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【本年初「社長食堂」 かに+ラム+たこ「しゃぶ」祭】

今週は仙台からスタッフも合流して年頭の全社会議・研修。 3日間の締めくくりには「社長食堂」であります。 前回の「マグロまつり」時点で「かに食いたい!」の希望が寄せられた。 まぁカニ料理にもいろいろあるし、素材ばっかりに目 […]

【住まいのディテール「好み」の真剣勝負】

写真はきのうもご紹介のヒノデザインさんの玄関周りディテール。 こちらのドアノブは以前の事務所のものから継続使用していて もう数十年使い続けているということ。 独特の姿カタチ、手ざわり感を感じさせて、 いかにも「手を触れた […]

【神社山の家 冬期の「反射光」利用】

きのうは当社の仙台のスタッフも合流して 札幌市内の設計事務所2軒のオフィス訪問していました。 ご紹介するのは「神社山の家」と名付けられたヒノデザインアソシエイツ社屋。 Replan誌面でもご紹介したことがあるのですが、 […]

【異常な暖冬がつづく札幌】

ことしの札幌の冬、さっぱりであります。 年末年始、ずっと長い秋のような気の抜けた冬で ときどき降雪はあるけれど、すぐに「融けてしまう」。 経験感覚的には「秋田市くらいの冬」という感じでしょうか。 いや、秋田よりも「明るい […]

【開拓の明治を生きた個人の生き様・万華鏡】

ブログの連載「北海道住宅始原の旅」シリーズで 高断熱高気密という住宅技術に至った歴史経緯を掘り起こしている。 一方で逆に住宅技術が歴史事象にどんな働きかけをしてきたのかと、 「行きつ戻りつ」することが不思議に新鮮です。 […]

【北海道観光初源 明治4年日本初の公園「偕楽園」】

北海道住宅始原への旅。明治3年から本格的にはじめられた札幌本府建設。 そのごく初期、明治4年に日本初の公園「偕楽園」は創始された。 日本にはさらに古い由来を持つ公園も多くあるが、それは旧来の名勝名跡を 公園と改称したもの […]

【琴似屯田兵村は薩摩「麓」在郷軍がモデルか?】

北海道住宅始原期への旅、最初の屯田兵村「琴似」配置計画篇であります。 明治6年で「開拓使本庁舎」の建築が出来上がって明治7年は反動で ほとんど公共建築事業が休止し「経費削減」の嵐になっていた。 札幌には不景気風が吹き荒れ […]

【明治6年 欧米近代衛生思想「札幌病院」建築】

行きつ戻りつの「北海道住宅始原の旅」明治6年に戻ります。 この年8月、現在の札幌市中央区北3条東2丁目に完成した病院。 人間が住むようになれば必ず病気になる。 対応した医療施設は不可欠。北海道開拓では明治2年11月に 札 […]

【明治13年 小樽手宮ー札幌まで天皇を乗せた鉄道】

写真は北大のデータベースから、札幌屯田兵招魂碑前を通る弁慶号/ 武林盛一。 明治13年と日付があるが不詳とのこと。しかし翌14年には 先般触れた明治天皇の行幸があったので、 それに合わせて開通させたことが明らかだと思われ […]

【明治13年 ロシア式ログハウス導入と挫折】

北海道住宅始原の旅、明治13年頃の黒田清隆主導の表題の件。 開拓使というのは、薩摩閥の政治的指導者・黒田清隆の個性が強い組織。 かれは、箱館戦争を終結させた明治2年5月以降いったん東京に凱旋して 結婚したあと、引き続き政 […]