


先週日曜日に訪れた札幌近郊・由仁町のショップです。
ベヌー・ギャラリーアンドカフェ (BENNU Gallery&Cafe) というお店。
BENNU 由仁町三川722番地 0123-87-3929
イギリス人陶芸家:ケイト・ポムフレットさんという方がやっているお店だそうです。
芸術センスのある方で、3枚目の写真は建物敷地の中で
ウエルカムで来客を歓ばせるために置かれたオブジェ。
根曲がりの木を見つけてきて、それに足をつけたり、
彩色したりして、ありえない造形を作っていた。
カラダ部分を見たらなんとなくイヌのようだけれど、
アタマや顔の部分を見るとニワトリのようでもある、面白いアイドルペット的造形。
で、この造形表現からは、あるものを活かしてそれに手を加えて
まったく違う表現物とするというコンセプトが伝わってくる。
で、この建物の由来をお店の人に聞いてみたのですが、
ご主人の陶芸家:ケイト・ポムフレットさんは不在で、
頼まれてお店を切り盛りしている方の断片的な発言を整理すると、
この建物は地元にオーナーのいる借り上げ物件。
もとの建築用途は「教会建築」であったということ。
それを陶芸家:ケイト・ポムフレットさんが「自由に改装してもいい」という条件で
借り上げ、店舗内装、外装を自由にリノベーションした建物ということ。
カフェ機能もあり、また作品展示販売機能も持っている。
たまたま、東京大学出版会から発売予定の
「もがく建築家、理論を考える」という本の販促、拡散方法を聞かれ
その本を読んでいる最中で、
リフォーム・リノベーションについての妹島和世さんの発言を読んでいたところ。
妹島和世さんは犬島という瀬戸内海の小島で
「島全体が美術館」というようなコンセプトでのプロジェクトが進展中とのこと。
そのなかで、島全体の古家も街並みも、道路空間も
全部を含めての再生利用というか、アート化プロジェクトのように捉えられていた。
発想の中に、街全体、島全体としての「環境」再構築という部分を感じる。
その全体デザインのなかから、個別の住宅への用途視線があり、
それらが協調しあって、人間環境を構築するという視点があった。
ひるがえって、現代の戸建て住宅群が構成する住宅街というものが、
未来へ引き継がれていくと考えたとき、リフォーム・リノベーションという
営為の意味合いは、きわめて大きいと再認識させられますね。
現代の戸建て住宅ははたして永続可能なのかという大問題もあるし、
人間は家に直接は住んでいるけれど、同時に「街やムラ」に住んでいる。
そういう意味での「環境」をも考えるのが、現代、求められている気もする。
リフォーム・リノベーションは両方の視線が必要なのでしょう。
そんな視線から、イギリス人陶芸家:ケイト・ポムフレットさんの
建築用途の変更、そのためのデザイン再構成を見させていただいていた。
建築的に見れば、温熱的に見ればどうなのよ、という点はある。
けれど、アーティストとしての建物への愛情は感じさせられる。
現代居住環境サスティナビリティの具体的取り組みがリフォーム・リノベーション。
ということで、北海道由仁と瀬戸内・犬島のふたつから考えてみた次第。
Posted on 7月 13th, 2017 by 三木 奎吾
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わたしの両親は生まれは農家でして、
父親は現在岩見沢市に編入された「栗沢町上幌」という土地で農家を営んでいた。
母親は、三笠市いちきしりという土地での農家。
どちらも北海道の中では栽培型農業の盛んな地域にあたる。
北海道移民農家は、出身地での農業技術を基盤として、
それぞれ工夫を凝らして生産作物を考えていたと聞いています。
