの希望が多くなりすぎて迷ってしまうことも。
そんなときは、何を優先したらよいのかを明確にすることで、
より一層、家づくりとその後の暮らしの満足度は高くなります。
リノベーションのコストバランスをはじめとしたプランニングによって、
満足度を高めた好例から見えてくる「リノベーションのホント」を、
みなさんの家づくりの参考にしてみませんか?
Contents
●巻頭特集/リノベーションのホント
●特集連動企画/リノベーションの基礎知識
●エリア特集 旭川で建てるなら、ココ! 2018
●連載 Q1.0住宅デザイン論 〈新住協 代表理事・鎌田 紀彦〉
●連載 いごこちの科学 NEXTハウス12 〈東京大学准教授・前 真之〉
●新築ルポー住まいのカタチー
●北の建築家   「ときわの家」 鈴木 理

予約先行販売のお申し込みはこちら
12月14日~21日までにご購入された方には郵送で28日までに配送。
Replan北海道・2018年冬春号・A4版
本体価格463円(税込:500円)

【伝統的知的活動の場「書斎・書院」のありよう】

わたしは研究者ではなく「興味・好奇心」の強さで住宅に関わってきた人間なので、
視点はつねに一般人の目線ということになります。
で、自分自身の仕事としては出版とかの表現が主要な領域。
そういった人間として、住宅のなかでのそういう活動の場所に
ある特別な関心を持っています。
人間の進化の過程で表現物、絵画とか彫刻とかといったものと、
おもにテキストを扱う人間類型というのは、自ずと違いがあると思っています。
自分自身のことを考えれば、やはりテキストが中心。
そう考えてくると、「書院」といった建築の場所のことは気になる。

写真は國學院大學博物館のなかにある折口信夫さんの書斎の復元展示。
折口さんというのは柳田国男さんと並ぶ「民俗学」の研究者として
すでにこの書斎建築創建時、活発に活動されていた時期のものです。
昭和14年(1937年)に建てた「叢隠居」と名付けられた箱根仙石原山荘内の空間。
富士山や芦ノ湖、仙石原草原などが一望できる場所とされている。
この様子を一見して、伝統的な「書院」の形式だと知れる。
大きな開口が座卓レベルから開けられてやや細長の座卓面一杯に広がる。
まずは文字を読むための採光が最重視されたことがよくわかる。
また、窓のそとに広がる周辺の光景とは、いまのパソコン画面の背景、
いわゆる「壁紙」とでもアナロジー可能なのかも知れない。っていうか、
こういう人類共通的な思考空間体験記憶がパソコン画面に投影した結果か。
その右手側は「床の間」的なしつらいと見て取れる。
背面側、部屋中央にも座卓が据えられていて、
そのときの気分に応じて窓辺とスイッチしながら、使ったに違いない。
左手には書棚が設けられ、座ったレベルの下部には引き戸の収納がある。
床は畳が敷き詰められ、窓に面した座卓の下は板敷になっている。
天井は板が張られて、押し縁がやや太めに渡されている。
書くテーマについて考えを巡らせるとき、あるいは行き詰まったとき、
この天井を見上げて、寝転んでいただろうなどと想像が膨らむ。
こういう空間の中から、知的活動産物、テキストは生産されていった。
これらの両空間を合計して目分量でみれば、おおむね4畳半。
人類は、この折口さんの段階から80年くらい進化してきているけれど、
テキスト系の創造活動の空間という意味から、
さまざまなことが読み取れるのだろうと思って、ときどき訪問すると立ち止まる。
やはり「書院」という形式がどうして日本人に広がったのか、
その歴史的な事情といったモノを「取材」したいなと思わされる。
たぶん、いろいろな事情が「形式」というカタチに高まったことは疑いがない。
書院が広がったのは室町期とされるので、まだ空間体験としては1000年に満たない。
人類知の一断面と考えると面白そうだと思っています。
逆に「温故知新」で未来のニッポン的「思考生産活動空間」がイメージできるかも。

