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卒業以来の國學院・博物館見学

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きのうは東京恵比寿から数分の山種美術館での
絵画鑑賞の記事を書きましたが、
スマホの「乗換案内」を確認して乗ったバスの行き先が
「日赤医療センター前行き」になっていました。
なつかしい名前でして、わたしの東京での大学の母校・國學院に近い。
あんまり強い思い入れはないと思っていたのですが、
しかしこうやって近くまで来てみると、感慨もある。
その上、山種美術館では周辺の案内として「國學院大學博物館」という
案内映像も流していた。・・・初耳であります。
なにそれ、という興味も湧いてきて、絵画鑑賞後、
数分、案内表示に沿って歩いていたら、國學院の大学キャンパスに。
守衛さんとおぼしき方に尋ねたら、なんと親切に「博物館」までいっしょに
案内をしていただいてしまいました。
40年ぶりに歩いてみたキャンパスは、まったく建物が一新されている。
ちょうど、昼食時でもあったので、なつかしさもあって、
学生食堂に立ち寄ってみた。
最近の学生さんは、朝食抜きというひとも多いそうで、
大学としては、そういった学生の健康管理支援のために、
学生食堂のメニューと時間を強化して対応している。
朝食メニューもあって、これはすばらしいなと感心しました。
頼んでみたのは、「カキフライ定食」だったのですが、
これが、副食として3品の小丼も添えられていて、
カキフライも5つという栄養も満点のメニュー。
それで値段が500円というから、大学側の努力はすごいですね。
フライは揚げたてで、しっかりした食感が楽しめる。
明るい硝子越しに学生さんたちの様子が見られて、まことにほほえましい。

・・・あ、すっかり食い物の話題になってしまった(笑)。
違うのです。本筋は、國學院の名物先生だった樋口清之先生のこと。
わたしは法学部だったので、文学部の先生の授業は、年に1〜2度
学部交流のような選択授業で受けていた記憶があります。
「梅干しと日本刀」というベストセラーになった著作が、まことに興味深く、
先生の授業には、心底感銘を受け続けていた。
博物館というのは、先生の事跡を基礎に大学としてひとつの施設にまとめた
ということなのだそうであります。
いま、國學院には文学部の中に「考古学科」があるそうですが、
それも樋口先生の業績が発展していった結果、開設されたということ。
そういうことなので、わたしの学生当時には存在しなかった。
先生の学問は、文化人類学とも歴史学とも考古学ともいえる領域で、
わたし自身の人格形成、興味分野の探索過程で、
この樋口先生の謦咳に触れたという経験が、かなり大きかったんだと、
そんな古い記憶が鮮明に甦ってきた次第です。
当時は、そんなことはまったく考えていなかったのですが、
若い頃に刷り込まれた興味のありかというのは、
かなり決定的な要素なのだ、勉強はやれるときにやっておくべきだと、
そんなことに思い至っておりました。
・・・ま、いまさら遅いけど(笑)。
折から、そんなことを家族LINEに書き込んだら、
いま、東京の大学で学んでいる坊主とやり取り(笑)・・・。
いっとき学生時代のあれこれが想起されて、楽しい時間を過ごせました。

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