結婚して以降は、ふたりで協力して「ゆりね」などの希少商品を生産したとのこと。
戦前〜戦後初期にあたる時代で、農協組織が成熟していなかった。
なので自分で栽培した「ゆりね」の他に周辺農家でも栽培してもらって
それを一定数量にして大阪や東京の「市場」に専用借上げ貨車で出荷したという。
生産から出荷、販売まで全部手掛けていたという。
市場で一定の「生産地ブランド」にもなったという家族伝承もあります。
まぁ、そういうある意味「投機」的な商品生産・販売をしていたので、
いっとき、商品価格暴落危機を経験したりもしたようです。
っていうような血の「記憶」が刷り込まれている部分があり、
北海道のこの地域周辺の農業地帯での出荷作物には
ノスタルジックな思いを持つものがあります。
まぁ「ゆりね」などもそうではあるのですが、
個人的にはこの写真の「かんろ」、一般名は「アジウリ」、いや、
Wikkipediaで見たら「マクワウリ」という名前の方が通りがいいそうですが、
そんな名前は一度も北海道では聞いたことがない(笑)。
この果実が、わたしの大好物なのであります。
でもいま調べたらマクワウリというのは美濃国真桑地方名産の由来名なので、
わたしの母親の生家出身地域に近いようですね、新発見。
個人史的には、この果実の食味はカラダの奥深く感応記憶が鮮烈。
生まれ育った土地の記憶にかかわっているのではと推測。
というのはわたしは、旧「栗沢町上幌」での生活は生まれて3年しかない。
この幼少期記憶は当然定かではない部分があって、
こういう「味覚体験」「皮膚感覚」くらいしか残っていないのです。
いまでも「野焼き」の匂いにはチョー敏感だったりする。
が、結婚してからカミさんはこの「かんろ」にはなんの興味も示さない(泣)。
ただただ、わたしひとりで食べ続けてきた(笑)。
なので子どもたちの食味感覚には、カミさんの嗜好を反映して
ほとんど存在していない。このDNA嗜好操作。あぁくやしい(笑)。
ということで、日曜日出身地と似通った地域性のある長沼の農家ショップで
このかんろをゲットしてきて、ひとりだけでさみしく楽しんだ。
変わることのない食感を与えてくれ、随喜の涙を流しておりました(笑)。
あ、この表現ももはや死語かなぁ?
本日はごく個人的嗜好ネタで恐縮です。
あしたは、きちんと住宅ネタに復帰しますのでよろしく(笑)。
Posted on 7月 12th, 2017 by 三木 奎吾
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日曜日にはあちこち、札幌近郊の長沼や由仁などを逍遙していました。
カミさんのこういった探訪のコツは、
よさげなスポットを見つけたら、そこに置いてあるパンフ類を見て
次々と巡ってみるという行動スタイルなんだそうです。
で、昨日紹介した長沼のうどん店「ほくほく庵」に置いてあったヤツを見て
探訪をはじめて見た次第です。
こちらは長沼のとなりの由仁町でみかけた古い教会改装の店舗内部なんですが、
わたし的にハマっていたのが、ごらんの石油ストーブの「炉台」です。
北海道では暖房は不可欠なインテリア装置。
で、暖房機の変遷にあわせて目にするインテリア装置も変わってきた。
いまではエアコンも大きな潮流になって来ましたが、
エアコンの場合には、その周辺的な空間装飾装置はあんまり考えられない。
通常の壁付けタイプでは、ただ設置して終わりでしょう。
また、輻射熱タイプの温水循環暖房では、そのパネル自体のカタチや色、
デザイン性は取り上げられるけれど、いずれにせよ工場生産品としての趣向性。
床下設置型で一部が1階に露出しているエアコン暖房で、
その目隠しとして木製の囲いが考えられる程度。