【シンプル合理主義と雪景色のなかの灯り・温もり】


札幌という街は、日本人が「長く続く厳しい寒さ」のなかで、
その民族の北の都として、どうあったらふさわしいか、
考え続けてきた都市だろうと思い続けている。
他の日本の地域では、その地の自然との人間の対話が
ながい歴史を刻んできていて、それが長調的であれ単調的であれ、
ある基本旋律が、アプリオリに、先天的に存在する。
ところが札幌では、そうした日本の伝統も「見よう見まね」でやってみて、
そもそも「見よう見まね」としての問題点か、
そうではなく、本質的なマザーの問題点なのか、
やってみなければわからない、そういった必然的フロンティアスピリットがある。
建築の世界で言えば、たとえば国費を使った函館奉行所再建工事で、
その「文化的価値」を重視して、創建当時の技法にこだわって
断熱的手法をとらなかったとされているけれど、
そのメンテナンスには難しい問題を抱え、結果として選択した「床暖房」が
多くの構造的問題も起こしているように感じられる。
たしかに伝統工法の技術については本州地域の伝承が重んじられるだろうけれど、
さりとて、それがその地にふさわしくない場合、
地域としてマイナスの資産化せざるをえない。

写真は、先日のアース21の住宅見学から。
北海道では構法技術が進化して、断熱気密のレベルが向上した。
それにふさわしい「考え方」は、まさに合理主義に基づく考え。
そうしてくると、造形感覚もモダニズム的考え方になってくる。
カタチの作り方もあまり「伝統」というようなものは感じられない。
ただ冬の光景の中で、こんな暖色系の照明による雪洞〜ぼんぼり〜は、
なにかのイメージを訴えてくるように感じた。
外観的に北海道らしい、ということを考えたら、
凍てつく寒さの中で、帰り着くものへのあるいは道行く人への思いやり、
あるいは人間的な温もりの表現として
このようなありようは時間記憶の中で、メッセージ性があるのではないかと
そんな風に思わされていた。
雪の背景の中では灯りには、地域独特の表現可能なものがあると思う。

【ヒートポンプの原理 百聞は一見にしかず】


写真は12月5日のアース21見学会でのあるモデル住宅でのひとこま。
なにげにペットボトルと、それに連結した自転車タイヤ「空気入れポンプ」です。
「これ、何に使うんですか?」という声多数。
「え、ヒートポンプの原理説明ですよ」
「ほ〜、そういうの、考えたんだ」というやり取り。
そういえば、ヒートポンプって具体的な映像イメージでは感覚しにくい。
空気中の熱を「集める」というイメージで話しますが、
室外機の中で、どのような物理法則が展開しているのか、
明瞭に把握はできにくいイメージを持っていた。

それが、であります。
空気入れポンプを一生懸命使うと
ペットボトル内の「気圧」がどんどん高まっていく。
それと同時にペットボトルが徐々に熱を持ってくるのですね。
さわっていると一生懸命ポンプを作動させると
それにともなって、手に温度が伝わってくる。
大汗かいて頑張っているのが、そのまま熱になってくるので面白い。
気圧というのは、通常の高気圧、低気圧で若干は差異があるけれど、
おおむねは1気圧程度になっている。
それをこの空気をポンプで圧縮することで気圧を人為的に高める。
そうすると、内部での気圧が2,3,4と高まっていく。
「ヒートポンプ機器」は、この原理で熱を獲得したり、
引き下げたりするのですね。
で、この人為動作の代わりが電気エネルギーであり、
その投入エネルギーを1として考えると、それに対して3倍とか8倍とかと
「高効率」に熱を得られるということなのですね。

っていうことで、大の大人たち十数人が入れ替わり立ち替わり
この空気ポンプに群がって、キャッキャ大騒ぎして遊んでおりました(笑)。
人間の場合、そのあとビールを飲んだりしてムダなお金がかかりますが、
ヒートポンプ機器はそういうムダはありません。
少ないエネルギーでより多くのエネルギー利用が可能になる。
人類の知恵の最前線、なかなか楽しいものですね。

