写真はきのうもご紹介のヒノデザインさんの玄関周りディテール。
こちらのドアノブは以前の事務所のものから継続使用していて
もう数十年使い続けているということ。
独特の姿カタチ、手ざわり感を感じさせて、
いかにも「手を触れたくなる」ような気分にしてくれる。
下の写真は玄関を印象的に見せている「飾り棚」。
店舗などでときどきみかけるように思いますが、
ガラスの吊り元あたりにLED照明が仕込まれていて
まことに印象的な「表情」を演出している。
外観的には、当社スタッフいわくきわめて「男前」の建築。
そのイントロでこういった手ざわり感を担うものたちは、
いわば「前奏曲」を奏でているような存在なのだと思います。
外観自体はきわめて男性的な「建築の意思」を感じるのだけれど、
こちらはいきなり「肌感覚」で攻め込まれる(笑)印象を与えてくる。
住宅デザインって結局は「たたずまい」や「雰囲気・空気感」なのだと思います。
全体として空間性という3次元体験をどのような「印象」に収斂させられるか。
で、やはりいつも使うディテールの印象って格別。
それがここちよいか、不快かはかなり決定的。
たぶん理性的な領域よりも感情的な領域での選択なのでしょう。
一方で建築的意志の部分は、理性的に環境と対話することに主眼がある。
その場所、地域でどのように人間が存在し続けるかの探究。
その両方が相助け合って、ある建築が完結していくものなのでしょう。
この「感情」に訴求する部分って、コトバでは表現しにくい。
やはり写真とかで「一気に刷り込まれる」ように受け取るしかない。
その旋律感に同期、好意的に受容できるのかどうか、
たぶん個人個人でその受け止め方には大きな違いがあるでしょう。
ものすごく好きになるとか、なんとなくスキになる、みたいに違いが出る。
もちろん「絶対ムリ」という不幸なこともあり得る。
その好きになり方でも、どっちの方が「永続的かどうか」はなんとも言えない。
ものすごく好きになったのにあるきっかけで断絶することもあるし
むしろ逆にジワジワと好み感が染み通っていくようなこともある。
きっとそのひとの「世界観」そのものと言えるかも知れない。
建て主や住まい手の側としては、そういう自分の好みとか
世界観というようなことについて、選択が必要になる。
そして一度決定したことについては、責任を持つ勇気も必要なのでしょうね。
Posted on 1月 10th, 2020 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅マーケティング
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