暖房の「インテリア性」は、捨象されてきたのが流れでしょう。
そういう目線で、「そういえば」と気付かされたのがこの「炉台」です。
っていうか、なんと呼ぶのかしばらく忘れていてようやく思い起こした。
最近の薪ストーブなどでは「敷板」というように言われて、
それもほぼ金属プレートが想定されている。
北海道の1時代前の開放型暖房器具の周辺には、こういうインテリアが存在した。
機能としては、炉台とは遮熱壁の役目。
炉台は設置場所下部にある合板や根太などの可燃物の低温度炭化を防ぎ、
ストーブ直下への輻射熱や薪ストーブの4本の脚からの熱伝導を炉台全体に分散。
また、石炭ストーブなどで石炭ををくべるためドアを開いたときに
焚いている炎がはせて床などに飛び散っても焦がさないような役目の他、
溜まった灰を灰取バケツなどに移す場合、バケツの下が可燃物の床板などでは
灰が熱い時には同じように焦げるので床に不燃物の炉台が必要になってくる。
〜っていうことですが、まぁこういう機能は今の暖房には不用になった。
しかしこうして不意を突かれてみせられると、
この炉台にはタイルが貼り込まれていて、しかもそれがデザイン的に
いろいろな意匠性をたたえている。
炎の美しさ、暖かさをいっそうに引き立てようという職人仕事。
そうか、昔はこういう手仕事に包まれた空間を北海道の家は持っていた、
そういうことに気付きが得られたのであります。
手仕事はやはりなにか、メッセージ力を持っていますね。
Posted on 7月 11th, 2017 by 三木 奎吾
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きのうは建築家・井端明男さんの設計した札幌近郊、長沼のうどん屋さんへ。
井端さんはずっと、公共などの設計畑を歩んだ設計者。
アトリエアクで活躍されている建築家です。
今後は若い世代の工務店との交流をしたいという希望を持たれ、
一昨日、当社事務所にて打ち合わせしておりました。
公共建築中心とはいえ、数軒の住宅を本誌Replanで取材したこともあり、
ざっくばらんにお話ししておりました。
また、わたしは氏が友人の店舗を設計したケースを数軒、体験しており、
その志向性に共感する部分が多い設計者でもあります。
で、きのうはそのなかの1軒である長沼町のこのうどん屋さんへ。
カミさんははじめてだったので、体験したいという希望。
わたしはわたしで、最近鎌田紀彦先生と北海道の作り手との間で
最小限プロトタイプ住宅プラン策定が盛り上がっていることもあり、
ひとつのカタチとして、この井端さんの作品の感覚が近いのではと思っている。
わたしは数回来ていますが、2間半で細長い間取り寸法感覚が好ましい。
上の写真が手打ちうどん店「ほくほく庵」店内の様子です。
敷地はうどんの原料・小麦畑に向かって横長に眺望が開かれていて、
そちら側に向かってメインの食卓が置かれている。
窓側は配膳のための細長い通路が確保されている。
小麦畑からそのままうどんが出来上がってくるような楽しい「空間デザイン」。
で、そのテーブルへの椅子の列が確保されその背面はメインの「動線空間」。
ここにはなんの仕切りもありませんが、
店員スタッフ・お客さんが行き交ってもなんとなく収まっている。
一方、その画面左側に個室的なテーブル席が確保されている。(2枚目写真)
こっちの方は、1間四方にグリッドが区切られた空間。
ですから2畳スペースですが、ここで4〜5、6名のテーブル席が確保される。
窓はこのスペースの半分が割り当てられ、壁と開口のバランスも合理的。
こっち側への配膳は、さきほどの「メイン動線」からされて不都合はない。