【制約ではなく構造も断熱もデザイン「革新」要素】


先日の日本建築学会北海道の「建築作品発表会」での発表作品。
「神社山の隠れ鳥居の家」というネームがつけられていた。
敷地は、北海道神宮所有の「神社山」裾野に建てられていて、
その山からの「土砂災害危険性」に対応することが求められている。
一般的には「擁壁を建てる」か、
「道路面以外の1階部分を窓のないRC造に」しなければならない。
設計者・日野桂子さんは、構造設計者・山脇克彦氏と協働して
「土砂を受け止めるのではなく、建物の下を流す」設計で対応した。
RCの4本の柱と梁で支えられて、独特のデザインが可能になっている。

構造設計の山脇さんは、東京での大手建設会社勤務を経て
近年札幌に移住されて、その技術を活かして、
北海道の意匠設計者と協働することが増えている方。
今回の発表会では、すでに発表した2件、
「掘っ立て柱の家」や「le pont」などの作品で協働しています。
地域の建築が活性化していくためには、さまざまな知見と技術が
豊かに力を合わせさらに熟成されていかなければならない。
そういった意味では、既存の「断熱気密」技術蓄積に加えて、
このような「構造設計技術」が強化されていくことは、たいへん喜ばしい。
とくに多くの自然が残された北海道の住宅地域環境を考えたら、
その景観を危険要素とみるか、
そうではなく親和的な対応で、よりパッシブに受け流していくかの違いで
残されていく建築のデザインが大きく変わっていくと思われる。
ユーザー側からすれば、このような建築の進化はまことに喜ばしい。
よりいごこちよく、またより「強い」建築が可能になってくる。
わたしたちの住まいへの発想が、より自由に広がる可能性が高い。
この住宅建築では、下の写真のような構造架構が現出し、
そのことがまた、建築デザインに対しても大きなインスピレーションを与えた。
神社山に対して架構が鳥居のように建てられたことが、
この建築の彩りにとって、決定的な印象を与えていると思う。

構造と断熱気密とは意匠設計にとって「制約条件」になるものではなく、
むしろ大きく革新していく要素なのではないか。
期せずして断熱気密に対しての温暖地の設計者、
堀部安嗣さんや竹内昌義さんの意見でも、このような志向性が感じられた。
いわく「家中に寒い場所がなくなる設計的な自由の獲得」という視点。
寒冷地北海道の設計者たちは、断熱気密という技術を
当然の前提条件としてフル活用した上で、さらにこのような構造技術も
最先端的に受容を始めているように感じられる。
この地での住宅建築が、より豊かになっていくことを希望します。

【MacBookPro15 電源トラブル「仮死」から復活】

きのう仙台から帰還。今回出張ではACアダプタを忘れてしまったことから、
仙台オフィスに置いてあった代替MacのACアダプタを使用していた。
その後、ほどなく「プシュン」という悲しい音とともに起動しなくなった。
通常業務が差し支えることから、その代替機に環境を移行し
無事にできて、いまもその環境で各種作業を行っているところ。
昨日は札幌に帰還後、Appleを通じてメンテナンス相談を予約していた
BICカメラ札幌店に直行して相談してきました。
札幌ではApplestoreはなくなってしまっている・・・。
相談の際、まる1日以上起動させなかったMacBookPro15を起動させようとしたら
その段階では、全然反応がなくなっていた。
どうやら、完全におシャカかという感じであります。
スタッフの方が「ちょっとこっちで診てみます」と引き取り十数分後戻ってきて
「ACアダプタで充電させながらチェックしたら、ハード的反応はしている」
「であるのに起動しないのは、システムソフトの損傷か、
あるいはロジックボードに問題がある可能性。」
というご意見。なんですが、システムディスクは他のマシンに移設して
まったく問題なく動作している。
したがって、ロジックボードの問題か、という方向になった。
「その場合、このマシンのサポートはすでにAppleでは終了している、
部品供給も行われていないので、当方では取り寄せもできません」
「ということは、直すことはもうムリということですか?」
「そうなりますね」という悲しい展開に。
ということなのですが、ふと気付いたのが先方がACアダプタで充電させたところ、
もともと充電ゼロでその後、充電が復帰してきているということ。
「充電はできてきているんですか?」「ハイ」ということ。
じゃぁと、試しに起動させてみたら、なんと起動するではありませんか!
内蔵バッテリーが十分充電してあるはずなのになぜか充電ゼロだった。
そこで思い出したのが、くだんのACアダプタケーブルが破損状態だった点。
接続させたインジケータも、不規則に点滅を繰り返していた。
「不安定な電源供給の場合、内蔵バッテリーやロジックが損傷を受けることは?」
「ありえますね」ということ。
わたしの直感でやはり電源関係トラブルだと思っていた通りだった。
で、気付きへのお礼を言って、バッテリー起動状態のまま、
自宅に戻って正常なACアダプタから充電させたら、どんどん復活。
破断したACアダプタからの不安定な電源供給が
一種の「仮死」状態をMacにもたらせてしまったというのが症状だった。
それが「仮死」であることがようやく解明されたのです。
わたしも、Mac利用して20年以上ですが、こういったトラブルは初めて。
なんにせよ、問題の根源は破断したACアダプタケーブル。
チェックして見たら、破断可能性の濃厚な部分にセロテープ補修の跡(泣)。
そういう危険への意識がわたしにも不足していた。
中小零細企業では、こうしたマシン管理はなかなか目が届きにくい。
モノはもっと愛情を持って使うべきだなぁと深く思い知らされた。
Macだけでも全部で40台近くあり部品も含めたすべての管理はムリもある。
思わぬトラブルはそのような原因で起こる。
いろいろ反省させられた顛末でした。