っていうような空間仕分けが2.5間寸法のなかで処理されている。
ちょうど天井の仕上げが3×6合板張りで仕上げられているので、
非常にわかりやすく空間把握ができる(笑)。
お互い他人同士でも、この小さな空間で店舗が成立しているのですね。
上の写真では奥に厨房がある様子もわかると思いますが、
左右2.5間寸法があれば、作業スペースもかなり広く確保される。
要するに、1間と1間半の空間仕分けで人間工学的には不都合はない。
最小限空間合理性志向から、この2.5間寸法には魅力がある。

北海道の場合、周辺環境に魅力が多く存在することもあり、
一方に対して開放的な眺望を確保する「幅2.5間の細長い」プランは
かなり有効なのではないか。
また細長いプランは長屋や町家といった伝統的間取りプランでもあり、
日本人にはきわめて馴染みやすい寸法・空間感覚でもある。
住宅としても面白いのではないかと、妄想しておりました。
鎌田先生からは、「2.75間」という案も出ているようですが・・・。
Posted on 7月 10th, 2017 by 三木 奎吾
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さてきょうは、Replan東北最新号のご案内。
7月13日までに予約購入申込みされた方には、一部地域を除き21日までに配送します。
以下が内容のご案内ですが、わたしのイチ押しは新住協代表理事・室蘭工大名誉教授の
鎌田紀彦先生の「Q1.0住宅デザイン論」です。
今回は話題の「神戸・里山住宅博」での、堀部安嗣設計の住宅を題材にした
「プロトタイプ住宅デザイン論」。
いまやアバンギャルドで奇をてらった住宅デザインの時代ではない。
資産としての「流通性の高さ」目線を持ったデザインが求められている。
住宅研究者としてとくに工法研究に於いて他の追随を許さない現場力を持った
氏の説く「万人が住みよい普遍的住宅デザイン論」。
特集テーマへの優れた回答にもなっている論考といえるでしょう。
これは、とくに住宅のプロのみなさんにはおススメです。ぜひ、ご一読ください。
【特集】小さく豊かに暮らす
ていねいに暮らしを見つめると、自然と本当に必要なモノが見えてきます。
家づくりも同じです。
自分たちのライフスタイルをじっくり考えた結果、
ちょうどいい広さや高さ、大きさが見えてきて、
そこには慎ましくも豊かな暮らしを送る家族の笑顔が。
この特集では、敷地や床面積に左右されず、
暮らしぶりにあうだけの空間を積極的に家づくりに反映した
「小さくても豊かな家」の好例を紹介します。
あなたの暮らしにあったスケール、探してみませんか?
Case.01「空間共有で生まれた 解放と安堵の快適平屋」
(有)都市建築設計集団UAPP
Case.02「震災を機に様変わりした シンプルライフの住まい」
サルワタリ・アトリエ 一級建築事務所
Case.03「『兼ねる』で空間を有効活用」
(株)エム・アンド・オー
Contents
●巻頭特集/小さく豊かに暮らす
●特集連動企画・特別寄稿
建築家・圓山彬雄の小さな家
●エリア特集/岩手・宮城のいい家大集合
●自然素材×建築空間
熟練建築家の進化形、自然塗料の実力。
●連載 Q1.0住宅デザイン論〈新住協 代表理事・鎌田 紀彦〉〜内容は前述。
●連載 いごこちの科学 NEXTハウス10〈東京大学准教授・前 真之〉
●NPO住宅110番
●TOHOKU ARCHITECT
宮城県「スキップするトンネルハウス」三浦 正博
山形県「霞城の家」 石山 寛・石山 美智子
7月7日~13日までにご購入された方は、
一部地域の方を除いて、21日までに配送致します。
Replan東北57号の書店発売は、7月21日です!
2017年夏秋号・A4版 本体価格463円(税込:500円)
WEBからの予約購読申込みは以下リンクから。
Replan東北最新号予約販売
Posted on 7月 9th, 2017 by 三木 奎吾
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わたしのことしの散歩写真記録から
いくつかの発見があったのでご報告します。なにやら興信所みたいかなぁ(笑)。
すっかり魅了されているオシドリの生態観察ですが、
この一家、というか母になったとおぼしきオシドリが
ことしの恋のお相手とデートしていた様子、
バッチリとわたしの写真記録にあったのです。
初見は4月16日のようで、まだ札幌円山公園には各所に雪が残っていた。
そんななかで、いまの池で雌雄のつがいがランデブーしていた様子がみえる。
しかも同日には、わたしの散歩路を先回りするように先行して
雪解け水がまるでプールにようになっていた森の中の水辺で
たった2羽でたわむれていた様子を写真に収めてしまっていた(笑)。
雌雄とも繁殖期の特徴的な羽毛におおわれている様子が鮮明。
こういったデートの末にメスの彼女は妊娠し、
その後6羽と推定されるヒナを産み落とし、
けなげに生き抜く母親として、子育てのDNA的さだめを生きている。
オスの方もたぶん、つかず離れずこの池で暮らしてはいると思うのですが、
きわめて存在感は薄い(笑)。
女から母親へと、変化をリアルタイムで観察させていただいているワケですね。
そんなふうに思い至って見ていると、自然と愛着が湧いてくる。
彼女たちオシドリの一生というのは、10-20年とされている。
まぁ15年とみれば、わたしたち現代人と比較しておおむね1/5くらいでしょうか。
彼女たちにとって1年という時間、その春夏秋冬はまさに一期一会。
1日に起きることの意味合いも、はるかに比重が大きい。
その年の天候などの条件が持つ意味合いもはるかに大きい。
共存する他の生物種との関係性、とくに人間との関わりも
おおきな自然共生の輪廻のなかでは重要なファクターでしょうね。
きのう紹介した彼女のオスとつがいになって歩いている姿態からは
なんともいえない「おんな」の性を感じさせられもする。
彼女たちのファミリーがどんなふうにストーリーを紡いでいくのか、
種を超えていのちを共有する存在として気に掛かってきます。
Posted on 7月 8th, 2017 by 三木 奎吾
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先日来、札幌円山公園の一角の池に生息している母鳥と6羽の小鳥を
定点観測的に観察してきております。
毎朝の散歩路での無上の楽しみ化してきている(笑)。
で、スタッフからそそのかされて試用してきているinstagram用テーマとして
ときどきアップしてきています。
この動画投稿はFacebookにも同時にアップされるので、
多くのみなさんからコメントなどをいただくことがあります。
そのなかで昨日、栃木県さくら市在住の方から、「オシドリですよね?」という
ご指摘をいただいたのです。
わたしは、散歩で出会うみなさんから「カモ」と聞いていたので、
カモ母子というように表現していたのですが、むむむ、というご指摘。
で、以前5月下旬にこの池周辺でたまたま土の上を歩いていた
「つがい」とおぼしき2羽の写真を思い出して、WEBで対照してみたら、
このカラフルな個体の方はどうやら「オシドリ」のオスのようだと思われる。
片方の方はメスのようなのですね。
かれらオシドリの生態はよく知らないけれど、Wikipediaを見ると以下の記述。
〜繁殖形態は卵生。4-7月に山地の渓流や湖沼の周辺にある地表から
10メートル以上の高さにある大木の樹洞(あるいはまれに地表)に巣を作り、
9-12個の卵を産む。メスのみが抱卵し、抱卵期間は28-30日。〜
というようにあるから、観察していた時期に繁殖・育児の活動をする鳥類。
で、そこから下の写真のような母子7羽の様子を定点観測していることになる。
ただわたしは専門家ではないので、アースカラーの現在の羽根色と
下の写真の繁殖時期羽根色の個体が、同一のものであるかどうか、
定かには言い切れません。しかし、定点としてのこの池周辺で
これら一連の観察結果は共通している。
自然に考えれば、間違いなくオシドリの繁殖から子育て時期を