【歴史的絵画世界に浸って過ごすMac画面】

みなさん、パソコンの画面ってどうしていますか?
わたしは琳派や日本の屏風絵などが大好きになって来ていて
レギュラーで使っているMacでは尾形光琳の「風神雷神図」を使っています。
で、最近メンテナンスしたMacでは、写真のような画像を使いました。
これは、洛中洛外図屏風・舟木本の一場面で、京都の三条大橋とおぼしき
場面を拡大した図案を画像操作して使ってみたものです。
使用背景画像としてはもう少し暗めに設定していますが・・・。
パソコンやインターネットの普及で、
こういった国宝画像も、私的使用については比較的に自由になって
ちょっと前までの「美術と人間の関わり」が加速度的に大転換している。
パソコンの画面って言うのは、わたしの例で言えばほぼ1日の半分くらいは
接している「画像環境」ですが、そこにこうした画像が個人利用可能になっている。

この洛中洛外図屏風っていうのは、
今日の感覚で言えば、たぶん総合芸術としての映画制作にも似たような
そういったものとして日本社会で創られてきたものだと思います。
織田信長が上杉謙信を籠絡するのに、洛中洛外図屏風を贈った故事がある。
鄙の武将に対して、都の華やかさを生々しい総合映像として伝え籠絡する
その至当な手段として、こうした芸術制作はなされたことがわかる。
この舟木本、作者は岩佐又兵衛(1578-1650年)筆ということなのですが、
かれは信長に反旗を翻して惨殺された荒木村重の子で
2歳の時にこの事件に遭遇したけれど辛うじて殺されずに済み、
母方の岩佐姓を名乗り信長の息子・織田信雄に近習小姓役として仕えた。
その信雄が改易後、浪人し京都で絵師として活動を始めた。
絵師としては数多の国宝を描いた成功者であり、晩年は江戸で過ごして
江戸・浮世絵の「先駆者」という評価も得ている。
人物描写、その体動作の誇張表現の巧みさが特徴とされる。
舟木本のこの大橋の箇所では、春のサクラ見物花見の帰りの
酔客の一団が橋の上で踊り狂っている様が生き生きと描かれ、
同時にそれと遭遇した武家の馬上姿が左側に描かれていて
まことにこれからなにごとかが始まるような劇的画面構成になっている。
かれ、岩佐又兵衛の生きた時代を想起すれば、
戦国からの京都の復興景気が華やかであり、
江戸期という平和がもたらされた時代の空気感がどんなものであるか、
この狂乱乱舞の酔客たちの姿にそんな思いを感じさせられる。
日本の歴史と美術が交差して、時代感がまざまざとみえてくる。

こんな時空を超えた作品が、
自分のパソコン画面で日常的に楽しめる時代が実現している。
わたしたちは過去のどんな王侯貴族も楽しめなかったような現実を生きている。
まことに楽しく、興味深い世であることを日々実感させられる思いです。