期せずして定点観測を行っているということのようなのです。
なんかうれしい(笑)。
繁殖時期のオスメスの羽根色は本当に蠱惑的。
かれらオシドリ種だけではなく、哺乳類であるわれわれも十分に魅了される(笑)。
でもまた、そこからヒナがかえって、母親が一生懸命に子育てしている様子にも
まことに深く命の尊厳を感じさせられています。
ということで、毎朝の定点観測にまた向かいたいと思います。乞うご期待(笑)。
Posted on 7月 7th, 2017 by 三木 奎吾
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わが社の事務所は大きな幹線道路に面していて建築後17年くらい。
面している道路は「琴似栄町通」という名称で、歩いて10分ほどで
札幌地下鉄東西線琴似駅という幹線道路。
4車線で通行も多いし、また歩行者もたいへん多い道路です。
まぁ、東京都心の道路のような状況ではありませんが、
しかし札幌ではかなり歩行者も多い道路であります。
で、クルマでの営業活動が多いし、来客もクルマ利用者が圧倒的という
札幌の状況に踏まえて、道路側を大きく駐車スペース9台分としています。
建物は敷地の中ではぐっと奥に配置してセットバックさせた。
そうすると、「アプローチ」の意味合いが大きくなるのは自然。
で、設計をお願いした圓山彬雄さんと話し合いながら、
なんとなく、そういった環境に似合うように古電柱外部照明を掘っ立てで建て、
ノスタルジックなエントランスを作り、あわせて樹木を植栽して
その成長で道行く人たちにも、うるおいを感じられるようにしました。
古電柱外部照明の方は、残念ながら根元がぐらつきやむなく抜き取ったのですが
幸いにして植栽の方は元気いっぱいに繁茂してきた。
その植栽に合わせて、レンガ造作のベンチなども演出してみた。
新築当時は2mくらいの小さな木だったのですが、
それがどんどん生育して今では、7−8mくらいにまで大きくなった。
この時期になると、繁茂した枝木がまるで緑のトンネル状になっています。
そうなると、近隣へのご迷惑のことも出てくるので、
昨年には枝落とし剪定などを業者の方にお願いしたのですが、
ことしも盛大に繁茂してきたので、先日来、枝落としを自力ではじめています。
樹種は道路側に2本植え込んだのは「カツラ」の木。
「これは大きくなるんだよ」と人から言われたとおり、見事な成長ぶり。
人間の通行に支障のない範囲で、枝落としをしていますが、
あっという間にビニール袋4袋分が満杯になってしまう。
ことしは高所枝落とし用の剪定器具も購入して、自力メンテナンスです。
こういう植栽メンテナンスは、小さな規模での自然循環を感じさせてくれて
まことに心理的によろこばしいことだと思っています。
なにより緑のトンネルは、心理的な結界を作ってくれて、
事務所建築、駐車スペースなどの機能性と調和してくれる。
年に何回かは駐車場でバーベキューなどをすることがありますが、
そういった雰囲気作りでも、この緑の力はすごいと思わされています。
ことしは枝の剪定で楽しんでいきたいと思っています。
Posted on 7月 6th, 2017 by 三木 奎吾
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上の図は東京国立博物館での展示から。
安藤広重・木曽海道六拾九次之内 「今須」であります。
ちょうどことし訪問した旧北国街道「海野宿」での似た構図の写真があったので、
ちょっとイタズラで相似させてみました。
江戸期の浮世絵と現代のインターネットには、その「文化の大衆化」で
ある意味、似たような部分があるのではないかと考えています。
ちょうど欧米人が江戸期ニッポンの浮世絵文化を再発見したように、
ひょっとするといまのデジタルデータ群が、ある時期の人類記録として
将来の人たちが文化現象として再定義してくれるかも。
浮世絵は江戸期の大衆文化ですが、日本における出版文化の
嚆矢ともいえるのだろうと思います。
蔦屋重三郎(1750年2月13日〜1797年5月31日) さんという人は
吉原遊女文化の揺籃のなかから、出版プロデュースという「版元」になっていった。
現代でも出版社のことを版元というのですが、その初見に近い。
肉筆でしかありえなかった絵画の世界に出版意識を成立させ
一部の支配階級の独占文化であった絵画を大量印刷によって大衆化させた。
世界的に、こういった大衆社会化状況が出現していたのは、
やはり江戸時代ニッポンが最初期なのだろうと思います。
そういう「出版がリードする」大衆社会状況の中でかれら版元は
読者がどんな視覚欲求を持っているかについて、先端的に意識を集中させていた。
かれらが発掘した「視覚欲求」のなかに、宿場ものというジャンルがある。
先日も長野の善光寺に参詣してきたのですが、
江戸期には旅行したいと思っても、自由には行けなかったのが、
宗教的な名目が立つとお上としても認めやすく「通行手形」が発行された。
そんな名目上の目的地として、善光寺という存在はあったのではないかと、
そんなふうに解釈させていただいた。
本当の庶民の「目的」はやはり旅自体にあったと思われる。
未知との遭遇、非日常への憧憬は人類普遍に存在するのでしょう。
安藤広重・東海道五十三次などという旅行ガイド的な出版が支持されたのは、
そういった背景があってのことなのだろうと思うのです。
で、浮世絵作家たちはそれぞれの作家センスを動員して、画題に知恵を絞った。
雨の構図が天才的と思われる東海道五十三次「庄野」や
ありえないような豪雪風景を描いた「蒲原」などはすごい。
シリーズ全体の構成の中で、天候も折り込んで表現することで
さらにいっそうの「旅情喚起」になると考えたものか、想像が膨らみます。
そういうなかで安藤広重さん、こういった何気ない宿場風景に
どういった余韻を感じていたのか、と思う部分もあるのですが、
こういうなにげなさから逆に数百年の時間を経て旅人たちの息づかいは伝わってくる。
時間を超えるコミュニケーションということでしょうか。
Posted on 7月 5th, 2017 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究 | No Comments »


きのう紹介した北海道小樽の皇太子迎賓施設の内部です。
玄関には「車寄せ」が用意されていて、
そこでクルマを降りられて、玄関に入る。
正面には奥の建屋、プライベート居室3室に至る廊下がまっすぐにある。
その廊下左右に、謁見のためと目される「広間」が2室ある。
その様子が1枚目の写真ですね。
この空間で開拓時代のこの地の貴顕紳士たちが参集し皇太子殿下をお迎えし、
オール北海道として日本国家に対して奉伺したことでしょう。
屏風には鶴が描かれている様子がわかります。
金屏風を背にして、皇太子がお言葉を賜られたのかどうか、
そういった臨場感が迫ってくる。
執拗に天井の格式表現が設計図面には記されていましたが、
格天井がごらんのような作られようで、装置されていた。
2層分に近い天井高さが作られていて、高窓が周囲に巡らされている。
簡易な旅宿ではあっても、皇太子の尊厳を示すような空間性に配慮されている。
一方で玄関の天井の作られ方は下の写真のようです。
なだらかな唐破風屋根の構造の様子はすばらしい。
この優美な曲面美を生み出すために費やされた労苦が垣間見える。
「迎賓」という意味合いをこの構造美で表現しようと、
施主、施工者は考えたに違いありませんね。
北海道が開拓から40-50年の時間を経ていかほどの進捗を見せているか、
そういった思いも重ねたに違いないと思います。
天井の仕上げはここでは2段階に分かれています。
曲線的な唐破風部分と、手前は格天井になっている。
ある心理的結界意識を表現したものに違いないと思います。


一方下の写真2枚は皇太子が休息される私的空間の方。
凜としている中にも、やすらぎを作り出そうとしている様子がうかがえる。
全面畳敷きで床の間などがしつらえられ、
障子や襖、木製引き戸建具、さらには布製カーテンなどの調度。
開放的な和風住宅のしつらいであり、
ごく少ない壁面は、塗り壁、たぶん漆喰で仕上げられている。
畳の縁もみごとな刺繍仕事が見えています。
職人としての仕事の端部で、使う人への思いを表現しているかのようです。
明治北海道の人々の、ここまでの開拓の現在状況を表現したような
そんな空間性を感じさせてくれる建築だと思いました。
かれらの思い、仕事に、はるかにリスペクトします。
Posted on 7月 4th, 2017 by 三木 奎吾
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